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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
319/326

日鎮める国6



『あーあー、ハロー。遠隔会話回線を繋げたわ。菊理を中継せず、わたしとパーティ限定に声が聞こえるようになった』


「助かります。指示の遅さは致命的ですからね」

『あーそれで、惟鷹。ゼロツーの主支配体アップデート速度が落ちて来てる』


「浸食が進んでいる、という意味ですね」


『ええ。想定の五倍ぐらい強い。何か裏がある。おかしい。速度は落ち続けているから更新完了時刻を確定出来ない。この調子なら、直ぐに扶桑雅悦がこちらでコントロールできない状態になるでしょうね』


「タイムリミットは」

『一法刻ね』


「急ぎます……みんな」


 扶桑雅悦本樹下、大朱標柱前。


 集められるだけを集めると言っても、数は限られる。今この場に居るのは、ヨージ、エオ、フィアレス、フレイヤ、菊理、赤城だ。


 リーアはヨージの判断で外した。力量的には居て欲しいが、現状の扶桑雅悦に近づけたくないというのが理由がある。リーアには、どうにもならなくなった場合の、最終手段としての役割を与えてある。


 真百合は控え、タイミングを見計らって大出力魔法を放ってもらう為、遠くに下げてある。近距離で彼女が魔法を放った場合、周囲の無事が保証されないからだ。


 そしてもう一人外側に控えているのだが……。


「ええと……雁道軍の……?」

「青葉君。彼は平気だよ。幸田山為。元特等兵だが、危ういところを助けられたんだ」

純礎水晶プロトクォーツが埋められてるじゃありませんか。暴走したらどうしますか」


「その場合、問答無用で、殺して構わないそうだ」

「余程でない限り殺しませんが――まあ確かに、雁道は死にましたしねえ」


 あまり、人様を鉄砲玉扱いはしたくないのだが。


「実力が疑問かな?」


 パーティ共有でステータスを見る。一部読み取れない部分もあるが、基礎ステータスは自分達と比べても遜色がない。攻撃力に関しては惟鷹を凌ぐ程である。


「いえ、数字は嘘を吐きませんから、強い事は解ります。ただ現状の役割と言えば、まゆりの護衛くらいですよ」


「運命を捻じ曲げられた男だ。顛末をみせてあげて欲しい」


「……解りました。必要とあれば指示します」

「済まないね」


 元は農家の出だという。戦など知らずに一生を終える筈だった彼を戦場に引き出して来た奴がいるのだ。そいつは既に死んでいる。死んでいるが、彼の人生を木端微塵にした事実は消えない。


 戦う者は、戦う定めを背負う者だけで良い。ある種の選民的な思想は、どうあってもヨージという男の中に染み付いている。ただその性格故、強く否定し切れない。覚悟を背負った者を退けるだけの言葉を持たないのも事実だからだ。


 自分がどんなものに関わらされてしまったのか。それを見る権利ぐらいあるだろう。


「では作戦概要を。目標は目の前の大結界。全部で七層構造です。耐久力はHP換算で一層一億、全部で七億ですが、物理、魔法攻撃耐性を90%帯びており、あらゆる攻撃が10%しか通りません。僕が一法分以内に全力で打撃を与えたとしても、一割程度削るのが限界と試算されています」


「分かり難いですッ」


「えー、具体的に言えば、僕の汎用高攻撃スキルである『偽束・空断』ですが、相手の防御力や抵抗力を考慮しない場合、ざっくりですが一撃で二億五千万ダメージ程出る筈なのですが、その一割である二千五百万ダメージしか通りません。他の耐性にも減衰されるので、五百万ダメージ相当かと」


「無理過ぎませんー?」


「ええ、なので、小龍閣下には既に動いて貰っていますが、まず何より信仰心を削られねばなりません。ここに集まってきている扶桑人をかたっぱしから行動不能にします」


「目標の大結界は、人々の信仰だけで成り立っているんですか?」


「いいえ。皆の信仰は統春の存在を確固たるものとして反映する為のきっかけに過ぎません。既に扶桑雅悦に対して浸食を開始している事を鑑みても、ヒトをはけさせた程度では止まらないでしょう。ただ、居る限り被害は増えますし、何より火種は無いに越した事はない」


「わっかりましたっ」


「大結界は罪業炉心レイが目ん玉を引ん剝く程分厚いとみられます。信仰心を削り、統春の存在強度を下げてから、大結界に攻撃を試みます。一度きりになるでしょう」


「ヨージさん、数回に分けるワケには、行きませんの?」


「何度もやっていたら、破壊が進んだ部分を修復されてしまいますからね。ただ、一度破れば再び張り直すのは至難であると考えられます。統春は結界の維持に自身の五割程魔力を割いていると想定されています。張り直すには想像を絶する魔力量が必要になりますし、破ってさえしまえば結界で阻まれていたこちらの策が直に通るようになりますし、僕が邪魔するので」


「面倒ですわねぇ……」


 大結界に触れる。視覚的には何もない空間だが、この先統春に到達するまでの距離に、氷河の如き分厚い結界が幾層も重なり合っている。一層二層破った程度では、統春に対して何ら影響を与えられない。


 また、結界というのは大体の場合起点、結節点などを結んで作るものだ。部分的に破壊出来るならばよかったが、これは統春を中心として球体状に広がっており、節目がない。


「タイミングは知らせるので、フィア殿は出来る限り最大の攻撃を出来るよう構えていてください」

「扶桑雅悦をぶん殴る世界初の竜精になりそうですわね」


「青葉君、拙生はどうすべきかな」

「赤城殿と神フレイヤには、観測と補助をお願いします」

「愚妹らしい仕事と言えます」


「民衆に被害が及びそうな場合は防御してあげてください。その都度許可は要りません」


「了解したぞ」

「畏まりました」


「まゆり、まゆり」

『はい、兄様』


「こちらが視えますか」

『結界ならば百貨店屋上からしっかりと』


「合図をしたら、一番強力なのをお願いします」

『はいっ』


 自分達の中で、一番威力を期待出来そうなのが真百合だ。減衰の無い距離で撃たせたかったが、こればかりは仕方がない。威力があり過ぎて周囲にいるニンゲンを巻き込んでしまう。それに、鉄火場に彼女を寄せ付けたくない、という理由もある。


「罪業炉心レイが結界に干渉しますから、攻撃開始はそれが合図となります。攻撃順番はその都度知らせますからね。では、全員バフ、デバフ耐性確認――大丈夫ですね。小龍閣下」


『ふむ。ではやるとするかのう。あまり使いたくないのじゃが』


 菊理に合図を送る。未だ呪文の大合唱を続ける民衆を止めねばならない。既に統春は信仰云々の段階にない事は明らかなのだが、民衆に下支えされている事実は、統春という存在を明確にし、意義を証明してしまう。


