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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
312/318

盈昃・空理3



 東には月を食む狼の家紋の旗印が、西には沈む夕日を象ったの国旗が、首都目前の穀倉地帯にはためく。


 上洛北東蕃軍およそ200、首都臨時防衛団およそ5000。


 数字の上でいえば、話にならないだろう。だだっ広い農地で隠れる場所などもなく、分散すれば各個撃破され、まとまれば包囲殲滅されて終わりだ。


 だが、レベルという概念がある場合、その限りではない。


 北東蕃軍の余裕の顔、防衛団の張り詰めた空気は実に対照的だった。


『あー、オホン。陸軍元帥大将、金剛権台御一位光下である。貴軍は凡そ六十に及ぶ蕃軍条約、十の上洛作法手前に違反している。個別の略奪、殺傷に至っては既に数多であり、問答無用の領域だ。これを覆すともなれば、我々を殺害し、首都に昇り、十全皇陛下より上洛の大義を賜る他無い』


 広域に拡声杖マイク音声が響き渡る。金剛権台も正味どうにもならないと考えていた。ここまでの蛮行を働いた蕃は数百年前の内戦にまで遡らねば前例がないからだ。


『最後通告である。雁道修理助波貞、北東蕃軍を全軍引き、実京より立ち去られよ。大人しく引き、沙汰を待つのであれば、相応の減刑が望めるであろう』


 両軍が構える。北東蕃軍は旗印を十並べ、角度をつけて持ち、十人が十歩前へと進んだ。


 決裂。誰も平穏無事に終わる事など想像はしていない。


『左様か。全軍ーー突撃ッッ!!』


 首都臨時防衛団はまさに寄せ集めである。陸軍首都防衛師団の一部、首都各蕃防衛役侍の一部、近衛師団の一部、反雁道派蕃の侍一部……それなりのレベルと活躍が期待出来る者のみを連れて来た。ただし、50を超えるものはいない。


 戦闘可能な軍人と侍を全て招集しただけならば、総数10倍は堅いだろうに、そうもいかないのが現実だ。北東蕃軍の一騎当千の侍に、低レベル者を何人当てたところで無駄死にもいいところである。


 とはいえ陸軍が目の前に迫った狂人と戦わずハイソウデスカと受け入れる訳にもいかない。

 これだけ集めて組織しただけでも十分精一杯なのだ。


 御大将が何故こんなところに、と言われると反論も出来ない。出来ないが、どうせ戦わなければ腹を切るだけなので、何もしないよりはマシである。


「御大儀は我等にありッ!! いざ戦場の華と散れッ!!」

「シロウト侍がえらっそうに……」


 北東蕃軍の侍が先陣を切り大軍へと突撃して行く。近代戦争においては信じられない程愚かな行為だが――……それが罷り通ってしまうのが現状だ。北東侍が前衛を薙ぎ払い始める。


「見極め、見極めだけが重要だ」


 金剛権台が顎を擦る。御年450。スッと伸びた耳に短髪の黒髪男。胸に光る数多の勲章は箔付けの為だけに飾られているものではない。純エルフであり、人間族で言えば二十歳後半の見た目であるが、その先を見通すような瞳は老獪だ。


 元は一介の領地侍であったが、当時新しく導入された適性試験制度で取り立てられ国軍に入隊、メキメキと頭角を現し、大扶桑近代軍の礎を築く一端を担った、生ける伝説である。


 武家の三男坊から陸軍の首魁にまで上り詰めた逸話は、詩に舞台に活動写真に小説にと、あらゆるメディアの『定番』となっている程である。


 全軍突撃、などと嘯いたが、雁道側に対するブラフでしかない。実際は生命力高めにステータスを振っている前衛を前に出しているだけで、後ろでは着々と魔法による陣地形成と後方支援の準備を進めている。


 事前に済ませてしまっていると、雁道側に警戒される為、後手に回るのは致し方なくだ。


「戦争にもいっとらん小便垂れが、単騎の力量頼みが何を齎すか、目にもの見せてくれるわ。前衛引け」


「はっはっは、防衛隊何するものぞ……なんだ退くのか、だらしがない」


「地形魔法発動」

「地形魔法発動はじめッ」


「ぬう、土魔法か?」


 突出した侍を巨大な土くれが襲う。魔法である限りは魔法で防御可能だが……。


「うおおおおッッ」


 質量を無視出来る人類は存在しない。魔法防御によって直接的な打撃は受けないが、二重、三重に渡る土の波が押し寄せ、侍数名を生き埋めにしてしまう。当然これを押し退けようと思ったならば、筋力で対抗するか、魔法で弾き飛ばさねばならない。


「着弾誘導式設置」

「設置完了ッ」


魔砲マギアカノン、砲撃始め」

「砲撃はじめぇッ」


 丁度侍が埋まった場所に対し、本陣からずっと後方へ控えていた魔導迫撃砲部隊による砲撃が始まる。魔法によって誘導された必中の、四十門に及ぶ砲弾が埋まった侍に直接注ぎ込むのだ、幾ら強かろうとニンゲンでは溜まったものではない。


「突出した高レベル侍、三名沈黙」

「こんだけやって三人か。レベル差というのは如何ともしがたいな」


 隊一つはヤれるかと思ったが、成果は芳しくない。数名は浅く埋まった故に逃げ出したか、最初から回避していたか、どちらかだ。そんな話をしている間にも、北東侍がどんどんと距離を詰めてくる。


「雁道の馬鹿クソッタレは」

「敵部隊の最後方の輿です」


「形代隊、真中を突っ切らせろ」

「形代隊攻撃開始ッ」


 五行術式の形代による攪乱作戦だ。実際の戦争ならば無属性魔導項玉を持たせた式を飛ばし、敵が潜んでいる場所に対して爆撃を敢行するものだが、皆ルール改訂で練度が落ちている為、一つ二つ持たせて場を混乱させるだけに留まっている。


 だがそれが敵本陣の、雁道の輿に直撃したならば、ただの攪乱では済まされない。


 雁道等はどう足掻いても侍一族だ。近代軍ではない。事前の命令があろうとなかろうと、それを無視してでも殿の命を守るようになっている。


「第一陣到達――……防御魔法に阻まれました」

「まあそうだろうな。迫撃砲、敵本陣に対してありったけぶっ放せ。両翼突撃」


 敵がどれだけ強かろうと、普通は一対十で全部片付くものだ。だが雁道の侍は魔撃銃マギアライフル程度ではビクともせず突っ込んで来る。とにかく硬いのである。


「はぁあぁぁぁ……」

「閣下、士気が下がります。溜息など吐かぬよう」


「溜息ぐらい出るわ。陛下におんぶに抱っこの結果がこれだ。幼子だと笑われるわ」

「突然のルール変更ではどうしようもありません」


「何が有ろうと国を守れと命じられたならば守らねばならん。そこにどのような理不尽があろうと飲まねばならん。それが軍人だ。貴様ももっと偉くなりたいなら胸に刻んでおけ」


「はっ」


「両翼、動きはどうか」

「やはりレベルが違い過ぎます。右翼は特に損耗が激しいかと」


「右に特等兵とかいういけ好かん馬鹿がおるか――特別射撃隊準備」

「特別射撃隊、右翼側へッ」


 奴等を致命的に退かせるのに必要なものは何か。当然雁道の撤退であるが、現在の火力でそれは望めそうにない。ともなると一番奴等が恃みにしている戦力を削るのが的確となるが、それも簡単ではない。だからこその恃みなのだ。


