恋着章1
扶桑選王、赤城宗達を迎えた最終防衛軍一行。
ヨージは兼仲ミオーネの墓に参り、漸く大きな荷を一つ下ろす事になる。
鍵分身攻略に向けて邁進していた一行であったが、予定されていた南の鍵分身の姿は既になかった。
何者かによって討伐済みであり、鍵も奪われていたのである。
敵の存在が大きく影を落とした中、ヨージは背に腹はかえられぬとし、仲間を複数人迎えるのであった。
黄色の眼光がせわしない談議場を這う。銀色の長い体毛を撫でつけ、男はその長い口元を開き、牙を剥かせて小さく嗤った。
世界が変わった。ただし、それでもまだ、十全皇の掌の上にある。
少なくとも扶桑には数十段階の自動防衛機構が存在している。
小さな防衛から大きな防衛まで多種あるが、十全皇の身を脅かす存在に対する防衛反応基準は幾つかに絞られる。
『敵勢力が本土に攻め込んだ場合』
『敵勢力が首都までやって来た場合』
これはニンゲンを基準としない。"敵勢力"とは十全皇を脅かせるだけの力を持つ者をいう。ニンゲンの軍隊が首都に攻め込もうと、この防衛反応は起きない。例えばフィアレス・ドラグニール・マークファスが十全皇を殺す為にやってくれば反応するだろうが、アスト・ダールがやって来たからと、反応するものではない。
『十全皇の分身で対応出来ない場合』
『十全皇の分身が十体消された場合』
こうなった場合は"敵勢力"が何であれ即時防衛機構が発動する。分身とはいえ十全の数億分の一の力を与えられた存在であるから、これに対抗し得るものは既にヒトとは判別されないからだ。
では。
『扶桑雅悦が如何なる方法かで攻撃され、ダメージが確認された場合』
『十全皇支配体の存続に不備が生じた場合』
はどうだろうか。
それがこの通りだ。扶桑のルールが変更され、十全皇支配体は緊急停止し、維持を解除して引きこもった。
大戦果だろう。いや、恐らく世界始まって以来の大打撃が加えられたと言って過言ではない。これだけでも自分は世紀の大悪人として世界が終わるまで罵倒され続けるに違いなかった。
しかしゴールはそこではない。自分達は十全皇を何一つ理解などしていない。物事は慎重に、だが出来る限り大胆に行わねば、死よりも酷い地獄が待っているだけである。
扶桑は平らになった。種族毎の微々たる差はあるが、それでもレベルさえ上がってしまえば埋まる差だ。絶対不可侵がその手の届く場所まで降りて来ているのだから、これを平等と言わず何というか。
「青葉惟鷹の居場所はまだ特定出来んか」
「はい、殿。扶桑各地で目撃談こそあるのですが、根城が特定出来ずにあります」
「隠れ家がある。徒歩は絶対使わんだろう。拠点からポータルで飛び、遊撃している状態だ。尾行も不可能であるし、もし見つかれば此方の思惑がバレる。折角の『特命』であるからには『第一功』が喜ばしい、そうだな?」
「はい。青葉惟鷹に掠め取られては癪でありますからな」
十全皇支配体は機能停止した。しかし今の扶桑が維持されているからには、十全皇そのものが止まっている訳ではない。ただし、今が『最終防衛線』であるのも、事実。
扶桑雅悦への攻撃と支配体への損害を受けて、自身と同時に攻撃者をも弱体化させ、知識的アドバンテージを生かして敵を出し抜き、支配体の再起動及び敵勢力の排除に掛かるという、かなり遠回りで大掛かりな防衛機構が発動している。
違和感がある。
十全皇ほどの力があるなら、例え支配体が攻撃されたとしても、全魔力を動員して自ら打って出てたなら、敵対者など屠れるだろうに。それをしないのは、なにゆえか。
違和感はあるが、だからとどうにか出来るワケでもない。十全皇なりの意図がある事は承知で対応して行かねばならない。
この状況下の為に用意された分身を運用、青葉惟鷹と合流している可能性がかなり高い現状、そちらに対処するのが肝要だ。
青葉惟鷹が帰国する事自体は予想に入れていたが、思ったよりもずっと早かった。だが、それも仕方がない事なのだろう。奴は救世機構だ。悪を成すものを排除する為にいる。あらゆる運命力に導かれ、扶桑の危機を救うべく、自分達の前に立ちはだかるのである。
