龍血慕情1
『大英雄 青葉惟鷹 凱旋』
『青葉惟鷹 隕石粉砕 救国ノ英雄此処ニ在リ』
『逆賊雁道修理 青葉惟鷹ニ討タルル』
『新規則断念 旧来規則へ復帰』
『奸臣雁道家 国家反逆罪』
『赤城選王 逆臣討伐ニ貢献 石高増加検討』
『紫天上三位 衣笠真百合龍下 紫天上特位ヘ殿堂入』
『竜精フィアレス公 功績讃エ銅像建立 両国友好象徴』
『大医神シュプリーア 感謝感激ノ声 扶桑名誉大神 入信希望者多数』
『元宮番頭 古鷹在綱 隠居 古鷹当主代理ハ分家 加古那善海軍権中尉』
『え、ノードワルトのお姫様? 武神青葉が連れ立った女性の意外な真実』
『新ルール変更から外の世界は六日が経過 扶桑人体感は約五か月』
『雁道家にチラつくバルバロスの影』
『首都復旧予算目途立つ 全国から建設業者大挙』
『事件に埋もれた英雄――真の侍の素顔』
喫茶店で広げられた新聞やゴシップ誌には、報道規制が解かれてからというもの、真偽ともかくあらゆる情報が濁流のように流されていた。この手の事は慣れているので、間違っていてもいちいち突っ込まない。
随分長く感じたが、あれから外の世界では一週間経っていないのだ。外からしたら扶桑が急に危機に陥り、急に解決したように見えるだろう。
外の世界との時間の整合性を合わせる為に十全皇が頭を悩ませていたが、それも昨日無事施工終了した。そもそも扶桑時間では夏も間近の筈であったが、そのような季節変化を感じる事もなかったので、扶桑時間内の季節変化は元から緩やかに設定されていたと思われる。
本来ならばやっと春が近づいて来る頃だ。
「お花ちゃん、何か甘いものあります?」
「わたしお母さんじゃないです」
「あ、すみません。若い頃のお母さんにそっくりですね」
「わたしが一番そっくりだから店継げって言われて。高等学校行きたかったです」
「資金なら提供しますけど」
「……エルフのお姉さん、お幾つです? 制服着てますけど」
「あっ。しまったね。まあコスプレみたいなものなのですよ」
「エルフさんは年齢分からないんですよねー。でもそれ本当ですか?」
「お花ちゃんにお話しておいて。アオバさんがお金出してくれるって」
「わ、やった!! 甘いものだったらメニューの右から左まで好きなのどうぞッ」
当然。当然ながら、生身で出歩ける状態にはない。顔をひょっこり市内に出そうものなら、上下左右あらゆる場所からブン屋がやって来てアアダコウダとインタビューを始める。
聖モリアッドへの潜入捜査の為に与った女体化薬は、本当に役に立っている。仲間か親類でもない限り、見られて疑問に思われる事もない。
「はい、ぜんざい」
「まあコレが一番ですよ。あれ、お花ちゃん?」
「青葉様、性転換されたので?」
甘味を持って来たのは娘ではなく母、元看板娘のお花ちゃんだ。何事もなくすんなり青葉惟鷹であると受け入れてるあたり、やはり心の強さが違う。
少し皺は増えたが、年増の色気が得も言われぬな、という気持ちを内に仕舞う。
「魔法です。元の姿では出歩けないので」
「いやー、大変ね。にしても、ホントに有難う。隕石ぶっ壊したんだって?」
「手伝っただけなのですが、僕が壊した事になってますね」
「隕石に突っ込んで行く空間映像見たわよ?」
「まあ突っ込んたのは事実ですが……」
「ホントニンゲンじゃないのねぇ」
お花ちゃんがコロコロと笑う。しかしそうか、彼女と時鷹を引き合わせてから、もうそんなに経っているのかと、時間感覚の曖昧さに自身の種族差を垣間見る。
「随分顔を出さなかったけど、元気なの? というか何処にいたの?」
「諸事情で諸国まわっていました。自分に整理をつける為に帰国したのですが、こんな事に巻き込まれてしまって」
「ついたの?」
「つきました。全部。僕は、これで真っ新な一人の男です」
「――……そっか。ゆっくりしていって。あ、そうだ、娘に何か言った?」
「高等学校に通うなら資金提供しますと」
「あの子馬鹿なのよ……というか行けって言ったの私なのに」
「じゃあ何故あんなに喜んで……」
「小遣いくれるヒトが居たら喜ぶでしょ」
「教育ちょっと失敗しました?」
「言わないで頂戴」
「失礼……ふふっ」
「面白くないわよ。もう」
やだやだ、と言いながらお花ちゃんが下がって行く。ぜんざいを頬張りながら新聞とゴシップ誌を眺める美女学生という怪しい存在に視線を感じるが気にしない。
あれから二週間経っている。我が神とエオはフォラズへと戻り通常業務へ、フィアレスはしばらく扶桑観光をした後に、貴賓用の旅館で寛いでいる。そもそも任務が青葉惟鷹の監視であるようだから、遠くへ行くとしても短期間であるようだ。
赤城は所領へと戻り、混乱収束の為尽力中、菊理小龍閣下は文字通り血眼になって書類と睨めっこしているだろう。
神フレイヤはいったんフォラズで静かにして貰っている。彼女は任務が任務だけに、コチラの事情もあるので簡単には片付かない為だ。
