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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
320/326

日鎮める国7



「ここは危ない。三本先の通りから地下に降りられます。そこへ」

「しかし家財が……」


「静かに……見えますか」

「で、でけぇ蜘蛛だ……」


「逃げて下さい。自分が倒します」

「わ、わかったよ……」


 家から離れる事を躊躇うヒトや、家族の安否を心配するヒト。自分も、自分の畑が気になって、緊急事態になっても動かない可能性は十分にある。想像出来るだけ辛いものの、先ほどの熱線によって街には火の手が上がっており、異常な暑さが目立つ。


 何よりも、あの正体不明な生物。アオバコレタカの指示によって住人の避難を先導していたが、強力な個体の襲撃に遭い、シュプリーアと真百合、二人と逸れてしまっていた。勿論地下へ行けば会えるだろうが、今は避難の遅れた住人を放置も出来ない。


 幸田山為は額を拭いながら扶桑雅悦を仰ぐ。


 あれだけ猥雑ながらも活気があり、文明というもののカタチをはっきりと伝えていた実京の街並みが、粉々に砕かれている。雁道本人による無法、雁道兵の狼藉、熱線攻撃、蜘蛛の襲撃、あらゆる破壊が起きてしまった結果だ。


「誰か、誰かいないかッ!! 俺は他へ行くッ!! 声が聞こえたなら、地下へッ!!」


 自分がここに居るのは、赤城王に無理を言ったからだ。皆を避難誘導する次いでにこの場を離れろと言われたが、否定した。


 赤城王は二つ頷き、それを了承してくれた。


「俺がやらなきゃならない」


 自分は、責任を取らなければならない。


 大勢に関わる人々からすれば、自分なんていうのはちっぽけな元農民でしかない。彼等は日々、ヒトが大勢死ぬやら、大きな破壊が訪れるやら、他の国が攻めて来るやらといった、一般臣民では遭遇し得ない苦悩と苦痛を抱えて、前線に立っている。


 そんな人々からすれば、自分なんていうのは、ただ暴力を振るえるだけのイチニンゲンである。


 しかし自分は関わってしまった。あの時、侍になりたいなどという、分不相応な望みを叶えてしまったが故に、この国の傾きに加担してしまったのだ。


 個人で関わるにはあまりにも巨大すぎる。今更イチ農民が啖呵を切ったところで、彼等からすればつまらない、なんてことの無い個人の決断であるかもしれない。


 それでも。


 こうなってしまったからには、最後まで戦うしかない。


 ……家族は無事だろうか。裏切ったとバレて、捕らえられてなどいないだろうか。

 だがもうどうにもならない。


(おれはここで死ぬ)


 胸に埋め込まれた輝石が、肉の奥底で脈動しているのを感じる。自分はもう長くないのだ。長くない命を、有益に使うならば、戦って果てるのがもっとも効率が良い。


(侍は、ヒトを守る為に居るんだ)


 そう"願い"そう"成った"のならば、殉ぜねばならない。何もないところから実はならない。全ては、自分の願いに端を発し、終へと向かうのである。


「うわ、うわあぁぁぁぁッッッ」

「くそ……ッ」


 蜘蛛が逃げ遅れたヒトを襲う。ただ殺すだけならば治癒も蘇生もあるだろうが……奴等はニンゲンを丸呑みにしている。


「いぇあぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 咀嚼する蜘蛛に対して一撃を繰り出す。難しい話はない。ただ真っ直ぐ行って刀を縦に振り下ろすだけだ。刃は蜘蛛の足を刈り飛ばし、走行不能に陥る。動けなくなったところを脳天からカチ割り、即死させた。


 各個撃破なら問題ない。ただ、今までに感じた事のない抵抗感は、確実に存在する。


(武器は長くもちそうにない)


 今手にしている武器は、侍として認められた折に下賜された刀だ。これがどれだけの力を持つものであるかは知らないが、何かしら特別な力を宿しているワケではない。自身のスキルなどによって強度を上げてあるとはいえ、手応えを見るに、負荷は大きく掛かっているだろう。


(泡沫夢想流……おれにはこれしかない)


 お前は天才だ、お前は素晴らしい、泡沫夢想流皆伝だと、はやし立てられ、褒められたのを良く覚えている。自分の力が明確に認められるなんて事は、畑仕事をしていても、なかなかない事だ。


 当時は心の底から嬉しかった。自分も人様の役に立てるのだと、奮い立ったものだ。


 とはいえ。


 その名が表す通り、この流派というのは――素人を、一時的に兵隊に仕立て上げる為に組み上げられた剣術体系である。


 それなりの技術やコツは存在するものの、それ以外は無いといって過言ではない。いうなれば、大声を上げて突っ込んでいき、一刀のもと斬り捨てるだけの技である。


 捨て駒を突っ込ませ、敵が消耗したところに侍本隊を投入する。そのように編まれた作戦上の流派なのだ。


 武器を守ったり、長く持たせたりなどという、技巧的な部分はない。自分には、力任せに刀を叩き降ろす以外にない。


「これが折れた時が、俺の寿命だ。それでいい、俺はそれまでの男だ……ぬっ」


 遠隔会話が届く。この声はアオバコレタカだ。


『各員――出来る限りを……』


 扶桑雅悦に目を向ける。今まで感じていた圧迫感が消えていた。


「ええと……し、失礼。青葉惟鷹殿。自分、幸田山為と申す……」

『ああ、幸田殿。無事なのですね』


「はい」


『大結界は破壊、統春は死にましたが、浄化機構……蜘蛛のような奴等はまだ増えます。動けるならば、出来る限り生きているヒトを、救ってください』


 大目標は達成、だがイレギュラーは起きてる、という状態だ。


「それは……どのくらいの時間でしょう」

『半法刻内です。短い時間ですが、頼みます』


「幸田山為、了解しました」


 それが自分のタイムリミットだ。動いてもいないのに動悸は激しくなっている。

 それに……


(明け渡せ……もう時間がない。はやく、はやく、はやく……)


