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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
323/326

龍血慕情3



 ――この旅館は既にエオの体内に等しい。


 こちらの魔力が効き難いのも、魔法の威力が弱いのも、間違いなくその影響だ。逆にエオといえば絶好調である。ここは彼女の世界だ。この内部に存在しているあらゆるもの(十全皇は除かれるだろうが)に緩い強制力がある。


 身体能力および五感、第六感も著しく向上していると見える。特に聴覚を強化しているのか、微かな音でも敏感に反応してこちらを追跡してくるからだ。


(しかし、一切の依代や媒体が無い訳ではなさそうだな)


 彼女の自己完結能力スキル『盲愛』は、自分と自分の周囲に存在するあらゆるものに対して効果を発揮すると推定されている。自身の愛の内である、と判断された全てだ。それらを含む空間を切り取り、変幻自在に操ったり、時間を止めたり……といった、ハッキリ言って敵が持っていたらどうしようもないレベルの理不尽を強要可能だ。


 今回の効果範囲は恐らく旅館内全て。しかし範囲が広すぎて扱うモノが多様化した結果、強制力こそ抑えめと言える。


 彼女の能力で特徴的なものは、何かしらを媒体にして発動している事だ。


 ヨージとエオの愛のメモリアル……通称愛メモなどは良い例で、範囲が愛メモ内部空間限定であり、中身が四次元めいているのだ。自身の愛と定義されるものをしまっておける。時間すら止まっているらしいが、外に影響は及ぼさない。


 聖モリアッド修道学院でリットに悪用された『白馬の騎士の物語』を媒体にした『盲愛』は、自己完結能力スキルと魔術の合わせ技であり、白馬の騎士の物語自体に注釈を加え、発動範囲内に存在する全てに対して、劇を強要するものだった。


 今回は後者に近い。ただし、広範囲故、強制力は少ない、と考えられる。


(能力を考察したところで、逃れる術がないのですよね)


 媒体無しで発動している場合、詰みである。以前より能力が強くなっている事を意味する。終わりだ。


 媒体在りで発動しているならば、それを破壊すれば逃げ切れるだろう。


 エオの調子が滅茶苦茶に狂っていた事を思い出す。こんな惨劇、彼女は思い出す度にナーバスになるに違いない。彼女の為にも、カッチリ終わらせて、ちゃんとした手順で致してあげるべきなのだ……。


(しかし……むらっとするなぁ……)


 恐らくこの場にいる全員が、理由もなくむらっとしているだろう。それは彼女達の言動、行動をみれば良く分かった。原因は恐らくあの小瓶である。


(僕が良く用いる女性化薬と同じ薬瓶なんですよねぇ……ッ)


 絶対ユーヴィルの所為だ。間違いなく変なもん持たせてくれたのだ。ともなると、自分も既に摂取させられている可能性が高く、またまき散らしたあの粉を吸っているので、効果は出続けるだろう。十全皇が爆笑していたのは、絶対これだ。エオが面白い事始めたらから面白かったのだ。


 そんな中、女の子に誘惑されてしまったならば……。


(イカン、いかんぞ。男子たるもの、矢鱈にそういった事などしては……)


 過去の自分を思い出す。言い訳のしようがない。女の子が好きなのだ。仕方ないではないか。むこうだって喜んでくれるのだから、仕方ないではないか。


(ともかく)


 幸い隠れる場所は無駄に沢山ある。探索と探知を怠らず行い、推定される媒体を発見し、破壊しなければならない。


 ない場合はダメだ。諦めよう。


(まだ気配が近いな……いったん隠れよう)


 音を立てないように歩き、近くの部屋へと侵入する。


「なんじゃこりゃこりゃ……」


 また知らないコンセプトの部屋だ。わざわざ室内に石で洞窟を作り、コンクリートで固めて着色してある。赤い樹石結晶を用いた焚火のイミテーションがあり、近くには粗末な筵が敷いてある。何故か蓄音機がかかっており、音楽ではなく、雨音を再現していた。


「どういう状況を再現したかったんでしょ、ここ」


 大きな岩……は重量的に厳しかったのだろう、岩のカキワリの裏に隠れて息を潜める。


「ぎょ」


 おぁ


 が、既に息を潜めている人物がいた。密名居だ。


「――……密」


 ゲットぉ


「ぬぉぉぉぉお負けるかぁッ!!」


 ヨージを見つけ、即座に襲い掛かる密名居を全力で回避。ドアまで走ったところで両足タックルを喰らい顔面からすっ転んだ。ヨージの足を捕まえて転ばせる、などという高等技術を密名居が取得しているとは思えないので、純粋にエオ空間の悪影響だろう。


「ぶげっ」


 はい勝ちぃ。ママに勝てる訳ないもんねぇ


「何がママですか。いや確かに一般常識や一般教養、果ては礼儀や所作まで学んだ気はしますが、負けてられませんよ。その対価がアレじゃないですかッ」


 こんな淫らな教育ママが居てたまるか。が、悲しいかな、実の父は仕事ニンゲン、実の母は気が付いた時にはどこにも居なかった為、血族から真っ当な教育を受けた事などない。確かに高等な家系であるからして、教育を全て乳母や教育係に任せている家も多いが、それにしたってヨージには欠片も肉親からの教育が齎されなかった。顔すら知らない始末だ。


 知りたければ自分で学ぶ他無く、結局自分の母代わりといえば、女中頭の初雪とこの下半身のどうしようもない密名居姫だった訳である。


「密名居姫、聞いてください」


 なあに?


