ビグ村情勢1
前話までのあらすじ
神シュプリーアと神官エオによって一命を取り留めたヨージは恩を返す為、この生活力のなさそうな一人と一柱を伴って『ビグ村』へとやってくる。
村神として収まる事が出来れば、盤石な信仰が手に入り、収入も安定するだろう。
広告を頼りにやってきた村だったが、早速出鼻をくじかれる。どうやらこの村は神を決めるにも村議会を通さねばならないらしい。しかもあまり敬っている様子もなく、村神候補として与えられたのは、ちょっと手入れした納屋であった。
これはイカン、として、ヨージは対策を練り始める。
アインウェイク子爵家領ビグ村情勢
いきなり出て行って「はーい神様ですよー、信仰してくださいね?」なんて言った所ところで誰からも支持は得られない。帝国領地内に在籍する神籍登録神数は数千を超えており、登録神数は大国三国中トップだ。
ヨージが一応籍を置く扶桑国では三〇〇あまりだが、あちらの神は自分の所在などいちいち気にしないし、信仰を商売としなくとも、神であれば『神格』に応じた神社を国が設けてくれるので『居るだけだから~』という心持ちの神が数千いる。
人類種の総人口からすれば対比として少ないが、かといって珍しすぎるという訳でもないので、神がいるからと無条件で珍しがったり羨んだり信仰したりは、誰もしないのである。
(豊御霊が優勢、グリジアヌも追随、か)
ヨージはビグ村の商店街の片隅で営まれるカフェを拠点として、あちこちと情報を収集しながら、どのように効率的に我等が神をこの村の神として据えるべきかと頭を悩ませていた。
人口一二〇三名、人間族が七割、獣人族 (犬猫熊狸など種類分けず) 二割、他一割。森林族は居ない。
主産業は農業。役所主導で特産品作りにも力を入れている。
有権者は八七六名。
民主主義体制がとられ、議会があり、村議は八名存在している。
村議の任期は三年。村長は村議からくじ引きで選ばれ、三年でサイクルしている。 (が、ほぼ談合で決めてるようだ)
三か月後の『村神選定投票』で村神は定められるのだが、村議一人一票のところ、村長だけ二票を有している。これが頭の痛い所だ。基本原則である権利の平等は何処に。
村長は現状、豊御霊に投票するのではないかと後援会の者が話していた。
農村であり、アインウェイク家の食糧庫であるビグ村であるから、豊穣神需要は高い。
豊御霊と呼ばれる東国の神は現状トップを走っている。これは村民からの意見であるが、村議達が村民の意思を完全無視出来る訳ではないし、村長の人気もあるので村議が迎合する可能性がある。
村に適合する神として、村議達も否定感は無いであろうから、このまま行けば間違い無く豊御霊が村神に収まるだろう。
「ああ、お嬢さん。コーヒーおかわり」
猫人族だろうか、ウエイトレスの女性が耳をピコンと立ててから振り向く。
「はいはい」
「質が高いですね。いやあ、東国にも有りますけど、もっぱら緑茶ばかりで。こんなに美味しいモノは初めて飲みましたよ」
「店主が南国出身で、厳選してるみたい。交易船の速度が上がったってのもあるって」
「へー。貿易も盛んになりましたしねえ、こんな山の中まで南のものが……今後こういうものも沢山近場で手に入るのかな……」
魔動力船の燃費改善により、船が大型化し始めて二〇数年になる。
物流と言えば大型飛行生物による空運か、動力船での海運、大きな商隊での陸運が主だ。
飛行生物は積載量が小さいので値段が上がりやすいし、船は常に自然と戦い続ける事になり、陸は陸で『森の残滓』や大型生物などの襲撃の恐怖に晒される。
魔動力船が効率的かつ高速度で移動出来るようになれば、人類種は謎だらけの海をもっと気ままに駆ける事が出来るだろうし、物流もずっとスムーズになる。その動力機関が小型化すれば一般人も陸路に活用出来よう。今のところ陸の魔動力機械は軍事が主だ。
(ま、その前にまた戦争かな)
何かを高速で、大量に移動出来るようになったという事は、そういう事なのだ。
ヒト、兵器、物資、そして信仰を他国に大量に押し付ける事が出来る。現地との軋轢によって生まれる不和とそれに伴う戦は、ずっと昔から変わっていない。
ヨージにも従軍経験がある。今はその弓兵としての力が、日々を食つなぐ為の狩りの技術として活かされているので、何でも経験しておくものだと思う。
(戦争してない時期がないしな、扶桑国も、大帝国もさ)
国家の全てを動員する総力戦に近い戦いはここ暫く起こっていないが、各方面での小競り合いや領土争いは常に続いている。
幸い、この村は領土が他国と接していないので、そういった機会はなさそうだ。だが長くこの村に留まる事になれば、自分も籍を移さねばならないだろうし、そうすると大規模な戦争が起こった場合、徴兵に応じなければいけない可能性がある。
まして自分の『履歴』などバレたら……いいや、と頭を振る。
(いやいや、回想に浸りに来たわけじゃないんだ、僕は)
過去を顧みても得るものが無い。兎も角、この村は農業にしても商業にしても、上手く行っている。南国から離れたこんな村にまで物流が届くというのだから、それだけこの村の評価が商人達の中でも高い事を意味していた。