「いらっしゃいませー」
「扶桑にも小洒落た店ぐらいはあるんだな。お、あいつかな?」
「ん?」
一人の男性が入店する。青黒い髪に赤い目。耳が長かった為エルフかと思ったが、雰囲気が異なる。神だ。そして扶桑の神ではない。優男風であり、あまり得意ではないタイプだ。
「お前が青葉惟鷹でいいのか? てか女だったっけ……? うおっ、すげぇ美人ッ」
「あー、魔法薬です。男ですよ」
「マジか……いやまあ俺は男でも女でも良いんだが。前座るぜ」
そういってどっかりと前の席に腰かけて何やら頼み始める。顔見知りではない筈だが、妙になれなれしい。
「お知り合いではありませんよね。どちらさまで」
「ん? ああ、うん。ロキだ」
「――どちらさまで?」
「あ、わかんねぇか。ユグドラーシルの竜達に、俺の事聞いてない?」
「御三竜王方には、この前謁見しましたが、貴方のことは何も」
「うわ、じゃあ名乗りからか……? 準備が悪いんだよな、あのヒト達」
そういって咳払いし、背筋を伸ばしてこちらを見つめて来る。随分顔の良い男だ。ほのかに遠くに女も見える。男性に少し寄った中性、といった顔立ちだ。
「大樹ロムロス管理用竜造神、ロキだ」
「うお……いきなりデカいのが来ましたね」
「うははっ。まあデカイっちゃそうだな。いやあ、完全に出遅れてな」
「あの時の扶桑には居ないのが正解でしたよ」
「全くだ。で、本来はお前と手合わせしたかったんだが――」
「しますか?」
「――やめとく。ダメだわ、殺されるなこれ」
「管理用竜造神、という事は……竜の方々がお造りになられた神なのですね」
出されたコーヒーを一気に飲み干し、ぜんざいをかき込んで嚥下する。見た目の割には随分豪快である。
「んま。おい女、もう一つ」
「三つくらい食べたら?」
「そりゃいい。三つくれ」
「はーい」
「なんだっけ? 竜造? そうそう。知ってるかどうかは知らんが、大樹ロムロスは封印名だ。元の名をリバースユグドラーシルという。俺はリバースユグドラーシル勢を混乱に陥れる為に造られ、その後の管理を任されてるワケだ。ま、数千年に一度くらいしか、顕現せんがな」
「御大層な工作員もいたものですね」
「だから俺の話は話半分に聞いた方が良い……ベッドの上ならもう少し正しい話もするが」
「うお……あの、僕男なので、そういう目で見られるの慣れてないのですよね」
「も、もったいねえ。女の身体になれるのに、女の悦びも知らねえのか」
「ほんと遠慮します……で、神ロキがどういったご用件で」
「え? いや、手合わせが出来ないなら、遊ぼうかなって」
「まだやる事も沢山ありますからねぇ」
「つまらん……例えば俺がいまからあの給仕を」
などと口走った瞬間、ヨージの小脇の空間が開き、刀が出現。一息で抜き去り、ロキの首筋に宛がう。
「速すぎるだろ……今の本気なら五回死んだか?」
「七回です」
「しかし刀抜いたんだ、何されても文句言えないぜ」
「いいですよ」
「……――わかった。悪かったよ。迂闊はまさに俺だ」
お手上げ、といった様子で肩をすくめる。殺気こそないが、殺気無くヒトを殺す者を何人も見て来た。遊び半分でヒトを殺すようならば、扶桑から退去願う他無い。
しかしどうにも、この男は底が見えない。弱くはないのだろうが、強くも見えない。竜が造ったというからには頑丈であろうが……正直、やり合いたくはない。
「空間魔法か。得意技かよ?」
「いえ。元は数法分維持が限界だったのですが、色々ありましてね」
「まあ、なんだ。扶桑観光してるから、暇なら声かけてくれよ」
「僕が貴方に対して用事を作る事もないとは思いますが」
「俺は地球胎内接続者だ」
ジッと目線が絞られる。その言葉がどれほど重たいか、今のヨージならば理解出来る。
地球胎内。この星の概念的内核部。つまり、この世界に住まう人類の記憶に、直接手を加えられる人物、という事になる。これが出来るのは、ヨージが知る限りで十全皇だけだ。
「興味あるか?」
「十全皇以外にも居るのですね」
「事情があってな。詳しい話が聞きたいなら、語ってやっても良い。ベッドの上だが」
「じゃあ用事ないですね……」
「残念過ぎる。お前ほんと……いやマジで可愛いな……」
「うおお……ほんと、やめてください」
「んはははっ!! 今日は顔見せだ。語った通り、俺は基本的に竜の思惑で動く木偶でしかない。詳しい話をするのも、それが必要だからそうしているだけだ。青葉惟鷹」
「……」
「お前はもう、ただのヒトじゃない。リュウでもない。カミでもない。竜のお三方とユーヴィルは、気がかりで仕方がないんだよ。ああ、エオーナ姫だが、さっさと子供こさえてやれよ」
「こっちにも事情はあるのですよ、まったく」
「じゃあな」
そういって神ロキが店を後にする。テーブルの上には金貨が五枚乗っていた。コーヒーとぜんざい四杯で金貨五枚は払い過ぎである。
