1.3:PvP - 1
松ノ宮高等学校の校庭には、その大半を埋めつくすぐらいの避難民が集まっていた。
年齢層も下は赤ん坊から上はシニア層まで。学校の生徒関係者に限らず地域一帯に貸し出しているのは言うまでもない。
校門には警備を担当する警察官が数名。それだけでも異常事態であることが伝わってくる。
「おーい、アカル! ……と、きなこやノゾミまで一緒か。珍しい組み合わせだな」
「ユウマ……!?」
長身でツンツンしたスポーツ刈りの男子が、小走りで駆けてくる。
松岸勇真──この高校に入って唯一の友人だ。
ようやくこの界隈で頼れる人間に出会えて、心底ほっとする。
「ねえ、ユウマ。クラスのみんなは!? まさか、あたし達だけってことはないよね!?」
周辺の人だかりを一通り見渡したノゾミは、どこか焦燥感に駆られているようだ。
生徒は何名かいるようだが、ほとんどが見知らぬ連中ばかりである。
「何言ってんだ。俺以外でここに来たのは、お前らが一番早かったんだよ。ま、そのうち集まるだろ。待ってようぜ」
それならいいけど、と肩を縮めるノゾミに、俺はほんの少しだけノゾミの気持ちが分かるような気がした。
「俺やユウマじゃ不服か?」
少しばかり変化球な質問に、ノゾミは慌てて目を逸らし、
「……べ、別に。そういうわけじゃないんだけどさ」
──と、もごもご口を動かす。
ユウマはニヤつきながら俺の肩に手を置いた。
「さびしがりやのお姫様は俺たちの腕前が知りたいんだとよ、アカル」
「なっ!? 勝手に妙な解釈しないで欲しいんだけど!」
しかし、ユウマは聞く耳持たぬといった風でこめかみに手を当て、ミクリア・サイトをオンにする。
俺は了承を示す替わりに不敵な笑みで返す。
「……やるか?」
「しばらく時間があるようだしな。せっかくの広い校庭なんだ。いっちょ、スパーリングでもどうだ?」
「うっかり心臓を刺しても平気なのか?」
「ああ、大丈夫だ。模擬戦は体力が減らないようになってる。そいつは別のプレイヤーで確認済みだ」
ユウマは、所属している剣道部の影響からか、MRゲームにおいては部類の対戦好きだった。今朝から手当たり次第に対戦を申し込んだに違いない。
「なら、いいぜ」
プレイヤー対プレイヤー。
同じゲームで事件があったばかりだというのに、俺はゲーム欲に負けていた。俺自身、この数時間でユウマがどれだけ強くなったのかが知りたかったのだ。
視界を切り換えると、自分を中心に世界が放射状に塗り替えられていった。
アーバンコートの校庭は中世のヨーロッパ染みた石畳の町並みに変わり、そこにありもしない建物や露店が次々と生まれた。
視線の先にあった白の校舎は堅牢な城となり、学校を取り囲む金網も城壁に姿を変えていく。
ノゾミも俺たちの試合を見届けるために仕方なく視界を切り換え、そして驚愕した。
「……す、すごい……! これは、要塞都市?」
「おうよ! 避難所たる学校が人々を魔物から守る要塞とか、随分とシャレの利いた設定だよな!」
俺たちがいる校庭の中央部分は噴水のある広場であり、街路が交差する十字路の中心だ。
その噴水を軸にロータリーの如く馬車が往来し、大勢のNPCが各々の役割の下に動いている。
──しかし。
ユウマが背中に担いだ槍斧を抜き放った瞬間、NPC達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「人が大勢いるのに強引だなぁ」
そう言って、俺は腰の鞘から得物を抜き放った。ボールラビットと戦う際に使った、あの安物の短剣だ。
それを、まずは親指を曲げて順手で構える。ハンマーグリップと呼ばれる持ち方である。対武器の構えではあるが、さすがにあのハルバードを直接受け止めるわけにはいかない。狼族の機動力を活かし、接近戦に持ち込まなければならないだろう。
しかし、防御が間に合わなければ一撃でも致命傷だ。剣道部相手に勝ち目はほとんどなさそうだが、ゲーマーとしてのプライドってモンがある。例え運動不足でも、それを補うだけのテクニックでは引けを取らないはず。
ユウマは俺の短剣に目を向けたが、顔色一つ変えなかった。
何を使おうが対応してみせる──そんな意志の表れを感じる。
「なあに。いるかもわかんねえ幻の人間揃えたところで、戦いにくいだけだろ?」
俺は少しばかり苦笑した。
「いや……そこら中にいる、避難してきた人達の事を言ったんだけど」
「おっと、そりゃ失礼。けど、ここなら邪魔にはならねーはずだ」
「……そうだな」
互いに腰を落とす。
これで臨戦態勢になった。合図はなく、どちらかが動けば試合は開始される。
「──────」
静かな呼吸。固唾を飲んで見守るのはノゾミと──
「ご主人、また何かやってるです?」
──相変わらずミクリアでのやり取りが分からないきなこ。
ノゾミはきなこの本体をひょいと抱えた。
「お?」
「きなこちゃんはあたしと一緒に見ていよっか」
「? はいです!」
ピリピリとした空気が尚も膨張していくのが分かる。俺とユウマは、その第六感とも取れる感覚を「合図」とした。
「──────」
息を整え、しかし、鼓動は高まっていく。
やがて五感が一点に集中し、周囲の気配が一切合切遮断されたその時──
「──────────ッ!」
二匹の獣は同時に地を蹴った。