「コーヒーだよ」
「あ、どうも」
「そちらのお客さんは?」
「アタシは、なんか、果物の飲み物ない?」
「オレンジのエールなら。薄める?」
「そのままでいいや。あ、子供じゃないぞ、神様だぞアタシ」
「あら、そう。ちょっと待ってね」
「あーい」
……ヨージは相席を許した記憶は無いのだが、メモ紙から顔を上げると、そこには少女が一人ニマニマと笑いながら座っていた。全体的にフラットだ。
浅黒い肌、赤い目、紫の髪。神に人種はないが、雰囲気として南方系だろうか。
黒い薄布を胸元に巻いて、非常に短いスカートを着用している。様々な部分がはみ出してしまいそうだが、どうして見えないのか。
それは神様だからだ。見えないのだ。凄い。
「東国エルフだな。飄々としてて、落ち着いてる。顔もなかなか……珍しい、なんでこんなトコに」
「それはこちらのセリフです、神グリジアヌ。僕が誰かぐらい、知っているのでは?」
「あはは。うん。情報は直ぐ得て直ぐ消化しないと腐るかんね。で、見に来たワケよ」
ケタケタと少女……グリジアヌが笑う。彼女はわざとらしく脚を組み替えてこちらに視線を送って来る。どうやら自分の可愛らしさと魅力を理解している類のワルイ神だ。
彼女は戦神とされる。能力の詳細は不明ながら、大変怪力と聞いていた。
「なるほど。伊達にこの村で村神に収まろうとはしていない訳ですね」
「そうそう。古い神様達はさ、そーいうの軽視するし。改めて、グリジアヌだ」
「ヨージ・衣笠です。ヨージで構いません。シュプリーア様の第二神官長です」
「あいつ、ボヤッとしてそうで、もう信徒が二人もいやがるのか」
「それだけ我が神の力は強大でかつ慈悲深くあるのです」
「ぶふふ。はいはい。くさいくさい」
グリジアヌはそういって、運ばれてきたエールを傾ける。昼から酒とは良い身分だ。
それにしても言葉にトゲがある……が、その目はなかなかに真剣だ。
「どういう意味でしょう」
「演技くさい。本当に信じてる?」
「そりゃもう。死にかけた僕を、我が神が救ってくださったのですから」
「へえ、反魂に近いような治癒なのか。おっどろき。で、進捗は?」
「来て数日ですからなんとも。グリジアヌさんは好調のようで。豊御霊さんには及ばないようですが」
「ぐっ……そこ突かれると痛いけどな。で、アンタは今後、どうするのさ。あとからノコノコ出て来ても、つけ入る隙、あると思うか?」
それを考えるのがヨージであり、実行するのがヨージである。例え劣勢だとしてもひっくり返してこそだ。
愚問であるとして、コーヒーを啜ってから小さく頷き示した。
「大層な自信だな。政治のノウハウでもあるのか」
「ありませんよ。ニワカです。ただ、お偉い方と接する機会は多かったもので」
「ふーん。なるほどなあ……」
乗り出し気味だった身体を引いて、グリジアヌが腕を組む。どうやらカマカケだったのか、先ほどと態度がだいぶ違う。
「――ふうむ。何かお困りでしたか、神グリジアヌ」
「敵対しに来たんじゃない。新参がどうも、お豊とは毛色がだいぶ違うようだからさ、本当に見に来ただけ。役場のミネアが、アンタが知識階層のエルフなんじゃないかって言ってたし」
「違いますって。僕は――……ただの雑種エルフです」
「ま、言いたくない事もあるだろうさ。でさ、ものは相談なんだけど」
「なんでしょう」
「アタシに協力しないか」
それは、どういった意味合いだろうか。まさか、シュプリーアへの信心を捨てて自分の所に来いとでも言いたいのか。論外である。議論する余地も無い。
「そう怖い顔すんなって。別にアイツへの信心を捨てろなんて言ってない。そもそもの話だ」
「そもそも?」
「この村は、村神に一柱定めて終わらせる気でいやがるけど、神様が複数いてはいけない、なんて法律はノードワルト大帝国の法律にも、アインウェイク子爵家の法律にも、村の取り決めにも存在しない訳」
「つまり……貴女を押し上げて、その傘下に我等『治癒神友の会』を置けと」
「そういう事。新参のアンタ等がお豊とアタシを押し退けて村神に採用される確率は低い。かといってアタシ単体じゃあ、お豊に負けそうだ」
「僕達よりも、お豊……豊御霊尊と話を付けた方が良いと思うのですが、何か理由でも」
「好かん。仲良いフリはしてるがな」
「それは解り易いですし、神様的ですね」
グリジアヌがムッとした顔つきでこちらを見る。仕草はまるで子供だが、間違いなく自分より年上だろう。
彼女がどのような経緯でこの村にたどり着いたかは解らないが、一般認識で言うところの神様的であり、性格や言動が問題となって元の地を追われた……何て事はなさそうだ。
取引が出来るという事実だけ持って帰った方が良いだろうと判断する。
「これに関しては議論の余地無しです。僕達は引きませんので、ご自分で頑張ってください」
「なあんだ、冷たいな。もう少し構ってくれよ」
「ではこれで」
離してくれそうにないので、残ったコーヒーを飲み干し、テーブルにお代を置いて立ち去る事にする。立ち去る間、ずっと背中に視線を感じていた。何せ神の目線だ。比喩でなく力がある。