(たとえ世界が平坦になろうとも、あの男だけは違う。勿論、十全皇に寵愛を受けている事もそうだが、それだけではない。必ず不利を覆してくる。障害をものともせず乗り越えてくる)
手元にある青葉惟鷹の資料を捲りながら、顎を擦る。アレと対峙する者は、あらゆる不条理が降りかかる事を前提に戦わねばならない。現状、十全皇の分身よりも、青葉惟鷹単体の方が脅威だ。
「殿ッ!!」
「なんだッ」
「鍵を守護せし御分身、仕留めて御座いますッ」
「でーっかしたぁッ!!」
談議場が湧く。とうとうやった。思わず拳を振り上げる。鍵を持った侍がすり足で寄り、こちらへと鍵を献上する。
見た目は、何てことのない真鍮製の、西国風の鍵だ。しかし強力な魔法で保護してあるのか、とても欠損するようには見えない。
それもそうだ。これこそが、十全皇の"罪業炉心"に至る為の鍵なのである。
「何人死んだ」
「――六名に。即死耐性必須である事を確認する為に二名、御分身を退かせる『ギミック』確認の為に二名、戦闘において攻撃魔法に耐えられなかった者が二名に御座います」
「今は心の奥で悼むだけとしよう。陛下に事情をご説明すれば蘇生も叶う。我々がやるべきは、一刻も早く鍵を集め、十全皇陛下を元にお戻しして差し上げる事だ」
「ハハッ!! 皆の者、殿の仰せの通り、我々は大変な大義を授かっている。今こうしている間にも、不遜バルバロスの輩が扶桑を狙っているやもしれないのだ。与えられた使命を全うし、そして逐一すべてを殿へと報告せよ、良いなッ!!」
『ハッ!!』
皆、実に精悍な顔立ちだ。お国から『与えられた』とされる『特別な任務』の為に奮起している。里の為、蕃の為、国の為にと集まっている集団なのであるから、当然なのだが、過去これほどまでに、死を厭わず戦いに向かう姿を、見た事がなかった。
大義とはすばらしい。これさえあればなんでも許される。十全皇は、やはり自分などとても、つま先にすら及ばない程、国の統治に長けているのだ。これだけの『大義』を臣民に植え付けるのに、どれほど苦心しただろうか、龍とて汗水たらしたに違いない、その努力本当に痛み入る。
お陰様で、蕃士達は二つ返事で此方の与太話を全部丸のみしてくれた。
「殿。鍵は、如何ほど必要となりましょうか」
「あと二つは確実に必要だ。陛下をお守りしている建物は大枠三層になっている。それぞれに鍵が必要だ。力技でなんとかなるものではない」
「殿の神通力にて、所在は判明するものでしょうか」
「うむ、待て、待て……北部に一つ、西真夜に一つ、東部に一つ……」
「西真夜……は、厳しいですな」
「うむ。事情を知らぬ青葉家と衣笠家が協力してくれるとは思えん。まず北部に絞る。確実に、以前よりもレベルが必要になる。前面に出る戦方には、とにかくまず耐性を上げよと伝えろ。スキルでも、装備でも構わん。鑑定士の用意は」
「ございます。耐久力とアイテムスキルに特化した者達、五十名」
「各所に放て。特に装飾品には耐性装備が多い。掘り出し物があるかもしれん、鑑定士にありったけ集めさせろ」
「ハッ」
盤上の駒を進める。敵の駒は無い。
状況が変わり、敵が判明次第増えて行く、予想のし辛い盤上競技だ。
しかし勝たねばならない。
「虚無垢」
傍らに控えさせていた少年に声をかける。彼は目を閉じていたが、言葉に反応してゆっくり目を開き、視線だけ此方へと向けた。
銀髪というより白髪。自意識の無さそうな、中性的な顔立ち。
無機質な印象の強い人間族の子供だ。
「次はいつやれる」
「扶桑時間で、三か月です、お殿様」
「外時間で四日弱か……最高のタイミングでぶち当てて貰わねばならん。こちらの準備としても丁度良い時間かもしれんな」
この少年こそ、今の扶桑の諸問題を引き起こした存在だ。十全皇の防衛機能に風穴を開ける、想像し得る限り現世界最悪の存在と言って良い。
「――お殿様も」
「む?」
「お殿様も、いつ"お目覚め"ですか」
