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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
91/343

死活3



 過去に出会った誰よりも、彼女は賢く、強い女性であった。


 時鷹も恥ずかしそうにしていたのだ。『あんな素晴らしい子に告白されたのに、次の日には戦場だなんて』とボヤいていたのを、良く覚えている。


 ヨージが彼女と出会ったのは、時鷹が死に、戦役を終えて本土に戻った頃の事である。


 時鷹の死に絶望した彼女だったが、彼を護れなかった不甲斐ないヨージを責める事は無かった。共通する愛すべきヒトを持つという同族感が、ヨージとヒナの間を取り持っていた。


 しかし……甲斐甲斐しくも接してくれる彼女に対して、ヨージがしてやれた事は少ない。時鷹を失った痛みから逃られず、ヒトの心を踏みにじる十全皇の暴虐に太刀打ち出来ず、無為に日々を消費し続けた。


 現状こそ、因果の煮詰まった先なのであろう。応報である。


 エーヴの言う通り、あんなにも優しく、辛い想いをし続けた女性を、死に追いやる真似など出来ない。そんな事になれば、ヨージはきっと時鷹に祟られるだろう。


 苦しみにのたうち回るヨージを一時でも支えてくれた彼女を、失う訳にはいかない。今こそ乗り越えて、彼女は幸せにならなければいけない筈なのだ。


 ヨージという本人をくれてやる訳にはいかないが、苦しみを肩代わりしてやるぐらいは出来る。


 キシミア北、インザイ火山付近、採掘場。


 一度二人で調査に来た場所だ。何故彼女が再びここに訪れる事となったのかは、詳細は不明なれど想像は付く。


 エーヴ曰く、ヒナは竜を滅ぼす研究をしていた。


 竜というのは、つまるところ大樹の子以外ではあり得ない。大樹から直接生まれたものを、全て竜という、が正しいだろう。それがどのような形状であるかはあまり問われない。


 ヒト薙ぎで世界を破滅に導く力を持つもの、それこそが竜だ。


 あの黒竜はこの地に眠っていた埋没大樹の子、その影だろう。


 大樹と、竜と、そして占有根幹魔力オールドパルスは切っても切れない関係にある。可動部分である竜を排除し、カルミエの策謀を破壊しようと思ったならば、大樹か占有根幹魔力オールドパルスを停止させる必要がある。


 故にこの採掘場なのだろう。


 ただし、当然ながらカルミエが一番護るべき場所である。以前ならともかく、奴の計画が露わになった今、無防備で放置されている訳が無い。


「早速お出ましか」


 キシミアと火山を隔てる森に侵入して数法分。あらゆる木陰から魔力と気配を感じる。南方大陸の森林地帯でゲリラに襲われた事があったが、その時のようだ。


 姿を現したのは木偶オートマタだ。素材はモノによるが、魔力を蓄えた鉱石を核として動く自動人形である。彼女が本格的に出不精であるのは明白だ。


 カクカクと顎を鳴らして近づいて来る様はホラー以外のなにものでもない。


「こんなものに時間を取られるのも惜しい」


 相対した者が並のニンゲンならば、状況としては死しかないだろう。木偶はある一定のプログラムで動いている上に、素材さえあれば幾らでも量産が利く。つまり使い捨て可能なものである為、木偶自身の防御など気にする必要もない。木偶が捨て身で四方八方から襲い掛かって来るのだから、その恐怖と言ったらない。


「フンッ」


 抜刀、納刀。その動作を捉えられる人類を探すのは、かなり難しい。外在魔力付与魔法マナエンチャントマギクスをほんの数瞬だけ帯びさせ、居合と同時に放つ。


 最小限の消費から最大限の効果を発揮する『武魔一体』の技法は、各国どこにでもあるものではあるが、長年の研鑽と、戦争という実践をここまで多く重ねたニンゲンはまず居ない。


 型だけではなく、経験と才能を伴った一撃は、ヨージの道を塞いでいた正面の三体、及びその先一〇大バームの距離にある大木を、全て薙ぎ倒した。


 また、倒れた大木がヨージの横に着けていた木偶を次々と押し潰す。


「まだ、まだ」


 大木と木偶を乗り越えて走り抜ける。達人ならば、木偶だけを全て狙い撃ちにするのだが、ヨージのものはまだまだ荒々しい。ただし、そのような技術を持ちえるニンゲンとなると――古鷹本家の当主ぐらいとなる。