「……――後日、後日で。今は止めましょう。こういうの、惟鷹良くないと思います」


 惟鷹の赤ちゃんほしいです


「それこそ、別に、後日でも良いでしょう? 今はホラ、みんなおかしくなってますし」


 そんなにいやぁ?


「貴女は焦らされた方が好きでしょ」


 いやぁん


「……黒曜は、残念でした。貴女の自業自得とはいえ……ある種僕の無神経さが、貴女を凶行に走らせたと、言えなくもありませんでしたし」


 ……それは……いいの。全部、わたしが悪かったから……


「密」


 ヒシと抱きしめる。正直、ヨージの悪い部分は欠片もない話ではあるが、己の魔性が招いた事件であった事は事実である。また、自分が彼女に甘え過ぎた過去も拭えない。嫌ならば強く否定すべきだったのである。優しさと甘えはしがらみを生み、男女の糸を余計に絡める……


「てぁっ」


 わぶっ!! あ、惟鷹ぁ~


 ……などと考えない訳でもないが、この女が自分勝手に無茶をした結果が九割九分である。裁判でも起こそうものなら間違いなく勝てるぐらいにはヨージに分があるので、シンミリした空気を許容などしてやらない。


 密名居を寝転がして改めて退出、出入口に近くの謎の高価そうなオブジェを設置して逃げる。密名居は『あ、危ないな』と思ったモノは例外のヨージを除いてまず近づかないので、封じ込め成功と言える。もしそれでもオブジェが倒されて壊れた場合被害総額は数十甲に昇るだろうが、幸いこの建物の全てが今は自分の所有物である。許容範囲だ。


(あっぶね……少年時代に戻されるところだった。だってさ、でっけぇんだもん)


 鋼の精神力をもってして突破する。大英雄様が一時の感情で動いて良い訳がないのだと自分に言い聞かせながら、それはそれとして後ろ髪を引かれる思いである。事件の少し前、エーヴにお手洗いで襲撃されていなかったら危なかっただろう。詳しい話は省くが。


(目指すは図書館だな……)


 エオがこの建物を掌握するに際して、恐らく参考にしたのは、館の元所有者であろう貴族のエロ日記だ。とても子供には読ませられないようなオゲレツ禁断の書である、アレを用いたならば、館全体の構造に対して変化を齎せる理由も理解可能だ。


 エオ自身が保有しているとなれば奪わねばならなくなるが……あの時のエオは、偶発的、突発的にテンパッてやらかした感があるので、わざわざあのエロ日記を所持してはいなかっただろう。あくまで、あの本を参考、参照したまでと考えられる。


 だが……。


「ヨージさん……ヨージさん……ふふふっ……」


 ――刺客は多い。果たして、無事辿り着けるだろうか。






 相変わらず廊下が不規則に変化するので、なかなか二階に辿り着かない。


「なんで階段が塞がれていて、閉鎖を解除するのに三つの宝石を集めなきゃいけないんだ」


「ドアを開けるのにオブジェを移動させて指定の位置に配置するとか、狂っているのか……?」


「ピアノを弾かないと鍵が手に入らないってなんなんだ」


「うおおこのパズル良く分からないな……こっち押してこっち押してこっち上げてこっち下げてこっち上げてああああああ最初からだちっくしょうッ!!」


 トンチキギミックまで追加され、行く手を阻まれる。階段を上った筈なのだが、いつの間にか地下に出ていた。無暗にギィギィいう扉を押し開くと、地下全体が研究施設めいたものになっている。夜の御愉しみシチュエーション用などではなく、専門的な計器や機材が並んでいる。


(……これ、炉心区画で見たな)


 雰囲気がそのまま、罪業炉心へと向かう一区画で見た光景と重なっている。


(ふぅむなるほど)


 先ほど、密名居が居座っていた部屋を思い出す。変態貴族の用意する変な部屋にしては地味だった事を考えても、この旅館に居る者達の心象部分を再現している可能性があるだろう。あの穴倉のような場所が、密名居……というよりも、エレインの染み付いた心の形なのだ。


「ともすると、ここにいるのは……」


『セキュリティクリアランスA以下の者の立ち入りを禁ずる』

『アズダハ生体形成 B実験室』


「うわあ」


 凄く入りたくなかった。その部屋名を確認した時点で即座に踵を返したが、カチリ、という音が後ろから聴こえ、身体が固まる。静かに振り向くと、ドアの隙間から、何者かがこちらを覗いているのが解った。


(怖すぎる)


 改めて視線を向けても、何もいない。唾を飲み込み、ゆっくり近づいてドアを開ける。


 中は白く、現代文明ではお目にかかれないであろう、高度な計器が並び、無機質だが、大小様々なガラスケースが並んでおり、その中にはニンゲンの部位……手、足、臓器などが溶液に浸かって納められている。


「脳が作れるのですから、その他の部位だって出来ますものねぇ……」


 ひとつひとつ確認して行く。ガラスケースの前にはプレートが設置してあり、謎の記号と番号、人名とその部位名が書かれている。


「――美公将びこうまさる、右足、左足、右腕、左腕、腎臓、右目……これだけ肉体を補充しなきゃならないのに、この人物は生きていたのか……?」


 それがどんな意味を持つのか、ヨージには分からない。ただ解るとすれば、ここがアズダハで形成された部位が保管されている場所であり、それを欲していた人物がいた、というぐらいだ。


