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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
フォラズ村編
207/329

這い寄るもの2




 アタシの帰省は『神シュプリーア巡幸』の日程に組み込まれた。ビグ村までは馬車で、ビグ村からキシミアへは星の洞で、そこで数日滞在し、フォラズに戻ってからアタシとヨージが故郷へと戻る。


 リーアは何も言わなかった。嫌な事は嫌と直ぐいうので、肯定だろう。エオは初めから否定するつもりもないらしく『旦那様が決めた事に女が口出ししません』という。アレもアレでかなりデキすぎた女だ。

 

 出発は一週間後。その前に新しい『祭』もあるので、友の会はてんやわんやだ。

 神社シュラインの事務所は酷く出入りが激しい。


 前よりも手は増えたが、それでも足りていない。現在ヨージとエオを含まずに、神社シュラインで働いている信徒は十二名。お手伝いさんに毛が生えた程度ではあるが、個性派ぞろいだ。


「あーん! ヨージ神官長ぉ! 手が切れましたぁ!」

「ええい、だから刃物など使うなと言っているのに」


「傷、舐めて?」

「噛み切りってやりましょうか」

「やぁん!」


 特にマリエルは面倒極まる。なんでこんなのウチに入れてしまったのか。


 ヨージの気を引く事に腐心しており、ちょくちょく仕事の流れを止める。本来ならば蹴り出されるレベルなのだが、どうやら例に漏れず一般人ではなく『家事魔術』の達人だ。


 ふわふわの赤毛におっとりした顔つき。年齢は一八だというが、もっと幼く見える。

 そして当然のように可愛らしい。


 彼女は面倒臭い上に有能という、限りなく面倒な種類の人類だ。


「マリエルぅ。アンタ洗濯どうした」

「あ、終わりましたぁ」


神社シュラインの手入れは?」

「終わってますぅ」


「ドットと薪集めするんじゃなかったのか」

「使い魔がしてますねぇ?」


「ニナと料理の仕込みするんじゃ」

「自分の分は終わらせましたぁ」


 怪物。そう、本物の家事の化物だ。家事魔術、というのは魔術の一体系で、魔法の才能がある昔昔の奥様方が寄り合って開発したのが最初だ。日々の面倒な家事をどれだけ楽に出来るか、という事にひたすら特化したもので、攻撃系の魔法は一切なく、物体の操作や使い魔の使役といった物事を複雑に操る。


 マリエルの使役出来る使い魔は脅威の五〇体。しかもこれは外在魔力マナを使わない。更に変換効率が優れているらしく、五〇体全てを稼働させたとしても『まあ疲れるかな』ぐらいの消耗しかしない。


「あんま酷いとリズマンに突っ返すからな」

「ええ、お父様の名前を出すのはズルいですぅ」


 ……彼女は隣の領地、リズマン伯爵家の御令嬢だ。全くヨージの周りには高級品しかよりつかない。自分がそうだという訳ではないけど。


「ヨージ神官長、祭での催しの申請です。二五件ほどあります」


「思ったより有りますね。ステージは今作っている場所で良いでしょう。どれどれ……この『ドドンゴサンドの早踊り食い大会』とはなんです」


「近くの村の名物料理の早食いです」

「ドドンゴの踊り食いとは?」


「ドドンゴは、この地方で食用ミミズの事です」

「衛生上問題がありそうなのでダメです」


「おいしいですよ、ドドンゴ」

「ダメです」


「ドドンゴ……」

「この『ヒトイッチャカラモンの戯れ』ってなんです」


「この地方での鬼ごっこみたいなものです。ただそれに……」

「それに?」


「カップリング要素があります」

「……男女別の鬼ごっこなのですね」


「はい、盛り上がりますよ」

「ちょっと面倒そうなのでやめましょう」


「楽しいのに、ヒトイッチャカラモン」

「ダメです」


 申請されたイベントを精査しながら、ヨージが眉をひそめている。ドドンゴは知らないが、そのカップリング鬼ごっこは面白そうだ。村人は楽しめるかもしれない。が、この祭りは主賓が主賓であるから、それは少し困るだろう。