「はい、ぜんざい三つ。あれ、さっきのお客は?」
「お金だけ置いて行っちゃいましたよ。他のお客さんに振舞ってください」
「あら……え、ノードワルト金貨? 五枚も!? ヒトでも買っていったの?」
「ぜんざいですね。僕もおあいそです。ごちそうさま。また来ます」
「墓参り行ったら、時鷹くんに宜しく言っておいてね」
「ええ」
新聞類を棚に片付けて外へと出る。表通りに出ると、大量の獣車と馬車が資材を運び込む為の渋滞を作っていた。
……雁道の落石攻撃、統春の熱線攻撃、浄化機構の襲撃によって、家屋は七千棟が全壊、町役場、公民館、その他公共施設も複数全焼。被害と家主の年収に応じて補助金がかなり出る為、今の実京はまさに建設ラッシュとなっていた。他の国家では考えられないスピード対応だろうが、これは扶桑ならではだろう。
死者は五千を数えたが、うち二千を我が神が、浄化機構が原因での死かつ遺体があった者に関しては、十全皇により千人が蘇生という措置を取られた。もちろん『治癒された』為生き永らえた、という理屈がついている。
他二千余名の死者。これはもはや手の施しようもなく、跡形も無く消えた者だ。今回の事件で、雁道側の死者を数えない場合の実数がそれである。
ちなみに雁道が上洛の為に落とした都市での被害者は多数いたが、死者が居ない。
地方の宗教専門新聞の見出しをチラリとみる。
『真なる救いの神 大聖医神シュプリーアの奇跡』
既にどうしようもない。なのでヨージは見えないフリをした。
「おう、これ削ってみろ」
「へい」
「んん、出来るじゃねえか」
「前のルールの時、技術にスキル振ったじゃないですか。全部なくなるものかと思ってたんですけど、勘は残ってたみたいで」
「おう、なら仕事任せられるな。そっちの片っ端から鉋かけとけい」
「へいっ」
十全皇の(ある程度自己責任故)尽力によって扶桑の整理が進んでいる中、残ったものが幾つかある。それがスキルだ。全てではないものの、例えば今の大工のように、大工仕事のコツはそのまま引き継がれていたりする。
エオに関してはもはや失われた筈のルーン魔術が平然と扱えるようになっていた。
我が神も『護身用の魔法も作る』と意気込んでいる。
ヨージは、風神明道流と白雷剣術が混ざり合った結果、差がなくなり、単純に威力が上昇した攻撃が放てるようになってしまっていた。また空間魔法が安易になり、刀程度ならば負荷無く仕舞っておける。
通常、この魔法は身体を欠損する代償を払うものなのだが……出来る事が増えて悪い事は無い、として余計なツッコミを十全皇に入れないでいる。
「ご苦労様です」
「女学生か。どちらの貴族の御息女か」
「……」
「あっ……失礼。お通り下さい」
古鷹佐京が吹っ飛ばした貴人門は再建途中だ。門番にニッコリ微笑み通して貰う。
向かう先は……議題所である。
「やはり、バルバロスが手を回しておったか」
「十全皇陛下、小龍閣下、青葉惟鷹侍王閣下から直接言質をいただいております。雁道家の聞き取りは続いておりますが、今回は急進派による策謀であったものかと」
「しかし……かなり迫られたな。青葉王がおらなんだら、終わっておったぞ」
「赤城選王、この度は誠に、ご苦労をかけましたな」
「状況は特殊でありましたからなぁ。ご老人方ではどうしようもありますまい。動ける若い者が動いただけの話に。なあ、青葉君……うわ青葉君女の子になってる」
「外を回る性質上、通常の顔では居られませんで。皆さんご容赦を」
議題所の薄暗い室内に樹石結晶の光が怪しく光る。議題所に集まった老人達の数は通常の半分程度だ。他は雁道によって所領を荒らされた者、蕃邸を焼かれた者、民衆への奉仕活動など、様々な理由で欠席している。
そんな中、一人震える老人がいた。鳳公だ。
鳳傘抜守時勝。公家であり、議題所では最高齢の八百歳を数える。扶桑が今の形になった七百年前の戦争以前からの生き残りであり、見た目こそ若いが、普段の雰囲気は老獪だ。
が、そんな男も今は縮こまる他無い。『オマエは絶対に出席しろ』と言われているからだ。
その意味を理解しているのだろう。
「十全皇陛下、おなり」
全員が座礼し、陛下を迎え入れる。真白な振袖に、美しく飾られた髪、珍しく紅まで引いている。随分めかし込んでいた。
「面上げ。皆さん、ご足労感謝いたしますわ。お忙しいのに、惟鷹様までいらっしゃって」
「まあこんな……いえ、このような場にまで召し上げて頂き、感謝の極みにございます」
「おほほ……」
十全皇が座る。全員が面を上げた。進行役の龍宮省大臣である久久の手元が震えているのが解る。通常、議題所は小龍閣下に任せきりであり、主支配体が顔を出すものではない。今回が初めての顔見せである。
主支配体02号。元ゼロツー。一緒に戦っていた時とは、やはり雰囲気が異なる。
