牢獄と報酬1
牢屋と報酬
「あの、看守さん。寒いので、毛布を一枚ください」
「……」
「看守さん。看守さんったら」
「派遣軍団軍団長殿からのご命令で、貴様の話は聞くな、との事だ」
「キシミアを救う為に奔走して、尽力して、結果檻って何です?」
「ほ、本当に申し訳なく思うのだが……たぶん軍団長は、貴様の扱いに困っているのだ」
「困ったからと檻に放り込むとか、本場のイナンナーはレベルが違うなあ……」
「神エーヴも計らうであろうから、もう少し待ってくれ」
いやはや、全くもって酷い話だ、とヨージは地面に横になる。
根幹魔力帯崩壊後、生命力と内在魔力の七割を持っていかれたお陰で気絶したヨージであったが、気が付けば檻の中だ。酷い目にあっても、報酬はちゃんと払ったアインウェイク子爵閣下と違って、どうにも話が分からない奴が上層に居ると見える。
軍団長殿。つまり連合王国からの派兵軍の長だ。
勿論、こんな魔法対策もされていない檻、破ろうと思えば五法秒も掛からないが、自分に関わっている人々の事を考えると、まだ強硬策に出る段階では無いだろう。
「僕ですね、忙しいのですよ。やる事沢山あってですね」
「それは、まあそうだろう……」
「あの黒竜倒すのに尽力したのですが」
「……」
「カルミエを殴り倒したのも僕なのですが」
「……」
「この檻、作りが悪いですね」
「……――か、勘弁してくれ……あ、アタシにも立場があるんだ……」
「はは。憂さ晴らししただけです」
「せ、性格結構悪いな、貴様……これをやるから、もう少し大人しくしてくれ」
「甘いものかあ……」
看守に貰ったお菓子を齧りながら、今後を予想する。
神エーヴが上手く取り計らって無罪放免となれば、あとは貰えるものを貰ってオサラバするのが一番だろう。ヒナがどうするか、気になるところではあるが……キシミアを離れないような気がする。
交渉の何もかもが決裂して檻に放置されるような事になれば、看守殿には申し訳ないがさっさと破って逃げるのが一番だ。ただの兵隊など物の数ではない。問題はリーアとエオがどうなっているかだが、捕まっているならば、それも奪還してオサラバである。その場合は二度とキシミアの地は踏めないであろうし、イナンナーにも入れなくなるだろう。
「あーあー。グリジアヌ、どんな感じですか」
『うわ、ヨージか? 今ちょっと待っててくれ、今エーヴが副軍団長と掛け合ってる』
「お、おい。遠隔会話は」
「ちょっとだけ、ちょっとだけですから」
「むぅ……」
『あ、無断で会話してんのか。まあそう逸るな。みんな無事だから』
「それだけ聞ければ十分です。では後程」
グリジアヌのお守りを通じて話を聞く。やはり解放に尽力してくれているようであるし、皆も何事も無い様子であるから、憂いは無くなった。ともなると、何が有ろうとヨージを阻むものはないので、だいぶ気楽になる。
「まあ、皆が無事なら何でも良いですね」
「……今回の事で、貴様の話はイナンナーに知れ渡るだろう。本国の女達は強い種を持つ男を求めている。意味が解るか?」
「本国移送とか最悪の展開だなあ。逃げますが」
「貴様なら容易かろう。ただ、しつこいのも確かだ」
「みんな、こんな危ないやべー奴のどこが良いのか」
「そ、その顔で言っているのか? 挙句強いとなったら、誰が放っておく?」
「自己評価はそこそこ持っているのですが、そう言われると悪い気もしないですね……そういえば、貴女は本国の兵ですか」
「イナンナー部族連合王国"第三"海軍第五戦列砲撃艦隊旗艦『シン』第二主砲砲撃手……なのだが、急いで無理やり詰め込まれて派遣されたからな、今はただの看守だ。少尉である」
「尉官が看守って……ご苦労様です」
「神エーヴから話は聞いているのだ。にわかには信じがたい事ばかりだが、貴様は間違いなくキシミアを救った英雄なのだろう。流れのエルフという話だったが、面倒なものに巻き込まれたな」
