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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
291/318

鬼切章3



 整理しよう。


 堂存ヶ城村に現れた鬼は一匹。初期こそヒトを食う事に躊躇いを覚えていた様子だが、今は狩りを公然と行い憚らず、扶桑の新ルールをある程度肌感覚で理解し、己のレベルを上げている存在である。


 推定レベルは30。防御力が高い。

 一度斬りあった所見から、体毛が防具の役割をしているのだろう。

 奇襲故、力量看破サーチ出来なかったのは悔やまれる。


 元の種族は犬型獣人族第一種別であるとされていたが、時間を追うにつれて変化、現在は第二、第三種別程度にまで見た目が変化しており、かなり獣の様相を呈している。


 仲間は居らず単体で、武器は刀。地元剣法の『紙垂原しではら一刀流』を高度に収めていると思われる。またその事から、元は武人階級である事も推測される。


 個人戦である場合、現在のヨージでは勝ち目がない事は明白だ。確かに剣技という形で見るならばヨージは上だが、胴体に刀が通らないのでは話にならない。的確に急所を狙うにしても、その技量に身体が付いてこないのだ。


 対してこちら、扶桑最終防衛軍は三人。


 ヨージのレベルは15、リーアは17、ゼロツーは不明。


 ベースレベルが低すぎる為、どんなタイプの戦闘スタイルだ、という事も言いきれない状態である。


 幸い、リーアは極端に硬く体力があり、ゼロツーが器用貧乏にも様々な魔法が使えるが、肝心要のリーダー、ヨージに出来る事といえば、ターゲットを引き付けてゼロツーの魔法の待機時間を稼ぐくらいであろう。


 夜半、ギルドに戻ったパーティは菊理の作った謎の炒め物を食しながら頭を捻る。


「ゼロツー殿、鬼の出自は判明しましたか」


「村の証言だけではなんとも、やはり村民やその周囲に暮らしていた人物ではございませんわね。しかしちゃんとした剣術を学んだ武人階級である事に相違ないかと」


「なかなかの腕でした。半端ではなく、流派の代表を名乗るレベルかと」

「面倒極まりますわねぇ」


「ねえ、よーちゃん。急にニンゲン食べたくなる事、有ると思う?」


「ないでしょう。例え、ニンゲンを食う事で強くなれると解ったとして、食べるかと言われれば当然食べません。新ルールによる不具合の影響は考えられますか?」


「絶対とは言い切れませんわ。しかし確率としてかなり低いものかと。ともすると」

「食べるように、誰かに仕向けられた、かなー?」


 どうにも、鬼には誰かの意図を感じている。しかしその場合、突如として生まれたこの状況を冷静に判断し、何かしらの実験に手を染めている人物が、扶桑に存在する事になってしまう。


 そんな適応能力の高い者が存在し得るのか。十全皇としても頭が痛い部分だろう。


「一つ。ゼロツー殿、あの冒険者台帳のお話ですが」

「如何なさいました?」


「今回の依頼、何故強調されていたのでしょう。台帳がビカビカ光っていましたし。他の依頼ではあのような強調のされ方はしていなかった」


「このルールを制定した当時の事ですから制定に関わった十全皇支配体、及び他の分身しか詳しい理由は把握していないかと。けれども、私たちの旅に重要だと思われたもの、引き受けねばならない絶対的な理由がある場合、光ってお知らせする、と考えるのが妥当でしょう。私ならそういたしますし」


「僕達が防衛装置として、絶対やらねばならない事を、教えてくれている、と。ゼロツー殿は古い個体と聞きましたが、全てを把握している訳ではないのですね」


「すべてを詰め込みますと、この個体のキャパシティを越えてしまいますの。なので、必要な事は必要な時に与えられるものかと。ただし、以前もお話した通り、私が何もかも全てに詳しくなってしまったとすると、敵対組織に奪われなどした場合、最悪の事態に陥りますわ」


 彼女自身にもリスクマネジメントが効いている、という事だ。彼女が説明してくれるのは大枠のみで、このルールの運用に関わる根幹的な部分は知らされていないのだろう。


 多重の保護、幾つもの隠蔽があって、しかしそれでも、悪事を働こうとするものは、あらゆる隙間を狙って来るのだろう。この鬼もその犠牲者と考えられる。


 さて……どう倒すか、だが。


「我が神は状態回復中キュア・ツーを取得しましたね。どの程度まで回復出来るのでしょう」

「軽い精神錯乱とか、恐慌状態とか、たぶん回復出来る。洗脳とかだと沢山かけないとダメかも」


「仕様上、重ね掛けに意味はありますか、ゼロツー殿」

「三回程度なら」


「一先ず、真正面から戦う意味はないので、隠れながら状態回復中キュア・ツーを重ね掛けしてやりましょう。抵抗が無くなるならヨシ、抵抗が薄まるならこちらも攻撃しやすくなる。ゼロツー殿はその間魔法待機時間を潰しておいてください」