 神が信仰心を糧に力を振るうという、根底的な事実と同等だ。敵に在って嬉しい力ではない。


 統春の霊目に洗脳されている民衆に自由意思はない。ただ呪文を詠唱するだけの木偶扱いだろう。


 菊理が群衆の中央から、空へと飛びあがるのが見える。現在、旧ルールと新ルールが混ざっている為、彼女が行使可能な範囲での力、という事になるが、菊理の力の詳細について、ヨージは詳しくない。


 戦闘能力自体は殆どないと言って過言ではないだろう。だが彼女は間違いなく十全皇の『娘』であるからして、役割に応じた力自体は、持っているとヨージは考えていた。


 唯一教えられたのが……


『頭が高い。控えよ』


 菊理が天を指さしてから、振り下ろして言葉を紡ぐ。すると民衆が否応なく平伏し、閉口したのだ。


「うは、結構滅茶苦茶な力だな……扶桑人相手なら無敵じゃないか」

「あ、これエオが貰った首飾りの力に似てますね?」


「ああ、大樹教信者を無理やり伏せさせる、アレですね」

「口まで黙らせるの凄いですねぇ」


 菊理に直接的な力はない。だが、半独裁国家の代表代行者としての能力は、間違いなく授けられていた訳だ。竜に仇なし、竜に逆らう愚か者を強制的に地面へと這わせる、絶対的な能力である。


 その効果は覿面と見えて、明らかに統春に到達する魔力的な流れが数割断たれている。


「小龍閣下ッ!! 効果時間はッ!?」

「半法刻ッッ!!」


「では……」


 攻撃開始を合図する為手を上げる。が、異常を感知してすぐさま降ろした。


「なんだ……?」


 じわりと、汗が滲む。緊張から汗をかくような訓練は積んでいない。周囲を見る。異様に明るくなって来ていた。比喩表現ではない。純粋に、空が明るいのだ。


「うーん、夏でも来ましたか?」

「いや……空を」


 見上げる。太陽……の他に、もう一つ、熱源があるのだ。気温が上昇して行く。


「不味いなぁ……ッ」

『異常感知、直上!! 天照の権能よッ!!』


 白く白く、眩く輝く、第二の太陽だ。真夏の日中、影もない平野で感じる、全身を貫く熱。ただそこに居るだけで、死の気配を感じるには十分な威圧感は、まさしく天然自然の驚異である。


 扶桑に伝わる伝説を思い出す。十全皇は暮れなずむ夕日の神格を有している、故にここが日没宮と言われる由縁である。


 荒れ狂った太陽神が、陽を沈まなくした。大地は干上がり、ヒトは地に這い、動物は死に絶えたという。たとえ話でもなんでもなく、過去に存在した天照という大神は、これを実行したのだ。そしてそれを、十全皇が打ち破ったからこそ、そのような逸話となっている。


【これたかぁー……――……】

「今度はなんだ……ッ!!」


【コレタカ……コレタカァ……――】

「統春か……? うっ」


 視線を扶桑雅悦へと向ける。本樹に張り付いていた筈の統春だったが、既にその姿はヒトのカタチを保っていなかった。肉体だったと思しき場所はすべて樹木に置き換わっており……無数の目が、びっしりと生えている。


 彼……父幹鷹の相棒であった男、剣崎山が語った事を思い出す。悪辣クリフォトは生きている。大樹には無数の目が張り付き、全てを監視していたのだ、という話だ。


 同等の事象とは言わないが、それでも、それを想起するような様相だ。


「統春ッ!! 話が通じるなら止めろッ!!」

【これたかぁ……――】


「なんだッ」

【たすけてぇ……――……】


「な、にぃ……?」


 統春から生える無数の目が、涙をこぼしている。悲哀に満ちた、どうしようもなくなってしまった、女の涙だ。ヨージの精神を刺激してあまりあるこれは、どうやら冗談というワケではないらしい。


【にげ……】

「――……――ッ!! 総員防御ッ!! 防御張って伏せぇぇぇッッ!!」


 宙に、もう一つ輝くものが見えた。それは間違いなく物体であり、そして光を反射している、そのような様子だけが窺えた。なんだかは解らない、解らないが、確実な脅威と死を感じ取ったヨージは、今まで出した事も無いような大声で皆に危機を知らせる。


 瞬間、物体から反射した太陽光――と思しきものは、実京を撫でるようにして放たれた。強烈な熱が辺りに放射し、気圧変化で爆風が吹きすさぶ。


「どあッ」

「ひょえ……ッ!! なになに、なんですッ?」


「エオ、頭さげて……ッ」


 遠方から爆発音。魔力が撹拌される気配がある。日没宮の屋根へと上がり遠方を望むと、太陽光が放たれたその一直線に、実京の街が焼き払われている。


「まゆり、我が神、平気ですかっ」

『へいき』

『ぶ、無事です。今のは……』


「統春……だと思われるものの攻撃です。街はどうなってますか」


『雁道軍が岩石を降らせたせいで、皆郊外に一時避難していますから、死者は思ったよりは、居ないかと……しかし、火の手が上がっています』


『目に見える怪我人はかたっぱしから治してるよ。誘導しておくね』


「わかりました。まゆりも役割を終えたら、我が神に従ってください」


『は、はい。兄様』


「統春ッ!! 聴こえているのかッ!! お前は今どうなっているッ」

【だま、騙され……】


「騙された……?」

【助けて……止まンないの……止まんないんだよッ】


「浸食が、止められない?」

【止まんないよぉ……】


「結界を、結界を解いてください、何とかしますからッ」

【なんも、コントロール出来ない……】


「――……解りました、今から、楽にしますから」


 ……どういう事だ。統春は目的を達成しつつあったのではないのか。奴は奴の思い通り、扶桑雅悦を順調に浸食している。このままいけば、時間切れでこっちが負けである。


 ……他の者の意図が入り込んでいる、と考えるのが妥当だ。統春は望んだ通りに物事を運んだ。しかしその最中、別の意図に気が付いてしまった。そしてそれは、最終的に、統春の望む方向とは、違う場所を目指している。


 だからこそ、統春はコントロールを失い、ただ力に振り回されている、可能性がある。


 ――ではやる事は変わらない。結界をぶち破り、統春を扶桑雅悦から引き剥がすのだ。


「時間がない……始めますッ!! レイ殿、干渉開始ッ」

『頼むから一回で決まってよ~……』


 罪業炉心レイが大結界の結合に対して中和を試み始める。数法秒と立たずして、露骨に結界の強度が下がり始めた。行けるかどうかは不明ながら、希望が見える程度には減衰している。


「攻撃始めッ!! フィア殿、チャージ解除ッ!!」

「行きますわよぉ……『固有・黄金律』『HP八割消費、砕星くだきぼし』」


「ぬぉッ」


 フィアレス全力の拳が結界に叩き込まれる。彼女の固有である黄金律は自身に巡る運を必然レベルにまで引き上げ、行動の結果を最適化する。例えば攻撃に転用するならば、ダメージの最大限の上振れを確実に引き起こす事が可能だ。


