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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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ビグ村情勢2



 神様の襲来によって幾許か時間を取られたが、まだ昼を少し過ぎた頃だ、行動には問題無い。コーヒーを飲む為に商店街に来た訳ではないのだ。


(街道沿い……大型生物が……)(残滓……)(子爵……ご病気で……)(おっぱいが大きい神様が良い……)


 耳を澄まして他愛無い会話を拾いながら、予定していた通り商会方面へと歩く。


(政治の話も聞こえるし、やはり皆知識があるなあ。一部頭が悪い話も聞こえるけど)


 村の商店は入り口から役場へと向かうまでの目抜き通りに立ち並んでおり、人はかなりの数が見受けられる。


 人口一二〇〇人程度といってもそれは在村登録者数の話で、各地から集まる商人を含めると、常に一五〇〇人以上は居るのだろう。大体はこの先にある山道を超えて来た者達であるから、もっと内陸の商人だ。


 時折緑色の帽子を被った少年少女が商店街通りを清掃して回っているので、ゴミは一つも見当たらない。


 商店と商店には隙間があり、また建物は石材と木材を組み合わせたもので直ぐ分解出来る構造で、なおかつ井戸は少し歩いただけで三か所、水瓶も複数用意してある。


 あちこちに火伏の紋章である竜の絵……『ニーズヘグ章』が見受けられ、村全体に防火意識が行き届いていると見えた。


 ミネアが持ってきた『ビグ村建築白書』にも建築物の細かい指定などが書かれていた事を思い出す。この村は一度大火で酷い目にあった過去があるようだ。


(機能的だ。とても田舎の商店通りとは思えないなあ……あれは、結晶時計か)


 商店街のハズレにのっぽな建物が一つ見えた。学校だろう。

 魔法技術者を呼ばねば作れない筈の大型魔力結晶時計が商店街を見下ろしている。


 魔力結晶時計は外在魔力マナを自動吸収する結晶を核として作られる半永久的機構で、とても高価だ。時間は二四法刻で一日と定められている。これは所謂先進国の標準だ。


 学舎はそこ一つ。高等教育を受けたい場合は一定成績を収めて推薦状を貰い、サウザ街の学校へ行く事になる。


 義務教育は無いらしいが、識字率は九割程度と白書に書いてあったか。首都ですらそんな識字率は無い筈だ。やはり民衆がヒトを選び村を作って行く社会においては、学問が何より重要になる。


(ある意味、少数だからこそ出来る社会、だなあ)


 自分の故郷を思い出す。扶桑国飛び地……正式名称を『大扶桑女皇国西真夜移民区』という。

 元は別の国の領地であった為、基礎自体は全て原住民が作ったものだ。


 扶桑国は軍事国家であり、強権的だ。移民に際しても、原住民と自分達移民ではかなりの身分差が設けられていた。


 最近はだいぶと歩み寄りを進めたのだが、原住民と移民の格差が埋まる事は永遠に無いだろう。


(皆に知恵を……か。特権階級どもが見たら卒倒しそうだな)


 片頬を釣り上げてひっそり笑う。今となっては遠い国の話であった。


「ああと、ここか」


 目抜き通りから一本外れた道に、目的の商会があった。


 木製の看板には『働かざる者食うべからず、早飯早糞早寝早起早取引』と書かれている。全くその通りだが、酷い謳い文句だ。


 重厚な木製扉に手をかけて中へと入る。押した瞬間気づいたが、この扉、板で挟んであるだけで、中身が鉄だ。壁や床に使われている石材も、特に堅いものが選ばれており、隙間無く敷き詰められている。


