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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
九頭樹胎動編
213/329

兆し4



 遠征する場合、ヨージの持ち物は大変少なくなる。十全皇の使いをやっていた頃からのもので、いつ何時でも、何が起ころうと、身を重くしない事に重点を置いていた。


 身分証、携帯食料などは腰の小さいバッグ一つ。地図などの嵩張るものは折りたたんで手帳に挟み、ポケットに。金貨数枚を服の各所に忍ばせ、小銭は最低限。


 緊急用として、リーアのお水――『護神水』を割れにくい容器に入れて数本、ベルトにさしてある。この為に錬金術師アルケミスト用の装備を幾つか揃えた。


 あとは、刀。本差しであるグラムは携帯サイズに縮小可能なので、脇差として無銘を持つこととした。


 鞄一つない出で立ちだ。顔は鼻まで隠れるフードで隠している。

 暗殺に向かう訳ではないが、あまり顔を晒したい土地でもない。


 見送りに我が神の姿はない。


「我が神の巡幸は、必ず完遂してみせます。ヨージ神官長は、どうぞご自分のなす事をなしてください。我々神官一同、神グリジアヌと共に戻られる事を、お待ちしております」


 二等神官のドットが言う。エルフの少年だ。心臓に重い病を抱えており、藁にも縋る想いで我が神を訪ねて来た。実家は大樹教の大神官家だというのに、彼は治癒後に改宗、友の会の中核として期待されている。


「旅行じゃないんですよねえ? ヨージ神官長どちらへ? もしかして結構深刻だったりします? え、それ大変じゃないですかぁ! ヨージ神官長大丈夫です?」


 マリエルが抜けた声で言う。周囲も『話聞いてなかったのか……』という顔だ。


 彼女はかのリズマン伯爵の娘だ。天然痘に冒され全身に疱瘡が出た。命にはかかわらなかったのだが、自身の美に自信を持っていた彼女からすれば、すぐにでも自殺したい日々であっただろう。治癒は叶い、リズマンともども抱き合って泣きながら喜んでいたのを、よく覚えている。以降、彼女は改宗し、友の会の輩となった。リズマンから『アレは君に任せる』と言われている。それはそれで困る。


「……どうかご無事で、ご主人様」


 小さく祈りを捧げているのは、身体も小さい小人族ノックスの少女、ヴィレだ。既に大帝国から撤退した筈のノックスである。人買いに買われ、行政区街で売りに出されていたところを脱走、一縷の望みにかけてフォラズまで逃げて来たが、息も絶え絶えであった。質の悪い奴隷商に掴まったのだろう、全身に虐待の痕があった。


 奴隷商とひと悶着あり……友の会へと入会した。

 なお、アルヴ盟主国と呼ばれた小人国家の王女だった。現在国家は解体、一族は全員死亡。

 辛すぎる運命を背負いながら、新しい人生の為に、邁進している。


 見渡す。

 友の会も大きくなったものだ。


 逃亡者と、身元不明の少女と、生まれたての神。

 この二人と一柱から始まった宗教は、既に正式な信徒が数万を超える。ビグ村で、日々躍起になっていた頃とは、比べ物にならない。


 だが、大きくなるにつれて、そして真実が明るみになるにつれて、自分が大きな流れに巻き込まれているのだという感覚は強くなる。今もまた、その大きな流れの一端に、自分は手をかけているのだろう。


「ナナリ。年長者として、頼みますよ」

「言われるまでもない。しかし早々に戻れよ。まして貴殿の死体など見たくはないからな」


「ええ」


「ヨージさん」

「エオ。済みません。少し空けます。直ぐ戻りますから」


「本当は行って欲しくないです」

「……はい」


「でも、ここでエオが止めるのも、違うって知っています。貴方は優しいヒトだから」

「……」


「貴方の優しさを、エオが止める権利はありません。それが、貴方のカタチだというのなら、それが貴方です……どうかご無事で。エオは、エオのやるべきことを、していますから」


 エオのうるんだ瞳が向けられる。手放したくない、離れていたくなどないが、彼女を南方という、今から何が起こるか、分かったものではないような場所に、連れては行けない。それに、彼女には彼女の使命がある。


「美月。神官達に、あまり迷惑を掛けないように」


「ふふん。任せなさい。正直巡幸とかついて行っても『え、誰?』ってなるだけなんだから、大人しく留守番しているわ! あ、お菓子は買ってもいい?」


「常識的な範囲なら大丈夫です」

「有難いわ! さ、イメージして。貴方の行先を」


 南方へは、この『星の洞』を用いる事とした。キシミアで、神エーヴから貰い受けたものだ。本来ならば神の魔力を用い、神の依代や、それに準ずるものを基準とした場所へ転送されるものだが、そこは流石、古代の魔法を操る女、平然と応用的な使い方を提示し、実践してみせた。


 美月の魔力を用いて、星の洞を抱えたヨージを、イメージした場所へと転送するのである。


「当時、星の洞なんて商店で買えたわよ」

「えげつない世界ですね、過去」


「便利すぎたから竜が規制したわ。というかコレの軍事兵器版を用いて、私様は竜にアンブッシュを仕掛けていたのよね。ヴァーベルが『うお、マジかよ!』って言ったの今でも覚えてる!」


「怖い怖い怖い怖い。何ですその怪談……」


 竜に戦闘を仕掛けるコイツもそうだが、魔法というものが本当に『魔法』であった時代は、今の世界とは比べ物にならない程無秩序であったのだろう。魔力さえあればどこにでも、誰でも移動出来るなんて世の中では、重要人物の保護や都市の防衛を立案する者達の頭が痛い事この上ないに違いない。