「陛下より、お言葉が御座います。皆さま、しかとご拝聴ください」
緊張が走る。皆も主支配体が入れ替わった事実を知ってはいるが、それがどんな性格であるかまでは把握していない。分身によって性格が異なる事は周知の事実であるからして……主支配体の性格が、以前の性格と違い、厳しいものであったならば、彼等にとって受難の始まりだからだ。
「本日より、準支配体七体の稼働が始まりますわ。これでより扶桑の統治は滑らかなものとなるでしょう。領主現場レベルでの判断が叶わない場合、問い合わせはそちらへとお願いいたします」
主支配体配下の準支配体の再設置。これによって政治的、魔術的な防護が、扶桑各地で強固になる事を意味している。
「雁道上洛によって被害を受けた蕃に関する補填、補助の数字は久久に預けましたから、後程資料を受け取り、滞りなく、流れるようなご対応を」
雁道による被害に対する公的な支援策の提示。また、中央人材の再配置も載っているだろう。
「雁道北東蕃に関しまして。雁道北東蕃は所領没収。雁道家二親等までの一族を打ち首。没収した所領に関しましては、暫くの間、皇地とし、中央から派遣する役人が運営いたします。これに対して、皆さまは何かご意見がございますかしら」
一同沈黙。何一つ意見はない。むしろこれだけの事をしでかした上で、一族郎党でなかったのは運が良いとまで言える。
次の話に移るかと思ったところで、一人の男が手を上げた。鳳だ。
「はい、鳳」
「い、いささか……厳しい処罰ではないかと、存じます」
「具体的に」
「上洛自体は……法によって定められたもので、あります。これは、陛下御自らが、制定された、上洛諸法度に、上洛の正当性が、ございます」
「上洛行為自体に問題はございません。ただし上洛にも作法がございますの。それを、いったい幾つ犯したか、鳳はご存じですかしら。また、彼が操った女であるところの統春による大樹直接攻撃は、国家存亡の危機を齎しましたわ。これで、二親等までの打ち首で済ませておりますのよ」
「し、しかし。その、雁道修理は……陛下が匿っておられた……狼竜王ハティに、乗っ取られていたのでは、という、お話が、ございます。その影響は、加味すべきかと、存じます」
「直接対話いたしましたのよ」
「あ、え、は、はい」
「残念ながら、ハティは目覚めておりませんでした。貴方様の情報網がどれほどの精度かは存じ上げませんけれど、ハズレですわよ。ハティは、目覚めなかった」
「くぅ……」
「鳳。貴方様には、雁道への支援とバルバロス内通の嫌疑がかかっております。というか、もう全部調べ終えましたので、隠しようもございませんけれど。何か申し開きはございますかしら」
「鳳公ッ!! 貴様ッ!!」
「いったい何を考えておられるか、鳳ッ!!」
喧々諤々、議題所が騒がしくなる。ふと十全皇に視線を向けると、彼女はにっこり微笑んだ。それは、ゼロツーの面影がしっかりと残った、柔らかい表情だ。思わず笑みを返す。
「鳳」
「……はっ」
「切腹を許します」
そういうと、奥の襖がピシャリと開く。部屋の中央には敷物され、三方が置かれ、その上には短刀が煌めいていた。しかし、介錯人がいない。
「介錯は無しとします。その痛みで償いとし、鳳家に対する追加の処罰は控えましょう」
「――この世は、これで良いのだろうか。十全皇」
「ふむ。続けてくださいまし」
「リュウが、世界を支配し続ける。そこにいるニンゲンは、その掌で踊り続けるだけの人形にすぎない。たった数匹の竜が、数億人の人類を、下に敷き続けている現実を、誰も疑問に思わないように、されているのだ」
「ああ、随分と聞き飽きた文言ですこと。ではリュウ以上の統治を是非ご提示してくださいまし。残念ながら、それは出来ませんわよね。過去の人類の統治が、一度だってリュウの統治を上回った試しがございませんもの。八百歳の子供が、随分知った口を効きますのね」
「荒れようとも、死のうとも、くたびれようとも、ヒトがヒトを統治してこその、政治であると、私は思う。人外に、全部預けて、自分達の手では何もしない、何も出来ない、何も作れない……ヒトは、リュウの駒だ。盤上で指二つで動かされているだけの、駒」
「論外に。誰に脳を弄られた事やら。鳳。ヒトはまず生きねばなりません。ヒトの統治が、それすら奪い続けて来た。継続的で効率的な政治など、ヒトには不可能ですのよ」
「それでも……我々は、お前等も……お前も、お前もお前もッ!! 全部、十全の慰みの道具でしかないッ!! ヒトの意思はどこにも介在しないッ!! 世界は――」
「さようなら」
鳳を包むように結界が張られる。その中で、鳳が爆ぜた。筋肉から骨に至るまで、全てが爆散し、結界内に飛び散る。それは空間の隙間の中へと吸い込まれて消えていった。
鳳の言いたい事自体は解る。が、ヒトが統治の全てをその手に収めた結果、今よりも政治が悪化してしまったら、誰も幸せにはならない。
