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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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この世に竜在りき1



 この世に竜在りき



 嫌な予感は全て的中し、そして最悪のタイミングでそれは顕在化した。絶望と絶望を合わせて煮詰めたような汚泥の如き現状は、最早ヒトも神も対処しようの無い毒の沼と化している。

 こればかりは。

 一瞬で人類の作り上げた大型都市を丸々一個消滅させるような化け物を、ニンゲンがどうこう出来る筈が無いのである。ヒトは自然災害には敵わない。子供でも分かる図式だ。

 彼女が友好的であったならば問題無いかもしれない。竜精とてヒトらしい心は持っている。だが、あえて翼を顕現させ、楽しんでいってくださいまし、なんて言う奴が敵対していない訳も無い。


「かっ……――ぐっ……ふっ」


 心臓がバカになったように早まる。脳味噌があらゆる手段を紡ぎ出すも全て不許可を出した。

 逃走は不可。

 懇願は不可。

 媚び諂いなど効くものか。

 呼吸がまともに出来ず、息が詰まり、吐きそうだ。

 圧倒的な力。そんなもの、どうやって隠していたのだ。


「竜精を見るのは、初めてかしら、ヨージさん?」

「い、いいえ。二度、程」

「あら、まあ。童貞ではないのね、流石に。それは残念。けれど、初めてのような顔をしていますわね?」

「じょ、状況が、悪いもので。ええ……どうやって、その力を……?」

「竜には、ニンゲンの理の外のものが、沢山あるのよ」


 希望。一つの希望。それだけで良い。どうにか、たった一つだけ叶えて欲しい願いがある。

 もしかすれば、その願いさえ叶うのならば、一時的に逃げ果せる未来が、一応、描ける。

 だがそれすら叶わないならば、黙して死んだ方が、楽だろう。

 今は受け身だ。ただ、聴くに徹する。


「ええ、皆さん、そのまま、動かずに。わたくしが少し動いただけで、誰かがバラバラになってしまうかもしれませんもの」


 指を弾く。扶桑の伝統衣装が細切れになって飛び散り、その本来の肢体を露わとした。

 一千万人探して出会えないであろう最高のプロポーションも、その淫魔の如き卑猥な衣装も、最悪の恐怖の中では何一つ響かない。

 腕と太ももの一部に鱗があり、また大きな尻からは、竜精にしか許されない逞しい尾が引いている。

 魔力量の客観的計測は、出来そうにない。脳が焼けてしまうだろう。


「……――、竜精よ。一体、何を」

「ああ、ええ。そう。主要人物の皆さんが集まっていらっしゃるから、ご説明をば。ヨージさんは実にお見事。ヒトを扇動し、ヒトをかく乱させるその手腕は、なかなかのものでしたわ」

「お、お褒めに預かり、至極恐悦です」

「頭の良いヨージさんに、あえて説明するのも、少し恥ずかしいのですけれども……」

「いえ、是非。お願いします」

「まあ、嬉しい。ではお聞きになってくださいな。わたくし、大樹教ノードワルト東部統括局局長をしておりましてね、普段は潜入調査と暗殺の指示を、神々に出していますの。大樹を欺くような真似をする不当な神やヒトを、ちょいっと殺す作業ですわ。ビグ村は以前から怪しいと言われていましたけれど、アインウェイク子爵は皇帝陛下のお気に入りでして、なかなか手が出せませんでした」

「や、やはり……ですか」

「ええ。なので下には任せられず、この度は独断で、自ら参りましたわ。調査は断続的に一、二年程かしら……御免なさい、時間が曖昧で。けれど調べて見ると面白いものがありましたの。火の神インガの残留神気。そこで、子爵に……そこは、ヨージさんもご存じですわね。話を持ち掛け、インガを覚醒させて早期処理しましょう、というお話をしましたわ」

「雨秤は」

「ええ。少し前でしたかしら。逃げもせず立ち向かって、消滅しましたわね? 大変勇敢で、心優しい神でありました」

「……そうです。しかし貴女は、雨秤のシンボルを、村に撒いていた。何故、でしょう」

「まあ、気づいていらしたのね。そう。インガの気は有る。雨秤の気もまだ残っている。しかも娘まで居る。では、どちらが村神に相応しいか、争って頂こうと思いましたの。争ってインガが勝つならば上層部判断次第。もし娘が勝つならば、インガはその程度で実験にもならなかった、と業務上処理致します。雨秤側はだいぶと分が悪いかと思いましたけれど……ヨージさんの手腕で、見事娘は二代目に就任。おめでとう御座います」


