攻防2
あれから一日と半程歩いただろうか。魔法でカッ飛んで行けばもっと早いだろうが、九頭樹自体が目的地という事でもない。グリジアヌが大樹にいる可能性が高いというだけで、道中にコロンと落ちているかも分からないのだ。
何せ困りごとに手をさし伸ばさなければ生きられないのではないかと思われる程の世話好きであるから、途中の村落で足止めを食らっているかもしれない。
……そのような希望があったのだが。
「……槍ですね。しかも、粗悪な」
五十名ばかりの集落に立ち寄った。数を数えられたのは、ご丁寧にニンゲンが村の中央に並べられていたからだ。死体の数五十。老いも若きもすべて殺され、心臓だけがえぐり取られている。
「……磯くさいな」
「魚面でしょう」
グリジアナが胸に手を当て、スッと撫で降ろしてから、死体の額に手を当てる。こちらの死者への弔い法だろう。
魚面と言われる者達が暴れている。九頭樹の信奉者で、魚に酷似した顔をしているという。まだ出会ってはいないが、それは果たして人類なのか。
「姉は、魚面をニンゲンとは言いませんでした。私もそう思います」
「具体的な理由は」
「文化はおろか……そもそも、ヒトとしての生活が無いのです」
「……ええ?」
「煮炊きした跡を見ない。服など着ていません。住む場所すら不明です。ただ、彼等は九頭樹を拝み、何か脳を圧迫するような、冒涜的な言語を操り、祈りを捧げ続けているだけなのです。今まで、敵対する事もなかったので、放置しましたが……」
「九頭樹覚醒と同時に、ヒトを襲い始めた。心臓がくり抜かれていますね」
「きっと儀式用にヒトの肝を集めているのだと思います」
なんだその邪悪な集団は。ヒトそのものを生贄として捧げる宗教は、確かにあるが。しかしヒトの肝を集めて捧げるなど、一体どんな思考からくるものなのか、皆目見当もつかない。
九頭樹による意思なのか。九頭樹に属する神の意思なのか。
「弔いたくはあるのですが、数が数です。可哀想ですが……」
「お任せください」
そういって、グリジアナが遺体の前に立ち、何かを唱え始める。
すると、蠅が集り始めていた遺体が、サラサラと、乾いた砂になって行く。この綺麗な砂は、彼女達の依代、イスマス海岸の砂浜に似る。
「どうか良き旅と、良き死を」
「女王陛下の奇跡でしょうか」
「双子、なので。グリジアヌにも同じような事が出来る筈です」
「彼女は多彩すぎて、何の神と言ったらよいのか。自分では戦神と称していましたが」
「姉は話していないのですね。その信徒の数や土地の力もあって、数多くの奇跡を持つ身ですが……私達の奇跡は『分解』です」
「――生命に、関するものなのですね」
「何も治せませんし、何も蘇らせたりはしない。ただ、物事を自然の輪に還す事が出来ます。平和的に使えば、このような事も出来ますが……」
「……攻撃的に使えば?」
「分解します。ヒトだろうと、モノだろうと。時計の針を進めるか、巻き戻すかのように」
そうだ。彼女達は『国神』なのだ。その彼女達が、生半可な奇跡である事はないだろうと、思ってはいたが……それは随分と強烈な奇跡だ。グリジアヌが使っていたところは見た事が無い。強力すぎて、使う場所にも困ったのかもしれない。
生物や物体に対して、死を齎す能力とも言い換えられるか。
「姉は、あまり使わなかったでしょう」
「ええ。初めて知りました」
「強すぎるのです。こんな地方の神が持つには、大きい力です」
効果範囲にもよるが、そんなもの、ヨージでも対処しきれないだろう。触れた先から分解されていたら、とてもではないが戦闘にならない。超超距離からの魔法重撃しか勝ち目が無さそうだ。
つくづく、グリジアヌ達が敵対していなくて良かったと思う。
「むっ、人影」
「あっ……本当です。生き残りが……!」
「待ってください」
「しかし、子供です」
建物の陰から、少女が顔を覗かせる。エイルストの件もある、走り出しそうになったグリジアナを制止した。
「お嬢さん。この村の子ですか」
「……」
少女は何も言わない。言葉が通じなかったか。これだけの惨状だ、ショックで心神を喪失している可能性もある。だが、なんだろう、言葉に出来ない、超然とした空気が、ある。
「お名前は」
「ルルムゥ」
「ルルムゥ。この村の子ですか」
「否定」
「違う。では、どこから来たのでしょう」
「貴方」
「はい」
「貴方、名前」
「……ヨージ・衣笠です」
「――認識。照合――確定」
「――女王陛下、下がってください」
「え、え?」
「この子は……ニンゲンじゃない」
即座に防御魔法を張る。その警戒は功を奏した。
不可視の場所から、火薬式銃の音。防御魔法が防いだ……訳ではない。防御魔法があったからこそ、角度が反れただけで、それは貫通して通り抜けた。ヨージの髪を数本持っていく。
(バルバロスの手の者か……!!)
