表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
扶桑事変
281/318

虚空残滓1



 青い空へと手を伸ばす。


 見果てぬ空の彼方へ、届くはずもないと、解っていながらも。



 何を目的とし、どのような意図でそうしているのか、私には分からないが、そうする事しか出来なかった。


「あったかい」


 世は丁度春を迎えた頃。花の香りと春風の心地良さに、私は草原で横たわっていた。

 隣には、七メーター級のワイルドビーストが一体、血をまき散らしてくたばっている。


「……報酬的に、一か月は食い繋げるかな」


 起き上がり、薙刀についた血を拭い、改めてビーストの角を叩き折り証とする。


 コイツが食い荒らした村の数は二つ。死者は七十名に昇る。変異体であったらしく、地元自警団では手に追えず、本部冒険者ギルド経由で、こちらの地方冒険者ギルドに依頼が下ったものを引き受けた。


 ここ最近、このような変異体が各地で暴れ回っていると風の噂で聞いている。変異といえどデカイだけ、討伐を生業とする身からすれば脅威の割に倒す事自体は容易い為嬉しい話だが、無力な人々からすれば災害が多発しているのであるから、碌なものではないだろう。


 角を引きずりながら遠くを望む。"世界樹"は変わらず私達を見下していた。アレは三つ先の国に生えているというのに、こんなところからでもその巨大な威容を確認出来る。その天端こずえは空を越えた先にまで到達しているというが、空の先が何なのか知る者は居ない。


「――うお、マジかよッ」

「……死体になって戻って来るって話じゃあなかったか?」


 ギルドの受付に角を放り投げる。酒場で飲食していた者達の顔はみな驚きに満ちていた。


 確かに、私は身長も小さいし、女だし、戦えるようには見えないのだから、高難度クエストを達成して戻って来るとは誰も思わなかっただろう。


「――、東から来たっていってたか」

「たぶん」


「大したもんだ。ただこの難易度を一人でこなせるって事は、規定上、本部に報告しなきゃならねえ。本来この依頼は、七人以上のパーティー向けのもんだしな」


「そう。それでどうなるの?」

「危ない依頼がアンタに直接届くようになるってこった」


「報酬が良くて面倒がないならやるけど」


「あぶねえって話してんだよ。一匹狼みてえだが、こっから上の難易度は流石に一人じゃキツいぜ。命が惜しいなら、どっかパーティに入れて貰え。腕が立って顔が良いってんなら、どこでも歓迎だろうさ。何せ人が良く消耗される世界だからな」


「群れたくない」

「いっちょ前にカッコイイ事言いやがる。が、そういう奴は大体死んだぜ」


 やる気の無さそうな受付だが、一応心配してくれているらしい。なら最初からこんな難易度のクエストを寄こさなければ良いのだが、私が逃げて泣きつく様でも見たかったのだろうか。


 まあ、何でも良いけれど。


「考えておくから、空いているパーティや私設ギルドのリスト頂戴」

「そっちの掲示板に張り出されてるから、見ておいてくれ。ほら、報酬」


 使い古された旧金貨十枚。古いとはいえ金貨だ、思ったよりも多い。これなら三か月は寝ていても問題なさそうだ。


 基本的に、私はあまり、やる気が無い。生きて行くために戦いはしても、必要以上に出張るような真似はしないし、向上心もあまりない。


 そもそも、私は記憶がない。記憶がなければ、目的もない。

 元から身に着けていたのは、小汚い服と、妙に立派なこの薙刀だけ。


 その人種的特徴から、最近滅びた東の大国の出身であろうという憶測の下、東国人を名乗っている。本当は、気が付いた時にはこの土地にいた。なので、東がどうなっているかなど、全く知らない。


「じゃあ本部に報告しておくぜ」

「好きにして」


 金貨を携え帰路を往く。金貨一枚分の食料と日用雑貨を買いあさり、後で届けるよう店の店主に申し付けておく。以前は女だからと馬鹿にした態度だったが、店先に並んでいた動物の頭骨を素手で粉砕して以来、ずいぶんペコペコするようになった。


 力がある程度の地位を保証してくれるこの世界は、それなりに暮らしやすい。

 ただ力だけを示しすぎると、敵ばかり作りそうなので、お金は出すようにしている。


 家に戻ると、私は寝藁に身を投げた。村はずれにある納屋を改造しただけの造りで、人の暮らすような環境ではないらしいが、雨風が凌げればそれで良かった。


 快適な生活、なるものに興味がない。素敵な食事もいらないし、家族が何だかも解らない。

 どうやら私は見目麗しいらしく、男に言い寄られる事はあるが、そこに興味もない。


 ただ生きているだけだ。ただ生きて、そしてやがて死ぬだろう。


 御大層な人生なるものは、一部の人にのみ齎されるものであって、きっと私にそんなものは訪れない。失われたと思しき記憶を取り戻すような真似に意味は見いだせないし、その先に何か、センセーショナルな未来があったとしても、面倒くさいだけだ。