例えそうであっても構わないというのは、理想家の頭の中の話であり、現実問題として、底辺に置かれ、明日を生きる為の糧すら得られない生活を強要され、絶え間ない戦争に駆り出され、疫病に侵され続けても『それでいい』『それこそがニンゲンだ』などと言い始めた日には、その政治家は倒され、また混沌がやって来るだろう。より悪い形でだ。
探れば一理あるかもしれないが、それが限界、妄言の類だ。
「切腹を否定されましたので、魚の餌となります。皆さまご了承くださいまし。鳳家に関しましては、当主は国家反逆罪として処分。追加の処罰は無いものとします。久久、鳳に、即時後継を立てるよう通達を」
「はっ、仰せのままに」
貴人に対する最低限であったが、それが反故されたならば何も言う事はない。そも、鳳の処理は既定路線であっただろう。鳳家の探りは自分も入れたから、理解している。
バルバロスと通じた時点で全て終わりだ。
「さて、逆賊も始末いたしましたから、朕はこれにて。皆さま、滞りのない政治を心がけてくださいまし……ああ、以前の支配体07号からの変化を不安に感じていた方々もいらっしゃいますでしょうが、ご安心なすって。裏切らない限り、朕は貴方様方の、お味方ですわ」
そういって、ヨージにウィンクしてからその場を去る。皆の緊張が一瞬で弛緩した。
「鳳……歳喰って耄碌したか」
「主張がねえ、バルバロス二世と同じなんだよ」
「その主張でどうにかなるなら、他の国で成立してるだろうが……」
「危険の少ない国に産まれ、危険のない立場に収まり、危険のない場所から国家国民に苦労を強要する。どうしてあのようなバケモノが産まれるのか、ほとほと疑問だぞ」
逆臣が出たという割には、皆落ち着いている。鳳の普段の言動の賜物だろう。彼がこの中でも頭一つ抜けた階級におり、大言を放っていた事実がある。五月蠅く思われていたのだ。
うるさいだけならまだしも、不敬が目立った。まして口ばかりで自分から表に出ない辺り、現場主義の蕃主が多い中では、煙たい以外にない。
「……青葉王。拙者、武行荒鷲蕃蕃主、荒鷲黄堂守洞立に」
「これはどうも。青葉惟鷹です。暫定ではありますが、執政侍王を授かりました」
「首都攻防戦においては獅子奮迅のご活躍でありましたな。拙者も空間映像を拝見しておりました。ヒトは……隕石を破壊出来るものなのだと知り、驚いております」
「い、色々ありましてね」
武行荒鷲といえば、人間族主体の一族であり、古鷹に次ぐ武芸の家柄だ。天地艱難流という流派を柱としており、剣術と魔法が主体の風神明道流とは異なり、ニンゲンが厳しい状況で如何に生き残るかを主体とした、サバイバル戦術を得意とする。
「此度の事件に関します資料を拝見いたしましたが……」
「何か疑問でも。お答え出来る範囲にお答えしますが」
「ルール変更に関した問題です。どうにも納得できない部分が……」
「あー」
それは、恐らくこの場にいる蕃主全員の疑問である。荒鷲が質問すると、全員の視線がこちらへと集まった。誰がどうしてどうなった、までは説明されているだろうが、何故こうなった、という話はなかった。
「……陛下は常々、国家国民の弱体化を懸念されておいででした」
「むっ。まさしく。臣民が数百年前よりも、生きる力を失っている事実は、この天地艱難流も懸念しておるところでした」
「扶桑が危機に瀕した際、どれほど抵抗出来るか、というものは、陛下におかれましても、推測が難しい部分でありました。しかし皆さまご存じの通り、扶桑人自体は、かなり秩序だった行動をし、雁道が現れない限りは高水準の生存を実現していました」
「なるほど……」
「雁道に関してはイレギュラーこそ多かったものの、赤城選王含め我々精鋭が対処しました。それ等全てを加味し、陛下は魔法のレベルを一段階引き上げる事を提唱、現在は『恒常法第2番』というルールに再設定されています」
「調整も兼ねられていたのですな……確かに、問題は実際当たってみない限り、対処が難しい」
「外のルールとの兼ね合いをしている『恒常法』でありますから、身体の強度などは今まで通りです。ただ、もう少し考えてやって行きましょう、という事で……特に魔法関連省庁、魔法関連企業、それに我々武芸者は、更なる努力が必要となります……皆さまは、彼女……十全皇陛下を、どのように感じておられるかは、存じ上げませんが……」
「……――」
「ちょっと、甘っちょろいかもしれませんが、驚くほど善人です。皆さまの意図も、良く汲み上げてくださいますでしょう。疑問疑念等は全て質問として分身にぶつけ解決せよ、というお達しが出ておりますから、皆さまも気兼ねなく、問題を解決し円滑に運営する為に、十全皇陛下を使う、ぐらいの気持ちで結構、だそうです」