「陛下!! これは神ほどにまずい!! 魔法に頼らず、壁の有る場所へ!!」
グリジアナを逃がし、正面に現れた少女と相対する。今まで死にかけの子供程度の気配しかなかったものが、強烈な威圧感を放ち始める。使用しているのは外在魔力であるが、その収集量が膨大だ。
「半殺害」
「!?」
空間に、穴が開く。そこから銃を取り出したかと思えば、即座に発砲した。予備動作が少なすぎる上に、なんだ、空間に穴を開けるなど、冗談ではない。
疑似的なものはヨージにも出来るが、何のモーションもなく、大した負担もなく出来るような魔法ではない。例え彼女が神だったとしても、代償は大きい筈だ。
向けられた銃口の角度から弾道を予測して避ける、なんて真似をしなければ、これは、死ぬ。
「――!」
「……」
「避けた?」
「よ、避けますよ。当たったら、痛いでしょう」
「……危険度判定を上昇。ギアを上昇」
「まるで、意志のある木偶のようですね、ルルムゥ氏」
「ルルムゥ。お喋りは好き」
「そうですか。お話合いで解決は、出来ませんかね」
「でも、お喋りは、任務に含まれない」
「そうですか。親は、バルバロスで? そうですよね、それ、神殺しの弾丸だ」
「……パパの、お知り合い?」
「バルバロス二世ですか。知り合いたくはなかったのですがね」
「そうなんだ」
今まで無表情でいたルルムゥが、嬉しそうに微笑む。着飾ったらどれほど可愛らしいものだっただろうか。だが残念ながら、彼女の目に灯るのは赤。明らかに、火炎魔法使いである。
ボロに銃に炎の瞳に笑顔。矛盾によって彼女は構成されていた。
(――しかし、なんだその銃は。ボルトアクションがないぞ)
兵器開発に勤しむバルバロスであるから、世間一般に流通していない銃を開発している可能性は十分にある。しかし、どんな原理で撃鉄を起こさず連続して弾を射出しているのか、理解出来ない。
彼女という存在。理解出来ない銃。原理不明の魔法。
情報が少なすぎる。この場で対処出来る相手であろうか。
「貴方」
「ええ」
「"白い"ね。"月"の人?」
「――なんですって?」「半殺害」
「――ッ!!」
弾丸を避ける。視てから動いていては当然間に合わない。銃口が向けられた瞬間に判断する他無いのだ。通常ならば魔法で凌げるものだが、この弾は魔法を貫通する。防御出来ないのならば、風魔法で弾道を逸らせる事も叶うが、これは魔法そのものが無効化されてしまうので無理だ。
とにかく距離を取る為、無属性魔法放出を駆使、高速度で動き回って離れる。
(グラム……グラム!)