紅い瞳がジッとこちらを見つめている。
自分――雁道修理助波貞ではなく、その、奥にいるものだろう。
「俺の中にいるものは、狡猾なのだろう。一番の好機にしか、きっとやって来ない。恐らく、お前がもう一度やれる、その時だ」
「では、お待ちしております」
「おう、期待して待て」
ギリギリだ。所詮自分達はニンゲンの集まりでしかない。手駒も限られるが、切り札は数枚ある。努力は怠らず、そしてこれを切るタイミングを間違わない事。勝利条件は厳しいが、勝利条件が存在している、という事自体が、まさに破格である。
リュウの支配を終わらせる。
「実に愉快。なんてばからしい話だ。大人しくしていれば幸せであれるのに」
ただ、世の中、大人しく幸せであれば良いというニンゲンだけとは、限らないのだ。
「次は北だ!! 心して掛かれッ!!」
『応――――ッ!!』
場末のバー……最終防衛基地のメンバーは各々小休止を取っていた。
菊理は新たに増えたメンバーが気になるのか、視線をあちこちに向けて気を揉んでいる。
赤城は新スキルを取得、応用法は無いかと矢を既存魔法の知識で弄り回していた。
エオとシュプリーアは部屋の端で何かしらを話し合っている。
フィアレスは、雇われ用心棒よろしく壁にもたれ掛かり全体を見渡していた。
ヨージは武器強化素材が足りない事に気が付き、鼻の穴を広げて取得アイテムのリストと睨めっこしている。
そしてフレイヤは……ゼロツーの前に座り、身体を極限まで縮こまらせて話を聞いていた。
「十全皇におかれましては……今更、ご説明する事もないかと存じますけれど……愚妹はヨージ様の因子を譲り受けに参っただけでして……扶桑を救うなんて大それた真似に協力など……」
「多様性が逼迫した昨今"白"持ちの惟鷹様は非常に貴重ですから、重要な任務なのは理解いたしますわ。とはいえユグドラーシルのメンツに散々な目に遭った貴女が、素直に協力するだなんて、お歴々はだぁれも思ってはいませんでしょうけど」
「それも承知である事を認めます。とはいえ利用価値がある限りは、ユグドラーシル派も愚妹を殺しませんし。なるべくなら、危険は避けて、使命だけ全うしたいのですが」
「利用価値が無くなった後、どうされるか分からないでしょう。というかスリュムのお人形にされますわよ。あの性欲爺」
「それは……ええ、はい」
「だったら尚更協力してくださいまし。報酬は利用価値が無くなった後の身柄の保護。フレイと共に扶桑でお迎えいたしましょう」
「え? そんな交渉が罷り通るのですか。あえて避けていたのですが……十全皇、丸くなられました?」
「不躾極まりない女ですわねえ。知っていますけれど」
「し、失礼いたしました……」
「で、どうされますかしら」
「ご存じでしょうが、愚妹は竜種を信用していないことを認めます」
「十全皇は当然、ユグドラーシル派とも大きく繋がっております。ただし、それはそれ。扶桑の為に報いてくださるなら、褒賞を授けるのが当然。十全皇は無茶こそ言いますけど、義理は必ず果たします」
「うー……それは、十分承知していることを認めるのですがー……」
仲間の確保に難航しているようだ。フレイヤは今の扶桑において上位神族という分類になり、いわば竜種に継ぐ初期ステータスの高さを保有している。もし敵対者が居たなら『え、そんな種族値ズルじゃん』とか言われるレベルのものだ。
固有のスキルも保有しており、特に男性に対しては特効と言える。これからの戦いには是非欲しい戦力なのだ。
「ところで僕の因子が云々などという不穏なお話が聞こえるのですが、僕の権利などは無視されるのですか」
「ヨージ様は愚妹と致したくないと?」
「面倒そうなのでイヤです」
「そんな!! こんなに良い女なのにッ!!」
「惟鷹様ですもの。むしろ良い女は食傷気味では」
「あっ!! 残念ながら愚妹は自身の容姿を誇りに思っているので、顔を変えられない事を認めます」
「まあ、別に致さずとも良いのですけれど。ただ致した方が楽、というだけで。ねえフレイヤ」