 祭、治癒神友の会の村なのであるから、主催が友の会になる……筈なのだが、これは違う。


『骸体神』向けのお祭りだ。


 ヨージ達が大断層ギンヌンガップに下り、シュプリーアの依代を持ち帰って来るのと同時に、フォラズへと上がって来る、この死にかけの神様達と話をつけたという。


 骸体神達は古い古い、それこそ数千年前に交わしたニンゲンとの契約に基づいて、フォラズに対して貢物を要求していた。一度はヨージ達が断りを入れたものだが、改めて話し合った結果、二年に一度骸体神と交流を持ち、許容範囲内の捧げものと催しを施して帰って頂く、という形に落ち着いたという。


 彼等は本当に、あとは死を待つばかりの神であり、『最後の良い思い出』を作る為に、村へとやって来ていたという。ただ形式が古すぎた故に、現代のニンゲンでは対応しきれなかった部分が、大きな齟齬を齎していた。


 魔力の濃かった時代は、骸体神が出す黒い霧如きで、ニンゲンは寿命を縮めなかったそうだ。

 しかもそれは必然的に出てしまう霧ではなく――数千年前に、『死せる神っぽい演出』として考案されたものだという。なので、停止可能だった。


 かくして、友の会は過去の事業を引き継ぎ、手を加えた上で繋げる形をとったのだ。


 なんでも頭ごなしに否定しない。やはり良い男だ。


「神様は奇跡を齎して幾ら、といっても過言では有りません。一発芸大会はアリですね。死せる神にどれほどの奇跡が残っているかは分かりませんが……出来そうなヒトに立候補して貰いましょう。あ、ロンター氏は強制参加させましょう。リンゴ皮むきは天才のソレです」


 ヨージにして天才と言わしめるロンターのリンゴ皮むきは、それはそれで凄い。騎士としてどうか、という問題はあるが。


「ヨージ神官長ぉ! 大断層ギンヌンガップから使者ぁ! がが、骸体神!!」


「打合せに来ましたね。通してください、貴女と貴方は捧げものを幾つか見繕って持ってきてください。希望があればその品を出して構いません」


 他の信徒に呼ばれてヨージも走って行ってしまう。全く忙しない。年明けから少しは休めると思ったのだが、ヨージには関係無いのだろう。彼は忙しく動いている方が幸せそうだ。


「美月」

「あにかしゅら」


「お菓子食べながらしゃべるな」

「なにかしら?」


 事務所の隅っこで一人お菓子を齧っていた変な奴に声をかける。いつの間にか友の会の神として祭り上げられた、自称魔法少女様だ。


 アタシ達とは魔法の形式も概念もまるで異なる時代から現れた存在。しかもヨージの母と同じ名だというから、この因果の深さは疑うべきだろう。友の会をどうこうする為に現れたのではない、という事だけは明確だが、それ以外は全部アヤシイ女だ。


「一万数千年前の世界って、どんなもんだったんだ?」

「あー、興味あるわよね、そういうの! たぶん大樹教あたりが、情報統制してるだろうし」


「大体その通りだ。大樹教は、市民に余計な事を教えない。いや、教えない為に存在しているんじゃないのか、あの宗教」


「昔ほど強権的ではないみたいだけれどね。当時は、今よりも竜が絶対だし、エルフだってもっと高等な扱いを受けていたわ。魔法の度合いは、今はだいぶ後退しているみたいだし、文明度も落ちてる。たぶん竜は、ニンゲンをこれ以上文明的にはしたくないのでしょ」


「それにどんな意味がある」


「そのままよ。ニンゲンが竜を越えないようにしているの」

「どんな力を持ったらニンゲンが竜を越えられるってんだ」


「当時の最先端魔法と最先端科学の融合ね。たぶん可能でしょ。でも、この文明では不可能に近い。ま、昔よりもヒトは平等みたいだし、幸せそうな顔の奴も多いから、いいんじゃない? 正直、こんな話――知らない方が、いいわよ?」


