頼りなき者達5
「僕は、扶桑国の西国飛び地出身です。本国にも住んでいましたけど」
「むかーし昔に大帝国の隣の国が、財政難で売りに出した土地ですよね」
「祖父の代で扶桑国から移住して来ました」
ノードワルト大帝国の東に位置した、今は亡きアースタ王国が、財政難を理由に国土の一部を売却に走った。大帝国の国境と一部接している土地であった為、当初のお客様は当然大帝国だったのだが、軍事力を背景に散々と値切られた結果、王国は憤慨。東の島に首都を置く扶桑国に売り払ってしまった。
突如隣に非友好国が現れる結果になり、大帝国は狼狽。扶桑国は早速と軍隊を派遣し、帝国と十年に渡る睨み合いが続いた。
大帝国を危機に陥れたとして、王国は懲罰に合い滅亡。大帝国に編入。
扶桑国とは数度の紛争の後に和解し、今に至る。今から三〇〇年程前の話だ。
現在は大帝国と扶桑国も国交を結び、互いに別の大陸の土地を切ったり売ったりしている。この世界に悪があるとするならば、間違いなくこの二か国だろう、というぐらいには無茶にやっているが、双方人口、魔法科学技術、軍事力共に凶悪である為、他が手を出せないのが現状だ。
「はー。それで帝国文化や様式にも詳しいんですね」
「当然お隣の大帝国とは交流が深いですから、言葉もこの通り流暢でしょう」
「妹さんも、飛び地に?」
「残して来てしまったのは残念ですけど、僕よりも賢い子であるし、親戚一同に好かれていますから、何とでも生きていけるでしょう……」
「妹さん、幾つなんですか?」
「若いですよ。一六です」
「あ、でもエオよりお姉さんですねっ」
「……え、エオ嬢は幾つで?」
「一四ですけど?」
「……なるほど。大樹の恵みですね」
「今、胸見ていいました? ねえ、胸見ました?」
「失敬。東国女性はエルフ族含め、ほっそりしているから。珍しいんです」
一体どんな格差がその世界に広がっているかは不明なれど、西国女性は皆、比喩でなく胸が大きい。
東国で一四歳といえば、これから膨らみますよー、という慎ましさかつ清廉な雰囲気を醸し出しているのだが、西国女性はもう容赦がない。すごい。
飛び地とはいえヨージの周囲に居たのも東国人ばかりだったので、近くでマジマジと見るとその大きさには圧倒される。すごい。
「凄いです。あと、我が神。あまり押し当てないで頂けますかねぇ?」
「私の方が大きい」
「ふぁい、わがきゃみ、でっふぁいでふ」
そんな事をやっていると、部屋をノックする音が聞こえる。乗っかったまま動かない神様を退けて、衣服を直してからどうぞと声をかけた。
「失礼します」
入って来たのは女性だ。長い栗色の髪に、女性用の動き易い労働服を着ている。ツナギという奴だ。
木製のネームプレートには『ビグ村役場宗教管理課課長 ミネア』とある。人間族で、年の頃は二〇後半か。流石民主主義の村。女性にも役職があるのだ。
強権的な扶桑国も少し見習った方が良い……と思いもするが、あの国の女性は前に出たがらないので、勧めても要職には就きそうにない。
「これはどうも。ヨージです」
「え、エオです」
「神だよ」
「はい、伺っております」
普通に応対している様子だが、ヨージの目には一瞬で彼女が自分達を品定めした事が分かった。何となくで要職を任されている訳ではなさそうだ。ミネアは席に付くと、早速数枚の用紙を机に広げる。
そこには『村神立候補契約書』などと書かれている。
「現在二柱の神が立候補に名を挙げています。ビグ村としましては、村により利益を齎して頂ける神を求めている事を、まずご理解頂きたいのです」
「もちろん、そのつもりです。他の神について教えて頂けますか?」
「はい。まず一柱は『豊御霊』様です。東国からわざわざお越し頂いた神であり、村が一番必要とする豊穣の力をお持ちです」
「なるほど」
つまり、これが一番のライバルとなるだろう。農村において豊穣の神ほど欲しい神はない。
「もう一柱は『グリジアヌ』様です。こちらの神は戦神を名乗ってらっしゃるお方で、大変強い力をお持ちです。軍備の殆ど無い村としては、必要とされる神です」
村の軍備、と聞くといささか不思議に思われるが、当然この村自体が突如隣国に侵攻される訳ではない。そもそも、神は人類の戦争に『戦力としては』加担しない決まりになっている。
国が軍事力として神の協力を得ていたと判明すれば、その国家及び神は他の全国家、全神からいついかなる制裁を受けても文句を言えない立場になる。つまり、隣国に侵略の大義名分を与えてしまう。
ノードワルト大帝国を中心として集まった加盟連合議会決定事項だ。好き好んで破る奴は、少なくとも加盟国においてここ五〇年 (表向きは) 存在しない。
では何故村如きに軍備が必要かと言えば『森の残滓』と呼ばれる化け物がいる為だ。
『森の残滓』は本来ならば神と成り得た事象、事物が『竜族の悪』に触れて化生したモノを言う。あらゆる物体、人工物を諸々木や草に変え、時には燃やし尽くしてしまう。