「ふむ……コレは何かしら?」

「僕のイメージが見えるのですか」


 杖を前にし手を突き出し、美月がこちらのイメージを透視している。


「遺跡?」

「いえ、これは、戦死者慰霊塔です」


「なるほど、貴方にとって南方でなじみ深いのが、ソレなのね」

「馴染みたくはないのですが、僕の部下だった二百名がココに弔われています」


「そういう事なのねえ。指揮官というのは大変だわ。私様は大体一人で戦っていたから、気兼ねが無くて楽だったけど!」


「僕に貴女程の力があったのならと、思わずにはいられません」

「それは傲慢ね! 私様はエリートだもの!」


 ヨージの周囲を形式不明の魔法陣が覆う。ヨージの腰に下げられた『星の洞』が明滅し始めた。銅製の枠の中に聳える小さな樹木は光を放ち、紫の魔力色を漏らす。


「よーちゃん!」

「我が神……」


 お見送りに、今までいなかったリーアが顔を出す。


 彼女の悲痛な面持ちは――これから待ち受けるであろう、ヨージの運命を暗示しているようであった。いや、恐らくは、確実にそうなるのだろう。それがどういったカタチをしているかはわからない。ただこのままではいけないという事も、確かなのだ。


 グリジアヌを放ってはおけない。


「ヨージは無事に、グリジアヌを連れて帰ります。どうか、我が神――主神としての使命を」

「……うん……ッ!」


 リーアに拵えて貰った、新しいシンボルの首飾りを握りしめる。

 光は大きくなり、やがてヨージの全てを包み込み、その場から立ち消えた。


 ……。


 同時に、ヨージの視界には、いつか見た……フィアレスやユーヴィルの用いたポータルの中と同じような光景が広がる。真っ暗で、何も見当たらない。


 やがて、今までのポータルでは見覚えのない光景が広がる。虹色の光彩。それがなんであるか、ヨージには分からないが、碌なものでない事は確かだ。虹色の空間に突入し、しかし何事もなく通り抜ける。


 次に目を開けた時、その眩しさに目を瞬かせた。


(ああ、この日差しは覚えている)


 目が次第に慣れて行く。潮の香りと照り付ける太陽。扶桑や大帝国とは質の違う晴天。

 青い海と砂浜。大陸では見慣れない木々に花々。


 アオバコレタカの運命を決した場所。『フェニクス島』である。大きな衝突は幾つもあったが、フェニクス島奪還作戦は割合抜きの『全滅』という扱いだ。決して上官が無能だった訳でも、補給線が切れていた訳でも、作戦が甘かった訳でもない。


 火竜党の殆どが押しかけて来た、という想定外の地獄によって齎された惨劇だ。


 あの頃の記憶が、ふつふつと蘇る。

 見上げた先にあるものは、大きな石碑だ。


「土産も持たずに、申し訳ない」


 ……慰霊塔。バルバロスとの戦で犠牲になった軍人の御霊を祀るものだ。ここに祀られているのは七〇二名。うち二〇〇名は惟鷹率いた『山鷹さんよう重撃中隊』である。


 あたりを見回す。浜辺の先に集落が一つ見えた。どうやらヒトも戻ってきているようだ。商魂たくましい事に、慰霊塔に至る道すがらに、花屋がある。


「失礼。一束いただけますか」

「はーい! あ、扶桑人?」


 褐色肌の元気な少女が店番をしている。別途用意していた小銭を取り出して支払おうとしたが――そうだ、金貨でもない限り通らない。金貨はあるが、この店で崩せるような額ではない。


「しまった。大帝国のお金しかないな」

「あ、だいじょーぶ!」

「対応しているのですね」

「お金を! いただける機会を! 失わない為に! 四か国通貨対応!」

「すごい。ではこれで」

「毎度! お兄さんは軍人?」

「元軍人です」

「そうなんだ! 南方で戦ったの?」

「……――ええ」

「すごーい! じゃあ、お友達の御参り?」

「そうです。ここでずっと仕事を?」

「二年前から! ここの石碑は、この島を護ろうとした人達の石碑なんだよね?」

「……」


 言葉に詰まる。確かに、そうだ。この島は扶桑領であったからこそ、奪還作戦が行われた。しかし元は当然、彼女達の島だ。誰も殺してこそいないが、政治と金で占拠した島とも言える。故に、護ろうとした、という言葉に対して『ええ』とは言い難い。


「お父さんも戦火に巻き込まれたの。へっぐすーとかいうのが襲って来て」

「そうでしたか」

「もうだめだーってなったところで、扶桑軍の救助部隊が来て! 助けられたって!」


 ……それは。


 自分の率いた、救助部隊だ。山鷹中隊が壊滅。時鷹が時間を稼いでいる間、惟鷹は引き、集められるニンゲンを集めて、救助に乗り出した。


「……お兄さん?」

「一人でも、救われたヒトがいたのならば、幸いです。では」

「はーい!」


 踵を返して慰霊塔に戻り、花束を捧げ、敬礼する。


 知っている。

 彼等は誇り高い軍人であった。理不尽を憎み、悪を許さず、理想を持った最高の部下達であった。


「――すまない……すまない……」


 こんな言葉は、きっと聞きたくないだろう。

 彼等は女皇陛下に殉じたのだ。軍人として最高の死に方をしたのだ。


 ……ただ一人、生き残ってしまった自分を、きっと責めたりはしない。

 だが、謝らずにはいられなかった。


「――邪魔をした。僕は行く。死出の先にも、貴官等の栄光があることを祈る」


 そうして、今。

 青葉惟鷹は、ヨージ・衣笠という宗教家となり、運命の地に舞い降りた。


 今度こそ……『仲間』を救う為に。



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