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ミクリア・サイト  作者: 杏仁みかん
序章 不可視の襲撃者(レイダー)
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0.3:ただのクラスメート

 きなこを連れて住宅街の舗装された道を歩いていると、見知った顔に出くわした。

 思わず顔を背けて素知らぬフリでもしようかと思ったが、それより早く声をかけられる。


「あれ? 外で会うなんてめっずらしー! ツガじゃーん。可愛らしいワンちゃん連れてどこ行くの?」

「う……」


 佐倉(サクラ)希実(ノゾミ)──寮ではなく近所の一軒家に住む、同じクラスのクラスメートだ。

 今朝は紺のダッフルコートに紺のアンダー、唯一明るいのは胸元に映るクリーム色のブレザーだけという、彼女にしては()()()暗すぎる程の出で立ちに疑問を感じながらも、俺は外出の言い訳を早口で述べる。


「見りゃ分かるだろ。きなこの……」

「ホコテンに行くんだよー!」


(おいこら、きな公……!)


 歩行者天国(ホコテン)というワードにピンと来たらしく、サクラノゾミは呆れたような……というより、悪戯めいた眼差しをアカルに向ける。


「……ははーん。そっかー、アレだなー? 今日リリースされたっていう何とかレイダーってやつ?」

「んぐっ」


 図星に呻く俺。


「ワンちゃんの散歩はそのついでかー。でなきゃ、わざわざあんな所に行くワケないもんねー」


 分かりやすいぐらい憐れみに満ちた目が俺の心をグサグサと突き刺した。

 ……ついでにきなこから放たれる疑惑のジト目も、であるが。


「あーあ、図星かー。まったく、みんなしてゲームが大好きなんだから。テスト近いんだし、ほどほどにしなきゃダメじゃん。ツガってほら、確か、学年でも下の方だったでしょ? 今から復習やってかないと──」

「…………」


 ──ああ。まったくもってその通りだし、弾丸の如く一方的に言われるのがなんかムカつく。


 サクラノゾミはチャラい口調と容姿の割に成績優秀だ。学校ではお手本視されていた。

 それだけ余裕があるからなんだろうか、クラスメートを見る視野はハンパなく広い。

 そんな彼女が──特にクラスでは行事やHR(ホームルーム)以外で会話することのない彼女が、わざわざ俺なんかの成績のことで指摘してくるのは、なんだかいただけない。

 何より、俺のプライド的にも、納得がいかないことだった。


「お、俺のことはどうだっていいだろ。そういうサクラこそ、何してたんだよ?」

「あたし? あたしは、家の用事を済ませたところだけど?」


 まるで喧嘩腰な態度だというのに──サクラノゾミは涼しい顔をして即答し、俺の傍を通り抜ける。


「…………?」


 ふと、きなこが鼻をヒクヒクさせた。

 それぐらいに分かりやすい、古き良き和の香りが鼻孔を突いたのだ。


「…………そっか」

「うん。そうなの」


 肩に篭めていた力が抜けていく。

 それ以上会話が続くはずもなかった。

 サクラノゾミは、俺の心の内を知ってか知らずか、


「じゃ、また学校で」


 と、いつも通り明るい笑顔を──誰にでもそうするように振りまき、あっさりと去っていく。

 取り残された俺は、その性格を体現するかのような短めのポニーテールを、背後から見送るしかなかった。


「…………くそ」


 妙にむしゃくしゃして、無意識に頭を掻く。


 クラスでも普通に会話が出来れば、と思うことはあった。

 だが、あいつだけは住む世界が違う──というより、やること成すこと考えること──総てにおいて俺と真逆なのだ。


 サクラノゾミは男女関係なく友達が多く、クラス一、二を争うほどの人気者だった。

 人付き合いの下手な俺が──ましてや異性の一クラスメートが、そこに入る余地など万が一にもない。

 噂ではMRゲームなんてやらないらしく、そこまで趣向が違うと何を話していいのかすら分からない。

 例え勇気を振り絞って声をかけたところで、「気があるのか?」と周りから馬鹿にされるのがオチだ。


(……あれは中学時代に一度経験した。そういうのは、それ相応の人間がすることなんだ)


 だから、距離を置いている。

 青春なんてクソ喰らえ。俺は男子の友人が出来ればそれだけでいい。高校生活なんて、あと二年もあることだし──


「……ねえねえ、ご主人。さっきのアレ、何のニオイ?」


 アバターで袖を引かれ、我に返る。


「────ああ。……線香だよ」

「センコウ?」

「人間の古い風習ってやつ」

「ふーん? よくわかんないや」


 一応、視界の隅に映る日付を確認する。

 今日は十一月三日。文化の日だ。

 ということは、俺が知る限り、ちょうど一カ月と半分が過ぎたということになる。──そういう、大事な時期だった。


 なら、尚更声をかけるには値しない──そう自分を正当化し、今日もクラスメートと距離を置くことに成功する。

 現実における人付き合いはへっぴり腰で通す。それが、俺、ツガアカルという人間の生き方だ。


「……よし、きなこ! 少し走るか!」

「おー! ご主人! ついにその気になってくれましたかーっ!」

「おうよ! たまにはご主人様の本気を見せねーとな!」





 ────それから、僅か二分後。


「ごしゅじーーん……」

「ぜー……ぜー………………む、無理……」


 ホコテンに着く以前に酸欠になり、体中のあちこちがギシギシと痛んだ。

 路上の隅で大の字になっていると、追い打ちをかけるかのように視界の上部片隅に小さくテロップが出現する。



【※注意:急な運動は筋肉痛や肉離れを引き起こします。】



「……余計なお世話だよクソッタレ!」

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