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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
九頭樹胎動編
251/318

"月輪神脈"2



 目が見開かれる。瞳孔が縦に割れる。

 惟鷹に無理やりつけた指輪型発信機からの生命信号が途絶えたのだ。


天代あましろ八重垣やえがき脛木はばき


 天津代常あまつしらとこ神、国津八重垣くにつやえがき神、脛木手力はばきたぢから神の化身三柱を同時召喚する。


 衣笠真百合は当然のように召喚したが、この三柱は扶桑における原始自然神の天地人属性統括にあたるものであり、おいそれとは呼べない上に呼べば罰則があり、しかもフィードバックが強烈で、更に言えば言う事もきかない。


 しかしそれが許される立場にある。召喚――という名のほぼ強制であり、真百合の呼びかけに応えない神というのは、指で数える程しか存在していない。


「御前に」「何さ」「こんなエライ遠いとこにまったく……」


「突然およびたてして申し訳ありません。が、危急です。全てに検索を」


 偉丈夫の天代が静かに頷き、逞しい女神の八重垣が面倒臭そうに、老人姿の脛木が疲れたようにして命令をこなす。


「天より。異常ありません」「地より。海にデケェバケモンがいるな。竜だ」「人より。大きな大陸の割にヒトが少ないですのぉ」


「青葉惟鷹の姿は」


「ありません」「んー。魔力の残滓は地下にあるかな」「地下に。彼と思しきナニかが」


「脛木。ナニかとは何でしょう」

「死体……だったもの、かのぉ」


 思考停止。震える膝をそのまま地面につけ、顔を覆う。

 死。彼ほどの存在が死ぬ理由が分からない。ただの神如きではとてもではないが相手になどならないし、まゆりレベルで押さえつけるのがやっとだろう。


 考えられるのは、不意打ち。

 ともすると、身内。


 ……信愛女王陛下を疑う。いち地域を統べる地母神ともなれば、惟鷹を倒す事も叶う……かもしれないが、理由が見当たらない。彼女に、何か策謀を巡らせているような雰囲気はなかった。断言は出来ないが、女の勘がそういう。


「は、脛木、座標を」

「ここかのう」


 脳内に数字が送り込まれて来る。


「遠くない。行きましょう。三柱方、全方位警戒」


 座標の位置は九頭樹グルジュの根元近く。外在魔力マナが使えない可能性がある。召喚魔術用の外在魔力マナストックはあるが、長時間の戦闘を強いられるような事態には対応出来ない。本来ならば行くべきではないが、この状況で動かないという選択肢も無い。


 この目で確認しなければ。

 何かの間違いかもしれないのだ。


「五吹」


 歩いているのがもどかしくなり、五吹明神の化身を召喚、風の神通力を借りて飛ぶようにして駆け抜ける。登録上、おおやけには三柱まで同時召喚可能だとしているが、実際のところ魔力さえあれば制限がない。


 密林を抜けて窪地を下る。九頭樹グルジュの根元に向けて土地が深くすり鉢状になっているのだ。あちらこちらと空いているのは九頭樹グルジュの根の跡である。元はそこにも根が蔓延っていたようだ。


 地下は完全に迷宮と化しており、常人では踏み込んだら最期、まず出られない。


「神の奇跡が使われた痕跡があるぞ」


 八重垣の言葉に立ち止まる。洞穴の途中、急に下へと穴が開いた場所がある。その少し奥では、グリジアナに似た神の気の残滓を感じた。グリジアナはココで惟鷹と戦闘し、肉体を失ったか。


 ともすると相打ちだが……。


「まゆり様。似てはおりますが、異なる二つの神の気を感じます。この奇跡を用いて大穴を開けた神と、あちらに残る崩壊した受肉体の残滓は異なります」


「……双子神。信愛女王陛下がお探しになられていた、信義女王陛下が散去された、と。いったいどんな状況だったのでしょう……」


「まゆり。下だ」

「はい……」


 穿たれた大穴に飛び込む。どうか脛木の勘違いであって欲しいが……生憎、過去にこの三柱が間違いをおかした事はなかった。


 ……死。かの男が死ぬなど、想像も出来ない。どのような戦地からも平然とした顔で戻り、絶対打倒不可能とされたアスト・ダールを殺した男だ。それぐらいでなければ、まさか十全皇が自身の婿になど迎え入れまい。