 声が聞こえるのだ。


「渡せない。渡すものか。これは、俺の命、俺の使命、俺の……願いだ」


 心臓が喚いている。これが誰の声なのかは、わからない。だがきっとろくでもない相手である事は、間違いなかった。


 今、自分は願いによって突き動かされている。これを渡すなんて、とんでもない。


「――ああ、くそ、お前か? お前が、俺の死か?」


 蜘蛛がわらわらと、自分を囲い始める。その中の数体がやがて一か所に集まり始めた。一体どんな原理をしているのか、それ等は肉体を融合させて行き、今までよりも小さい、人型の個体となる。気配が今までの蜘蛛とは異なる。目の前に存在しているだけで、死が漂って来る。


「問う。貴殿は何者であるか」

「――浄化機構、β(ベータ)


「幸田、山為――侍だ。貴殿はヒトを喰うのか」

「うん」


「では、死んでもらう――きょああぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」


 炎に包まれる街並みに猿叫えんきょうが響き渡る。山為の認識通り、所詮は剣を打ちつける為だけの剣技だが――特等兵、しかもレベル70、突進力のみに特化したステータスのニンゲンから放たれる攻撃というものは、もはや艦砲射撃を凌ぐ威力と速度である。


 βは完全に判断を誤った。初撃を受けて返し技を狙ったのだろうが、返す判断をする暇もなく、空気を裂くような衝撃と共に、ボロクズの如く吹っ飛び機能を停止した。


「ふ、ふぅ……ああ、うん……まだやれるが……」


 体中を劈く痛みが訪れる度、脳裏に真百合の顔が浮かぶ。彼女はとてつもなく強いが、誰かを守って戦うような技を持っていない。閉所では極端に戦力が落ちる。自分達が散り散りになってしまったのも、彼女が誤射を気にして魔法を打てなくなってしまったのが要因だ。


「紫天女様の下へ、行った方が良い。俺の遠隔会話では、地下まで届かないようだしな……」


 剣である事。ただそれのみを目的として造られた山為に、器用な真似は出来ない。連絡を密にする事こそ軍隊に必要であるが、雁道等はそんなものを山為に求めてはいなかった為、ステータスもスキルも攻撃一辺倒だ。


 強い話者への応答や、近場の者へ連絡は出来るが、地下や遠方にまで声を届けられない。


「紫天女様を、お守りしろという命令しか、俺は受けていない」


 衣笠真百合の護衛を任され、初めてお目にかかった日を、山為は忘れられずにいた。本当に短い間だったが、自分の力がこんなにも美しい女性の為になるのだと知った時の誇らしさといったらなかった。


 躾けられた犬でもあるまいに、とは思うのだが。

 与えられた仕事が、今の自分には一番相応しく思える。


「まだ湧くか」


 βと思われる個体が、二体、三体と集まり増えて行く。山為はヒシと刀を握りしめた。


 自分とは違う世界のヒト。新聞でその姿を見るだけで、都会のヒトも、都会の出来事も、全てが夢幻が如きであり、実感として己に反映されるものはなかった。


 だがこの上洛に至り、彼女と出会い、扶桑という国家を改めて視て、自分は、どれほど大きな世界の一部分として存在していたのかと、実感したのだ。


 本当ならば。平時に、平和な時に訪れて見たかった実京であるが……今はこれだ。


(ああ、あそこの八百屋に干してある大根、絶対うちの村のだ。太さが違う)


 肺が焼き付き、喉が萎んで掠れても、山為の足は動き続ける、その手は刀を振るい続ける。

 鍬を刀に持ち替えて。誰に感謝される訳でもなく。誰に願われる訳でもなく。


 短い人生の影絵が、来ては過ぎ去り、今の現実へと塗り替わって行く。


「はぁ……はぁ……ゴホッ、ゴホ、ゲホゲホっ……みんな、逃げろ、逃げろ……俺が、俺がコイツ等を抑える……ぐあぁッッ!!」


 もうここには誰もいないかもしれない。いない可能性の方が高い。もはや、全て自分に言い聞かせている。回復剤はない。回復魔法も当然ない。回復したところで、この肉に埋め込まれた輝石が、その後の生存を確約しない。


 ひたすらに、ひたすらに剣を振り回す。


「ごぶっ、ぶ、ぐえぇぇ……」


 目が掠れてきた。敵の攻撃が視界に捉えられなかった。高質化したβの腕が高速度で振るわれ、とうとう腹を裂かれる。溶岩内部に落ちても生きていた山為であるが、そんな耐久性すら貫通する攻撃に見舞われているのだ。


「はらわたか……生きながら、俺の中身を、見る事になるとは」


 膝をつき、右手で刀を突きだし、左手で零れた腸を拾い上げる。


(もったいない。死んでしまう。もったいない器だ。はやく寄こせ、はやく)

(下民が、何の為に保険をかけたと――はやくしろ)

(土いじりだけしていたかったのなら、最初から引っ込んでおけば良いものを)


「うるさぁぁぁぁぁぁぁいッッッ!! 五月蠅い五月蠅い五月蠅いッッ!! やかましいッ!! 誰だお前はッ!! これは俺の身体だッ!! 俺の肉体だッ!! 俺の目的の為の道具だ!! 誰がやるかッ!!」