(……)
駄目だ、動かない。胸ポケットにしまってあるのだが、サイズが戻らない。
まだ、エイルストから受けた呪いを分解中なのだろう。
仕方なく、脇差に手を掛ける。無銘の刀、ビグ村で徴収して以来の付き合いだ。余程の名の有る名刀というのならば、材質からして異なるので、擦れや欠けは起こり難いものの、どうあろうと刀というのは消耗品だ。一時の凌ぎに……と手にかけた刀だったものの、これはやたら頑丈だ。
道具に信頼性がある、という事は、その分、命を預けられるという意味でもある。
相手はニンゲンではないだろう。神であるように思えるが、この感覚は……ドーエルに近いか。
あのクズ男はそのカラダに神を降ろし合一をはかり、身体能力を著しく向上させる事が出来た。
本人が弱すぎたので、通り過ぎるだけで終わった男だが、このルルムゥは違うと見える。
「白、とは。貴女、僕の色が見えるのですか」
「うん。だから、月人でしょう」
「……いえ、月に所縁は有りません」
「なら、パパか、ママ」
そも、月に、何が居るというのか。月に居る者……大樹教の昔話で、竜人が逃げた先が月だという話があった。まさか、神話通りにそんな種族がおり……母、つまり青葉・ジズ・イリス・美月が、それに該当するのではないか、という事だ。
それは今、治癒神友の会に居る神、美月にも通じる話ではないか。
シュプリーアは、彼女も"白"だと話していた。
「ルルムゥは、ルルムゥ。ヴァルハラの冒険者。今は、バルバロス通商国の敵を殺す為にいる、傭兵?」
「ヴァルハラ……?」
ヴァルハラ。大樹ロムロスに集う戦乙女が、戦士の魂を導いた先にある世界だ。戦士の御霊の国であり、終末戦争を生き抜く為の戦力保管場所である、とされる。確認した者は居ない為、与太話だと思っていた。
彼女はヴァルハラから遣わされたのか。しかし、ならば何故、バルバロス通商国に関与する。
「バルバロスは、大樹ロムロスを抱くユスティア国と、同盟を?」
「不明。なに、それ?」
(駄目だ、話が通じない。けど、彼女がとぼけている風もない。僕と彼女の知識では、圧倒的に何か、差異があるのか)
「半殺害」
二発、三発と弾丸を打ち込まれる。敵の狙撃は正確無比だ。逆にそれは好都合でもある。予測される場所から少し外れるだけで良いのだ。だが、それは相手が見えている時だけの事、ルルムゥが隠れた場所から狙撃して来た場合、避けようがない。
「こんなに生き延びた人初めて。あ、殺さない。殺害は、不可」
(半殺しにしたいのか。つまり……どこかに連行するつもりか。そんな事をしそうな……バルバロスの関連者といえば……)
最悪だ。最悪の女が脳裏に浮かぶ。監視生物が増えていた事は気が付いていたが、それはいつもの事なので、大して気にしていなかった。しかし、増やした相手が判明したのだ。
(カルミエかあ……! 最悪極まるッ)
あの女は不味い。あれは革命者、革命の為ならば何でもする類の狂人だ。それが、ヨージをどちらかにご招待したい様子である。絶対にダメだ。それは助からない可能性が非常に高い。あいつならば笑顔で人様の頭をいじくり回すに決まっている。
アレは大樹研究者だった。龍と繋がりのある自分を捕獲しようと考えてもおかしくない。
(くそ、どう攻勢に出るか。あまり視界から外したくない。詠唱しながら近づいて、斬るならば容易いが……)
斬るだけならば恐らく容易い。問題は、その攻撃が通じるかどうかだ。神人合一を果たした状態のニンゲンに攻撃が通るか不明だ。神としての力が強く出ている場合、斬撃は無効だろう。これがグラムならば真っ二つだが、今手にしているのは無銘だ。
(『衝裂針』)
脳内で紡ぐ。見定めた先は、ルルムゥの腕だ。極小の衝撃魔法が彼女の手を……。
「?」
無理だ。無効化された。少なくとも、彼女の耐久性はニンゲンの比ではない。魔法防御壁を張られた気配もなかった。純粋に、無詠唱の単純な魔法で害せる存在ではない。