「凄いですわよねぇ、エオは」

「……十全皇」


 振り返ると、そこには制服姿の十全皇が居た。その見た目は罪業炉心レイと同じものである。髪はポニーテールに結っており、いつもよりも若く感じる。雰囲気の話だ。


「勿論、わたくしであれば否定可能な能力ですけれど、面白そうなので受けてみましたの」

「リスクのある事は、御身の為にもなさらない方が宜しいでしょう」


わたくしはエオを気に入っておりますの。気に入った彼女の成長を確認する為にもそれを受け入れてみる……師匠と弟子のような関係ですわね」


「少し不思議に思っていたのですよね。貴女が、僕が思っていたよりも格段に大らかであった事は、この数か月で学びましたが、それにしたってエオに対しては、だいぶ甘い」


 妾でも愛人でも良いからヨージの傍に置かせてほしいというエオの願いを、十全皇は二つ返事で受け入れた事実がある。あれは07号としての判断だったのか、十全皇総体としての判断だったのかは、ヨージも知らない。


 ただ今の02号もそういうのであるからには、総体としての判断が近いのだろう。


「……だって、ちょっと似ておりますのよ。ミドガルズオルム……美公将に」

「エオが、ですか(というか、ミドガルズオルムは、もとはあの有様だったのか)」


「頭は良いのですけど、判断のつかない事態に陥ると焦ってしまったり」

「ああ……」


「プライドも高いのですけれど、天性の愛嬌で周りが誤魔化されてしまったり」

「はい、はい」


「ご存じ? 彼ね、わたくしが好きでしたのよ」

「え……うえ?」


「うふふふふっ! 驚いた顔、お可愛らしい。彼だけじゃなく、ファブニールも、ヴァーベルも。わたくしを……愛してくれていた」


 それは……流石に知らない。彼女の過去のニンゲン関係など聞いた事がないからだ。今でこそ領地を分けて争う仲であろうが、しかし対立を擁しながらも絶対的な敵対をみせて居ないようにも感じていたのは、それが理由か。


 ……九頭樹グルジュの言葉を思い出す。


「モテてましたねぇ」

「本当にモテてモテて……まあそれも、たぶん、わたくしの所為ですけれど」


「どういう意味でしょう」


わたくしの影響下にあったからこそ、彼等彼女等は、わたくしに好意を寄せていたのではないかと、ずっと悩んでおりましたの。結局、あのヒト達は、その事について言及する事も、ございませんでしたけど」


「虚しく思ったりしたのでしょうか」


「とはいえ、わたくしは貴方様ばかり、見ておりましたし」

「もしかして知らないニンゲン関係の相関図に組み込まれてますか、僕」


「そうかも」

「そうかもぉ……?」


 十全皇……アソラが近づき、ヨージに腕を回して抱き着く。目が潰れてしまいかねない程の美貌が眼前に迫る。強大な龍としての気配は鳴りを潜め、か細い一人の女の子として接せられてしまうと、ヨージも振り払い難い。


 というか抱き着いている間に胸を大きくしたりしないでほしい。


「大きい方がお好きですものねぇ?」


「まあその……バランスは大事ですよね……とはいえアンバランスなのも好きですが……細いのも良いですし……小さいのも良いですし……というか女の子好きですし僕……」


「くふふっ、正直なんですから。あ、ちなみに、あちらにはシャワーが、あちらにはベッドがございますわよ」


「な、なぜ?」


「エオさんの自己完結能力スキルはまだ穴だらけですもの、どうやら人様の心象を限定された空間に再現出来るのでしょうが、わたくしならば意図的に介入して弄る事も可能ですわ」


「おお、素晴らしい。ではこの状況、解決出来ますね?」

「え、しませんわよそんなのつまらない……」


「解決しましょうよぅ……ね、アソラ、我が龍……」

「うー……おねだりされると悩みますわねぇ……そうだっ」


「お、条件付きでなら良い、という流れですかね?」

「今からあちらでわたくしの××を××して、△△△を×して〇〇×致しません?」


「それは変態すぎますからダメです」

「えー……以前はそれに近いような事も、わたくしになさったじゃありませんのぉ」


「僕は……この状況を、打破しなければなりません」


 突然とんでもない変態行為を強要されそうだったので、物凄く頑張って否定する。全く邪魔が入らず、もう二人でやりたい放題やったところでどこにも曝されません、というのであれば吝かでもないのだが、現状この部屋に誰が入って来てもおかしくはないので勘弁していただく。


「そんな決意の籠ったお顔で仰られても駄目ですわよ」

「その時々……お一人ずつお相手すれば良いじゃないですか……なんで一気に全員と」


「惟鷹様はご自覚になられていらっしゃらないかもしれませんけど、だいぶ悠長ですわよ?」

「まあ性欲強めな人間族部分はありますが、半分はエルフですから、それは、はい」


 エルフ族はその寿命の長さ故、優秀なクセに放っておくと大体を後回しにする。寿命の短い人間族や獣人族の間に挟ませてこそ真価を発揮するのだ、というのはこの国の方針のようなもので、上層部をエルフだけで(どうしても数は多いが)固めたりなどは決してしない。のらりくらりと躱している間に国が亡ぶからだ。