 脳内に響き渡る何者かに対して、憤りをぶつける。後悔が、無い訳がない。憎しみが、無い筈もない。未練が、残らない訳がない。


 だがそれでも、それ等を全部飲み込み、ただひたすらに剣を振るう事が、今の自分に求められる事であり、それが一番、世の役に立つ事なのだ。


 ――それが自分の願いなのだ。


「おお、威勢がいいね。ふぅん、改造人間か」


 霞んだ視界に、少年の後ろ姿が映る。若々しい声は、どこか少女のようだ。


「ボク、危ないよ……俺の後ろに隠れていなさい……地下まで、連れて行くから」


「――美しい心だ。ボクがニンゲンに期待する姿そのものとも言える。ただ、そのココロはやはり特別で、ニンゲンみんなに求められるものじゃない」


「――大丈夫だ……俺が、倒すから……」

「……平気さ。『記録憑着コンバート』」


 少年が、光の魔力を纏う。山為はその後ろ姿をぼんやりと眺めていた。それが何で、何が起こったか、そんなものを判断する知識は山為にはない。


 ただ、それが間違いなく強大で崇高であり――自分とは比べ物にならない程強いか、それだけは、理解出来た。


「ボク等の装備は結構ちゃんと作り込んだんだっけ。そりゃそうか。あの子にとって、ボク等は掛け替えのない、仲間だったのだから」


「あなた……様は……?」


「『固有・世界竜の加護』『治癒ヒールスリー』」


「あ、え? うわ……凄い魔法……ですね」


 少年が振り返り、可愛らしく微笑む。もはや死ぬばかりとなっていた山為の身体から、傷の全てが取り払われ、信じがたい程の力が奥底から湧き出ていた。


「名乗れる程立派なニンゲンじゃない。青年、目的があるか?」

「あ、あります」


「宜しい。ここは任せて、君はそちらへ」

「構わないのですか」


「構わない。これは束の間の夢の、そのまた泡沫の、かろうじて現か。たった三十分程度しか持たない、過去の残滓だ。あーあー、ヴァベ、ファブ、聴こえるか。浄化機構、手あたり次第全部ぶっ殺していいぞ。α一点、β五点、γ十点だ。点数が多い奴が優勝だ――さ、青年、行きなよ」


「か、忝い」


「美しいな。ボクはこうはなれなかった。君を救う事が出来なかった。ボク達は、心の底から、君を愛していたというのにね……」


 悲しそうに語る少年を残し、幸田山為が駆ける。


(生かされた……俺はまだ死なないのだ。やるべき事が、きっとあるからだ)


 火の粉を振り払いながら猛烈に進む。道中見かけた蜘蛛を薙ぎ払い、β同様の個体を木端微塵にし、地下へと滑り込んだ。


(す、すごい力だ。きっとあの少年の魔法なんだ)


 自分はまだやれる。


「そこを退けッ!!」


 臣民を追いかけて地下へと潜り込んだであろう蜘蛛達を弾き飛ばす。蜘蛛に関してはもはやものの数ではなかった。前に進み、目的を果たす、ただそれだけの為に命を燃やす。


「むっ」


 何層にも及ぶであろう階層を下り、通路を掛け抜け、階段を滑り降りた先に敵の群れを発見する。長いトンネル状となった空間の先には、結界が張られていた。


 群がる敵の隙間から、歯を食いしばり耐える彼女の姿が認められた。


「紫天女様ッ」

「こ、幸田様ッ」


 彼女の後ろには、かなりの数のニンゲンが見て取れる。皆なす術なく、真百合に縋りつくほかないのだ。視認可能な結界はかなり解れ、薄くなっているのが解る。


「今蹴散らしますッ」

「だ、ダメですッ!! そこには――γがッ」


 踏み込み、力み、横薙ぎに刀を振るう。数十体いた蜘蛛が霧でも払われるかのように消え失せたが、その中央に居た一体の敵だけ、全くの無傷で山為を見つめていた。


(最初に俺達を襲った個体だ……)


 十全皇の見た目をしているが、違う、という話は聞いている。それから直ぐに皆散ってしまった故、その詳細が分からない。が、ここで引くという選択肢は元から存在しない。


「幸田様、逃げてくださいッ」

「自分は良いです。紫天女様は、結界の補修に努めて下さい」


 常人からすればほんの少し、だが達人から見れば悠久とも思えるような隙があった。瞬間移動のように距離を詰めたγの薙刀が幸田に直撃する。


「ぐ、べっえぇッ」

「――……」


 刃は右肩口から左肺の位置にまで到達する。当然その時点で心臓にまで達しているどころか、輝石まで傷つけているだろう。γもそれを狙った筈だ。あまりに突然の事に、攻撃を受けて二法秒ほど停止してしまった。


 痛い。痛いが――動けない程ではない。


「ッッ!!」


 薙刀の柄を捕まえ、全筋力をかけて引き抜き、強靭に握られた武器を相手から引っこ抜き投げ捨てる。常軌を逸した怪力に、γが小首を傾げている。


「はっ……まだ、はぁっ、まだ死なない……ッ」


 おそらくは、かの少年の魔法の影響だ。山為は口元から血を流しながらもニヤリと笑う。


「紫天女様ッ」

「は、はいっ?」


「お願いがありますッ」

「な、なんですか?」


「応援してください」

「は……はい?」


 自分でも何を口にしているのか、不思議ではあったが、納得はあった。ここが最期、自分の晴れ舞台なのだ。自身の生命はここで尽き果てる。であれば、例え心が籠ってなかろうと、誰かの声援を背に戦って死にたいのである。