この村の様子から見るに、さほど被害は無いのだろうが、いざという時の為に軍事力は存在する。力とはそういうものだ。
「神籍登録証を拝見しても」
「構いません。我が神、見せてあげてください」
「んっ」
リーアがでっかい胸の谷間から神籍登録証を引っ張り出してミネアに見せる。
「癒し……ですか。なるほど……聞いた事がありませんが」
「この村、お医者様は、いらっしゃるんでしょうかね」
「はい。ただ、随分とお歳を召した方である上に、医者となると、神よりも見つけ難いのが常です。アインウェイク家に頼れば都合は付くのでしょうが……」
これは、どこの村でも悩みどころだ。専門的な医学知識を持ったニンゲンなんてものは、大体都会に出てしまう。幾らここがアインウェイク家の食糧庫とはいえ、隣にサウザがあるのだから、そちらで稼ぎたいのは当然だろう。そして村としても、アインウェイク家に頼りたくないと見える。
「神様、ちょっと本気出して貰っても構いませんか」
「本気?」
「はい。僕を治した時程で無くて良いのですが」
「そうすると、よーちゃんは嬉しい」
「あ、エオも! エオも嬉しいですッ」
「んっ。頑張る」
「あの、何事ですか?」
「ミネアさん。どこか体の悪い所はありませんか」
「はあ。ええと、恥ずかしい話なのですが、座っての作業が多く……腰が」
リーアがうんうんと頷き、ささっといった様子でミネアの隣に座ると、腰に手を当てる。
「あ、ああっ……?」
サウザの窓口で施した時よりも、数段明るい光が部屋を包む。当のミネアは、口を半開きにして、天井を見上げる形で背筋をピンと張っていた。
……もしかすれば、リーアは人目が無ければ頑張れるのかもしれない。
「如何ですか、我が神の力は」
「す、すごい――ッ! じゅ、一〇年も悩んだ腰痛が――、ま、まるで痛くない!?」
ミネアには大好評のようだ。リーアがヨージの顔色を窺う。ヨージは、力強く頷いた。
「という訳で、我が神シュプリーアが立候補します。ミネアさん、異存ありませんか?」
「当然、いえ、是非、立候補願います。ああ、素晴らしい能力をお持ちで……シュプリーア様と仰るのですか?」
「うん」
「と、当選された暁には、是非私も信徒に……。微力ならがお手伝いさせて頂きますので。本当は今からでも入信したいのですが、何せ中立の立場なもので。あ、これは、内密にお願いしますね?」
「それは、それは。当教団『治癒神友の会』は、神様の友達を常に求めております」
「ああ、素晴らしい! 腰痛が無い世界だなんて――素晴らしいッ」
よほどクリティカルだったのだろう。テンション爆上げで今にも踊りだしそうだ。
兎も角、神の力はやはり本物であり、その力こそが信徒を増やすのだという確証を得られる。一仕事終えたリーアも満足げにエオのおっぱいに縋りついている。
(中立の立場ねえ)
役人なのだから当たり前……という訳でもない。
そもそもここはノードワルト大帝国、大樹教の総本山であり、教主は常に歴代皇帝陛下だ。
大半が大樹教の指定した神、もしくは大樹教傘下の神を拝んでいる筈であるし、例え、この村から神が居なくなったとしても、間接的な大樹教徒という肩書が村人から外れたりはしない。
(……教会がない)
資料と一緒に手渡された村の地図に目をやる。大樹教教会が、この村には存在していないのだ。
「ひとつ、よろしいですか、ミネアさん」
「はい、構いません、何でしょう?」
「……大樹教教会が、無い様子ですね?」
「ええ。大樹教教会があると、宗教的な威圧が大きいですから、村議会が置かないようアインウェイク子爵家に嘆願して、そのようになりました。なので神様は、議会が選んだ神を信奉するようにしているんです」
雨後の筍夏の虫。どこにでも現れて増えて群れて伸びる大樹教教会がない。大樹教そのものを拝んでいる訳ではない扶桑国とて、教会ぐらいは幾らでもあるというのに、ここには無いという。
「はは。不思議な村ですねえ」
「ええ。私も外から来たニンゲンですが、最初は驚きました」
「いやまったく」
「あ、では、皆さまの仮住まいにご案内致します」
どうにも不穏である。大樹教教会が無いからこそ、この村は大樹教推薦の神が派遣されて来ていない訳だが、それにしても不気味だ。
追及したい所ではあるが、今は秘めておいた方が五月蠅くない。
「家も用意してくれるのですか」
「家……と言いましても、大したものではありませんが」
「とんでもない。こちらは飛び込みの身。住まいがあるだなんて夢のようです。ねえエオ嬢」
「まさにまさにー」
「左様ですか……では、契約内容などもそちらでご説明致します」
一先ず、第一関門はクリアした。その上協力者も一人増えたとあらば、スタートとしては出来すぎた方である。
考える事、成すべき事は沢山あるが、安堵のため息の一つぐらいは、許されるだろう。