「あー……まー……そーなのですがー……」
「え、そうなのですか。つまり、血とかでも良いのですか。ユグドラーシルの方々との関係性を維持するのに、多少の血液が必要だというのならば、僕は全然かまいませんけど」
青葉惟鷹という要素ならなんでも良いらしい。あとは手間の問題なのだろう。
「魔術的な観点でお話するなら、当然精の方が楽です。女に出してしまえば良いので。血液である場合、劣化が早いですし、惟鷹様程になると、血すら外の魔力を吸収してしまうので、不純物が混じりますもの。長距離輸送ならば専用の保管器が必要、しかも即座に魔法研にでも運び込まねばなりませんわね」
「そ、そうであることを認めます!! なので愚妹と是非」
なんて話をしていると、シュプリーアとフィアレスの視線がこちらにぶっ刺さり始める。凄い、視線だけで低級な魔獣なら裸足で逃げ出すだろう。エオはニコニコだ。『許します』という顔をしている。事前に示し合わせた後なのだろう。
「ゼロツー、よーちゃんを意図的に傷つけるのは駄目」
「因子ならばわたくしでも、エオーナ姫でも、何ならシュプリーアさんでも良いのではなくて?」
「お二方、多様性の問題です。お二方はどうせ、後でも何とかなるでしょう? 愚妹は今が重要なのです」
「よーちゃん、そうなの?」
「ヨージさん、そうです?」
「ゼロツー殿、このお話一端持ち帰らせて貰っても良いでしょうか、僕まだ死ねないので。とはいえ神フレイヤに協力を仰げないのも困りますね。あまり無理強いはしたくないですが……エオ」
「はいはい。エオは当然ながらお手伝いしますし、戦闘となれば戦います。フレイヤさんはそんなエオを放っておいて、お母様にお小言言われませんかね?」
「全面的に従います。如何様にでもお使いください。もう生きる死ぬ以前の問題でしたわええ。ただし、ゼロツーさんの命令には従わないので、もし命令したいならばエオーナ姫を通してくださいな」
「手順の問題ですのねぇ。ええ、了解いたしました。報酬に関しましても、選択権は残したままといたしましょう。用済み後、帝国でも生きて行けそうならそのまま、不味いとあらば扶桑に来ればよろしいです」
「触れる者はみんな敵、全員ぶっ殺ぶっちぎりだった十全皇が、信じられないぐらい寛大ですね……有難うございます」
フレイヤには、随分と対応が柔らかい十全皇が不思議でならないようだ。分身は性格や認識、知識にも個体差があるらしいが、他の分身もだいぶ反応が軟化しているのは事実である。
「エオにも申し訳ありませんが、必要最低限戦って貰う事になると思います。元から人手不足でしたが、いよいよ形振り構っていられない状況となりましたから」
「何でもひとりで出来ちゃうのは力あってこそですから、仕方ない話ですよ。というか頼られて嬉しい!! やった!! エオったら最近、神社での仕事ばっかりで、肩が凝ってたんです! さあどうしましょうさあさあっ」
「落ち着いてください。まずはこれを」
皆が集まった大テーブルに、扶桑領地図を広げる。軍事地図の最新版である為、基地や隠し軍島なども表記されている。
必要な鍵は三つ。四つの本鍵と予備が一つある中、今回先を越されたのは南の一本、一番入手難易度が低い場所にあったものだ。
「南の五州にあった鍵はやられました。残る鍵は北洋州に一つ、大陸の西真夜行政区に一つ……旧四光教国、現越東州に一つです」
実京から地続きで行ける場所は北洋州のみだ。西真夜は大帝国の隣であるし、越東州も扶桑東にある諸島である。
「必要に迫られた為、ゼロツー殿には外界にも繋げられるだけの上級ポータルを取得して貰いましたので、距離は問題になりません」
「エオ達をお迎えしてくれたぐらいですから、少なくともフォラズまでは届くんですねー」
「はい。問題は、以前に増して速度を求められる点にあります。敵は鍵の必要性を知っていた。どういう理屈かは知りませんが、今の扶桑に精通する人物が居る事は確かです。取り敢えず期間を決めてノルマを達成し、レベルが上がったところで鍵分身に対して総攻撃をかける、ではとても間に合わないと考えられます」