 山為の虚しい願いはしかし、真百合の後ろに控えている人々には伝わったらしい。


「が、がんばれ!!」

「お侍様、負けないでッ」

「頼む……倒してくれぇッ!!」


「はははッ」


 馬鹿らしいとは思う。愚かであるとも感じる。それでも、そんな声援が響き渡ると、自ずと刀を握る手には力が籠ったのだ。


「紫天女様、このγという個体は、どのくらい強いのでしょう」

「兄様……青葉惟鷹が、最終奥義を放ってやっと……だと」


「それは、良い――」

「――……ッッ!!」


 正眼に構える。自身の中に渦巻く力……筋力、霊力、魔力、生命力、その他、諸々、一切合財、命の燃料になるもの、その全てを、刀を振る力に集約させる。かの少年から受けた魔法もまた、その一助となっていた。


 漲る力、迸る魔力、研ぎ澄まされた感覚――長年研鑽を積み、死地を幾つも越えて来たような達人だけが至るような領域に、今の山為は足を踏み込んでいた。


「が、頑張って……頑張ってください、幸田様」

「――承知」


 振りかぶり、足を進める。進めるごとに加速する。


「きぃぃぃぃいぇぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――


 全命を賭して放つ咆哮。


あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――


 ニンゲンが至る全力の限界値。


ぁぁぁぁぁぁぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッッッ!!!!!!!!」


 単純攻撃の極地。


「成敗ッッ!!」


 幸田山為は光となり、γを脳天から一撃で叩き割った。


 彼に才能などない。彼に大仰な大義はない。技能も、知能も足りない。


 しかしただ一点。ヒトを守るという願いが、刹那の奇跡を顕現した。


 全身全霊の一撃は、ほんの須臾しゅゆの間、扶桑の大英雄がいる世界に届いたのである。


 ――当然、代償は大きい。


 刀は今の一撃で折れてしまった。柄を取り落とし、自身の手を見る。既に、自分の身は物理的な肉よりも、魔力の肉の割合の方が、各段に多かったのだろう。自身の先端から魔力が零れ、薄れて行く。


(馬鹿な……そんな……お前……馬鹿だろ……)

(……貴様に渡さなくて良かった。俺は、満足だ。ざまあないや、雁道)

(――くそぅ)


 嘲笑ってやると、ココロの中で騒いでいた声が消えて行くのが解った。また、己の内に秘められていた輝石が、粉々に砕け散った事も理解する。


「幸田様ッ!! そんな、なんて事を――」

「でもこれで良かった」


「何故……」

「男は、女を守って死にたいものですから」


「そんなロマンチシズム、迷惑です」

「あはははッ!! いや全く。申し訳ない」


「……有難うございました」

「いいえ。こちらこそ……では」


 嘘偽りなく満足であった。自分がやるべき事の全てをやり切れた。守るべきものも護れた。勿論、村に残して来た家族は心配だが――、一個人の一般人の、出来る限りの全てを賭したところで至れない力を発揮出来たのであるから、これは龍に感謝せねばならない。


(こんな馬鹿がいたって、きっと許されるんだ)


 目を瞑る。ぐるぐると、ぐるぐると回るように意識が落ちて行く。

 そうして、山為は――『死後の世界』に辿り着いた。


「……んん?」






 食料が尽きて三日が経っていた。純エルフ故、一週間程度の断食は問題ないが、山岳実地訓練はもう一週残っている。まさか自分が、猪の突進を受けて、皆の荷物を穴へ落とすなんてヘマをするとは、想像もしていなかった。


 青葉惟鷹班三名。リーダーは涼しい顔をしているが、もう一人の人間族の男は、流石に限界と見える。野食材で食いつないで来たのだが、ここにきて腹を下していた。治療薬等も全て落とした荷物の中だ。


 再補給ポイントまで歩く決断をしたものの、ヒト一人を引きずりながらでは遅々として進まない。


「――……」

「赤城殿、どうしましたか」


「どう……どうだろう? 拙生の愚かさを咀嚼しているところだ」

「落とした穴がまずかったですね。拾えない事もなかったでしょうが、深すぎてリスクが大きい」


 三人分の背嚢を丸ごと落としたのである。こんな事があるだろうか。馬鹿らし過ぎて笑えてくる。何もかも、悪いタイミングが重なったのだ。


 小休止に入った時、背嚢などをまとめて置いていた。野外の訓練ではとにかく小休止に入ったならば、荷物を降ろし、身体を締め付けるものを緩め、靴まで脱いで休まるのが定石だ。実際の戦地でそのような真似はしないだろうが、訓練ではそれが常識だった。


 気を抜いたところで、物音に驚いたであろう猪が班に突撃して来た。びっくりして立ち上がったところ、背嚢に躓き、スっ転ぶ。笑えないのはここからで、溶岩で出来た地形だったせいもあるだろう、突如として足場が踏み抜かれ、大穴を開けたのだ。


 自分は尖った岩に引っかかって助かったが、荷物はすべて穴の奥へと落ちて行った。


 とんだ間抜けがあったものだ。不可抗力はかなり大きいが、そんな様子では戦地で命を落とす。


「種田、無事か」

「青葉班長……申し訳ない……」


「ふうむ。こりゃ中止ですかね。救助要請を送りますか」

「えっ……」


「何か?」

「実地訓練本部は五十フルス先だろう。遠隔会話が届くのかい?」


「僕は届きますが」

「そ、そうか。しかし……」


 この訓練で落第点を取った場合、卒業が一年延びる。かなり過酷な条件が付けられているのは、自分達の所属する学部が、他とは全く異なる、エリート養成コースだからである。一つのミスが隊全体の危機へと繋がるという事実を、手前の成績でもってして叩き込まれる訳だ。


