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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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シュプリーアの溜息2



 ――小さな土地の上に、とても大きな樹が生えていました。

 その上には竜が棲み、竜は大樹になる果実を食べて暮らしていましたが、やがて実らなくなり、竜は大樹に問いかけます。


『このままでは私は飢えて死んでしまう。どうにかならないものか』


 大樹は竜に答えます。


『では、私の葉を落しなさい。やがてそれは土となり、私を肥やし、また実をなすでしょう』


 大樹の言う通り竜は樹の葉を落としました。

 それはやがて土になり、養分を得た樹はまた実をつけます。

 しかしまたしばらくして樹は実をつけなくなってしまいました。


『大樹よ。このままでは私は飢えてしまう。どうにかならないものか』


 その問いに対して大樹が答えます。


『では、実は丸ごと食べず、種を残し、葉によって出来た土に撒きなさい。新しい木が産まれるでしょう』


 その通りにすると、大樹に似た大きな木が沢山生えました。

 竜は大変喜んで、この実を食べ、種を残し、葉を落とし、土を造り、種をまき続けました。

 木は沢山増え、小さかった土地は広がり、世界は大樹によって埋め尽くされたのです。

 またその中から、最初の生命である原初の神様達が産まれました。


『大樹よ、ありがとう。木が沢山増え、実が沢山なり、私には家族が増えた』


 しかし大樹は答えません。もう既に枯れてしまったからです。

 数々の恩恵を与えた大樹は自身を土へと還してます。

 竜と神様はその慈悲に感謝し、沢山の涙を流しました。

 大樹によって出来た大地に流れた涙は雨となり、川となり海になります。

 そこにはまた新たな生命が芽吹き始めました。

 大樹の森を住処にしたのが、耳の長い人達です。

 木々の隙間を住処にしたのが、毛の長い人達です。

 開けた土地を住処にしたのが、毛の無い人達です。

 木々の無い岩場を住処にしたのが、屈強で小さい人達です。

 私達人類種にとって、森とは父であり、母であり、掛けがえのないものですから、自然の恵みには常に感謝し、独占する事無く皆に分け与え、仲良く暮らして行きましょう。


(親御さんへ この物語は大樹における道徳規範の、最も分かりやすい基本的なものです。お子様が何か疑問に思われたら、その都度答えてあげましょう。また、解らない事があれば、お近くの大樹教会にまでお越しください)


「注釈まで読む必要あった……?」

「言葉を覚えるのが目的だもの」

「そうでした……大樹……大樹ねえ……」


 ミュアちゃんがなんとも言えない顔でブツブツ言っている。良く分からない。

 この話は本当に誰でも知っている。知らないのはこの村のヒトぐらいじゃないか、という具合らしいので、この村は深刻だと思う。


「そういえば、ヨージが、雨秤教団は大樹教加盟申請はしたのか、とか言ってたかしら」

「ウチはお金が無いからしないって、よーちゃん言ってた」

「雨秤教団は、した筈……なのだけれど、あの申請はどうなったのかしら……」


 ……よーちゃんは雨秤教団の運営の杜撰さを『こいつら、神を崇める覚悟が足りない。なんだって経済部門のニンゲンがいないんだ……? それに宣伝するって頭無かったのか……?』と、とても怒っていた。

 少なくともよーちゃんが居れば『治癒神友の会』は大丈夫そうだ。

 他と比べる機会が無かったからだけど、いざ比べるとよーちゃんは大変に良く出来た信徒のようだ。それは素敵だと思う。

 今後もずっと一緒に居て欲しい。というか絶対離すつもりはない。死んでも生き返す。

 けれど、彼はなんだか危うい。

 いつかフラッと居なくなってしまうんじゃないかと、私はいつも考えている。だからこそ、しがみ付くのだけれど、よーちゃんはしがみ付くと『神様が気安くしちゃいけません』と顔真っ赤にして拒否する。困る。