「わかった」

「承知いたしました」


「タイミングを見て攻撃魔法を射出、躍り出て叩き斬ります。ただし、物理攻撃に耐性が見受けられますから、僕はターゲットを引き受けるだけになる可能性は高い。その間もゼロツー殿には攻撃魔法の機会を窺って貰います。合図したら離れるので、誤射だけにはご注意を」


「妥当、限りなく妥当ですわね、惟鷹様」

「問題はありますか?」


 強い相手に真正面から、全力でぶつかるなど愚の骨頂だ。こちらは手段も人手もあるのだから、出来る限りの事前準備と先制攻撃を仕掛けるのが、勝利に最も近い行動と言える。


 罠を張りたかったのだが、レベル30の人物を止めるだけの罠を設置出来るスキルがない。

 故に現状これが最善だ。


 しかしゼロツーは少し渋い顔をしている。自分達に出来る事といえば、このくらいの筈だが、他に手段があるだろうか。


「いえ。何も不味い事はございません。貴方様は元軍人でいらっしゃるし、複数人で戦う術も心得ている。そう、当然、当然なのですけれども――」


「ゼロツー、今の私達は弱いんだから、問題があるなら口にして」


 少し不機嫌そうに我が神が言う。つまり『具体的には言えないが、肌感覚として何か違う』なのだろう。言語化できない部分であるから、ゼロツーも困惑しているのだ。


 何かある。きっと自分の選択は、セオリーでは正しくとも、この世界のルール的には違うのだ。


「まあ、まあ。現状はこれが最善ですが、意識だけはしておきましょう。ゼロツー殿は全てを知らずとも、十全皇の分身なのですから、言葉に出来ない直感も大きいでしょうし」


「よーちゃん。命が関わってるのに、それは少し判断が軽い」

「とは言われましても」


「今、何かあった場合一番最初に死んじゃうのはよーちゃん」

「――そ、それは、そうですね」


 ゼロツーのレベルは不明だが、間違いなく二人よりも強いだろう。我が神はレベルこそ低いが、体力(HP)頑強(VIT)が高いので、そう簡単に倒れたりしない。何かあれば真っ先にぶっ倒れるのが、ヨージである。


 蘇生魔法はあるが、リーアが取得出来るのはかなり先だ。


 生憎、自分という戦力を加味しない戦闘、というものを、ヨージは知らなすぎる。一端フラットに考えれば、弱い戦力は後ろに下げてバックアップに回すべきだ。


「僕を後ろに下げるにしても、バックアップをする能力がありませんね……」

「それはそれで、違うのですけれども……」

「もー。ハッキリしないなー……」


 それも違うらしい。どうにも煮え切らず、我が神は苦い顔、ゼロツーも気まずそうだ。

 そんな空気を察したように、菊理が口を開く。


「のう。のう、のう」

「どうされました、小龍閣下」


「それで、うちの料理は、うまいかえ?」


「普通よりちょっと下です」

「あんまおいしくない」

「料理スキルを取得してくださいまし」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」


 菊理が唸る。何をするにもスキルが重要な世界なので、当然料理もスキルが必須だ。無いからと出来ない事もないが、伸び率が直ぐ頭打ちになってしまう。現在の扶桑は、臣民皆大体メシマズという、地獄のような世界である。


「一般臣民にはどう説明しているのですか、今の状況」


「近いモノに、ルール変更があった場合の大まかな解説だけをするマニュアルを配布するよう命じてありますの。国は民が居りませんと成り立ちませんもの、臣民は、大事に大事にいたします」


「でもなければ、普段手仕事をしているヒト達が大変ですものね……」


「菊理、食事は我々のステータスにも影響を及ぼしますから、冗談でなくスキルは取得してくださいまし。普通の料理では普通の食欲しか満たせませんので」


「我が龍、うちは政治の補佐であって、何でも屋さんではないのだがのう?」

「我々が戦う為に必要な部分ですわ。貴女様の存在意義に合致します」


「そーじゃが、そーじゃがッ!! だって、ううー」


 菊理は現状が不満らしい。当然といえば当然だ。基本的に政治の補助として最低限の仕事さえしていれば自由の身であるから、日がな一日こんな何もない場所で暮らして居ては、フラストレーションも溜まるというものである。