 そこを彼女の最大攻撃スキルである砕星に乗せ、確定で最大ダメージ、クリティカル、物理防御力貫通を付与する訳である。正直、絶対に生身では受けたくない攻撃が目の前で展開し、衝撃波で破れた空気が何重にもなって周囲を吹き飛ばす。


「どぉぉですかッ!! まったく活躍の機会も無かったのですから、これぐらい出来ませんとッ」

「テンション高いな……しかし凄い威力です」


 分厚く張られた結界の上層面が丸ごと弾けて吹き飛んでいる。直撃した部分に関しては、土地を露天掘りしたような穴が開いていた。明らかに、二層目の半分にまで到達している。


 これを起点に攻めて行く事になる。


「エオ、頼みます」

「はーい!! あ、ヨージ、後ろから支えてください」


「え? はい、了解です」


 言われ、エオの背中に手を沿える。彼女はそれを確認すると、着物の両腕を破り捨てた。何をしでかすのかと思いきや、腕にはびっしりの……ルーンが刻まれていた。


 ルーンの呪縛によって悲惨な目にあった過去の自分はもう居ないとでも言いたげである。

 彼女は元から、出来る事を、出来る限り、使えるものを、使える限り使う女だ。


(アンスル)(言葉に力を)(アンスル)(より強く)(フェオ)(絶大な魔力を)(ウル)(折れない心を)」


 腕に刻まれたルーンを、一つずつ撫でながら詠唱を続けている。


 ……世間など知らない修道女であった頃の彼女はもう居ない。今の彼女は行動の全てに自信が溢れている。こうして抑えている背中からも、そんな力強さが伝わって来る。


 それに、少し大きくなっただろうか。少女とは思えない頼もしさだ。


 エオは恐らく幸せなのだろう。そして、その支えになっているのが自分だ。どうか……この子には、そのまま幸せでいて貰いたい。


「あ、ヨージ」

「はい?」


「このままだと魔力出力に対して身体が持ちそうにないので、封印解きますね?」

「え?」


(ギュフ)(ハガル)(マン)


 攻撃の為のルーンとは、また別のルーンを行使する。魔法行使中に別の魔法を行使してはならない、学校で一番最初に教えられる禁忌行動だ。何食わぬ顔でこれを平然と行う辺り、出来が違う。


 唱え終えると、エオの肉体が物理的に、魔法的に頑強になったのが伝わって来る。頬や腕の一部に黄金色の竜鱗が見えた。構造的に……ニンゲンからリュウへと、変化したのだろう。


 彼女の肉体を構成している要素は、本来竜種の割合が多い。それでもニンゲンの少女として暮らしていたのは、ユーヴィルによる封印がある為だ。


 ただの少女として過ごして欲しい。そんな思いはあったのだろうが……彼女はそんな枠に収まるような人物ではなかった。


О(オセル)(我が血統をみよ)Th(ソーン)(伏して拝め)……ヨージ」

「ええ」


「しっかり押さえてよ……ッ!!」


 エオから爆発的な魔力を感じ取る。これは当然ながら、ヨージが普段行使する魔法とは比べ物にならない桁数の威力だろう。まだ扱いなれない雰囲気こそあるものの、竜精に並び立っていると言われても、違和感はない。


IIIII(イース)――――ッッ!!(我は巨人の子。世界よ凍てつけ、時へ沈め)』」


 魔法が放たれる瞬間、確実に時間が停止した。それは魔法を打つエオと、それを抑えるヨージにだけ感じ取れるものだった。


 幾層にも重なる魔法円、その先に長大にして極大にして極寒の氷柱が姿を現し、結界目掛けて射出される。時間停止解除と共に超速度へと加速、世界が割れたのではないかと思える程の爆音を響かせ、氷柱が結界と共に爆砕した。


「――――ッ!!」

「再封印……(エオー)、I(イース)……ぶはっ!! ダメージはぁっ?」


「四層に到達しています……離れて休んでください。ありがとう」

「うふふっ、はーいっ」


「総員、結界から離れてッ!! 超魔法が飛んできますからっ!! まゆりっ!!」

『征きます』


 打合せ通り、結界に一番近づいてしまっている民衆に対して、フレイヤと赤城が防御を張って待機、役割を終えたフィアレスとエオを下げ、ヨージは前へと出る。


「統春、聞こえますか」

【……】


「今止めます。静かにお縄についてください。知っている事は全部話してください……そうしてくれるならば、なるべく、僕が貴女を擁護しますから」


【……もう】


「え?」

【もう、そういう段階の話じゃ……ないね、コレ】


 意思疎通は、まだ可能だ。だが彼女は既に諦めが出ている。確かに、統春の肉体はもはやどこにも見当たらず、扶桑雅悦と一体化している。これを後遺症無く引き抜くのは、無理難題だろうが……それを覆すだけの奇跡が、こちらにはある。


 故にその身を心配する必要はない。だからこそ、彼女の発言は、己の身を案じるものなどでは、断じてないのだ。


 後方から絶大な魔力を感じる。2フルス先、百貨店屋上の真百合がはなった龍の一条道(ドラグロード)だろう。洗脳状態になく、かつ事前準備を完全に済ませ、究極にまで研ぎ澄ました精神から放たれたでろうこの固有技は、少なくともこの世界においては、竜種すら消し飛ばし得る。


龍の一条道(ドラグロード)』の極大光線が大結界に突き刺さる。威力は想定されていた以上だろう。残り三層となった大結界を、一枚ずつ焼き切り始める。


(僕の出番は……無いな)


 これでもまだ大結界が健在であったならば、ヨージは『真願・白雷鏖刃』を叩き込む予定で居たが、その必要は無さそうだ。では中で苦しむ統春を、さてどうするかと考えるべきだろう。


 皆に力を借りて作戦を遂行する。確かに部隊運営をしていたヨージにとって、仲間との作戦遂行がなかったとは言わない。しかし基本は皆が皆強大な力を持つ個人であったし、何よりヨージがその誰よりも強く、大半の事を一人で終わらせてしまえていた。


 こうして一つの目標に対して、手を合わせて戦うなど、無かった事だ。


(少しは成長したかな)


