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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
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キシミア自治区3



「おっじゃましまーす! うわ、なん……なんだろこれ……」


 元気良くヒナの家に上がり込んだエオが一転、首をひねる。科学店とは何なのか良く分からなかったが、中に入っても良く分からない。


 南方の少数部族の謎のお面、どこから取って来たか不明な奇抜な葉をつける観葉植物、豪華に装飾が施された魔撃銃のレプリカ、フラスコと花瓶と尿瓶が一緒に飾ってあり、部屋の奥からは妙な甘い匂いがする煙が漂っている。


「おいヨージ、アンタのご友人、大丈夫か?」

「まあこんなものでしょう。本当に良く分からないので」

「あ、諦めてるのか……」


「あんまりアチコチ触るんじゃねーぞ。そこの神様二柱はそっちの椅子、巨乳のシスターはもう少し離れろ。惟鷹はそこの椅子」


 指定された椅子に腰かけると、ヒナが先ほどから煙を吹いていたらしい液体をカップに注いで持ってきた。果たして飲んでも大丈夫なのかどうか。いや、言葉遣いは悪いが、ヒトサマをバカにするようなニンゲンではないので、安全だろう。たぶん。


「いきなり押しかけて済みませんね」


 自分用の机に向き合い、彼女も腰掛ける。机の上に乗っているものも……ヨージには判別不能なものばかりだ。


「連絡手段なんて限られるんだから、いきなりにもなるだろ、そりゃ。で、なんだその、どんなパーティだ、これ?」


「ワケアリでして。説明します」


 一先ず、ヒナに自分達がどうしてこんなメンツであり、ここに来るに至ったかを掻い摘んで説明する。話を聞く度に表情を変えるので話していて飽きないのは、昔からだ。


「はは。おもしれえ。バカみてえ。で、村神になり損ねて、アインウェイクから逃げて来た訳か」


「ええ。交流盛んなこの土地で、定住出来るならば定住、無理ならば情報を集めて他に、という算段です」


「そういや、西真夜の妹はどうした?」

「ははは」

「あ、笑いやがったな。コイツ、おい、お前等、ほんと、こういう所困るだろ?」

「たまに怖い」

「軽薄ですよねー」

「まあいいんじゃない?」

「はー。で、昔の女を頼りに来たのか。女連れて」

「人聞きが悪い。神様が二柱と神官が二人、何もおかしい所はありませんよ」

「お前の事だからなあ……」

「――後でお話しますので、昔の事は少し……」

「ん。まあいいや。まあでも、これだけは聞かせろ」

「はい?」

「なんだ、『ヨージ・衣笠』って。衣笠時鷹の読み替えじゃねーか」

「……憧れていましたから、彼に」

「まだ引きずってんのか。女々しい男だな。連合王国本土だったら蹴飛ばされるぞ」


 己の仮名。時鷹を反対にして読み替えただけのものだ。


 自分にとって、あの男程理想的な者はいなかった。自分が欲しかった全てを持ち、そしてそれを鼻にかけず、軍人として先輩である、落ち目の分家の長男でしかない男を、尊敬してくれていた。


 衣笠時鷹。古鷹一族の希望。その理想だ。


「僕は、死にかけた。そしてかの神に救われました。生まれ変わった僕は、今度こそ、彼のようになりたい。なれずとも、近づきたい。そう願って、名乗っています」


「時鷹こそ、お前になりたがってたけどな。理想ってのはわかんねーもんだ。ま、いいさ。細かい事情は『あとで』だ。んで、惟鷹……ヨージがいいか?」


「どちらでも」

「じゃあヨージ。あーしに何を頼りたい?」


「はい。もし不動産にお知り合いがいるなら、仲介を。暫くの拠点が欲しい。勿論ただとは言いません。お手伝いがあるならば手伝いますし、金銭的なものでしたら少しばかり出せます」