 古鷹佐京守在綱ふるたかさきょうのかみありつな御年三百歳。扶桑首都である実京の宮頭みやがしらで、謂わば宮殿守護の元締めをしている。扶桑各国大名の剣術指南、砲術指南、武術指南役も請け負う、とにかく妖怪めいた男だ。


 竜精の他に逢いたくない人物が居るとすれば、十全皇と彼だろう。

 万が一見つかった場合、即座に襲われ、壮絶な殺し合いが始まる。


「チッ、数が多いッ」


 それそのものは脅威ではないが、数が集まると厄介だ。ヨージの進む先には、先ほどの倍ほどの気配がある。思い切り跳び上がって森を抜ける、という手を考えるが、止める。


 跳び上がっている間が無防備すぎる。それを見越して、カルミエが狙い撃ちなど考えていた場合、流石のヨージも無傷では済まない。


「足止めをしたいって事は、この先に居るのだろうが……ああ! 退け! 邪魔だ!!」


 ならば、ヒナも居るのだろう。幾ら天才三三寺とはいえ、カルミエと対峙した場合逃げるのが精いっぱいだ。しかも現状、逃げれば逃げる程、カルミエ有利に働く為、彼女が退散を選択する事はまずない。


「クソ、キリが無い――ッッ!!」


 次から次へと木偶が、上下左右からやって来る。その都度斬っては進み、斬っては進みと、一向に森の出口が見えない。二〇、三〇という木偶の山が積みあがって行くだけだ。


「――なんだ?」


 やがて背後から別の気配が迫って来た。新手か、とも思ったが、気配に覚えがある。


「総員構えーーッ! 撃てぇぇッッ!!」


 木々の合間を縫って現れたのは、ズアレ大将が率いる部隊であった。余程ヒトが居ないのだろう、皆装備も制服もバラバラの寄せ集めだ。民兵すらいる。ズアレ大将本人も魔撃銃マギアライフルを構え、前線に立って指示していた。


「神エーヴからの御神託である!! キシミアの刃に路を敷け! 迫り来る者はなぎ倒せ! 襲い来る者は粉砕しろ! 貴様等は今から斧だ鋸だ槌だ鉈だ岩だレンガだモルタルだ! 殺せ! 潰せ! 薙ぎ払え! 踏みつけて踏み固めて路を拓け――ッッ!!」


『オオオオオオオ――――ッッ!!』


 大合唱と共に銃弾の雨が木偶どもに降り注ぐ。


 森に入ったイナンナー女性兵達の動きは機敏だ。その血に眠る野性の鼓動が、そして祖国を護るという意地が、仲間の仇を討つのだという矜持が、木偶を次々と葬り去る。


「ズアレ大将!」


「扶桑男! 吐いた唾は飲むんじゃあないぞ! あのクソ女をぶっっっっ殺して来いッッ!!」


「こちらはお任せしますッ」

「行け! キシミアを――……頼むッ!!」


 力強く頷き、ヨージは森の中を駆けて行く。それを邪魔しようとする木偶に対して、兵士達がぶつかって行く。ヨージは彼女をお嬢さんと呼んだ事を心の中で謝罪し、ただひたすらに前を向く。


「やっと抜けた……! 早く……探知術式――無いか」


 ズアレの協力で森を抜け、漸く採掘場の入口にまで辿り着く。


 ヒナの魔力行使痕跡を探ろうと考えたが、彼女の特色を帯びた魔力残滓は見当たらない。カルミエの木偶などに足止めを食らっている可能性もゼロではないが、魔法、魔術の扱いに関してはヨージの数倍上を行く彼女が、あんなものに遅れをとるまい。