「ゼロツー殿。休日を設けましょう」

「休日……? 分身の子とはいえ、菊理は竜種ですわよ? 少し、弱ってますけれども」


「ルール変更から何日経ちました?」

「外時間で半日と少し。扶桑時間で十六日です」


 現在扶桑の一日は、外において一法刻である。どんな原理で時間まで歪めているかは知れないが、自分達の体感と外の体感はまるで異なるのだ。余裕を持っていられる状況でないのは変わりないが、他の余暇が無ければ潰れてしまう。


 特にこういった状況に慣れない菊理ならば尚更だろう。


「タイムリミットはありますか」

「ルールの上ではございません。敵対組織が扶桑雅悦もしくは――」


「もしくは?」

「……十全皇の核。"罪業炉心ざいごうろしん"を掌握するまで、ですわ」


 炉心、支命核。竜種の弱点となり得る為、存在の有無すら曖昧にされている、リュウの心臓だ。

 宣ルーイエでは、ヨージが融合神『アヌ』の"終末炉心"を叩き割り終結した。


 世界最大級のリュウである十全皇であるから、如何様な形であれ、存在を再構築出来るだけの要素があれば、幾らでも再生可能だろうが――根幹とされる大樹の扶桑雅悦、そして心臓である罪業炉心を掌握されてしまえば、もはや覆しようのない終わりが待っているだろう。


 大樹、竜、炉心は一定の関係性にはないと見える。


「幸い、扶桑雅悦を従わせるだけの力がある者は多くありませんし、炉心に関しましても、ルール変更でも弱体化されない魔術トラップが、一国の軍隊を滅ぼす程設置されておりますから、そう簡単ではございません」


「……もしかして、キーとは、トラップの解除コードでしょうか」

「お察しの通り。今の私達では、踏み込んだ瞬間魂から分解されてしまいます」


 個人戦力ではどうにもならない罠を解除する為の鍵が、自分達の集めるもののようだ。


 罪業炉心――十全皇の核というのだから、大層立派なものなのだろう。通常のニンゲンでは、そもそも目視しただけで脳がイカれそうな代物だ。『アヌ』の事も併せて考えれば、炉心自体が超絶的戦闘能力を持っていても不思議ではない。


 それにしても、罪業とは。こんなものに名前を付けるのは他でもない本人だけだろうから、何かしらの自覚をもってして、罪業炉心と名を与えたのだろう。


「なるほど。では、ゆっくりはしていられませんが、そこまで焦る必要も無さそうだ。目標を設定し、ノルマを達成し、都度攻略を進めましょう。その間に余暇があっても良い筈ですね」


「……畏まりました。では、菊理」

「なんじゃ……」


「この仕事がし済みましたら、暇を授けます」

「!! やったッ!! ありがとう惟鷹ッ!!」


「まあ僕も、扶桑でやる事がありますし。重要依頼をこなしながら、合間にレベル上げと知識を付け、盤石の体制で支配体の再起動へ向かいましょう」


「うむ、うむ。話が分かるのう。あ、シュプリーアや、ちょっと此方へ」

「んー?」


 浮かれた様子の菊理が、シュプリーアを連れてギルドの奥へ引き下がる。

 そんな様子を見たゼロツーは溜息を吐いている。


「良いじゃありませんか。歳こそニンゲン基準で言えば多いですけど、ココロは子供ですし」


「十全皇の分身の子は、何名か居ります。また、その血も下り下り、今では大小七つの公家と王家がございますわ。あの子は最初の分身の子。ああ見えて、十五人の子の母ですのよ」


