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ミクリア・サイト  作者: 杏仁みかん
序章 不可視の襲撃者(レイダー)
7/12

0.6:死の軌道

 二時間ほど狩りをしたところで、俺はきなこを放置したままだったことを思い出した。

 素直に犬を置いてきた、と理由を話し、とりあえずのフレンド交換を済ませてから現実視点(リアル・サイト)に帰ってくる。


 ものの一秒で、ゲーム世界は色味と存在感を失くした。

 共に戦ってきた仲間たちからも、一瞬で繁華街の雑踏のように仲間外れにされる。

 あらゆる自然の環境音が消え、替わりにに現実的な街の雑踏音に変わった。


「…………」


 理想の世界にいられなくて少々残念ではあるが、遊び以上に優先しなければならない家族でもある。

 時刻はそろそろ正午を過ぎる。きなこもお腹が空いた頃だろう。


 地面に記されたGPSマーカーの矢印を辿ると、道の脇でしゃがみこんで待っているきなこの姿が。

 アバターは心なしか、寂しそうでつまらなさそうな膨れっ面を両の掌で支えているようにも見える。


「おーい、きなこー!」


 きなこは直ぐに耳を立て、顔を上げた。


「ごしゅじーん!」


 本体は尻尾を、アバターでは手を大きく振って元気な表情を見せる。

 ……良かった。そこまで機嫌を悪くしていたわけではなさそうだ。


(わり)ぃ。お腹空いちまったか?」

「もー! ばっちり空きましたよーっ! ご飯まだですかー!?」

「分かった分かった。直ぐに帰ろうな」


 そんなきなこをなだめながら、二人でホコテンの境界を示すポールを越え、歩道側へと歩いていく。



 ──と、ちょうどその時。



「きゃああああ──────!」


 尋常じゃない女性の叫び声が、鋭利な刃物の如く街の喧騒を突き破った。

 街中の視線は自ずと一箇所に向けられた。

 何だろう、と野次馬達がざわめき始めたのも僅か、突然油に洗剤を一滴落としたかのように、人込みからぱっと人垣が咲いた。


 車道を挟んだ反対側で何かが起きたらしいが、こうも人が多くては何も見えない。

 ……などと考える間もなく、人垣にいた人々がその中心から外に向かって、花を咲かせるように、放射状に次々とドミノ倒しになった。


 その直後の軌道は草を刈るような一直線だ。その倒れ方に違和感を覚えていると、ちょうど直線の延長上に差しかかった車道の車が急に不自然な曲がり方をして停止する。

 衝突被害軽減ブレーキとやらでどうにか事故を起こさずに済んだ──ように見えたが、後続する車が同じように曲がり、今度は止まりきれずに衝突。後続する車たちが対応出来ずに次々と玉突きを起こした。



 ──阿鼻叫喚だった。




 鳴りっぱなしのクラクション────────。




        意味も分からずに────逃げ惑う────人の群れ。




      泣────泣────その場で泣きだす者。────泣────泣




                  腰を抜かしたまま倒れ、動けないまま 【死】 に至る者。




  赤_赤__赤_____血___人込みに囚われて動けなくなり、やはり 【死】 に果てる者──




「な、なんなんだよ、コレ……ッ!!」

「ごっ、ご主人! な、何が起こっているのですか!?」


 分かるもんか。誰も分かるわけがない。だから、逃げる方向も定まらない。

 街を歩いていた大勢の人の群れは思い思いの方向へ散らばり、交差点はあっと言う間にグチャグチャになった。

 ぶつかり、転がった人を踏みつける者もいたが、それもおかまいなしだった。


 俺は急いできなこの本体を抱え、逃げ道を探しながら、とりあえずはさっきの場所から離れることを選択した。


 ──これは、悪夢だ。

 自宅に戻り、今日という日が終わりさえすれば──明日から何事もなく普通の日が過ごせる。きっとそうに違いない。


「建物だ! 建物に入れ!」


 どこからか、誰かの声がした。根拠のない──しかし、自信ありげな声に従い、俺は我先にと走った。

 人とぶつかり、押し倒すのもお構いなしだった。

 もはや、生き残るために手段を選ぶわけにはいかなかった。


 ──生き残る?


 不意に頭に浮かんだ言葉に一瞬、疑問を抱く。

 そもそもあれは、死んだ、ということなのか。それすらも分かるはずがない。

 見えない脅威が渦巻いている。強いて言うならあれは……死の軌道とでも言うべきか。


「どけぇ!」

「ぐっ!?」


 誰かに後頭部を殴られた。危うく倒れそうになったが、きなこを強く胸元に抱いたまま踏みとどまった。

 きなこのアバターは消えている。強い恐怖のあまり、ビーコスがアバターを維持できなくなっていた。


「大丈夫だ! お前は……絶対に俺が守ってやるからな!」


 多分、今は言葉が通じないだろうが、きっと心に届く。

 そう信じて、声をかけ続けながら、俺は走り続けた。


(よし! あの中だ!)


 妥当な建物を見つけ、中に逃げ込む。

 幸運にも、そこは大手チェーン店のディスカウントショップだった。

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