 が、実数は多くないだろう。幸い強い故に突出してくれる。特等兵を一人、二人殺せるならば、奴等の気勢を削ぐには十分すぎる戦果と言える。


「本土で使いたくはなかったが、危急の時故、致し方なし、狙い定め」

「一人に絞れ。貴殿等の弛まぬ努力がお国を救うのだ、発砲始め」


 三十は居ただろう近接隊を薙ぎ払いながら、一人の北東侍が本陣近くまで突っ込んで来る。領地守護の為に侍をしているだけだっただろう男が、国内で暴れているというのだから滑稽だ。


 戦に酔い、敵を打ち取った誉に浮かれる男に対して、特別射撃隊の砲弾が注ぐ。


「硝煙、発砲音ッ!? 火薬式銃なぞ、何故国軍が……ぐあ、あああッッッ!!」


「はっは、舐めやがってくそったれが。立て続けに撃ちかけろッ!!」


 北東侍が自身の身に起きたあり得ない出来事に驚愕する。鉄壁であった魔法防御が抜かれ、鎧を貫通、肉体に無数の弾丸が突き刺さったのだ。


「魔力無効化物質なんてイカレた代物を研究しない軍事超大国があると思ったか」


 黒の弾頭。魔力を吸い上げて無化させる物質の、その弾丸である。バルバロスが用い始めたと噂が立って直ぐ、大扶桑軍はバルバロスの艦艇を襲って強奪、自軍に利する形での実用化に向けて研究が始まっていた。


 まだまだ情報も材料も足りないが、それでも揃えられる分をこの場所に持ち込んだのである。


「特等兵撃破ッッ!!」

「戦争が変わるな。こりゃ。魔法防御に頼った装備は廃れて、また鉄板ガチガチの鎧か」


「複合繊維素材による防弾チョッキなるものも研究中だそうです」

「重そうな装備だ、まったく。まあ鉄よりはマシだな」


 近代の兵隊は軽装が基本だ。人体への魔力伝導という観点、魔法での高機動、長時間移動でも荷物が減ればそれだけ楽である。幾度かの魔法技術革新と魔法防御率の向上によって辿り着いたものだが、今後しばらく前線に出る兵隊は、大帝国の騎士とまではいかないまでも、それなりの重装を要求されるようになるのだろう。


 戦場もより障害物の多い場所でのものが増える。そうなれば戦争そのものが細分化される。細分化されれば、されただけ専門職と専門部隊の必要性が増す。


 つまり金と時間がかかるのだ。陸軍のトップとしては頭が痛い問題である。


「――!! 一騎突撃してきますッ」

「撃ちかけろ」


「北東蕃士、刀掛経頭守縣持かたなかけきょうとうのかみかたもつであるッ!! 貴殿等に本物の侍をご覧にいれようぞッッ!!」


「前時代の戦場酔っ払いが。官職持ちだな。政治的に面倒だが、構わん、殺せ」


 特別射撃部隊が改めて構え、放つ。周囲とは明らかに空気が異なる北東侍だったが、一直線に揃えられた銃口は無慈悲に縣持を射抜く。


 が、しかし。


「きかん、きかんッッ!!」


 確実に銃弾は縣持を捉えている。だが、弾丸が肉体に触れる前に威力を減衰させ、致命的なダメージを与える前に零れ落ちてしまっていた。


「チッ」

「魔力無効化弾丸が効かない……?」


 これは陸軍魔法科学研究所による研究で明らかになっていた事だが、無効化物質はその質量に対して、魔力を無効化出来る許容量が決まっているというのだ。現状、魔法防御が分厚ければ分厚い程、無効化に必要な物質が大量に必要になる。


 これは物質の純度に比例する事も解っている為、物質の純度を上げる研究が行われているが……実用にはまだ至っていない。


 ただそれでも、並大抵の魔法防御は貫ける為、現状広く普及している魔法防御貫通弾よりも優秀である事に変わりはないのだが……今は困る。


「前線、崩壊しました。控えを突撃させますか」

「まあ、かなり頑張った方ではあるな」


「では」

「俺と近衛は残して退却」


「はい?」


「俺は退けん。大将が逃げたらみんな困るだろう。あと近衛は近衛なので逃げられん」

「ですが」


「具足持て」

「ハッ」


 金剛権台の前に、金属製の具足が設えられる。薄い黄金色を帯びており、それが数パーセント神断竜滅金属オリハルコンを混ぜて作られたものである事が解る。


 金剛権台が指を弾くと、それはゆっくりと浮き上がり、自然と解きほぐれ、金剛権台の身体にぴったりと装着された。


「二百年ぶりに着けるが、重いったらないな、この具足は」

「お供します」


「ハンコ押すだけの大将が死んだところで頭が変わるだけだが、参謀大佐は替えが効きにくい。死んだら後が困る。さっさと失せよ」


「……ご武運を」


「そんな運はない。負けは指導者の阿呆な指示の責任だ。運ではない。覚えておけ」


 側近を退かせ、陣幕を出る。久々に着た鎧だったが、体型維持に努めたお陰でしっかり着られるようだ。肩をぐるぐると回しながら、戦場へと歩いて行く。


 指揮に必要なスキルばかり取得してしまった所為で戦闘出来るかは不安だが、金剛権台はレベルを60と数えている。古く、鍛錬を怠らなかった者は基礎レベルが高い、と十全皇陛下の将官向けマニュアルに書いてあった通りだ。


「金剛権台ッ!! その首頂戴するッ」

「やらんわボケタレ」


「げべッッ」

「けっがらわしい」


 黄金色の鎧を纏った徒手空拳の金剛権台の腕が振るわれる。まるで刃のような衝撃波が発生し、大将首を焦った北東侍が真っ二つになって吹っ飛んだ。


「動きが鈍い。デスクワークなんぞろくでもない。はあ。責任ばかりで頭に来る。青葉惟鷹は良いなあ。俺もああなりたかった。ま、アイツはヒト死にが苦手なようだから、辛いんだろうがなぁ……敵なんぞ幾ら殺したところで蟲を潰すのと同じだ。なあ、素人侍」


「ひっ……」


 戦場に出た金剛権台の威圧感が周囲に波及する。撤退を命じられた兵達が一瞥して去っていく姿を笑顔で眺めながら、金剛権台が特等兵へと足を進めていた。


「おうおう、みんな、コイツ等が首都に入ったら武器は棄てて降参しておけ。切腹にはならんから。がんばって生きろ」


「……」


「あー、えーと、貴様は経頭守きょうとうのかみ何某なにがし。元帥大将の首はここぞ。派手にぶち殺してみせろよ、おい」


「……元帥閣下に恨みはないが、これも雁道修理助波貞の大義の為」

「嘘吐け。ヒト殺すの楽しかったろうが。大義なんぞ抱えた顔はしとらんぞ」


「なにを」


「さあほら、いざ尋常にでも、我が大殿の為でも、俺の性癖の為でも、まあなんでもいいから掛かって来い。貴様等の戯言程聞くに堪えん話はない。純粋に面白味がない。魚にでも食わせておけ」