「アンタは竜を殺す為に作られたんだろ」


「そうだけど、もう私様を作った組織が末期の頃の後期型魔法少女だからねえ。色々足りてないのよ。最初期はかなり迫ったらしいけど。あ、私様だって本気出せば竜精ぐらい殴れるわ?」


「とんでもない魔法科学力だな……竜精に迫るもんを、人造出来るとは」


「量産は出来なかったけどね。個体番号数が多いだけで、殆どが失敗作品。私様みたいなエリートは、そうそう生まれないの」


「そうかそうか。で、あんた――どこ出身なんだ」

「それは情報開示権限がありませんよ!」


 美月を作った組織が、その所在や詳細を隠す為に、彼女達には制限が掛かっているようだ。核心的な話を聞こうとすると、確実に遮られる。言葉どころか行動すら制限されるらしく、地図を指さす事すら出来なかった。


 竜と戦っていた者達の組織。今では考えられないが、昔の人々は本気で、竜に支配されない人類の世界を、作る事を夢見ていたのだろう。


「はあ。一万年以上経って何を隠すっていうのかしら。でも発言出来ないんじゃしょうがないわ。ま、それに、貴女達が知ったところで、あまり意味もないし、良いかしら」


「ちなみに、アンタ、ヨージをどう思う」

「まるで肉親のような親近感を覚えるわね。なんでかしら」


 美月の肉体は、扶桑人を基礎として組み立てられているらしい。具体的な製法など、錬金術師でもないアタシには想像もつかないが、工房だけなら見た事がある。ニンゲンの子供を瓶詰にしていたから、母の胎内で育つ訳ではないのだろう。


「失礼、神美月はいらっしゃるかしら」


 そんな話をしていると、問題の竜精様が顔を覗かせる。コイツ、当然のように村に居座り、当然のように友の会と交友を持っているので、なんだか近所のお姉さんであったような錯覚がある。竜精だ、そのように錯覚させている可能性は高い。


「あらフィアレス・ドラグニール・マークファス」

「その名前をこんな場所で口にしないでくださいまし」


「はいはい。何かしら?」

「大帝国の神籍登録が通りましたから、お知らせに上がりましたの。晴れて正式な神様ですわよ」


「あらよかった。しかしよく通ったわね、今の時代、火の神はご法度なのでしょう」


「スルト系ですから。わたくしの口利きもありますし。扱いとしては『外二等特』でかなり特殊ですの。現在大樹教は火の神性規制緩和の動きがあるのはご存じかしら。ヨージさんから説明は?」


「一応受けたわ」


「そう。火の神性規制緩和の広告塔として、取材なども受けていただきますの。よろしくて?」

「はー、取材。そういうのもあるのね。別に良いわ。ヨージ神官長も承知でしょう」


「ええ」

「じゃ、お任せするわ。必要なら呼んで」


 この村に友の会がやって来て、変化は様々とあったが、その渦中にいるのはやはり美月だろう。ビグ村では本当に酷い目にあった火の神性――大樹教は大々的に、この火の神性を一般的なものにするべく動き始めている。


 千年前は皆殺しにしたというのに、都合の良い話ではあるのだが、大本である大樹教が認めねば、火の神は無実の罪で暗い神生の一生を生きねばならない。美月の存在が、火の神性を持つ神達の希望となれば、良いのだが。


「フィアレス。ビグ村はどうなってる」

「ああ、火の神インガ?」


「そう。危うくアタシは殺されかけたからな」


「もう数千年は目を醒まさないでしょう。土地の支配権の殆どが、神ミュアニスに移っていますから、存在を再構築するのに余計時間がかかると予想されます」


「……あれが『ニーズヘグ系』の火の神性かい」

「真名をアグニと言いまして。原始自然神の一柱でしたの」


「――……!!」


「地域性と信仰性と抑圧性……まあ色々ありまして、神性にも変化が起こって、土地に着くだけの神となりましたが、かつては大帝国の五分の一を焼き尽くす程の力を持っておりましたわ。ニーズヘグの、子の一柱」


