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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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明日を目指す旅路3



 次第に教団内での女性権威が肥大化しつつある事に一抹の不安を抱えつつ、支度を済ませてアインウェイクに顔を出す事にした。

 次奴の顔を見る時は、殺される時か、こちらが殺す時かと思っていたのだが、なんとも意外な結果である。サウザ駐屯兵団は全てサウザへと戻って行ったが、彼と近侍だけは残って近くの高級宿に逗留しているらしい。

 確かに、観光で来るだけなら悪くない土地だ。

 アインウェイクなど、それこそ所領の諸業務から騎士団の管理まで幅広く任されているだろうから、日々を忙殺されているに違いない。


「……そのウィンプル、買ってきたのですか」

「は、はあ。ええ。はい」


 結局アインウェイクと会う事になったエオがウィンプルを目深に被って顔を隠す。

 顔を見られると不味い相手なのだろう。やはりエオは貴族の子、もしくは大富豪の子と見て間違いない。しかしでは何故、そんなお嬢様が戦闘訓練などさせられていたのか、これが不明だ。


「ヨージ・衣笠、参りました」


 宿の最上階の角部屋など、もし何かがあって逃げる時どうするのか、と考えない訳ではないが、アインウェイクの戦闘力を鑑みるに、ここに攻め込む暴漢など自殺者以外居ないだろうし、火事が起きた所で、彼は一人で窓から飛ぶだろう。

 ニンゲンという範疇に無いのだ、高齢エルフというのは。


「入ってくれたまえ」

「では失礼」


 流石、最近は金持ちの観光や保養地として力を入れているだけあり、部屋の中は王宮の一室を思わせる高級感漂う造りになっている。今足で踏んでいるカーペットなど、汚そうものなら治癒神友の会では絶対に弁償出来ないし、調度品一つ一つがヨージには借金地獄アイテムにしか見えない。

 近侍は……居ないようだ。


「ああ、席順などは気にする必要は無い。好きに掛けてくれ」


 アインウェイクは騎士然とした格好ではなく、それこそ休暇を過ごす中流階級のようなラフな格好で居る。白シャツにズボンとは、これまた随分だ。

 リーアはふわふわとした様子で一番柔らかそうなソファを陣取ると、そのまま横になる。エオは肩を縮めて小さく歩き、一番堅そうな椅子に座った。ヨージは当然アインウェイクの前だ。


「ワインはどうかね」

「いえ。何せ起きたばかりなので」

「ふむ。足りないものがあったら好きに頼んでくれたまえよ。血も流したろう」

「お陰様で」


 アインウェイクはそんな皮肉に対して片頬を釣り上げて笑い、手ずからグラスにワインを注いで口をつける。相変わらず余裕の面持ちだ。


「まず、ご苦労。正直に言えばだね、想像の百個程上を行った展開に、恐縮せざるを得ない」

「御冗談を……いや。何です? 我が神、子爵閣下に何か、お話しましたか」

「ううん」

「あの場に監視役を送らない訳が無いだろう」

「ヒトは居ませんでしたが……」


 そういって、アインウェイクが視線を外に送る。

 窓の外、バルコニーには鷹が一羽止まっている。ただの鷹ではない。魔法で編まれた鷹だ。


「成程。では、子爵閣下の見た通りです」

「竜精には魂消たね。更に、それを退ける君には、驚きを通り越して感動すら覚える。立場上、竜精とは対立する事が多いものの、所詮政治の場でだけだ。殴りあうバカ者……いいや、アレを前にして一歩も引かず、首を切り落とすような男を見た事は、まあ無いね」


 さて、どうしたものか、と考える。

 彼が最初に提示した『ヨージ達が問題を解決した場合の自身の処遇』というのは、自身の罪を認めてヨージ達が大教会に告発する事の黙認だ。

 しかしアインウェイクが様々と手を回して保身していた事実がある為、そのまま履行とはいかないだろう。口約束とはいえ約束は約束だ、これを護らない場合子爵としての資質に関わる。