「……」


 見た目で言えば十代前半の子供であるし、性格もだいぶ幼いのだが、アレで子供を十五人も生んでいるのか。それは……ご立派なことだ。


「惟鷹様、経産婦、お好きですものね」


「えッ!? い、いえいえいえいえいえッ。あいやそれにしても、分身とはいえ、十全皇にも子はいるのですよね、ええ」


「い、一応。一応ですけれど」

「はい?」


「分身は、分身ですけれど、だ、男性と交わっては、おりません。因子を配合して子は成しておりますけど……十全皇は、分身であっても、少なくとも、身体的貞操的にも……」


「つまりその、女として交わったのは、僕だけ……と?」


 ゼロツーが顔を俯かせ、真っ赤になって頷いている。


「か、過去に彼氏もいましたよね?」

「交わっておりませんわ、貴方様ばかりをお待ちしておりましたもの」


 急にやめてほしい、これでもつい数年前までは婿のつもりだったのだ。そんな顔をされてしまうと、なんだか本格的に婿に戻りたくなってしまう。


「惟鷹様の"因子"はシッカリ、保存させていただいておりますから……お子を作る事を許可していただけるならば、この事件が解決後、直ぐにでも……」


「えっ」


「大事な大事な、惟鷹様の種ですもの、一つとして、無駄にはいたしませんわ」


 嬉しそうに言う。そりゃそうか、そりゃそうだ。


 彼女はずっとヨージの子を欲しがっていた。許可しないから作らないだけで、作ろうと思えばいつでも出来たのだろう。それこそ、既成事実としてこちらに叩きつける手段もあったのだ。


 しかし十全皇はそれをしなかった。やったからには責任を取れ、という外聞は仰る通りなのだが、存在として違い過ぎる相手である、葛藤は大きかった。


 ……十全皇に対する誤解は、ほぼ解けている。彼女が心から、アオバコレタカを愛してくれていた事も、理解した。だからこそ、こうして話をつける為に、扶桑へと舞い戻ったのだ。


 彼女の気持ちを考えれば"なんとなし"に復縁するような真似はしたくない。折角夫婦だというのならば、愛し愛される関係で在りたいのは、当然だ。


 ただし状況は簡単ではない。エオはとっくの昔に腹を括って整理をつけているが、未だ婿として母国に連れて帰ろうと画策しているナナリがいるし、何よりシュプリーアが頷かない。


 誰もが幸福に、妥当といえる決断を出来れば良いのだが……。


「戻った。何話してたの?」

「お子様には関係ないお話にございます」


「産まれたばかりなのはそうだけど」

「我が神、小龍閣下に何か、言われましたか?」


「ん。お休みは一緒に出掛けようって」

「それは……良いですね。街中は、多少混乱しているでしょうが、観光も中途半端ですし」


「うん。よーちゃんはたぶん、一人で色々やりたいだろうし」

「お察しの通りで。強くならねばなりませんから、一人の時間は試行錯誤します」


 レベルを上げるにも手段がある。敵を倒すのは勿論、自己鍛錬にも強度が設定されており、強度が高ければ高い程効率が良くなる。普段の行動それそのものにも数値が割り当てられているらしく、なんなら会話ですら経験値およびステータスに影響する。自己鍛錬しない手はない。


「――あら」

「どうしましたか」


 ゼロツーが耳に手を当てて何かを聞いている。遠隔会話か。


「出ましたわ、鬼」

「――……早いですね。昨日現れたばかりでしょう。最短でも二日と聞きましたが」


「おそらく、我々の存在が鬼を刺激したのでしょう。行きますわ」

「はい。我が神も良いですか」

「うん」


 最低でも一日は準備に当てられるか、と考えていたのだが、甘かった。鬼は逸ったか、本能が抑えきれなくなったか、早速村に降りて来たようだ。予定通りに行けば良いが……生憎ヨージの人生において、ことが綺麗に進んだ試しは、無い。




 暗がりに多くの結晶篝が焚かれている。現ルールの扶桑産樹石結晶は濃度が高い為、一部は昼の如く明るい場所もある。


 女子供は皆土蔵に隠れ、動きの鈍い老人達は、むしろ積極的に前に出て、村役場で鬼の出現に身構えていた。動きが鈍いからと、いざという時に逃げるような老人はいない。扶桑魂が身体を突き動かし、村と血を守る為己を犠牲にする覚悟だ。


 ヨージとしては、さっさと逃げて貰いたいのだが、老境の誇りを傷つけるような真似もしたくない。おのれの村はおのれで守る、という気概は、絶対に必要なものだからだ。


 その辺り、ビグ村との違いを思い知らされる。アレは特殊な村であった為、多少個人主義も強かったが、扶桑の場合覚悟の決まった男達が勇んで前に出るのが基本であり、男の大前提である、危急の時に戦わないのは男とは言わないのだ。


「牙無何某、言いつけた通りにしましたかしら」


「ハッ。奴がいつも通る道に落とし穴を幾つか、イノシシ用の括り罠も用意させました。意味があるかはわかりませんが、役場の屋根には投石部隊がおります」


「無い無いながらの努力、評価いたします。無事扶桑が元に戻った暁には、必ず取り計らいます」

「滅相もございません、こちらも、腹に据えかねておりましたので」


「では下がって。奴が柵に到達したら直ぐ、投石を始めてくださいまし。御老体たちは除けたいのですけれど……」


「それが、頑固でして」

「……畏まりました」


 そんな扶桑の頑固親父を退けるものがあるとすれば、それは法ではないだろう。

 ゼロツーが囮になるつもりの老人等の前に立ち声をかける。


「そのお歳になるまで、扶桑に尽くしてくだすった事を心より感謝いたします」

「も、もったいねぇお言葉だす……」

「ありがたや、ありがたや……」


「しかし扶桑人は役目に生き、役目に死ぬことを善しといたしますわ。老人は先達として若い者達を指導し教育し引き継がせる事がお仕事。ここで死ぬことは理にかないませんの」