「ヨージさん。敵は明確ではないのですかしら?」
「明確ではありません。しかし小さい組織ではありませんね。謎の知恵者によって統率され、効率的に大きな組織を運用していなければ、鍵の場所もそうですが、鍵分身に対策を講じれない。ゼロツー殿が一部知っているのみで、鍵分身に対して耐性必須など知らない筈ですから」
「ヒト柱を立てて、被害を出しながら調べてるってことー?」
「はい。鍵分身攻略に何人も犠牲になっているでしょうね。人命はあまり重視していないのか、志願者を募って相応の報酬を出しているのか、そこは解りませんが。かなり思いっきりが良い人物です。元から信頼があるのかもしれません。やはり、敵首魁は蕃主でしょう」
「青葉君。扶桑に、そんな不届きな蕃主がどれほどいるだろうか? ニンゲン同士の争いは数あれど、十全皇に刃を向けた蕃主など、有史以前から存在していないよ」
「そこは僕も良く考えますが、起こっている事態、予想出来る勢力規模から考えても、元から整った組織にしか出来ない動きをしています。龍正位はどうお考えですか」
「ウチか? 反意とまでは感じぬが、鳳公は口うるさ過ぎる。龍に対して敬意が低い。古鷹佐京はお主やウチに対して牙は剥いても、陛下には絶対牙を剥かぬ。これは絶対じゃな。あーとーはー……」
「誰か心当たりが」
「……龍種が不確定な事を口走れんのう。部下に確認する故、少し待て」
「分かりました。国内の情報はやはり小龍閣下頼みになります。お願いしますね」
「うむ、うむ。多少使いっぱしりっぽいが、どうせお主は近々ウチの上司故、構わぬぞ」
苦笑いで流す。龍の婿、王配、即ち執政侍王となると、今のナンバーワンとツーの間に差し込まれる事になるので、菊理の話は正しいのだが、この状況下でその問題に言及するのは憚られる。
リーアの視線が菊理に向いている。好意的ではないだろう。
あまり、ヒトに対して強い感情をぶつけるような神ではなかったが、時間が経ち人格が形成され、自身が確固たるものになりつつある今、生物らしい反応なのかもしれない。そこは素直に喜ぼう。
「さて、その敵ですが、次は北の北洋州の鍵狙いでしょう。古鷹に連なっていない限り、西真夜で侍共が大手を振って歩く事は出来ませんし、距離もある。越東州は元独立国家であり、小規模であり、全てが同じ元救世真教教徒ですから、ヨソモノが非常に活動し難い筈です」
「確かに、北洋州の鍵分身の適性レベルも50ですが、少し安直かとぞんじます。手練れであれば他方に手を回していても、可笑しい事はありませんでしょう」
「相手の手札が見えませんから、絶対と言い切れるものはありませんが、敵の平均レベルが50を上回っている事もないでしょう」
「根拠はありますかしら」
「時間的な問題が主です。調査の限り、奴等は数日前、相当の被害を出しながらやっとの思いで南の鍵分身を倒しています。ゼロツー殿が言うように、50は区切りだ、必要経験値も大変に多い。数日で上がってはいないでしょう。それに元から平均レベル50越えのパーティだったというなら、死者も出さずに南の鍵分身を倒しています。50を超えていたなら、蘇生を覚える構成員が居るでしょうから」
「ええ。50からは、世界が違いますので」
「そこで、我が神、エオ、神フレイヤ、フィアレス竜精公には2チームに分かれて貰い、鍵分身周辺の監視と、その他活動に従事して貰いたい訳です」
「戦力の分散? ヨージさん、人数が少なすぎますわ。それに、まだわたくしもエオーナ姫も、そこの淫乱女も、この世界に慣れ切っていませんわ」
「勿論、分散して鍵分身に当れ、なんて話はしません。鍵分身と戦う必要はないのです」
「よーちゃん、どゆこと?」
「近づいて来るニンゲンをぶっ叩けば宜しい。幸いコチラは鍵分身の場所を知っている。例え鍵分身を狙った上位レベル者が現れたとしても、不意打ちを喰らえばどうしますか。絶対に撤退します。後ろから狙われるリスクを背負いながら、強敵と戦う奴はいません」