 仲間。そんなもの、時鷹で最後であると、思っていたのだが。


「まゆり、ありがとう」

『お役に、立てましたか?』


「もちろん。全部終わったら、一度お話しましょう。これまでの事、これからの事……」


 大結界は既に虫の息だ。ヨージが一突きすれば道は開かれる。


 破れかけの結界に歩みを進める。

 進める。

 進める。


 進め。進め進め。


「――……うん……?」


 足が震えていた。前に進んでいない。それを見ていた周りが、その異常に小首を傾げる。


 ヨージは何故か震える脚を手でひっ叩き、改めて顔を上げた。


「――ぎっ……ぐ、あっ」


 視界が真っ赤に染まる。眼球から出血、強烈な吐き気を催す。痛みや生理現象から敵を見失うような訓練は積んでいない、どうなろうと敵に対して前を向かねばならない。


 敵、敵、敵は。


「ヨージ、あれ」

「――……」


 エオが指さした先。扶桑雅悦本樹へと至る朱標柱の間、その空間から、一体の……少女が姿を現した。それは知っている姿だ。真っ黒な装束に身を包んだ十全皇、その分身……なのだが、何故、今、そこから、出て来るのかが、解らない。


 言い知れない恐怖。その分身はいつも見ている姿であるのに、仮面の如く張り付いた無表情、生気を感じられない無機質な動き、全身を串刺しにするような、強烈な攻性魔力が、ヨージの全身を強張らせ、畏怖させ、縛り付ける。


『惟鷹ッ!!』

「レイ殿、あれは」


『警戒してッ』

「あの分身はなんですッ」


『あれは――"浄化機構"よ』

「えっ」


 浄化機構。ゼロツーとの会話の中でその名を聞いた覚えがある。

 世界終末時、作られた全てを破壊し、世界を更地にする為に生み出される……掃除屋だ。


 分身が指を天に差したあと、真っ直ぐこちらを指さす。攻性魔力を打ち出しただけだが、威力は尋常ではなく、衝撃波が発生、強烈な圧にその場にいる全員が防御姿勢を取る。


『街中にも湧き始めてるわ……ッ』

「ええい面倒なッ」


 自分達はまだマシだ。問題は統春が集めた臣民達である。菊理の能力で伏せている為、逃げる事すらままならないのだ。赤城達の張った結界がある程度を防いでいるが……。


「奴の放つ攻性魔力だけでも威力があり過ぎる!! 青葉君、これは無理だッ」

「根性見せて堪えてくださいッ!! 神フレイヤもッ」


「うおおお扶桑軍人を舐めるな――ッ」

「浄化機構は怖すぎる事を認めます……うっ、吐きそう」


 ここの民衆を守るだけならば、エオなどに補助を任せれば凌ぎ切れるだろう。だが、街はどうなっているのか。


「レイ殿、街の方はッ」


『街には、蜘蛛の形をした浄化機構α(アルファ)が湧いているわ。環境を破壊せず生命体を殺すように命令されているの。ただのニンゲンでは一溜りもない』


「分身の方は?」


『今目の前にいるヒト型の方は、浄化機構γ(ガンマ)。蜘蛛部隊の部隊長兼、通常人類の強さにない、抜けた力を持った者達を殺すように出来てる。つまり、惟鷹みたいな人達を殺す用』


「どうにかなるものですか……?」

『どうにかして欲しいわね……まだ、最終段階にはないみたいだから』


「最終段階になると、どうなりますか」

『浄化機構Ω(オメガ)は、地球環境を変化させる』


「え……?」


『少なくとも扶桑領土の空気が、現存生命体の暮らせる大気組成ではなくなって、全員窒息死するようになっているの。生命体を殺害するなら、それが一番簡単だから。水中も似たような方法を使うわ』


 自分達が暮らしている世界が、どれほどリュウの匙加減によって成り立っているのか、その事実を改めて突きつけられるような内容である。


 統春が雅悦を乗っ取り始めた結果、不具合を起こしたのだろう。人類浄化の実働部隊の一部が、出て来てしまっているのだ。


 そして、ただ生命体を殺すだけならば、力も、魔法も、なんの意味もなく、呼吸を止めるだけという、あまりに単純にして凶悪な手段が存在するワケだ。


「まあすんなり行かない事ぐらいは、知ってましたよッ!! エオ、赤城殿達の補助ッ!! フィア殿は僕のバックアップッ!! 我が神、緊急事態ッ!! 蜘蛛のような敵が街へと攻め入ります、座標を示すので、出来る限りのヒト達を地下施設に避難させてください……ッ」


『ん。座標了解。郊外に逃げきれなかったヒトはそっちに案内する』


 浄化機構αの数がどれほどの規模かは不明だが、何もしないよりはマシだ。街中は火災が起きている上に、疑似太陽が顕現している為、どんどん気温が上がっている。このままにしていても干乾びて死んでしまうだろう。


「ああそうだ、いつもそうだ。でも今更だ」


 人手が足りな過ぎる。そして防戦一方では絶対にジリ貧である。目の前に元凶は存在しているのだから、それに取り掛かるのが、最適解だ。


 結界はあと薄皮一枚。これを破るのに……目の前の分身、浄化機構γを、殺さねばならない。


「"スイッチホルスター・オン"こんにちは、はじめまして」

「――……」


「ヨージ・衣笠です。貴女は?」

「――――γ」


「宜しいです。では、押し通ります」


 全身に魔力が巡る。比喩なく音速を越えたヨージの一撃が、無拍子のまま放たれた。






 常軌を逸した速度の刃は確実に浄化機構γの頸を捉えていた。手応えとしても間違いなく、刎ね飛ばしてもおかしくない威力、角度であった事は、幾多のクビを刎ねて来たヨージに確証を抱かせるものであっただろう。


 だが、一切落ちてなどいない。まるで刃が立たない。


(ステータスが見れないのですよねぇ……)


 γは徒手空拳である。ヨージの刃を無造作に右腕で跳ね返すと、その勢いで左手が真っ直ぐ飛んで来た。


 見て避ける事自体は造作もなかった。速さ自体に特筆すべき点はない。切り返し、再び刃を浴びせる。頭部への一撃だ。相手がニンゲンだろうがバケモノだろうが真っ二つにして来たヨージの一刀はしかし、虚しく弾かれる。


(硬すぎる)


 ヨージは冷静だ。簡単に倒せる相手などとは思っていない。浄化機構とまで名乗るのであるから、人類からのダメージを軽減する属性を帯びていて然るべきである。


 探りを入れ続ける。次は実験的な攻撃方法を勘案し実行に移す。


『白雷招来』


 白雷剣系統スキルを用いる為の事前詠唱。この時点で全身に風属性の防御が張られ、武器にも風属性が乗る。高速度で繰り出される突きを避けながらまずは一撃。


「――」


 無傷、ではないようだ。γの肩を掠った瞬間、火花のようなものが見えた。実際の火花ではないだろうが、何かしら魔法が干渉し、それを防御した節が見受けられる。


 もう一度浄化機構γを良く観察する。


 背丈は普段十全皇の分身が取っている150小バーム程度。髪はかなり長く黒い。表情に変化はなく、感情らしきものが搭載されているようには見えない。


 全身を覆っている装束は、扶桑女性が一般的に身につける着物を、着崩して大胆にアレンジしたようなものだ。振袖であるのが妙な矜持を感じる。ただコレが戦闘用の分身である事を考えると、その振袖自体が武器である可能性も否めない。