 生きて殺してやがて死ぬ。


 そこまで自覚していながら何もしないのかと、誰かは言うかもしれないが、自覚と行動は同義ではない。私がそれを証明している。


「……とはいえ」


 とはいえ、面白味のある事一つぐらい見つかっても良さそうなものだ。自分の視野が狭いだけで、世の中はもっと面白い事があるのかもしれない。ただその場合行動しなければならない。生きて飯を食うだけならば今のままで良い、という納得を越える必要がある。


「街に出てみようかな」


 ここは地方領主の治める片田舎。三日も歩けば隣の大きな領地の、大きな街に辿り着く。魔法を使えば今からでもいけるだろう。そこで新しいネグラを見つけて移り住み、また同じように依頼をこなしていれば、違う道も見えるかもしれない。


(パーティ、私設ギルド……かあ)


 移動はせずとも、他の集団に所属する事で変化はあるかもしれない。パーティはいわば冒険者集団の最小単位であり、国や地方の公設ギルドから依頼を引き受けて仕事をする集団だ。


 私設ギルドは国や領主から認可された代表者が立ち上げるパーティの集合体であり、傭兵団などもこの扱いになっている。


 今とは違う未来、なるものを目指すならば、それも選択肢に入るだろう。ただし、私はコミュニケーションが得意ではない。男からの目はうざったいし、女のいがみ合いに巻き込まれたくない。それ等をスルリと抜けるような能力が自分にあるとも思えない。


(やっぱり生きて、ただ死ぬだけが妥当そう……)


 モンスターを一匹力づくで叩き伏せたのだ。水浴びぐらいすべきだったが、面倒だった。着古しを何枚も身体にかけ直し、そのまま眠りにつく。


 憂鬱さはない。ただひたすら、虚無的だ。




 キュアボトル(上級特殊回復ポーション)三つ、ルーン・回復(簡易回復魔法ルーン石)七つ、ルーン・離脱(緊急離脱魔法ルーン石)一つ、投擲毒ナイフ三本、拘束結界珠二つ、ヴェズルフェルニルの羽(重量緩和アイテム)一つ、味度外視の栄養食三日分。


 主力武器は変わらず薙刀。気が付いた時から持っている装備だ。名前などはわからない。

 剣と刀と槍は才能が無いのか、スキルの育ちが遅い。


 弓は使えるが、私の技量では大型相手にストッピングパワーが足らないので選択肢に入らない。


 頭装備は軽量でAGI補正のある『+25鷹の羽飾り』でいいだろう。


 鎧には近接攻撃型冒険者の命であるSTR補正が極端に掛かる替わりに動きが鈍る『+46会心・六号』を装備、代わりに肩回りの装備を外して『軽装』補正を得て動きの鈍化を相殺する。


 靴は短時間の俊敏さを追求するなら『+34スレイプニル(縫製強化+90)』だが、獲物のネグラを探し当てる為に歩き回る必要がある、『+12帝国採用軍靴』にすべきだろう。探り当ててから装備を換装したいのは山々なのだが、縫製強化品は魔力適合時間が必要になる為、現地で履き替えるのは難儀する。


(魔法生物らしいし、力量看破サーチを放つと気づかれるかな。『人飲み』なんてあだ名がついているくらいだから、ライフポイント(LP)は多そう。属性付与エンチャントで対属性はなんとでもなるけど、薙刀は大型モンスターに対してマイナス補正があるし、強化魔法バフは簡略式を三つは用意した方がいいかな)


 着々と準備を進める。以前の狩りから半月が経っていた。この時期は冬眠を終えた大型獣やモンスターが復調し、活発化する時期でもある為、討伐系冒険者はひっきりなしにギルドと目的地を往復する事になる。


 私にも幾つか地方ギルドから依頼が舞い込んだものの、全て拒否していた。こんな事だからいつまで経っても冒険者階級が地方B級から上がらないのだが、そんなランキングに興味もない。


 しかし有象無象の討伐依頼がやって来る中で、一際特異なものが一つあった。


 依頼主は同業者。私を名指しだ。否定する通知を送ったのだが、地方ギルド長から頭を下げられてしまい、仕方なく引き受けたものだ。


 ……田舎の冒険者程度の私に地方ギルド長が頭を下げるのは異例だ。恐らく、依頼主か依頼主の背景に、それなりの大きな組織か人物がいるのだろう。


「"重量制御・軽"」


 特殊強化品以外の荷物を魔法で軽量化して背負い込む。目的地は山を四つ越えた先、領地と領地の狭間だ。双方の領主の仲が悪く、戦争こそしていないが、この境界地の管理が行き届いておらず、近くの村落が割りを食っている。