 先に行った、と判断して進む。


 採掘場入口には何の気配も無い。問題は埋没大樹に近づけば近づくだけ魔法が行使し難くなる事だ。ここから先に進むのは勇気が要る。


 以前探索した折、倒れていたボーグマンはココに竜が居ると言って逃げた奴等が居たと話していた。その竜というのは、どこから来たものか。『どう用意されたもの』か。


 そして、この先にはカルミエ本人が出向いているかもしれない。魔法が使えない状態となってあの女や疑似竜に出会った場合――選択肢は一つしかない。


 だが、進まない訳にはいかないのだ。

 彼女一人に背負わせるには重すぎる。

 バケモノの厄介ごとだ、バケモノには、バケモノをぶつけるのが相応しい。


 ……。


 薄暗い採掘道に樹石結晶灯器ランタンの灯りが揺れる。何ら変わりの無いほぼ一本道だ。景色は動かず、時折背を伝う地下水に嫌な顔をするぐらいである。


「ヒナ。いませんか」


 どれだけ小さい声でも、遠く遠くまで反響して行く。居るならば聞こえる筈だが、返答は無い。


 ……。


 更に奥へと進む。あと一〇法分もすれば、以前観た埋没大樹の末端に辿り着くだろう。その筈だ。その筈なのだが、景色は動かず、時折背を伝う地下水に嫌な顔をするばかりだ。


 まるで、眠くなるまで、暗闇の中、目を瞑り続けているような感覚。

 嫌な現実感と、瞼の裏に浮かぶ思い出したくもない光景が反芻されて行く。


 ぴちょん、ぴちょんという音は、耳障りだったが、やがて妙に心地良くなっていった。


(――……しまった)


 気が付いた時には、もう遅い。


 あり得ないものがそこには居るからだ。


「兄様。惟鷹兄様」

「ま、まゆり」


 片手でアタマを抑える。目の奥が痛んだ。酷い頭痛が神経を突き抜けて行く。

 居る筈の無い女――衣笠まゆりが、目の前に居る。

 長く切りそろえられた黒髪、優しい眼に、泣き黒子。

 時鷹の面影を持つ、この世に二人と居ない、至宝たる女だ。


「兄様。惟鷹兄様は、どうして逃げたのですか?」

「そ、それは――」


 違う。

 まともに受け答える必要など一つも無い。


 自覚している筈だ。これは、明らかに幻術の類である。ヨージに一切悟られなかったという、とてつもない技法で編まれた幻術である事は確かだが、それでもこれが仕掛けられた罠だと分かっている。


 だが、あの眼に迫られて、返答を抑えられない。


「ぼ、僕に――僕に出来る事はしたのです。ただ、限界があった――貴女の受けたものは、龍の呪いそのものだ……そんなものを――僕如きがどうしようも出来ない――……よ、抑止、抑止は利いている筈です……」


 要らない答えだ。必要の無い事だ。全て説明したのだから。彼女はそれを知っている。

 では何故問う。誰が問わせている。


「でも、居なくなる事は無いのではありませんか。まゆりは、こんなにも、こんなにも、兄様を求めているのに――……」


「や、やめてくれ」


 あの時――あの夜。

 煌煌と光る、発情期の獣でも、そうはなるまいという、理性を失った瞳。


 押し倒され、肢体を愛おしそうに嘗め回す彼女を見て、自分はどれだけ絶望しただろうか。


「違う、違う、時鷹――僕は、違う……」


 青葉惟鷹は、このようなものを望んではいなかった。

 覆いかぶさる彼女を、弾き飛ばし、殴りつけた、あの時の自分を――いいや、いいや。

 あれが正しかったのだ。

 

 一体誰が、彼女程美しいヒトの顔に痣など作りたいものか。


「惟鷹兄様――さあ、ほら、貴女の愛しい、従妹いもうとはココに」

「やめろ、やめろ――やめてくれ――……ッ」


 跪き、拳を地面に打ち付ける。

 一度、二度、三度。

 四度、五度、六度。


 手の皮が剥け、骨に罅が入りそうだったが、それでも止められない。


 その手に、手を添えられる。眼前には、護るべきだったヒトの美しい顔がある。


「兄様」

「ま、まゆり……許してくれ……許してくれ……」

「いいえ、許しません」


 腹に、熱いものを感じる。

 目のピントが合わない。揺れる視界の中、茫然と自身の腹を見る。

 それは、何だ。


 それは――黒い、黒い――

 そうだ、ディアラトが自身に突き刺した、あのナイフでは、ないか?