 アタシは、そんな神の一端を身体に宿してしまったのか。思い出してゾッとする。しかしそれならば確かに、アタシの身体の主導権を持って行ったのも納得だ。


「アレは失敗しましたが、結果としてこのようになった。ヨージさんのお陰ですわね。皆さんもよくよくヨージさんに感謝してくださいまし。ではまた」


 フィアレスが去って行く。恒常的に竜精の訪れる場所なんて、きっと大樹教的には聖地だろう。凄い場所になったものだ。


 それにしても、フィアレスのヨージへの興味と信頼が、天井知らずだ。デートの一件以来もっとすさまじい。アレは遠くなく、十全皇と殴り合いになるのではないだろうか。凄い女だ。アレとやり合う気概を、きっと持っている女だ。


 アタシには無理だ。


「神様おめでと」


「大樹教と殺し殺されの関係であった私様が、大帝国の登録になるとはねえ。長く生きてみるものだわ。って、実質稼働時間は五年程度だけれど」


「何にせよ、ヨージは良い奴だ。悪いようには扱わないさ」

「だいぶ込み入った殿方みたいね。十全の婿だなんて。まあ、運命は――因果は、収束する」


「なんだって?」

「力の強いところには、力の強いものが集まる、当然の道理。私様をそれを散らす為にあったのだもの」


 物憂げに言い、立ち上がる。服についたお菓子の滓を払って、大きく背伸びした。

 好感の持てる胸の無さだ。


「神美月、村民が奇跡を求めております」

「はーい! 何かしら?」


「庭の草が生えすぎてどうにもならないと……」

「私様は草刈り機じゃないんだけど!? でもいいわ、燃やすだけだし!!」


 信徒に呼ばれ、美月が動き出す。扉を出て行くところで、一度こちらを見てから、何故かウィンクを飛ばして去って行った。良く分からない女は沢山いるが、あれもかなりのものだ。


「どれっと」


 事務所から皆がはけていったのを見計らい、アタシは窓から外に出て、屋根まで上る。


 建物の外見は、外が皇龍樹道式、中が大樹教との複合、そこにエオやらヨージやらが考案した施設や、アタシ達が要望を出して設えた部屋がある、まさに新興宗教、といった趣の神社シュラインだ。目立つのは境柱さかえばしらと呼ばれる入口の朱塗りの柱ぐらいで、あとは白と黒の、落ち着いた色合いになっている。


 初めて彼等に出会った時から想像すれば、まさかこんな立派な神の家が出来るとは、思いもよらなかった。顔は良いが後ろ暗そうな男、胸のデカイ変な女、産まれたばかりの神様。こんな一柱と二人が立ち上げた宗教は、今や大樹教が無視出来ない存在だ。


 集まって来る女は普通ではなく、やってくる災厄は尋常とは言い難い。


 非公式の信徒を含めれば、もう数万人近い信徒がいるだろう。治癒という稀な力は、ニンゲンであれば欲する奇跡だ、当然と言えば、当然である。


「今日はそこそこ冷えるな」


 雪は降りそうにないが、空気が冷たい。しかしそんな『寒村』も、屋根から見渡す限り、ヒトが溢れている。フォラズに来た当初は百人程度だった人口が、爆発的に増えた。建築ラッシュはまだまだ止みそうになく、今日もアチコチから金づちをぶっ叩く音が聴こえる。


 ヒトの営みの音は好きだ。


 そこに生命の色を感じる。ほの明るいヒトの色が、アタシ達を生かしてくれている。


 素朴で、原始的な暮らしとは違う、文明の音。


 アタシの産まれた浜辺の近くにあった村は、服飾文化すら怪しい場所だった。通貨なんて存在せず、論理体系に沿わない原始的な魔法と、非効率的な漁業と農業と、狩りが主の場所だ。