「し、しかし陛下、おらたちにはもうこんな事しか出来ねぇです」


「お役目を果たしてくださいまし。戦うのは、私と……あちらにいらっしゃるお方」

「あの、やけーに顔の良いエルフだか?」


「こっそりお教えしますけれど……うふふ。彼は青葉惟鷹、扶桑最強の男ですわ」

「えっ!! あれがぁッ」

「扶桑さ戻って来たのがすかッ」


「なので、ご安心を。ささ、お退きになって、土蔵でお茶でも飲んでいらして」

「へへー……」


 老人達が頭を下げると、そそくさと退散して行く。居ても囮にすらならないであろうし、老人が虐殺される姿など誰も観たくないのだから、退いて貰うのが正解だ。自分の名前を出さなくとも、十全皇が控えよと命令するだけで良かった筈だが、今は時間もない、今回は目を瞑る。


 既に鬼は監視役の青年を一人斬り殺し、村の中央にあるこの役場まで漫然と侵攻している。


 食いたいだけなら青年の尊い犠牲一つで今回は済むはずだ。しかしそうでなく村の中心を目指しているという事は、食う事よりも斬る事を念頭に置いていると判断出来る。


 罠は、恐らく意味がないだろう。投石も、多少のダメージは与えられたとしても、あの分厚い皮を破るには至るまい。


 一瞬足を止めてくれる事、それだけを期待したものだ。


 ……なんとももどかしい。ビグ村で、十全皇への居場所発覚を恐れ、外在魔力魔法マナマギクスを使用制限していた時よりも、各段にもどかしい。少なくともあの時は、多少身体能力は落ちていても、内在魔力魔法オドマギクスは使用出来た。


 内在魔力付与オドエンチャントが可能ならば、このナマクラでも、鬼の毛皮を切り裂く事も出来よう。いやそもそも、元の力があるなら、出会った瞬間細切れに出来る。技術のみで可能だ。


 無い事、というのは、こんなにも恐ろしく虚しいものなのか。


(最期の恃みは、己の力のみ、か)


 ルールが変更された折、対峙していた古鷹佐京は、魔法が無い生身のままでも、十分な力があった。あの時十全皇が横やりを入れなければ、奥義を撃たれ惟鷹は死んでいただろう。


 自分と、佐京アレは何が違うのか。違うからこそ、古鷹佐京より力が弱かったのだ。


『来ましたわ。シュプリーアさん』

『ん』


 奴がのそのそと、大通りを直進し煌煌と結晶篝の焚かれた村役場にやって来る。

 罠は――全て回避されたのだろう。


「おうおう、集まってんじゃねえか」

「投げろーーーーーッッ」


 投石開始。木製の柵の隙間を縫いながら、なかなかの精度で石が降り注ぐ。恐らく合戦投石術が今だに受け継がれている土地なのだろう。


 刀も弓も振るには技術と知識、長い訓練を必要とする。普段農耕に明け暮れる農民が、集中して戦う技術を磨く事に時間を割けない。


 また武器も防具も生産には時間と金がかかる。故の投石術だ。己の力とある程度の慣れ、あとは上段からの位置エネルギーと石の硬度と質量がそのまま攻撃になる。何でもかんでも攻撃にスキルが必要になってしまった世界で、最適解と言える防衛手段だ。


 一個体に対して、もはや飽和とも言える量の石が降り注ぐ。


 だが。


「痛くも痒くもねぇ」


 そうだろうとは思った。だが足は止まった。


「『状態回復中キュア・ツー』」


 シュプリーアが状態回復魔法を鬼にかける。鬼は……棒立ちとなった。


「お、あ、え? ああ、うん……俺ぁ……」


『我が神、重ね掛けを』

「『状態回復中キュア・ツー』」


 再度重ね掛けする。下位スキルである為、何でも万能に治せるものではないらしいが、それでも複数回の状態回復魔法は効果量を上乗せ出来る筈だ。鬼は頭を抱え、何かに思い悩んでいる様子だ。


