頼りなき者達4
財布の中を確認する。
大金貨一枚を小銭に崩しただけで、実に寂しくなるものである。
臨時収入もあったが、ビグ村で何かしら働かなければ暫くは食べて行くのも大変だろう。
ちなみにエオの所持金も当てにしたのだが、小銀貨数枚程度だった。当然神様にお金など当てにしていない。
「馭者殿。ビグ村はどんな場所でしょう。見ての通り種族バラバラ、遠くから来たものでして」
景気の良いサウザでは馬車が何かと入り用であり、安い馬車を捕まえるのには苦労する。
馭者は二〇歳前後の若者だ。彼は人間族で、この仕事も始めたばかりらしい。ヨージの口の上手さで値切りにかかったら、案外とすんなり通った。ヒトが良いと苦労するだろうに。
「ビグ村っちゃあ、アインウェイク家の食糧庫だス。のーんびりしたとこでぇ、村の諍いもねし、運河さ流れこむ川の源泉があってえ、水も綺麗なんださ。最近は、金持ちが別荘立てるってんで、何度かお運びしましたス」
「ほう、ブルジョア方を。そんな方をお運びするとは、信用があるのですね?」
「なんにもぉ。親っさんから任さったぁ仕事ス」
「繋がりは大事ですよ。営業はかけるべきです。お金持ちはお金を払いたがっているのですから、それを刺激してこそ商売人でしょう。馬も大人しいし体力がある。馭者殿も独特の口調がむしろ温かみがあるでしょう。お金持ちというのはそういうのにプレミアムさを見出すものです。頑張ってくださいね」
「ありがどございあス。はははっ」
気分を良くした馭者がお菓子をくれた。三つ貰ったが、二つをリーアに、一つをエオに渡す。
「見えてきましたね。あのレンガ造りの建物は?」
「あれはビグ村のお役所ス。議会も兼ねて、結構な作りなんでさぁ」
アインウェイク子爵家の食糧庫……さほど大きく見えない村だが、議会も有しているらしい。周囲にある畑は青々とした葉物が実っており、山間には果樹園もある。
ヨージの大変良い目でじっくり見ても、病害、害虫の類が見当たらない。土は黒く、水分と栄養が行き渡っていると直ぐ解る。随分肥沃な土地だ。
「素敵な場所ですね。どのくらいのヒトが住んでいるんでしょう」
「たすか、一二〇〇人ぐれぇだったスかねえ。ああ、農村なんかじゃ珍しぐ、だいぎせいみんしゅしゅぎ、だがなんだがで。代表選んで村の方針決めてるだそうス」
「この小さな農村で民主主義ですか。アインウェイク家が、そういうことをさせている?」
「さぁてえ。政治はわがんねスけど、うまぁく回ってるんでねスか?」
帝国の政治に余計な介入をしない限り、街、村単位での政治形態はほぼ自由だ。だから一農村が間接的な多数決制の政治をしていた所で文句は無いだろうが、随分と珍しい。
そもそもこういう場所は、村長や大地主が幅を利かせている場合の方が多いのである。
ともすると、ここを管理するアインウェイク家が、実験的にそういった政治体制をとっている可能性が高い。
アインウェイク家は子爵家だ。
子爵と言えば城主程度か、村一つ二つを所有している程度が一般的な大帝国の貴族なのだが、この家は違う。
領地の広さ、経済規模から鑑みるに、一国の主であってもおかしくはない。そもそもアインウェイクなる人物は元はただの騎士であり、貴族であっても爵位の無い武人であったという。
そんな人物が今は皇帝陛下に仕える大地主なのだから、一筋縄ではいかない人物であろう事は、想像に易い。
(あの、衣笠さん。やっぱり馬車は高かったんじゃないです?)
(まあまあ、何事も第一印象ですよ)
(はて?)
(これから神になるというお方がいらっしゃって、徒歩だったらどう思います? 威厳がないでしょう)
(はー。確かにぃ)
(いいですかエオ嬢。見栄を張りましょう。例え貧乏だったとしても、貧乏たらしさを見せてはいけません。わたくし達は信仰の下、心に余裕を持ち、力強く生きているのだと見せるのです)
(するとどうなります?)
