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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
58/318

キシミア自治区2




「走れー!」

「モタモタするんじゃねえや馬鹿野郎が!!」

「~~!! ~~~!!」

「――~~!! ~~!」


「うわー、凄いヒト! サウザも沢山いましたけど、活気が違いますねー! 全然聞いた事ない言葉も飛び交ってますし!」


 乗合船の柵に掴まり、エオがぴょんぴょんと跳ねる。荷揚げ場には数えきれない程の男と女、各人種が入り乱れ、荷揚げ作業に勤しんでいた。


 大ホロゥ河は幾つもの支流、運河が流れ込む河であり、大帝国やエウロマナ共同王国などの陸続きの土地からの貨物が寄せられる。大ホロゥ河でこれなのだから、ここを下り切った先にある港の船着き場など、それこそヒトがごった返しているに違いない。


 ヨージも噂では聞いていたが、実際を目の当たりにして面食らった。


「いやはや、これほどまでとは。扶桑の主要港も物流が多いですけれど、各国の中継地点になるここはまさに有象無象といった様相ですねえ。グリジアヌは見た事ありますか?」


「いやー、アタシも初めてみた。ほんとすげーなココ」


 大ホロゥ河にある荷揚げ場は元軍港であるから、その造りは実にシッカリしている。土がむき出しという場所が少なく、道路は最低でも石敷きになっていた。


 乗合船を降り、活気あふれる荷揚げ場の隙間を縫って市街地を目指す。我等が神はヒトに慣れたとはいえ、これだけの情報量には対応出来ないのか、すかさずヨージの肩に乗って辺りを見渡し始める。


「ニンゲンいすぎー」

「街の中はサウザ程度でしょうから、もう少しの辛抱です」

「どこ行くの?」

「まずは友人宅に向かいます。荷物もありますし、宿も取らねば」

「なるほどー。あ、あのヒト、ちっさい」

「指さしちゃダメです。小人族ですね。大帝国にはあまり居住していない種族です」


 人類種、と判別されるニンゲンは大体のところ寛容な大帝国だが、例外も存在する。それは所謂『大樹の神話』から外れる人々だ。大樹の神話が規定する人類種というのは森林族エルフ人間族ヒューマン獣人族ライカン岩窟族ドワーフの四種族であり、それ以外の人種は人類としない。


 例えば今のような小人族ノックは大帝国との戦争で敗れ去り元から住んでいた土地を追いやられ、中央諸島に移住した。


 巨人族ティタンなどは南方大陸を拠点としていたが、扶桑に敗れ去り、居住こそ許されているものの権利制限を受けている。


 見た目による差別の少ない世界ではあるものの、もっと根源的、起源的な闇を抱えているのが現在の世界情勢だ。


「エオ嬢、はぐれないでくださいよ?」

「大丈夫です!」

「あと、財布は直ぐ取れるようなところには仕舞わないでくださいね」

「それも大丈夫です! 胸に挟まってますから!」

「なるほど」


 なるほど。エオが胸を腕で挟んで強調する。どんな原理で小銭袋がそこに留まっているのか。

 隣を並んで歩いていたグリジアヌは、自分の何も無さに、どこか絶望しているようだった。


「あ、アタシはこれがウリだし……」

「そ、そうですよ。彼女の発育が良すぎるだけです……」


 兎も角、地続きとはいえ秩序が保たれたサウザとは違う場所、違う国である。治安は多少悪いであろうし、理不尽も多い。ビグ村やサウザではとんと見かけなかった物乞いがアチコチと道路の隅で腰掛け、自身の不幸を語っている。


「ああそこを行くエルフ様、わたくしはイナンナーに仕えて二〇年、武人として戦ってまいりました。しかし砲弾を受けて足を失って以降、恩賞は出ず仕事もクビになり明日を生きる力も無くしてしまった。どうかどうか今日のパンを買う為のお恵みを」