「侍を侮辱するつもりかッ」


「領地だけ守ってりゃ侍様だったろうよ。一般市民殺し始めたら害虫だビチグソが。上洛だかなんだが知らんが、貴様等は犬のクソ以下だ」


「~~~――――!! 覚悟、覚悟ぉッ!!」


 縣持が構え、金剛権台の顔が引き締まる。阿呆ではあるが確実に強い。一般臣民からの成り上がりではない、侍から高レベルになった者だ。一番相手にしたくない敵である。


 ここまでの者となると、固有も有するだろう。純粋な防御だけでは抜かれるし、こちらの攻撃が通るとも限らない。


「俺相手に足が震える程度の経験で俺より強いとか、本当に最悪だよ」


 戦場から退いてから、面白味の無い日々が続いた。


 金剛権台は血を見るのが何より好きだった。敵兵の首がスポンと飛んで行く様が心から好ましく、あえて首を狩るような戦闘スタイルを確立していったのだ。


 素手と魔法で刎ねるのを何よりも良しとしており、刀も銃も持たず、徒手空拳で戦場を暴れ回ったのだ。


 だが残念な事に、好きなものと認められるものが合致はしない。人殺しよりも格段に軍略を立てる方が得意だったのである。司令部が吹っ飛んだところで、近場に居た一番階級が高かった自分が臨時に作戦を立案したのが良くなかった。時を戻すならばその時に戻りたい。


 上層部に目を付けられて参謀に突っ込まれて以来、血風舞い散る大地から革張りの椅子が定位置になってしまっていた。


 しかし、だからこそ。死ぬのが机の上ではなく、戦場で良かったとも思うのだ。

 そのような意味で……


「風ぇ~に舞う、桜ぁ~見て、僕のぉぉ~~こころぉはぁぁ~~~」


 雁道修理には……


「君のぉぉぉぉ~~~夢ぇとぉぉぉ~~かさぁなる、のですぅぅぅぅ~~~」


 感謝の念に……


「いまからぁぁぁぁ~~~~逢いにぃぃぃぃ~~~ゆき、ます、からねぇぇ~~~っと」


 耐え……


「風ぇ~~」

「やかましいわボケカスクソバカゴミムシがよぉ……」


 緊迫した空気の中、やたらと巧い歌が響き渡る。


「なに……なんだ、何奴ッッ!!」

「何も、かにも、あるかというのだ雑兵。儂を見て貴様は他の何に見えるのだ」


「あ、ふ、ふるた――」

「死んで詫びろい」


 一撃。超高速度の斬撃が、特等兵の首を一撃で刎ね飛ばした。

 金剛権台は……眉を顰め、口元を歪め、盛大に溜息を吐いた。


「はあ~~~~~~~~。解散解散。馬鹿らし。阿呆くさ。居るならさっさと出てこい」


「散歩をしておったのだ。そうしたら戦場いくさばの薫りがするであろう。本当にたまたま、通りがかっただけの老人ぞ」


「ボケて徘徊か、虚しいな、古鷹佐京守在綱ふるたかさきょうのかみありつな

「エルフが300でボケるか。貴様こそ怪しかろう。勝てもせんくせにぃ」


『――!! 古鷹佐京出現ッ!! 古鷹佐京出現ッ!! 全兵力を前へッ!!』


 戦場に戦慄が走る。予想されている事態ではあったが、とうとうその時が来てしまったと言わんばかりに、北東蕃軍は慌てていた。


「儂ぁ宇宙人か何かか?」

「俺から見たって貴様は宇宙人めいてるぞ。んじゃあ帰る」


「おうおう。なんだ、観ていかんのか。首が飛ぶぞぉ、首が沢山飛ぶッ」


「ここで貴様が出たならば、俺はもう戦場じゃあ死ねんという意味なんだろうよ。疼くから見ない。はあ、貴様等古鷹が羨ましい。羨ましい……」


「なんじゃあ勿体ない。ま、善かろう。去らば金剛権台御一位殿」


 農閑期の田畑を強い風が吹き抜ける。男は散歩、などという出で立ちではない。扶桑陸軍将官の冬期軍装を纏い、黒い外套に軍帽軍靴。腰に刀を佩いている。口元だけを歪めて笑い、白い手袋をはめ直し、抜刀。


「いやぁ遠路はるばる良く首都まで参った、北東蕃軍諸君ッ!! 拙者は古鷹在綱。貴殿等待望の、元扶桑最強の剣術家である。まあ自称であれば儂がまだ最強なんだがのぉ、はははははッッ」


「――首切り回転刃」

「斬首台風――」

「ニンゲン撹拌機……」


「いや全く噂に違わずその通り。新ルールだかなんだが知らんが、儂の前に立つ敵であるならば、その一切の首の繋がりを許す事能わん。貴殿等の首と胴は今日で永遠に別れを告げる事になる」


 声を張り上げながら、警戒する北東侍の真中を歩いて行く。当人に緊張感などはない。本当に散歩へ来たと言わんばかりのリラックス具合で刀をくるくる振り回しながら歩いている。


「とはいえ、だ。儂等古鷹は上洛で身を立てた一族。先達として上洛の礼儀を、北東蕃諸君にお教えしようかとも思うのでな」


「な、何が言いたい、古鷹佐京ッ」


「首都へご案内しよう」

「なに……ッ」


「ただし、百名までだ。上洛軍は何人で昇ろうとも構わんが、入京は百名までと決まっておる。外苑で五十まで。貴人門を抜けられるのは十まで。日没宮へ参内するは三名までだ」


 古鷹佐京が構える。周囲に攻性魔力が波及し、低レベル者が続々と気絶する。

 魔力の渦が巻いていた。殺意が波になって北東蕃軍を飲み込んで行く。


「よわっっっちぃのぉッ!! ぐわははははははははッッ――――ッッ!!」


 剣魔、古鷹佐京守在綱がギロリと眼を捻る。


「まず百まで減らす。古鷹をご教示しよう」


 刃の風が世界を覆う。


 言い終えた瞬間、十の首が飛んだ。







 惟鷹の見立ては間違いではなかった。衣笠家から連れて来た真百合お付の使用人からも、以前よりもずっと咳込む姿が減ったと言われている。


 食事量も増え、外を散歩する程度で体調を崩すような事もなく、長時間の勉強も苦にしていない様子だった。本来もっと健全な生活をしていても良かったのだろう。だが、時鷹が常に戦場におり、しかもこうなってしまった事もあり、余計、娘を家から出さなくなったのと思われる。


