頼りなき者達3
神は勝手に生まれる。生まれるだけならばタダであるし、生まれて生活しているだけなら誰も何も言わないのだが、宗教活動を始めたいとなれば違ってくる。
全世界人類種の信仰の約六割を占めているのが『大樹教』という宗教だ。
これは『ある程度実証されている創世神話』から連なる由緒正しき宗教であり、人類種が運営する大きな国の大半はこの大樹教、もしくは大樹教から枝分かれした宗教を国教としている。
ともなれば当然各国の宗教省庁は大樹教並びに派生宗教を根本とした宗教政策を取らざるを得ず、ポッと出の神なんぞが勝手に宗教活動を始めようものなら、怖いお兄さんがやって来るのだ。
ここ、ノードワルト大帝国はその大樹教の総本山がある。
故にノードワルト大帝国アインウェイク子爵領領都サウザにおいてはお役所……細かく言えば、帝国宗教総合統括庁サウザ支部局窓口までわざわざ足を運んで、神籍登録した上で、宗教活動手続きを行わねばならない。手続きさえしてしまえば、大帝国圏内どこでも宗教活動は可能だ。
普通に生きていれば知っている話なのだが、生まれたてのリーアは兎も角、エオが知らないとは情けない話だった。
「それでも大神官ですか」
「だ、だってー。エオはずっと修道院に居たんですから、そんな事知りませんでしたよぉ」
エオが情けない顔で言う。
窓口にはそこそこの人類種と神が、番号札片手に自分の順番を待っていた。ヨージが受け取ったのは四三番だ。あと四つは待つだろうか。神が窓口職員と揉めない事を祈る。
「よーちゃん」
「はい、我が神」
「ヒト……多い」
「涙ぐんで怖がっている場合ですか。これから貴女様は一千万人民の神になるのですよ」
「ならなくていい。あ、消える、消える……」
「消えないです。大人しくしていてください」
リーアはまだ人混みに慣れていないと見える。椅子に座るエオの隣に行ったかと思えば、胸に蹲ってグズりだした。エオがこちらを睨む。ヒトを犯罪者のような眼で見てはいけない。
「四三番のお客様」
「はい」
「お待たせしました。どのようなご用件ですか?」
受付のお姉様に問われ、さてどうしたものかと考える。
そもそも生まれたての神に必要な書類なんてものは、自己申告の紙切れ一枚だ。筆を持てない神も居るので、人類種による代筆も許される。
神籍登録用紙はまだ字が書けないリーアに代わってヨージが書いた。
『奇跡』……つまり神の能力の項目には『癒し』と記した。神本人、また信徒二人も神の奇跡の本領をまるで知らないので、かなり大雑把な分類である。
「神籍登録と、宗教活動許可証の発行をお願いします」
「はい。神様ご当人はどちらに。この場にいらっしゃる事の出来ない神様ですか?」
「いえ。あちらで少女に泣きついている少女がソレです」
「ああ、生まれたてなのですね。よくいらっしゃいます、ヒトが怖いという神様は」
「ははは……」
「では書類を確認します。神名は『シュプリーア』様ですね。神種は……恐らく自然神と」
「まずいですか」
「いいえ。神様の生まれは曖昧である場合が多いので、構いません。確定した場合再び申告してください」
「解りました」
この世の神様は大別二種類だ。
大体は広大に広がる森の自然から湧出した『自然神』である。あとはヒトの願いから出来た『思念神』だが、これは一割にも満たない。
「主依代はありますか?」
自然神だろうと思念神だろうと、強い奇跡を起こす神は依代を持つ。
神として成立し顕現する為に使う物体だ。石でも木でも枝でも草でも、兎に角神が最初に定めた『依り易いもの』がソレに当たる。
「そういえば、我が神の依代は何でしょう」
「わかんない」
「なるほど……では思い出しましたら、遠くない内に確保しましょうね」
「んっ」