「わー……大変そうです……ねえヨージさん、少しぐらい」

「ここにズラッと並んでいる方々全てに支払い出来るならそうしてください」

「えーと……うわ、多ッ!」


 彼等が語る内容が本当かどうかは不明だが、いちいち付き合っていたら明日にはスカンピンで、自分が物乞いをする事になるだろう。周辺諸国に喧嘩を売り続ける連合王国は傷痍軍人が実に多い。特に男性は補償も少なく、本国に居られず流れ流れてキシミアにやって来たのだろう。


「よーちゃん」

「リーア、ダメだダメ。仕事取ってやるなよ」

「グリちゃん……――仕事?」


「物乞いの寄り合いが有んの。移住者や観光客なんかの新参から金巻き上げて、組織で分配するんだよ。たぶん物乞いは午前中までで、昼は別の仕事してるぞ。元軍人なら計算が出来るだろうし、文字も読み書き出来る。そんなのココで寝そべらせておくなんて勿体ない」


「えぇー……?」

「まあ、それでも治したいってんなら、なあ第二神官長様」


「ええ。兎にも角にも、役場で許可を貰いませんと。無断の宗教活動は怒られます」

「ニンゲンって大変だねー」


「生きる為に食べるのか、食べる為に生きるのか……答えの出ない話です。お二方、一応注意しておきます。ココはサウザ程治安が良くない。僕より口の上手いバカ者だっています。声を掛けて来る者イコール自分の利益しか考えていない、という事を肝に銘じてくださいね」


 全部とは言わないが、外部から受ける話など大抵禄でもない。余計な要素は排除してしかるべきだ。吹っ掛け、ぼったくり、恐喝、スリに盗みに殺しも、サウザより有るだろう。彼女達には当然そんなものを見せたくないし、ましてや当事者になどしたくない。


 まるで神話に出て来る地獄のような国だが、それだけで成り立っている訳ではない。多種多様の人種に育まれた文化と歴史、驚くほど大量の物流に伴う活発な経済。大樹教だけではなく、多数派から少数派までありとあらゆる神と宗教が入り混じる。


 ここは一種の夢の国だ。


「さて、こっちかな……」


 人ごみを避けるようにして路地を行く。高速度で駆けて行く馬車などに注意しながら、ヨージ達は活気あふれる商店街の裏までやって来た。


「ここがブロス商店街。通称第一、の裏手ですね」

「うっ。なんだか急に薄暗くなりましたねー」


「何せ大人口密集地の裏手ですからね。家が犇めきあい、裏と表では貧富の格差が分かり易く空気も違う。勿論ヘンな奴もいます。ま、エオ嬢も神様方もそう簡単に悪漢には負けないでしょうけど」


 男一人と女三人、その危なっかしい旅の救いは、女三人が普通ではなく、そう簡単に組み敷けない、という事だろう。神に至っては神でも連れて来なけれ無理だ。ましてグリジアヌを止めようと思ったら、それこそ竜精の懲罰部隊が必要だろう。


「えー、か弱いです。守って?」

「ほどほどに」

「程度が分からないです!」

「あ、あそこかな」


 二階、三階建の建物に囲まれた、トンネルのような路地を進んだ先で目的地に辿り着く。土色、灰色が多い建物の中で、この一軒だけが何故か緑色だった。レンガを……塗ったのだろうか。


 外には看板が掲げられている。『ミサンジ科学店』とある。意味不明だ。科学の店とは一体。

 いや、と首を振る。あの女性のする事であるから、突っ込みを入れていたらキリがない。


 天才、三三寺ヒナ。当時一五歳で扶桑陸軍の軍事科学研究所に招かれた彼女であるから、そろそろ妙齢である。その性格は、一緒に居ると楽しいが、二法刻過ぎた辺りから疲れてくる、というカンジだ。