 そんな事を考えている間に、早速袖が刃のように振られてヨージの鼻先を掠めて行く。


 一番特徴的な部分は何かといえば、やはり関節部だろう。


 生体としては作っていないのかもしれない。球体関節人形だ。つなぎ目があるならば、当然そこが弱点になり得るだろうが……そもそもの耐久性が高い事、どれほどの自己回復能力があるか分からない事、まで考慮すると、わざわざ狙いに行く程でもない。


 振り乱した長い髪がうねり束となって風を切り裂きながら迫る。一つ、二つと躱しながら隙が出来ては攻撃を差し込む。


 隙はかなり多い。何をモデルとしているかは不明なれど、決して達人的な動きをする訳ではない。頑丈さに任せて戦っているだけだろう。


 ……ここまでで十法秒程。流石に限界だ。硬い、以外の情報が得られない。


「レイ殿、弱点に心当たりは」

『バケモノを殺す為のバケモノに、わざわざ虚弱性なんて与えないわ』


「ごもっとも」

『あれ、もしかして、結構余裕なの……?』


「ひたすらに硬い。感想はそれだけですね」

『決めてがないのね』


「学習能力などは」


『相手に合わせて対応ぐらいはするけど、外界の影響を避ける為に"二度目はきかない"みたいな機能は載せていない筈よ。逆手に取られやすいから』


「そうですか、では――『偽束・空断』」


 攻撃などを学ばれて耐性を付けられては叶わない。そう考えていたが、考慮する必要がないと解った。すぐさま判断し、即時最大火力を発揮出来る技を放つ。


「――ッッ」


 光り輝く一閃は隙を作ったγのドテっ腹に直撃、γを派手に吹っ飛ばす。防御魔法などが破れた気配がないあたり、最初から防御魔法など張ってはおらず、素体そのものが頑丈なのだろう。


『六元詞纏・百式』


 すぐさま追い打ちに掛かる。あまりの威力に中空に曝されているγを追い抜き、地面落下寸前の身体に対して一撃を叩き込む。


「フィア殿ッ」

「合点ッ」


 今度は地面に叩きつけられ、毬のように跳ねるγに対し、更に跳び上がって追撃する。γが大結界に叩きつけられると同時に、フィアレスの拳が差し込まれ、結界に盛大にめり込んだ。


「お上手です」

「おほほ。造作もありませんわ」


「さてダメージは……果たして」

「――」


 γが筋力を用いない、非ニンゲン的な挙動で立ち上がり、腹を擦る。

 ほぼ無傷。これは不味いかもしれない。


「脅威度を更新」

「――ああ、聴きたくない台詞だなぁ……」


「攻撃対象の脅威度をカテゴリB+に認定。γ権限内対準竜種形態へ移行」


 システマチックなセリフが響く。罪業炉心にしても、十全皇の管制システムにしても、『彼女達』というものは、規則正しく並べられ、状況に対応して動く巨大な生物であるようだ。


 このγとて、本来はその内の一つでしかなかった筈だ。統春の干渉によってそのシステムに不具合が生じている、と想像していたが、果たしてそうだろうか。


 統春が、何者かの意図によって行動を捻じ曲げられているのならば、今ここで出て来てしまっている浄化機構とて、その内なのではないか。


 γの形態が振袖姿から、全身をピッチリと覆うスーツ姿へ変化。次元の隙間から一本の薙刀が降って湧き、彼女の手に握られる。


 先ほどまでは何ら形式に寄らない、純粋な暴力を振るっていたようだが、γは薙刀を『構え』た。構えたからには、構えた理由のある技術が存在している。


(今の僕でB+程度なのか。A対応になったらどうなる……?)


 絶望的な事を考えても仕方がない。後ろ向きな思考を棄てて目の前を見る。γはスタイル変更によって攻撃的になったのだろう。さっそくこちらへと飛び掛かって来る。


 得物は十全皇と同じ薙刀だ。攻撃範囲については、見た目通りではないだろう。明らかに間合いが長すぎる。致死的な攻撃を軌道を読みながら躱す。


「フィア殿合わせて」

「ええ」


 ヨージの刀とγの薙刀がカチ合う。象でも相手にしているかのようにビクともしない。体術での崩しも意味は成さないだろう。呼吸などはなく、当然筋肉もない為、生物としての読みが通用しない。次、いつ動くのか、どう動くのか、その先が解らないというのは、不気味なものだ。


 まさに昆虫でも相手にしているようである。


 とはいえ、機械だったとしてもバランスぐらいは存在するだろう。一気に押し返す力を緩めていなすと二の足を踏んで崩れた。


「ふンッ!!」


 そのタイミングを見計らい、フィアレスの一撃がγの脇腹に叩き込まれる。風に吹かれた紙細工の如く飛んで行き、地面へと叩きつけられた。ダメージが期待出来るかはともかく、こちらの息を整えねばならない。


 ただの相手ならば体力など気にする必要はないし、そもそもそんなものを気にしている間も無く相手は死ぬのだが、γは呼吸という生理現象が存在せず無限に攻撃を繰り出して来る為、どうやっても手が合わない。なおかつ力も強いので、受ければ受けれるだけヨージの持久力が削られる。


 呼吸を整え――


「――ッ」


 戦場で、愚かにもそんな余裕をみせてしまったが故だろうか。

 いや、最初から、そんな余裕をみせてしまうように、意図していたのか。


 γが全く隙無く立ち上がると、ヨージの目にして捉えられない速度で接近、フィアレスを勢いのまま斬り伏せた。


「ぐぅッ」

「フィア殿ッ」


 即座に反応して斬りかかるが、回避される。防御されるならまだしも、最小限の動きで見切られたのは屈辱だ。感情など搭載されていないだろうγが、薄笑いしたように見えた。


「チッ」


 致命的な気配から、薙刀の刃先が点を穿つように放たれる。顔面を狙ったソレを寸でのところで躱すも、頬と耳を抉られた。普通の身体ならば衝撃波だけで頭が飛んだだろう。


「ら、らいりょうぶれふかッ!?」

「カハッ……あ、ぐぅぅ……い、痛み、痛みってこれ……くぅぅぅぅ……」


 フィアレスはHPの七割を持って行かれている。竜精が、痛みで苦しむなどまずない事だ。ルールが混在しているというのならば、むしろフィアレスの身体は竜種寄りになっている筈である。つまり、制限を受ける緊急法よりも頑丈であり、大部分の生理現象をカット出来ていてもおかしくない。