 ああ、なるほど。黒竜とは、そうやって、試行錯誤、した訳だ。


「くふっ、く、くくっ。ざぁんねぇん。物理も魔法も効かないとあらば、もう精神に訴えかけるしかありませんものね? 旦那様?」


「カル……ミエ……? ヒナは……ミサンジヒナは……どこだ……?」

「それでしたら、あちらに」


 視界定まらぬまま、ぼやけた姿をした女の指さす方を見やる。そこには樹石結晶灯器ランタンの灯りに虚しく照らされ、無惨な姿を晒すヒナの姿があった。


「ひ、ヒナ――ヒナァッ!!」


「あらまあ。先ほどまで、別の女性の名前を呼んでいたというのに……本当に、女性に苦労されているのですねえ、旦那様。私を要らない、と言ったあの時は、同性愛者かと思ったのですけれど、なるほどなるほど、酷い人生だったのですねえ……あ、目は覚めましたか?」


「ぐっ……く、ひ、ヒナに何をした……?」


「同じような事を。貴方がた高位の魔法使いで、しかも戦闘経験があるとなると、私では及ばない部分が多いようで……勿論、人造生命体ホムンクルス出力だからこそですけれど……兎に角事前準備が多くなって仕方ありません。面倒この上ない。ああ、あの鉱物屋は、随分とナマイキな口を効いたので、多少嬲りました。失礼。素体としてはかなりのモノなので、生きたまま持ち帰る予定です」


「それ以上触れてみろ――殺してやる――……ッ」


「怖い怖い。あの技量を見るに、私本体でも、貴方と正面からぶつかれば無事では済みそうにないですね。しかしその分素体としてもかなり優秀でしょう。ディアラトはいまいちでしたけど、貴方ならきっと活躍出来る。はてさて、どれほど強大になる事やら、想像も出来ません……ああ、意識が消える前に幾つか。第一目標は当然、あの目障りなエーヴです。第二目標は、そうですね、貴方の神など如何でしょう。是非、そのカラダに取り込んでくださいね」


「そんな事……するわけ……ないでしょう……――」


「いいえ。します。根本の掌握はまだ時間が掛かっていますけれど、二割は私の支配下ですもの。それだけあれば、貴方程度を操るには十分。ド田舎の根幹魔力帯パルスラインにしては、随分な魔力量ですから、暫くは無駄に遊んで使えるだけはありますねえ。キシミアを平らにして、イナンナーの派遣軍を平らげて、大帝国の騎士団を踏み潰すのも、簡単です。貴方を使えば竜精も殺せるやもしれませんから、実に楽しみ」


 刺された腹から、何者かが侵入してくる。ヨージという色を帯びた魔力が、別のモノに塗り替えられて行く。痛みよりも、異常な熱と奇妙な感覚が支配していた。


「はあ、はあ――あ、なんだ――これ……」

「浸食が遅い。酷く高い対魔力ですね。じっくり味わってください」


 散々と警戒して、結果一番食らってはいけないものを食らうなど、お笑い沙汰だ。


 右から左から、内側から、黒色の『何か』が語り掛けて来る。採掘道の壁を伝い、黒い大樹の欠片達が、有象無象と集まり、ヨージの身体を覆って行くのだ。


 アレが食らったもの、アレが取り込んだもの、アレが観て来たもの――その、断片である。


「大樹――……」

「――ほほう?」


 また幻覚か、何もかも黒く塗りつぶされて行く視界には、やがて見た事も無い光景が浮かび上がった。世界が魔力に満ち、大木が生い茂り、植物の巨大化と共に大型化した動物に昆虫に、今の世には既に存在しない超大型の人類種の姿も見える。


「大樹が……語り掛けて……来る……」


「まあ。それは興味深い……。貴方の忠告通り、サクッと黒竜化させてしまいたいのですけれど……聞きたい、聴きたい、訊きたい……今、貴方は何を?」


「空……から。視ている。何もかも……原初の、世界を――」


 これは――恐らく、この黒竜の元となった埋没大樹の竜の視界だ。どれもこれも大きな木々が生い茂っているが、その中でも一際大きい大樹が、何本か目に入る。


 今の世に尚残る大樹であろう。竜が叫ぶ。その声に呼応するかのようにして、あらゆる動物、神、人類が、地を駆け、海を泳ぎ、空を飛び――何かと、争っている。魔力が一切減衰されていない時代の魔法は、それこそ強烈だ。術式など無い。ただ、念じるだけで大魔法が平然と放たれる。