 それは生殖にも言える事で、エルフ純血一族はどこも老齢化著しい。顕著なのは赤城家などであろう。エルフ基準ならばまだ生殖可能な年齢の人物も多いが、古くなればなるほど性欲が減退し、更に性格も凝り固まり、なおかつニンゲン関係が限られすぎて目新しい出会いなどもなくなる。結果赤城家は若者、と解りやすく呼べるニンゲンは宗達ぐらいになってしまっていた。


「ちなみに」

「はい」


「お婿様としてお戻りになられる、というお話でしたので」

「ええ、直ぐではありませんが、求められたならばお仕事もします」


「――……子は既にもうけましたわ」

「え」


 といって、十全皇が顔を赤らめながら下腹部を撫でている。


わたくしは、最優先。わたくしは済みましたので、皆さまもどうぞ、というお話以外にございませんわよ。そういうお話を、だいぶ前からしておりましたでしょ」


「あー……そうっ……だった……ような。えっ!! 子供、僕の、貴女のッ!!」

「はい」


「おお……」


 そういえば、『種はずっと確保しています』なんて話をされていた気がしないでもない。つまるところヨージの判断如何でしかなかった訳である。思わず歩み寄り、跪き、十全皇のお腹に耳を当てる。


「おほほっ。まだ形成されておりませんわよ」

「そそ、そうですね、そりゃそうだ……というか、十月十日なのですか……?」


「自在に」

「自在っ!?」


「明日にでも」

「明日ぁッ!?」


「は、お困りになりますでしょうから、人間族同等の期間にいたしました。とはいえ、可変ですが」

「はああ……急にパパになるところでした……いや、そうか、父親かぁ……」


 じっと十全皇を見る。彼女は嬉しそうだった。それもそうだ。あれほど、欲しい欲しいと口にしていたのであるから、当然だ。彼女との間には、一言では言い表せない感情と、関係性の変化がある。しかし、今純粋に、自分の気持ちを言い表すのであらば……。


「幸せにしてあげたいです」

「ええ。ちなみに性別も選べますけれど」


「えっ!!」

「ま、自然にお任せいたしましょう。ああそれと、実は告白せねばならない事がひとつ」


「なんでしょ」

「惟鷹様は、それなりの数の女性と交わりましたわよね」


「え、ええ。そうですね」

「その……交わる度に、都度、避妊魔法を」


 ああ、と頷く。基本的に、人種を跨ぐと妊娠率は各段に下がる。しかしそれにしたって、ヨージを引き留めたいが為の虚偽ばかりであるな、とは思っていたのだ。


「――……僕打率低いな、とは思っていました……その場合、では、ミオーネは?」

「……彼女は、貴方様に対して、本気の本気でしたもの」


 それが良かったか、悪かったかは、誰も解らない話だ。少なくとも十全皇から見て、兼仲ミオーネという人物が、自我を多少押し退けてでも、子供を認めざるを得なかった存在、という意味である。過去の言動から見るに、多少、いやかなり、嫌々ではあったのだろう、が。


 ナイアルラトホテップの野望の介入などというものを、押し退けて余りある程、兼仲ミオーネが青葉惟鷹を愛していたのだと、他ならぬ万能たる十全皇が認めているのである。


「まあその、人様のあれそれを、弄るのは良くないですよね」

「申し訳ございません……がっ!!」

「がっ?」


「それも昨日までのお話ですのよ。さ、どうぞ皆さまをご自由に」


 ヨージはニッコリと微笑み、肩に手を置き、ウンと頷き――走り出した。


「それとこれとは話が別なんですよッ」

「ああ、身重の妻を置いてどちらへ」


「世界一安全な身重でしょうがっ」

「それは確かに。宇宙が真空崩壊したとて、間違いなく無事――あ、惟鷹さまぁ」


「御懐妊おめでとうございます!! 僕もおめでたいッ!! また後でッ」


 どうやら今日から父親らしい。実に目出度い。ことが落ち着き次第、その辺りをじっくりとお話合いしたい限りだが、今はインモラルがインフレーションしており、インセンティブをインタラクトするエオからイニシアチブを取らねばならない。


「子供かぁ……名前は何がいいかなぁッ」


 なんだか段々、自分の調子もおかしくなってきた気がする。しはするが、瞳の端から零れる涙ばかりは、恐らく本物だったのだろう。






 そんな調子で一法刻は経っただろうか。様々と部屋を覗いている間に、どうやら自分の心象が反映された部屋に辿り着いた結果、物凄く冷静になった。


(僕の実家の部屋は反則でしょ)


 殺風景で個性のない、武家の息子の部屋を目の当たりにした為、強制的に落ち着かされてしまった。だいぶ己のニンゲンらしさも改善されたと思っていたのだが、根底にあるもの自体はやはり変わらないのだろう。元々は醒めていて薄味なニンゲンである。


 それに、恐らく自分が摂取したエオの謎のお薬の効果も、時間経過で薄まってきているのだろう。このままいれば皆も冷静になるかもしれない。


(時間切れを狙えるか……?)


