シュプリーアの溜息1
前話までのあらすじ
井戸水に呪いをかけた犯人は前の村神雨秤の娘、ミュアニスであった。復讐心にかられての犯行かと思われたが、どうにも事情がおかしい。
ミュアニスの犯行を誤魔化す為に一芝居打ったヨージだったが、それがシュプリーアの不信を招いてしまう。
一先ずミュアニスを保護するヨージは、旧村神雨秤の事情を知り、余計村の宗教に対する無関心さが露わとなる。そこへ村長自らが現れ、治癒神友の会の退去を迫る。
当然の否定と、当然の疑惑。
ヨージはグリジアヌを伴って、雨秤教団の隠れ里へと向かった。
※シュプリーアの溜息
ヒトというのは生き物だ。
朝起きて、仕事をして、ご飯を食べて、楽しい事をして、お風呂に入って、寝るという生活を毎日続けている。
いろんなヒトが居て、ちょっとずつ違うけれども、やっぱり朝起きて仕事をしてご飯を食べて楽しい事をしてお風呂に入って寝るというのは同じだ。
神というのは生き物だけれど、生き物じゃない。
朝起きるのも好き勝手、仕事をしなくてもいいし、ご飯は別に食べなくてもいいし、楽しい事をしてもしなくてもいいし、お風呂はちょっと苦手だけど、寝るのは好きだ。
夜起きて朝ご飯を食べてもいいし、仕事をしているニンゲンを面白げに観察しながらご飯を食べても良いし、寝ながらご飯を食べ……ると、よーちゃんに怒られるので、それはしないけれど、でも大体好きにして良い。
私はヒトガタの神だ。
女の子で、よーちゃん曰く大変な美少女で、おっぱいが大きいらしい。とても良い事だと、それはもう賞賛していた。
ヒトガタでもヒトガタでなくても、ヒトから神様として崇められたならば、お仕事をしなくてはいけない。
神は好き勝手だけれど、それは無職の神だけであって、私のような職のある神様は、奇跡を齎してこそ、みんなに優しくして貰える。
「はあ」
覚えている限り、私はエオちゃんがお勤めしていた修道院よりずっと北の方から南下して来たらしい。そこはこの大帝国の直轄地、とかなんとか、そんな場所で、管理された広大な森が広がっている。
本当に、何人で手を繋いでも囲いきれない程大きな木が沢山ある場所で、エオちゃんが言うには、数万年も生きている木だという。
私はいつ生まれたのかなんて、サッパリ分からないけれど、それでもまだ一年も経っていない、どころか数か月すら怪しいらしいので、長生きって凄いなと思う。
木は長生きで、雨に降られても、風に吹かれても、太陽に晒されても、生きている。
でもニンゲンはそんなに頑丈じゃない。
雨に降られたら熱が出るし、風に吹かれたらお肌がガサガサになるし、ずっと太陽を眺めていたら目が潰れてしまう。
獣人族やエルフ族はまだ頑丈。けれど人間族は、大きな病を患ったらオシマイだし、血が出過ぎると直ぐ冷たくなるし、ご飯を食べないと飢えてしまう。
彼等が苦しそうな顔をするのは、すごく嫌だ。それに痛い。
そんなよわよわな人類種を、私は癒す事が出来る。原理は解らないけど、手をかざして念じれば、私の思った通りに治ってくれる。
それが私を私たらしめるもので、お仕事だ。
だから、ヒトを癒さなくなった私は、つまり無職だ。神様ではなくて神だ。
力を差し出さない神を崇めるヒトはいない。よーちゃんだってエオちゃんだって、凄く困ると思う。
でも、よーちゃんとエオちゃんをいじめるようなヒトは治したくない。
「……あ、あの」
顔を上げる。視線の先に、桃色の髪の神様。物凄く困ったような顔をしている。
「なに?」
「え、ええと。神シュプリーア。ミュアニスよ」
「うん」
知っている。私が村から走って戻って来たらいた、神様だ。私は何の疑問も無い。よーちゃんが匿っているのだと直ぐ解ったから。