 平均寿命は短く、人間族である場合、五〇歳ともなればもう長老様だ。巨人族に目を付けられないよう、ひっそり生きて、ひっそり死ぬ人生。


 それが悪いとは言わない。それこそが、長年続けられた彼等彼女等のニンゲンとしての生活だからだ。けれども、もう少し楽になる筈だ。もっと上手く生きたって良い筈だ。


 アタシと妹は、そうして立ち上がった。近海を荒らす大海魔を討伐し、周囲をナワバリとした巨人族と殴り合って決着をつけた。


 その噂はドンドンと広がり、周囲の村からヒトが集まって来て、いつの間にか、アタシ達姉妹は周辺部族の王として祭り上げられていた。


 文化を、文明を取り入れ、攻撃魔法の開発にも勤しみ、独自の錬金術も生み出した。


 指導者が現れ、ヒトが揃い、武器を手にしたニンゲンのする事は、当然一つ。


 アタシ達を首魁とし、周辺部族は『貴き女王の一族』として結束、南方大陸北東部の統一事業を開始したのだ。


『海の真理』とされたアタシ達は、その数と文明力の差で周囲を圧倒――十万人規模の集団となり、北東部に覇を唱える結果となった。ニンゲンの少ない南方大陸という地域の十万人だ。それはイナンナーの植民地を除けば、ほぼ半数に近い。


 一統を果たしたアタシ達は、イナンナーと取引しながら、またその力を取り入れていった。人々の生活は文明的になって行く。


 大樹教が積極的に金属を採掘しない事を良い事に、鉱山を開いて山を崩し、交易で莫大な利益を上げる一方、環境破壊と貧富の格差が広がっていく。


 いつかは笑顔だった奴等の顔から光が消えて失せるまで、アタシ達は気が付かなかった。


 生活の向上は同時に、あらゆる差を生み出していった事を。

 文明の光は、同時に大きな影を作る事を。


 そして、大きくなるにつれて――更に大きなものが、こちらを睨んでいた事を。


 第一次南方戦争。


 アタシ達が鉱石を安価で取引した為、大幅に値崩れを起こし、扶桑が多大な被害を被った。また南方民による、南方大陸北部の入植者である扶桑人への迫害などが大きく取り上げられ始める。


 邦人保護、自国利益の確保の為――とうとう、扶桑軍が動き始めた。


『貴き女王の一族』は慢心していた。連戦連勝負け知らず、力で統一を果たした自分達が、遠方から送られて来る軍隊なんぞに負けるはずがない、と。アタシは幾度も苦言を呈したが聞き入れられず、旧来の……散発的な、突発的な、思いつきに近いような小競り合いを始めてしまった。


 結果は言うまでもない。死体が山となって積み上げられるだけだ。

 近代国家。東方最大の超国家扶桑に、田舎の軍隊など、何人集まったところで意味がない。


 このままではいけない。十万の兵など、扶桑からしたら街一つ程度だ。強大な兵器と魔法で、あっという間に絶滅させられてしまう。


 アタシ達は補給路の寸断と計画的な会戦、そして精鋭によるゲリラ戦を提案。


 北部巨人族は扶桑と何度も小競り合いを起こしており、扶桑人の強さを十分に理解していた為多くを参謀に取り入れ、更にイナンナーと裏取引をしながら武器や物資を融通して貰い、とにかく致命的な一撃を貰わないようにと根強く戦い続けた。


 二年間。扶桑相手に、アタシ達は二年間耐え抜いた。


『あら……随分と貧相な王様がいらしたのねえ』


 大玻璃鏡に映し出されたのは、御簾の奥に隠れる女の姿。

 大扶桑女皇国女皇陛下、天禊国禊八百柱大御神。


 大樹伐採者。ヒトに交じる生ける伝説。十全皇。


 かなり……かなり、不利な条件での講和であった。現地民は三等臣民と位置付けられ、政治介入権は当然、商売をするにしても、宗教をするにしても、あらゆる制限を設けられた。だが、それでも――アタシ達は戦い抜いたし、負けはしなかったのだ。


