既知の知3
どう足掻いても死ぬ。
馬鹿正直に向かえば、火の神とグリジアヌ二柱を相手にする事になるのだ、そんなもの、人類の戦の範疇に無い。
受肉した神であるグリジアヌは依代など探した所で意味は無いし、ああいった手合いは依代を自分で保有している場合が多い。いや、グリジアヌはまだいい。火の神に関しては論外だ。
村神というのは、どこからか現れて村に就く神を言うが、地主神はその土地から産まれたものだ。土地の属性、土地の具現化そのものである。戦闘を得意とする竜精の懲罰部隊の神であろうと、単身では絶対に戦わない相手だ。
ここから導き出される答えは一つ。
「逃げましょう」
至極真っ当。ケチのつけようがない正論だ。敵わないものからは逃げるに限る。
役場近くの宿の一室で、ヨージは真顔のまま言い放つ。
肯定したのは――残念ながら一人、エオだけだった。多数決的には半々である。
「大変間抜けな事に、アインウェイクのあん畜生は人質を取らなかった。僕としてはエオ嬢辺りが囚われの身になるのではないかと思ったのですが」
「え、そんな酷いです。逃げず戦ってください」
「いや、その場合はアインウェイクの手勢をぶちのめして助けます。神を相手にする数万倍勝ち目がある」
「あ、よかった!」
「なので我が神、逃げましょう。残滓がいつ襲って来るとも限らない今の状況ならば、闇夜に紛れて逃げおおせる事は十分可能です。仮シュラインに財産などは置いて行く形になりますが、命あっての物種、ここは退却一択です」
我等が神とミュアニスは、隣りあわせでベッドの上に座りこちらを見ている。
「ヨージ達だけ逃げて欲しい。ワタシがやるから」
「いやいや。仇を討つ、なんてレベルの話ではありませんよ、ミュアニス神。対峙した瞬間に焼かれて終わりです。如何に頑丈な半神とはいえ同じでしょう。ここは引いて、新しい神生を送りましょう。美しい貴女なら生きるに困る事はない」
「うーん」
リーアが頭を捻る。捻ったままぐるりと回転し、胡坐で逆さまに浮いていた。お召し物の中身が見えてしまいそうだが、それはない。神はすごいのだ。
「熟考する必要がありますか、我が神。死にます。死んじゃいます」
「死ぬのは困るねー」
「そうでしょう」
「でも、倒せるかもしれない」
「――……は?」
また半回転し、元の場所に戻る。こちらも頭を捻りそうな話だ。
「ミュアちゃん。雨秤は、この土地で産まれた神でしょう」
「ええ。教団……元教団の泉が初期の主依代よ。受肉した神であるから、泉が無くとも問題の無い神であったけれど」
「火の神もこの土地の神でしょう」
「この土地そのものの神、でしょうけど。それで?」
「じゃあ火の神と雨秤は、親子。兄妹」
「我が神。神様達に血縁関係なんてものが存在するとは思いません。例え親類であるからと、会話が成立する神ではないでしょう」
「――別にアインウェイクは、私達だけで戦えなんて言ってない」
そう言って、リーアはミュアニスの後ろに回り、肩を押す。ミュアニスは小首を傾げた。
「神様、どーいう意味です? エオにはちっとも。ヨージさん?」
「……――」
リーアの言わんとしている事を理解する。確かに、それならば少なくとも火の神を抑える事が出来るだろう。火の神の力が弱まれば、グリジアヌも解放される。
しかし前提が難しい。
「ヨージさんったらー!」
「ミュアニス神を、村神に押し上げます。いいや、地主神の代わりとして据える。母である雨秤はこの土地の維持に努めていた。彼女の神気の全てがこの土地から失われている訳ではない」
その事実は以前実証済みだ。
帝国の中にありながら、ヨージの皇龍樹道式外在魔力魔法は発動した。
雨秤自体はこの土地の神だが、雨秤自身は皇龍樹道式に祀られた神だ。その彼女の神気がまだこの土地に残っており、それを通じて魔法が発動した訳である。
「娘に引き継がせ、土地のパワーバランスを崩す訳です。力の弱まった火の神ならば、我等が神がパンチするだけで勝てるでしょう……が、問題が大きい」
「……今更あの人達がミュアニス様を拝まないだろ、って事です?」
「はい。今の神気を引き継いだだけでは無理ですから、信心が必要になる。神はヒトの声を受けて奇跡を齎す。その力が強ければ強い程に。それをクリアする為の信心が足りない……そしてシンボルが足りない。ミュアニス神、貴女自身を示す為の宗教シンボル、何かありますか?」
「うっ……な、ないわ」
「では雨秤のものは」
「全部教団にあると思う……」
村人達に拝ませる為の偶像、もしくはアイテム。これが無ければ村人の信心が伝わり難い。
土地の主導権を奪う――発想こそ間違いないが、現状無理難題である。
やはり逃げるのが一番だ。