 が、不確定要素は多い。エオが全く諦めていない場合はその限りではないからだ。テンパっていたとはいえ、あの覚悟のキマり方をしたエオが易々と暴挙を取り下げる筈がない。あの子は思い込みが少し強い上になかなか頑固である。


(しかし……)


 部屋の真中で正座し、腕を組みながら考える。十全皇はエオの能力をモノともしないので論外だが、他の者達の心の形とはどんなものだろうか。密名居はかなりエレインに引っ張られていただろうが、フィアレス、エオ、そして我が神などは、どんな部屋を形作っているのだろうか。


 女性のプライベートだ、覗き見るのも男として正しくはないが……気になりはする。


 特に我が神、シュプリーアである。


(我が神も、発生からそろそろ一年くらいか)


 エオの死を救った時点から数えると、おおよそそのぐらいとなる。随分中身の濃い一年であったが、扶桑の時間がズレていたので、実質的には一年と四か月程度となるか。


 シュプリーア"ニブルヘル"ギンヌンガップ。大断層ギンヌンガップに転がり落ちたユグドラーシルの種子を主依代とした神は、冥界女王ヘルの手塩にかけて育てられ、発芽した。


 崖へと落とされて死したエオを救い、赤城の矢に掛かって死んだ惟鷹を救い――素人女二人では危なっかしすぎるという事で、ヨージ・衣笠となった男は、彼女達を一人前にすべく奔走した。


(……――感謝ばかりだ)


 その道程は穏やかとは真逆の、苛烈な事物、事象にまみれたものであり、命を落とす事もあったが、だからこそ、今自分はこうして在れるのだ。彼女に出会わずそのまま死していたのならば、やりきれない後悔のまま、汚泥の中溺れ死んでいただろう。


 彼女によって強制的に再開された青葉惟鷹の物語は、しかし一定以上の納得と後悔の払拭、ニンゲン関係の改善と、全てを丸く収める結果となった。


 立ち上がり、廊下へと出る。そこにはシュプリーアが居た。


「あ」

「いた」


 リーアがヨージに抱き縋る。匂いや気配や魔力の流れといったものに敏感な彼女であるから、ヨージに染み付いた他の女の残り香に、多少顔を顰めたが、それでも再び笑う。


「エオちゃんが血眼でよーちゃん探してたよ」

「だいぶ乱心してましたからねぇ」


「フィアちゃんはよーちゃんの刀持ってた」

「怖すぎますねぇ……」


「隠れよ。やり過ごせば少しは冷静になるから」

「我が神は、平気ですか?」


「平気、平気」


 最初はノリノリで追い回していたような気がするのだが、やはり時間経過で効果が軽減したのだろう。我が神が手引きするのならば断わる理由もないので、そのまま彼女に引かれて行き、旅館の中でも奥まった場所に位置する部屋へと入る。


「いや良かったです。我が神まで乱心していたら、ヨージはどうしようかと」

「そうなんだ」


 そういって後ろ手で部屋の鍵を閉める。確かに、急に誰かが入って来たら怖いので、それは当然の行動だ。


 招かれた部屋は、言葉に困るものであった。


 コンクリート打ちっぱなしの壁、無機質で病院のベッドのような寝床、生物の毛とは思えない滑らかな床敷、偽の木目が張り付けられた合板の机、物質の四角い額に投影された映像、精密な色彩のポスター、今の文明では殆ど見かけない電源、窓の外は――……明らかに、旅館近郊ではない。コンクリートの建物ばかりの、理解の及ばない光景だ。


 空の色はどんよりと曇り、式……なのか、なんなのか、飛行物体が『フォールン警報発令中・室内から出ないでください』という警告を繰り返している。


「なんっ……ですかね、この部屋」

「わかんない」


「誰の心象なんだろうなぁ……」

「心象って?」


「エオの能力が、どうやら人様の心の中にまで届くらしく。深層心理の一部を部屋に投影するような真似までしているとか」


「エオちゃんすご。ニンゲンの能力じゃないねぇ」


「ほんと、凄いですね」

「ねー」


 リーアがベッドへ腰かけ、隣に座るよう誘導する。確かに椅子もない部屋であるからして、立って待っているのも疲れる。自分でも驚く程に……何の警戒もなく座ってしまった。


「よーちゃん」

「はい」


「……――優しく、してね」

「おあ、おああぁあぁぁぁ……ッ」


 前のめり、前転、起立、回れ右、気を付け。顔を真っ赤にしたシュプリーアが、瞳を潤ませ、熱い吐息を濡れた唇から漏らしている事実に気が付き、ヨージは信じられない速度で一連の動作をして離れた。


 全然平気じゃない。


「全然平気じゃないじゃあありませんかッ」

「この流れでダメだった……?」


「皆さんそうなのですけど、なんというか、過程とか雰囲気とか、気にしないのですか?」


「それ気にしてると逃げるでしょー?」

「ふふふ、反論が出来ないですね」


 己の認知が真っ当とは口が裂けても言えないが、それにしたってもう少し情緒があっても良いのではないか。自分の経験してきた女性遍歴を顧みると多少ばかり苦々しくもなるが、あれら過去の実体験が世の常識の大枠から外れていたとは思えない。


「うーん」

「どど、どうされましたか」


「当事者だから、あまりヒトの事は言えないけど。たぶん過去の自分からの脱却を優先するあまり、ニンゲン関係のバランス感覚に比重を置き過ぎて、臆病になってるんだと思う」