 自警団も騎士団もおらず、大物が出た場合冒険者に頼るのが常だった。


 双方領主としての質がとても低い。そもそも国家の運営を半ばならず者である冒険者に頼っているようでは、先も見えているというものだ。


 が、仕事は仕事。やる気が無いのは受ける意思であって、受けた仕事に手抜かりはしない。


「ええと、ポインターは設置――されていないな、解ってはいたけど」


 遠距離瞬間移動魔法を会得したのは良いが、魔法習熟度が低いのでポインターが設置された場所までしか飛べない。地図と併用するものであるが、目的地に直接は飛べないようだ。


「まあいい。"ポータル"」


 準備を整えて目的地を目指す。足元に出現した魔法陣を踏むと、すぐさま指定したポイントに移動した。目的地の村から数キロ離れた街道沿いの街だ。


 精神値(SP)回復用の飴を口に含み、そのまま街道を外れて山道を往く。


 強化魔法バフを盛っているので歩く事に苦は無いのだが、時間経過でSPを消耗する為、使い過ぎには気を配る。今後の行動能力を加味するならば、バフを盛る時間を増やす為にSPを増やすか、スタミナ(ST)を増やすか、考えねばなるまい。


 ステータス確認。改めてSTR補正の少なさが嘆かわしい。INT補正は強めに入っているので、魔法の才能は有りそうだが、生憎一人で狩りをする立場上、習熟に時間のかかる魔法を得物にしてはいられないし、SPが切れたら丸裸と同じだ。肉体強化から進めて魔法に鞍替えしても悪くないだろう。


「もっと効率よく……素早く、かつサックリ依頼が終わるなら、なあ」


 上級冒険者ともなると、特急便さながら。依頼を受けてポータルで直接移動、目標を高火力パーティで滅多打ち、即時帰還という、もはや作業のような状態らしい。情緒もへったくれもない。が、私としてもその方が好ましい。余計な手間がなく、直ぐ終わり、すぐ寝られる。


 しかし、そうなる為には下積みが必要だ。最初から上位冒険者である冒険者は居ない。才能、家柄、資金力の格差は当然存在するものの『レベル』という概念が支配するこの世界において、スタートラインにこそ差はあっても、上がり幅だけは皆同じだ。


 自分で積んだ努力だけがそれを明確に、解りやすく上昇させる。他から一切の干渉を受けない。

 数字は裏切らず、善きも悪きもすべてを反映する。


「理論……論理……効率……向上心……」


 ぼやきながら山を登る。何にせよ前向きな姿勢が大事である、私はまずそこで躓くので、上級冒険者なるものは天上の存在だ。流れに任せて生きて死ぬ未来しか見えない。


「はあ。明日の朝には目的地かな……"キャンプ"」


 山を一つ乗り越えた先には夕刻となっていた。大きな木陰を選び、地面にアイテムを投げつける。一言の詠唱と共に簡易の野営設備が出現した。冒険者の基本装備とはいえ、いつもこのお手軽さには頭が下がる。これを開発した魔法研究家は、余程の物臭だったのだろう。


 指を唇に当て詠唱、石にルーン文字を刻み、四方に散らす。中位のモンスター以下なら寄せ付けず、人間ならば意識して探さねば見つけられない隠匿性のある結界が展開される。


「夜間行動出来る装備と魔法……一人で賄いきれないなあ」


 依頼というのは大体期間が決められている。移動魔法でもたつかなければ、夜間も行動出来る能力があるなら、移動時間は短縮されてより依頼そのものに注力可能だ。


 マンパワーによる役割分担の偉大さが身に染みる。しかし一人ならば一人の身軽さと気軽さがある為、これを捨てるのも惜しい。効率の話はおいておいて、味の酷い食料をモソモソと齧りながら薪に魔法で火を灯す。