「少尉、そんなにお話して大丈夫ですか」
「……正直な話、軍団長は新人でな。直接上司でもないしな、馬鹿かと思う」
「ああ、陸軍派遣軍団を輸送しただけなのですね」
「そういう事だ。全く、ヒトの立て方も分からんとは」
扶桑の上下関係もなかなか厳しいものはあるが、イナンナー程ではないだろう。恐らく形態(先祖種族)で階級が異なるであろうし、男などそれこそ前線に突っ込まされる肉壁だ。あの国に移送、などとなったら、とてもではないが堪らない。ディアラトが受けたであろう責め苦を、今度はヨージが味わう事になるかと考えると、肝が冷える。
「ヨージ・衣笠。出ろ」
暫く横になっていると、階段の奥から声が聞こえる。
「おっと、解決したかな?」
「さあ。取り敢えず行ってこい」
檻を出ると同時に手枷を掛けられる。どうやら釈放とはいかないらしい。
やはり、キシミアよりもイナンナー本国の方が、法的に未熟であるのだろう。エーヴはそのような野蛮さを嫌っていたように見える。キシミアで思う存分内政に励めたであろうから、やはり彼女にとってここは大切な場所なのだ。
軍人に連れられ表へと出る。どこか分からなかったが、キシミア城の地下だったようだ。散歩される犬の気持ちを味わいながら、階層を幾つか昇る。
「軍団長、お連れしました」
「入れなさい」
どうやらキシミア城備え付けの軍議場であるようだ。ともなると、この真上に神エーヴが居る筈である。随分大胆な事をするものだ。
いや、もしかして、何も考えていないのかもしれない。
中へと入ると、キシミア関係者の姿は見当たらない。……どころか、どうも派遣軍関係者すら、ほぼ居ない。
長机を前にしているものは眼鏡が一人、その後ろの玉座に問題の女が居る。
「跪け」
「いだ、蹴らないでくださいよ、もう」
膝を蹴飛ばされて玉座前に傅く形になる。これではまるっきり奴隷だ。軍団長殿は一体何を考えているのか、サッパリ分からない。
何をしでかすか分からない男を、護衛無しでこんな場所に呼び出すとは随分常識外れだ。
「名前を」
「ヨージ・衣笠です。しがない宗教団体の幹部をしています。で、これは何の仕打ちで?」
「貴様に質問など許されてはいない。書記官、罪状を」
「はい」
高飛車そうな獣人第一種別の若い女性、軍服には陸軍章と、数多の勲章が飾られている。青みのあるウェーブのかかった髪に、どこかで見覚えのある耳の形。狼様だ。
足の長さからしても、身長はヨージと同じか、少し低い程度か。かなりのスタイルである。
階級は――元帥。
腰にはサーベル、手には鞭、とまるで絵に描いたようなサディストだ。こういった手合いとお付き合いした事は……無い事も無いが、あまり得意なタイプの女性ではない。
しかし罪状。罪状とはなんだ。
「ヨージ・衣笠はキシミアに潜入後現地反イナンナー組織と結託、神エーヴに取り入りその目を欺き、破壊工作を助力。キシミア市街に多大なる損害を与えました。殺人、反国家工作、スパイ防止法違反、などがあげられます」
「んんーーー??」
とんでもない事になっている。カルミエの容疑が、そのままヨージのモノとなっていた。
どうしてそうなるのか。神エーヴから一体何を聴いたのか……と頭を巡らせて、最悪の結論に至る。
「申し開きはあるか、扶桑人工作員」
「犯人が居ないので、本国へ報告するにも取り敢えず犯人を仕立て上げようって事ですね」
「話が早いな、エルフ男。そういう事だ」
「人治国家ですねえ、イナンナーは。ニンゲンを何だと思っているのか」
「国家侮辱罪も追加です」
「法律というのは人民が安らかに暮らす為の決まり事です。一集団が占有するものじゃない」
「いやいや。貴様の犠牲によって人民が安らかになる。ならばこれも一つの手だ」
「ははあ。独裁者が考えそうな事だ」
「物事は簡単で良い。人民とは難しい話を理解しようとしない。本来の主犯と目される奴に対しては、後から手を巡らせれる。統治にはな、分かり易い悪が必要だ。今後復興を目指すキシミアの礎になれるのだから、感謝しろ」