 書斎へ一日の報告をしに来た真百合はだいぶ興奮気味だ。


「同い年の子が、たくさん居てっ!! 衣笠のお嬢様だなんて言われてしまって!! ケホケホッ」

「落ち着いて喋ってください」


「えへへ……勉強は、物凄く簡単だったので、あまり学ぶ事はありませんでした。けれど家庭魔法の授業は少し苦手で……」


内在魔力オドの操作が上手く行っていないのですね。貴女の体調不良の根本原因でもありますから、辛いようなら見学だけにして貰ってください」


「はい。でもやっぱり、魔法は期待されてしまっていて」

「衣笠の者ですからねぇ……では、そうですね」


 メモ紙を破り、指で形状の指定と単純な指示を書き込み内在魔力オドを込める。

 それはトンボのカタチとなって部屋を飛び回った。


「まあっ」


「家庭魔法は三級だったかなぁ……昔に取ったので。ええとですね……魔法をヒトに教えるのはとても苦手なのですが……下っ腹に意識を向けてください」


「んっ」

「ぼんやりと温かいカンジがありますか」


「あります……というか熱くて……」

「もすこし緩めて……うん、お腹失礼」


「あわ、あ」

「少し貰います。うん、これぐらいですね。意識すれば転換は可能かぁ。量が多すぎますが」


「あ。温かいぐらいになりました」

「そこから指に回るように意識してください。光の線を繋ぐイメージです」


「出来ました」

「筋が宜しいです。流石ですね。ではこのメモ紙に字を書いて」


「はい」

「唱えて」


「『動じよ』」


 紙が蝶のカタチとなって部屋を羽ばたく。真百合はそれをポカンと見上げていた。


「こんな……簡単なものでしたか?」


「加減の問題です。貴女はヒトのソレより収集量が多い割に転換量が少なすぎる、身体と才能と技量が釣り合っていません。身体はゆっくりにしか馴染みませんから、技量で補いましょう。体調の良い時に、今教えた方法を反復練習してください」


「わあ……ありがとうございます、兄様……っ」

「急ぐ必要はありません。といっても逸るのが子供ですけれど」


「あの、式もそうなのですが、他人の内在魔力オドを操作可能なものなんですか? まゆりは、あまり知らない技術なんですけれど」


「あはは。ご存じ、僕は扶桑で上から数えた方が早いくらいの天才ですからね。これで論文を書きたいところですが、他人では再現性がないので学界からは睨まれるでしょう」


「ああ、本当にすごいお方なんですね。あの、兄様」

「なんでしょう」


「いつか、必ずお礼をします。こんなにも良くしてくださったお礼を」

「いりません。なにも。貴女が健康になる姿だけが、僕の望みです」


「では、必ず。お父様が泣いて喜ぶくらい、元気になります」

「それがいい」


 礼も対価も要らない。時鷹の遺言を全う出来ればそれで良い。


 しかし、何を思って時鷹が真百合を惟鷹へ預けようと考えたのか、その点についての記述は存在していなかった。


「時鷹は、なにゆえ貴女を僕へ預けようと考えたのでしょう。何か聞いていますか」

「聞いていませんでしたか?」


「ええ」

「妾にしてもらえって」


 ペンを取り落とし、頭を抑える。従兄に妹を差し出す奴があるか。やるかやらないかで言えばやる寄りだが……それでも、もう少し倫理観の有る男であったと思うのだが。


 いや、そうだったとして、自分の死に際にまで願うものだろうか。

 ……いや、だからこそか?


「……良いところのお婿さんを用意出来るよう努力しますね」

「まゆりはまだまだ女として未熟なので、努力して行く次第です」


「それは他に向けてください、他に」

「うふふっ!」


 からかうようにして笑い、まゆりが書斎を退出する。あの悪戯っぽい顔は、やはり兄妹なのだなと思う。真百合が本気で道を過つ前に、怒涛の如く見合いを連打してやる他あるまい。


 時鷹が考えたのは、恐らく衣笠の後継の問題だろう。自身が子をなす前に逝ったならば、祭り上げられるのは真百合だ。しかし武家の子女が当主となると、周りが五月蠅いのは当然の話である。


 それを決定的に解決出来、他が口出し出来ない後継となると……惟鷹程都合が良いものはない。純エルフではない問題はあるが、十全皇お墨付きの男の種に文句を言う不敬者は流石にいない。


 血が近すぎる。生きていたら頭の一つも殴っただろうに。


 残念ながら、その男の首を刎ねたのは自分である。





 ……最初こそは順調だった。しかしその日は熱発し、学校を早退して戻って来たのだ。聞けば魔法の授業で少し張り切ってしまったという。


 そんな日もあるだろうと思ったが、三日、四日と経って熱が下がらなかった。惟鷹による内在魔力オド操作も試みたのだが、内在魔力オドを取り除いた先から吸収してしまい、むしろ魔力濃度の乱高下で余計体調を崩す有様であった。医者も禿頭を掻くばかりだ。


「まゆりお嬢様はエルフの中でも特段魔力吸収率が高いと数値に出ております。いっそ魔力の薄い場所へお連れした方が良いのですが……そのような場所が、この世にあるやいなや」


「改築します。魔力を流入させ難い物質で屋敷を覆えば良い訳ですよね」

「相当特殊な改装建築になりますよ」


「お金はあるので。まずは部屋からですねぇ」


 一先ず真百合の寝室は断魔力素材で覆う事になった。一般的な土建屋には無く、軍事建築部門からの放出品を買い漁っての突貫工事だった為、足元を見られてだいぶ値を釣り上げられてしまった。


「うわ、本当に魔力が薄いな、ここ。軍事魔法研究所の実験室と同じくらいだ」

「すみません……まゆりが未熟なばかりに」


「貴女は何も気にする必要はありません。それよりも体調は」

「はい。ずっと良いです。熱はまだ下がりませんけど……」


「何か、食べたいものはありますか」

「あ、えーと……あ、あまいもの」


「作って貰いましょう。ゆっくり休んでください」

「兄様」


「なんでしょう」


「時鷹兄様の、遺言であった事はそうです。まゆりの望みであった事もそう。けれど、惟鷹兄様は、何故まゆりを引き取る決意をしたのでしょう。どう考えても、虚弱女なんて引き取ったところで、面倒なだけなのに」


「定義上、青葉当主である僕に拒否権がありましたが、受け入れました。親類かつ友人である彼の言葉を否定する理由がありませんし……僕には肉親も妻も居ません。戦う事にも飽きました。なので、娘っこ一人引き取って面倒を見る程度の事ぐらいは、してみたいと思っただけです」


「大変だし、お金がかかるのに?」


「年頃の子ですし、お金は貴女以外に使うアテもありませんし、問題ありません。お望みなら、そりゃあもう毎日立派なプレゼントを片手にやって来て、日々部屋の端から飾って行ったって構いませんが」


「あ、成金っぽくていやです……ケホケホッ」


「おやすみ、まゆり。また元気な笑顔を見せて下さい。僕の望みは、そのぐらいですから」


 ……。これが。

 ……。これが致命的に、いけなかったのか。

 ……。望んでしまったから。

 ……、いいや。これがなければ恐らく、遠からず真百合は死んでいた。


 改築後、一時期は落ち着きを取り戻した真百合だったが、再び熱発。いくら免疫が特殊でしぶといエルフでも厳しい状況に陥っていた。


「……じ、自分の肉体を魔力に変換し始めた?」


「青葉様の施された改築は間違いなく効果があったかと思いますが……まゆりお嬢様の肉体は、それを魔力不足と判断したのでしょう、自己の肉体を魔力に変換して補おうと、暴走していると考えられます……かなり稀な症例ではありますが、過去に何度か記録があります」


