不穏5
この村には何かある。閲覧した資料外の何かがある筈だった。
この村の無信心は行き過ぎている。
大樹教総本山から遠くないこの土地にして、これだけ神を信じないのは、異常と言えた。嫌っているならまだしも、無関心に近い。
グリジアヌが暴露した『議会が神の恩恵を隠していた』という事実を鑑みても、狂っている。
ベッドに腰かけ、気まずそうに俯いている雨秤の娘、ミュアニスは果たしてどのような視線で村を見ていたのだろうか。
「落ち着きましたか」
「ええ。ありがとう」
エオはダウン中。我等が神はスネたままで、シュラインの裏で草弄りをしてそこを動こうとしない。慰めるのは、言ってしまえば簡単だ。だが彼女は幼い神であるから、考える時間を与えた方が良いだろう。
それに今は目の前の問題が大きい。
「貴方は、神の敬い方を知っているのね」
「信徒ではありませんが、貴女は一応上位存在ですし、失礼な真似をして良い事などありませんしね。ああ、一部は除きますが」
「……正直なところ、このように扱われた事がないの。ビグ村に居た時は、一般家庭とさして変わらない生活であったし、山奥に逃げた後も、所詮は娘だから」
「神というか、ヒトとしての尊厳自体、まともに尊重されていない様子ですが」
佇まい、雰囲気は、もう既に大人の女性だ。
桃色の髪を弄りながら時折こちらに目線を送る姿はどこか幼いものの、ひんやりとした瞳には、しかしどうしようもない憤りが潜んでいる。苦労人特有だろう。何人か知っている。
「まずは謝罪を。貴女の母君、雨秤神を貶めた事実があります。申し訳ありません」
「謝らないで。そうしなければ、ワタシも、教徒達も、皆殺しなのでしょう?」
「まあ、そうなりますな。ご存じないとは思いますが、竜精懲罰は苛烈です。一度罰すると決めれば覆らない。その取り決めに対して、国家が介入しようとも、止まりません。それだけ、竜精の権限は大きい」
竜精の力は強大であり、その決定は大樹教を国教と定める国家にとって、国王や首相よりも大きい。ただ、竜精は公平性を重んじる。曲がりなりにも神を殺すのだ、もしそれが土地についていた神であった場合などは、影響が大変大きい。故に『取り合えず殺す』なんて真似はしない。
事件があれば入念に調べるし、情状酌量の余地があるならば、必ず考慮するだろう。
その場合ミュアニスは助かるが、彼女を嗾けた教徒達は確実に殺される。
あれだけ大きな事件だ、この村にも居るであろう大樹教の教徒か、調査員の耳に入り上告されれば、調査が入る。そうなると雨秤の祟りというウソも隠蔽は不可能だ。
だからこそ、確実な情報が必要だった。
というかそうしない場合ウソを吐いたヨージも不味い。
「お茶、おかわりは」
「……い、頂きます」
あのような山の中で暮らしているのだから、嗜好品は珍しいだろう。お茶に砂糖を幾つも落としてから飲む。もう三杯目だ。
「――それで、ミュアニス神。話したくはないでしょうが、貴女の知っている限りの事を、教えてください。教徒を無惨に殺されたくないのは解りますが、首謀者は突き出さなければいけない。ちゃんと話して因果関係を証明すれば、貴女と、首謀者以外の教徒は助かるでしょう」
「……みんな、家族のように暮らしていたわ。村を追い出された時だって、批難はしても、村人を害そうとか、村に復讐しようなんてヒトは、一人も居なかった。ただ、あまりにも何もない場所での生活だから、普通の村人として生活して来た人達には辛かったと思う」
「なるほど。恨みというのは、時間を経て増幅するのです。悠久を生きる神の身では知れないかもしれませんが、ヒトの生は限られる。その限られた生の大半を無意味に過ごすとなれば、怒りも沸くでしょう。そして、過激派が現れたのですね?」
「どう、なのかしら。ある時から、大人達だけで集まるようになって、ワタシは蚊帳の外。人が変わった……とまでは言わないけれど、以来、少し冷たくなった気がするの」
「ふむ。大人達は雨秤信仰の復権を願ったのでしょうか」
「ごめんなさい……解らないわ。ワタシはいつも、彼等が作った祭祀場に一人で住んでいて、お父様もあまり訪れなかったから……外出といえば、独り作ったチラシを撒く為に村に来るぐらいで」
「……貴女を盾にして逃げた二人は誰でしょうか」
「親戚のヒトよ」
「……おかしいと思わなかったのですか。雨秤が居ない今、貴女を失えば、本当の意味で雨秤教は瓦解します。親戚という事は、父君の親族でしょうが、貴女を普段どのように扱っていたのですか」
「前は、とても優しかったけれど……今は、あの通り」
信仰対象を亡くし、自暴自棄となったか。
捨て身のテロで一矢報いる事を考えての行動だったのか。そうなると、当然計算は要らないし、雨秤の娘で、力が弱い神など必要も無いのだから、足蹴にもするだろう。
だが、大人達だけで集まりだした、という割には軽率である。
家族のように暮らしていたとして、ある日突然娘のように可愛がっていた子供を、捨てるか。
普通の感覚なら、ありえない。
「これは、聴いて良い事かどうか解りませんが、雨秤は、どうして消えたのでしょう」
「お父様には、消えたとしか」
「消えた。お隠れになられた。『根の国』に行かれたのでしょうか」
「解らないわ。解らない……ごめんなさい、何一つ解らないの……ワタシは、ワタシは……」
神が居なくなる。選択股としては、多くない。
殺されるか、ふらっと居なくなるか、『別の世』に消えるか。そのどれかだ。
大半に共通する宗教文化において、神が終の住処とする『根の国』がある。地続きであり、ヒトが行けない事もないが、数日過ごすと出られなくなるという曰くつきの場所だ。
神の生に疲れたのだ、と言えばそれまでだ。恐らく生きていても、戻る事はないだろう。
「解りました。兎も角、調べる必要がある。相手が反抗すればこちらもそれなりの対処が必要になるでしょうから、そのあたりはご了承くださいね」
「……ええ」
「住まいは、暫くここで」
「でも、悪いわ」
「どこにも行けないでしょう。外にも出られませんし」
「……どうして」
「はい?」
「どうして、そこまでしてくれるのかしら」
「単純に、自分達の為です。村神が居ない村というのは、多くない。新興宗教である我々が、今後手広く信仰を広げるには、確固たる地盤が必要なのです。我が神シュプリーアを村神として据え、この村を拠点とする。根はしっかりと張らねば、いかな大木とて倒れますから」
「ワタシは、不安要素なのね」
「有り体に言えば。ただそれは貴女を神として見た場合です。一人の少女という扱いにおいては、『僕』として助けたいですし、我が神も助けよと仰るでしょう」
「ありがとう」
「いいえ……ぬっ」
「どうかしたのかしら」
「仮シュラインの前にヒトが来ていますね。隠れて」
「え、ええ」
気配的に神ではなく、ドタバタと歩く村人でもない。
足音は三人。一人は良い靴を履いているようだ。
ミュアニスをベッドの後ろに隠してから応対する。




