這い寄るもの3
誤字脱字誤用報告有難うございます。たいへん助かります。
祭り当日。
この骸体神の新しいお祀りは『谷風送り』という名がつけられた。意味はそのまま、戯れにやってくる骸体神を持て成して帰って頂く、というものだ。
実のところ、世にも珍しい死せる神を祀るものだ。基本的に神様はナマモノであるから、もはや死が決まっている神を直接祀る祭祀が殆ど存在していない。女王ヘルに関する祭祀とて、ごく一部しか存在してない、と言われている中であるから、その特殊性は他に類を見ない。
集まって騒ぐ事が殆どなかったフォラズ村は、祭りが近づくにつれて期待感が高まって行くのが見えた。閉鎖的な老人達はともかく、何かにかこつけて大騒ぎするようなイベントがなかったのであるから、不安もあるだろうが、若者たちは期待が大きいだろう。
どこからともなく、様々な客がやって来る。行政区街からは勿論、どこから聞きつけたのか、周辺地域の町民らしき人達、宗教関係者、そしてお忍びの貴族あたりか。これらはむしろシュプリーア目当てだろう。
商店通りを歩いていると、様々な人物から声を掛けられる。アタシの顔も随分広くなったもので、男性人気も去ることながら、女性人気が結構ある。特に『夜の加護』は人気商品の一つだ。神様からどの加護を得たいのか、という事を分かりやすく明確にする為、信心を表明したものに対して加護を込めたお守りを販売している。
『夜の加護』は名前の通り、そちらの行為を卒なくこなせる事を助けるお守りだ。向上心があるなら技術向上の助けにもなる。またそのお守りをチラつかせることで『今夜は大丈夫』というシグナルにもなるので、面と向かって言い難い女性達に好評だ。遠くなく、村にはベビーラッシュでも来るだろう。流石アタシ様だ。
「おや」
普段より多くの商店が立ち並ぶ中を歩いていると、金髪の房が揺れる後ろ姿を見つける。間違いなくエオだ。買い出しだろうかと声を掛けようと思ったところで、誰かに先を越された。
命知らずだ。これは面白そうなので、陰から見守る事にする。
「おっ。お嬢さん神官なの? へえー、若いのにすげえ立派じゃん」
「うわ、程度の低い声掛けにエオビックリです」
「ぐぬっ……」
笑いを堪える。ヨージ以外の男、特にナンパ男に対して、エオは最高にアタリが強い。アレもアレで高級品しか口にしないような超お姫様であるから、ヨージ以外が塵芥に見えていても不思議ではない。
というか、流石にそろそろ護衛ぐらいつけるべきだろうに。
「随分口がでけえじゃねえの、なに、調子乗ってんの?」
「貴方、何教徒です?」
「大樹教徒だろ。まさかこの村のインチキ宗教の信者だと思ったか?」
「あ、そうですかぁ――伏せ」
「――ぐべッッ!!」
哀れ、男は『伏せ』の一言で地面を頭に擦り付ける事となった。
「うっ、うごかね、な、なに……ッ」
エオの首飾り……アタシも見せて貰ったが、魔法原理が意味不明の代物だ。大樹教徒を有無を言わさずひれ伏せさせる効果がある。冗談ではない呪いに近いもので、ニンゲンではまず対抗手段がないレベルだ。
本人は多用する気など毛頭無いのだろうが……インチキ宗教、というのは頭に来たらしい。
「エオ様! 如何なさいましたか!」
「ウチの宗教がバカにされてとても悲しかったので」
「左様ですか。如何しましょう」
「声をかけて来ただけ、といえばそうなので! テキトーにしてあげてください」
「はい!」
「え、連行? マジ? あ、ちょ、ごめんってば!」
早速やって来た自警団に片付けられる。身の程知らずの外部者だ、こんな事もあるだろう。
ちなみに、村人に関しては、間違ってもエオを口説こうなどとは思わない。
「よう、お姫様」
「あ、我が神ー! どうされましたか?」
「美人は辛いよな」
「もう少しやんわりお誘いして貰えるなら、お茶の一つでもしますよ? でもウチをバカにしたらダメですねー」
「でも使うのは大樹教の首飾りなのな」
「道具は使わないともったないですし! 直接手を出すと、エオは腕とか足とか折っちゃうので、加減としては丁度良いかと!!」
出会った当初といえば、ヨージについて回る揺れる肉というイメージだったが、いやはや立派な女になったものである。使えるものは使おう、というのが大変心強い。コレはイザという時に絶対に躊躇わない女だ。アタシとは違う。
「陽も暮れてきましたね。そろそろ主賓の御来場ですから、我が神も!」
「ああ、そうだな」
沈む夕日が夜の帳を用意し始めるころ、改めて整備された旧フォラズ恩恵教会……現『美月社』へ伸びる道を歩いていた人々が路肩による。皆が手に持っているのはオニグルミだ。女達は更に水の入った小瓶をもっている。
『骸体神様御一行、御成り』
恐らくヨージの声だろう。美月社の方から、黒い外套を羽織った神々がやって来る。女達は道沿いに水を撒き、骸体神の行く先を清める。
「おおなんと……ニンゲンがこれほど……」
「こんなに歓迎されたのは、いったい何百年ぶりだろうか……」