『驚くべきはその死者の少なさですわね。余程ヒトがお好きなご様子。お優しい神。それに免じまして、貴女様達に関しましては、北東部の自治権を差し上げます』


「――なんで二年も小競り合いした。潰そうと思ったら、出来たんじゃねえのか」


『貴女様方に対して、大戦力を出せ、と? 御冗談を。二日で皆殺しになってしまいますわ。南方鬼神。戦争にも、種類がありますの。けれども、本当によく耐えられましたわね。さあ、盃を前へ。契りと致しましょう。格差はあれど、これでわたくし達は朋友』


「――ふざけた友達があったもんだ」


 終わりはあっけないものだ。あれだけ息巻いていたアタシの部下達も、龍の前では穴に隠れたネズミ以下だ。バケモノには敵わない。バケモノが作り上げた国になど、勝てる訳もない。分かりやすい現実を、真っ向から突き付けられ、アタシ達の戦争は終わった。


 戦争が終わり、組織の再編も迫られた。多くが扶桑管理となり、利権の多くも失った。また、イナンナーの排除が行われ、文化的にも扶桑の色が濃くなって行く。


 徹底的な管理。与えられた役割。不自由な身分。


 だが――その手腕は、自分には真似出来ないものだった。与えられた役割さえこなしていれば、不当な扱いは決して受けない。人種による差別は許されず、共に働く者は友であると教えられ、学校が多く出来、大学が建ち、研究施設が増え、医学は発達し、皮肉な事に人口も増えた。


 不自由の自由。笑顔は――アタシ達が支配権を握っていた頃よりも、ずっと多く見えた。


 やはり、アタシ達に国の経営なんて出来はしなかった。

 ただ、浜辺に生まれただけの、アタシ達には。


 悔しくはない。ただ、間違いがなんだったか、それが理解出来た。納得が大きい。


「敗戦の王の首を撥ねないのか。こちらは神まで動員して戦争したんだ、アンタ達先進国からすりゃ協定違反甚だしいだろ」


『野蛮な真似で全てを屈服出来るなら、最初から戦争など致しませんもの。咎があるとお思いでしたら、政治で雪いでくださいましな』


 ぶっ潰すだけなら、そもそも戦争すらいらない、と言われてしまった。当然の話だ。


 扶桑は民間人を殺さないよう配慮していたし、こちらの軍事拠点だけを特定して攻撃を繰り返していた。選べば選ぶだけ時間と被害が増えるのに、だ。そういう事なのだ。凶悪な武器を持った子供を、大人が一生懸命、殺さないように抑え込んだ、というだけの、話。


 平和な時代がくる。権利問題はあるが、それでも時間はある程度の事を解決してくれる。

 アタシ達は大人しく、扶桑に従って差配すれば良い……その筈だったのだが。


 第二次南方戦争。


 バルバロス通商国が一方的に扶桑との平和協定を破棄、南方植民地へ侵攻。これを虐殺。

 イナンナーは南方でのイナンナー排除の動きを非難して扶桑に宣戦布告、植民地へ侵攻。


 アタシ達がやった戦争の、何万倍も苛烈な――大きな文明同士の戦争が始まった。


 アタシ達に出来た事は多くない。アタシ達の支配地域に敵対国がやって来ない事を祈るだけだ。扶桑は現地民の徴兵はせず、自国民の戦力のみでコレの対処に当たり始めた。アタシ達は完全な傍観者だ。