「うわあ、すごい、言葉ってヒトを出血させられるのですねえ」


「エオちゃんはやらかしたかもしれないけど、よーちゃんに対する荒療治としては正解に近いかもしれない。荒療治って言葉、治癒の神としては看過できないけど」


「我が神」

「なに?」


「語彙が増えましたねえ」

「うっ」


 そのように言うと、我が神が気まずそうな顔をする。純粋に褒めたのだが、リーアとしては何か、思うところがある話題なのだろう。


「そうです。もうニンゲン世界に降りたたれて一年となるでしょう。正確な発生日時は解りませんけど」


「そ、そだねぇ」


「今は込み合っていますから、落ち着いてからになりますが、生誕祭は村をあげてお祝いせねばなりませんね、宗教的にもかなり大事な行事になるでしょうから。あ、大樹教加盟についても、竜精公を交えてお話せねばなりませんね。今後の継続的な宗教運営を考えていく上で、軽んじられる問題ではありませんし。その御力から考えられる社会的影響は多大ですから、それなりの制限は受ける事になるでしょうが、そこは、我々の政治力でもってして緩和を――」


「よーちゃん」

「はい」


「誤魔化そうとすると言葉が増える」

「あははは……ヨージは逃げますね」


 といって即座に扉へと取りつく。が、開かない。全然開かない。


「あれぇ? このっ、うお、全然開かないっ」

「ここ、私の部屋っぽいし」


「はえー……どうしてこんな部屋なんでしょうね……」

「出られないし、誰も入って来ない」


 そういって、我が神が服に手をかける。背後からはハラハラと絹がすれて床へと落ちる音がする。過去何度か経験のあるものだ。大体の場合、そのまま流れで抱いたが……。意を決して振り返る。


「我が神……泣いてます?」

「えっ? なんで……?」


 リーアが目元を拭う。しかしそれは次々と零れては流れ、結局リーアはその場にへたり込んでしまった。本人の自覚が無かったのか、どういった理屈でそうなったのか、理解は及ばないが、泣いている彼女をそのままにはしておけず、近づいてしゃがみ込み、ハンカチを差し出す。


「ほら、寒いですから、上を羽織って」

「なんで泣いたんだろ……?」


「さて、何故でしょうね。あまり茶化せるような理由では、なさそうですが」

「この部屋、なんなんだろ。これ、私の心の中の形? 私は知らない。誰の心?」


 シュプリーアという存在が、何なのか。既に決着が付いた問題だと考えていたが……根が深そうだ。ヨージは女王ヘルという存在について、あまりに知らない。十全皇の旧友であり、仲違いも繰り返して来たというからには、一言で表せられるような関係でない事は確かであり、断片的に知るヘルの過去から考えるに、何の思惑もなく、やはり子供を作ったりなど、しないのではないか、という不安は確実に存在している。


「よーちゃん、その、お願いが」

「ええ、ええ」


「抱きしめるだけでいいから……」

「……はい」


 言われてそのまま抱きしめる。リーアは小さく震えていたが、そうしている間にゆっくりと落ち着き始めた。


「……不安なの。扶桑に来てから、各段に、力と知性が、増していて」

「ええ」


「ユグドラーシルの三竜王とも、面会したの。品定めされるように視られて」

「ええ、ええ」


「あと有していないのは、創世力ぐらいだって言われて。もう、竜精は飛び越えた位置にいるって」

「そう、ですか」


「私は、ただの神様でいい。ご大層な力も肩書も要らない。よーちゃんと、エオちゃん達が隣に居て、怪我したヒトを治して、感謝される、そういう暮らしが良い」


「努力します。そうする為に、僕は居るのですから」


「でも……十全は、貴方を奪っていく」

「――……」


「子供、作るんでしょ。というか、十全のお腹には、もう居るでしょ」

「そのようです」


「あ、あれ……あれと、対等になんか、なれないけど。このままじゃ、よーちゃん全部持って行かれちゃう……私……ねえ、私、これ、悪い考えかな。お願い、お願い、よーちゃん」


「どうしました」


「捨てないでほしい」


 嗚呼、と。胸の奥が焼かれるような気持ちに、息が苦しくなる。自分というニンゲンの、最大の失敗が、結実してしまったのではないかと疑う。自分がどれだけのらりくらりと躱そうとも、他人の心を操作出来るものではない。


 想ったならば、抱いてしまったのならば、避けようのない恋慕の炎は、上下関係無く、貧富も貴賤もなく、その人々を焼き尽くし始める。


 今までは、まだ自分は幼いのだと、世を知らないのだと、誤魔化す事は出来たかもしれないが、成長は著しく、世を見通す力を身につけ始めた自身にとって、無理なものは無理だという現実が否応なしに襲っているのだ。