(頼り甲斐が有りそうに見えます。頼って貰えば宗教の本領発揮です)
エオが嬉しそうに頷く。いい子なのは間違いないのだが、御し易すぎて凄く不安だった。
「では、その前で止めてください」
「あいさ」
「これ、どうぞ」
そういって、ヨージは三大真鍮銭を馭者の手にしっかりと握らせる。
「あらら、申し訳ねス」
「また機会があるかもしれませんから」
「いやぁ、ご贔屓にどうぞぉ。ではまたお願げしまス」
馭者はニコニコと笑い、手を大きく振って馬小屋の方へ走っていった。結構な出費に見えるが、馬車の相場から考えると、むしろ値切りすぎたような気がしないでもないので、罪悪感がある。ただし、運賃にプラスして三大真鍮銭をチップとして払った所で、相場より安いのだが。
「エオ嬢、襟が捲れています。我が神、お着物がズレて神々しいお尻がちょっとはみ出しています」
「ぅん」
ヨージ自身の服といえば、補充したパンツと一緒に買った、比較的小奇麗な西国エルフ用の山服だ。これは他の人類種から人気はないものの、西国エルフ族としては正装に近いものなので、無礼には当たらない。
ヨージは東国エルフだが……髪と目の色以外は大差ないので、誰も疑問には思わないだろう。そもそも、流れ者のエルフという存在自体が怪しい限りなので今更だ。
ビグ村役所は結構な作りになっていて、三階建だ。横に広く、一階は村人や来客用の受付だろう。柱などもむき出しではなくしっかりと防水塗料が塗られていて、曖昧な仕事はされていない。
やはり、金回りは良さそうだ。
しかしそんな立派な村が『無神村』とは不思議だった。
前任の神はどこかへ消えてしまったのか、はたまた死んでしまったのか。村の募集広告にも、神が去られて以来不調の兆しがあると書かれていた。
村神が居ない村は廃りこそしないものの、弊害はある。恩恵は受けて損はないのだから、どの村も直ぐに新しい神を招き入れる。何か理由でもあるのか、それとも、本当に神を招き始めたばかりなのか。
「ああー、どうも、遠路遥々良くお越しくださいました」
(わ、迎えが出て来た)
(言った通りでしょう)
大体予想通り、役所の中から迎えのニンゲンが出て来た。小太りの髭男は、一般職員という面持ではない。上級職員だろう。
「わたくし、ビグ村役場観光営業課課長のモーリスと申します。本日はどのようなご用件でお越しでしょうか」
「これはわざわざ有難うございます。私達は『治癒神友の会』という宗教団体です。私はヨージ、こちらの女性がエオ。そしてこちらに坐す方が我等が神、シュプリーア様です」
「なるほど! 広告を見てのお越しでしたか。それはそれは。では宗教管理課までご案内致します」
間接民主主義なんて政治体制をとっている村と聞いた時点で怪しくは思っていたが、どうやら村長までの道のりが遠そうだ。
「村長にお目通りは願えないのでしょうか?」
「ただいま定例議会の真っ最中でして。どうしてもと仰られるならば、アポイトメントを取っていただいて……」
「では後日お逢い出来るようお願いします。宗教管理課との事でしたが、ともすると現在、神様は複数人、この村にいらっしゃるので?」
これは一応予測した事だ。他の神様、つまりこの村に収まろうというリーアのライバルである。
こういった煩わしい者達を押し退ける為にも、村長に黄金色の素敵プレゼントを、と考えていたのだが、行政がシッカリしているお陰で、黄金色を渡すのは難しそうだ。ライバルと水をあけるには、別の手段が必要だろう。
「ええ。現在二柱の神様がいらっしゃっています」
「……予想していたより少ないですな」
「はっは。何分、この村は神様を選ぶにも議会の承認が必要になります。俺は私は神様だ! とおっしゃるような神様方は、こういった堅苦しい村が好かないようで」
神というのは生まれが大雑把なら、性格も大雑把な者も多い。この村は一応村民が一番上に存在している場所だ、下に村民を従えて、我こそは~と気張りたがるような神様方が、この村の体制を良く思う筈もない。
無神村である一番の理由が、これだろうか。
ともすると、その残っている二柱というのは、話が分かる神様であろう。
「こちらの部屋でお待ちください。ただいま担当を呼んで参ります」
「はい。有難うございます」
通された部屋は通常の客間といった様子だ。革張りの椅子など初めて見たのか、リーアがふわふわと寄っていって、ポンッと乗っかる。綿が良く詰まっていてふかふかしているのが楽しいらしい。
我が神が満足ならそれ以上の事は無い。遠からずふかふかな椅子やベッドは神の座として用意せねばなるまい、とヨージは決意を新たにする。
「うーん、大樹教も面倒くさい事はたくさんありましたけど、この村はもっと煩わしそうですねー」
「確かに珍しいです。サウザの街の繁栄ぶりに、ビグ村の政治に農業。アインウェイク家はよほどやり手と見えます。ほら、見てくださいあのガラス花瓶。透き通っていて、細工が施してあります。あんな高い花瓶が一役場如きの客間に飾ってあるんですよ」
「あれ、幾らぐらいするんでしょう」
「一〇大金貨は下らないでしょうな」
「へー」
「間抜けな声出さないでください。あー、我が神。その木彫りのオーク像、高価ですから触らないでください」
「よーちゃん」
「はい、我が神」
リーアがオーク像から手を引いてこちらに歩み寄り、座っているヨージの上に正面から伸し掛かる。幼い顔立ちの割に育ちすぎているので、その質量たるやいなや半端ではない。何か思う所があっただろうか。
「私は、何をすれば?」
なるほど、とヨージは頷く。大体ヨージが手を回しているので、神様は働く必要が無い。本人としても、自分に関わるのだからと、何もしていない事に心を痛めているのだろう。
「必ず僕が、貴女達が幸福だと思える未来にしてみせます。その為にも、奇跡の使用が必要な場合はお願いすると思います。どうかご容赦を」
「なんだかシンミリ言っている風ですけど、衣笠さん、顔真っ赤ですよ?」
「生憎、若い女性というと妹……ぐらいしか普段接していないもので」
「妹さん、いるんですか? そういえば、東国人ですよね。なんでまたこんな西国に」
「ええと、ですねえ……その……」
「よしよし」
リーアがヨージの頭を撫でる。特にこの神は人の心を察するのが得意だ。ヨージの雰囲気から、悲しい事があって、喋りたくないのだろうという事を読み取ったのだろう。おててが柔らかい。
それぐらいならば、別段と話せない事もない。