『ダメ押しを』

「『状態回復中キュア・ツー』」


「俺は……なん、だった? ていうか臭ェな……てか血まみれだし……」


 己を客観視し始めた。否応なく襲って来た時よりも、格段に理性的だ。濁った獣の目に、うっすらヒトらしさが垣間見える。


『ちなみに、ですけれど。状態回復魔法は、敵から受けたバッドステータスを回復させるものですの。病気や怪我によって脳を損傷して頭がおかしくなったとあらば、それを治すには別スキルが必要です』


『え、それを早くいってください』

『スキルの説明書きにあったー……でも、効いてるって事は』


 ……つまり、何者かによって意図的に、この男は狂化させられていた事になる。


『どうします。対話を試しますか』

『私は魔法待機時間を終えていますから、追加を練りますわ』

『お話合いなら、私よりよーちゃん。私は、すぐ出られるよう構えてる』

『わかりました、出ます』


 物陰から、刀の柄には手をかけずに出て行く。柵越しの奴は頭に手を当て、現状をゆっくり把握している様子だ。先日相対した時よりもずっと人間味のある行動から、魔法の効果が見て取れる。


「少しは正気に戻りましたか」

「あんた……いや、貴殿、覚えているぞ」


「まあ、昨日の事ですしね」

「いいや、もっと前だ……大扶桑剣術大会……」


 やはり以前手合わせしていたようだ。青葉惟鷹から見れば稚拙であっても、流派代表としての技量は十分にある男であるから、扶桑の剣術大会に出場していても、不思議はない。


「すみません、僕には覚えが無くて」


「当たり前だ。立ち会って数法秒でぶっ倒されたからな……けど、そうだ、貴殿があまりに強くて、俺はもっともっと、強くなりたくて、剣技を磨いたんだ。古鷹風神明道流、古鷹家後継、青葉惟鷹」


「……」


 男が刀を抜く。一太刀で柵は破壊され、道が開かれた。男は静かに歩み寄り、ヨージを見据える。瞳には正気がある。正気の姿で、改めて美しい正眼に構えた。


「俺は……紙垂原一刀流皆伝、犬原厳斎いぬはらげんさい。貴殿程の男が、こんな田舎で何をしているか」


「こちらのセリフです。武人が何をしているか。血に狂った獣もかくや」


「……わからん。思い出そうとすればするほど、思考に靄がかかる。飢えに飢え、気が付けばこのザマだ。ヒトを斬り、ヒトを喰えば喰うだけ、力が手に入った。力に酔い、血に惑い、肉に飢えて――俺は、なんだ? 何を、された?」


「記憶がないのですか」

「思い出せない。ただひとつ、明確な意志だけはある」


「それは」

「――今なら、お前を倒せる。お前を殺せる。頼む。今、らせてくれ」


 ある程度の正気はある。だが、その心に秘めた強烈な願いが、それを覆い尽くしていた。やはり、何かをされたのだ。そして用心深くも、一番大事な部分は隠されているらしい。


 厄介な敵がいる。冒険者台帳が光ってまで強く解決を望んだのは、この事があったからだろう。この冒険を進める中で、確実に対峙する、絶対的な仇敵が、彼の後ろにはあるのだ。


 男は構えたまま、身じろぎ一つしない。正統、正確な剣術の型は、それそのものが芸術だ。

 泥中の蓮である。


 元武人として、武芸者として、侍として、男として。

 面と向かって剣術勝負を挑まれ、これを避けて通る道は恐らくない。矜持に関わる。


 視線を振る。リーアは項垂れて仕方ない、という顔。

 ゼロツーは……『そうそう、それそれ』という、だいぶ肯定的な顔だ。


 抜刀する。真正面からやり合うしかないのならば、今の身体能力を考えても居合は選択肢に入らない。知識と技術に身体が追いつかない故、初速に優れる居合をダメにする。


 また、無理に回避を狙うのもいけない。感覚で距離と速度が解っても、同じく身体が追いつかないからだ。


 刀をぶつけるなど、余程の強敵でなければありえないものであるから、ヨージの剣士としての矜持がいささか傷つく。ただし、最善の為に矜持を捨てるのもまた、得意とするところだ。


「ふっ――」


 厳斎が踏み込み振り下ろす。相対し、覚悟の初撃というものは確実に重たい。どれほど避けるに難くとも、これだけは絶対に刀をカチ合わせてはならない為、軌道を読んで全力で回避する。返す刀は横薙ぎで飛んで来る為、これは鋼を合わせて防ぎきる。