 薄暗い森に独り。今日は月も昇らないので、夜中は真っ暗だろう。

 静かな夜だ。パチパチと弾ける薪の音しかなかった……が、やがて雑音が混じる。


 私は薙刀をもって立ち上がった。


「――ふうむ。事前情報の数倍美しいな、君は。現物……肉眼で確認したからこそ伝わって来る魅力がある、という事か」


 ヒト除けの結界をものともせず、一人の男が領域内に踏み込んで来る。

 軽装鎧。私と同じ黒髪。刀を佩いた若い男だ。


「何者」

「……ちゃんと依頼書を見なかったのか。わざわざ似顔絵まで添えて送ったというのに」


 何の事だろうか。依頼――は口頭でのみ伝えられた為、依頼書は見ていないのだ。


「適当な仕事をする奴等だ。不躾で悪かった。今回の討伐依頼の依頼主だ。いや、正確には、依頼主から依頼を買い取った依頼主、だな」


「証明出来るものはあるの」


「その依頼書が証明書なんだが……あのギルド長は君に書類を渡さなかったのか」

「貰ってない」


「……君の任務はこの先にある村に現れた魔法生物を討伐する事だ。報酬は手付金金貨三枚。成功報酬二十枚。特定部位の持ち帰りで追加五枚。期間は一週間……どうだ?」


「うん。そう聞いてる。解った、信じる」

「それは良かった」


 薙刀を降ろす。依頼の詳細内容を知っている人間は限られる為、これだけ細かく語るならば一切の他人という訳ではないだろう。そこまで情報を調べて私を貶めるような奴もいないので、疑う必要はなさそうだ。


「隣、腰かけてもいいか」

「ええ」


「ふう。山道を歩くなんて久々だから、堪えたよ」


 私も腰を下ろして、火にかけていた腸詰肉を外して男に渡す。彼は片手で拝むような仕草をしてから、それを受け取った。


「なんで私だと解ったの」

「君の容姿は聞いていた。こんなところに、美しい東国人が何人もいないだろう」


 男の顔を観る。彼はほんの少し、微笑んでいた。その表情が、妙に、嫌に……不思議と、心に馴染む想いがした。


 いったいどんな感情だろうか。微笑まれたぐらいで心の数値に変動がある事など、あるのだろうか。


「どうした」

「う、ううん。それより、貴方」


「ああ」

「どうみても、私より上級者でしょう」


「そうだな」

「これは、何の依頼なの」


 明らかに高等な装備、サーチせずとも感じる、強者としての空気。


 まるで冷たい風を帯びたようなその風貌は、どう考えても私より……いや、私とは比べ物にならない程、強い。


 男が笑う。なんだか頭に来るが、凄く、顔が良い。


「では報酬に追加だ。君が目的を達成出来たならば、この依頼の真意を教えよう」


「いけすかない奴。どうせ最初からそのつもりでしょう。達成出来なければ、私の代わりに魔法生物をぶちのめして、何も言わず去るつもりのクセに」


「よくわかっているじゃないか」


 男が腸詰肉を齧る。

 途端、青い顔をして、吐きだしそうになってから、呑み下した。


「まずい」

「栄養だけはあるから」


「君、食に気を使ったりとかは」

「しない。栄養補給出来れば、いいし」


 男は困り顔だ。そんな顔されても困る。食べて、寝て、生きていれば良いのだから、難しい事は必要ない。


「深刻だな」

「どういう意味」


「そのままだ。あと、せっかく美しいのだから、もう少し身綺麗にしてくれ。臭うぞ」

「――……ッ」


 自分の臭いというのは気がつき難いらしいし、気遣っていなかったのも確かだ。どうでも良かったとも言える。が、男に面と向かって臭いと言われて初めて、私は少し傷ついた。


「なんだ、ちゃんと羞恥心ぐらいあるじゃあないか。その調子で頼む」

「あ、あとで、身体を拭く、から、あっ、あっち行け」


「そうか。では僕は、君が依頼を達成するまで傍観者でいるとしよう。期待している」

「ちょっと」


「なんだ」

「な、名前。名前ぐらい、名乗ってよ。依頼書、受け取ってないし」


 男は少しだけ考えるように虚空を見上げ、いたずらっぽく笑う。


「それも、この依頼が無事終えられたら、だ」

「なんだか軽い男。そのくせ警戒心は強い」


「そう思われたなら残念だ。ではな」


 男が去って行く。足元も見えないような暗闇も、彼程の上級者には関係ないのだろう。修練を積まない人間と、彼のような上級者では、見える世界も感じる空気も、全てが違う。恐らくだが、彼があの刀を抜いたのならば、それだけで周囲の低級モンスターは浄化されるだろう。


 ……私は一体、これから何をさせられるのだろうか。


「ヒトを試すような真似をして。性格悪そう。イイ男だけど。性格悪そう」


 それに、東国人だ。かの国は既に滅び、帝国に吸収されたと聞く。彼は散り散りになったかの国の戦士だったのかもしれない。何か私について、知ってはいないだろうか。


 私は私の素性なるものに対した興味はないが、お手軽簡単に自分の起源に近づけるのならば、探る事も吝かではない。面倒が無いのは良い事だ。


「いや、それにしても、女に臭いって酷い」


 臭いを嗅ぐ。うん、ちょっと獣臭い。


「……」


 私は手拭いをお湯に浸し、身体を拭った。さっさと寝よう。ちくしょう。




 