よーちゃんは、基本的には打算で動いているけれど、女のヒトには優しいし、神様の敬い方を知っているし、何より私の事が大好きなので、私が困るような事は絶対しない。
「ヨージは、雨秤教団へ調査に行ったわ」
「……ヨージ?」
「よ、ヨージさん」
「うん。そうなんだ。きっと必要な事なんだと思う」
「あ、あの。ワタシがココに居る事について、何か疑問に思ったり、彼が動いている事について、不思議に思ったりは……」
「? しないよ?」
「ほ、本当に全面的に信頼を寄せているのね」
「私は、ヒトを癒したいと願ったの。ヒトが痛がっているのが、とても痛いから。エオちゃんを助けた時も、凄く痛かったの。だから治した。エオちゃんは、私の事をとても素晴らしい神様だと呼んだの。その力で、困っているヒトを沢山助けられるからって。エオちゃんは、要領が悪いけれど、私の事をとても慕ってくれるし、優しいし、可愛らしい」
「……えっと……?」
「でもやっぱり要領が悪いから、行きつく村では変な子扱いされるし、力も信じて貰えなくて、私、なんだかニンゲンが怖くなっちゃって。大きな街ならって、サウザに向かったの。その道中で、ぐったり死にかけのよーちゃんを見つけて、治したらぐっすり。起きた瞬間地面に頭を擦り付けて『我が神ぃぃ。どうぞぉ、ボロ雑巾になって最期は牛乳を拭いてゴミ箱に捨てるまでぇ、使い古してくださいませぇ……』って。土下座っていうんだって」
「……貴女、大人しそうな顔だけれど、結構しゃべるのね」
「言葉を、たくさん覚えないと。これから、エオちゃんが作った説教集を丸暗記して、村人の前で説教を垂れ流さないといけないんだって」
「あ、もしかしてワタシ、練習台に……?」
なるほど、とミュアニス……だったっけ……が頷く。
「ミュアちゃん」
「え、あ、はい。神シュプリーア」
「リーアでいいよ。それでね、ミュアちゃん」
「ええ」
「貴女、好きなヒトはいる?」
「え……ぐっ……むぅ……」
「居るのね。しかも離れ離れ。昔村に居た時のヒトかな」
「な、なんでそこまで分かるのかしら……ヨージも言っていたけれど、本当に敏いのね」
「ヒトには性別があるでしょう。神様は、ええと、私も貴女も、一応女の子」
「そうね。特に、ワタシは半分ヒトだから」
「……半分ヒト。お父さんはニンゲン。あのね、ミュアちゃん。ヒトにはね、性欲があると思うのだけれど」
「性欲!? あ? え? はい?」
「よーちゃんは男の子だよね。つまり、私と交尾すると、子供は出来るかもしれない?」
「こ、こーび……ええ……はい……そうね……出来るかもしれないわね……あの、一つ、良い?」
「なに?」
「ワタシ、半分神様だけれど、その、まだ子供なの。だからその、交尾とかは……」
私は目をパチクリとさせる。何かまずい話をしてしまったのか。
生きとし生けるものは、難しい事情が無い限り交尾を目的としている。種が繁栄するにはそれしかないからだ。
これは、朝起きて、仕事をして、ご飯を食べて、お風呂に入って、楽しい事をして、寝るというサイクルのどこかに、常に入っているものだと思っていた。
私はよーちゃんが置いていった動物図鑑を手に取り、生殖の項目に改めて目を通す。
「そうか。ミュアちゃんは、まだ生殖機能が未熟だから、あまり良く分からない」
「そ、それはあるかもしれないけれど……その話、ヨージにすると、彼、倒れちゃうかも」
「もしかして、よーちゃんは……あまり、交尾に興味がない?」
読む本が間違っていたのか、私がおかしいのか、よーちゃんがおかしいのか。
「い、いいえ。だから、彼は信徒でしょう? 信徒が神様を、その。そういう目で見るのはイケナイんじゃないかって、思っているんじゃないかしら」