神様によっては、依代そのものが身体となっている場合もある。ただ、こうして受肉して成立した神は、依代を破壊されたからと死ぬものでもないので、優先順位はあまり高くない。また力さえあれば、別の物体を主依代として指定出来るので、この問題は後回しだろう。
「了解しました……ええと、奇跡は癒し……とありますが」
「はい。かなり癒されます」
「うーん」
ここで窓口職員、難色。神の能力などピンキリだ。ただ力が強いだけの神がいれば、願うだけで物に足が生えて歩き出す力を持つ神もいる。癒しと言えば癒しなのだ。納得して貰いたい。
「少し曖昧ですね。神様自ら示して頂く事は出来ますか?」
「ふむ……少々お待ちを」
ここで登録出来ないのでは本末転倒だ。もう力を示す他無いだろう。
ヨージはグズる神をお姫様だっこで抱えて、窓口までやってくる。
「うう……神だよ……」
「はい。神様ですね。雰囲気でそれは解りますが、一応ご確認させて頂きます」
職員が机の下から引きずり出して来たのは、拳大の水晶玉だ。これは神の気が中ると色が変化する。人類種が触っても何の変化も無い。分かり易い試験石である。
「はい、我が神。おてて出して」
「ん」
「宜しいです。職員さん、如何ですか」
「えーと……」
色の変化で大方の能力方向性が見えるのだろう、識別表を見ながら水晶玉に出た色を確認している。出た色は紫に近い。東国では最も高尚とされる色だ。
「赤か青ですね」
赤か青。基本、神の色はこの二種に大別される。ということは……真ん中、という事だろうか。
「……紫というのは無いのでしょうか」
「識別表にありませんね……ただ、人類種では無反応ですから、神である事に違いはありません。あとで上に確認を取ってご報告しますので、一先ずは大丈夫かと思われます。それで、明確な能力ですが」
「はてさて……受付のお姉様。どこか、傷などはありませんか?」
「傷。あ、はい。昨日料理をしていて、指を切ってしまったのですが……これで宜しいですか」
窓口越しにお姉様が手を差し出す。ヨージの目配せに反応して、リーアがその傷ついた指を握りしめた。本当に小さく、弱い光だが……あの時見た、温かい光に違いなかった。
「どうでしょう、我が神の力」
「あー……傷口は……開いたままですけど、確かに、痛みが和らぎましたね」
「え、そんな感じですか。もっとこう、あ、治ったわ!! っていう感動的なものは」
「ありませんね。ただ、痛みは引きました。使い方次第では有用でしょう。有難うございます、神様」
「いいえー」
……力の強弱はどのように決まるのだろうか、それが解らない。
ヨージはあのまま行けば確実に死んだ。それだけの傷をこの神は治したのだ、既にヨージの腕には傷口すら見当たらない。間違いの無い能力なのである。
実験、と言ってしまうと物悲しいが、信徒としては神の力をしっかりと把握しておかねばならない為、今後の課題になるだろう。
「有難うございます、我が神。またエオ嬢のお胸で泣いていて良いですよ」
「ううん」
「ではこのまま」
つまりお姫様だっこのままだ。
「宗教名は『治癒神友の会』、教義、特定供物などは決まり次第また申告してください。書類の確認は完了です」
「はい。有難うございました」
「あ、それと。大樹教加盟申請は、なさいますか?」
問われ、さてどうしようかと考える。
大樹教傘下に収まれば、大樹教宗教施設の使用料割引、宗教宣伝用のチラシ作成費の割引、隔月雑誌『大樹に寄り添う』で紹介もされるし、金さえ出せば大々的な広告も打てる……色々メリットはあるが、当然お布施の何割かは大樹教に収めねばならず、教義についても口を出される場合がある。
「いえ、今のところ信徒二人ですから、収めるものも収められませんので結構」
「畏まりました。では各種登録の手数料として一〇小真鍮銭頂きます」
まあ、そんなものだろう。一〇なら人間族の夕飯五人前程だ。