 だがヨージがその主張を押し通した所で、フィアレスが『アインウェイクの罪は問わない』と発言している事から、告発した所で無駄である。

 つまり、この男は何の責任も追及されない事となる。

 もう、無事この村から出られるならば何でも良い気はするのだが、こうして席についたからには、問題を追及しない訳にもいかない。


「竜精は、貴方を見逃すそうです」

「なんと、お墨付きか。それはそれで参ったが、竜の代弁者が語るならば間違いないだろう」


 黙っているという選択肢が無かった訳ではないが、後でバレれれば碌な事にはならないだろう。


「そうなると、僕達は本当に、ただ死にかけただけ、という事になる。この筋が通りますかね」

「手練手管を操る身だが、自身の失敗が公になってまで見苦しく逃げ隠れするつもりはないよ、流石にね。だが大本のお許しでは、公的な罪にも問えない」

「では、ここからは個人交渉となりますね」

「そのようだ。一先ず手付として、新生雨秤教団の正式な『子爵家公認』と、君達の神シュプリーアの摂神を認め、治癒神友の会そのものについても、私の領土内での布教を許可するものとしておいたよ。あとでサウザ役所に寄ってくれ。事務的にはこれで構わないかね」

「ええまあ、今すぐにでもこの土地とはオサラバしたい気持ちでいっぱい、という以外は」

「はは。嫌われたものだ」

「好きになる奴は流石に居ないでしょう、死にかけましたよ、僕と我が神は」

「一人称が僕だね」

「今はなんだかもう、ほぼ私人ですので。僕としましては、治癒神友の会に被害がなければ何でも良い。アインウェイク家にも迷惑を掛けず、サッと居なくなるのが一番でしょう」

「それでは困るな」


 アインウェイクがグラスを置き、前で手を組む。視線はジッとヨージを見つめていた。基本的な実力差、魔力の差、年代を重ねた神秘の差、それは比喩でなく重圧として目の前に現れる。

 例えヨージが規格から外れた業を身に着けていようとも、平時に殴りあった場合勝ち目は絶対無い相手だ。


「これ以上、僕達が関わる事など無いでしょう。ああ、一応責任として、『雨と治癒の光』の教団運営方針などは、口を出します。あしからず」

「それは良かった。子供二人で運営出来る程、村神は簡単ではない」

「認めるのですね、本当に」

「実験が失敗したなら、またちゃんと使えるように地均しするまでだよ。いや、完全な失敗とも言えないか。君達が現れたという事実は、あまりにも大きい」

「……」

「タダとは言わない。報酬も払う。だから聞かせてくれ。どうやって君は、竜精という化け物を退散せしめたのか。君が何かしらの魔法を発動した瞬間、一番近くに居た監視用の魔鷹が消し飛んだ。二、三匹目も近づけさせたが、リンクした私の視界が乱れて、良く見えなくてね」

「……」

「……あの、和服の少女。あの子に関わりはあるかね。アレは、ヒトではないね」


 監視されていたようだ。それもそうだろう。こんな、現世に竜以外あり得てはいけない事象を引き起こしたニンゲンだ、アインウェイクが警戒するのも当然である。


「――藪を突いて出て来るのは、大体『蛇』です、アインウェイク子爵閣下」

「なっ――……」


 その発言に、アインウェイクは目を丸くする。一瞬で冷や汗が噴出した。彼は今、体感温度が数度下がった状態だろう。

 口元を手でこすり、髭を撫で、ワインを一口してから、改めてヨージに向き合う。


「君は尊い血族であったか、それは……失敬……いや、国際問題になるか……?」

「いえ、僕は、彼女の趣味に付き合わされているだけの、小さなニンゲンです。彼女から指示を受けている訳でなければ、扶桑の特使でもない。本当に、ただの、一武家の、エルフなのです……だから、子爵閣下。触れないで欲しかった」

「……長い間生きていると、おかしなものには出会うものだ。君がどのような人生を送って来たのか、興味は尽きないが……君は、一、私人として、生きようとしているのだね」

「ご理解頂けて何よりです」

「生憎、竜精が罪に問わないのならば、私も責任の取りようがない。だがそれは困る。もし、これからも布教の旅を続けるのならば、力になろう。私は皇帝陛下のお気に入りだ。感状を見せれば、大体の関所は通れるであろうし、資金繰りも容易くなる。金だけで良いというならば、そちらを都合しよう」


 関係は切りたい。が、それはあまりにも魅力的な提案だ。アインウェイクは一騎士から成りあがった、謂わば帝国における最高最優の騎士ナイトの鑑である。特に武人達は彼の名前を聞いて讃えない者は居ない。


「我が神、如何しましょう」

「んー」


 これはヨージ個人の問題ではなく、今後の治癒神友の会の運営に関わる。一応神のご判断が必要だろうとして、リーアを呼ぶ。

 彼女は眠そうな目を擦ってから浮き上がると、行ってそのままアインウェイクの足元に座った。


「アインウェイク」

「ああ。何かね、若き神」

「脚」


 そういうと、リーアがアインウェイクの脚をがっちり掴み、治癒を施し始めた。

 ああそうだった、と思い出す。

 アインウェイク子爵の取り込み策、その一つの方針にアインウェイクの持病治癒というものがあった。どうにもここ暫くと、歳の所為か脚を悪くしている、という噂を耳にしていたからだ。普段は流石武人、感じさせないものであったが、リーアは一発でどちらの脚かを見抜いたと見える。


