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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
32/317

紅い蝕痕3



「ぶはっ」


 グリジアヌが追って来なかったのは幸いだ。もし神と対峙するような事になれば、とても無事では済まされない。まして一緒に村で暴れられれば、それこそ一大事である。

 木々を伝い川を流れ転がるように村へと戻った頃には、既に残滓が村の中に入り込んでいた。あちこちで煙と火の手が上がっており、簡単に収束するとは思えない。


「き、衣笠どのぉぉッッ!」

「ガンゼイ氏! 無事ですか!」


 仮シュラインに一直線で向かっていた所でメッセンジャーのガンゼイに出会う。彼は相当狼狽しているらしく、息切れも相まって何を喋っているのか聞き取れない。


「落ち着いてください」

「ひょれ! こよれ、これが、おちおちつけるか!?」

「残滓ですよね。相当の数」

「あ、ああ、なんでわかるんだ?」

「説明が面倒です。村の人達は?」

「む、村の中央広場、役場に集まってる。駐在兵じゃとても対処しきれんし、豊御霊様がどこか分からんし、グリジアヌ様も見当たらない!」


 グリジアヌはあの通りだが、豊御霊は何処へいったのか。戦力としてアテにしていただけに、それは困る。困るが、無い物は強請れない。

 グリジアヌが敵に回っているという状況を説明すべきかどうか考え、やめる。どうせ警戒した所で、対処は不可能だ。最悪リーアを宛がう事になるが、それは避けたい。

 そもそも、グリジアヌは残滓に交じってこの村を襲おうと考えているのだろうか。


「……それで、我が神とエオ嬢は」

「お、同じく中央広場に」


 正しい。通常一匹二匹の残滓が襲って来たというのならば、その方法は正解だ。村の中央に到達する間に罠が張れるし、かかったところで高所から袋叩きに出来る。幾ら残滓とはいえ、人類から総攻撃を受けて無事な者はいない。

 だが今回は不味い。罠が足りないであろうし、四方八方から残滓が攻めて来る可能性が高いのだ。ヒトを襲う類の残滓だとすれば、それはつまり、村人は自分達から包囲殲滅されるようなものである。

 彼等が縋るのは――当然我等が神、シュプリーアしかいない。

 シュプリーアなれば、残滓からの攻撃など痛くも痒くもないだろう。しかしやはり対応出来る数が限られる。片方を抑えている間に、片方から蹂躙されてしまう。


「この村に戦闘系魔法を使えるヒトは?」

「流れ者数人ぐらいだよ!」

「火族相手ならば、諦める他ないか」

「そんな!」


 山を下りながら、残滓の戦力を窺っていた。

 残滓と言っても神と同じように千差万別であるから、何が確実に有効である、とは言えない。ただ木火土金水や地水火風などに分類出来る。その土地土地によって分類が曖昧である為確実な事は何もないが、所謂自然界に存在している物質や事象は全て残滓となり得る。

 山をネグラにしていたであろう残滓達は、当然山にあるもの以外にはならない。どれも一匹ずつ相手するならば、ヨージでもなんとかなる。

 ただし、強制的に叩き起こされ、気が立っているだろう。更に火の神、もしくはグリジアヌの操作を受けているとすれば、余計宥めるのも時間がかかる。


「仕方ない。僕も中央広場に行きます。ガンゼイ氏は?」

「お、俺は。ひ、避難を呼びかけて回る」

「なるほど。なら、もう残っているヒトは街道沿いに逃げるようにでも指示した方が良い」

「わ、解った。あ、アンタがきっと正しい」

「ではこれを」


 そういって、ヨージは虎の子の祝福水をガンゼイに渡す。彼はそれを受け取り感謝した後、一気に飲み干した。


「うごごああああ苦ぁぁぁあッッッ!! 行って来る!!」


 ガンゼイが駆け出す。小太りなのに妙な足の速さは、もはや感嘆すべきものであった。彼は実に誠実な人物である。


「さて、どうしたものか」


 ガンゼイを見送った後直ぐに駆け、仮シュラインにまでたどり着くと、街の地図と弓矢を引っ手繰って直ぐに中央広場へと向かう。今更皆に散れと言った所で誰も聞かないし、意味も無い。考えるべきは、中央広場での籠城だ。