「はあん。成程」


 ヒナが顎を撫でて後ろの一人と二柱を眺める。特にエオを舐めるように見ている。


「お前、趣味変わんねえな」

「だから違いますって」


「いいさ。ウチの隣。ボロだが二階建で掃除もされてる。あーしのだ。倉庫にでも使おうと買ったんだがよ、他にアテが出来ちまって、放置してたんだ。そこ使え」


「なんと、それは都合が良い。お家賃は?」


「月五千セレドナ。町内会費も込み。家に風呂はねえから共同だし、釜も一つまでだ。密集地だからな、火の扱いが面倒だけど、どうよ」


 五千セレドナ……大帝国換算でいう所、大真鍮銭六枚分程度だ。為替は変動するが、大帝国、キシミア間は安定している。


「助かります。ではそれでお願い出来ますか」

「……ヨージ」

「はい?」

「相場はもう少し調べてから新しい土地に来いよ」


 しまった、と頬を叩く。


「あっ……なんて事、僕らしくもない」


 ヒナがニヤリと笑う。サウザやビグ村は治安が良く相場も殆ど表示と変わりが無かった為、感覚がズレていた。キシミアでは倍程度で吹っ掛けて来るのだろう。


「本来なら本当に五千ふんだくる所だけどよ、まー昔のよしみだ。三千でいいぜ」


「ええ。迷惑料含め、それで構いません。何せ最近まで、納屋で暮らしていたもので。戸締りの出来る家なんて願っても無い」


「は……? 納屋? 誇り高き女皇国軍人が? 古鷹の大剣豪が? 一騎当千の英雄が納屋?」

「それも後で話しましょう。では早速荷物なども隣に置いて構いませんか」

「……いいぜ」


「それでは我が神、エオ嬢。お掃除をして荷物を置いたら許可証を貰いに行きましょう。先に行っていてください」


「うんー」

「はーい!」

「グリジアヌはどうしますか」

「ま、アタシは居候の神だ。拠点は借りるが、適当にやるよ」

「わかりました。では後程」


 やはり頼るべきは現地の知り合いか。毎日宿を取って留まるより余程経済的である。


 経済と言えば両替も必要だろう。大帝国通貨も当然取り扱っている商店は多いだろうが、大帝国の通貨は計算が面倒だ。幾らかを小金貨に変え、あとはキシミアの通貨であるセレドナにした方が良い。


 真鍮銭は重いし嵩張る。だが金貨ならばどこのお金だろうと価値はあるので、これは便利だ。持っておく価値がある。


「それで、大尉はこれからどうするの?」

「いきなり変わりましたね」


 決して人格が分かれているとか、心に闇を抱えているとか、そんなものではないのだが、彼女はヒトや場によって対応を分かり易く変える。おおやけな場所であるならばあの通りガサツに振舞うのが自分だと思っており、ヨージの前ではこれが彼女である。


 あと距離もめちゃくちゃ近い。胸があたる。すごい。


「本当にびっくりしちゃいました。おひとりじゃなかったのは、ちょっと残念ですけどぉ……それでも、忘れられていなかったんだなって思うと、嬉しくって」


「済みません。身を固める気は無くて」

「じゃああの子達とも?」

「彼女達は神と神官。僕も一構成員でしかありません」

「でもアピールされるでしょう?」

「特にエオ嬢には困ってます」

「困ったヒト。抱いてあげれば良いのに」

「一四歳ですし」


「ず、随分発育の良い人間族だな……あいや。成程、完全に子供なんですねえ。でも昔の貴方っていったら、好意を寄せる女性をちぎっては投げちぎっては投げ……」


「そ、そのあたりの話なのですけれど。いえ、過去を否定するつもりは更々ない。僕は愚かで間抜けな馬鹿者でありましたが、教団運営に支障が出ると困るので、彼女達には……」


「うん。黙ってる。あーしの大好きな貴方だもの」


 罪悪感でもう目いっぱいだ。分かってやっているのだ、彼女は。ヒナは賢く、そしてあざとい。こちらが気を許した次の日には、ヨージがベッドの上ですすり泣く事になるのは目に見える。


「――済みません」


「……良い。頼って貰えて嬉しいから。貴方の記憶に少しでもあーしが居たって知れて、全然悪い気がしないの。踏ん切りつくしさ」


「もっと早く返事をするべきでした。西真夜で……色々ありまして」


 縋りついていたヨージの腕にキスをしてから、ヒナが離れる。貴方の腕を信じている。通じて貴方を信頼している、という意味だ。彼女の故郷の風習だったか。職人の民族らしい好意表明だ。


「それは酒でも入れながら聞いてやるよ。ああ、家賃の話だけどさ、実はタダでも良いんだよ」

「流石にそれは申し訳ない」

「だから、あーしの仕事手伝ってくれんなら、半額にしてやらん事もないぜ」

「――ほう」


 現状、現金を手に入れる手段が決まっていない以上、節約出来るに越した事はない。彼女は胸元から何かしらのタグを引っ張り出してくる。どうして彼女達胸大きい族はそこに挟みたがるのか。ヨージは神妙に頷く。