「我が神。ヨージ逃げたいです」
「だめー。可愛く言ってもだめー」
「そんな、いのちだいじに、じゃなかったのですか」
「それだとミュアちゃん死んじゃうし、アインウェイクが簡単に逃がしてくれる訳ない」
「それもそうですけど勝率が低いです」
ここまで追い込まれる状況というのは、それこそ自分が最期の時を迎えそうになった、つい一か月前以来だ。絶望的なペースの速さで絶命が追いかけて来るなど洒落にならない。
ヨージは確かに非凡だ。状況と装備さえ揃えば、勝てはしないが、神となんとか渡り合えるだろう。
だが今は何も無い。
あるものは知識と、経験と、魔法ぐらいであるが――いや……ある。あるが。
(……当然アレも使えるだろうが……死ぬほど使いたくない……)
奥の手。最奥も最奥の秘儀。最悪を煮詰めて固めたような、鬼手だ。
確かに使えば、現状を切り抜ける事は出来よう。が、その後が一切保証されない。自分どころかリーアとエオも巻き込む事になる。更に言えば、こんな場所で発動させた場合、何に目を付けられるか分かったものではない。
死ぬよりはマシではないか。いいや、あれは、死んだあとすら厄介だろう。
しかしそれでも――少なくともリーアとエオが生きられるならば――。
「我が神――実は」
「こ、こんばんは。治癒神友の会の部屋ってこちらですか……?」
意を決したその時、ドアの外から声が聞こえる。入室を促すと、それはライセンであった。手には食料と思しき紙袋を抱えている。
「あ、良かった。お腹が減ってないかと思って、貰って来たんです。みゅ、ミュアも」
「ら、ライセン」
「おんやぁ……?」
ミュアニスを見て顔を真っ赤にするライセン。同じくミュアニス。
何となく想像は付くが、リーアが補足してくれた。
(ああ、元信者なのですね、ライセン氏の家は)
(うん。幼馴染だって)
(少年と少女の恋……不詳ヨージ・衣笠。ちょっとトキメキます)
そこで一つ、思いつく。
「有難うございます、ライセン氏」
「いいえ。それにしても、この警戒態勢はいつまで続くんでしょうね。あ、衣笠さんはその、凄いですね? 軍人だったんですか」
「まあそのようなものです。それで、ライセン氏。少し伺いたい事が」
「はい?」
「貴方の家は元雨秤教だと思うのですが、雨秤のシンボルなどはお持ちで?」
「あ、うん。雨秤教団が去った後、村の皆からシンボルを大量に押し付けられてさ……捨てるに捨てられなくて、倉庫に仕舞ってあるよ」
「それは僥倖!」
ヨージが立ち上がる。リーアは微笑を浮かべ、エオは『あ、始まった』などと言いだす。
なんと言われようと、基本的なヨージの仕事というのはコレである。
「ライセン氏。いいえ、ライセン殿。貴方、新生雨秤教団の神官になるつもりはありませんか。幹部でも構わない。醸造のお仕事の傍らで構いません。どうです?」
「い、いきなり何を?」
不敵に笑い、ヨージはミュアニスをライセンの隣に並べる。
「我々治癒神友の会は、村神を辞退します。そこで、やはりこの土地にあるべきは雨秤の血を引くミュアニス神であると考える訳です。雨秤は残念ながらもう居ない……が、しかし。一粒種であるミュアニス神がその全てを引き継げば、万事解決!」
「で、でも。ミュアはもう、奇跡が起こせないって」
「そ、そうです。ワタシではもう何も――」
「少し考えたのですが。以前は奇跡を起こせていた。何故か。そんなのは簡単、雨秤の神気が、火の神を上回っていたからです。今は悪意ある、もしくは強力な力が土地に染み込んでいる状態ですから、普通の神ならいざ知らず、半神では土地から力を引き出す事が出来ない。そこで、もう一度雨秤教団を結成し、ミュアニス神に信心を集める訳です」
「火の神……? 今この状態も、その神が居るから……?」
「左様! ミュアニス神がこの地で力を振るうには、貴方の信心が必要なのです!」
「それで、ミュアの力が少しでも戻るんですか」
「戻りますとも! あ、雨秤教団の改宗の儀はどのようなもので?」
「べ、別に形式はないけれど……お父様は、お母様の手の甲に、よくキスしていたわ」
「はは。ではそれで」
「え、ええ……?」
神とエルフと人間が三人で一人と一柱を囲む。
こうなればもうどんな手段でも良いし、藁でも縋る。もしこれでほんの少しでもミュアニスの力が戻るならば、不可能な前提条件もクリア出来るかもしれないのだ。
二人は顔を真っ赤にしたまま向かい合っている。初々しい。
「みゅ、ミュア」
「え、ええ」
「その――君に逢いにいけなくて、ごめん。何度か足を運んだんだけど、追い返されてしまって」
「わ、ワタシこそ。村に降りた時にでも、顔を出せばよかったわ……その……恥ずかしくて……」
(ぬぅ! 甘酸っぱい!)