 翌朝、日が昇ると同時に野営を発ち、村についたのはそれから二時間後だった。体力とSPは温存してきたので、心身共に疲れはない。


 村のギルド出張所に顔を出すと、早速依頼主の依頼主――つまり村長等が顔を出したが、私を見ると酷い落胆を示した。


「……女一人で……?」

「何か文句あるの」


「並の冒険者じゃ歯が立たちそうにないから、中央に依頼したんだぞ……?」

「お金払うの貴方達じゃないでしょ」


「……そう、だが」

「いいから、情報頂戴」


「ふ、不安だなあ……」


 ここに出る魔法生物がどんなものであろうと、例え私が負けたとしても、あの男が片付けるであろうから、村民は心配ご無用だ。とにもかくにも、やってみねば解らない。


「被害は」

「実質的な被害は、解らない」


「わからない? 『人飲み』なんてあだ名がついてたじゃない」

「生きてるのか、死んでるのか。奴に出会った複数人が、奴の放つ光に飲み込まれて行方知れずだ」


「なるほど。で、見た目は?」

「発光したヒトガタ、だな。逃げ帰った複数人が目撃している」


「見つけやすそう。出現場所と時間は」


「この村から東に出て直ぐの森だ。時間は昼すぎから夜にかけて。危ないから誰も東の森には近づくなと言い含めてあるから、最初の目撃情報以来、正確な時間はわからん」


「日がな一日居てもおかしくない、と。体型、属性は解る?」

「中型だ、人間と大きさは変わらんが、この村に魔法使いは居らんから、属性はわからん」


「そう。わかった。これから六日間、夕方以降の外出禁止。村を守る結界の強度は上げておいて」「ほんと、頼むぞ?」


「わかった、わかったから」


 この村と中央ギルド、そして依頼者の男の間でどのような取引がなされ、どのように金が動いているかは知らないが、この村にとってはいち早い事件解決が求められているのは確かだろう。


 魔法生物というのは名前の通り、魔法によって形作られている生物、もしくは魔法によって改造された生物の事だ。話を聞くに前者だろう。


 高い魔法攻撃力と魔法防御力を持っており、直接魔法をぶつけても減衰されてしまう。装備、スキル、特殊魔法その他でブーストし、魔法貫通力を高めた状態でないとダメージが通らない。


 半面物理攻撃力と物理防御力は弱い傾向にある。難しい原理は専門外だが、わざわざ魔力、魔法という手段で命を繋ぎとめているような奴等には、物理で殴るのが一番という事なのだろう。儚い奴等だ。


 つまり、私にはうってつけの相手と言える。


 が、こういった手合いは大体精神系の魔法を使って来る為、抵抗手段は増やすに限る。


「早速森に入る。一日二回、使い魔を飛ばすから、これが途切れたら死んだと思って頂戴」

「あ、あっさりした女だなあ……怖くねえのか?」


「……食べる為に戦って死んだなら、それは自然の摂理そのものでしょう」

「……――」


 などと意味ありげに言ってギルド出張所を出る。


 正直難しい事は考えていない。どうしてもと頼まれた依頼を受けて、そして戦って死んだなら、それまでだ。後にも先にも続かない。私という存在が何であったかと述懐する者はおらず、語り継ぐ者もおらず、誰の思い出にも残らない、一人の冒険者の死として片づけられる。


 怖いかどうかは解らない。己の身を案じて警戒する事はあっても、それは死ぬか生きるかの選択をしているだけであって、未知の不安に対する恐怖に身を捩るなんて真似はしない。


 その辺り、私は胡乱に出来ているのかもしれない。危機感に乏しいと言えばそうだが、逆に言えば危機的状況でも変に怯えて選択を間違える事がない。


 ……私は村で精神保護性能の期待出来るタリスマンを三つ購入してから森へと入る。


 さて、何が出るやら。


 生き死にはともかく、意図は気になる。考えるに、この村が中央ギルドに向けて依頼し、それを見つけたあの男が買い取ったものだと思われるが、何故そんな真似をしたのか。


『依頼転売』自体は珍しくない。依頼主が敵の価値を知らず、それを見つけたモノが依頼を買い取り、倒せそうな冒険者に再依頼し、素材や部位などを売り捌く手段だ。しかし買い取ったのは私よりも上位の冒険者であり、金銭を総取りするならば自分で狩れば良いし、なによりも倒せるかどうかも解らない私には寄こさないだろう。