 地を抉り、海を裂き、空を割る魔法の数々、現人類では絶対に太刀打ち出来ない力の中を――何一つ、意に介さずにいる女が、居る。


 突き刺された筈の心臓が大きく動いたような気がした。

 その顔には、あまりにも見覚えがあるからだ。


「戦……戦をして、いる」

「そう……やはり伝承にあった通り、この埋没大樹は、戦で伐採されたのですね」

「戦……いや……」

「違う?」

「こんなもの……蹂躙じゃないか」


 その『女』は笑った。ご丁寧に頭を下げ――何かを取り出した。


 大きい。

 いや、長い。

 長すぎる。


 それは――槍、だろうか。どう考えてもその長さは――宇宙空間にまで達している。


斬界鉾てんちかいびゃく竜樹殺傷ぜつめつひつじょう


 女は恐らく、そのように口走った。


 耳に聞こえるものではない。口元を読んだ訳でもない。


『これから貴様は死ぬから、貴様を刻んだものの名ぐらいは覚えておきなさい』と、そのような、気遣いをされたのだろう。


 ただ振り下ろされるこの鉾は、地表を押し潰して山を築き、海を撹拌して大陸を生み、森を砂に変えて砂漠を作り、大樹を叩き割って森をこさえ、竜をただの魔力の塊に作り変えた。


 強すぎる。いいや、強い、なんてものではない。あれは意志を持つ世界そのものだ。


 見ている。視ているのだ。

 あの女は、こちらを見ている。


「!!」

「な、何が見えましたか? さあ、教えてください。興味深い、興味深いです」



"惟鷹様ったら。また悪い女に捕まって。逃れられない定めですのねえ――さ、お使いになって。御覧になったでしょう? わたくしの力は、貴方様のものでもあるのですから"



「ギッ……ぎ、ぐぅぅぅッッ!!」


 頭が割れるような痛み。既に右手は黒竜のモノへと変貌していたが、それをそのまま地面へと叩きつける。痛くも痒くもない、どころか、地面は大きく亀裂を走らせた。


「……ああイケナイ。これは、適合しないヒトかあ……」


 口が勝手に開く。

 今すぐあの言葉を――"女皇龍脈エンプレスコード"を紡げと、動いてしまう。


「――ッ! ……――ッッ!!」

「……詠唱? ……この地の根幹魔力帯パルスライン以外の地脈が……蠢いていますね」

「ぎっ、ぎっ、くっ、はっ、は、――あ、安心、しろ――これは――使わん――……」


 歯を食いしばれ。目的を忘れるな。今、こんな所で倒れている場合ではない。

 どれだけあの女が凶悪だろうと、所詮本体が来ている訳ではないのだ。幻覚だ。

 介入は――されたかもしれないが、所詮その程度だと、割り切るべきだ。

 そしてこの女だ。こんな、木端の魔女如きに殺されるようなニンゲンか、自分は。

 どれだけの地獄を見て来た。どれだけの絶望を突きつけられてきた。何度死にかけた?

 それを考えれば、腹を刺される程度、何でもないでは無いか。

 強い意志を持て。守るべきヒトを、今度こそ護るのではないのか。

 こんな碌でもない怪我で反故してしまう程、青葉惟鷹なる人物はクソッタレのウジ虫なのか。

 黒竜がなんだ。数十万年前に死んだものの残滓に、生者様が負けてなるものか。

 女を護るのだろう。

 神を護るのだろう。

 今まで培って来た力と技が、たったこれだけでねじ伏せられてたまるものか――。


「う、あああッッ――ッ!! はっ、ハッ……頼るものか……もう頼らんぞ……アソラ……ッ……はっ、ハッッ!! ぎ、いぃ、ィッ!!」


 思考が加速する。兎に角自身を奮い立たせる。論理的であるかどうかなど度外視だ。ただひたすらに、自分の膝を立て、立ち上がり、刀を握るという行為に繋がれば何でも良い。


「ヒナァ――――ッッ!!」


「適合しないどろこか――"受け付けて"いない……?」


 腹に刺さったままだった黒色のナイフが、経年劣化したようにボロボロと崩れて行く。自身を覆い尽くしていた煤は、逃げるように退いて行く。


 それもそうだ。


 こんな……あんな、バケモノに愛されたニンゲンの肉を――負け犬の木炭化石(残滓)が、好む訳も無い。


「ヒナ、今、助ける――必ず、もう、もう、目の前で――大切なヒトを、失いたくない……」


 刀に手を掛ける。

 彼を愛した女を、己を愛してくれた女性を――救わねばならない。




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