「ぬぉほっふッ」

「し、子爵閣下?」

「いや、いや。失敬。成程、これがこの神の治癒か……ぬう、本当に痛みが無くなった」

「大丈夫そう?」

「神秘は貫けど、歳には勝てない。これも世の理かと思ったが……」

「他宗の施しなど、受けても大丈夫なのですか、子爵閣下」

「君達としては気分が悪いだろうが、この世の神は全て、大樹根幹神に連なる尊い存在であると、気が付く事が出来たよ。皮肉にも君達のお陰でね。そしてそれは……信心を一番として来た私にとって、途方も無い歓びさ。だからこそ、やはりヒト集まる場所に神は必要であるし、ヒトは神の言葉に耳を傾けるべきなのだと、理解した。有難う、若き神よ」

「ううん。よーちゃんは知らないけど、私は別に、アインウェイクをどうこうしたいなんて思わなかったし、大教会? とかいう所にも、アインウェイクが悪者です、なんて告げ口するつもり、なかったし。よーちゃんもエオちゃんも生きてるし、大丈夫。あ、あと。お金はいらない」

「……――慈悲深い神だ。大樹教に加盟したならば、是非教えてくれ。いつでも君達の神を拝み、寄与しよう」

「我が神次第ですかね……では、感状と、帝国での各種通行証などを頂ければ」


 広大な森が広がるこの世界で、国境線というものはあっても、緊張するのは敵対国が隣に居る場合だけで、殆どの場合明確な防衛線や関所がある訳ではない。ヨージのような不正入国者とて『流れ者』で処理されてしまう程度だ。

 だが、帝国内で各貴族の所領を横断するとなると違う。どこの何者であるかを示さなければいけない場合が多い。それが証明されるのだから、願っても無い事である。


「分かった、手配しよう。安すぎて不安だが……君達にあまり無駄なモノは要らないのだろう。都合上サウザの特別移民、という事になるが良いかね。あと、ヨージ君は正式な手続きを。そちらの……」


 アインウェイクの視線がエオに向く。

 彼女は身体をビクンと震わせて、ウィンプルで顔を隠したまま会釈する。


「ひ、ひゃい」

「……自身のプロフィールを作っておいてくれ。ヨージ君と神シュプリーア同等に、彼女も随分、ワケアリそうだ」

「有難う存じます……」

(――ヨージ君)

(はい?)

(君、苦労を背負わずにはいられないのかね?)

(僕も怪しいとは思っているのですが……身分は明かせないそうで)

(そうか。まあ貴族なんてものは、碌なものじゃあないから、彼女のような子が居るのも、仕方が無いか)

(あ、やっぱり貴族……)

(所作がね。元修道女と言うが、貴族のソレだ。君、命を狙われるかもしれないぞ)

(ほぼ狙ったようなものであった貴方に言われるのも。それに、貴方以上のものがホイホイ現れるとも、とても思えません)

(……それもそうか)

「まあ、その、何だね。ここには好きなだけ居たまえよ。その間の生活はアインウェイク家が保証しよう。代わりに、雨と治癒の光の指導、宜しくお願いする」

「畏まりました、子爵閣下」

「大樹の御心が君達と共にありますように。感謝しよう」

「……では、失礼します」


 会釈し、部屋を後にする。

 一先ず、これは好転と言えよう。死力を尽くした結果に、市民権と通行許可証が付いて来たのだから、頑張った甲斐があるというものだ。

 ただし、そのお陰で自分はあのヒトに場所がバレている。今は見逃すと言っていたが、それはさて、いつまでか。なるべく早く、シュプリーアが腰を落ち着かせられる場所を探さねばなるまい。

 憂鬱ではあるが、やる事が有る、というのは素晴らしい事だ。

 目下は雨と治癒の光の監督であろう。


「商店通りに出ましょう。お腹が空きましたし」

「あの、喋るダイコン食べる」

「高級品ですが……大丈夫です」


 懐を探る。先ほど、アインウェイク……いや、子爵閣下が耳打ちした時にこっそりと寄こされた生活費がある。生活費というより、もはや慰謝料に近い額なので、暫くは毎日暴飲暴食した上で女遊びしても足りるだろう。しないが。



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