――魔力感知。
「ぐおッ!?」
後方の空間に穴が開く。そこから弾丸が射出された。感知出来なければ、脚を持っていかれていただろう。
「えー……?」
ルルムゥもまた、困り顔だった。今の一撃ならば確実に仕留められると考えていたのだろう。
攻撃パターンは、きっとまだあるだろうが、主に二つ。直接の銃撃か、亜空間からの銃撃だ。
直接の銃撃ならば、銃口が見えている限り当らない。
亜空間からの銃撃ならば、魔力を感知出来れば当らない。
問題は合わせられた場合だ。直接の銃撃と、亜空間からの銃撃を、ヨージの視界に入らない場所からやられた場合、致命傷を負う。殺すつもりはないらしいが、あんな弾で撃たれれば、ヨージの魔力を巡る血管が弾け飛んで、拍子に死ぬかも分からない。
絶対に当たりたくない。
(考えていてもダメか。斬って開いて通るしか、無し)
「!!」
突っ込む。相手は構えるだろう。だがこちらが速い。近接戦闘において、ヨージとまともに打ち合い出来る人類など指で数えられるかどうか、怪しい数しかいない。例えそれが神であったとしても、対応出来る者は数少ないだろう。
ルルムゥの銃……右腕に対して一撃。バスン、と乾いた音と共に弾丸は発射されたが、ヨージの居合が刺さり、方向がズレる。しかしズレただけで、ルルムゥの腕が斬り飛ばされる事はなかった。
更に踏み込む。刀の柄でルルムゥの喉を打突。顔を多少歪める程度で、ダメージ無し。
左側に危機感。跳ね上げられたルルムゥの右脚が、しなやかな枝の如くヨージの顎を掠める。
躱した。上げられた脚を取り、残った左脚を蹴飛ばし、そのまま転ばせる。
顔面に対して刀を突きたてようと試みるも、ルルムゥの左手がそれを弾き飛ばした。
「『放て』」
無詠唱魔法。横たわったままのルルムゥに対して、衝撃魔法が炸裂する。
ヨージは隙なくその場を離れた。
ダメージは期待していない。安全に下がる為の攻撃だ。
「……」
「……」
ルルムゥが立ち上がる。相変わらず表情は変わらない。
(――居合が、傷付けずとも、弾道をブレさせた。組手も効果があった。顔への刺突を避けた)
理解する。
彼女の防御は完全ではない。致命的な弱点は存在するのだ。
特に顔。あれは一瞬、かなり必死で防いだように見える。
完全に神ではないのだ。神を、宿しているだけと推定される。その神の力が、どこにまで及んでいるかは不明なれど、防御は得意ではないのだろう。
例えばグリジアヌと争ったとする。無銘では絶対に傷つかないし、組手で投げ飛ばせなどしないし、顔面を刺突されたところで、多少痛みがある程度で直ぐ治るだろう。
こちらが斬りつけたり、組手をしたところで……身体がブレたりは、しない。
グリジアヌが強い、というのもあるが、神というのは頑丈そのものなのだ。
神を一時的にでも消滅させるには、支命柱を破壊する必要がある。しかしこれは、まさに心臓と同じ位置にあると考えられている。硬い硬い神の肉に骨が、刃や弾丸の侵入など許す筈がない。
故に神は強いのだ。力があるか、ないかではない。まず、死なない。
「ルルムゥ氏」
「うん」
「……なるべくなら、僕、女性は傷つけたくないのですが」
「――加減されてた?」
「明確な殺意をもって現れる敵ならば、男も女もないのですが。貴女は僕を殺すつもりはないでしょう。半殺しにして……ご主人に届けるのが、仕事だ」
「そう」
「ご主人には、なんと言われていますか。撤退は、可能ですか」
「撤退可能。出力が、二割低下した場合、引く」
「そうですか」
「?」
「では、二割低下させます」
敵意無く襲ってくる敵、というのは、珍しい部類だ。まして殺意がない。これは、言われた事をちゃんと守っている、子供と同じだ。
覚悟の無い者を殺せない。殺す覚悟も、死ぬ覚悟もだ。
では、退いて貰うまで。撤退可能というのならば、撤退して貰うまでだ。