「まあ一理あります。で、殺すので?」
「いいや」
「では代理を公開処刑して、僕は本国移送ですかね」
「惜しいな。折角こんな辺境地まで来て、獲物も狩らずに帰る女はいない、という事だ」
「貴女の私物かあ……」
「立たせろ」
つまり、だ。まだ神エーヴはヨージ・衣笠が勾留されている、という事実しか知らず、解放には動いていても、この女に対して対処の一切を出来ていない、という事である。
神エーヴが介入すれば、戦時ならまだしも、平時の派遣軍団長では勝手は出来ない、故に先手を打った訳だ。今頃神エーヴは副軍団長殿にのらりくらりとかわされているのだろう。
動きは早いのだが、どうにもこうにも頭が悪い。
「あの、元帥閣下。僕がどのような人物か、お話は聞いていますか」
「神エーヴに協力して竜のまがい物と反乱者を蹴散らしたのだろう?」
エーヴはわざとヨージの戦果を過少にして伝えたのだろう。かなり賢明な判断と言える。そもそも、疑似の竜をぶん殴り倒して、大魔女の配下をぶち殺しました、などと話した所で、信じる者はだいぶ少ないだろうが。
ああいや、『アオバコレタカ』であると知られれば、その戦果は信じられるかもしれないが、この身は保証されないだろう。
「戦果は十分だ。良い土産になる」
「自身の利益の為に素早い行動を起こせるその狡猾さはなかなかなのですが、一つ良いですかね、お嬢さん」
「なんだと?」
「従属というのは、相手が貴女を認めるか、貴女が制御可能である場合のみに適用されます。僕がその二つに当てはまっていると、思いますか?」
「まあそう逸るな。良い暮らしは保証しよう」
「そういう謳い文句はコリゴリです」
「あ、なっ、ぶっ!」
「ぎゅべっ」
無詠唱無属性魔法で手枷を弾き飛ばす。ヨージを組み敷いていた軍人の首根っこを引っ掴み、思いっきり元帥閣下にぶん投げる。どうにもこうにも、認識の錯誤があるようだ。
「傲慢が過ぎる。調子に乗るな小娘」
「き、貴様、余、余は元帥だぞ? イナンナー第一派遣軍団軍団長、ナナリ・クォム・サイテッスラに、貴様は、何をしたのか、解っているのか!?」
「(……余?)馬鹿な子供を殴って叱りつけたのです。貴女、貴族ですよね」
「そ、それがなんだ」
「どういう常識の下に育ったか知りませんが……イナンナーの外の男は、女だからと敬いませんし、隷属もしません。そも、魔力を封じる拘束具が一つも無いって何です? 神エーヴと僕達が協力して倒したモノは、ここに居る軍人一人分なのですか? あり得ないでしょう」
「え、そ、そうなのか? おい、グナラ書記官」
「はい。そうです、新米元帥閣下」
若い若いとは思っていたが、本当に若いらしい。軍団長枠が空いた所へ、貴族が箔付けの為に滑り込ませた結果なのだろう。酷い縁故採用で軍隊を動かしているものである。というか、そんな新米にキシミアの制圧を命じた本国の判断力も狂っている。
「認識に違いがありますね。お嬢さん。僕は素手だろうと、この部屋のニンゲンを一瞬で殺せますし、元帥だからと敬いません、他国の流れ者ですよ、僕は」
「こ、殺す?」
「いや、面倒なので殺しませんけど……話が分かりそうな書記官殿」
「はい」
「今すぐ神エーヴを呼んで貰えます……?」
「ぐ、グナラ! よ、呼ばれると困る!」
「お呼びします」
「グナラったらぁ!」
(と、友達も縁故採用したんだなこれ……)
「か、かくなる上は! 実力で屈服させてやるぞ、下郎!」
「おっ」
元帥閣下がいきり立つ。もう破れかぶれなのだろう。
外在魔力の乱れを感知する。なかなかの収集量だ。魔法の実力自体は並み以上なのだろう。さて、どのような攻撃魔法を放つのか――と思ったら、彼女はその魔力を攻撃魔法に用いず、纏いだした。
(ぬっ。魔法戦衣なんて取得してるのか――古風だなあ!)