 ここでキッパリと、貴女をそういう目では見ていない、などと、心にもない事を言い放ったとて、それは意味のない行為だろう。むしろ、余計に捻じれる。


 しかしかといって全肯定するには、彼女の気持ちが強すぎる。


 ――回答は有史以前から存在していない。

 これを収めるには、誰かが諦めるか、誰かがくたばるかしかないのだ。


「我が神……」


「――なのでぇッ!!」

「ひょえ??」


「女性関係を複雑化させて、十全がよーちゃんを独占出来ないように絡めとり、大体なあなあで済ませて引き延ばした方が、今は合理的な気がするっ」


「おお、なんだろう、乙女としては疑問ですが凄まじく図太いですねそれ」

「なのでよーちゃんの態度は現状正しいと思う」


「さ、左様ですか」

「というわけで、赤ちゃんちょうだい」


「お、追々で」


「今」

「今ぁっ!?」


「服脱いで」

「いやぁっ」


 スクと立ち上がったリーアがヨージを押して浴衣を剥き始める。その顔はだいぶ興奮していた。情緒乱高下がひど過ぎる。絶対薬の所為である。


 ヨージの鍛え抜かれた刀身の如き肉体が空気にさらされた。が、そこまでは(リーアとして)良かったのだが、生憎そこからさてどうしたものか、という疑問に停止している。


「我が神、乱暴、乱暴はよしましょうよ……」

「うっ……ええと、資料では確か、甘い言葉をささやきながら……あ、これ男のヒト向けだ」


「引き返せます、今なら引き返せますから」

「静かに待ってて。ええとぉ」


 どこから取り出したのか、見覚えのないエロハウツー本を片手にヨージの肉体を突いたり撫でたりしている。犬か猫にでも絡まれているようでひたすらにくすぐったい以外の感情がない。


「はい、ドーンッ!!」

「のあーッ」

「あぶっ」


 リーアが戸惑っている中、何者かが扉をぶち破ってエントリーした。吹っ飛んだ扉がヨージとリーアを弾き飛ばし、闖入者が仁王立ちで構える。


「まあ神シュプリーアったら。はしたないこと」

「ふぃ、フィア殿。助かりました。扉の破片が僕に突き刺さっている事以外は」


「はい治癒」

「うわぁ流石だなあ」


「ヨージさん」

「なんでしょ」


「わたくしの願いを叶えていただきますわ」


 そういって、フィアレスはヨージの刀を投げてよこしたのだ。





 フィアレスはキていた。目が虚ろで何を見ているのか分からないが、強い黄金色を示し、竜燐もいつもより肌に浮いてみえる。纏う空気は尋常にあらず、魔力の扱いがやり難いこの空間においても、今の彼女ならば十分に力を発揮出来るだろう。


 それは即ち死である。答えは慎重に選ばなければならない。

 いそいそと浴衣を羽織り直して正座する。


「竜精公猊下、如何なさいましたか」

「願いが決まりましたの」


「左様ですか……して、如何なるものでしょう」

「うふふ」


 フィアレスがニンマリと笑う。それは友好一割を切るぐらいの、攻撃的な笑顔である。刀を指さしてから、身震いするようにして肌を抱く。正気度の無さがヴァーベリオン姉妹のようだ。


「刀ですね。僕の……いつもの、無銘です」

「どれだけ心へと刻もうとも、記憶と感触は時間を経て薄れて行くものですわ」


「ええ、特に悠久を生きる竜種ならば、まして些末なニンゲンの事など」

「そこでっ!!」


「ひえっ」

「ヨージさん。今ここで、わたくしの頸を斬ってくださいまし」


 フィアレスが嬉しそうに言う。極まったイカレ発言にヨージは停止、リーアもポカンとしたまま天井を見上げている。


「……――え?」

「……え?」


「フィア殿、その、あたまおかしいのですか?」

「生まれてこの方三十万余年、わたくしにそのような暴言を吐いたのはヨージさんのみですわ」


「いやあの、だって、クビですよ……痛いですよね?」


「そりゃあ多少痛いかもしれませんけど、クビを刎ねられたくらいで死にませんもの。というか痛くないと意味もありませんのよ」


「なんでッ!?」

「今しがた説明しましたでしょうッ」


 どのあたりが説明になっていたのかは不明だが、フィアレスは本気だ。議論は無意味、と判断したらしく、フィアレスの手が動く。


「うお、うおおおなんだこれぇッ」


「うふふ。普段はヨージさんの対魔法力が強すぎて出来ませんけれど、竜精ぐらいになりますとね、ニンゲンを糸人形の如く操るなんて真似は容易いものですのよ」


「我が神助けてッ」

「怪我するのはよーちゃんじゃないから良いんじゃない?」


「そんなっ!! フィア殿が死なないようにと願われたのは我が神でしょうっ」

「竜精が死んだりしないよ」


「そーですけどッ!! うおお刀が勝手に握られるッ!!」


 強制的に刀を構えさせられる。フィアレスは絶好調で大笑顔だ。クビを斬られた事を、何よりも悔しく、かつ何よりも愛しいものであるように語っていたのは当然知っているが、だからといって再現しろ、などと迫る馬鹿者が居るとは思いもしなかった。


「さ、斬ってくださいまし。わたくしの心は、あの時全て貴方に持って行かれてしまったのですもの。その責任を果たしてくださいな」


「そんな責任あってたまるかッ!! 抗うぞ、抗う、負けるかぁぁッ!!」


「普段より弱っておりますでしょ。最近は少し強すぎるな、とは思っていたので、これなら丁度、あの頃のヨージさんを再現出来ますわね。ああ、楽しみ、ささ、お早く。フィアレスのクビをサパッと払って、あの時の脳を突き抜けるような衝撃と快感をもう一度」


「とんだマゾヒストがいたものですよ……ッ!!」


 全力で抗う。だが他から神経を差し込まれたように身体が勝手に動き始めた。ぶるぶると震えて敵前に立つ姿は、まるで新兵ようである。まさかこの歳で子供に戻されるとは……などと思いを巡らせたが、そもそも敵を前に震えた事など殆どなかった。