 自分は、正直何とでもなる。曲りなりにも王家のニンゲンだ。しかし青葉惟鷹はその家柄、才能故に妬まれており、成績は逐一チェックされ、素行も常に監視されている。


 自分の筆舌に尽くしがたいミスの所為で、彼に余計なものを背負わせてしまいかねない。


「やはり、あの穴に戻るよ」


「正気ですか。穴の中は鋭い溶岩ですし、ひっかかったらズタズタになりますよ。出られなくなった場合、僕でも助けられるかどうか」


「責任を取る。君は種田君を診ていてくれ」


 十フルス先だ。足場が悪いとはいえ、赤城の足ならば数十法分で戻れる。この訓練が直線での長距離移動ではなく、決められた範囲内で指定されたチェックポイントを目指すサバイバルであったのは幸運だ。でなければ、もう取返しがつかない程穴から離れていただろう。


 全て自分の所為である。とはいえ、嫌な予感は最初からあった。この班割だ。


 心身成績ともに優秀な赤城と青葉の二名に、もう一人、種田が加えられた。普段あまり交流のない人物であり、頭はバツグンに良いのだが、体力がかなり控え目であり、サバイバルなど耐えられるのか、という話が囁かれていた。


 故の介助役としての赤城と青葉だったのだろう、というのは解る。余程の事が無い限り、この二名が何とかするからである。が、まさかまさか、自分が一番のお荷物になるとは。


(あ、青葉君に嫌われたくはないなぁ……)


 自分の進退は正直どうでも良い。それよりも、普段分かった顔をして青葉惟鷹を友などと呼び、調子の良い事を行っている手前で、彼に失望されるような真似を働いてしまった事実が恐ろしかった。


 そもそも扶桑軍人が猪如きに驚いて跳び上がるとはなんだ。『きゃぁ』とは何事だ。


 己の雌の部分が憎めしく思えて来る。性別それそのものに恨みはないが、生理現象や反射でやって来るどうにもならない反応ばかりは、軍隊生活において非常に不利だ。


「いやな場所だよ、本当に」


 この山岳実地訓練は活火山周辺の山々を舞台としており、どこもかしこも溶岩の冷え固まった地形だ。溶岩から直接樹木は生えない為、長年で降り積もった砂塵や生物の死骸、苔などを下地に木々が生えている。


 つまり根は表面にしか生えておらず、木々は浅く立っている。普段の身のこなしで木々を渡り歩こうものなら、突如として倒木する事も考えられるので、動きにくい。


 そして何よりも自分達を危機に陥れた穴だ。木が溶岩流に飲み込まれ、そのまま冷え固まる。有機物故次第に朽ちて行き、そこはぽっかりと穴を開ける形になる。結果、信じられない場所に穴が穿たれていたり、地面が薄くなっているような場所が点在するのだ。


 通常の山岳訓練とは比較にならない注意力を必要とする。


 夏の日差しを避けながら、エルフの足で半法分。自分がやらかした穴の前へ辿り着いた。


 ポーチから樹石結晶を取り出し魔力を込めて二つ、三つ穴の中へと投げてやる。ヒトが一人、二人通れそうな程の幅はあるし、足場も確保可能だろうが……とにかく深い。その直線的な形状から、相当大きく高い木が溶岩流によって飲み込まれて出来たものであると推測出来る。


「怖すぎる。何をするより何と戦うよりも怖すぎる。出れなくなったらどうしよ」


 防御魔法を張り、筋力を強化、口では泣き言を言いながらも早速中へと進んで行く。脆い足場を伝いながら一歩一歩を正確に選んで足を置く。心臓が危機を感じて早くなり、込み上げて来るような不安が喉元を行き来する。


「おお、底がある。背嚢もある。が、これを最低二往復かあ。いや、二つで諦めよう」


 身の素軽さならば間違いなく扶桑指折りであるからして、上り下り自体は問題ではない。この穴の脆さが不安なのだ。背嚢を前後に背負い、また岩に手をかける。今降りる為に使った足場を二度使う気にはなれず、また別の取っ掛かりを探して登る。


 落ちたのは三人分だが、二つあれば十分だ。何もリスクを進んで取る必要はない。


 ……そもそも、一つにしておけばよかったのだろう。


「あ」


 間抜けな声が口から抜けて行く。背嚢を二つも抱えて登った為だろう、荷重が掛かり過ぎた。赤城が手を掛けた岩がポロリと無慈悲に外れたのである。


 咄嗟に防御姿勢を取った事、防御魔法がしっかり働いた事は良かったが、落ちた先の壁に頭をぶつけた。頭蓋への直接ダメージはなかったものの、揺れはしっかり脳へと伝わった。


 ……。

 ……。

 ……。


「ぶはっ……お、いでで……ぎもじわるぅ……」


 時間感覚が吹っ飛んだ。どれほど気絶していたかは分からないが、数法分だろう、穴の入口から覗く光の加減に変化はない。


「うん? うわ折れてる……ンッ~~~~~~~~ッッ!!」


 このまままた登れるかと思った矢先、その腕の違和感を確かめて持ち上げた瞬間、強烈な痛みにもんどり打った。


「ああ」


 そのまま寝そべる。愚かすぎて泣けて来たからだ。自分は大して時間も経たないうちに救助されるであろうから、そこは問題ではない。自分でやらかし、自分で責任を取りに行って、更に余計なことをしでかしたからだ。


「なんだこりゃ。拙生はこんなに阿呆だったか。穴一つ出られないとは」


 無属性魔法噴射で抜け出したいのは山々なのだが、こんな狭い場所でそれをやると、圧力がかかって周囲が崩壊する可能性がある。まして腕まで折れて痛みで集中が切れたりなどしたら、自分が噴射した魔力で足が吹っ飛んでしまう。