という事にしてある。『なんでルール変えて事件複雑化させたんだよ』という単純な疑問に対する、政治家の皆様へのアンサーである。勿論疑問自体は無くならないだろうが、現十全皇が寛容であり、政治に対して積極的であり、努力を惜しまない姿勢を見せるには十分だ。
「荒鷲殿?」
「はっ。畏まってござる。拙者の拙い質問にお答えいただき、感謝します」
「いえ。しかし何より雁道の後ろに控えた奴等が兎に角問題でした。扶桑はこれより、準戦争状態となります。各々がた、努々彼奴等の動向には、お気をつけて」
全員がヨージに対して座礼する。執政侍王というのは、どうやらそういう立場であるようだ。名前が残っているだけの役職である為、誰も正式な対応は知らないが、陛下の婿である限りは、彼等が上げる頭もない。
自分はどうあっても、剣技以外はナンバー2か3アタリが順当なニンゲンである。今ならば、巨人族の長、クィリランタの気持ちが理解出来た。
議題所に復帰した兼仲理人へ視線を向ける。彼はニヤリと笑って腕組みをした。
「久久殿」
「はい。ではこれにて臨時議題を閉幕します。仔細については各々の担当までお問合せください。大扶桑弥栄あれ」
『大扶桑弥栄あれ』
各人が散り始める。やはり、かなり神経を使う場所だ。本来ならばもっと早く席を用意されていた立場であるが、反抗してあの通りであるから、ツケが回って来たとも言える。
胡坐を組み、肘をついて全景を眺める。あれだけ嫌っていた権力者側に来てしまった。元より、反体制でも、反国家でも、反権力でもない、秩序を維持出来れば良いという無難な思想の持主ではあるが、いざ高座に座らされると、居心地の悪さが勝つ。
暫定であっても、議題所の席順は三番目。小龍閣下(不在)の正面である。日々自治領の統治から中央政治の諸問題に対して頭を悩ませている諸侯の事を考えると、新参者で若者(エルフ基準)で、いうなればポッと出で、婚約破棄した裏切り者である自分であるからして……この辺りのバランス感覚を失わないよう、気を付けねばならない。
あくまで龍の代弁者だ。私権を振りかざしてはならない。強く否定してもならない。上の方の中間管理職である。
(……それはいつもそうだな)
自身の人生を振り返り、なるほどそういう命運であるのだな、と変に納得した。
「青葉君。上手く躱すね」
「躱すのが仕事みたいなところありますね、実際」
「……元支配体07号は?」
「北東方面管理分身という役職を与えられ、そちらの御殿に」
「納得しているかな」
「さあ。ただ、僕が一番長く接した分身ですからね。近く挨拶へ」
「……優しくしてあげて欲しいな」
「厳しくする理由もありません。僕は、全部、理解しましたから」
赤城が長い睫毛を瞬かせる。それから優しく微笑んだ。しかし、いつ見ても美しい男だ。本当に男なんだろうか、というのは軍大学校時代に何度も考えた。エルフというのは中性的な見た目の者が多いので、よくある話ではあるが。
「ああ、そうだ。青葉君、ひとつお知らせがあるよ」
「ふむ。なんでしょう」
「拙生は君の親類になる可能性が高い」
「――……」
「……?」
「――…………」
「青葉君?」
「――……――――…………えぇぇッ!?」
事態が飲み込めず、ヨージは隠れ家の一つでくねくねしていた。時鷹と過ごした家屋は、金を払って維持をしていた為問題なく機能を果たしているが、それはともかく、居間に腰かけたヨージはそのまま横たわり、くねくねしていた。
「おお? おん? おっ? 宗達殿が? え? お?」
転がる。
「マジ? え? ほんと? どゆいみ? 惟鷹わかんない……」
回る。
「いや……え? いや……いやいやいやっ!! 嫌じゃないがッ!! そうかっ!!」
跳ね上がる。
「ごふっ……息苦し……え? ええ? 宗達殿が? ま……――まゆりとぉ?」
非ニンゲン的な勢いで立ち上がり、天井に頭をぶつけ、落ちて、倒れる。
ヨージは壊れていた。
『は?』
『喜んでくれ。拙生はまゆり殿と婚約を結んだぞ』
『は?』
『うわ……青葉君の驚愕顔って初めて見たかもしれないね……』
『は?』
『え、それ、嫌なのかい?』
『嫌が嫌とか嫌じゃないが嫌とかいう問題です?』
『あ、ダメだねこれ。後日二人で伺うよ。それまでに平静になって貰いたいが』
『おん? お? は?』
「は?」
転がる。
「――マジ?」
翻る。
「――……し、幸せ?」
縦になる。
「幸せ……になって……ほしい……」
横に浮く。
「あ、安泰だ……あの子が……赤城の者に……それに、赤城だぞ。僕は少なくとも、あれより良い男は、時鷹しか知らないな……」
座る。顔を手で覆う。
「う、おおぉ……おおう……うっ……ぐずっ……まゆり……そっか……」
泣く。もうワケが解らなかった。
「ああそうか……これが幸福なのか……僕知らなかったな……嬉しいと、こんな滅茶苦茶になる、もんなのか……そっか……まゆり……良かった……よかったよ――」