 通常ならば今の瞬間、厳斎は五度死んでいた。頭では理解出来ているが、その刃を放つに至らない。もどかしさに身を捩る想いだ。


 しかし嘆いたところで此方に益はない。刃がその剛毛を断てないと理解しながら、奴の横腹目掛けて刀を振るう。


「――ッ」


 一撃。はらわたをまろび出すには十分な刃渡りが入ったが――傷つかず。


「――すまん」


 それは、何に対しての謝罪だったか。厳斎が退き、態勢を立て直す。

 本来ならば死ぬ傷を受けて尚立っている事実を、剣士としての厳斎が後ろめたく思ったか。


 今なら戦える。今なら青葉惟鷹を殺せると考えながらも、尋常下にないその事実を嘆いているのか。本来なら圧倒して然るべき状況で、それでも一撃入れられるという不甲斐なさを、痛感しているのだろう。


 あまり、悲しませてはならない。狂った剣士に与えられるべきは死である。

 加古蒼鷹然り――犬原厳斎然り。


「……」

「貴殿、れべるは」


「15に」

「――俺の半分でも、元の技量が違えば、これほど違うか」


「理由はあるでしょう。貴方の悲しみも、一応勘定には入れます。しかしそれでも無辜の人々を殺し過ぎた。現状、まともな法が通じない中、貴方に残るのは死による救済のみだ」


「承知している。だが、そのナマクラ、俺に通るか」

「お覚悟」


 左手を前に、刀を引いて水平に突きの型を取る。狙うは一点、毛の薄い顔のみ。理性を一定程取り戻した厳斎は、どこを狙われているか理解していよう。その、少し顔を引くような仕草から、やはり顔は刃が通るのだと改めて把握する。


 ……ひり付く。幾つもの死線を乗り越えて、命を落とすような怪我を何度も受け、それでもまだ大地に立ち続ける、青葉惟鷹という剣魔の嵐が、只人と相対して心を焦らせるなど、無かった事だ。


 地に風が吹き、砂を巻き上げる。樹石結晶の灯りが二つの陰を浮き彫りにし、住民達は固唾を飲んでその一撃を見守る。


「紙垂原一刀流奥義――『野槌這のづちばい』」

「ッ――!!」


 厳斎が動く。死を感じ取ったヨージにはその動きが世界から遅延して視えていた。しゃがみ込み、低い姿勢となった厳斎は、技名の通り地を這うようにして、極限の速度で襲い来る。


 獣人特有の強靭な下半身とバネ、血の滲むような努力によって齎されるであろう、対処の難しい下段からの斬り払いだ。


 下段斬りへの対応は当然熟知している。脚の怪我は継戦に致命的である為、絶対に避けねばならない。相手が下段に構えるか、姿勢を低くした時点で、回避の準備をしなければならないものだ。


 視えはした。いつものヨージならば、視えた時点で勝ちだ。

 だが、速度に対して、身体が動かない。


「――『一元詞纏ッッ!!』」

「ぬっッ!!」


 身体の鈍さ、そして詠唱分、どうしても回避は遅れる。だがスキルなしであった場合、奴の刀は容易にヨージの両足を刈り飛ばしていた筈だ。


 身体強化は齎され、直撃は辛うじて免れる。だが一寸は斬り込まれた。太腿から大出血を引き起こし、喰らった分のダメージと出血状態の継続ダメージで体力(HP)が目減りして行く。


 一元詞纏の効果時間は、あと五法秒。


「然らば――『二之太刀――ッ!!』」


 奥義というのは、一撃必殺でなければならない。


「――ッ!!」


 体捨技すてみである場合が多く、反撃されれば己の命が無いからだ。ましてこの技は、極端に姿勢を低くして飛び出し斬りつける攻撃である為、終いの型は寝転んだ状態になる筈だ。


 故に、受ける側も通常は二撃目を想定しない――……

 ……が、異常に柔らかい脚が、地面にしっかりと食い込んでいる事を、ヨージは見逃さなかった。


「なっ――ッ」

「御免」


 不安定な態勢からの二之太刀に対して、刀を地面に突き立て防御、すかさずヨージの足払いが厳斎を地面に転がす。


 レベル、筋力、素早さ全てにおいて厳斎に劣ってはいたが、不意や不覚悟を補う数値は存在しない。スキルによって加速されたヨージの刀は、仰向けで倒れる厳斎の眼球をスラリと貫き、脳に到達した。