 地図を開きながら頭を巡らせる。現状を凌ぐ手段は――ある。


「何とか、するしかないかあ」


 少ない手勢。少ない手段。少ない武器。圧倒的戦力差。

 脳がひり付く。何年ぶりだろうか、この絶望的な状態は。

 だが幸い、そんな戦場を潜っても、ヨージは死んだ事が無い。当然だ、こうして生きているのだから。

 本当に、本当にどうしようもなくなってしまったのならば――奥の手を使う他ないが。


「……おっ」


 商店の目抜き通りに差し掛かり、そこで武器屋に目が行く。勿論店主も居ない。


「では、戦時調達」


 何本か目に入った中の一本を拝借する。

 流れ流れて辿りついたであろう、曲がった剣。所謂扶桑刀である。


(こりゃ業物だな)


 手に馴染む重さを確認してから、ヨージは家の屋根に上り、そこから飛び移って中央広場へと向かう。


「キヤァァァアァァァァッッ――!!」


 耳朶を劈く叫び声がした。こんな状態である、誰でも叫びたくなるのは分かるが、音に敏感な残滓が寄って来る可能性があるので、黙って貰いたい――が、軍人でもあるまいに、一般人にそんな事を期待しても無意味だ。

 ヒトが群がる中央広場に一体の残滓が、今まさに飛び込もうとしていた。


(これは都合が良い――好機、一閃)


「"内に咲け。外へと回れ""虚空の刃。陰鬱なる我が心よりいでよ"『血詞纏エンチャント・ブラッド』」

 変形三項目、内在魔力付与魔法オドエンチャントマギクス即時発動。

 指先を傷つけ、血液を刀へと塗布する。

 黒鉄の刀身は燃えるような赤へと変貌を遂げた。

 ヨージはそれを構えたまま、屋根から飛び降りる。


「――よーちゃん!!」

「我が神、お退きを!! ずぇああぁぁぁ――――ッッッ!!」


 ヨージの声を受け、皆の盾となろうとしたのであろうリーアが身を翻したのを確認し――全体重を乗せ、落下威力を乗せ、付与した魔力を乗せた刀で、村人に飛び掛かった残滓を、その頭頂部から一刀両断する。


『なんだ!?』

『に、ニンゲン?』


 ズンッ、という重たい音が響き渡る。手応えは十分。確実に残滓一匹を葬る。


「失敬。スマートさに欠けました」


『ご、ごご……ご? ご』


 木族であったそれは自らに起こった自体が把握出来ず、真っ二つになったまま手足を動かしもがいた後、絶命した。


『おおおおお、マジかああぁぁ!?』

『なんだそれ、おい、ニンゲンに残滓なんて倒せるのか!?』

『ば、バケモンかよッ』


(ある程度歓迎って事でいいですかね)


 ヒトをまとめるには力が必要だ。もしくは、力を持っているように見せる事が必要だ。現状、村には指揮官など居ないし、まさか村長が残滓退治の指揮など執れる筈がない。

 自分の意見を通すにはこれしかなかった。

 どうせ後で披露するものであるから、必要経費だろう。

 本来なら、自分が戦えるニンゲンである事など、村の誰一人にも知らせるつもりはなかったのだ。戦いは戦いを呼ぶ。一宗教団体の幹部でありたい自分が、これ以上戦火に飛び込まないよう、注意を払って来た。

 だがここで戦わねば男ではないし、元扶桑軍人でもない。

 引きが悪かったと、諦める他ないだろう。

 さて、仕事である。



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