「これなんだか分かるか?」

「共通部族語ですね。ええと、キシミア……自治府……貴女、公務員なんですか?」

「一応。お抱えの応用錬金術師って程でもねえが、在野研究者とは違う。あ、軍事じゃねえぞ」

「流石に軍事まで関わると、貴女は扶桑からお尋ね者になりそうですね。それで?」


「医者の真似事させられてんだよ。ここ、ちょっとカドを曲がると娼館街なんだ。キシミア自体はイナンナー所属だから非公式娼館なんて容認しねーけど、あるものは有る。で、貧民街と合わせて不衛生だし不健全だろって事だから、一掃はしないまでも管理はしたい」


「管理したいが、公認する訳にもいかない……なるほど。けれど、貴女を公務員にしてしまったら、それはそれで間接的な関与になりませんか」


「例え違法な営業してようと、そこに住んでるのはキシミア市民にゃ変わらねえから衛生向上に努めてもおかしくねえだろって理屈。それにこういう形でないと、給料払えないんだとよ」


「はー、お役所ですねえ……」


 イナンナーの弊害ともいうべきものだろう。しかし行政が一応でも策を講じているのだから、放置している訳でもないようだ。


「で、流れ者のあーしに白羽の矢だ。もし本国から文句言われても直ぐ切れるだろ」

「しかし貴女、魔法科学専門ですよね……?」


「教育を受けてない奴等からしたら、科学者も医者も同じなんだよ。それにあーしは魔法科学でも魔化鉱物学の権威だぞ、一応」


 魔化鉱物……つまり、魔法転用出来る鉱物を指す。町に灯りを照らしている樹石結晶など分かり易いが、あれは魔力で灯っている。


 魔化鉱物学者というのは、魔法転用可能な鉱物の専門家だ。ヒナの場合、内在魔力オドを注ぎ込む事で爆発力を得る魔力反応剤ガンパウダーの調合や、障気を発生させる鉱物を装置化するなど……兎に角そういった多少の魔力消費で効率良く力を得る為の研究をしている科学者であり、魔術師マギクラフターなどとも呼ばれる。


 魔化鉱石は多種多様存在しており、薬局で売られているようなものもある。調合量さえ分かれば、なるほどヒナのような研究者には容易く取り扱えるものだろう。


「面倒ごとを押し付けられましたね。やっぱり、優しいですからねえ、貴女」

「そんで、手伝うのか、手伝わないのか」

「やります。それに、うちの教団の活動方針も決まりました」

「そういや、あの神様」

「シュプリーアです。産まれたばかりですが、治癒の力を持ちます」

「――はっ。はは。そりゃうってつけだ。治癒ねえ……大っぴらにゃ出来んな」

「ええ。なので少し策を弄します。迷惑はかけませんから」

「別にかけたって構いやしないよ」

「感謝します、ヒナ」

「えっへっへ。お前の本家に比べりゃ狭いが、ゆっくりしていってくれ」


 ひとしきりの話を終え、ヒナが机に向かって書き物を始める。ヨージは会釈をして席を立った。

 トントン拍子で自分達の住処と仕事が見つかり、出だしは好調だ。しかしビグ村の一件を考えると、なかなか手放しで喜べるものでもない。


 所詮自分達は流れ者であり、受け入れて貰うには時間と信用が必要になる。そういう意味での難易度でいうならば、ビグ村の方が高かっただろう。だがここはまた別の意味で難儀しそうだ。


 自分の知っている社会よりも秩序立っていない。その分抜け道は多いが、落とし穴も多い。


 例えば扶桑という国は、ニンゲンの役割が決まっている。したがって自ら道を外れた行いをしない限りは、必ず食べていけるようにはなっているのだが、そこには自由意志があまり無い。


 キシミアは自由だ。だが自由故に明日の飯にも困るニンゲンが溢れている。


 もうちょっと間の取れた社会は無いものだろうかと考えるが……アインウェイクのような治世を行える社会は、やはり多くは無いだろう。


 彼は狂信者ファナティックではあっても為政者として有能だ。


(強力で有能な王の治世は確かに素晴らしい。が、その為政者が死ねばどうなるかなんてことは、歴史が繰り返してきた通りだしな……全てを画一化した社会なんて恐ろしいし……民主主義を継続的に行うには、今度は教育が足りないか……)


 政治をする立場では無いが、いち流れ者として悩ましい話であった。

 ぼんやりと考えながら、ヨージは隣の新居に足を運ぶ。



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