「……そういえば、リーア。貴女、だいぶ拗ねていたみたいだけれど」

「拗ねてる」

「そうなのね。やっぱり、嫌よね、信心の無いヒト達なんて」

「それもあるけど、そうじゃない」

「違うの?」

「違ってはいないの。それより、よーちゃんが約束を破ったから。無理しないって。危険な事は控えるって言ったのに、自分でお腹を刺すなんて」

「それは、ごめんなさい。まさかそこまでするとは思っていなかったけれど」

「ミュアちゃんは良いの。問題はあの、すっとこどっこい」

「変な言葉覚えてる……」


 演技だと言われても、実際刺さったし、そもそもあんな真似をするとは思わなかった。私は身内の痛がる様子なんて、もっと見たくないのに。

 よーちゃんはきっとそれについて追及すると、またベラベラと喋って誤魔化すと思う。そして私も誤魔化されると思う。そこはちょっと、玉に瑕だ。

 この気持ちをどう表現して良いのか、分からない。


「ん、誰か来た」

「え?」


 彼の事を考えてぼーっとしていると、外からヒトの気配を感じ取った。やがて戸を叩く音が聞こえる。来客対応はいつもよーちゃんがやっていたので、神様の私が顔を出して良いものだろうかと、少し悩む。それに、治療して欲しいと言われると、凄く困る。


「すみません、衣笠さん。醸造家のライセンです」

「え、あ……」


 聞き覚えのある名前だ。けれど、それを聞いて驚いたのは、ミュアちゃんだった。彼女は目線をあちこちやり、明らかに動揺している。

 私は事情を察した上で、応対する事にした。


「はーい」

「ええ? いま『わかったよ』って顔しなかったかしら!?」

「うん」

「あ、すみません……神様。神様……え?」


 中に通すと、ミュアちゃんとライセンが固まってしまう。

 私はなるほどなるほど、と満足気に頷いた。



 よーちゃんが雨秤教団の本拠地に向かって、もう一法刻半経つ。窓から外を覗くと、雲行きが怪しかった。分厚い雲はきっと、凄い量の水分を溜め込んでいると思う。

 私の後ろでは、ミュアちゃんとライセンがお互いに正座で向かい合い、どっちかが言葉を発して黙る、発して黙る、を繰り返している。

 お腹空いたなあ。別に食べなくても死なないけれど、ヒトと同じような食事をとり始めてからは、食事という行為がとても気に入っている。


「……その。ミュア。げ、元気そうで、何より」

「……――」


 ミュアちゃんは冷や汗ものだ。何せ、一番最初に呪ったのが、彼のお酒なのだから。勿論、教団のヒトに言われてやったのだろうけれど。

 私なりに考える。

 ライセンのお家は醸造家だ。扱うモノは麦と、そして水。水の神である雨秤と親交があっても不思議じゃないし、というか、元は教徒なんじゃないだろうか。

 他の教徒が皆山の中に消える中、ライセンの家は残った。

 じゃあたぶん、ライセンの酒樽が最初に狙われたのは、嫌がらせだ。


「私、賢い……」

「り、リーア?」

「うん。つまり、雨秤教徒だったけど、ライセンちは残ったから。少し後ろめたい」

「うぐっ」

「雨秤神の祟りは、村の信心の無さから来るものだと思って、また後ろめたい」

「ぐえ……」

「ら、ライセン」

「シュプリーア様の、言う通りだよ。でも、僕には、あの優しい雨秤様が、ヒトを祟るなんて思えなくて……」


 祟り。この土地だとあまり聞かない言葉だけれど、ほかの土地ならば当然ある。神様は確かにそこに居てこそ力を発揮するけれど、村や街に根を張った神は、その力が土地に憑く。

 良い扱いをされたなら、その神が持つ力以上のものを齎せるかもしれないけれど、悪い扱いをされたなら、その力は悪い方に働く。それが祟りだ。

 ヒトの理解の外だし、私もまだ実感した事は無いけれど、良い気持ちが良い方向を向くのは当たり前だと思うし、嫌がらせされたら仕返ししたくなるのも、当たり前だと思う。

 けど、ミネアちゃんやミュアちゃん、それにライセンから聞く話から、雨秤が絶対にこの村に対して悪意を抱くなんて事はないと、そう確信出来る。

 私だって、嫌がらせされたからと村のヒト全員を祟りたいなんて思わない。


「ライセン。この村のヒトって、雨秤神をどんな風に思ってたの」

「なんとも。思ったとしても、便利装置かな」

「うわー」


 それは祟るかもしれない。別に特別扱いしろ、なんて言わないけれど、村の神にまでなって力を発揮したのに何も恩恵が無いのじゃあ、存在している意味が無くなってしまう。神様として致命的だ。