 隣の村が燃えたとか、向こうの島がなくなったとか……毎日そのような、不穏な噂が流れ、心を痛めるばかりだっただろう。


 ――そしてこの戦争で、あの男――アオバコレタカの命運は決まってしまった。


「はー、忙し。視界に入れば仕事がやってきて、休まる暇も……あら、グリジアヌ。どうして屋根の上などに」


「屋根の上に一息でジャンプしてくるニンゲンのセリフかそれ」


「サボろうと思いまして。いや、やるべきことはやってますが、他の信徒で出来る事はやらせておかないと、いつまでも成長しませんから」


「アンタにサボるなんて考えがあった事に、アタシは一番の驚きを感じるぞ」


「グリジアヌはお昼寝ですか」

「昔の事思い出してたんだよ。アタシが……大きな流れに巻き込まれ始めた頃の事」


「あー、南方戦争ですかあ………………うぇぇ……――ッ」

「ああ、思い出すな、思い出すな……」


 火竜党ヘッグス……南方の大災禍。扶桑軍と現地民数万を焼き殺した火炎魔術者集団。

 この、神すら焼く怪物どもを、一人で皆殺しにしたのが、この男だ。この男がいなければ、アタシ達の自治区も火の海だったろう。


 アタシ達の繰る兵隊を殺し……アタシ達を殺そうとする兵隊を殺した男だ。

 因果は分からない。運命は流転する。世界は驚くほどに狭い。


 そしてこいつは良い男だった。

 真実はそれで十分。


「実はな、妹のグリジアナなんだが」

「ええ」


「胸がデカいんだ」

「――……へえ」


「顔は、まあそこまで似てないが、当然可愛い」

「……――ほほう」


「たぶん、アンタ見たら、旦那になってくれとか言うと思う。男のシュミが、同じだから」

「あ、またそういう……」


「リーアとエオの間ぐらいの大きさだな、胸」

「どちらにしてもデッカいですね……そうか……間ぐらい……」


「……好きか、胸」

「好きか嫌いかで言われればだいぶ肯定的です」


「……胸じゃシてやれないからな、アタシ……」


「何故そんな話に。ええい、サボりに来たのですよ僕は。胸が何です胸が」

「だよな。アタシ、他は全部巧いもんな」


 からかう。こればっかりはリーアにもエオにも真似出来ないものだ。経験が違う。

 いつ見ても、何年経っても、男が恥ずかしそうにする顔は好きだ。何でもしてあげたくなってしまう。悪い性癖だとは思うが、彼等がそれで満足出来るなら、悪い事もないだろう。


「祭り準備の進捗は?」

「進捗大丈夫です。僕が進捗ダメだった事はないでしょう」


「そうだな。大体どうにもならない横槍の所為で余計な時間を食うんだった」

「しかもデカい横槍ですからねえ……」


 いいのか。

 本当に、コイツを連れて、南方に行っても、いいのか。


 また……コイツが、悲しい思いをしたりは、しないだろうか。

 危険な目にあったり、しないだろうか。


「なあ、南方行きだけどさ、やっぱり……」

「向こうに行ったら、少し移動しても構いませんか」


「なんだ?」


「扶桑の英霊塚と西真夜の墓には行けないのです。なので、南方の墓の方に、お参りをしたいと思いまして」


 弟、時鷹の墓か。流石に扶桑には戻れないだろう。ヨージが西真夜から離れてそう経ってはいないだろうが、変化は大きい。一度、自分の運命の転機となった弟に、挨拶はしたいのだろう。


 ……野暮な話だった。それこそ、エオ曰く『旦那様の決めた事』だ。オトコが行くというのだ、オンナが足を引っ張ってもしょうがない。


「構わないさ。好きなように」

「有難うございます、グリジアヌ」


「礼なんて言われる程、アタシは偉くないさ。可愛い男がしたい事させてやらないじゃあ、女の矜持が傷つくんだよ。なあヨージ」


「はい」


「……――なんでもない」


 ヨージの頬に手をあて、微笑む。なんでもない。なんでもないのだ。

 アタシは、コイツの、なにかであっちゃ、ダメなんだ。



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[気になる点] ついに唯一の良心だったグリちゃんからも地雷臭が。 [一言] いよいよ逃げられなくなるか。がんばれ、ヨージさん。
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