「ここですね」

「ヨージさんのお知り合いの家ですか? トンチキな色ですねえ」


『うるせー! 何が「お前の乳重そうだから支えてやろうか?」だバカかコノヤロー!』


「げふぉぇぇぇ……ッ」


 ドンッ、という音、そして扉がぶち破られ、中から男が吹っ飛んで出て来る。


「おうもういっぺん言ってみろよ。次は手前のタマむしり取って花壇に飾ってやるからなあ!」

「ひえっ……ひ、ヒナちゃん、冗談だってば!」

「うるせー若禿! 全部剃り上げるぞボケナス! 失せろ失せろ!」

「はひっ……ッ」


 へっぴり腰の男がもたつきながら走って逃げて行く。店の前に現れた女性は鼻息荒く、扶桑式不届きもの退散物質である塩を手に高速度で振りまいている。塩が当たって痛い。


「しょっぱい……」

「あぁ? 何だお前、客か、物取りか?」

「元気そうで何より、三三寺女史」

「あ? あー? あッッ!!」


 表情が二転、三転する。訝しいモノを見る顔、キョトンとする顔から、驚愕の表情となり、今度は顔を真っ赤にして笑顔になった。口から行動から顔から全部忙しい女性……三三寺ヒナである。


「大尉ぃ!」 


 明らかに語尾にハートマークがついている。彼女は年甲斐もなく走ってやって来て、ヨージの下腹部にタックルを食らわせる。これで怯んでいては男が廃る、と思ったがその衝撃はかなりのものであり、思いっきり後方に吹っ飛んだ。


「ぶげっ」

「やだぁ! ホントに来てくれたんですかぁ? ヒナぁ、すっごく嬉しいですぅ!」

「げほっ、おえっ……ほんと、げ、元気ですね……」

「お久振りですぅ、大尉……あ、中尉でしたっけ?」

「た、退役時は大尉ですが、階級で呼ぶとカドが立つので……」


「あーん、もう、嬉しい嬉しぃ! わたし、待った甲斐がありました! まだ未婚なんですよぉ? もう、責任とってくれなーいーとー……?」


 胸倉を掴まれ、ガンガンと地面に叩きつけられる。


 流石『研究もいいが、敵国人を殴らせても貢献するだろ』とまで言われた女だ。ドワーフ特有の強靭な下半身から繰り出される近接技は目を見張るものがある。


「コブ付きじゃねーか!!」


 鋭い拳がヨージの顔面の脇を抜け、地面を抉る。いや、実に豪快な女性である。

 彼女が指摘するのは、一人と二柱の事だろう。


「ま、色々ありまして。ところで、退いてくれます?」

「はあ……んだよもー。すんげえ期待しちまったじゃねーか。惟鷹」

「失礼失礼。お久しぶりですね、ヒナ。もう五年ぶりくらいでしょうか」

「ああ、そーだよ。ほら、家ん中入れ。立ち話しに来た訳じゃねーだろ」


「それではお邪魔します……どうしました、お三方」

「なんかすごーい」

「ワイルドですねー!」

「やかましい女だなあ」

「まあそこが可愛らしいヒトなので」


 何にせよ、変わらない様子で少し安心した。見た目も十代の頃と変わりがない。エルフ程ではないが、ドワーフも長命だ。


 冶金に優れたドワーフは大帝国が勢力を伸ばす前、火の神を信奉する者達であった。現在は火の神祭祀を自粛しているが、鉱山などでは『魔よけ』という形で火の大本とされる神話の竜『ニーズヘグ』を守護としている。


 今でも防火と言えば『ニーズヘグ』であり、そのシンボルは世界各所、どこにでもある為、そういう意味で唯一許された火の神性信仰である。


 鉱物の扱いに長けたドワーフ達は大帝国や扶桑といった大国に居住し、日夜錬鉄と研究に勤しんでいる。軍事研究と言えば彼等、ドワーフ無しではあり得ないのだ。




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