「自家中毒だなあ……その過去の症例では、どのような治療を」

「……――大変申し上げにくいのですが」


「…………全員、死亡、か」


 純エルフかつ人体における魔力構成要素の多いニンゲンが、本当に少ない確率で発症する不治の病だ。症例が少なすぎて病名すら存在しない。


 日々衰弱して行く真百合に、時鷹が重なる。どうして良いか解らず、頭を掻きむしる。こればかりは金で何とかなるものではない。


 治癒の魔法などあったならば、即座に縋りついただろう。だが、そんなものは神話の中にしか登場しない万能魔法だ。ヒトはある時、あるように滅びるように出来ている。それを、奇跡でねじ伏せるような真似はするべきではないのだと、そのように感じていた。


 十全皇の顔が脳裏によぎる。彼女ならばたぶん、恐らく、なんとかするのではないか。

 だが、時鷹はどうだった? 彼女ですら、万能足り得ないのではないのか。


 それを、自分は見せつけられたではないか。


 熱は下がらず、一週間の時が経った。ある朝。


「……――ま、まゆり?」

「兄様。ご迷惑おかけしました。まゆりはこの通り、すっかり元気です」


 難しい顔をしながら食卓で新聞を広げていると、真百合が一人で現れた。そこには昨日まで熱にうなされていた姿は無く、やつれた様子も、疲れた様子すらない。明らかに異常だった。


「一体何が」

「昨晩、とても美しい女性が枕元に立ったのです」


 言われ、鼻を利かせる。気が付き、天井を見上げて机を叩きつけた。


「アソラァッ!!」

「ひっ――あ、兄様?」


「なんでッ!! まゆりに何をしたッ!! くそ、こういう時ばかり出て来ないっ!!」

「あ、あに、兄様……怖いです」


「――……済みません。枕元に立ったのは、十全皇陛下ですね」

「あ、は、はい。そう名乗られておられました。このままではいけないから、力を貸しましょうと」


「……身体に何の異常もないのですね」

「なにも、本当に何もありません。それが、聞いてください兄様。魔力がですね」


 そういって、真百合がチョイと指を動かして見せる。傍らにあったポットからカップにお茶が注がれた。自在に、触れる事もなく、呪文を唱える訳でも、式を扱う訳でもなく、念動力が如く、してみせたのだ。


 明らかに逸脱している。魔法は学問だ。超能力ではない。魔力の扱いに長けているからと、最低限の手順は存在する。所謂無詠唱魔法は存在するが、今の工程を再現するには、身体のどこかしらを痛めつける可能性がある為、誰もやらないものだ。


「見えるんです。全てが自在に操れるんです。まゆりの中に渦巻いていた、ただ熱いだけだった魔力の全てが、まゆりに味方してくれるんです」


「な……に……」


「世界は、こんなにも魔力と輝きに満ちていただなんて、まゆりは知りませんでした」


 その日、真百合はニンゲンではなくなってしまった。





 真百合の健康維持にお金を割く必要がなくなった。だが、新たな問題が産まれた。そも、これを問題として扱って良いのかすら分からないものである。


『はい。わたくしの因子を差し上げました。彼女の身体に適合する形のものを組み込みましたの。今後、魔力の暴走で困るような事は無いかとぞんじますわ』


『――そんな事は望んでいません』


『彼女が望みましたもの。このまま惟鷹様にお世話されるだけなど申し訳ない。健康になって女として惟鷹様にお返ししたいと』


『望んじゃあいませんッ!! なんですかそれはッ!! どうして……どうしてッ』


『貴方様を好く女が貴方様の為になりたいとおっしゃるのですから、お手伝いもしますでしょう』


 龍の因子。原理上それがどんなものなのか、当時の惟鷹には皆目見当もつかなかった。ただ混ぜられたものであるならば、取り除けもするだろうと考えたのだ。


 十全皇に対する悪態は尽きない。彼女は問われた事以外を答えない故、その真意も解らないまま、惟鷹はひた走る嵌めになる。


 十全皇から齎されたものを、国から貰った金でなんとかしよう、などという考えは、惟鷹には浮かばないものであった。あまりに真面目過ぎたとも言える。


「こんにちは」

「ああ、いらっしゃい。どんな魔法薬をお求めで」


「貴方には魔法薬取引法違反、輸入法違反などの嫌疑がある」

「――くっ、サツかよッ」


「黙らせましょう」

「えっ……?」


「捜査関係者に手を回して、貴方への嫌疑を取り下げさせます」

「な、なんだそりゃ……アンタ、誰だ?」


「僕の顔を見ればわかりますかねぇ」

「――あ、青葉惟鷹ッ!! な、なんで……」


 青葉、衣笠のニンゲンはその立場上、西真夜において軍事、警察に多く存在する。それとなく通してやるだけで、下は忖度してくれるだろう。青葉惟鷹に睨まれて無事で済むと思っているニンゲンは少ないのだ。実際、何かする訳でもないが。


 やって来たのは捜査資料を漁って見つけた、魔法関連事件の容疑者の店だ。西真夜移民行政区の中心地、阿須田の片隅にその胡散臭い店はあった。


 だがどうも、元は大帝国出身の魔法使いで、大学で研究費を横領したのがバレて逃げて来た手前であるようだ。大帝国の大学で、しかも魔法薬研究者ともなると、かなりのエリートだ。


「経歴はそれなりに調べました。良いところの出ですね」

「ええ、まあ……」


「何故横領など」


「あ、新しい薬を思いついたんだ。論文も書いた、ある程度認められもした。けど、革新的すぎてリスクがデカイからって研究費も降りなくて……だから他の研究費ちょろまかしてたんだが、バレてなあ」


「生きるのが下手すぎて少し共感しますよ。で、貴方は今後僕のお陰で逮捕されません」

「……わかった。身体を張るような真似は出来ないが、薬の話ならきこう」


「……――龍の因子を人体から取り除く薬の研究をして欲しい」

「は、はぁぁぁぁぁ?」


「手付金二百甲です。材料費や必要な素材があるなら僕が調達します」

「て、手付で二百ッ?」


「一年……一年半は待ちます。人手が欲しいならそれも調達します」

「龍、龍って、じゅ、十全のことか?」


「そうです」

「そ、それ、龍にバレたら……」


「龍は常に見ていますよ、今バレている最中です」

「えっ、えっ、えっ、」


「僕のする事に文句をつける女じゃあない。だから、貴方は、全力で取り組んでほしい」

「な、なにがなんだか……と、とにかく、サンプルが必要だ」


「採血して持って来させましょう。ああ、あと」

「な、なにか」


「この話を聞いた時点で貴方は運命共同体だ。貴方が逃げれば僕は貴方を殺し、僕も死ぬ」

「こわいよぉ……なんだよこのヒトぉ……」


 それと同時に、逃げる算段もつけ始める。

 惟鷹はもう限界が近づいていた。


 あの女が居る限り。

 青葉惟鷹に人生なんてものは、存在しないのだと、そう思い始めていたからだ。


 何が正しく、何が間違いで、そもそもそんな悩みに答えが有るか否か、思考は巡り巡って虚しくも虚無に消えて行く。十全皇が手を出した時点で目的も失ってしまった。だから故に、無理にでも目標を定めて、働いていたような気はするのだ。

 

 手持ちの資産の粗方を青葉家と衣笠家の運営資金へと回し、余りは公的機関に寄与、まゆりとの住処も、使用人を二人残してあとは解散だ。


 十全皇の因子を除くのに、国から貰った金は使うまいとして、自分の手で稼ぐ事を決め働きに出たが……オオヤケに顔を晒すような真っ当な仕事に、大英雄青葉惟鷹が就ける筈もない。