「え……じゃあ、よーちゃんは、エオちゃんとは交尾をしたいかもしれない?」
「か、彼がどんな趣味をしているかなんて、ワタシ分からないわ」
「あ、趣味……えり好み。そっか。うーん」
ニンゲンという生き物は、えり好みが激しい。種の繁栄だけを主眼とした場合、ものすごく不合理だ。でもよく考えると、そんなにニンゲンがあちこち交尾をしていたら、凄く気分が悪いかもしれない。
「そうか。ニンゲンは集団で生きているから、ヒトサマに配慮しなきゃいけない……」
「そうね……?」
「つまり、ヒトサマに配慮した環境なら、よーちゃんも私と交尾してくれる……?」
「どうしてそうなるの!?」
物凄く突っ込まれた。ミュアちゃんは顔が真っ赤だ。
なるほど。ヒトサマにこういった話をする時は、配慮しなきゃいけないようだ。
「はあ……ねえ、リーア。貴女、ヨージが好きなのよね」
「好ましいか好ましくないかで言えば、凄く好ましいの。よーちゃんはね、たぶん、凄く苦労して生きてきたのだと思う。背負う必要の無い事まで背負い込んで、戦う必要の無い相手と戦って、ボロボロになって、死にかけたの」
「……」
「……私、よーちゃんにも、エオちゃんにも、幸せになって貰いたい。ニンゲンのいう幸せの定義は、まだ良く分からないけれど……調べた限り、家族で、笑顔で、心が満たされる、そんな生活が、大きな意味で幸せだと思う。よーちゃんも、エオちゃんも、家族が足りてない。神様は独りで生まれるから、気にしない事だけれど、ニンゲンはそうじゃない」
「……そうね。家族は、大切だわ」
「それにはやっぱり子供が必要だと考えた」
「そ、それで、交尾うんぬんと……」
「ニンゲンと神様でも子供が出来るっていう事実を知れたのが、一番の収穫」
人類種の生態について書かれた本に手を伸ばす。
どうも、人類種という定義上にあれば、どのような種族でも子供は出来るようだ。エルフと獣人でも、獣人と人間でも、人間とエルフでも、出来る。そこには何ら考慮する壁は無い。
じゃあ、異種族同士で交わって、どちらの特性がより強く出るのか。数代前がエルフで、数代前が獣人であった場合などは、どうなっているのか。
分からない事だらけだ……として、私は本を閉じる。
「それで、次の話だけど」
「あ、もう本当に、会話練習台なのね、ワタシ」
「居候、お付き合いなさい」
「どこで覚えた言葉なのかしら……」
別の本に手を伸ばして、ミュアニスに見せる。タイトルは『大樹の神話』だ。
大樹教が大事にする、主要な神話を子供でも分かり易くまとめてある、私にはとてもうってつけの本だ。
ちなみに、これが何語で書かれているかは解らない。喋っている言葉も何語かは解らない。
神性が強いと、ニンゲンとコミュニケーションを取る為に、生まれつき共通言語を理解している、という話をよーちゃんがしていた。勿論、たくさん学べば特定言語を操る事が出来る。
必要を感じたりはしないけど、よーちゃんとエオちゃん、私の三人で暮らして行くなら、ニンゲンの言葉を話した方が良い気がする。
「あ、それ……役場の図書室から?」
「うん」
「……ワタシも、同じ本を読んだわ。殆ど汚れてない。本当に、彼等は神様に興味がないのね」
エオちゃんと一緒に歩き回った数週間の間、二つの村に訪れた。
そこには当然村神が居て、そして当たり前のように大樹を拝んでいた。生きる、というカタチの中に、信仰というココロがちゃんと入っていた。
ビグ村を訪れた時は、こんな村もあるか、程度だったけれど、この村の家には祭壇の一つも無い。大樹教の教会も無い。道中安全を祈る道祖神や、魔よけの石碑も無い。
ミュアちゃん達雨秤教団が、どれだけ軽く見られていたのかは、私でも想像がつく。
「一緒に見ても良いかしら」
「うん」




