不穏3
再び商店街に舞い戻ったヨージが見たものは、大体想像通りであり、また大変悲しい事実である。
何か大きな事件事故が起こった時、ヒトは人身御供を探し始める。推測、推察の域を出ない妄想であろうとも、群衆はその言葉に理があると思い込んでしまう。
対象はヒトでも、神でも、行政でも構わない。
それが犯人として仕立て上げ易く、また反論もしないようなモノならば最高だ。
「お前達がやったんじゃないのか!!」
お決まり過ぎて噴飯ものであった。
客観的に物事を観られていたならば、そのような言葉に同意などしないだろうが、彼等は被害者であるから、自身や家族への憐憫の方が強い。
感情は事実を曇らせ、また曇って見えないという事実が一種の快感であり、群衆と交わる事でそれを増し、周囲へ同調圧力を高め、巻き込んで行く。
(どこの世も、どの時代も、文明がどれだけ発達した所で、ヒトはヒト。敵を作って一丸となり、乗り越えて良く。敵が本当の敵かどうかは、問題ではないから)
彼等は悪いが、ヒトとしては悪くないのだ。
「ち、違います! どうして、わ、我が神が皆さんを苦しめるような真似をしなきゃいけないんですか!」
「タイミングが良すぎるんだよ。こんな事今まで無かったんだぞ。そこに聞いた事もない治癒の神なんぞが出てきたら、疑いもするだろ」
「そ、それこそタイミングが良かったんですよ! もし我が神が居なかったら、皆さんどうしていたんですかっ!」
「アンタ等がやったんだからそんな話意味ねえだろ!」
「違います! 断じて!」
寄ってたかって女を詰るとは良い趣味をしている。しかしエオ嬢も決して負けていない。涙ぐみながらではあるが、己の信じる神の潔白を示そうと胸に手を置き、皆に語り掛けている。
「じゃあやってねえって証拠でもあんのか」
「な、ないものを証明しろと!? 皆さん落ち着いてください! だ、だってちょっと考えれば解る事ですよ! い、幾らエオがバカでも、こんな事を仕掛けたらすぐ疑われるだなんて、理解出来ますもの! それに、これから村の神として貴方達を助けたいと願う者が、どうして井戸に毒など投げ込むんですか!」
「神様なんだ、仕事あった方が崇められて良いからだろ?」
「あー! もー! 神様の力だって無限じゃないんです! こんなに大量に被害者を出して、それを治すとなったら、神様が疲れてぶっ倒れちゃうかもしれないじゃないですか! 非効率的! 非論理的! そしてそんな考えを抱くなんて非倫理的です!」
「あ、うー、む」
(おお、凄いですエオ嬢。全然負けてない。ガンバレガンバレ)
エオとリーアは井戸を背にしており、周囲を村人が囲っている形になっている。なんだか大演説を打ち上げる過去の聖人の如き状態に見えるので、とても格好良い。状況は最悪だが。
我が神はどうか、と眼を凝らしてみると……かなり狼狽していた。
これはいけない。直ぐ助けねば。
「うっ……うっ……なんでこんな事に……どうして睨むんですか……」
流石にこれ以上は無理だ。
エオの覚悟、そして信心の深さと神への感謝の念。また自分を責める群衆に対して罵倒を飛ばさなかった事を鑑みると、この酷い状態も無意味では無かっただろう。彼女は絶対に立派な神官になれる。
「そうですなあ!」
「むお、衣笠殿!」
でっかい声を上げ、外套を脱ぎ去り、群衆のど真ん中に躍り出る。雨はすっかり上がっていた。
「まったく、今回の出来事は悲しいものであります。一体誰が、何の目的でこのような凶行に走ったのか! 皆様は気になっておられる事でしょう!」
「エルフのあんちゃん、あんたもあの神様の信徒だよな?」
「正しく!」
「じゃああんたも実行犯だろ」
「はは! バカを言っちゃあいけません。バカを」
「ば、馬鹿だと?」