 幸い自動回復は作動し、自動道具使用も働く。死に至る事はないが……先が見えない相手だ。


『その武器、痛覚遮断やら強制止血やらを全部無効化するわ』

「いちち……早く言ってください」


『γを解析してたの』

「大樹から出力されているのに、解析しなければ中身が分からないのですか?」


『現状がイレギュラーそのものだもの。浄化機構は基本的に、世界のルールに沿った強さに出力されるわ』


「つまり、危機回避緊急法第3番なら、そのルールに沿った、人類浄化機能を有していると?」


『そうなる。そのルール内で存在し得る障害を倒し得る強さになる。体力も、魔法も、耐性もね』

「では、今は?」


『危機回避緊急法第3番において、人類が太刀打ち出来ない強さ、ぐらい』

「最悪じゃないですか……」


『逆に言えば、それ以外の耐性がない。今貴方達は恒常法第1番の影響も受けているでしょう。そっちの魔法や攻撃で、なんとかならないかしら』


「普段の我々の力ですね……しかし……」


 フィアレスとは違い、普段よりも緊急法ルール内のヨージの方が各段に強い、という覆しようがない事実がある。例えば今ここで、ヨージが高火力として信頼している無属性魔法『顕王失墜』などを放ったところで、魔法が得意な者ならば防御魔法一つで防げるだろう。それほどまでに魔法や斬撃の威力が異なる。


『緊急法内に存在しないもの……存在しない攻撃……武器……』

「……γの詳細……はッ」


 迫り来るγの攻撃を受ける。超速度の打ち合い、間合いを測り威力を量り、何合もの衝突を繰り返す。薙刀での攻撃は、力任せで打たれるよりも読みやすいが、その分圧が違う。


 今手にしているこの武器――炉心迷路区画で拾った、鈴谷新の武器の再現品らしいが、頑丈さと攻撃力こそ高いものの、だからと言って何かしらの特性を持っているワケではない。


『HP3億、元素属性全種、種族特性竜9、神1。ステータスは全部カンスト……弱点属性も弱点種族特性もない』


「竜9じゃあ、ダメージ、通らないじゃないですかッ」


『元素も弾くからダメージ通らないわね……』

「特別攻撃効果……竜……竜特攻はどうですか?」


 人特性以外、神や精霊などの種族特性を帯びていると、同等の種族を対象とした攻撃を軽減出来る。逆に、神や精霊といった種族特性に対して強力な攻撃効果を持つ魔法や武器も有る為、一長一短である。


 だが竜は違う。この属性を帯びている場合、あらゆる物理、魔法攻撃を数値分軽減されてしまう。エオなどが顕著だ。そして通常、竜に対する特攻効果を持つ魔法も武器も無い。


 無いが……


『リュウに仇なすような武器や魔法は、本来生成されないわね』

「――ははっ」


 それを聞いて、思わず笑ってしまった。


『ええ?』


 十全皇は一人で大きなモノなど作ってはいけない人物なのだろう。この危機回避緊急法第3番なる法則も、途中までは他竜の手を借りたのだろうが、他竜との確執が産まれてからは一人で作っていたに違いない。


 しかし一人で作りには規模が大きい上に時間がかかり過ぎた故、ある程度カタチになった状態で細かい部分を詰めていなかった、そんな印象が大きい。


 設定が緩い。例外が多すぎる。穴だらけ。

 だが、今はそれを感謝しなければならない。


「フィア殿、動けますかッ」

「え、ええっ。足手まといなんて、なりませんわよ、わたくしはッ」


「ありがとうございますっ」

「えっ」


「全部貴女のお陰だッ!! 終わったら、常識の範囲内で貴女の望みを聞きましょうッ」

「ええッ? なんだか解りませんけれど、それは最高ですわねぇ……ッ」


「下がって、エオ達と一緒に防御に回って下さいッ」

「え、何をなさるおつもり?」


「最終奥義を放ちます」


 フィアレスが下がったのを確認し、ヨージは周囲に対して攻性魔力を発揮、自身の魔力を周囲へと波及させ始める。


『ちょちょちょ、惟鷹ッ!! それは無駄撃ちよッ!! 過去に竜種や大樹を斬った記録があるからって、白雷鏖刃に過去の属性が乗ったりしないわッ!! 乗るのは今のステータスと武器特性のみっ』


「この世界で竜特攻武器などは生成されない。竜は本来人類を守る側であり、それを害する武器などありはしないし、そもそも元のルールの世界にだって、竜種を傷つけた武器など、余程でない限りは、存在しない」


『魔刀グラムや魔剣バルムンクは、例外の例外の例外ッ!! 竜が許可しているから存在するようなものなの。だから、その新の武器の模造品じゃあ、γは傷付かない。惜しいわ。確かに、グラムが残存していれば、可能性もあっただろうに……あ、バルムンク……ッ!! は、エレインが叩き折っちゃったわね……』


「この武器じゃ無理だ。ただ頑丈なので、大工仕事には使えますかね」


 そういって、ヨージは手にしていた武器をγに対して投げつける。流石のγも、これには小首を傾げていた。γですら、そんな反応をせざるを得ない暴挙だ。


『惟鷹……?』

「ヨージさん、頭でもブチましたの??」


「しかし在る。竜種を傷つけた武器が。現存しているのですよ。コイツの属性を乗せます」


 そう言って、ヨージはアイテムを保存している次元倉庫の中に手を突っ込む。


 過去にも、フェニクス島において、アスト・ダールを屠る際、身体の欠損を引き換えに、緊急的に行使した事のある魔法だ。次元などというモノに手を出す為、代償は計り知れないが、ヨージならば無理をすれば可能だった。


 この世界では容量こそ少ないが、選りすぐったアイテムを保管しておける、簡単な基礎魔法だ。

 

 取り出したのは、一振の刀。

 何の変哲もない、誰に打たれたかもわからない、消耗品だ。


「まあ……」

「もう一年以上前でしたね。本当に、あの時は必死でした」


 それを見たフィアレスが目を瞬かせる。森の残滓がビグ村内に攻め込んだ折、たまたま通りかかった刃物屋から、戦時徴収だという言い訳をしてくすねて来たものである。


「モノは長く使うべきだ」


 それからというもの、使い勝手が良く、次第に手に慣れて来た事から、手放すのが惜しくなっていた。途中、蒼鷹から秘澤守七房ひざわのかみななふさを取り返した時に取り替えても良かったのだが、そうする事もなく、グラムを下賜された後も、普段使いはコチラであっただろう。