「ごめん」


 彼は敵が多い。落第しようものなら、どれほど笑われるだろうか。


 あんなにも強く美しい彼が、他の有象無象から誹りを受ける様を、想像するだけで腹が立つ。お前達とは違う、自分とも全く異なる、研ぎ澄ました刀剣のような彼に、汚らしい汚物を引っかけるような様は、腹に据えかねる。承服しかねる。


「ごめんで済むか……済む訳がないだろう……ッ」


 背嚢を一つだけ背負い、立ち上がる。自分の身軽さならいける筈だ。片手でクライミングなど、普段から笑いながらやっている事だろうに。


「くそ、王が泣くな。形だけだったとしても、王族は王族なんだ。誇りも気概も失ったならば、そのへんのボンクラ領主と大差ないではないか」


 零れる涙を拭い、岩に手をかけ、登り始める。脳震盪の影響、左腕の激烈な痛みと熱感を、奥歯が砕ける程噛みしめて耐える。何法刻掛かったって構わない。一小バームでも上へと進む。右手で取っ掛かりを選りすぐり、全体重を壁に這わせ、足の置き場を厳選する。


 呼吸を最小限に、動きを最短に、震えながらもゆっくりと、根気と根性の作業が続く。


 それからどれほど経ったか、とうとう出口に手がかかりそうだった。


 だが思い出す。


 そもそも、その出口が脆かったからこそ、荷物は奈落へと落ちたのだ。


 すっかり剥げてしまった爪の痛みに、手が不安定だったのだろう。握力が限界だったコトもある。もしくは血で滑ったか。出口にかかった手がぬるりと外れた。


(死んだな)


 諦めるのは早かった。粘りに粘った結果の最期がコレでは、諦める他なかったからだ。強張った全身から力が抜けるのが解る。短い人生の影絵が脳裏を過ぎる。自分を喪った赤城家に、次の世代はもう望めないだろう。親類は皆歳を取り過ぎた。


 真実を見極めよと、常に厳しい教えをくれた祖母、もはや諦めしか抱かず日々を無為にし続ける母と父、伝統に縋るしか出来ない赤城家を罵る者達の声――薄暗い世界を少しでも明るく行きたいと願い、無理に笑う鏡に映った自分。


(青葉君……)


 そんな灰色の日常に現れた、理想をカタチにしたような、無上の男。寒色なれど、陰影しか分からなかった世界に、彼は彩をくれた。


 ……。

 ……。

 ……。


「宗達ッ!!」

「……」


 ……身体を引き上げられる。腕に痛みがない。爪はついている。


「赤城宗達、何を寝ているッ!! 起きろッ!!」

「ほわ……」


 びっくりするくらい顔の良い男の顔面が迫る。赤城は長い睫毛を瞬かせ、彼を見つめた。


「腕、腕折れてなかったか?」

「何を……ああ、訓練の時の話ですか……?」


「あ……いや、うん。済まない。気絶していたか?」

「瀕死だったので回復剤ぶっかけました。起きてください、仕事があります」


 ……なんだか懐かしい夢を見ていた。


 あの後、寸でのところで惟鷹に引き上げられ、なんとか種田の元まで戻った。種田には薬を、赤城には応急手当を施した惟鷹は、都合二人の肩を抱えて再補給ポイントまで到着。


 惟鷹は絶対諦めるつもりはないと言い放ち、残りの一週間の間、種田と赤城を介護しながらチェックポントを回り切った。


 青葉惟鷹は、まず諦めが悪い。実際負けないのであるから、より頑固な負けず嫌いであろう。


 誰よりも早く救助要請をしようとしたのは恐らく……全部責任を自分で背負い、他に手を尽くして落第を回避するつもりだったのだ。出来るか出来ないかで言えば、青葉惟鷹なら可能だったろう。前例こそないが、彼に前例が通じた試しがない。


 だというのに自分は怪我人を一人増やして戻った訳である。戻って来たからには、諦める必要がなくなったと判断したのだ。当時の青葉惟鷹ならば、二人に恩を売れるなら安い、くらいには、考えていただろう。赤城は元から選王であるし、種田は今や陸軍参謀部の出世株である。


 彼はあの時、愚かで間抜けでドジな自分をどう思ったのか。結局聞けず終いだったが、自分というニンゲンの男性観に、トドメを差した行為である事は間違いない。


 仕方ないだろう。乙女が、理想の男に命を救われたのだ。笑わないでほしい。


「……」


 頭をふり、直近の出来事を思い出す。街に浄化機構があふれ出した、という話を受けて即座に高い場所を目指した。まずは真百合の居た百貨店の屋上へ赴いたのだが既に無く、すぐさま切り返して高所からの狙撃を始めた。