鍵分身を倒せるようになるまで、敵対者を撃退すれば良いのだ。それは完全にトドメを刺す必要はなく、ダメージを与え、常に後ろを警戒させるだけで良い。目の前に居る鍵分身だけでも大変だというのに、不意打ちで殺される可能性を考え続けるなど、まず余程追い詰まっていない限り、ヨージとてとらない選択肢だ。
「正直、あらゆる耐性と膨大な体力を持つであろう鍵分身を狙うより、耐性が怪しく不意で死ぬ可能性のあるニンゲンを狙った方が効率が良い。それこそ、鍵分身を倒して貰って、弱り切っているところを襲い鍵を奪った方が楽です。ゼロツー殿、鍵というのは、物理的に存在していますね?」
「はい。あまりとって欲しくはない選択ですけれど。鍵が鍵である限り、正当に取得しようと奪い取ろうと、違いはありませんわ」
何となく、ゼロツーの評価基準が分かり始めた。『英雄的行動かどうか』だ。ゼロツーの気持ちは解らないでもないが、扶桑の命運がかかっている以上、これはハイエナ行為というより、知略と呼んで欲しい。
「ただ、敵も馬鹿ではないでしょうから、一、二回が限度でしょう。その間に我々パーティの底上げを図ります。マニュアルは作成済みなので、解らない事はその都度聞いてください。解らない事を解らないママにしていると、今の扶桑では確実に死にます。特にフィアレス竜精公」
「はい? わたくし?」
「今の扶桑で貴女は無敵足り得ません。普段の身体スペックのつもりで突っ込むと死にます」
「ええ、大丈夫ですわよ。貴方に負けて以来、敗北の味は毎日噛みしめていますの」
「そ、そうですか。神フレイヤも同様です」
「遠距離魔法職のようですし、前には出ません、はい」
「皆さんのステータスに表示されているHPの数字が貴方達の限度です。初動は戦略性を優先したステータス、スキル配分にして貰います。異論のある方は」
各々頷く。皆物分かりが良くて大変助かる。限られた数の人的資源であるからして、この規模で統率が取れないとあらば致命的だ。
「では、個々人用に用意したマニュアルに従ってステータス、スキル配分をお願いします」
「青葉君、拙生、拙生は?」
資料を配ると、各々熟読しながらステータスを弄り始める。ヨージも自分のステータスと睨めっこしていると、赤城が音もなく近づいて来た。
「赤城殿はコチラが声を掛けたら直ぐ動けるようにだけしておいてください。初期は不意打ちが主戦略となりますから、貴方を一番効率よく運用出来ます」
「まさに、まさに。しかし失礼を承知で言えば、青葉君も戦略など練るのだね」
「ホント失礼ですね」
「個人スコアが大きすぎる故」
「一応中隊長だったのですが」
「深く深く理解している。が、今の扶桑でそれは悪手かもしれん」
妙な事を言う。だが、一理はあるか。
「元から扶桑は十全皇のお国だ。臣民の為に設えてある。だがそれは、臣民にとってのお国だね」
「それは、ええ」
「だが今の扶桑はどうか。これは誰が為の国だろうか? 防衛だけを目的としているなら、方法はもっと幾らでもあった筈であると、拙生は愚考するぞ」
「……――」
『青葉惟鷹類似存在』を現在の防衛機構に組み込んでいる事を考えても解るように、国の護りに青葉惟鷹が居る事を前提にされている以上、自分という要素が国家の数%に渡って占有している可能性がある。
『防衛するなら方法は他にある』
当然最初から疑問には思っていた。回りくどすぎるからだ。扶桑雅悦、支配体十全皇が傷つけられたとて、現状を見る限り十全皇が力を失っているとは言い難い。そもそも各所にバラまかれた魔力リソースを見ても明らかだ。魔力がなければ、これだけの魔改造を扶桑に施せる訳もない。
一極、もしくは少数に絶大な魔力を注いだ分身を作り、敵の迎撃に当らせれば、大体の問題は片付く筈なのである。敵対者がユグドラーシルの竜でもない限り、瞬殺だろう。
それをしないからには、理由がある。