 つまり、私の何かを試したいとしか思えない。


「――冷える」


 東の森に入ってから二キロ程歩いたところで、空気が変わる。日差しはあるのに温かさが地面まで届いていない、空間に膜が一枚覆っているような感覚だ。強大なモンスターが、自分の力量を抑え込まずひけらかした場合、このような肌寒さを感じる事もある、それだろう。


「アタリ……だけど」


 即ち死の気配。敵は自分と同等か、それ以上と考えるのが妥当だ。真っ当に正面からぶつかり合うのは分が悪いだろう。


 あの男が私を試したいのならば、格下など相手にされる訳もなし。


 隠蔽魔法展開、"スイッチホルスター"に納めていた短縮魔法を全展開、通常ならば一つずつ唱えねばならない強化魔法を七つ一気に発動する。


 探す手間はあまりなさそうだ。奴は遠くない場所に居る。


 しばらく歩き回り、やがて違和感の強い場所が近づいて来るのが分かった。


 森であるのに、空気に生物の香りがしない。樹や草、動物に植物、森に居れば当然感じる筈の香りがまるでなくなり、視界の先も緑が減り、緑は灰に、灰は白にと変わって行った。


 視線のその先――中央に魔力溜まりを見つける。

 口の端が吊り上がる。眉間にしわがよる。


「はあ――ぐっ、、、」


 明滅する思考。途切れる呼吸。心肺の機能が衰えて行くように感じる。その白い光景には、見覚えがあった。今の自分ではない、自分が過去の何かであった頃の、記憶。


「エ、アモ・ア――・デァ・ン」


 発光する人型。七色に輝く一枚羽を持ち、草の王冠を戴く、この世ならざる存在。


「ウル――シネ・イ――イ――サ・ラタ・オワオ――コッ」


「――ゆ、ユグドラーシル・レジドゥム……」


 脳に絶望が直撃する。先ほどまでの達観が、何も知らない愚か者の蛮勇であった事を叩きつけられる。己の口走った言葉の意味も理解出来ないがしかし、これは、人類が対峙すべき敵ではない。


「さ、力量看破サーチ


 レジストされない。私程度の魔法が簡単に通る。つまり、相手はこちらが何をしようと、何を覗こうと、害にすらならないと考えているようだ。


 視界の端に数値が並ぶ。


『LV80』


 まずもって、ベースレベルが可笑しい。一般的な冒険者の平均レベルが30とされるこの世界で、80など当然観た事などなく、存在している事すら知らなかった。基礎ステータスは全て数値が降り切れており、まともに表示すらされていない。私では測定すら出来ない。


 ジッと観ていると、脳が熱くなるのが分かり、私は視線を外した。


「ェ・ロシ――ナン」


 私はアレを知っている。いいや、細かい数字も、その中身も、知らないが、観た事だけは有った筈だ。


(あれは、)


 背けた視界の裏側に、自分の知らない自分の記憶が映り込む。


 世界樹千年祭の当日、祭りで賑わう街の上空に、それは現れた。


 一枚羽の天使が七体。


 天の御遣いがやって来たのだと空を仰ぐ人々はしかし――、七体の天使の魔法によって、一瞬のうちに街ごと灰燼に帰した。


『――――……ッ』


 そもそも、私とは何だったのか。街がバラバラに分解されて行く様を、私は見下ろしていた筈だ。あの時、私は何者で、何を、していたのか。


「ああ――ああああッッ!!」


 衝動的に、奴を殺さねばならないという使命感に駆られる。理性では理解出来る力の差だったが、撤退という選択肢がまるでなかった。私は得物を構えるとそのまま突撃、奴の脳天目掛けて薙刀を振る。


「キッ……ッ」

「イア――ヲカワゥ」


 奴の防御結界が起動、肉眼で確認出来るだけでも十層に及んでいる。肉薄した私の薙刀が、二層、三層と砕いて行くが、四層目でピタリと止まった。防御を踏み台にして飛び跳ねて距離を取る。


「エ・デゥン――アン」

「『なんで』? 私だって知らないよッッ!! とにかく死ねッッ!!」


「ナ――バィ」

「"チャージスタート"!! "カウント60"!!」


 小手先で葬れないならば、最大限の一撃をお見舞いしてやるべきだ。放つまでに時間がかかるものの、手応えを考えるに、奴の防御結界を弾き飛ばすだけの威力は有る筈だ。


 魔法や物理、属性や種族の関係というのは絶対の法則の上に成り立っている。例え奴の防御値が高かろうと、弱点攻撃を受ければその分削れる。私の標準的な力量が及ばないにしても、高倍率を誇る物理スキルを叩き込んでやれば、無傷では済むまい。


