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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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不穏2



 川の水嵩を確認してから、橋の下に入る。雨を凌ぐだけならばしばらくここに居ても問題ないだろう。

 ミュアニスは何をするでもなく、膝を抱えて川の流れに眼をやっている。


「改めて。私はヨージ・衣笠です。シュプリーア様の神官をしています」

「新しい神ね。知っているわ」

「ミュアニス神。現状を、どのくらい把握していますか」

「断ったのよ」


 小さく、しかし凛とした声が響く。幼いながら、神としての威厳を感じられるものだが、あの大人達は捨て駒ぐらいにしか思っていなかったと考えられる。


「大体予想してはいました。大人達に強要されたのですね。お可哀想に」


「何かを呪う訓練を、させられたわ。川の水は膨大すぎて、ワタシには無理だった。雨の量の調整も、悪用するには力が無さ過ぎた。じゃあ、ヒトの飲む程度の物ならって。水分なら、呪えるみたい。他は無理」


「手始めにエール樽を。そして井戸を」


「試験だって。もっと大きい事をさせるつもりでいたみたいだけど……笑ってしまうわ。お兄さんは飲んだのに、無事なのね? 最初に飲んだ商人は、あの後道端で転がって悶えていたのに」


「我が神凄いですからねえ。我が神本当に神です」

「……羨ましい……羨ましい……」


 絞り出すような声だ。胸の奥が締め付けられる。どうしようもない事態に、どうする事も出来ない自分に、その無力さに、感情入り交じり漏れる嗚咽。


『兄様。兄様。マユリは、悲しくてなりません。どうしてこんな事に……兄様――』


「――……」


 その様子が、西真夜に置いて来た妹に似ている。


「ミュアニス神は、村の人々を、どう思っているのでしょう」


「信心の無い、可哀想な人達。でも、仕方がない事だわ。この村を守る筈の神はもう居ない。ワタシには、継ぐだけの力がない……利益は相互にあるもの。力が無いなら、去るだけだもの」


 大人びている。神は成長の度合いがニンゲンと異なる為、見た目以上に知識を有している場合が多い。ミュアニスの場合は、あのような大人達が居る環境で、理性を保っていたのだ。その胆力とも言うべき力はシュプリーア以上のものであろう。


「それが摂理。それがヒトと神の契約ですからね。さて――このままですと、貴女は駐屯兵に突き出されて逮捕、法の下然るべき裁きを受ける事になります。そして当然、貴女を焚きつけた雨秤教団は狩り出されて、一族全滅でしょう。死罪以外、恐らくありません」


「……――何の為に、ワタシは、生まれて来たのかしら……」


 死。


 神という種族は、そう簡単に死ぬものではない。

 食べずとも死なないし、ニンゲンから害されて死ぬ事もまず無い。


 病気には掛からないし、老衰はするというが、見たモノは誰一人いない。

 神が死ぬのは、その殆どが神に殺された時のみなのだ。


 ニンゲンの作り上げた統治機構内で神が常軌を逸した行いをした場合、裁くものが居る。国にもよるが、ノードワルト大帝国内での神の犯罪行為は大樹教統括局の『竜精』管轄となる。


 竜と原初自然神の子供であり、各国大樹教支部の統括者だ。


 竜精は各国大樹教布教、組織管理と、神の犯罪行為を取り締まる役割を負っている。竜精自ら見繕った神を従え『咎神』を確保、勾留の後に裁判にかける。


 対象が凶悪であり、即座に対処が必要となれば、武闘派の神々がこぞってやって来て、実力行使で咎神を処断する。


 ニンゲンでは絶対に敵わない神が、何故暴虐を振るわないのか。

 それはニンゲンとの対話を好む事も理由に上げられるが、一番の抑止力がその竜精の存在であった。


 確かに、一時暴れて何もかもを無茶苦茶にする事は出来るだろう。力の強い神が暴れ、裁く側の神とて敵わない場合もあるだろう。だが、竜精からすれば、そんなものは、子供の駄々に等しい。存在としての次元が違うのだ。


「死にたく、ありませんよね」


「……――死にたくない。ワタシ、ワタシはまだ、何もしていないわ。神様らしい事なんて、一つも――こんな事を、する為に生まれて来たんじゃない……ッ」


 ボロボロと零れる涙は、拭った先から溢れて漏れる。自分の存在意義が、自分の神生が、今まさに全て否定されようとしているのだ。


 こんなに幼い子が泣かなければいけない理由など、あってはならない。


「幾つか疑問点があります。私の話を聞いてくれますか?」

「……」


「まず、雨秤教団は、今まで何をしていたのか。雨秤神が去った後二年半程の間、何もせず手を拱いていたのですか?」


「村を去った後は、山奥の水源近くで、細々と暮らしていたの。でも、文明なんて一つもない所だから、一人、また一人と去って行って……今は、一二人。その内、このままではいけないと、父が言い出して……」


「父君はご存命なのですね。この計画を立てたのも、父君ですか」

「……解らないの」


「解らない、とは。貴女を外したまま、大人達が計画したのですか」


「急に、大人達だけで集まる事が多くなって。だから、ワタシは言われて動いただけなのよ……罪は、消えないけれど」


「いえいえ。貴女を責めている訳ではありません」


 違和感、とでもいうだろうか。何か一枚、膜がかかったような、おぼろげな感触を覚える。

 計画の杜撰さもそうであるし、何より自分達が拝むべき神の子を、蹴飛ばして捨てて逃げるなど、どう考えても可笑しい。


 幾ら信心が無くなったとて、ミュアニスこそが最後の拠り所であろうに。

 不合理だ。不条理だ。


「この問題は、解決せねばなりません。絶対にです。今更正義など語る口はありませんが、幼子を足蹴にするような輩を放置する訳にはいかない。けれども疑問があり、また違和感があり、全体的に不透明でありますから、調査の後に手を加えねば、なりません。解りますか?」


「えっと……?」


「貴女には少し悲しい目にあって貰う事になります。が、貴女を駐屯兵に引き渡すつもりなど毛頭も一毫もありません」


「ワタシは……捕まらないの? でも、それじゃあ……」


「子供が大人に犯罪を強要された上に殺されるなど、そのような不条理、我が神が許す筈もない。なのでこの度の一件『雨秤神の祟り』として、一端沈静化を図ります」


「そ、そんな――お、お母様は! お母様は……ヒトの不幸なんて絶対に願わない……!」


「しかしこのままでは貴女は捕まりますし、絶対に死刑です」

「それは……そうでしょうけど……」


 納得して貰わねばならない。グリジアヌは兎も角、豊御霊が民衆に乞われて犯人捜しを始めたらお終いだ。そうなる前に対処せねば。


 また、雨秤教団の内情も調べねばなるまい。彼等はどうも臭すぎる。


「ミュアニス神。貴女の顔を村で知る人は?」

「殆ど、いないと思うわ。村に居た頃も、あまり表には出なかったし……」


「そうですか。では、村の西側に納屋があります。そこが私達治癒神友の会の拠点ですから、そちらへ行っていてください。ココは私がなんとかします」


「……解ったわ」

「では後程」


 再び外套を羽負い、雨の村を駆け出す。

 薄暗い何かが、村を覆い始めている。ヨージにはそのような予感があった。


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