 下方に集中しすぎていた為か、高所を取っていた為の傲慢か、まさか上から飛んで来る奴がいるとは考えておらず、そのまま吹き飛ばされた落下したのだ。


 今のルールにおいて、レベル70を超える者が落下死する事は稀だ。が、アタリ所は悪かったのだろう、いつかのように、気を失っていたと見える。


「昇りますよっ」

「おわっ」


 肩をがっちり抱えられ、そのまままた百貨店の屋上へと逆戻りする。とんでもない跳躍力なのは今更だ。しかし何が起きているのか皆目見当もつかない。


「浄化機構は?」

「まだいますが、それどころじゃありません」


「浄化機構より不味いものとは?」

「あれを」


 惟鷹が空を指さす。そこには、明らかに落ちて来てはならないものが迫っていた。


「なんっ、なんだねあれは」

「月の欠片。隕石です。統春がルルムゥを降ろして、亜空間魔法を用いた結果かと」


「なんて厄介なんだ、あの神は。しかしなるほど、なら拙生であるなぁッ」

「話が早くて助かります。何が要りますか」


「気持ち」

「は?」


「気持ちだ。がんばれ、という気持ちが必要だ」


 惟鷹が呆けた顔でこちらを見ていた。何を言っているのだ、という当然の疑問だ。

 だがここに至り、赤城にはある種の確信がある。


「アズダハは願いを叶える」

「そう、らしいですが。それはどこから聞きましたか」


「拙生の推察と、皇女様とのすり合わせと、フィアレス竜精公の知識からだ。我々が扱っている魔力とアズダハは深く結びつき共存している、という実体験と知識の結論だ」


「そうですか……とはいえ人知の及ばない領域に働きかける事になります。願いを叶えるにしても、相応の手順と覚悟と代償は必要となるでしょう」


「君の奥義はどう放たれただろうか」

「……不本意ではありますが、そうですね……相手をぶち倒すのだという願い、ですが」


「たぶん、アズダハというのはもっと単純なものだよ。本来はおそらく、のべつまくなしに願いを叶え続けて来た存在なんだと思うね。しかしそれでは人類が持たない」


「願いは衝突しますからね」


「だからこそリュウはアズダハに規制を掛けている。しかし、この危機回避緊急法第三番というルールは、その規制がかなり弱いのだと思うよ。今の扶桑人はずっと頑強であるし、回復魔法は基本になり、蘇生が罷り通る。そもそも扶桑全体が他の地域とは違う時間の流れの中にあり、常識では考えられない武器や魔法も存在し得る。それはつまり、やはり、我々の願いが、通じやすいからなんだ」


「制限はありますよ。穴だらけではありますが、相当高いところと相当低いところに存在している穴なので、通常は手が届かない」


「うん……ただね、純粋で、概念的な願いは、かなり通り易い」


 数字で縛り付けられた世界ではあったが、しかし曖昧な部分は多かった。数値上越えようのない敵も、青葉惟鷹自らが倒して見せた。


 ……赤城が視るに、今に至る流れについてもそうだ。確かに自分達は精鋭ではあったものの、雁道という圧倒的数を相手に立ち回れたのも、願いが影響している筈なのである。


 それは、青葉惟鷹が前に進むのだと決めたからこそ、齎されているものだ。勿論、動かなければ物事は微動だにしない、それは事実その通りだ。だが危機こそありつつも、乗り越えられて来たのは、その願いが失われなかったからこそであると、赤城は睨んでいる。


 元のルールならば、数は数に、力は力に潰される。理不尽はそのまま降りかかった筈だ。


 扶桑雅悦を視る。大樹アレ等こそが、竜達にとっての『願いの木』なのだ。


「莫迦らしく聴こえるかもしれないがね、単純な願う力は、より強く反映されるよ……つまり、言い換えるとなんだろう?」


「――あ、信心? 信仰心の話ですか?」


 この世界の根本。根幹部分。ルールが移り変わろうと、揺るぎない大きな法則。


 今の世界が巨大な根幹宗教と、枝葉の膨大な宗教によって統治管理されているその理由は、間違いなく、この"願い"に大きく寄っているからだ。


 赤城が推察するに。


 ――この世界の全てがアズ・・・・・・・・・・・・ダハで出来ている(・・・・・・・・)可能性が、非常に高い。結局はそれが活性か不活性化の違いでしかないのだ。


 勿論、元となる物質や物体そのものは存在しているだろう。だがそれ等全てに、微細ながらもアズダハが寄生しているのだ。ルールが変わっただけで、扶桑人の人体構造が変わってしまうくらいには。


 だからこそ、今のルールはそれがより大きく影響する。


 願いとは明確な力になるのだ。


「それだけであの隕石がなんとかなるなら、そりゃあもう幾らでも応援しましょう。赤城殿、全身全霊であれを撃ち落としてください。どうか、お願いします。凄く期待しています。貴方なら出来る。扶桑一の弓取りですからねえ」


 それを聞いた赤城が、ニンマリと笑う。


「ヤルにはヤルが、標的がデカすぎてキツい事には変わりない。中てる事自体は問題ないのだが」

「大気圏突入時に摩擦熱で削れはするでしょうが……」


「違う違う……」

「え?」


「このルールにおいて、君こそが一番影響を及ぼせる。君の頑張りが一番物事を動かす……罪業炉心殿、罪業炉心殿」


『ん? 赤城? 忙しいんだけど』


「青葉君が隕石に突撃してくれるようです。皆さんに観て貰った方が良い」

「はい?」


『惟鷹スゴイわね、そんな事するの? 新だったら逃げてるわね』

「いえ、初耳です」


『でもそうなら仕方ないわ。お婿様の頑張りを皆に見せないと』

「えぇぇぇぇ……」


「あーあ、フィアレス竜精公、青葉君を隕石にぶつける、発射台になってはくれまいか?」

『今行きますわね、つきましたわ」


「はやっ。もう少し猶予があっても」

「無い無い。さ、青葉君、防御バフ全盛りで」


「いや、ルール適用範囲はッ!? 上空ってイケます??」


『大気圏ギリギリまで有効範囲よ。統春からコントロールを取り返したからバッチリ緊急法が効いてる。そもそも惟鷹なら、高所落下で死んだりしないでしょうし』


「ぐぬぬぬぅぅぅッ」


 赤城の頭が狂った訳ではない。結果的に導き出せる最適解がコレなのだ。扶桑の絶対的な危機、不安と焦燥に揺れる民、悲壮と絶望が入り混じる状況に、英雄が立ち向かうのである。