外在魔力を用いて自身を覆う鎧や衣服を編み上げる魔法だ。現在はどちらかといえば魔術に分類されるもので、これにより鎧という重量物を運ばずに済む上に、魔力があればどこでも用いる事が出来る。
ただし、物理的な鎧の性能向上には追い付けず、かつ対策魔法が編まれてしまった為、現在はデザイナーや芸術家達が日夜コツコツと組み上げては一喜一憂するモノとなっている。汎用性はあるので、便利なのは間違いない。
「こりゃご立派な」
「ふン! 手慰みに編み上げたのだ、この技術に驚嘆すると良い!」
軍服から一転、数時代昔の軽装鎧姿へと変身した。女性らしいフォルムを保ちつつ、大事な部分をしっかり守り、かつ白銀と金を基調とした色合いが高貴さを感じさせる。これはイナンナーというよりも、大帝国好みである。
機能性も芸術性も実に高い逸品だ。見るヒトが見れば確かに驚嘆するだろう。
勿論、驚嘆するのはデザイナーや芸術家であるが。
「構えろ!」
「構えません」
「え」
指を弾く。極小の衝撃魔法が魔法戦衣の接合部分を三つ分解する。
「そんなっ」
「時代錯誤甚だしいです」
「う、うぅぅぅぅッ」
「そんなに睨まれても……あ、見ません、見ませんから」
哀れ、元帥閣下は気丈に構えたまま、鎧をバラバラにされて顔を真っ赤にしていた。
あと、何故裸になるのか。物理的な軍服はどこへ。
「あの、どういう原理で全裸に? それはちょっと分かりかねます」
「貴様は! 裸の女に! 魔法の説明をさせる気なのか!?」
「ごもっとも」
「不敬! 不埒! 不遜! 不能!」
「最後は聞き捨てならないですけど……」
「うーッ」
想定外の事態に全く対処出来ず、元帥閣下はしゃがみ込んでしまった。
元は相当お嬢様なのだろう。男は組み敷かれて当然、反論など有り得ない、口答えなどむち打ち、反撃などもっての外、男という生物は彼女にとって、動く慰み者でしかなかったのだろう。
そんなあまりな常識外れを初陣でこんな場所に寄こすとは、人事の頭を疑う。
(あ、じゃああの胸元の勲章も飾りかあ……)
そう考えると『なんだか分からないけど、頑張ってめかし込んできました』という風に見えて来て、妙に可愛い。
「元帥閣下」
「何!? 余を……どうする気だ!?」
「貴女が何もしないなら僕も何もしませんって、もう」
「うーーーーッッ」
「……あの、お幾つです?」
「は、二十歳」
「イナンナーの人事はどうなってるんだ……」
「お、お母様が! 軍隊の偉い所の空きが出来たから、女らしく振舞って来いって!!」
「想像を絶しますね……」
ヨージの私見として、イナンナー軍全体で見れば、可もなく不可もなくの強さなのだが、たまに妙に弱い軍団や大隊があったのを思い出す。なのでイナンナーと戦う場合は、まずウィークポイントのように存在している弱い戦闘集団を見つけて徹底的に殴り倒す、という方針が取られていた。
まさにこのようなニンゲンの指揮下にあったのだろう。部下が浮かばれない。
「ヨージ、来た」
「あ、神エーヴ。いらっしゃい」
「……――どんな状況なの、これ」
一人は伸びあがっており、一人は全裸でベソをかき、一人は机に向かって黙々と何か書き物をしている。神エーヴが困惑するのも当然の状況と言えた。
「ええ。本国からいらっしゃったお嬢さんが、だいぶヤンチャをしまして。僕を犯人に仕立て上げた上で、ご自分の使用人にする予定だったようです」
「ナナリ」
「は、はい!」
「お仕置き。おしりを出しなさい」
「え、い、今ここでですか、神エーヴ!」
「当然でしょう。バカなの、貴女」
「今こんな状態で! おしりを突き出したら! ま、丸見えです神エーヴ!」
「減らないでしょ」
「減ります!」
どうやら、お知り合いでいらっしゃるご様子だ。部外者は退散するべきだろう、として改めて元帥閣下に視線を向けると、彼女はもうおしりを出した状態だったので、大人しく外へと出る。
扉の内側からは、それはもう酷いうめき声が聞こえて来たが、ヨージは紳士なので耳を塞いだ。