ただ、ヨージは袋を漁り、板の形をした小真鍮銭を一〇枚取り出してから、窓口お姉様の顔色を窺う。
「……お役所は撰銭をしておりません」
「はは。失礼」
お言葉に甘えて、少し擦り切れた五枚を混ぜて払う。流石お役所様だ。
精錬度の低い鉱物を貨幣にしていると、どうしても悪銭善銭は生まれてしまうし、私鋳(勝手に造幣したもので、通貨として通用するもの)の貨幣も存在する為、撰銭は起こってしまう。
更に言えば、大帝国の通貨は、大帝国などと名乗っている割に質が良くない。
割れ、欠けはザラだ。
ちなみに一大金貨は、二小金貨、一〇大銀貨、二〇小銀貨、一二〇大真鍮銭、四八〇小真鍮銭相当である。
ただし、大真鍮銭、小真鍮銭は金貨銀貨に比べると流通が多い為擦り切れているモノがあるので、実際の支払いはもっと多くなる場合がある。
実に分かり難い。
お役所様と大銀行様は、現在通貨の簡易化と刷新に努めているので、悪銭もちゃんと受け取ってくれるようだ。是非呼称も統一して欲しい。
紙幣になれば軽くて楽なのだが、国民は硬貨に慣れてしまっているだろうし、何よりも『旧世代的』なものが好きであるようだから、切り替えは時間が掛かるだろう。
「はい、確かに。こちらが神籍登録証と、宗教活動許可証です。失くされた場合は一か月以内であれば安価で再発行出来ます。ご利用有難うございました」
登録証と許可証の二つ。
互いに真鍮製の板で出来ていて、登録証は小さく、首から下げられるように上部に穴が開いている。許可証は掌サイズのカードで、偽造出来ないよう魔法契約印が刻み込まれていた。
ちなみにこれ等を偽造するとヒトだろうが神だろうが裁判無しで三か月は牢屋にぶち込まれる。
悪い事はしないに限る。
「登録も済みましたし、晴れて正式に神様ですよ、我が神。これ、首からかけて外さないようにしていてください。失くしても『失くしたら怒られるかも……』などと考えず即座に申し出てくださいね、お金が余計に掛かりますから」
「はぁい」
「活動許可証は大神官様にでも預けますかね。失くさないでくださいね」
「あの、神様とエオでは扱いが違うのは解るんですけど、なんかおおざっぱすぎません?」
「こんな大切なものを預けるんです……我が教団が教団として存在する為にあるものですよ……? 信頼無くしてどうして預けられますか預けられますか預けられますか――……」
「あ、ああー。あ。そ、そうですね! 信頼されてます!」
大神官様が大きく頷く。納得いただいて何よりだ。
モノが増えると身が重くなる。元来必要最低限の装備と身分しか持たないヨージにとって、許可証なんて荷物以外の何物でもない。
それに、もし自分が何かしらの理由で逮捕された場合、彼女達も迷惑だろう。
……、ヨージに悪意は無い。
ただひたすらに、この自分の命を救った神に、もっと有意義な神生を送って貰いたいのだ。
しかし、自分達はあまりにも小さい。小さい者達が安定した生活と幸福を手に入れるには、それ相応の努力と、多少汚い真似をしなければいけないのだ。
ヨージにはリーアを、ついでにエオを幸福にするという決意がある。
多少押し付けがましいかもしれないが、是非受け取って貰いたい。
「ではいざ、ビグ村へ。馬車で半日というところでしょう」
役所を出て荷物を確認し、一人と一柱に言う。手荷物はそう多くない。
「馬車ですか? そんなお金どこから」
「だから言ったでしょう。私は何も川魚を買い漁る為に、外に出ていた訳ではないのですよ」
芸は身をたすく。使えるものは何でも使え。良い言葉だ。
その為に投資したのは、鉛筆と紙。下着一つである。
(だいぶ美化した)似顔絵と一緒に売ったらなかなかな値がついた。
事前に洗濯を引き受けていて (エオが非常識にも男子に下着を預けていて) 本当に良かったと、ヨージは自分の手腕に納得する。
なお、これは単なる古物取引であり、後ろめたい事などあろう筈もない。