 いやに頑丈で、不思議と刃零れせず、大体は望んだ通りにモノが斬れる、すぐれもの。


 それはやはり――


「わたくしのクビを斬ったから……それ、わたくしの呪詛が入っているのでは?」

「今は感謝しかありません」


 実京を訪れた折、観光案内所に預けたままであったコレを引き出して来たのだ。役割は無いものだと思っていたが、いざこのルールで鑑定してみた時、その事実に気が付いた。


 本来この刀に竜種を斬るだけの力があったかどうかは重要ではない。ソレが竜種を切断し、現存し、世界最高峰の使い手に使われ続けて来た、という事実だけが重要だ。


「これは、竜精序列第六位、フィアレス・ドラグニール・マークファスのクビを切り落とした魔剣、という覆しようのない真実を帯びています。間違いなく、世界に一本だ」


 リュウを傷つける物体は本来産まれない。だが存在してしまっているという矛盾が、この刀には宿ってしまっているのである。


『うわ、竜特攻がえげつない程乗ってるわッ!! ホント酷いルールッ!!』

「総員警戒ッ!! 結界ごと斬り飛ばすッ!!」


「――ッッ!!」


『天命摩消 古鷹風神明道流奥義――』


 寿命を十年代償とし。


『真願・白雷鏖刃はくらいおうじんッッ!!』


 現状あり得ない力を秘めた剣で、死を顕現させる。


「死に候へ」


 対象を浄化機構γとした刃の嵐が、主人の命を食い破りながら襲い掛かる。最初こそ斬撃を涼し気な顔でいなしていたγだったが、時間が経つにつれて苛烈さを増す攻撃に、必死に対応し始める。


 γがとうとう大結界にまで押し込められる。数度の強烈な斬撃を躱した結果、薄まっていた大結界にまで穴を開け始めた。


「γ対応――不可――Ω……召喚承認――」

『偽束・空断』


 不穏な言葉を紡ぐ、その手前で空断を差し込む。日に三度の使用制限、その最後の一撃だ。光の線は流れる水のようにγの身体を突き抜けて行く。


「嫁と同じ顔をした女を、何度も斬らせないでください」


 γの頸が刎ね跳ぶ。同時に、ガラスが割れるような音と共に、大結界も崩れ去った。


「――……」


 残心。確認。機能は停止しているようだ。γは直ぐ、黒い光の粒となって地面へと消えた。


「――統春と対面します。皆さんは、警戒を解かないように」






 扶桑雅悦の根元は、既に人類が長時間生存出来ない程の気温となっていた。


 結界が破れた瞬間から罪業炉心レイが介入、結界の再施工はもう出来ない。暴走した統春からの反撃なども予想されたが、それもない。


 雅悦と同化し、人型の樹木となっている統春に近づく。全身を覆う目玉がギョロリとヨージを見つめていた。


「コレタカ……ごめん……」

「謝罪も言い訳も聞いてあげますから、まずそこから退けましょうか……暑くて敵わない」


「宝玉……を……自分じゃ、取れなくて……」

「これかぁ」


 統春を四つの宝玉が取り巻いている。黄色く丸いモノが三つに、青い勾玉状のものが一つ。


 ヨージが抜刀、四つの輝きは散り散りとなって霧散した。それと同時に、統春から放たれる禍々しい魔力が減衰して行くのが解る。


「アハハ……それ、ね。四姉妹の……魂……」

「――え」


「言い忘れた、けど。冬乱自爆させたの、あーし」

「は……?」


「冬乱にアンタ殺されたら、困ったからサ……ああでも、……あン時……四光教国が終わった日に、さ。終わらせて、おけば、良かったのに」


「なんで早く言わないんですか……ッ!! これ、どうやって修復すれば」


「言ったら、アンタ優しいから、あーしの事、助けようとすんじゃん……?」

「莫迦な。何てことを。統春、今逝かれたら困るのです。貴女はいったい、何に――」


「――×○◇○○――……×××……なんか、聴こえた?」

「え、なんて?」


 何かを口にした、らしいが、何も聞こえてこない。これは覚えがある。神美月の、言語統制と似たようなものだろう。何者かによって発言を許されていないのだ。


「まだ……奴は……アンタにネタバレする気は、ないみたい」

「特徴すら口に出来ませんか」


「×××……〇◇××……うん、ダメ。ああ、うん。聴こえる……どうせこれから分かるんだからって……あーしの口から……言う事じゃないって……」


「そんな事が出来る奴なんて限られる。間違いなく竜だ。どの竜かなんて、調べれば」

「シナリオが……あるンだってサ……馬鹿みたい。くそ……クソクソクソ……」


 巨大な目玉が複数、大粒の涙を流す。統春の魔力が減衰したのを見計らい、罪業炉心レイが奪われた分を奪取しているのだろう。統春が同化している部分が、萎れて行く。


「まだ……」

「はい」


「まだ、あーしに、役割が、ある、みたい……」

「えっ」


 全身が総毛立つ。最悪が起こる前兆の気配に身震いする。


「"魔力供出""竜の通り道"」


 聞き覚えのある詠唱。しかしそれが何を意味するのかは分からない。


「統春、止められないのですか」


「無理。あーし、なんも、出来ない……こんな……畜生……畜生……あーしの人生、なんだったんだよ……なんだったんだよ――ッッ!!」


「統春ッ」

『惟鷹ッ!!』


「なんですか」

『扶桑雅悦の操作権限の殆どは奪取したのだけれど、その……』


「なんです。言い難い事ですか」


『浄化機構、発動したまんまで……』

「えっ」


『α増員、γ複数体。α複合体のβも湧出。浄化機構の発動は、本来最終手段だから、代理権限者がどうこう出来るものじゃない。主支配体権限がないと、止められない』


「嘘でしょう――」


 あんな。


 あんなバケモノが、何十、何百と、湧くというのか。


「――統春、貴女が何を考えていたのかは知りませんが」

「……」


「覚えておきます。少なくとも、僕が死ぬまでは」

「嗚呼……ごめんね、コレタカ……みんなごめん……あーし……ただの馬鹿だ」


 褒めるべき相手ではない。しかしこんなにも悲しそうに嘆く女を、罵倒する言葉も持たない。


 手を伸ばす。


 統春の形をしていた枝が、粉々になって砕け散った。目を瞑り、拳を握りしめ、木の幹を叩きつける。このままでは真実が闇の中だ。


 それに、統春が何をしたかったのか、一つも解らないままではないか。彼女がこれだけの暴挙に及んだ理由があった筈だ、そこには彼女なりの願いや覚悟があった筈だ。敵ながら、その矜持を示さぬまま死んでは、あまりに虚しいではないか。


「くっそぉ……ッ!! 何者だ、何だって言うんだ!! 何でこんな事をする!! レイ殿!! ゼロツー殿の更新はッ!!」


『いまやってるわよッ!! それでもあと半法刻は掛かるのッ!!』

「しかしこのままでは、ものの数法分で首都が地獄になりますよ……ッ」


『くそ、なんで浄化機構が動いたのよ……ぬぅぅぅぅぅッ!!』

「黒幕がいます。扶桑雅悦浸食も、統春の力だけでは、ないでしょう」


『そんな事出来る奴なんて……限られるわ。うう、どうすれば……』

「とにかく、僕は街へ行きます」


 雅悦から飛び降り、皆の下へ駆け寄る。


「小龍閣下、民衆の拘束を解除して、全員日没宮へ避難させてくださいッ」

「ふええ、忙しすぎるぞ……わかった、わかったから」


「他全員は、回復と補充を終え次第、街に出て応戦ッ」

「青葉君、何が起こったね?」


「統春は崩れ去りました。支配権も殆どが罪業炉心に戻りましたが、浄化機構だけはまだ動いています。街に、α型とγ型、そしてα複合のβ型が暴れていると予想されます」


「なっ――あんなものが、複数居るというのかッ!!」


「全員……得意な事だけしてください。無理だと思ったら即座に撤退。正直――都民の全員を救えるとは、とても思えない……半法刻、出来る限り、ヒトを救ってください……ッ!!」