戸が叩かれる音が聞こえ、信じられない速度で立ち上がったヨージはそのまま廊下を突っ切り、突っ込み戸を破壊した。
「ぶあふばふべ……あがっべぶばばい」
「あ、青葉君ッ!?」
「兄様ッ?」
自分の感情に理解が及ばない。嬉しいのは間違いなかった。ただ、それを受け入れるだけの土壌が、ヨージには存在していなかったのである。廊下ですっ転びながら這いながら居間へと二人を案内し、震える手でお茶を注いだ。お茶として注いだものが一升瓶から注がれたものである以外は問題ない。
「兄様、これお酒……」
「ぶばばび……あぐ、ひぐひぐっ」
「うおお……これが大英雄の姿か……? というか女の子のままだし……」
「らっへ、ぐひっ、ううぅぅ……」
「これ感情も女の子に引っ張られていません……?」
「うーむ参ったな……また後日……にしようか?」
「いえ、大丈夫です」
「うわあ急に落ち着かないでくれたまえよっ」
自身の顔面に拳を入れて立ち上がり、非ニンゲン的な動作で座布団に正座する。
「まず、どういった経緯で二人が結ばれたのかを聞きたいですね。相性は悪くなさそうだな、などとは義兄ながら思っていましたが」
「精神不安定な暴力装置はちょっとコワイな……まあなんだ、ある種妥協の産物だよ」
「つまり赤城殿は死にたい、という意味ですね」
「ま、まち、待ってくれ。刀から手を放してくれ」
「あ?」
「兄様、落ち着いてください」
「はい」
「つまりですね」
今回の事件で二人は意気投合した。
赤城は良い歳であるし、若者が少ない赤城の家はなるべく早めに後継候補を作って行きたい。
真百合は衣笠の後継であるが、女であるし、当主として立つには風当たりが強い。両親は時鷹を喪ったショックが大きく、改めて子を設けるという気持ちはかなり薄い。惟鷹への想いが無いどころか、在り余りはするが、このまま居ても事態は好転しない。
そんな二人がお話合いをした結果、だという。
「愛が……ない」
「お家同士の結婚は大体そうだろう……愛など時間が育むよ」
「まゆりもそれは同意です」
「しかし、まゆり殿から口にするとは思わなかったがね」
「合理的判断です。それに、まゆりは宗達様が嫌いじゃありませんもの」
「ふーむなるほど……正直、まゆりが良いなら何でも良い、というのが僕の回答ではあります。しかし、十全皇はなんと?」
「おめでとう、お好きになさって、と」
それは大体言葉通りの意味で、おめでたいし、好きにしなさい、という裏のない言葉だ。経験者であるヨージが感じるのであるから間違いない。
「とはいえ、まゆりは兄様の子も欲しいです」
「宗達殿。君の嫁はそれで良いのだろうか……」
「拙生は別段と。ああそうだ、今まで伏せていたのだが」
「なにか? 宗達殿の秘密って気になりますね」
「拙生は女だよ」
「ふーんそうなんですねぇ……――――み゛?」
ヨージ・衣笠、停止。赤城に視線を固定したまま動かなくなった。思考回路が動いていない。脳への血流が著しく落ちている。心臓は停止一歩手前だ。それから二法分。カクカクと傀儡めいた動きを見せた後、更なる疑問がわき上がり、頭を三回回転させ、逆に回し、小首を捻り、顎を外した。
「ひでででで」
「本当に顎を外す奴がいるかね……ほらっ」
「がごっ……いでで……ふう。いやあ、ふふ、うん? 宗達殿、ふふっ」
「ダイジョブじゃなさそうだなあこれ……」
「貴殿は赤城家当主であらせられる」
「まあね」
「選王を戴き、若輩のエルフの中でも頭一つ抜きんでた……男児だ」
「形式上はね」
「……あの、僕の、同期ですよね? 軍大学校の? 一緒に沢山訓練しましたよね? なんだったらその、女遊びも」
「拙生はあまり性別に拘りがないからなあ……」
「……――まゆり」
「はい」
「あの、僕はですね、彼の同期なのです。あの男くさい空間で、数年間、汗水たらし……あれ……でも……確かに……君のシャワーシーンは記憶にないですね……お手洗いだっていつの間にか済ませていましたし……時折、何故か一人で抜け出して、洗濯をしていた気もしますね……」
「凄く気を遣ったよ。男の園で女一人だからねえ」
「え? 僕が気が付かなかった? そんな事あります? 僕ですよ?」
「君は自分をどう認識しているんだい……」
「ああでも……こいつ、顔良いし、可愛いなって思った事も、無い事もないですが……そっか、間違ってなかったのですね、僕」
「あ、そういうカンジで観られていた時期があったのか……なんか勿体なかったな」
ちょっと男にしては華奢すぎるな、とか。髪をかき上げる姿が、男のそれじゃないな、とか。
いいや、男が男にそんな気持ちを抱くなんて間違っていると、なんだかとっても不思議な心が喧嘩していたのを、ほのかに覚えている。正直忙しすぎてそんなものを意識している暇もなかったので、深く考える事もなかったが。
……――え、それが、誰と結婚だって?