もはや終わりを待つばかりの神々だ、ヒトに迎え入れられるなんていうのは、随分昔の記憶となったいただろう。外套の隙間から覗くその顔が、半分以上崩れてなくなっているのが見える。
アタシも、長く生きればああなるのだろうか。
神の核である『支命柱』の減衰が神の寿命と言われている。どのような物理的な攻撃、魔法だろうと、余程の事がない限り傷つくものではないが、時間には逆らえないようだ。
骸体神達を指定の建物へ迎え入れて、来神の儀は一度終了、村の中央で今度はニンゲン達が騒ぎ始める。お祭りだ、騒いで幾らだ、アタシも混ざりたいが……流石にここは、骸体神の方へ向かうべきだろう。
「どーも、神様達……ってうるせえなぁ……」
建物の中に入ると、神様が十柱、ああでもないこうでもないと騒いでいる。
「いやあ、みたか、あんなにニンゲンがいたぞ!」
「フォラズって寒村じゃなかったっけ?」
「でもほら、ヘル様が仰っていたじゃない。娘がいるからって」
「そうだ、将来の女王陛下!」
……? 何の話をしているのだろうか。ヘルの娘? 冥界竜ヘル? いや、実在したのかあれ。
「ああーっと! 骸体神の皆様、それは、はい! あまり公表する事でもないので……ええ、あ、お菓子食べますか? 沢山ご用意しましたよ」
「あ、お菓子食べます食べます」
「甘い! あ、あ、すっごい久しぶりに甘い!」
「お菓子作りも進んだんだねえ……このケーキみて、こんなに立派」
……ヨージはどうやら、何か隠しているらしい。視線を向けると、気まずそうにした。今更アタシに一体何を隠す意味があるのか。
「ヨージ?」
「聞いちゃいました?」
「聞いたぞ。ヘルだと? 冥界女王、冥界竜王、ヘル」
「ええ、会いました」
「いたのか、地獄に」
「いましたよ」
「娘がなんだって?」
「……ええ、娘がいます。この村に」
顔が引きつる。リーア達が依代を持ち帰って来た前後の話と、話がかみ合う。
やってしまったのか。
――本当に、まさか、どうしようもないほど、手に負えないのか――シュプリーアは。
「実の娘ではありません。主依代の育ての親でした」
「くは……マジか……まさか、竜手ずから育てた神だったとは……」
「状況は……込み入っています。ただ僕は……だからといって、どうしたい、なんて話はない。神シュプリーアもそれは承知だ。そして恐らく、ユーヴィルも」
「だろうよ……わざわざこんな寒村預けたんだ……全部知っていたってこたあないだろうが、あの竜精様なら、ある程度予測はしてたんだろ」
「そうでしょうね。そういう訳で……女王ヘルは、後継に神シュプリーアを指名した。世界名も頂きました」
「エオは"ヨトゥン"だったな。リーアは……じゃあ"ニブルヘル"か」
「はい。『シュプリーア"ニブルヘル"ギンヌンガップ』が正式名となります。タイミングがくれば、お話するつもりだったのですが、済みません」
「忙しかったしな。何も疑っちゃいない。それに、話が、デカイ」
「ええ、デカすぎる」
リーアの能力というのは、ただ事ではない。治癒だって珍しいのに、ニンゲンの蘇生まで果たすのだ。しかも、その力を行使した時、何を消費しているのか、アタシすら分からなかった。
けれどもこれで合点が行く。恐らく、リーアの尋常ならざる奇跡を再現する為に用いられていた魔力の根源は占有根幹魔力帯だ。
「範囲がどこまで及ぶものか知れませんが……『冥界竜脈』というそうです。これが届く範囲ならば――我が神は、その全知全能の全てを、全力でどこでも、振るえる」
占有根幹魔力帯を使用可能な神とニンゲンが、同じ場所に一柱と一人居る状況。ユーヴィルが、十全皇が、どこまで考えているかは知れないが……ほったらかし、はまずないと言って良い。
下手をすれば、ここで大樹教と皇龍樹道の代理戦争が起きかねない。
なるほどデカイ、デカすぎる。アタシが関知すべきではないのは明白だ。
アタシはアタシが出来る事をするべきだろう。
「神様達のお世話、頼む。アタシは外見て来るよ」
「お願いします」
(そうか)
アタシは、自分の知らない事を知る為に、自分の知らないものを見る為に、村を出てきた。神の呪いと祟りに冒され、どうにもならなくなった街。内紛が絶えず、明日の命があるかも分からない国。大飢饉に陥り、ヒトがヒトを食うようになった村。過去の因習に囚われ、生贄を捧げ続ける集落――この世の最悪を煮詰めたような、汚水で汚水を洗う他無い、ニブルヘイムの方がましと思えるような、そんな世界を見て来た。
平穏、秩序、安寧、平和――どれもこれも、願っても届かない場所だ。
知らないものを知り、知らないものを見て、しかしそれでもアタシはニンゲンを愛しく思った。どんなに辛かろうと、明日の為にと踏ん張る人達を知っている。どんなに悲しかろうと、悲しいままにはさせるものかと戦う人達を知っている。
ニンゲンは強い。ニンゲンは愛しい。
どれだけ小さくとも、明日に向かう勇気を、示してくれていた。
だが――どうだ?