 時間さえ経てば、主支配体権限を持つゼロツーが目を覚ます。そうなれば、抑えられる事態ではあるが……その半法刻の間に、首都が壊滅的なダメージを負うだろう。


(我が神も、まゆりも気になるが――今は、ヒトの集まる郊外に)


 なんとか、被害を軽減しなければならない。


「エオッ」

「はいなっ」


「ポータルッ!! 実京郊外、右京外郭方面、リンクありますかっ」

「あります、飛ばしますッ」


 統春死亡によって根幹魔力帯パルスラインが正常化してきている。制限されていた行動もとれるようになっていた。阿吽の呼吸で開かれたポータルに飛び込み、即座に民衆が群がっているであろう方面へと到達する。


 実京は扶桑雅悦を中心とし、行政区、蕃主等の首都居住地、軍人と侍の居住地、というように、円形で外に拡がるような構造をしている。各地やんわりとした精神的隔絶感と低い壁や浅い堀がある程度で、完全に仕切られている訳ではなく、利便性の為に大きな通りが貫かれている。


 首都のニンゲンが外に出ようと思ったなら、東西南北に伸びる大通りを通って郊外へ出る事になるのだ。中でも右京区は人口密集地である為、そこにアタリをつけた。


「蜘蛛、デカい蜘蛛だ……」

「ひ、ひいぃぃぃっぃぃッ」


 丁度、浄化機構αが民衆へと襲い掛かる、その寸でのところにヨージが降り立つ。


『六元詞纏・七十式』


 常人の目には、何も留まらなかっただろう。風が吹いたと思った瞬間には、巨大な蜘蛛の四肢がバラバラに吹き飛んだことしか分からない。


「皆さん、もっと奥へッ!! 先にある森林保護区画へッ!!」

「お、お侍さま? 軍人さん?」

「ああッ!! あ、アオバコレタカだッ!!」

「助かった、助かったな、これっ」


「あああ、はいはい僕です、わかりました、わかりました、ほら、みなさん早く、まだまだ来ますからッ」


「やった!! やっぱり英雄はいるんだッ!!」

「扶桑人らしく、秩序に則り、整然と、正しい行動を。さ、早く」


 一体何千、何万人が露頭に迷っているだろうか。


 逡巡、周囲に居た一番階級の高そうなエルフへ声をかける。その出で立ちからして官公庁の役人だろう。


「貴方、陛下の命を語って構いません。僕が責任を取ります、民衆をもっと奥へ連れて行ってください」


「あ、青葉様」

「お早く」

「忝い。緊急故、なかなかまとまらず……」


 緊急時避難における手引きや集団避難の心得等の臣民一般的な災害時指南に従って、複数人の班などにまとまって逃げて来たのは解るが、今回は数が多すぎたのだろう。普段ならばもっと素直に従うだろうが、自分の家が燃えているかもわからない状況では、皆気が気ではない。


 ただやはり、印籠は健在だ。陛下の命、とあって従わない臣民はいないのである。


「この方は今より陛下の命の代行者ですッ!! この方の指示に従い、清く正しく真っ当に、陛下のお手を煩わせるような事もなく、着々と避難を進めてくださいッ!! バケモノ共は、僕が退治します!! さ、行進ッ!!」


「ありがとう、ありがとうッ」

「大英雄が言うからには安心だ。さ、みんな行こう」


 ヒトがヒトである限り、精神的負担は大きく足を鈍らせる。半信半疑で動いていたであろう彼等だったが、ヨージの宣言によってスムーズに進み始めた。


 こういったグループが、実京各地に散らばっている訳だ。とてもではないが手に負えない。実京中心地だけで何十万人のヒトが居るやら。αだけならばまだしも、γに出て来られては、足止めするのが限界である。


 皆の後ろ姿を見送ってから、一番高い杉の木へと駆け登る。


「酷いな」


 統春が放った熱線によって、行政区の一部と市街地が燃え上がっている。商店街ならばまだしも、一般邸宅は木造ばかりであるから、ただでは済まないだろう。


「エオ」

『はーい』


「雨って降らせられます?」

『氷魔法なら得意なんですけど、どーでしょ? やってみますッ』


 エオのルーン魔法は、正直常軌を逸している。今の彼女に出来ない事は殆どないだろう。ヨージの提案から数法秒後、実京の街の空に異様な光彩が現れる。それはやがて各々が小さくまとまって行き、光を反射するよう輝いた後、全て地面へと降り注いでいった。


 小さい氷を大量に生成し、日光で溶かしたのだろう。汎用性が段違いだ。


「流石流石。賢くて可愛くて素晴らしいですねぇ」

『うわーすっごいやる気出ますッ』


「浄化機構には気を付けながら、火の手の強そうな部分をお願いします」

『りょでーすッ』


 火事は一先ず良い。あとは、首都の地下に逃げた人々だ。浄化機構が追いかけていなければ良いが……。


「――うん?」


 エオの降らせる雨に目をやっていると、空に別の輝きが見えた事に気が付く。

 それは、加速度的に大きくなっているようだった。


「……違う。近づいて来て、いる?」

『こ、惟鷹ぁ……』


「ああもう、今度はなんです?」

『実京直上』


「何か降りて来ていますね、アレなんです?」


『直径四百メートルくらい。昔、狼竜王兄弟か、主支配体十全皇が弾き飛ばした、月のカケラだと思う……』


「はいぃ?」


『――隕石。このままだと、クレーターだけで五キロ、衝撃波と熱で実京の半径十キロが、消滅するわ』


 統春が、あの時、口走った詠唱を思い出す。


(あれは――そうだ。ルルムゥの亜空間魔法と同じ詠唱だった――ああ、巫女だものな。神を降ろしたのか……って、馬鹿野郎がぁ……ッッ!!)


「到達予測はッ」

『ゼロツーの更新がギリギリ間に合うか合わないかぐらいッ』


 あまりに、強烈な殺意だ。これで十全皇が死んだりはしないだろうが、ニンゲンは死滅する。


「――消し飛ばしますッ!! ここまで来てご破算にされてたまるかッ!!」


 明確な――本当に分かりやすい、最後の最後の嫌がらせ行為だろう。




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