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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
九頭樹胎動編
212/329

兆し3




 さて、どうしたものか。


 ヨージは執務室で地図を広げていた。まだまだ『機密情報』である自国の地図をおおやけにしている国は多くないが、大国の管轄にある地域に関してはだいぶ明細な地図が手に入る。


 今広げているものは、自分が逃亡時に持ち出した扶桑軍保有のものだ。自国の地形など知られたところで何ともない大帝国やイナンナー、扶桑は特に細かい――のだが、そんな中で南方大陸という場所は、扶桑とイナンナー、そしてバルバロスが競り合っているような地域である為、一般的な地図では欺瞞情報が多いのだ。


 わざわざ軍の地図を持ち出した理由もコレだ。自分達の足で調べたものであるから、他国からの偽装がない。少し古いが、他国の陣地や砦の情報も載っている。


 南方大陸北東部『宣ルーイエ』一応独立国だが、事実上扶桑の傀儡国家である。グリジアヌの故郷であり、彼女達姉妹が『任命国王』を務める場所だ。幸いバルバロスの侵攻を受けなかった為、戦火を免れた地域であり、南方最大級の港がある。


 彼女が南方に帰ったというのならば、まずここへ寄るだろう。九頭樹グルジュの司祭『魚頭のカメン』なるものの使者として現れたというからには、そこから直ぐに九頭樹グルジュへと向かうか。


 とにかく人の住んでいない地域が多い場所であるが、逆に言えば彼女の所在は特定が簡単ともいえる。


 足並みは揃えたかったのだが、逸ったか。それとも、迷惑を掛けまいとしたのか。

 神様達の話では、グリジアヌが去った後、強烈な魔力の乱れがあったという事なので、ポータルで南方に向かった可能性が高い。しかしポータルなんてものは、そう簡単に開けるものではない事は、誰でも知っている話だ。


 ましてここは竜精の管轄にある。


「ヨージさん、失礼しますわ」

「フィア。どうしましたか」


 街娘の格好をしたフィアレスが訪ねて来る。アレからずっとこの村に居ついているので、なんだかいるのが当たり前になってしまっていた。


「件の魔力の乱れ。覚えがあります」

「何者かがポータルを行使し、しかもそれはフィアレス竜精公として、ご存じと」


「ええ。けれども」

「はい?」


「『そんな痕跡を残すような奴ではない』という事だけ」

「――わざとでしょうね」


『考えが足りていない』

『そもそも気にする必要がない』

『マジで忘れていた』

『相手に悟らせるつもりでいる』


 魔法を行使し、その痕跡を一切消さず残した場合に考えられる、その理由だ。


 高等な魔法であればある程、行使者は当然賢い。であれば『そもそも気にする必要がない』か『相手に悟らせるつもりでいる』かのどちらかとなる。


「うさん臭さの権化のような女ですの。名は無貌フェイスレス。神オーモートの土地を乗っ取った女。殺さねばなりませんわ」


「お仕事ですか」


「何せ粛正魔法ドラゴマギクスを弾き飛ばしたのですわよ、アレは」

「――……」


 頭が痛い。なんだその化物は。一撃で土地を消し飛ばす魔法を弾き飛ばした。現実とは思えない。では当然相手は非現実的な強さを持つ、竜精程度となる。


「わたくしが討ちたいところではあるのですけれど、何せ管轄外なものでして。わたくしが出向くと、ヴァーベリオン姉妹が五月蠅いでしょう」


「くぁぁ……あっちの管轄は……そうだ……アレだ……」


 竜王ヴァーベルの子。無法乱暴狂気狂乱をカタチにしたような竜精等だ。まず対話は望めない。出会ったら死ぬ、災害のようなものだ。


「それと、九頭樹グルジュが目を醒ましましたの。今、ヴァーベリン姉妹はてんやわんやでしょうねえ」


「それ、漏らして良い情報でしたか」


「いち新興宗教団体の幹部に話した程度で問題になるものでもありませんもの。それに、おそらく無貌フェイスレスが現れたのも、それが理由でしょう」


「グリジアヌに……何かしらを加担させるつもりで現れたと?」


「理由は知れませんわ。ただタイミング的に疑いようのないものです。グリジアヌ、南方北東部の雄。知ったのは最近ですけれど。ああ……"閲覧魔法術式システムミリオンワード"」


 なんだかその魔法も懐かしい。ビグ村で『豊御霊』に扮したフィアレスがこちらをけん制する為に、目の前で唱えた魔法だ。


 情報閲覧術式。彼女のものは大樹教と皇龍樹道の宗教協定に基づき、中位程度の権限で扶桑の情報集積魔晶にアクセスしている。


「ふむ。扶桑の一般兵程度には共有されている情報のようですわね。現在目覚めた九頭樹グルジュに対して警戒を敷いている状態のようですわ」


「今まで眠っていたのですか、あの大樹は」


「ええ、ぐっすり。十全も眠っている間は手出しをしなかった様子ですわね。あの女にフェアプレイの精神があるとは思えませんけれど、理由がありますのでしょ」


「大樹が目覚めると、どうなりますか」


「大樹の性質によります。大体は大樹の意志を竜が代行しますの。ユグドラーシルは目覚めてこの方、基本的に世界の安定を指針としてきましたから、大樹教による世界の一統が目的であり、神と人類の安寧を願っております」


