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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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不穏4



「だ、ダメ!!」

「あぶッッ」


 本当に一切の手心無く、その刃を腹に突き立てようとした瞬間、真横から追いすがられる。


「いっ、いでっイダダッッ」

「駄目! よーちゃん! 死んだら駄目!」

「わ、我が神、お、押さないで、切れる、切れッ」


 リーアは必死な様子でヨージを押さえつけているが、しかしそんな状態で縋られては、本当に切れてしまう。というか切れている。凄まじく痛い。


「あ、わ、わ! よーちゃん血、血出てるッ」

「あらら――ちょっと遅かったかしら――……」


 痛みに歯を食いしばっている所に――漸く奴が現れた。

 先ほど『示し合わせた』というのに、このタイミングで現れるのだから、当然笑いながら見ていたに決まっている。なんと性格の悪い女だろうか。

『勝算』が優雅に歩いて群衆の中から現れる。


「あ、豊御霊様」

「豊御霊様!」

「皆さん、お聞きになって。この度の事、決して彼等の所為ではありませんわ」

(何が彼等の所為ではありませんわ、だ。もう少し早く来てくださいよ……)

「よーちゃん、血、止めるからね。痛くない、痛くない……」

(我が神、そんな涙目になって……)

「うそつき、うそつき……」

「……」


 リーアの反応は予想通りなのだが、ここまで全力で当たられるとは思っていなかった。エオは何をしているのかと視線を向けると、衝撃的な光景に卒倒してしまったようだ。

 先ほどは感心したものだが……彼女もまだまだである。


「ええ。皆さん、これは毒ではありませんのよ。これは神の呪い。貴方達は胸に手を当てて思い出すと良いわ。収穫量の減少。農作物の品質低下。川の氾濫に、終いには井戸の呪い。果たして何があったのか。誰ならばそんな事が出来るのか……」


 皆が顔を見合わせる。思い当たる節はあるだろう。

『それが事実かどうかは兎も角』納得が行きそうな理屈に、ニンゲンは安堵を覚えるものだ。


「ヨージさん、ご無事かしら?」

「ええ……まあ……」


 腹を撫でる。衆人環視の中でも、リーアは良く力を発揮したようだ。神というのはニンゲンより精神比重の重い種族であるから、精神的な逼迫や緊張が能力を拡充するような事例がニンゲンよりも見受けられる。


「うぉっほん。皆様。この村が以前、どのような神に支えられていたか、お分かりになりますね。不肖ヨージ・衣笠と豊御霊尊が探りを入れて辿り着いた答えは、一つ。これは――神の呪い。そう、雨秤神の祟りなのです」


 雨秤自身ではないが、彼等が雨秤を蔑ろにした結果に齎された事実である事は疑いようがない。もっと穏便に、今まで受けた恩を返すような対応であったのならば、雨秤教団とて凶行に走るような真似はしなかっただろう。

 長年恩恵を受けながら、その信徒を村の外に追い出すなど、一体どれだけ信心がないのか、幾ら神に頼まず生きて来たヨージとて疑問に思う。

 やはり、この村の特殊性故だろう。


「アンタ、真実を知っていてあんな真似したのか? ハラキリなんて……」

「私が『私達は無実です、本当のことを聞いてください』などと叫んだ所で、貴方達は絶対に聞かない。事実、我が教団の神官があれだけ貴方達に説いたのに、聴く耳を持たなかった」

「で、でもよ。『居なくなった神様』がどうやってヒトを呪うんだよ」

(……ああ、本当に神に無知なのか。『祟り』すら知らないなんて)

「――軽率な方々ですわね。神は超常。本人が居らずとも、深い恨みの念は地に染み付き、ヒトを祟りますのよ。貴方達の心に宿るその精神を、何倍にも膨れ上がらせたようなものが、神なの……」


 豊御霊は扇子で口元を隠し、悲しそうな表情をしている。演技だろう。しかし美人の悲しそうな顔というのは、特に男性陣にとても効く。


「あー、ヨージぃー。被害の有りそうな井戸の特定終わったぞ。アタシは浄化とか得意じゃないから、お豊とリーアでやってくれよーってなんで上着脱いでんだお前!?」

「これは、神グリジアヌ。ご苦労様です。皆様! 神様方にご協力願い、現在使用可能な井戸と不可能な井戸の判別が終了致しました。浄化が済むまでは、くれぐれもお気をつけて」