 結果的に『こんなところにはいないだろう』や『曝しても問題ないだろう』などという、殆ど黒かグレーの、稼ぎばかりは良い仕事しか残っていなかった。


 今までも、自分の身を切り売りして働いて来たつもりだったが、市井に下った惟鷹に降りかかって来たのは、もっと下世話で、無情で、厭な現実ばかりである。


(僕は所詮お坊ちゃんだったのだな。金と権威がこんなにも無慈悲に市民を圧迫しているなんて、知りもしなかった。力というものがどれだけ偉大で、どれだけ恐ろしいか知らなかった。どうしてそんなものに金を払う。どうしてそんなものに命を張る。どうして僕の為などと嘯いて殺し合う。どうしてそんなに生き汚くあれるんだ。そこまでしなきゃいけないものなのか。生きるってなんなんだ。人生ってどこにあるんだ。楽しみだけで明日があるのか。苦しみを受け入れるだけの価値はあるのか。夢や希望がなきゃならないのか。あったらもっと幸せなのか。誰か教えてくれ。時鷹、僕はどうしたらいい。君がいなきゃ、僕は盲目も同然じゃあないか)


 灯台の明かりを失った船の行きつく先は――無慈悲な座礁である。




 自分の為にと争った女達が死に、自分を利用しようとした極道者が数十人死に、もはや歩くだけで被害が出る化物なのではないかと、自分を疑って一年と少し。


「兄様、今日はお家にいるのですね」

「後でまた出ます」


「今はなんのお仕事をしているのですか? 兄様は、あまりご自分の事を語らないから」


「お仕事というのは、余程自分に合ったものでない限り、日々淡々としたものです。語るべきものなんて少ないのですよ。それより、まゆり」


「はい」


「学校は楽しいですか」


「はいっ!! 体力もついて来て、体育だって出来ます。魔法はもっと上達しました。今度、中等生向けの魔力強度テストを受けるのです」


「それは……――よかったですね」


 己の内ポケットには、散々せっついて創らせた、因子除去薬がある。過去何度か試させて貰ったが効果はなかった。恐らく、これも効果はないだろう。


 真百合は……幸せそうな顔をしている。今更因子を取り除いたところで、彼女を幸せに出来る訳でもない。時鷹の時とは違い、十全皇の所業は成功し、真百合は元気になったのである。


 ……自分で掴み取ろうと、誰かから齎されようと、幸福は幸福だ。それを邪魔出来る権利を、自分が持っている筈もない。


「ね、兄様……今晩……お部屋へ行っても?」


 だが――……彼女は迫り来る。健康と幸福を手にした女が、最後の欲求を満たす為に、迫り来る。それが彼女の最大の喜びであろう事は理解するが、とても受け入れられるものではない。


 一体どんな顔をして彼女を抱けというのだ。死にたくなる。


 もっと、もっと自分がマトモなニンゲンなら良かった。ダメな事はダメなのだと怒り、頬をひっ叩くぐらいの事を出来ていれば、彼女の増長を防げたのかもしれない。親を知らず親になろうとして、失敗してひっ転んでいる。愚かすぎて泣けてくる。


「まゆり。散々言いましたが、駄目です。そろそろ……衣笠家に戻る準備をしてください」

「えっ、そんな。このお家は引き払うのですか?」


「ええ。貴女は健康ですし、僕ももうやる事がない。婿を宛がえなかったのは残念ですが」

「そ、そんなあ。まゆりも引き取ってくださいな」


「一度お家に戻ってみてください。貴方の父は泣いて喜びながら貴女を讃えるでしょうから」

「あ、それはみてみたいです。凄くみてみたい」


「僕は用事がありますから、これから出ます。二日後には出発出来るようにしておいてくださいね」

「もう、またそうやって逃げる。まゆりはこんなにも、兄様をお慕いしているのに」

「若い娘の出す色気じゃないのですよ、まったく。寝なさい」


「うふふ、でも大丈夫です」

「だいじょうぶ、とは」


「まゆりは、兄様とずっと一緒です。近くにいても離れていても、ずっと一緒。例えそれが死後であろうと、まゆりは――……わたしたち兄妹は、貴方のお傍に」


 それがどういった意味なのか、当時にして全く理解不能で、年頃から来る自尊心の不具合かと思っていたのだが。考えれば考える程に、後悔しかない。


 皆が寝静まった頃、惟鷹は軽い荷物だけを背負い、屋敷を後にした。


 十全皇は常に惟鷹を監視しているが、絶対という訳ではない。風呂に入っている時、厠で用事をたしている時、そして特に他の女と会っている時、彼女がこちらを覗いているような気配は、だいぶ薄れる事を感覚的に理解していた。


 事前によくわかる形で女と一夜を過ごすのだ、という情報を伝えた上で惟鷹は阿須田の街中へと消える。当然密会するのは女ではなく、初老の男性だ。


「こっちが仮死薬、こっちが蘇生薬だ。仮死薬は十法分後、蘇生薬は胃に入って五法刻後に溶けるようにしてある。アンタぐらいのイカレた身体をしているから可能な薬だがね」


「今までありがとうございました。これは約束のお金です」


「……くれるなら貰うが、正直あまり価値がないな。アンタに依頼を受けている間、俺はもう本当に楽しく研究が出来た。凄く凄く幸せだったんだ。アンタが消えちまうのは、本当に辛い。だが、まあ、仕方がないか。そうだ、除去薬はどうだったんだ」


「……本人が嫌そうでしたから、やめました。だから僕も消えます」

「そうかい。もし……もし、またココに戻る事があるなら、また頼むよ」


「はは……では、手筈通り」

「あばよ、青葉サン。俺にはまったく知らん世界のヒト。幸せになれよ」


 仮死薬、蘇生薬を飲み込み、化け鳶の輸送用コンテナに乗り込む。


 果たしてこれで、楽になれるものだろうか。辿り着いた先で、自分は生きていけるのだろうか。生きていて、何か目的になるようなものが現れるだろうか。人生に、生命に虚しさを感じる事なく、過ごす事が出来るだろうか。


 もはや誰も導いてはくれない。


 新しい自分として生きねばならない。

 名前は……どうするか。


 ……――憧れた、彼に肖ろうか。そうすれば、そうだ、真百合とは兄妹になる。兄妹で恋仲にはならないのだ。なってはならないのだから。自分は兄で、彼女は妹。それで良い。


(衣笠は……扶桑じゃ少し有名だけど……まあ大帝国なら平気かなぁ……)


 ジッと縮こまる。意識が薄れて行く。己の生涯がゆっくりと、流れて行く。


 奇跡はあった。

 ただし、慈悲はなかった。


 そして己には、何もなかった。何もなせず、何も生みださない。


『幸せになりたいなあ』


 ただ、ほんの少しだけ、青葉惟鷹は――ヨージ・衣笠はそのように、誰にも聴こえないように、心の奥底で、願ったのである。



 ・

 ・

 ・

 ・



「――……そうだ、僕は、幸せになりたかったのです」

「兄、様?」


「大きなお金はいらない……絶対的な幸福が必要な訳でもない……ただ、僕と、僕の周りの人達が、屈託なく笑顔で、時に悲しい事があっても、支えられる……家族が、欲しかっただけなのです」