「なるほど。つまり――大樹にも目的がある、のですね」


「うふふ。ニンゲン如きが知るべき事ではありませんのよ? とはいえ、貴方をニンゲン如きというには、語弊がありますけれど。九頭樹グルジュが何を目的としているかは、誰も分からない。けれども、『宗教根幹』である『大樹』という生物が動いたら……それなりに大事となりましょう」


「ふむ」

「南方に往かれますの?」


「元から予定していたものではあります」

「控えた方が宜しいかと」


「死にますか」


「死にますわ。イナンナーも軍隊を動かしている様子。バルバロスは元からキナ臭いですけれど、金と自分の命が最優先の連中ですから、嗅ぎ付ければ脱兎のごとくでしょう」


「とはいえ、我等が神をそのままには出来ない。僕だけでも向かいます」

「そうですの。部外者ですから、止めはしませんけれど」


 そういって、フィアレスが執務室を出て行く。入れ替わりで入って来たのは、リーアとエオだ。

 状況が変わった。これには流石に我が神も


「ダメ」

「まあそうおっしゃると思いました」


 話を聞いていたのだろう。もしくは、別に感じるものがあるのかもしれない。

 神シュプリーアは、既にまともな神ではない。その出自が明らかになり、その無制限とも思える奇跡の魔力が――占有根幹魔力帯オールドパルスラインから引き出されていると分かった限りは、つまるところ竜に限りなく近い性質を秘めている事となる。


 この竜脈に直接接続しているリーアならば、九頭樹グルジュの鼓動を感じ取る事も可能であろう。


「絶対にダメ。絶対に死ぬ」


「まだそう決まったワケでは。まさかグリジアヌを一柱にしておく訳にも行きませんでしょう。彼女に話をつけて、連れて帰る、それだけの話です」


「事件が起こって、それだけ、で終わった事は一度もない」

「どうにもならないぐらい反論出来ませんね」


 リーアの危機感というのは、未来予知にも近い。彼女が死ぬというのだから、本当に死ぬかもしれない。だが『その程度』で見捨てる程、グリジアヌと浅い仲ではないのだ。


「エオは」


「そりゃ行って欲しくはないですけど、ヨージさんが行くっていうもの止められる立場にはないですね。我が神の巡幸については、もう全て予定立てて準備も済ませていますし、その間にチャチャっと行ってチャチャっと連れ戻してくれば良いのでは?」


「エオちゃん楽観的」

「えー。でも旦那様がそうおっしゃるんですから、妾としては何も言う事ないですねえ」


「よーちゃん死ぬかもしれない」

「ヨージさん死にますか?」

「死なないとは思います」

「じゃあ大丈夫でしょう!」

「エオちゃんが妄信的で最近ちょっと怖い」


 それはちょっと思う。が、あまり目の前で言ってあげないで欲しい。彼女は今が一番幸せなのだ、幸せを幸せのままに保つ為にも、あらゆる物事を恙なく、サッパリと片付ける必要がある。


「ミュアちゃん達が待ってる」

「そうかもしれませんが」


「エーヴちゃん、よーちゃん居なかったら機嫌悪くする」

「それもあるかもしれませんけど……」


「ダメ」


 過去、最大級に『ダメ』だ。トツトツと歩いて来て、ヨージの腕を手繰り寄せると、そのまま掴まえて離さない。確実に、本当に死ぬレベルの危機が待ち受けているのだろう。


「じゃあなきゃ、私が付いていく」

「それこそ駄目ですよ。行程通りに物事を進めませんと」


「よーちゃんの命より大事なものなんて他にないでしょう」


 これは参った。絶対に頷いてはくれないだろう。しからば


「勝手に出て行こうって顔」

「参りましたね」


 ……当然お見通しだ。ああでもない、こうでもないという話をしていると……やがて、リーアが何か思いついたようにして、ヨージの手を放して執務室を出て行く。


 五法分後。戻って来たリーアは……リーアを連れていた。


「エオちゃん」

「うわ、我が神増えた!」


「これ、私の代わり。こっちの私と巡幸してきて」

「ええ? ご本人ではなく、こちらの……分霊で、ですか?」


「私は私、ねえ私」「私だよー」


 主依代に接触し、女王ヘルに出会ってからというもの、リーアの力は更に底抜けとなっていた。リーアの分霊なのだろうが……全くご本人と遜色がない。試しに魔力を測定してみると、リーア本体同様、一切測定出来ない。