今、アタシの周囲にあるものの大きさは。
彼等彼女等が、ほんの少し……ほんの少し選択肢を誤るだけで――その愛しい人々が築き上げた時間が、時代が、歴史が、文明が――灰燼に帰するのだ。
(……アタシは傍観者だ。想像もつかないような、けた違いの奴等と、肩を並べるようなもんじゃない。怖ろしい話だ。けど、やっぱり、酷く興味深い)
この末恐ろしい人々が、この先どうなるのか。個々の運命にどう立ち向かうのか。
なぜか、それを自分こそが見届けてやらねばならないと、思うのだ。
祭りの喧騒に身を投じる。声をかけてくる信徒を適当にあしらいながら、ただ歩く。ヒトの熱量が、神の身を温める。ヒトの色が、世界に色彩を添える。
だというのに――、一か所、酷く冷たい場所があった。温水の中の冷水、火中の氷――喧騒に混じり、ソレは居た。アタシが視線を向けると、それは背を向けて逃げ去って行く。
アタシはそれを無意識に追いかけた。祭りの熱気が朧気になる感覚がある。ヒトの色が薄まって行く。何故か異常に息が切れる。呼吸を整えながら、更に追う。
それに追いついたのは、周囲にヒトも見当たらない、薄暗い路地に入った頃だった。
陰気な空気、民家の影、それを映し出す、冷たい白い月の光。
淡い光を帯びた女が……『顔は分からないが嬉しそうに』こちらを見ていた。
「随分楽しそうじゃないか。こんなところに居たんだね、グリジアヌ女王陛下」
「顔無し。アンタがなんでこんなところにいる」
「僕は存在が不確定なんだ。居るも居ないも同じこと」
「思考実験でもしたいのか」
「真実だからね。まあ真実でないかもしれないけれど」
「何しに来た?」
「主役を揃えに来たのさ。メッセージは受け取ってくれたかい?」
「あの魚臭い奴なら爆発して死んだぞ」
「カメンめ、だからナマモノでゴーレムを組むのはヤメロといったんだ」
「それで、あの生臭いのがなんだ」
「九頭樹が起きた」
それが――何を意味するのか、想像した瞬間、鳥肌がたつ。眠っていた大樹が起きた。今まで、他の大樹達が、他の竜達が放置していた存在が目を醒ました、という事だ。
――再び南方が――今度は宗教戦争という形で、戦場になるかもしれない。
「想像はつくだろう。正直、九頭樹には眠っていて貰いたいんだ」
「都合が悪いのか」
「他の竜種に目を付けられて良い事なんかないからね。再度眠りにつかせる為に手を集めている。魚面共には『九頭樹を更に強める為』なんて嘘を吐いてきたけど」
「なるほどな。陀混の子であるアンタが言うからには、陀混も九裏獲も、そういう意図でいるのか」
「そうだね。なので、魚面は騙しつつ、九頭樹に近い神だけで動く。このまま九頭樹が覚醒すれば……恐らく、一番ヤバい龍が動く」
「十全だな」
「アレはいけない。強すぎる。知っているかい、彼女が生涯、何本の大樹を伐採したか」
「いいや」
「九十九本だ。当時主要とされた大樹の大半を彼女が切り倒している。当然それを守っていた竜達も、皆殺しだ。彼女一人でだよ。怪物も怪物だ、アレに目を付けられたら、どうしようもない」
「……丁度手前の話題が出てたんだ」
「へえ、誰だろ」
「オーモート」
「ああ、彼女、ここにいるのか。そりゃ気まずい」
「……街を汚染するのも、アンタの策なのか?」
構える。こいつの話はまともに聞いて良いことなど無い。どれが真実かなど考えても意味がない。ハッキリ言って邪神だ。今は殆ど存在しないと言われる、邪をカタチにしたような神だ。信じるも信じないもない、最初から全部否定するのが正解だ。
「僕にもやる事は色々あるんだよ。九頭樹の目覚めは偶然だ。降ってわいたような災厄だから、緊急的に対処を必要として、君に会いに来た」
「アタシに何ができるってんだ」
「出来るとも。その枝は伊達ではないんだよ、グリジアヌ女王陛下――では待っているね」
まるで今までもその場に存在していなかったかのようにして、顔無しが立ち消える。