「アマセミ――ホオヌオ――・スハア」


 ――だが。


「エラ――イラキ――フ」


 奴が手――らしきものを天に翳した瞬間、私の動きが止まる。比喩でなく、動いているのは思考と内臓だけで、全ての動作が停止した。レジスト出来ない。拘束魔法――


「ッッ!!」


 そう判断したは良いが、同時にやってきた衝撃波に吹き飛ばされる。私はガラクタの人形のように弾けて飛び、地面に叩きつけられた。


「ゲホッゲホっ!!」


 法則……論理……頭の中を上滑りしていく。数字の絶対には届かないのだと、無情が押し寄せて来る。奴と私の差は、甚だ大きすぎる。


 水で火が消せると言っても、雨粒が数滴落ちたところで、大火は消えない。


「ウ・オソロ――キシアヌ・――ヴァ」


 奴が近づいて来る。殺意も、敵意も感じない。人間が羽虫を殺すのに、いちいち感情的にならないのと、同じ。邪魔だから潰す。ただそれだけなのだろう。

 

 ……終わりは案外早くやってきた。私の実質的な記憶は、たった数か月しかない。気が付いた時にはココにいて、ココで戦い、無難に生きていただけの、数か月。


 皆の言う夢や希望はなく、かといって深い絶望も悲しみもない。


 人間とはこんなものだったのだろうか。こういうものが、人生なのだろうか。

 判断基準が無い。比較対象が無い。だから解らない。


 解らないが――例え怠惰だったとしても、夢も希望も、絶望も悲しみもなかったとしても。


「エ・ネヴイス」


 ……――もう少し、生きていても良かったのでは、ないか。


「窮地迫ったその時、自身の知られざる力に目覚めたり――はしないな、やっぱり」

「――……え」


「エ・ラ――ブ!?」


 諦めが全身を支配し始めた時、その男は何の音もなく現れた。敵はその出現に驚き、露骨に防御を固め始める。あのバケモノにして、最大限に警戒しなければならないと思わせる程の力を持った者――白刃を抜き去り、男は正眼に構えた。


「奴はユグドラーシル・レジドゥムの幼体だ。君でも倒せると見ていたが」


「あれは――流石に無理」

「助太刀しよう。想像していたよりも高い乱数の個体だ。三倍くらいな」


「どういう意味」

「思ってた三倍強いって事だ。さあ、立って回復。倒すのは君だ」


「乱数が大きすぎる」

「そういう相手なんだ、コイツ等は」


 奴が警戒している間に回復ルーンを解放、ポーションを頭からぶっかけ、改めて薙刀を構える。


「生憎、僕は自己強化型でね、君にかける強化魔法も強化スキルもない」

「じゃあなんの助太刀なの」


「僕が奴とチャンバラしている間に、弱点を貫け。最大攻撃一発で、だ」

「どこ」


「頭だ。奴は体のどこを切られようとたちまち回復するが、頭の核をくり抜いてしまえば再生不能だからな」

「頭を殴ったら死ぬ。当然といえば、当然」


「そういう事だ――いくぞッ――『六元詞纏・七十八式』」

「うわ……」


 六元素を纏って突撃する近接型強化魔法の基礎も基礎、六元詞纏ではあるが――そのレベルが違う。自己強化に極振りしたような型なのか、光と見まがうような速度でぶっ飛んで行き、衝撃波と共にレジドゥムを地面に叩きつけた。


 あまりの強さに少し引いてしまう。もう彼が倒せば良いのではないか――とも思ったのだが。


「くそ、やっぱり"コイツ"じゃ頭は貫けないか」


 あの力をもってしても、奴の頭蓋は頑強に出来ているらしい。そんなもの、どう破壊すればいいのか皆目見当もつかない。


「ど、どうやってダメージ与えればいいのッ」

「君の力は、今のところともかく、その武器は"本物"だ!! ありったけの力でぶん殴れッ」


「ああもう!! "チャージスタート""カウント120"ッッ」


「二分かぁ――まあ、なんとかするかッ」


 使用に際してチャージが必要になるコレは、回避して応戦しながら、もしくは奇襲で使う事が多かった。威力は抜群なのだが、ご覧の通り放つまで時間がかかる。


 なんでこんな不便になっているのか。威力が高すぎるからか、などと考えていたが、どうやら私は馬鹿であったようだ。


 こんなスキル、パーティ前提に決まっているではないか。


 HPの一割とSPの二割とSTの二割を消耗し、その合計最大値分で基礎威力が確定、カウント数で倍率がかかる。大物狩りの一撃として重宝するが、当然120なら消耗も倍、カウントが増せば増す程身体に負荷がかかる。