「え、いや、マッテクダサイ。つまり、二人は、女の子ですよね」
「左様」
「ええ」
「……いや……それでその……子供は?」
「そこも含めて十全皇にご相談申し上げたのさ」
「今回の事件収束に対する報酬の一部、という事で、特別ながら」
「改めて凄いですね、我が龍」
「本当にね」
確かに、十全皇の手にかかれば性別などアレが付いているか居ないかの違いでしかない。普段ならば絶対にやらないだろうが、青葉惟鷹に関わる二人であるからして、特別待遇を賜ったところで不思議もない。
…………――。
「宜しいです。解りました。式はいつ頃を予定していますか」
「君の精神が安定した頃にもう一度伺おうか」
「いえ。僕は正気ですよ。了解しました。本当に――おめでとう。幸せになって欲しい」
家、一族、血、力、死――あらゆるしがらみが、ヨージを取り巻き、雁字搦めにしていた。振りほどけない程強固な鉄条網は、しかし、全て無理やり引き剥がし、取り去られたのである。状況としては意外なれど、これを喜べない程、狂ってはいない。
自分がどんな顔をしているのか、自覚は出来ない。ただ、二人は驚いたような顔をしたあと、静かに頭を下げていた。
「あらゆる災難は、僕が防ぎましょう。ええもう、邪魔する奴がいたなら僕が」
「青葉君、青葉君」
「冗談です。お二人は強いですから、問題無いでしょう」
「兄様。兄様との子供は?」
「……それ要りますか?」
「まゆりは欲しいです」
「宗達殿?」
「我が子のように育てる準備がある。そうだ。拙生とまゆり殿の子は拙生が。君とまゆり殿の子はまゆり殿が」
「歪み過ぎですよ……いやそうか、そうですね出来ますものね」
「遠くなく判断してくれたまえよ。拙生は――君の子も欲しいからね」
ああそうかと、なんだか酷く納得してしまった。赤城宗達の好意が、どこからやって来るものであるか、少し疑問であったからだ。学友としての好意は勿論受け取っていたが、それ以外の、何かどこか、張り付くような気持ちを感じる事は何度もあった。
ただ今は、少し、さっぱりしている。
「……自分で言うのも何ですが、僕だいぶ順番待ちらしくて。ちょいと待ってもらえます?」
「そこは当然承知しているよ。流石に彼女の順番を飛ばせないからね」
「ああそれで、兄様」
「はい?」
「言伝を預かっています」
「どちらの、何のでしょう」
「一週間後、指定の旅館にて、事件収束の祝賀会を催すと。ああ、男性の姿でお願いします」
そういってメモ紙を渡される。魔動力路面車で山側終点まで行き、そこから獣車で一法刻……かなりの山奥だ。正直ポータルで飛ばして欲しい。
「ほーん、それは良いですね。解りました」
「では、宗達様」
「うん。青葉君、また後日」
「はい。お疲れさまでした。気をつけて帰ってください」
二人が去って行く。やって来た現実に、ヨージは肩が軽くなったような気がして、微笑みながら小さく溜息を吐いた。
しかし祝賀会とは。何も聞いていないし、一週間後というのは随分と急だ。それにまだ皆が忙しい時期であるし、国による被害者の合同葬儀も控えている。やたら山奥に指定されているのは、あれそれと噂を立てられない為だろうか。
とはいえ、戦争や災害が個々人の楽しみや栄誉を阻害して良い事もない。自分達が出来る限りを賭けて挑み、扶桑を守ったのは変えようのない事実である。
(ふぅむ……まあ一杯引っかけて、落ち着いたら仕事かな)
そしてヨージは当日に思い知る。
何故真百合が『ああそれで』という、謎の言い回しをしたのか。
その言葉が、どこにかかった言葉であったのかを、だ。
……――どうしてこんなことに。
「はあ……はあ……ふぅ……」
浴衣の紐を締め直し、周囲を魔力探知。少なくとも半径三十大バームに魔力を含む生命体は居ない。とはいえ、ここは魔力が抑えられているので、どうにも距離感が測り難い。油断せず呼吸を整え、やり過ごす手段を考える。
旅館自体はかなり大きく、隠れる場所はかなりある。だが旅館の外にはヨージですら突破困難な結界が張り巡らされており、生半可な力では破れない。『真願・白雷鏖刃』を用いれば破れるかもしれないが、刀無しで発動した場合のリスクはかなりある。
(刀は、間違いなく待ち伏せられているな。身包みも……)
部屋には戻れまい。別の得物が必要だ。しかし、この思考も読まれているだろう。相手は賢い。
(……おかしい。ここはさっき来た場所である筈だ。何故通路が塞がっている?)
音を立てないよう歩き、活路を見出している最中、奇妙な感覚が襲う。どうにも、自分のマッピング能力をあざ笑われているような気がしてならないのだ。道を誤れば死ぬ。そんな当たり前の話を、今更痛感しなければならないような頭ではない筈だ。
(くそ、館自体が変化してるのか……ッ)
気が付いた時には、十字路が出来上がり、知らない方面へと廊下が伸びている。
「ここは、檻だ」
思わず口に出す。瞬間、魔力感知。口を覆っても遅い。
(魔力での探知が難しいからと、音声探知に特化してきたか……ッ)
「ヨージぃ……どこですか? そんなに逃げなくても良いじゃないですかぁ」
見知った女の子の声がする。どこか甘く、興奮した声色だ。いったい食事に何を盛られたのか、考えると泣けてくる。
「絶対この辺りなんですよねー。フィアレスさんは右、我が神は左」
「ええ」
「ん」
「あはははっ、逃がしませんからねぇ」
ゆっくり身体を壁から乗り出し、様子を伺う。彼女は……エオは、滅茶苦茶面白そうに笑い、浴衣から北半球をはみ出しながら小走りしている。また成長したのだ。デカすぎる。それもそうだ、親があのユーヴィルなのであるから。
(でっけ……いや、どうしてこんなことに……)
事の起こりは、今から二法刻前にまで遡る。