 たとえ体力(HP)という体面が存在しようと、脳を貫かれて死なぬ者はいない。まして【急所】となれば、助かる術はないだろう。


 鬼が刀を取り落とす。全てを諦めるようにして、口を開けてヨージを見上げた。


「どうして、二之太刀が見抜けたか」


「技に余地が残っていました。一撃必殺なら残心で済むはずだ。しかし斬り払ってからとどまらず、身体を捻るのが見えた」


「どのように身に着くのだ、そういった慧眼は」

「沢山ヒトを殺す事です」


「見事」

「去らば」


 突き立てた刃を捻る。眼球、頭蓋、脳が完全に破壊され、厳斎はこと切れた。魔獣の如くだったのだろう、厳斎の身体が光の泡となって消えて行く。残ったものは、その刀と、一塊の石ころだ。


「よーちゃん。状態回復小キュア回復小ヒール

「かたじけ……いえ、有難うございます」


 極度の緊張と血液の流出で、不甲斐なくも地面に腰を下ろす。ほぼ魔法無し、剣のみでの果し合いなど、稽古以外でした事はなかった。魔法防御も無い為、本当の一撃必殺の応酬であったが、なんとか勝てた。


 最期に恃むは己の力とは、よく言ったものだ。知識と経験が無ければ、二之太刀を受けてヨージは体を半分にされていただろう。


 レベルが上がっている。格上であった事もあり、かなりの経験値取得量だった。


 間髪入れずに敏捷(AGI)に振り分ける。とにかく対応力、それに追いつけるだけの素早さが圧倒的に足りなかった故の苦戦だ。弱点さえ見極めてしまえば、なんとか攻撃は刺さるのであるから、これを上げない手はない。


「おおおおッ」

「すごいッ!! 勝った!! 鬼を倒したッ!!」

「十全皇陛下万歳ッ!!」


 あまりヒト死にを喜びたくはないのだが、村からすれば大量殺戮者の死である、喜ばない方が可笑しいだろう。それに、これであの少年の仇も取れたというものだ。


 殺すしか手段が無くなってしまったのは不甲斐ない限りだが、一度覚悟した剣士を留める方法が他にない事を、シュプリーアも知っているだろう。彼女は首を振るだけで何も言わなかった。


「犬原ゲンサイ。個人登録籍から調べられますかね」

「菊理が適任でしょう。そういうお仕事ですもの。御見事でしたわ」


「数字的に、僕は劣っていましたが、勝ちました」

「ええ」


「確かに、数字単一の要素で見れば勝てる要素はない。しかし数字で平坦化しても、知識や経験が丸ごと無くなるものではない。そして、生物であるからには、生物の不確定な部分が、良くも悪くも働く場合がある」


「……久遠の頃より違わない、ニンゲンという、可能性の塊。私……いえ、全ての竜達が賞賛と共に恐怖を抱く、真実のニンゲンの力ですわ」


 数字の管理は絶対だ。下が上を上回る事はない。ただし、挑もうとする覚悟、脳という不明瞭で不確実な思考回路、極小の確率や偶然を、抑えつける事は出来ないのだ。下だろうとも、劣っていようとも、ただ一点を突破しようとする力が、様々な要因の重なりによって破られる事があり得る。


「竜達は、望んでニンゲンをそのように創ったのですか?」

「可能性無き人類は、人類とは呼びませんもの」


「……ニンゲンが竜を越えようとした時期も、あった筈ですね」


「故にルールがある。外の世界に敷かれている"世界法"は、今の扶桑に敷かれているものよりも、数段上です。まず、力が覆る事はありません。本件のように……但し書き付き、ですけれど」


「ともかく、なんとかなりましたね。ゲンサイが残したものは……刀と、石ですか。樹石結晶ではありませんね」


 拾い上げ、ゼロツーに差し出す。

 彼女はそれを見ると、顔を顰めた。


「――純礎水晶プロトクォーツ

「……なんでしょう、その新しく不穏な単語は」


「何故。どうして。誰が……? こんなもの、生成可能な者など……竜しか。いえ、竜といっても……事情を知らねば……」


「……後程伺います」


 震えるゼロツーから石を受け取り、胸元に仕舞う。考えるに、これが厳斎の狂化の原因だろう。何者かによって意図的に埋め込まれたと考えて間違いない筈だ。


「よーちゃん」

「はい?」


「その石、美味しそうだね」

「……はい?」


 普段なら、そんな事は絶対に言わないだろう。どこの誰が、ましてリーアが、石を見て美味しそうだなどと、口にする訳もない。


 きっとおかしなモノなのだ。

 そして、おかしなことが、起こっている事実を突きつけられているのだろう。



本編に乗せるとごちゃつくので、ステータスとかはあとがきに入れるようにしまーす

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