「例えば! このヨージ・衣笠が悪心を抱き! 井戸に毒を盛り! それを我が神の力で癒す事によって信心を獲得すると、そう考えたとしましょう!」
「実際そうしたんだろうが!!」
「こんな簡単にバレるような事を、この私がする訳がない。良いですか、もしやるならば、ちょっとずつです。少しずつ、毒を盛る。今日は一人だったかもしれない。明日は二人だったかもしれない。しかし時間が経つにつれて、三人、四人五人……被害が拡大して行く……貴女の!」
「はひっ」
「貴女の旦那様が腹を抱えて苦しみだした! 貴方の!」
「お、おれ?」
「貴方の大切な彼女が痛い辛いと訴えだした!! そして貴方!!」
「うっ……」
「貴方は思い出すのです。『そうだ……今この村には……治癒の神が居るんじゃあなかったか?』と。そうしたらシメたものです!! 慈愛深き我が神が、貴方達の苦しみを取り除いて行く! 医者でも治らなかったのに! 薬も効かなかったのに! 神様の力で、貴方貴女アナタ達の大事な人の命が守られたのです! 何も知らない貴方達は挙って我が神に頼る事でしょう! そして崇め奉る事でしょう! 『この村に必要なのは、このような神なのだ!!』と。ああ、ちなみに、私ならば絶っっっっ対に神にこの作戦を伝えたりしません。誰も知らない所でこっそりひっそり、私自ら皆様に毒を届ける事でしょう」
ヨージの演技かかった馬鹿デカイ声が村中に響き渡る。
ヨージが行っているのは説得ではない。
『これだけ考えている奴が、そんな短絡的な事するか』という、あからさまな事実を伝えているのだ。
そしてヨージには勝算がある。
『衣笠さんよ? あのヒトがしないでしょう』
『井戸掘りだって率先してやってたぜ』
『いつ寝てるんだってぐらいにゃ、仕事してるような奴だしなあ』
『ウワサじゃ残滓も退治したってよ?』
自分がヨージ・衣笠であるという事実だ。
彼等は普段からこの男が、汗水垂らして毎日働き、文句一つ言わず雑用をこなし、自分の慕う神の為に戦っている事を、目にしているのである。
「もし! もし本当にこのような惨事を招いたのが私達治癒神友の会であったと疑うならば、私は決して躊躇わない! 今この場で真っ先に腹を括り、ええ見せてやりましょう、扶桑人の生き様を! 自ら腹を掻っ捌き、皆様に私の内臓がどのような色をしているか、見て貰おうじゃありませんか! さあ、そこの御主人! その手に持つ包丁をお貸しください!」
「い、いや……で、でもよ」
「皆様が納得しないというのならば、もう仕方がありません。この私の腹の中がどれだけ鮮やかに出来ているか、見て貰わねばッ!」
個々の納得、理解はあっても、群衆は簡単に引いたりなどしない。
彼等は『落としどころ』を探している。
疑った相手が潔白だと解っても、自分達が間違っていたのだとは、認めたくないのだ。
では何が必要なのか。
それは『自分達が許した』という優越感である。
もしくはそれを超える『犠牲による罪悪感』だ。
ヨージの勝算というのは、自分の命も計算の内に入っている。
「さあ――この命、我が神に捧げるならば決して惜しくない。元より我が神に救われた命です」
鬼気迫る表情に気圧されたか、男が包丁を手放す。ヨージはそれを拾い上げ、また群衆の真中に戻り、膝をついて上着を脱ぎ棄てた。
扶桑国の武人は、何時如何なる時でも『死ねる』ように訓練される。割腹などそれこそ週三回。同胞の首を綺麗に落とす訓練も、同じ頻度で繰り返す。
「では、皆々様。どうか。私の命と引き換えに、我が神と信徒エオの潔白を証明したいと思います」
皆が静まり返っている。目の前で何が起こっているのか、理解してすらいない者もいるだろう。
皆待っているのだ。これを止める声を。
包丁を握りしめ、腹に宛がう。
息む。
いきむ……。
いき――まだか?
仕方ない。想定の内だ。
「いざ――ッッ」




