不穏7
一先ず起こった事をエオに説明する。彼女は読むのは得意でも聴くのはいまいちだ。
四苦八苦して説明し、何とか理解を得る。
「それで、ヨージさんは我等の神を放って何をしているんですか?」
「おお、まるで敬虔な信徒の如しです。まあ聞いてください。我等が神は能力こそ偉大ですが、神としてまだまだ新しく、精神性も子供です。当事者である僕が説得に行っても『ヤッ』ってされるだけですよ」
「確かに『ヤッ』って言いそう。可愛い」
「でしょう。しかし我等が神はとても賢い。何かあれば、それを考え、自分なりの答えを見つけるでしょう」
「そ、そうかなあ」
「そうです」
「……そ、そうだね?」
「そうでしょう。なので神様は裏庭から戻って来るまでそっとしてあげましょう」
「はーい」
「で、その間お仕事を。役所の図書室で村の歴史資料を漁ってください」
「わ、お仕事。お仕事しますよ。どのくらいの『範囲』ですか?」
「多くはないでしょう、所詮村史です。ある分全てお願いします。それと次が重要なのですが」
「はい?」
「雨秤が村神に就いた後の、議会の議事録、全部暗記して貰えますか?」
「村の神の軌跡や宗教団体の活動をまとめたものでなく?」
「宗教年鑑、存在しないのですよ」
そうだ。この村は政治が公にされていなければならない。
神と共に生きる人々にとって、宗教も当然政治の一部だ。あらゆる情報が書物として残されている中、宗教年鑑は存在しなかった。
(そもそもアインウェイク家の領内なのに、大樹教教会の一つもないってのが、おかしい話なのですよねえ)
その時点でもう少し疑問に思えていれば良かったのだが。
「ははあ……わっかりました! あ、帰りにお夕飯を買ってきますね!」
「お願いします」
「では、行って参ります! あ、ミュアニス様もごゆっくりどーぞ!」
「え、ええ。お言葉に甘えるわ」
エオが右手で拳を作り、こめかみ部分に押し当てるノードワルト大帝国陸軍式敬礼をしてから、仮シュラインを飛び出して行った。彼女は興味のある物事については抜群の行動力を持つ。元は本の虫のようであるから、図書室も間違いなく関心事であろう。
基本的に明るく、誰にでも愛想が良い。容姿にも身体にも恵まれており、時と場所が整っていたのならば、ヨージでは遠く及ばない世界にいた可能性が高いだろう。
自分の知らない事を積極的に取り込もうとする姿勢はとても立派だ。
(ふぅむ――敬礼、やけに綺麗だな……)
ただ思うに――他人の生命に関しては、あまり興味が無いと見える。
(僕が死んでいるであろう、と冷たく言い放ったのは、恐らく素の彼女だろうなあ)
思い出すと少し恐ろしい。
ヨージとて、目の前に死体があれば眉の一つも動かすというものだが、彼女は明らかにニンゲンではなく物体として扱っていた。一体どんな生活を送ったらあのような顔が出来るだろうか。
ヨージの知らない顔は、持っているだろう。
「ヨージ・衣笠」
「ヨージで構いません。何でしょう」
「ヨージ。貴方は大人だけれど、少し、顔に出るのね」
「……こら失敬。同じ釜の飯を食らう仲とはいえ、お互いにまだまだ知らない事だらけですし、出会って一か月経っていませんからね」
「そうなの? 彼女は随分と貴方を信頼しているし、恋しているように見えるけれど」
「ぶぶっふッ。あ、あー。若気の至りでしょう。そもそも修道院に瓶詰めにされていた娘ですから、ほかの男を知らないのです」
「そんなものかしら」
「そうですとも」
「それで、ヨージ。これから……どうするの? 彼女に村の資料なんて漁らせて、何か考えでも?」
「あります。数通り。僕は負けるのが嫌いです。苦手と言っても良い。勝つ為の努力が好きですし、勝てそうになくとも負けない努力をするのが好きです。そうやって生きてきましたから、この五〇年程。まあ最終的に負けて死にかけたのですが。とはいえ、複数の刺客に狙われている訳でもありませんし、体調がほぼ万全ですので、複数の刺客が来た所で全員返り討ちに出来ます」
「何か誤魔化している?」
「む。鋭いですね。流石半神。まず貴女様の事。雨秤教団への調査は僕が行きます。この山の上の水源ですよね?」
「ええ」
「二法刻あれば行って帰ってこられますね。同時にエオ嬢には村が何故ここまで神を拒むのか調べて貰います。彼女、ああ見えて……悪い意味ではないですよ、可愛らしい容姿ですが、天才ですので」
「つまり、ワタシ達雨秤教団だけでなく、根本的に何が原因で神が就き難いのか調べるってことかしら。それに、どのような意味があるの?」
「あくまで予想の範囲を出ませんが、裏に誰かがいます。村長も誰かの指示で動いていたように思う。この問題はですね、雨秤がどうの、僕達がどうの、ではない。この村全体の問題です」
一連の出来事は、解離などしていない。
雨秤が敬われなかった理由は『雨秤の力を一切宣伝しなかった教団の不手際と、ニンゲンの力だけで繁栄すると指標する村議会』にある。
宣伝不足は完全に教団の所為だが『ニンゲンの力だけで繁栄すると指標した村議会』あってこそ、あのような有様なのだ。
自然と神とヒトが手を結ぶこの世界で、一体どうやってそのような特殊環境が生まれたのか。
これを追及しない限り、例えシュプリーアが村神となった所で、二の舞となる可能性がある。
そして何より、恐ろしい予想がある。