「主依代と一緒に、私の私を、各支部に置いて来る事を、考えていたの」


「はー、なるほど……とてもまともな神の手法ではありませんが、我が神ならばそんな事も可能……って、我が神、それだと十全皇と大差ないですが」


「――……それはいやー……」


 といって、分霊を小突く。すると分霊はそのまま萎み、魔力がリーアへと還元されていった。

 これほど簡単に、他の神には出来ないような事をしてしまうのだ。


「エオが愚考しますに、他の支部に我が神の意思ある分霊を置きますと、その分霊はヨージさんに出会えないストレスから、何をしでかすか分かったものではないと思います!」


「それは物凄くあると思います、我が神」

「それは凄くあると思うー……」


 とん挫した。能力は凄まじいものの、本能がそれを可能とはしないのである。

 とにかくリーアを連れてはいけない。どうにか説得出来ないものか。


 ヨージはエオに目配せする。


「あー……我が神? 例えば、このまま神グリジアヌを放っておいた場合、どうなるでしょう」

「良い事にはならないと思う」


「そうですよね。最悪――も、有り得ると、そう感じていらっしゃる」

「……うん。でも――」


「我が神の仰りたい事はものすごーく分かります! けれども、ここでヨージさんを引き留めて、結果神グリジアヌにもしもがあった時、ヨージさんはそれ以降、笑顔でいてくれるでしょうか」


「うっ……」


「神官としても、優先される物事だと思いますし、もしもがあった後では、ヨージさんは、それはもう最大限に責任を背負い込んで、ああでもない、こうでもないと罪悪感に苛まれ、自罰的に生きるに決まっています! 我が神もそんなヨージさんは見たくありませんよね?」


「だから、最悪にならないように、私も行く」


「それこそマズイとエオは思います」

「なんで?」


「そりゃ、我が神は物凄いです。凄まじいとも言えます。けれどもその――例えば我が神が危険に晒された時、身を挺するのはやっぱりヨージさんですよね」


「あー……うー……」


「そうです。我が神的には大丈夫でも、ヨージさんは我が神が傷つく事なんて許しません。つまり、我が神が付いて行かれると、ヨージさんは守るものが増えてしまい、身動きがとれなくなってしまいます!」


 この言いくるめ、なんだか自分を見ているようだった。ヨージ本人の言葉ではなく、エオを介している為、客観性が高く、リーアもその言葉に論理的な部分を見出しているだろう。


 しかし本当に申し訳ない。これからの為にも、巡幸は無事終えねばならないし、ヨージの手がなくとも、治癒神友の会は回るのだという証明にもなる。それは一つの団体が、一個人の力によって支えられるものではなくなるという意味であり、組織が大人になった証左だ。


 神官として、友として、グリジアヌは引き戻さねばならない。

 あんなにも優しく、慈悲深く、頼れる神を失う訳にはいかないのだ。もしもがあれば、その損失は、あまりに大きい。


 リーアには、予定通り支部を回って貰わねばならない。


 ――そもそもの話。


 リーアが女王ヘルの薫陶を受けて育ったという事実。

 占有根幹魔力帯オールドパルスライン接続者であるという事。


 そんな神が、活性化した大樹の傍に行ったら、どうなる。

 確実に敵と見なされるだろう。


 それはヨージも同じだが……リーアと違い、常時接続している訳ではない。


 接続しない限りは竜種に悟られはすまい。何せ、扶桑雅悦の龍たる十全皇とて、ヨージが占有根幹魔力帯オールドパルスラインに接続するまで、所在が掴めずにいたのであるから、根拠としてはかなり大きい。


「我が神、どうかヨージのワガママを、聞いてはくれませんか」

「…………――――凄くイヤ」


「ですよね」

「けど、グリちゃんに何かあっても、イヤ」


「はい」

「……一日待って」


「分かりました」


 そういって、リーアはトボトボと、執務室を出て行く。

 我が神を困らせてしまった。早速罪悪感で死にたくなる。


「ううぅぅ……そら僕だって活性化した大樹になんて近づきたくないですよ……絶対碌な事にならない……グリジアヌを速攻で見つけて、速攻で説き伏せて、速攻で連れて帰る……できる? できるか僕?」


「エオを使ってまで説得したんですから、その通りして貰わないとだめですねー」

「まだ許可を貰った訳では」


「たぶん大丈夫だと思いますよ。直ぐ返答したら、ゴネた甲斐がないから一日置くんです」

「そういうものでしょうか」


「そういうものでーす。では、エオは我が神のご機嫌をとってきますから」

「済みません、苦労をかけます」


「エオは、貴方の幸せの為に生きると決めたんです。貴方の幸せに必要なものが揃っていなければ意味がない。貴方が愛しいというものは、エオも愛しいんです」


 瞳に――……僅かな金色が滲む。


「ではおやすみなさい、アナタ!」


 日に日に、エオもまた、ヒトから離れているのかも、しれない。時折、彼女の表情が、この世のものとは思えない程、冷酷で、かつ、美しく見える時がある。やはりかの血は大きかろう。やがて真の意味で、ニンゲンではなくなってしまうのだ。


(大きいなあ)


 何もかも大きい。ヒトも神も竜も、ヨージが関わるには大きすぎる。

 が、そうなってしまったものは仕方がない。


 資料をまとめてから、ヨージは刀の手入れを始める。


(南か。そう昔ではないけど、随分、懐かしい気がするよ)


 自身の運命を決定づけた地へ――新しい自分が往くのだ。




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