 目を開ける。涙が冷えて枕を濡らしていた。目の前には、何故か居てはいけない少女が、泣きながらこちらを見下ろしている。惟鷹はゆっくり手を上げて彼女の涙を拭う。


「まゆり」

「はい」


「その力は十全皇より賜ったものではありますが、自分の為に使って、自分の為に生きなさい。僕にも、時鷹にも、まして十全皇にも、配慮する必要なんかない。それでも尚、僕が欲しいというのならば……しっかり僕を本気にさせてみてください」


 真百合はハッとした顔をした後、微笑んで小さく頷いた。彼女もまた、死ぬはずだった運命から外れ、生き永らえてしまった存在だ。それが良かったか悪かったかなど、時間が経ってみなければわからないし、そも、そんなものを誰が評価するかもわからないものだ。


 生きて、歩む。生きるニンゲンが向き合うべき問題は、所詮それだけなのだから。


 ではさて、その生の中身をどうするか。個人の努力に限度はあるが、国や社会の状況が上限下限を決めてしまう事実がある。これを運営し、これを守り、人々の努力を比較的に無駄にせず済むようにするのが、力あるニンゲンの使命である。


 もしかすれば、自分など思っている以上に些末な存在かもしれないが……政治どころかパワーバランス全てがひっくり返った大扶桑において、決して小さいものではないだろう。


 ――泣いている場合ではない。戦わねばならない。

 もはや、こんな運命は要らないと、嘆く意味もないのだから。







「それで、状況はどうなったのでしょう」


 隠れ家には、まゆりという想定外と全てのニンゲンが揃っていた。我が神がここ数日間に起こった出来事について、粗方説明してくれる。


 自分は敗北した上で鍵を持って行かれ、雁道等はとうとう首都近辺にまで辿り着いたようだ。

 かなり戦況が悪い。


「申し訳ない。エオ、フィア殿、神フレイヤ、有難うございました」

「鍵は手を付けられた時点で終わってましたから、ヨージの所為じゃあないですよっ」

「亜空間魔法なんてまともじゃあないものを運用されたら堪りませんわね」

「お代は下半身で構わない事を認めます」


「ふうむ。それにしてもアストは異常でした。ゼロツー殿、何か心当たりはありませんか」


 ゼロツーが小さく頷く。


「現扶桑が、彼等の居た世界、ヴァルハラに類似する点が多いからだと推察されます。当時の世界を今の扶桑へ、ハンパなカタチながら壁紙……テクスチャ……床板……まあ貼り付けている状態ですので、対応するレベル、装備、スキルなどが『引き継がれた』ものかと」


「鍵の力ありき、という話を一人でしていたので、かなり無茶をしていたのでしょうね。それは理解しました。僕が弱い訳ではないのですね」


「むしろ良く相打ちにまで持って行けたものだと思いますわ」


 奴と最後にどう果たし合ったのか、イマイチ判然としないが、自分は今持てる力以上を発揮したものだと考えられる。所謂数値で支配されている外の力だろう。無理を押して戦うモノを、この世界は擁護するのだと、ゼロツーは言っていた記憶がある。


「ルルムゥに関しては……一番強い個体は始末した、と考えて良いのですね」

「うん。自分で言ってたし。ゼロツーが固有を使わなかったら、もっと面倒だった」


「ふむ。今まで使わなかったのは、リスクが大きすぎるから、ですね」

「はいな。私が動けませんと、皆も困るでしょう」


 どうも彼女の固有は発動すると三日間稼働不能になるという極大のものだ。時間しか解決方法がない。例えば自殺して蘇生しても代償が残り続けるという。蘇生が可能な世界でそれは、死を代償にするよりも面倒極まる。


「ただ依然として長距離遠隔会話は使わない方が無難かとぞんします」

「盗聴に改ざんは厄介ですね。とはいえ、今後は……」


 地図を広げる。北東蕃軍は既に首都目前、今後かち合うとすれば首都圏になる為、仲間と共闘している場合、根幹魔力帯パルスラインを通しての遠隔会話は必要なくなるだろう。


「戦況はわかりますか」

「リンク・ポータル」


 皆の目の前に穴が開く。そこには北東蕃軍が……何かしらと戦っている姿が映っていた。ポータルが近づく。視界に入って来たのは……あの男だった。


『いやぁ、頭を取るのは楽しいのう。貴様等の今までの人生、それそのものが赤く咲いているようで、大変に優雅だのう。カカカカッ』


『ほりゃほりゃ、しっかり舞え舞え。死出の終いの舞いぞ。貴様等にはもう明日などないのだ、全力で踊ってせめて主君を楽しませたらどうだ、なあ?』


『振りが遅い踏み込みが浅い覚悟が足りない力が足りない魔法が足りない技量が足りない全部足りない、弱すぎる弱すぎる弱すぎる、それで一体何を征服するつもりかのう。馬鹿アホ間抜けのごった煮だ、カカカカカカッ』


「うわつっよなんだあいつ、まだ生きてたのか死んでほしいなぁ」

「よーちゃん、辛辣、辛辣」


 古鷹佐京が大暴れしていた。北東蕃軍は本当になんの障害にもなっていない。もういっそ彼に全部始末して貰った方が良いのではないだろうか。


「アイツに任せたら良いのでは」

「佐京はある程度殺して、後は首都へ案内するそうですわ」


「はー、首狩り狂人であるのは知ってましたが、いよいよ首を狩るしか出来なくなりましたか」

「貴方様をお待ちしているものかとぞんじます」


「え、嫌だな……」

「最終奥義を伝授していないので、最強はまだ俺だぞ、と」


 そんな伝授イベントは欲しく無さ過ぎる。というかアレに勝てるのだろうか、自分は。

 ……とはいえ、やらねばならないのならば、やるしかないだろう。今から覚悟を決める。


 アレに出会った時から、いつかは殺し合うのだろうと、思ってはいたのだ。


「分かりました。では、そうですね……一番の問題であるところの鍵なのですが」

「それに関しましても、予備鍵は首都にございますわ」


「何にせよ首都には向かわねばならない、という事ですね」


「はい。して、ここからもう一つ問題が」

「うっ、なんでしょう」


 これ以上問題があるものなのか。思考を巡らせながら頭を掻く。

 ゼロツーは深刻そうだ。


「支配体です」


「我々が再起動すべき支配体十全皇ですね。それが何か?」

「様々と考察いたしまして、なぜこのような状況になっているのか、幾つかの仮説が立ちましたの」


 そういってバーカウンターの裏から黒板を取り出し、いつの間にか眼鏡をかけて解説し始める。寝起きの頭へ入る情報だろうか、それは。


「雁道一味による扶桑雅悦および支配体への根幹魔力帯パルスラインを通じての攻撃によって、扶桑はルールを変更いたしました。ルールは扶桑の危機的状況の度合いによって幾つかのパターンに選り分けられますが、今回のものは最大危機の一つ、二つ手前程度だと考えられます」