 しかし、あんなものを正面から相手にするよりずっとマシだろう。


 男は真正面から、想像を絶する化物と互角に渡り合っている。『人飲み』の放つ攻撃は平然と地面を割り、魔法は周囲を焼き払うが、男は意に介していない。いったいどれほど強くなれば、あんなふざけた戦闘が可能になるのだろうか。


(どーなってるの、あの回避)


 男を見る。以前は森の中、暗がりで焚火の明かりしかなかった為『イイ男』程度しか思わなかったが、どうにも、なんとも……。


「何顔を赤くしているッ!! 真面目に集中しろッ」

「う、うっさいッ」


(なにそれ……何? 私? 冗談でしょ)


 ――記憶している経験が無い為、確証はないにしても、異性を見て胸が高鳴るのは恐らく、そういう事なのだろうと、思う。思いたくないけど。


「あと10!! こっち寄せてッ」

「バケモノ相手にどえらい注文だなッ」


「そんなに強いのに、出来ないの!?」

「出来るとも、そんなに強いからな――ッ!!」


「"リリース!!"」

「"ソイツ"の名は『光王蝕ミスティルテイン』、失われた神殺しの魔改造品だッ」


「なにそれッ」

「いいから僕に併せて叩きつけろッ!!」


「――ッッ!! イソ――ヌ・ロヅラヴッ!?」


『人飲み』の見えない顔が歪んたように感じる。気が付いた時から携えていたこの薙刀が、そんな御大層な武器だなんて知らなかったが、ともかく、奴が怯えるという事は――効果がある、という事なのだろう。


 明らかに逃げ腰となる人飲みであったが……男がそれを、許すはずもない。


「――――――ッッ!!」

「輪廻に惑えッ!! 『中有分壊バルドフォール!!』」


 男のお膳立てにより、最高の位置、タイミング、角度で、そしてありったけ詰め込んだ私の生命力が、人飲みの脳天に炸裂する。が、防御結界の全てを弾き飛ばすにとどまる。頭蓋は無傷だ。


「武器の名を呼べッ」

「――ッ!! 『ミスティルテイン』よッ!! 御大層な名前らしく仕事しろぉぉぉぉぉッッ!!」


「ゥ……――コク、・オ――フ」


 男がどれだけ斬撃を与えようと、びくともしなかった奴の頭蓋がスラリと割れたかと思えば、莫大な魔力と共に周囲へとはじけ飛んで行った。


「よしッ」


 人飲みが消失すると、奴に影響下にあった周辺環境が元の森に戻り、行方不明となっていた村人が、三人、地面に出現する。うめき声を上げている、生きているようだ。


「お見事、お見事」


 なんだか軽いカンジで男が褒める。私はその消耗からか、足元がふらつき始めた。息はなかなか整わず、視界もブレている。スキルを一発放つ度に気絶していたならば、私はとっくの昔に死んでいる筈だ、普段そんなことはない。


 やはり、この武器か。以前この技を放った時よりも、ずっと意識して振った。名を呼んだ瞬間、自分の力が持っていかれて行くような感覚と、同時に威力が膨れ上がったのが分かった。


「おっと。ぶっ倒れる前に。これは君のものだ」


 そういって倒れそうになる私を支えると、握り拳大の魔法石のようなものを預けて来る。人飲みが放っていた白い光に酷似した、何か。


「まあ、アレの脳なのだが」

「ばっちぃ……」


「報酬などは後にしよう。これからどうするかな」

「ど、泥のように眠りたい」


「――了解。では適当に運ぶぞ」


 村人三人に向けて、そして自分達に向けてポータルを開通させる。アレとやり合った後でもまだそんな芸当が出来るだけの体力が残っているとは、流石に恐れ入った。


 バケモノは他でもない、間違いなくこの男だろう。


「寝る……」

「男に抱えられたまま寝る奴があるか、まったく……」


 意識が微睡に沈んでいく。確かに男の言う通りだが、ともかく、私に悪さをするような男でもないだろう。いや、しないだろうか。しないのかな?


 もう眠い。もういい。なんだか不手際があったようだし、私の過失でもないし、報酬はいただきだ。私は目を瞑って、性格が良いのだか悪いのだか、イマイチ解らない男に身を委ねた。




あけましておめでとうございます(二月)

だいぶゆっくりになりますが、ちょっとずつなげます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これはアソラが言ってた人間だった頃の話かな?六元詞纏ってことはヨージが使う四元詞纏は火の要素とかを組み込めば進化するってことかな?これまでとは少し毛色が違う感じで面白いです!!
[気になる点] いわゆる異世界というよりは「次の文明」なのかなあ 同一人物なのか、はたまた同位体なのか [一言] 更新始まってワクワクですわ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