若い力に中てられ、邪悪なヨージが身体を捩る。
(やだ! 尊い! 羨ましい!)
エオがとても高尚なものを見る目で慈しんでいる。
どうやらライセンは余程ミュアニスを案じていたのだろう。話はすんなり通った。ミュアニスが耳まで赤くなりながら手を差し出すと、そこにライセンがキスをする。
瞬間、青白い光が二人を包んだ後消えて行く。
「――あっ」
「ミュアニス神。如何でしょう」
「ま、前ほどじゃないけど。そう、ワタシ、どこかと繋がったような気がするわ」
やはりそうだ。
ニンゲンが超常の力……魔法などを扱う場合、外在魔力もしくはそれを普段の生活の中取り込んだ身体の中の魔力、内在魔力を消費して発動させる。
神が奇跡を起こす場合、外在魔力や内在魔力を使う事もあるが、最も強い力を発揮する場合、それらよりも根本に近い力、根幹魔力を用いる。
外在魔力はそもそも、そこから湧き出した力が大気に溢れているモノを言う。
湧出元は、この星そのものだ。
火の神(この土地)と親和性が無い上に、信仰も力も無いミュアニスでは、この土地から根幹魔力を引き出すに至らなかったのだろう。
だが今一つの信心が呼び水となって、根幹魔力との接続を得たと見える。
普通、一人では無理だ。普通なら。
「ミュア、大丈夫? ぼうっとしているけど」
「う、うん。ええ。だ、大丈夫よ?」
が、やはり女の子だ。
見ず知らずの他人よりも、好きな人に応援された方が元気になるに決まっている。
(……よーちゃん)
(はい、我が神)
(私もああいうカンジの、欲しい)
(き、きっといいヒトが現れますよ……)
我が神が不満げにプリプリしている。
それにしても、こんな不利な条件な土地でどうやってこの神、シュプリーアはヒトを治癒するなんて稀有な真似が出来るのだろうか。
勿論、根幹魔力から力を汲み上げる能力が強力であったり、内在魔力の保有量が桁外れである可能性もあるが、正確には本人にも分からない。
だからこそ、ヨージはリーアという存在が不思議でならなかった。
「ふうむ。三つ必要なコマのうち二つ得た。あと一つなのですが」
リーアについては、信徒として今後詳細を探るとして、まずは目の前の問題だ。
村人達を扇動し、ミュアニスに信心を集めるのに必要なものがあと一つ要る。
それは演出だ。
如何にして村人達に火の神が脅威であるかを伝えるか、である。火族残滓の脅威は数法刻前の戦闘で身に染みているであろうから、そこを更に刺激するのが良いだろう。
ともすると、大火力が必要になる。
「よーちゃん、何が必要?」
「村人達に、火の神の危機が迫っているという事実を周知させ、その恐怖を伝播させるモノ、ですね。まさかあちこち放火して回る訳にもいきませんし」
「火ならあるよ」
そういってリーアが拳をぎゅっと握り締めてから開く。
掌の上には、小さな種火が一つあった。
「我が神、それは」
「さっき火族残滓から引き抜いた、力の一端」
それは――それで、能力としてかなり狂っているものだ。ヨージは眉を顰める。
(なんだそれ。残滓の固有力を……保持出来るのか? そんな神どこにいるんだ……)
「よーちゃん?」
「うっ。いえ。なるほど。しかしその種火だけではどうにも」
「力を注げば、大きく出来る」
(――……呆れた応用性だ。扶桑にもそんな怪物はいなかった。もしかして、僕が拝んでいる神様は……原始自然神の権化ではないか……?)
この世に渦巻くあらゆる力、特に自身に付与されている自然の力を思うままに扱う事が出来る神こそが、世界に最初に生まれた神達、所謂原始自然神だ。今の神では到底想像もつかないような、それこそ海で地表を丸ごと洗い流したり、国を分断する程の亀裂を生んだり出来る力を保有しているという。
他の存在の力を自在に操るなど、今の神では不可能に近い。
(治癒……だけではない。この神はもっと高尚で崇高だ。こんな村に居て良い神ではなかったか)
「よーちゃんさっきから、何? どうしたの。ジッと見て。私の顔可愛い?」
「それはもう。たぶん世界で一番可愛いでしょうし美しいです。うちの神様がナンバーワン!」
「よ、ヨージさん? 大丈夫です?」
兎も角。いや、兎も角で片付けて良い問題ではないが、それだけの事が出来るならば、あとはヨージの出番だ。
「コマは揃いました。全員に働いて貰う事になりますが、宜しいですね?」
「うんー」
「はい!」
「やるわ」
「え? あ、頑張るよ!」
その返事を受けて、ヨージは部屋に張られていたポスターを引っぺがして筆を執り、皆に作戦を伝える。
出来るか、出来ないかではない。やらねば皆が死ぬだけだ。