「これだけ大幅に変更したのですから、そうですね。ちなみに一番の危機と判断された場合はどうなるのでしょう」


「浄化機構が作動し、生命体の抹消を始めますわ。ラグナロックによる主導権争いの後、再創世フェイズに移行、あらかじめ決められていた次の世界を産み出し始めますわね」


「最悪、最悪ですそれ」


「危機判断は支配体に委ねられております。支配体……ゼロエイトなのですが、どうも、幾つかの同期を怠っていた疑惑が指摘されますの」


「十全皇同士の同期、つまり記憶共有みたいなものですか」


「はい。記憶記録その他多岐に渡りますが、概ね。十全皇の分身は平時稼働時、各主要地域に二十前後、力を弱めた監視役として八十前後、その他使い魔めいた存在が数千から数万おりますの。これは情勢によって変化し、過去最大時には十億に昇りました」


「もう世界が十全皇まみれですね……」


「各主要地域を支配している準支配体は、主支配体配下におりますので、主支配体が何かしらの影響で消えた場合、予備策として主支配体が定義しておいた行動に則り、次の行動を起こします。鍵分身がそれに準ずるものかと。それで、ここからが問題なのですけれど」


「ええ」


「主支配体は……一部を更新していない可能性が指摘されました。特に人格。例えば今回のルール変更もそうです。準支配体を集結させて敵首魁を暴き滅殺するだけで済んだものを、何故こんな大規模変更を加えて、内乱を招いてしまったのか」


 首を捻る。最初期から指摘されていた、十全皇の非合理問題の答えだろうか。国を守るだけならば、ゼロツーの言う通り余った戦力を固めて敵を特定、潰すだけで終わる。そうしないのは何故、という話だった。


 十全皇だから、で済む話でもあるのだが、ゼロツーはこめかみを指で押して苦悩している。


「どこから情報を。他の分身は殆ど消えていますよね」


 そのように言うと、ゼロツーが胸元から鍵を二本取り出す。


「鍵分身は準支配体を素材にしております。それが組み込まれているこの二番、三番鍵の中から、情報を拾い集める作業でしたわ。主支配体は、自我を持っております」


「普段、自我はないモノですか?」


「エレインと密名居を思い出してくださいまし。同存在ではありますが、長い間離れていた為に、ほぼ別個体となっております。同期は可能でしょうが、完全同期による同一化ではなく、記憶のやり取り程度でしかありませんわ」


「なる、ほど。主支配体は、十全皇という中でも"個人"になっていた、と」


「型番の古さからも解るように、あれも分身最古参組です。私のように普段稼働しない分身ではなく、常に稼働し、扶桑と世界を見渡して来た存在。主支配体はその歴史の歩みの中で……数多居る十全皇ではなく、個人を、個性を、持ちたかったのではないか、と」


 その辺りは、ゼロツーも曖昧のようだ。流石に精神性が違い過ぎて、それがどういった感情であるのかは分からないが、数多ではなく個、複数ではなく一でありたいと、主支配体は願ったのかもしれない。


「ちなみに、惟鷹様に対して配慮が欠けていたり、説明不足であったりした分身は、主支配体が遣わした準支配体ですわ。積極的に自分の直接的な部下を宛がっていた訳ですから、惟鷹様への執着はひとしおかと」


「あー……貴女と比べてしまうと、確かに超然としていたり、言葉が少なかったりと、何かと非ニンゲン的で誤解が数多と……誤解が多すぎる……アレが無ければ問題が起きなかった事が多すぎる」


「故に結論付けますと……主支配体は、バグっております。このまま再起動したところで、碌な事にならないのが、目に見えておりますもの」


「あのいけ好かないカンジ、主支配体のせいなんだ。ゼロツーもあんま好きくはないけど、他よりはマシなのはそういう事?」


「可能性は高いかと」


「じゃあどうするの? そもそも何をして主支配体を再起動するんだっけ?」


「十全皇の炉心、罪業炉心が全てを取りまとめておりますから、これにアクセスする事になるでしょう。そこで主支配体の修正か、新たな主支配体を選定する他ないかと」


 リュウの心臓部。リュウ種の本体、炉心。ゼロツーの話からすると、罪業炉心に命令権は無く、あくまでも情報を取りまとめて共有する存在であるようだ。


 ただ起こすだけでは同じ事を繰り返すかもしれない。絶大な力を誇り、個を堅持しようとする主支配体であらば、他の分身からの要請も却下する可能性が大いにある。では、再起動前に手を加えねばならない、という事だ。


 ただそれは……。


「……その個人も、なんとか救ってはあげられませんか」

「惟鷹様?」


「分身として別個に存在するだけなら、問題ないでしょう」

「アレに割かれた力が大きすぎますわ。個別にしてしまったら、十全皇の力が大きく減じます」


「力は減らせるのでは?」

「うーん、罪業炉心にアクセスしてみない事には、なんとも……」


「わかりました。プランの一つとして頭の片隅に置いてください」

「しかし、何故?」


「……酷い目には遭いましたけど、それも彼女なのでしょう。彼女なりに考えて、僕に接した訳です。あんまり強く言ってあげられませんよ。事情を知った今なら、むしろ不器用で可愛らしく見えますし」


 ゼロツーが目をパチクリとさせ、顔を赤らめる。リーアは物凄く嫌そうな顔をしていた。


「まあ、リュウだってヒトだって、一面だけの奴なんて存在しません。色んな顔があるものです。アレもアレで十全皇の一側面だったのでしょう。わざわざこんな事をしでかしたというのならば、叱ってやらねばなりませんし、ただ消えられては困りますから」


「あ、ありがとう、ぞんじます」


「よーちゃん、でもヒト沢山死んでるよ」

「不手際である事はそうですが、大半は雁道とバルバロスの所為ですからね」


「それはー……そうかもだけどー……」


「我が神」

「う、うん?」


「完璧なヒトはいません。僕も、十全皇も、貴女だって」

「うん……」


「十全皇を毛嫌いする気持ちを否定はしません。こればかりは仕方ない。誰にでも相性があるものですから。しかしなんでも責めれば良いというものでもない。疑い過ぎても良くありません。僕はこの辺り、しっかり教える事が出来ませんでしたね。これは流石に僕の責任です」


「ち、違うよ。よーちゃんは、沢山良い事を教えてくれたよ」

「時間はあります。一緒に学んで行きましょう、ね?」


「は、はい……」


 リーアがもじもじしながらエオの後ろに隠れてしまう。そうだ。もう少しハッキリ言うべきなのだ。時鷹にも、嫌われる覚悟が無いのだと、窘められたではないか。


 改めて皆を見回す。自分には出来過ぎた程の人々だ。自分は独りだと嘆くには烏滸がましい。


「では皆さん、覚悟を決めて下さい。今回は皆に頼ります。たぶんそれぞれが精いっぱいで、大変でしょうけど、命を一番に大事とする以外は、限界まで頑張ってください。目標は主支配体十全皇の修正と再起動。その為の雁道の侵攻阻止、一番もしくは四番、最悪予備鍵の奪取――そして古鷹佐京の撃破です」


 憑き物が本格的に降りたような気がする。思考はクリアで、何の後ろめたさもなく、背中に重みを感じない。


「最終局面です。班割しましょう」


 戻らねばならない。救わねばならない。


 それで自分が少しでも幸せになれるならば、こんなに努力し甲斐のある事はないのだから。





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