 どうやらヨージの思惑は一部を除いて上手く回っているようだ。エオを回収して、一端引き下がった方が良いだろう。

 豊御霊とグリジアヌに借りを作ってしまったのは大変な痛手ではあるが、今後はリーアの評判が上がる可能性も高いので、投資と考えれば良いだろう。


「何? 腹切ろうとした? これだから扶桑人は――てか、おい、お前等! ヒト一人腹切るまで追い込んでおいて、謝罪の一つもねえのか!」


 しかしここで一つ誤算が生じる。

 集団に嫌な沈黙が漂う。というか、蒸し返さないで欲しい。物事は丸く収まりつつあるのだから。

 グリジアヌが肩を怒らせ、神器を具現化、地面に思い切り突き立てる。


「か、神グリジアヌ、もう良いのです、誤解は解けましたから」

「よかない! なんだってお前等はそうも信心が無いんだ? お前達は、お前達の力だけで生きてるんじゃないんだぞ!? 雨秤がどれだけこの村に貢献したのか、考えた事ないのか! 行政は何で雨秤の恩恵を村人に伝えなかったか解るかボンクラ共! 村長一同、自分達の力で全てをまとめて、村の発展に尽力してるんだと、そう錯覚させる為だよ!」

「ぐ、グリジアヌ?」

「何が民主主義だ! 何が自立社会だ! 嘘も看破出来ない脳足りん共め! 神とヒトは、この世界じゃどう足掻いても一体なんだよ! お前等が雨秤を蔑ろにしたんだ、因果応報被って当然だろうが!!」


 グリジアヌの叫びが響く。

 この村は自立を目指している。領主であるアインウェイク子爵家からの支援を拒んだり、神様が元から居なくても発展しているように見せていたのは、この為なのだろう。

 公開されている資料をミネアから取り寄せていたヨージだが、その資料の真新しさを疑問に思っていた。何せ『手垢』が一切ついていない。

 情報が幾ら公開されようとも、村議も彼等も、見る気はないのだ。精査してしまえば『雨秤の恩恵があった事実』が明るみになってしまう。

 また議事録にも、殆ど雨秤について記した項目がない。

 残滓が現れるようになり、水害が増え、収穫量が減って、どうしても無神村である事に限界を感じたからこそ、嫌々神様を募集したのだ、この村は。


(しかしそうなると……考え方によっては……それが事実だとするなら、脅迫……いや、交渉に使えるかもしれないな)


 グリジアヌも図書室の公的資料には目を通したのだろう。そこからの推察で怒りを露わにしていると見える。もし、村が雨秤の活動実績を隠匿し、一切公にしていなかったとすれば、ある法に抵触するのだが……。

 今はこの場を収めるのが先だろう。ヨージは豊御霊に目配せする。


「……グリジアヌさん、そこまで。あまり責めては、彼等も可哀想ですわ」

「でもよ、こんなの、あるかよ。そりゃあ神様だってこんな村居たかないよ」

「それを正してこそ新しい神なのですわ――さあ皆さん、自分の持ち場へ。まだ不調がある方は……そうですわね、誠心誠意シュプリーアさんにお詫びして、治療を施して頂くと宜しいでしょう。どうかしら、シュプリーアさん?」


「嫌」


 リーアはハッキリと、皆に聞こえる形で、否定した。絶対的な拒絶。『お前等など診てやるものか』という意志表示。


「よーちゃんとエオちゃんを虐めるような人達なんて、絶対治さない!!」


 そう宣言し、彼女は走り去って行く。ヨージは止めなかった。

 動揺が広がる。

 村人達にとってその宣言は『もう次は無いのだ』という脅迫にも似る。また祟りが起こったならば、誰も助からないのだ。

 勿論、真実を知るヨージは多少認識は異なるが……ミュアニス神を使わずとも、教団が本当に毒を盛り始めれば、その限りにない。


「この村は……もうだめなのかもしれない」


 ポツリと、一人の少年が言う。神の恩恵が無くなった事実を、一番に受け止めている……醸造家の少年であった。



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