「おらっしゃあッ!!」


「うあーッ」

「ぐべっ」

「あうんっ」


 そして更なる刺客が乱入、ドアは開いていた筈なのに、わざわざ隣の部屋から壁を突き破って何者かが現れた。エオである。


「はー、はー……見つけましたよヨージ!! 神妙にお縄について――なんで殺し合ってるんですかッ!?」


 エオの両手にはバールのようなものが握られており、ポケットから緑色のハーブとインクリボンがはみ出している。ああもう、などと言って浴衣の裾を上げると、中から四角クランクも落ちて来た。一体何があったらそんなものが必要になるのだ。


「エオ助けてッ!! イカレたマゾヒズムに付き合わされているのですッ!!」


「――……!! なるほど!! 人類など決して及ぶはずもなかった竜精であるのに、いちニンゲンにクビを落とされて以来その衝撃が心に染みついて離れなくなり、やがてその複雑な感情が本人の中で整理された結果愛と再定義されてしまい、クビを斬られる行為が自分にとって性行為以上の肉体的充足感を齎し、情念を再確認可能であるものだと判断するに至ってしまった為、ヨージさんに斬首を要求しているんですねッ!!」


「天才ッ!! 天才ッ!! すごい、エオ助けてッ!!」

「言語化するとそんなカンジになりますのねえ、この気持ち……」


「フィアさんッ」

「ええ、何かしら」

「伏せ」

「ぶげッ」


 エオ、容赦なく伏せを叩き込みフィアレスを地面とキスさせ、拳を握りしめて天を衝く。もう滅茶苦茶だ。


「ぬぅぅぅぅ、その伏せ、って、竜精にすら効きますの!?」


「大樹教徒及び大樹竜聖魔法ユグドラーニアを高度に行使する人物に入ります。たぶん三竜王以外確定ですッ」


 人類の操るあらゆる魔法より高度である。それはそれとしてフィアレスのクビは斬らずに済みそうだが……問題のエオはどうだろうか。


「エオ、エオは正気ですか」

「わかんないです。もしかしたらまだ効いてるかも」


「おっ」


 酔っぱらった奴に酔ったかどうか聞いた場合、高確率で酔ってないと答えるものである。自身に疑問を持てる時点で、エオはかなり客観性を有している事になるだろう。


「あれ、我が神、半裸ですね?」

「良いところだったんだけど、フィアちゃんが乱入してきたの」


「いきなり入って来てクビ斬ってくれっていうのは、流石にマナー違反だと思いますよ、フィアレスさん」


「そうなのかしら……ごめんなさい、わたくしったら、勢いあまって」


「そんなマナーあってたまりますか……一先ず、全員薬が抜けるまでの間、散りましょう。エオはお説教です」


「ああー……まあ仕方ないです、エオは少しダメでしたねー……はあ、疲れちゃいました。旅館の中が良くわかない仕組みだらけで」


「エオの能力下じゃなかったのですか……?」


「たぶんエオが咄嗟に参照した資料に、この旅館の元主人の自作ミステリーホラー小説が混じっていましたから、その所為ですね。そうなると、エオもそれに従うしかないのでー」


 そういって腰にぶら下げていた水筒から水を飲む。


「ぷあっ。はあ。ヨージもどうぞ」

「ああ、ほんと、疲れましたよ」


 何の気なしに受け取り、それを口に含んで飲み下す。飲み終わり、口を拭ったその時、ヨージの視界には、エオの片頬が吊り上がっていたのが、間違いなく見えたのだ。


「――……ッ!! な、そんな、馬鹿な……そんな迂闊な真似を……僕が?」

「くっ……くくくくっ……この近距離です……エオの能力下ですよ?」


「手品か、すり替えたか――エオ、貴女、盛りましたねんひぃッ」

「エオは大体の事が出来ますからねぇ、えへへ」


 世界が歪む。下腹部に熱が集まるのがわかった。思考が、あられもない方向へと向かって行く。己の視界に映るのは、自分好みの女が三人だ。どれも個性的で、奥深く味わい深そうで、喰っても喰っても減りそうにない。


「わざとああやって入ってきましたの?」


「幾ら多少の強制が出来るからと、相手はヨージですからね。意識の集中を散らして、不意をつかないと、なかなか……ま、かっちり決まりましたね」


「彼を出し抜くだなんて、賢過ぎて頭が下がる思いですわ。今後貴女様の立場が明文化されて、わたくしの上に付くような事があれば、間違いなく、わたくしはエオーナ姫派となりましょう」


「同時に政治も出来て偉すぎますね、エオ」

「エオちゃん」


「はい、我が神」

「よくやったねえ」


「わー、お褒めに与って光栄ですっ」


 などとわちゃわちゃ女どもが湧きたっている。皆が仲良しなのは良い事だ。行為中に争われては目も当てられない。萎える要素はない方が良い。


「――みんな」

「お、ヨージ、どうしま……した? うわ、目が……すわってるッ!!」


「いいよ」

「え、な、何がですか?」


「くれてやる……全員に。この館にいる女、全員に――くれてやる」

「わ、わあ……ありがとうございます……?」



「――覚悟しろ」

『ひえっ』



 そうして、彼女達が解放されたのは、それから五日経った昼頃であった。



 

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