 正面には受付、左手奥にはちょっとした酒場があり、上層階は宿泊施設も備えている。ここから隣三件分は全て商会の持ち物だろう。


「いらっしゃい。商人……って顔じゃあないね」

「これはどうも。私は治癒神友の会という宗教団体の者です」


 受付で出迎えてくれたのは、恰幅の良いお姉さんだ。如何にも各地を飛び回る下品な行商やけち臭い商人達には動じないよ、という雰囲気がある。


「宗教家ね。商売でも始めるのかい?」


「これからの宗教、神様の力を売っているだけではお話になりませんからね。まだ商品はありませんが、一応登録だけでもと思いまして」


「はー。色々考えるもんだね。あいさ、じゃあこっちの紙が登録書、こっちが同意書」


 紙と鉛筆を寄越され、指刺された先の机で必要事項を書き込む。


 手間ではあるが、商会から情報を得ようと思ったら登録するのが一番であるし、今後何かしら販売するものがあれば、商会経由で流通に乗せる事も可能だ。


「登録料は一五小真鍮貨」

「案外良心的ですね」


「他からとってるからね。商会っていっても、多角経営だ。物価表や新聞の制作、販売。金貸し、貸し倉庫、不動産、人材派遣、何でもやるのさ」


「人材派遣、そうだ。ここは村の手伝いなどの話も、回ってきますよね」


「ああ、そうだよ。あんたエルフでも若いみたいだし、身体つきも悪くないから、小銭稼ぎに丁度良いだろうさ。そっちも登録しておくかい」


「はい。ちなみに……月極で登録料徴収とか、ありませんよね?」

「あっはは!! それを訊かない奴からは徴収してるさ」

「したたかなことで。では、これで」

「確かに。嫁の紹介も必要かい?」

「今のところ予定はないので、遠慮します」

「まあ、仲介料貰うんだけどさ」

「ぶっ、はは。いや、参りました」

「あいよ。またおいで」


 態度も笑い声もでっかいお姉さんであった。ヨージがあまり近寄らない人種であるからして、気圧された感じが無きにしも非ずである。


 本来ならば酒場にも顔を出したい所なのだが、今は控えようと考える。新参者には厳しい世界であるし、皆に酒を振る舞うだけの持ち合わせも無い。


 商会を出て再び目抜き通りに戻る。次は新聞社……『サウザンドポスト社ビグ村支社』が目的地になる。


 ビグ村支社が出来たのは三〇年前。不定期報だが、週一から二回程の頻度で発行されている。


 メイン誌である『ザウザンドポスト紙』にはサウザの出来事や事件、帝国首都の政治や商売に関してが書かれていて、主に商店などが取っており、読み古されたものが飲み屋や食事処によく置かれている。


『ビグ村不定期報』はビグ村内の出来事を主に取り扱っており、農家や猟師、山菜取り、石拾い(樹石結晶収集)などが主に購入している。


 不定期報の記事は実に当たり障りが無く、政治面も面白味は皆無だ。


 どこの畑で大きなカボチャが取れたとか、どこの家で働き手を求めているとか、どこの店で何を取り扱い始めたかなど……敵を作らない新聞作りでも目指しているのだろうか。


 良く言えばほのぼの。悪く言えば町中掲示板の紙版だ。


 ただし、人口一二〇〇の村で、およそ月二回の発行部数が八〇〇を超えており、お金さえ払えば幾らでも宣伝してくれるという事実は都合が良い。


「あ、あの!」

「はい、なんでしょう」

「これ、どうぞ」


 支店を目指して歩いているところで、突如少女が現れてヨージに紙を突き付けた。彼女はそのまま逃げるように走っていってしまう。


(慌ただしい子だな……むっ)


 茶色でゴワゴワした、紙質の悪い手書きのチラシだ。ヨージはそれを見て眉を顰める。


(雨秤教……まだ信徒がいたのか)


 文字から読み取れる教養の加減は不明だが、大人の字ではなさそうだ。あの子が書いたものだろう。


 内容は、雨秤神を再び崇めましょうというものである。


 役場のミネアの話では、雨秤神はその姿を消してしまっていて、主神が不在の状態だという。一部信徒とその親族は神が居なくなって直ぐその信仰心を捨てた村人達を忌み嫌い、雨秤神が生まれたとされる、この村を流れる川の上流に住まいを移したと聞く。


 現代人が神に対してかなり渇いた態度をとっているのはどこも同じなのだが、ビグ村は更に信心が希薄なのではないかと、ヨージも考えていた。シュプリーアを祭り上げる事に際しても、その点が非常に懸念される。