魔力も痕跡も無い。いるのにいない、いないのにいる。
存在そのものがペテン。全くふざけた奴だ。
「――今の何かしら」
「美月か。どうした」
振り向く。そこには大きな杖を、魔法を放つ構えで抱えた美月が居た。流石、一応は土地の神、悪神の接近を感知して現れたのだろう。
「旧友だ。怪物だけどな」
「あれ情報開示権限がありませんじゃないの」
――驚いた。どうやら、美月が口に出来ない何者か、であるようだ。美月の所属していた組織に関連するのか、はたまた別の理由で口に出来ないのか。ただ、顔無しも相当長生きだ、当時の混沌とした世界に関連していても、不思議ではない。
「行動から見るに、きっと敵対関係にあったんだろうな、アンタの組織と」
「あれは碌なもんじゃない。付き合うのは止めた方が良いわ」
「忠告痛み入るぜ。が、そうもいかなくなった。南方がキナくさい」
そういって、アタシは美月に背を向ける。
「どこへ行くの?」
「その内戻る。ヨージには来るなと伝えておいてくれ」
「ちょ、ちょっと、グリジアヌ? 貴女、顔が酷いわ。嫌な事なのでしょう。嫌な事は、しなくて良いって、ヨージ神官も言っていたわ。もう、上位者に強制される世界じゃないんだって。そういう組織は、きっとまだまだあるのでしょうけど……神様の貴女が、そんな顔する必要が無い」
「アンタ、優しいな。そんなに辛い思いしながら、竜と戦ってたのか?」
「自我は後から芽生えたの。それまではなんとも思っていなかったけど――十全がね、色々教えてくれたのよ。別に戦わなくても良いじゃないって。辛いならやめていいじゃないって」
「そうかい。アイツも案外まともな事言うんだな」
「グリジアヌ!」
アタシは美月に答えず、歩みを進める。
実際、これで良かったのだろう。
そうだ。こんな面倒ごとに、元から面倒な治癒神友の会なんて巻き込む必要はない。アタシの世界の話だ。彼女達の世界の話じゃあない。今、少しでも、ヨージが幸せであるなら、その幸せを甘受させてやるべきなのだ。ヒトを不幸にする為に、アタシは神として生まれた訳じゃない。
しかし、この後ろ髪引かれる気持ちのなんと耐えがたい事か。
アタシにとって治癒神友の会が、想像していた以上に大きな存在となっていた事に、今気が付く。辛い事も悲しい事も、理不尽な事だってあるが、それでも、アソコはアタシにとって居心地が良かったんだ。
そして何よりも――ヨージ・衣笠という男に、ほとほと入れ込んでいたのだろう。
アレが、アレの婿でないならば――きっと死んでも手放さなかったろうに。
しかし所詮その程度だ。アレは、大きすぎる。アタシには無理だ。
アタシには、アタシの出来る事をしなきゃならない。
遠くから、祭りの喧騒が聴こえて来る。ヒトの営み。ヒトの命の音。
そして同時に遠くから、波の音が響く。
ある筈もない、潮の香りが漂って来ていた。
ああおかえりなさい。待っていたよ。さあこちらへ。久しぶりだろう。疲れたろう。
母なる地へ行こう。父なる大樹の下へと赴こう。わたしたちは呼ばれている。
深き声に。古き究極の一に。
『大いなる九頭樹』に。
――……潮騒が聴こえる。
消えたグリジアヌ。這い寄る不定形の影。
彼女を連れ戻す為、九頭樹覚醒に呼応するようにしてイナンナーが、カルミエスタ・エベルナインが、竜精が動き出した運命の地、南方大陸へと赴く。
一方扶桑では、古鷹佐京守在綱の呼びかけで加古蒼鷹、そして衣笠真百合が首都実京へと招かれる。
青葉惟鷹の所在を知った蒼鷹は、惟鷹を殺す為に。
そして真百合は、惟鷹を生かす為に。
混沌とする南方へと進路を取るのであった。
次回、新章一話『兆し』
……なのですが、まだ全部書き終えてません。話の大局が決まるような部分なので、少し慎重になっております。投稿までに間が開いてしまう事を、ご理解くださいませ。
いつもありがとうございます。