 この状況、十全皇はどう見ているのか。まさか知らない訳もあるまい。呼びかければ応えてくれるかもしれないが……今は、自分の目で確かめるべきだろう。


 深く暗い穴。奥底はぼんやりと、樹石結晶の灯りが視える。

 底に到達。大量の砂と岩は、上から崩れて来たものだろう。


「――魚面?」


 魚面の死体が一つ。多面体を握りしめ、死んでいる。死体であるのに、嫌に満足そうな顔をしているのが不気味だ。多面体の構造を視ようとするも、阻まれる。真百合にして魔力的な解析を拒むとなると、相当の魔導具であろう。


「"閲覧魔法術式システムドラグワード"」


 最上位権限で扶桑の集積魔晶にアクセスし、情報を引き出す。相当古い記録だが、似たようなものが存在した。具体的な内容は分からないものの、この多面体が相当量の魔力を保存でき、即座に魔法として発動出来るという仕組みだけ理解する。


 青葉惟鷹が、こんなものに。こんなものにやられたのか。

 しかし情報を頼るならば、確かに、ほぼ無詠唱で大魔法など目の前で撃たれれば、流石の惟鷹も防ぎようがない、か。


「すっ、う」


 息と唾を飲み込む。ほの明るい樹石結晶の傍に、人型の土くれを見つけた。


「他に、ヒトは」


「はい。穴の壁面に一人、張り付いた者が。兼仲理人が降りて来ている模様です。敵対が予想される存在は確認出来ません」


「……そこに、ある土くれは」

「うむ。青葉惟鷹の、魔力の気配が、ほんのり残っておるのぉ」


「あ、あ、あ、あ」


 よたよたと歩みより、土くれの前に跪く。頭、胴体は完全に土に還られていた。残ったものは、腕と足。手には真百合が与えた指輪がある。


 ……青葉惟鷹の、死体だったもの、だ。


「どう、どう……出来ますか、これ」

「まゆり様。どう、とは」


「天代。これは……どうにか、なるものでしょうか」


「……竜の領分かと。例えまゆり様が龍の因子を受けておられようと、蘇生を理解するには足りません。何より既に、魂もありません故」


「魂。兄様は、魂ごと、吹き飛ばされたと」

「そのようです。例え肉体を戻せても、魂ばかりは、ニンゲンの身ではどうする事も出来ないものなのです。十全皇がその扱いに、腐心する程に」


「兄様……兄様……?」


 土くれは答えない。原型をとどめたままの左腕を手繰り寄せて胸に抱く。

 落ち着かなければ。自分ではなんともならなくとも、十全皇ならば、蘇生は可能だろう。過去、死ぬような目にあった惟鷹を治したのも、十全皇である筈だ。


 兄――時鷹とて一応は蘇生したという。何分本人には出会っていない為、惟鷹からの話だけだが、それでも出来るのだろう。


「兄様……」


 涙は流れない。ただ虚しい。例え蘇生可能だろうと、このような目に遭ったのだ。凄く辛かったかもしれない、痛かったかもしれない。彼はいつもそうだ。どうしてそうなのだ。


 彼の産まれがそうさせるのだろうか。十全皇が望んでいる事もそうだが、それ以上に、彼は自ら戦い、背負わなくてもよい苦労を背負い、辛く苦しい目に遭い、休む間もなく、次へ次へと戦いにいった。


 ……遠まわしの自殺でもするように。


 そんな彼が兄の死をきっかけに、軍人を辞め、自分の面倒を見ると言い始めた。兄の遺言だという。身体の弱かった真百合を外に出すのは……と憚られるものではあったが、本来本家や加古家から下に見られていた青葉家、衣笠家の地位を引き上げた、ほかならぬ大英雄青葉惟鷹が言うのだ、反対こそあったが、認められた。


 一緒に暮らし始めた彼は甲斐甲斐しかった。何かをお願いする事を、躊躇ってしまう程に、彼は尽くしてくれた。家財も私財も投げ打って真百合の治療に当て、決して閉じ込めるような真似はせず、学校にも通わせてくれた。