 それは、どういう意味だ。

 火の神と争わせる……そこではない。

 火の神を村神として、認めても構わないと、そう言っているのだ。


「火の神を……? 処理するのでは……?」

「火の神粛正なんてものは、千年も前の話。ええ、わたくし達からすれば最近の出来事ですけれど、ヒトの世にあっては相当の年月。大教会も考えを改め、火の神も多少は認めてあげましょう、という機運が高まっていますの。別にわたくしは、処理でも、覚醒でも構わない。そこで、試金石がまさしく、この場所に有りましたわ。なので、アインウェイク子爵の罪は不問としまして、今後とも運営管理をお願いしますのよ。ここまでで、質問はあるかしら」

「お、穏健派、なのですね、竜精」

「ええ。何でもかんでもドッカンバッカン吹っ飛ばす他の姉妹と同じにして貰っては困りますわ。では、そろそろ宜しいかしら?」

「何を、でしょう」

「当然、村神選定の儀ですわ。大樹教としては、火の神を覚醒して、その推移を見守りたいでしょうが、現在此処はわたくしの領分。何事も公平でなくてはいけません。神ミュアニスと、神インガ、さあどうぞ」


 そういって、竜精はその手をくいりと捻る。

 瞬間、爆発的な火力が、インガの潜む洞窟から吹き上がった。熱風が辺りを揺らし、木々の水分を蒸発させ始める。


「公平……?」

「ええ。だって、神ミュアニスは、味方が多いでしょう?」


 争い? 冗談ではない。

 最初からここは、火の神が改めて大樹教に復帰出来るかどうかを試すものだ。ミュアニスに勝たせる気など毛頭無いのではないか。

 いや、しかし雨秤のシンボルを撒いていたのはコイツだ。力の差など歴然だろうに、それでも争いを引き起こす為だけに、やったのか。

 純粋に、ミュアニスに勝ち目があると、思っているのか?

 竜精の思考回路は意味不明だ、考えるだけ無駄かもしれない。


「助太刀は」

「構いませんわよ? ああけれど、一つ、これは許せないものがありますの。本来此方に来た目的は、インガにもありますけれど、別。ですから、貴方は助太刀する相手が違う」

「なんですって?」


 竜精が指さす先。そこにはリーアが居る。

 リーアは今の状況をどう見ているのか……表情は暗い。それもそうだ。今、死が目の前にあるのだから、明るく笑う者も居ないだろう。


「竜精。我が神に、一体何の咎がありましょうか」

「体細胞の強制的強化覚醒及び魂の縫合……いえ、蘇生ですわ」

「――……なんですって?」

「蘇生。あれは許されませんの。火族残滓が村を襲った際、数人が燃えカスになりましたわね?」

「……え、ええ」

「彼女、生き返してしまいましたわよ?」

「そ、そんな――……嘘です。蘇生なんて、絵空事だ、夢物語だ、神話でしかありえない」


 蘇生。蘇生は無い。

 この魔法社会においても、蘇生だけは存在しない。どれだけ神に祈ろうと、同じものが同じ形で蘇る事象はあり得ない。

 竜の力を用いれば、もしかすればそっくりなモノは出来よう。

 だがそんなものは、普通の竜がしない。無駄である。竜がしないものは『無い』と同じだ。

 そんな、竜もやらないような事を――シュプリーアという神は、やってしまったのか?