「……雨秤神は、何者かの手によって追い出されたか、殺された可能性が高い」
故に、故に。
絶対に打開せねばならない案件なのだ。
ヒトに神をどうこう出来るだけの力はない。だが、何事にも例外は付きまとう。リーアに何かあろうものなら、ヨージの後悔は海の底より深くなるであろうし、例えヒトの道を違えたとしても、仇を討つ為に奔走するだろう。
もうそのような人生はコリゴリだ。
「……む、村に……? お母様は、純粋の神よ、そんなこと、ヒトには……」
「ええ、ですから、追い出された可能性の方が高いですね。しかし村にそれだけの事が出来る者が存在するとは思えない。そうなると、当たる先は――アインウェイク子爵でしょうね」
子爵アインウェイク。
帝国騎士団副団長。正確には大帝国陸軍竜鉄大騎士軍団副団長である。
広大な土地を持つ大帝国において、陸軍は力が強い。その中でも黒鉄に身を包む陸の竜たる主力騎馬軍団『竜鉄騎士軍団』は、一度動き始めたならば、目の前の敵を一人残らず踏み潰すまで絶対に止まらないと噂される、帝国きっての軍事力である。
ただの重装騎馬兵ではない。本人達が選ばれた精鋭である上に、その装備が魔法技術の粋でもある。槍を投げようが、バリスタの雨を降らせようが、魔撃銃を浴びせようが、止まるものではないのだ、これは。
そのようなバケモノ集団の副団長であるから、ヨージも遠くに居て耳にしていた。
また武力だけでなく、政治にも明るいのだろう。確実に難物だ。
だが勿論、策はある。本来子爵に介入して貰う事こそ、最終手段としてとっておいたのだ。別の用途での接触になりそうだが……今はその為の力が足りていない。
具体的に言えば、神が不貞腐れている。
「……まず、子爵については棚上げします。最も必要な要素が、塞ぎこんでいるので」
「解ったわ」
「では、明るいうちに雨秤教団の様子を見に行きます。二法刻で戻りますから、大人しくしていてください。それと……もし我が神が室内に戻ってきたら……仲良くして貰えますか」
「……ええ」
「では早速」
そういって、ヨージは必要最低限の装備を持つ。弓と矢は邪魔だ。短剣一つと、携帯食料程度有れば、山は二つ三つ越えられる。都会エルフとはいえ、その身体に刻み込まれた山と森の血はそう簡単に薄まらない。体調が万全ならばほぼ装備無しで何か月でも森の中に姿を眩ませられる。
(なるべく急いだ方が良いな)
村神選定はまだ先であるが、この問題を先延ばしにして良い事など一つも無い。呆けている間に竜精へ話が通じてしまえば、自分の身も危ないのであるから、動ける間に動くべきだ。
(どうなることやら……むっ)
身支度を整え、仮シュラインを出ると直ぐ、見知った人物が立っているのが分かった。
木陰で休んでいたのか、ヨージを見ると嬉しそうな顔をして近づいてくる。
「よっ」
「神グリジアヌ」
村人達に説教した時の威圧感はまさしく神であったが、今は一人の少女のように大人しい。何事か用事だろうか。
「頭に神ってつけるのやめないか?」
「他教の神とはいえ神は神。敬意ぐらい払います」
「グリジアヌにしてよ」
「まあ、そういうなら。それで、グリジアヌ、何か用事ですか?」
「村人達がさ『どうにか治癒神を説得出来ないか』って乞われてねえ」
「無理です。一度我が神が決めた事、我が神が赦すまで治癒の施しは無しです」
「そりゃそうだ。だからさ、アイツ等……何にも解ってないんだよ」
物憂げな表情を浮かべ、足元の石ころを拾い上げると、そのまま握りつぶす。砂岩でもあるまいに、それはポロポロと崩れて、足元に砂の小山を作り上げた。
「無理だと分かってどうして」
「一応頼んだテイを繕う為に来た。そのぐらい良いだろ」
「……解りました。貴女は頼み、私は否定しました。それで良いですね」
「――ありがと。ま、用事はそれだけなんだが、どこかに出かけるのか、アンタ」
「野暮用で」
「ふむ。弓も矢もない。けど短剣は持ってる。アンタはいつでも弓矢とカバンセットだろう」
流石に解るか。だがどう説明したものだろう、と少し悩む。なるべくなら、ここにミュアニスが居る事実も伏せたいのだが、勝手に上がり込まれたら隠蔽も何もない。
やはり協力を要請した方が、こちらにもあちらにも分があるように思う。あまり、中身を知らない人物と手は組みたくないのだが……それを言い出すと、ヨージは自分自身の事をエオにもリーアにも伝えていないし、二人の詳細も知らない。
「山に登ります」
「なるほど。雨秤教団の視察……偵察か。そりゃそうだな。それで、あの娘は元気なのか?」
豊御霊に塞ぐ口など無いようだ。あの女だけは絶対に信用ならない。
「ええ。うちに居ます。ただご内密に。お互いにとって、利益にならない」
「そりゃ同感だ。あの娘には……何の非も無いからな。で、どうする」
「どうする、とは」
「アタシを連れて行くか、否か。アタシの知る限りじゃあ、雨秤教団はもうまともじゃあない。山なら確かにアンタに地の利があるかもしれんが、アイツ等の地元じゃあな」
「まあ、隠密はヘタではありませんが、戦力が有って悪い事もありませんね。お互い、この問題は放置出来ない。もし貴女が村神になったとしても……」
「そう。村人は信心なんて抱かないし、雨秤教団は生きてる限り妨害するだろう。そんな村神は願い下げだね」
意見が合致する。これは貸し借りではなく、互いの利益の為の共同戦線だ。