 しかし……神が居なくなったのでは、実際問題としてどうにもならない。神に求められるものは実益であり、その実益を神に還元する事が『信仰』なのである。


 では……。

 チラシを手に、商店街を眺める。


 今日もヒトは日々を生きていて、笑顔だ。この村には捨てておく人材などない為、路地裏で子供や老人が転がっている暇など無い。


 アインウェイク家の配慮と、バランスのとれた行政、定められた法律の下、働き者の村人達が一丸となって自分達の住む場所を治めている。


 彼等に神は要らないのかもしれない。


「……神様は必要だよ。この世界は、神様が居てバランスが取れてるんだからさ」

「――居たのですか、神グリジアヌ。頭の中を読まないでください」


 ヨージの脇からひょっこりと、ライバル神が顔を出す。今までついて来ていたのか。神様に目を付けられるというのは、言い換えれば祟りではなかろうか。不吉だ。


「この世界にはな、神様が居ない村なんてのは、無いんだ。どうしてか解るか?」

「いいえ」


「神様が居る事で、森の残滓を退けられる。神様が居る事で、収穫が増える。神様が居る事で、商売が繁盛する。神様が居る事で、酷い不幸もちょっとした不幸に還元される。神様ってのは、そういう存在なんだよ。もう既に、この村にも影響が出始めてる」


 農業白書に書かれた数字を思い出す。


 雨秤神が居た頃はずっと収穫量は微増を示していたのだが、去った後は目に見えて下がり続けている。また、森の残滓も村へ近づく事が多くなったようで、残滓が原因とされる家畜の行方不明なども見受けられる。


 神は常に人類種に寄り添っていた。神が居ない国も村も、在りはしない。だからこそこの村は新しい神を求めているし、それに応じて自分達もやって来たのである。


「この村の信心の無さに、何か心当たりはありますか」


「雨秤が上手くやりすぎたのさ。あれは水を操る神だったかな。川や雨の量すら調整出来た。豪雨で畑が押し流される事なんか無くて、欲しい時に雨が降る。世界中、喉から手が出るほど欲しい神様だ。そのお陰で村の収穫は目に見えて増えたってのに、雨秤もその信徒も、雨秤の力を見えやすい形で顕示しなかった。だから村人は、自分達の手腕だと勘違いしてるんだろ」


「それだけですか」

「雨秤信徒が、宣伝下手だったって話だ。さっきのアレ、見ただろ。あれ、雨秤の子供だぞ」

「……神の子なのですか。ヒトとの間の?」

「うん。山ん中に暮らしてて、たまにああして降りて来て、宣伝してるんだけど、今更遅いっての」


 年の頃は一三歳程だっただろうか。あんな小さな子が一生懸命にならざるを得ない環境こそが、雨秤教の手際の悪さを象徴しているだろう。


「ま、なんでも良いんだ。お陰でアタシにも機会が巡って来てる訳だしな」

「言い方は気になりますが、僕達も同じですから、なんとも」

「で、こんな道の真ん中突っ立って、何してんだよ」

「貴女こそ」

「アタシはアンタを後ろから付け回してただけだけど……」

「おっと。神につき纏われるなんて、縁起が悪すぎますねえ……」

「は? こんな美少女差し置いてさっさと立ち去る馬鹿が悪いんだよ」

「敵対してますし……」

「アンタだって、ああはなりたくないだろ?」


「僕、あんなに手際悪くありませんから。例えここで我が神が村神に収まらなくとも、信徒一人と神様一柱ぐらい、養ってみせましょう、ええみせましょうとも」


「へえ。優男に見えるけど、なんだか男らしいな」

「これでも一応、五〇過ぎなので」


 グリジアヌの目が点になる。エルフは二〇歳前後で見た目の老化が止まるので、(少なくとも四〇〇歳を超えるまで)容姿では判断出来ないのは常識だろうに。


「年上!」

「あ、結構新しい神なのですね」

「アタシ、年上好きなんだよなあ」

「年下はちょっと」

「ぐぬ……」


 などと嘯いたが、別に可愛ければ何歳でも良いのであった。ヨージとて男である。

 グリジアヌは暫く頬を膨らませて『むむむっ』と睨んでいたが、途端笑顔に変わる。


「ま、アンタん所の神様が落選しても、アンタは拾ってやるよ」

「遠慮します。我が心の神はシュプリーア様ですから」

「今はそういう事にしておくかな」

「はいはい。では、用事があるので」

「着いてく」

「えー……」


 一体ヨージの何を気に入ったのか、グリジアヌはご機嫌な様子でヨージの腕に絡みつく。

 様々と考えが巡る。親愛を寄せてくれるのは当然都合が良い。


(――ふうむ。でも、あまり、汚い手は……まして女性になあ……)


 己の過去。現在に引きずるあらゆる因果の記憶が脳内を駆けて行く。

 いやいや、と頭を振った。




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