 自身の中に疼く、思い出したくない記憶が想起され、歯を食いしばる。


「我が神、真実を……」

「したよ」

「あら、言質が取れた」

「――待った! 待った待った! 異議申し立てます! 我が神! 蘇生なんてものは、物語の中でしかない! 貴女は大変な治癒の力を持っている。その蘇生させたという相手、まだ、息があったのでは? 魂は、まだその肉体に入ったままであったのでは? 勘違い、そう。竜精よ、我が神は勘違いをしている!」

「燃えカスをニンゲンとは言いませんのよ、ヨージさん」

「よーちゃんも、エオちゃんも。死んでたよ」

「そん……な……」


 おかしいと思ったのだ。

 治癒の力は確かに有る。世界を探せばそれを生業にする神も居よう。だが、瀕死のニンゲンを、まるで蘇生のように復活させるだけの力を持つ神など、世界に数えて何柱居るだろうか。

 そして、そうかと頷く。

 自分はもう死んでいたのだ。確かに、あれはもう助からないと思っていた。

 蘇生、そんな桁外れな、常識を超越した奇跡を持つならば、納得だ。

 文字通り、ヨージは、新しいニンゲンとして、生まれ変わったのだろう。


「はい、では刑罰を執行しますわ。助太刀、構いませんわよ、ヨージさん」

「――我が神、シュプリーアよ」

「……ごめんね。生き返しちゃった。でも、死にたく、なさそうだったから」

「いいえ。我が神。あの時から、僕は貴女のものです。新しい人生を、有難う御座います」

「――……うん」


 歩み、リーアと竜精の前に立つ。

 全身全霊、何もかもを賭して『ヨージ・衣笠』という男はこの少女神を護らねばならない。

 そして、自らも生き延びねばならない。

 腐り、爛れ、腐臭を放ったような過去の人生なれど、新生した今こそ、その穢れを祓うべきなのだ。無理無茶承知、絶対的不利、絶対的死地、最悪の死線なれど、立ち続けなければいけない。


「て、手伝うぜ。し、死ぬかもわかんねーけど。目の前でヒトが死ぬよか、マシだ」

「無茶しなくても」

「……だ、だから言ってんだろ。アタシ、アンタが気に入ってるって、マジで」

「ならば、神ミュアニスの補佐を。貴女が適任だ」

「いいのか、こっち、やべーぞ?」

「……何とかします。お早く」

「――……わかった」


 グリジアヌが頷き、ミュアニスの下へ走る。神インガが覚醒したとあらば、グリジアヌはまた操作されるかもしれない。

 しかし、ハッキリ言ってしまえば、この場においてはこれが最適解だ。グリジアヌにはミュアニスを支える責任があるのだから。


「我が神。一緒に戦って頂けますか」

「逃げられそうにない?」

「はは。無理無理です。我が神、途中までは、完璧でした。神ミュアニスを押し上げ、村神に据え、信仰をぶん捕って神インガを攻める。しかしまあ、ジョーカーが出たのでは、仕方が無い。乗り越えましょう」

「うんっ」

「竜精。我が神への沙汰は、僕が死んだ後でもよろしいか」

「勿論! ああ、たまりません。神を守る為に戦うニンゲンの、何と尊い事か。その信心。その信仰。想い。情熱。大樹教とは斯く在るべき。わたくしはヒトの足掻きのその全てを許容します」

「ご配慮、感謝します」


 刀を抜く。このままではタダのナマクラだ。


「我が神、幾つかお願いを。僕は僕自身を傷つける事になるので、バックアップ願います」

「癒せって事?」

「はい。血管をぶっちぎりながら魔法を行使しますので」

「分かった。あとは?」

「僕が死んだら全力で逃げてください」

「それは嫌ー」

「ですよね。失敬。お待たせしました」

「構いません、構いませんわ。竜精には時間など幾らでもありますの。では。折角です。名乗らせて頂きます。わたくしはフィアレス。フィアレス・ドラグニール・マークファス。大樹教ノードワルト大帝国東部統括局局長」

「……序列は」


 その時がやって来る。たった一つの願いだ。

 どうか、一つの願いを叶えて欲しかった。

 それだけで良い。

 こんな虚しい願いが他に有るか。

 どうか、どうか『二桁』であって欲しい。

 ただそれだけだ。

 二桁ならば、手段は一つで良い。ダメならば、二つ以上必要だ。


「序列六位。大樹『ユグドラーシル』の子、最古竜の一角、財宝竜ファブニールが娘」


 現存する竜、その一柱の娘。

 純然たる大樹根幹神『ユグドラーシル』の孫娘。

 希望は無かった。

 願いは届かなかった。

 恐らく、一〇万歳を超えた、大竜精だ。



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