『家の中に居て何も変わらないのならば、外に出てみるべきだ。辛いのならばいつでも呼んでいい。皆と共に学び、社会性を身に着け、普通のヒトとして暮らす努力をしよう』と。


 兄にそっくりな従兄。

 彼は真百合を宝のように扱いつつも、決して仕舞いこむような真似はしなかった。


 自分を誰よりも愛してくれる、英雄。

 多感で恋に恋する乙女にとって、彼を意識するな、というのは、どだい無理な話であった。


 ……。


『衣笠真百合ね』


『まあ、お美しい方。よほど高貴なご身分か、高貴な神かと、お見受けします。確かに、衣笠の真百合に御座います……ゲホッ、ゲホゲホっ……あ、うう、ん、失礼しました』


『起きずとも宜しくてよ。そのまま』

『はい、有難う存じます。ところで、このような夜更けに、どのようなご用向きでしょう』


『惟鷹様は……ゆっくりお休みかしら』


『……兄の死が祟っております。心労で言えば、妹であるわたくしとは、比べ物にならないでしょう。わたくしなど、所詮妹でしかない。惟鷹兄様にとって、時鷹兄様は、自身の価値を信じさせてくれる、大事な存在でしたから』


『貴方の兄を蘇生したのは、わたくし


『……なんと。陛下……分身であらせられましたか。このような高い位置から……いま、今、平伏致しますので……』


『そのまま』


『はい。ご配慮、感謝申し上げます』

『貴女は、惟鷹様を、どう思っていらっしゃるかしら』


『ゲホッゲホッ……。幼い時分より、時鷹兄様から彼の武勇を聞き及んで育ちました。衣笠家、青葉家にとって、彼は希望の光であり、尊い存在です』


『そうではなく、雌として』


『め、メス……。写真では、何度見ても、時鷹兄様とそっくりでしたから、親しみ以上の気持ちはありませんでしたけれど……実際にこうして、惟鷹兄様と同じ屋根の下で暮らしていますと……その』


『ええ』


『思っていた以上に逞しくて、優しくて、丁寧で、気が利いて……その……異性として、意識してしまって……それに、汚い、話なのですけれど、並み居る女達が群がる彼とこうして暮らしていますと、優越感と言いますか……いやですわ』


『正しい。正しくてよ、真百合。内に居れば自分を助け、支え。外に出れば稼いで来て。並んで歩けば皆が羨む。極上の装飾品』


『そ、そんな、無礼なお話では……いえ……卑しいお話でした』


『でも、自分が彼に見合わないのではと、悩んでいる。その辺りに転がっている雌と同じなのではないかと、罪悪感に苛まれている。その身では、彼を愛せないと』


『……――わたくしは……』


『とてもとても、良いお話がありますの。きいて頂けますかしら、衣笠、真百合さん』


 ……。


 あの日から、衣笠真百合はヒトではなくなった。ニンゲンとして、生物として、何もかもを備えた男の隣に居る事に、もしかすれば、十全皇の言う通り、罪悪感を覚えていたかもしれない。こんなにも弱々しい女の隣で大人しくしているような彼ではない筈だから、と。


 しかし結果、惟鷹を絶望させてしまった。彼は十全皇に詰め寄り、真百合にした事を責めた。


 違う。違うのだ。自ら望んだ事だ。十全皇は、彼を思ってこそ、した事なのだから。


 真百合もまた、この世に悲観ばかりを見出していた人種であった。身体が弱いまま、まともに生きる事叶わず、蟲のように死ぬのだとばかり思っていた。だが十全皇はそれを覆してくれた。あの日から、世界は輝き、夢は明るく、希望は燦然と頭上で照らしていた。


 ……彼と共にありたい。兄の果たせなかった想いと共に、自分の気持ちを乗せて、彼と幸福な未来を築いていきたい。


 ――彼は否定した。そして、家を飛び出して行ったのだ。

 当時はまだ加減が分からず、惟鷹に対して過激な表現を行った事実を認める。


 例えるならば、貧乏人が無限の富を手に入れたのと同じようなものだ。落ち着くまでは無茶な金遣いもするというもの。今はしっかりと自分の『理屈』を理解している。彼の気持ちも慮る事が出来る。