 人々は一縷の望みをかけて、一人の男を拝むだろう。心底願うだろう。頑張ってくれ、助けてくれと。この世界でその理屈が真っ当に通るならば、これ以上の回答がない。


 そもそもそれを一番願っているのは、誰でもない、ルール制定者である十全皇である。


『人口密度が高いところに映像出しておいたわ。現状の説明つきで』


 実京の上空に幾つもの空間映像魔法が浮かび始める。それは落下する隕石を捉えた映像だ。画面が移り変わり、惟鷹がクローズアップされる。いざここに来て、文句こそ言っても覚悟を決めない男ではない。顔面が引き締まり、腹を括ったようだ。


「さあ来たぞ」


 摩擦で赤熱する直径四百大バームの隕石。これが直撃したならば、実京は間違いなく壊滅する。扶桑人が作り上げた世界最大級の都市が、一撃で灰と土に還るのだ。


 首都中心部の数十万人が一発で蒸発する。肉体が無ければ蘇生もままならない。勿論、出来ない事はないだろうが――十全皇がその選択肢を取るとは思えない。


 強烈な熱で隕石周辺の水蒸気が消滅、上空がぽっかりと円形に晴れ上がる。


「往きますわよ、ヨージさんッ!! 『固有・黄金律』」


「ええい、やってやるやってやるッ!! 皆さん曰く扶桑の大英雄が、隕石を弾き飛ばせない道理なんて、有りませんからねぇッ!! 赤城殿、頼みましたよっ!! ほんと、頼みましたからねッ!?」


「まかされよ。うまぁい具合に当てよう」


 惟鷹が足を揃えて跳び上がる。その揃った足をフィアレスがしっかりと捕まえると、一瞬で視界の遠くにまで飛んで行った。映像には、とんでもない事をされても凛々しい顔をした惟鷹の顔がしっかりと映っている。


 大気が乱れ、風が吹き荒れる。信じがたい光景が迫りつつあった。


「何も心配はいらない。君が破壊したという事にしてしまうからね」


 自分は英雄ではない。自分は彼にはなれない。たまたまご立派な家に産まれただけの、薄暗い稼業を背負った、男を偽る女でしかない。夢も希望も大してなく、陰鬱な両親に厳格な祖母、ただ長い寿命を食い潰すだけの一家。


 赤城が笑う。


 無理をしてでも笑っていないとやっていけないような、馬鹿げた人生に――君が居てくれたこと。君がこの世に存在してくれているという事実だけが、赤城には救いだった。


 ……それを。不可抗力とはいえ、一度は殺してしまったのだ。


 謝罪はしようがない。きっと一生抱えて行く咎なのだ。しかし、美しい彼の命が、自分の手の中に、一度でもあったのだという、爛れた悦びを、そして生きがいにして生きて行く。


『固有・天位正鵠てんいせいこく


 自身の生命力を代償に、目的物への絶対必中を付与。

 絶対会心を付与。攻撃力を1000%上昇。


「拙生の願いも叶ったよ。有難う、青葉君」


 映像に目をやる。惟鷹が奥義を発動させた。猛烈な勢いで、隕石が削られて行く。恐らく、そのまましていても、彼は二発目を放ち、隕石を破壊しただろうが……それでは、彼の負担が多すぎる。


 そうだ。自分の役割なぞ、彼の負担を減らす程度で丁度良いのである。


 ……美しい彼の、背中を守りながら戦えたならば、きっとそれは素晴らしい事なのだと、考えて来た。言うまでもなく下心だらけではあるが、出会ったあの日から、その理想を忘れた日はない。


 しかし今思うに、異性として意識する事もそうだが、彼には『本質』があるように思えて仕方がなかった。それがどこに価値があり、どこを現す真実であるかは分からなかったが、今ならば、それが明確なカタチをして存在していると理解出来る。


 青葉惟鷹こそが、リュウによってぼやかされた世界の輪郭を映し出すものだった。


 真実をその目で。正鵠を射る。彼が、自分に弓の指導を乞うたあの日から。


『極矢光』


 惟鷹の最後の一撃が放たれるのを確認し、同じタイミングで光速矢を放つ。光と同じ速度であるから、時差は無い。矢が隕石に突き刺さり、威力もそのまま突き抜けて行く。


「弓を教えた結果、彼はむしろ矢になってしまったね」


 隕石は上空で爆発四散し、空間へと散って行った。誰がどう見ても、青葉惟鷹が隕石を粉砕したように見えただろう。


『ゼロツーのアップデート完了ッ!! 役割終わりッ!!』


『全権限を引き継ぎますわ。主支配体02号です。承認。浄化機構停止。実京全域に対して大結界を発動』


 街中を練り歩いていた浄化機構達が地面へと溶けて行く。また、砕け散った隕石を防ぐ為に即座に結界が施工され、破片は地面を突き刺す事無く消えてなくなる。


 防火管制機構も稼働。炎に巻かれていた街に突如として大雨が降り始める。青空を背景としたそれは、大きな虹を幾つも生み出した。


「赤城王、お疲れ様ですわ」

「竜精公も。王として、扶桑の窮地を救ってくだすった事に、最大限の感謝を」


「うふふ。わたくしは、彼の無茶苦茶なところが観られて、大変満足ですの。謝意は無用」

「ああ……物凄く、疲れた、なぁ」


 赤城がその場に倒れる。絶対に失敗出来なかった故、固有に生命力をたらふくつぎ込んだ結果、動く体力も無くなってしまっていた。


「……結婚、するかぁ。お嫁さん、探さないとなぁ」


 しかしそれでも、空は見上げ続ける。

 空間映像には、やりきった顔をした青葉惟鷹が笑っていた。


 彼は、龍女皇陛下のお婿様だ。


 横恋慕するには、ちょっとばかり相手が大きすぎるなと、赤城は自嘲し、気を失った。





扶桑編、次回からエピローグです。

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