十全皇にとって今の扶桑が誰の為の扶桑なのか、というのが不明瞭――……いや、かなりの確率で、何かしらの理由で、青葉惟鷹の為にあるのかもしれない、という事だ。
ゼロツーがヨージに『英雄的行動』を求めるのも、それが原因かもしれない。
あまり小賢しい真似をしていては、扶桑のルールに弾かれる可能性も見えて来る。
「そうでありますね、ゼロツー分身殿」
「十全皇真体の心の奥底は、所詮力を与えられているだけの私では存じ上げませんわ。ただ、私が『なんかイヤだな』と思うからには、理由もございましょう」
「心にとめておきましょう。ただ、現状僕は弱すぎる」
こればかりは厳然たる事実だ。少しは動けるようになったものの、だからと一人で鍵分身を倒せる筈もない。
「はい。ゼロツー自身としても、そう考えますわ。現状は手を結んで当るべき状況です」
「僕は、頑張ります。折角未来が、ちょっとは見えるようになってきたというのに、失う訳にはいきません。今はこれで手を打ってください」
「……はい」
十全皇そのものと、ゼロツーが全く同じ考えというワケでもないのだ。自身と、自身の主人の思考の狭間に彼女はいる。中間管理というのは、いつの時代も頭と胃が痛むものなのである。
「ヨージさん、宜しいかしら」
「フィアレス竜精公?」
「長いのでいつも通りフィアで構いません」
「自ら名前を短縮しろ、なんていう竜種も珍しいですよね」
「ニンゲンに理解がある、とおっしゃって。それで、わたくし達のチーム分けですけれど」
「ええ、それならば。我が神と神フレイヤ、エオとフィア殿でお願いします」
「そのこころは?」
「前衛後衛のバランスもありますが、相性を観たいので。様子を見て配置も変えますよ」
「戦力の把握ですのね、了解しましたわ。だそうですわよ、エオーナ姫」
「はーい。フレイヤさんは我が神と仲良くしてくださいね」
「全面的に肯定します。否定権はないので。よろしくお願います。神シュプリーア」
「んっ。よろしくね」
『エオを守る立場にあるのだから引き離されては困る』なんて話も予想したのだが、案外素直に受け入れられた。命令されたからにはそれが絶対で、離れている間に何かあっても責任の所在は自分に無い、と言いたいのかもしれない。
「では早速動きましょう。拠点を設置次第各自行動に移って構いません。些細な事でも全て報告願います。我が神チームは東へ、エオチームは北へ。僕は西真夜へ様子を見に行きます。ゼロツー殿はいつでもポータルを開けるように待機、赤城殿は即時帰還可能な距離ならばどこへでも」
「りょーかーい」
「了解ですッ」
「ポータル屋さんですわねぇ、戦略上相当重要ですけれど、暇といえば暇ですわ」
「承知だ。危険人物の所在でも探ろう」
各自散会。ポータルを通って鍵分身が居ると思われる付近へと送られる。正直、完璧な作戦とは言い難いが、今出来る精一杯でもある。
何より敵が不明だ。どんな手段、どんな策を持っているかもわからない。だが怖いからと手をこまねいていても前には進まない故、分散してでも情報を収集し、敵対勢力の特定と撃退を推し進めねばならない。
後が無いのだ。もう一つでも鍵を奪取されたなら、こちらは予備鍵に手を出さねばならない。予備鍵は超高レベル分身であると予想される為、現状では一切手立てがないのだ。
「我が神」
「んー?」
「いってらっしゃいませ。どうかお気をつけて」
「ん。頼って貰えてうれしいから、ほどほど、ガンバル」
うっすら笑みを浮かべ、ポータルへと消えて行く。確かに、彼女の能力に頼った事は何度かあるが、彼女自身の頑張りに期待して送り出すような真似は初めてだ。エオもそうである。
幾ら強くなろうとも、何も救えず、何も得られないという恐怖を抱えたままであったヨージが、不確定な他人なるものに信を置く事は、ある種の快挙であろう。
「僕も行きます」
「はい。何かあれば直ぐ、私が飛んで行きますから」
ゼロツーに手を振り、ポータルへと飛び込む。
一歩踏み出すと、そこは既に我が故郷であった。
大扶桑女皇国西真夜移民行政区。大帝国と大扶桑の、文化衝突圏である。