 ようやく、こんな遠方の土地で、再び相見えたというのに。

 彼の生きる覚悟を、この目に焼き付けた後だというのに。


 こんな、カスみたいなモノに、殺されて。


「真百合」

「……――陛下」


 茫然とするまゆりの傍らに、彼女の分身が現れる。その面持ちに、余裕がない。

 それもそうか。どうにでも出来るとはいえ、愛しいヒトが死ねば、そのような顔にもなる。


 皆勘違いしているが、十全皇は狂ってなどいないし、その心がニンゲンを遥かに超越している訳でもない。ただ、視点が多少異なるだけの話なのだ。女として、辛いものは辛いのである。


「辛いわね」


「はい……。陛下。そこに転がっている魚面如きが、兄様を単独で殺し得たとは思えません。何者かによる手引きでしょう。まゆりは、それを殺さねばなりません。ご存じですか」


「ナイアルラトホテップ。まさかこの世にまで生き残っているとは、思いもよりませんでしたけれど。しかしアレは肉が御座いません。依代も隠匿されております。まず殺すとなれば、九頭樹グルジュごと、となりますでしょう」


「……」


「大切なものを壊されたのです。ではこちらも、大切なものを壊しましょう」

「――外の、大怪獣」


「ええ。ここは、お任せになって。まゆり、クティーラ、殺せますかしら?」

「――……御意に」


「扶桑艦隊は壊さぬよう。他の全ては許可致します」


 主犯格を殺すにしても、手間がかかる。ではまず、ソイツが一番大事にしているものをぶっ壊そう、というお達しだ。十全皇にして、随分と人間味のある恨みだが、真百合も同意する。当然だ、コチラにはその権利がある、権利は行使する為に存在する。


「兄様。少々お待ちくださいな。今、片付けてきますから。では、陛下」

「ええ……いってらっしゃい」


 縦穴を一息で飛びぬけ、迷宮のような洞を魔力任せに吹き飛ばし、地上に出る。空中での滞空は全て五吹に任せ、侍らせていた天地人三柱にはお帰りいただく。


 周囲に何もいない事を確認し……唱えた。


「"女皇龍脈エンプレスコード接続コネクト"」


 地を迸る原初の魔力。十全皇が支配して幾百万年、この星を巡る魔力の貯蔵庫から、真百合に許されている分の五割を引き出す。その強烈な固有魔力は周囲の無垢、そして九頭樹グルジュ由来の魔力まで全てを『十全型』に改竄して取り込み、より大きなものとなる。


 この星でもっとも貪欲な魔力の塊。十全皇型 占有根幹魔力帯オールドパルスライン


 揺蕩う風のような具現化魔力と雷は紫。紫天女の名はこの姿にこそある。


 その強烈な魔力の胎動に、目標の大怪獣がピタリと動きを止めたかと思うと、こちらを見た。

 竜。この星における、最上位の生物。ピンからキリまで居るとはいえ、竜とされたからには尋常の存在ではなく、自然現象すら捻じ曲げる程の大怪異だ。


 この竜自体に恨みは無いが、惟鷹を殺したものに連なるならば仕方なし。

 その理不尽、身をもって味わってもらう。


『……許可……を……』

「遠隔会話許可致します」


『感謝する。水楢副長、加古那善だ。まゆり』

「はい、那善様」


『兄は』

「死にました。満足そうに、惟鷹兄様に斬られて」


『そうか。お前はそこで、何をするのか』

「殺します」


『……そうか。援軍感謝する。以上』

「……」


 目を瞑る。目を見開く。真百合は軍人でも武人でも格闘者でもない。

 一介の女に過ぎない。ただ、世界最強最大の龍の血を受けただけの、女だ。


 だから出来る事は限られる。


「"天地を統べし母なる龍よ、仮初が子に一時の翼賛を"――"疑似権限証明""承認"」


「"蝕竜槍ドラゴンイーター貸与顕現"」


 空気の壁を突き破り、どこからともなく蒼空より飛来する、一振りの槍。

 世界をくびく鉾より分かたれた、世界を"混ぜ得る"極大魔力の結晶品。

 竜を食らう、黒色の大罪の具現である。


「咲き散らかして見せましょう」


 ただ、力を与えられただけの女に出来る事は、それを振り回す事のみ。


「お覚悟を」


 




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