 私、この村で村神になれたとしても、やっていける自信が無い。


「ミュアちゃんって、何か神様の力、あるの?」

「一応。というか、お母様の劣化……かしら」

「そんなことないさ。昔は、雨を操って見せたじゃないか」

「……」


 力が弱まったのか。私にも力の強弱はあるけれど、ミュアちゃんはもう強くは出来ないのだろうか。

 例え強くなったとしても、雨秤と同じような扱いになるだろうけれど。

 あー。

 よーちゃんが頭を痛める理由が分かってきた。本当に首が回らないんだ、この村は。


「ワタシはたぶん、もう終わりだと思うわ。このまま、何も成さず、何も出来ず、終わり。ヨージが動いてくれているけれど、半ば、諦めているの。ごめんね、リーア。彼を疑っている訳じゃないのよ。でも、彼一人の力で、どうにかなる問題でも……」

「分かる。凄く、うさんくさいもんね」

「あ、そういう扱いなんですか、衣笠さん……というか、ミュア、終わりってなんだよ」

「あー。説明係のそのうさんくさいよーちゃんが居ない。私にはちょっと、手に余る……けど、ミュアちゃん」

「ええ」

「よーちゃんは弁ばかりたつように思えるけど、実は凄く強いの」

「そうなの?」

「うん。元は軍人さんだって。それに、頭が良いし、恥ずかしがると耳を真っ赤にして可愛い」

「……の、ノロケかしら」

「いつかあの赤い耳を甘噛みするのが夢なの。それに……」

「それに?」


 それに。

 なんだろうか。

 私はあの森の中で、彼に初めて出会った。彼は偶然だと言うけれど、私はそうは思っていない。彼が痛がっていたから、その声に応じたのは確かだ。けれど、そうじゃない。

 言葉に出来ない、何か。

 彼ならば、あらゆる困難を打ち破ってくれるのではないかという、あまりにも大きな、大きな期待がある。

 それは私が彼を好いているから、というもの、あるかもしれないけれど。

 目を瞑る。

 この世界に流れる大河の脈動を感じる。

 赤、青、紫。

 本流、支流、大樹のように、上に下にと枝分かれした力の流れ。その先の先に、私は彼との繋がりを、確かに感じていた。


「ん。信じてるの。あのヒトは、その、たまに約束を忘れたりするけれど、それだってヒトの為なんだろうって思うし。その……」


 なんだか、良く分からない。胸がドキドキするし、顔が赤くなる。

 私を見るミュアちゃんとライセンも、なんだか顔を赤くしている。


「だからその、だいじょーぶ」

「そ、そう……」

「か、神様も大変だね……」


 戻って来たら許してあげよう。やっぱり、神様は力を使うモノだと思う。いつまでも卑屈でいたら、よーちゃんにもエオちゃんにも申し訳ない。治癒神友の会唯一の神様がだめだめでは、信徒のコケンに関わるだろうし。


「……あ、エオちゃん帰ってきた」


 そろそろ二法刻になるだろうか。エオちゃんも調べものを終えて戻って来たようだ。窓の外から、彼女が全速力で走って来るのが分かる。

 全速力。なぜ。


「……うっ」


 ミュアちゃんが呻く。


「あっ」


 私も感じ取った。ミュアちゃんの反応が早いのは、雨秤の気がまだこの土地に残っているからだろう。

 これは不味い。とても不味い。こんな時に、彼が居ない。


「神様! 我が神! 大変ですッ! 残滓が、残滓の――大群がッ!」


 全身総毛立つ。力の奔流だ。私の持つ感覚器の全てが警告している。

 これは絶対――ダメな奴だ。



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