這い寄るもの1
随分と久しぶりの名前を聞いた。
あれはアタシ達姉妹が産まれて、二年経ったか、そのぐらいの頃だったと思う。
アタシ、グリジアヌとグリジアナは双子神だ。同じ浜辺を依代とし、同じタイミングで産まれたから、双子という事になっているが、容姿も性格もあまり似ていない。
同じなのは髪の色と肌の色ぐらいで、あちらは顔も性格もおっとりしている。
何事にも積極的に取り組むアタシと、それを後ろからついて来るアイツ。
顔は違えど、自分達は一心同体である、という共通意識があった。
アタシ達が育まれた浜辺は南方大陸北東部の小さな村にあった。まだ扶桑も侵攻前で、昔ながらの原始的な生活をした奴等が、何も考えずのほほんと暮らしているだけの場所だ。
そんな場所であるから、アタシ達も適当に育った。浜辺にやって来る村人達に加護を授けたり、供物を貰ったり、飛んだり跳ねたり遊んだり、おおよそガキと同じような感覚でいた筈なのだが、いつの間にか村の守り神として祀られていた。
顔見知り達がいつも通りに拝むだけだ。何の抵抗もない。
ただ、村の神になったという事は、村の代表となった事と同義であり――時代は流れ、ヒトは動き、争いは産まれて行く――生物として順当な歴史を歩み始めた故に、自分達姉妹は矢面に立つことになった。
ことの始まり――自分達が、大きなうねりに巻き込まれ始める、その最初に、アタシ達は奴に出会った。
無貌。それが名前であったかどうかは、正直なところ曖昧だ。ただ、奴の顔は見えなかったし、見えたとしても、毎度違う顔になっていた。
アレに形はない。発言が悉く正当であった試しは無い。いや、当たった事もあるし、外れた事もあるし、真実であるように見せかけて、そうではなかったり、真実であったり……とにかく、奴の言動それそのもの、全てが一切信用ならない。
奴は九頭樹の竜、陀混の娘であると名乗っていたが、果たしてどうなのやら。
『君は九頭樹に登るべきだ。九裏獲も陀混も望んでおられる。君は浜辺を依代とした、村宗教のちっぽけな神かもしれない。だが、あの浜辺は――僕達にとって、とても重要なんだ。そこで生まれた神ならば、きっと登頂叶うよ』
奴の話は半分に聴いていた。だが、他にやる事もなかったのだ。怖がる妹は置いて、アタシは一人で九頭樹に登った。
九頭樹。南方、とされる地域でもっとも大きな大陸の、東部地区西端に聳えたつ八大大樹の一。他の大樹と一切の接点が無く、他の大樹等とは系統樹すら別、と言われている怪物樹木だ。九つの枝を頭に準え九頭樹と呼ばれている。
他の大樹と違い、この大樹は『文明』を築かなかった。ユグドラーシルならばユグドラーシル系、ロムロスならロムロス系、扶桑ならば扶桑系文明が存在する中、この木の周囲には文明はおろか、ニンゲンすら住んでいない。
いるのは、ニンゲンのような何か、だ。彼等は九頭樹を拝み、崇拝し、九頭樹の声を聴くために祈りを捧げている。逆に言えば、それしかしていない。おおよそ生活と言えるものを営んでいない。その祈りこそが彼等の生活で文明だというのならばそうだが……アタシはそのようなものを、ニンゲンとは思いたくない。
九頭樹に関して、ユグドラーシルの竜達は静観を決め込んでいる。むしろ積極的なのは扶桑だ。十全皇の当初の思惑は、九頭樹の制圧であったのではないか、と南方戦争終結後に考察されていた。
そんな怪しげな木に登るなんて神はいない。ただ、むしろそれが後押しした、とも言える。
九頭樹を護る奴等――魚面等の警戒網を掻い潜り、アタシは九頭樹に登頂した。
おどろおどろしい見た目だが、質感は他の大樹と大差ないだろう。色が暗く、ところどころ海産物くさい程度だ。『生命の全てを奪うもの』と噂される割には大した事がない。ただ、木登りの途中、何度も不思議な感覚に襲われた。
世界が光彩に満ち、極光が降り注ぐイメージ。自身を取り巻く世界が、ほんの少し指で突いただけで、泡沫の如く弾けて割れるのではないかという、漠然とした恐怖。鳥が泳ぎ魚が啼いて猫が吠える。全身に鱗が生えるような怖気と共に、汗が粘液に変わって行く気がした。
朦朧としながらも、しかしアタシの手足はしっかりと樹木に食い込んでいた。決して落ちる気はしなかった。けれども、登れば登る程に、自身が別種の生物へと変化しているのではないかという不安が襲い、何度も何度も、肌を確認する。
それでもアタシは登り切った。南方大陸の端まで見渡せる程の絶景に目を奪われる。
そしてふと気が付いた。窪んでいるのだ。
自分が歩んできた道、そう、アタシの産まれた浜辺から曲がりくねりながらも、九頭樹までの道のりが続き、そこが窪んでいる。
まるで、何か巨大な生物が、あの浜辺から、この九頭樹にまで這いつくばって、やって来たかのような、窪みだ。
九裏獲か、陀混か。
既にこの竜二柱は、身を隠したと聞く。まだ存在はしているというが、見た者はいない。
『よくぞ。やはり僕達の輩だ。是非、これを』
いつの間にか傍にいた無貌が、木剣を差し出して言う。アタシはそれを素直に受け取った。明らかに、神ですら扱いに困るものだ。捨てるのも……気が引けた。アタシの出来る限りの封印を施して……今に至る。
『僕に続けて、さあ、唱えて――いあ、いあ……』
「……いあ……いあ……」
生命の全てを奪うものの枝。『生肉喰らい(グラトニ)』と名付けた。これは名前の通り、何でも食う。特に生物の肉は良く食う。あと、魂も楽々に食う。それどころか――他の大樹が生み出した物すら、これは食う。
――封印を解けば、きっとアタシすら容易く食らうだろう。
「……過去回想を、果たして夢と、いうのか、否か」
冬だというのに、酷い寝汗だ。横に転がっていた酒瓶をラッパ飲みして、口を拭う。
アタシの部屋。準領主さまの御屋敷だ。落成してまだ一週間で、建物の新しい匂いが部屋に充満している。大して私物もないので、ガランとしたものだ。正直、皆でガヤガヤと大部屋に寝ている方が好きだ。ヒトのぬくもりを感じられるという事実が、アタシには正しく思える。
とはいえ、私室がないとヨージを連れ込む先に悩むので、あるのは有難い。
「無貌か」
随分昔の事を思い出していた。自分達姉妹が王として祭り上げられる前の事だ。奴はまるで今までも当然のように居ましたよ、という顔で現れた。アタシ達は直ぐに気が付いたが、村人達はアタシ達が指摘するまで、アレを昔から居る仲間であると思い込んでいた。
碌でもない事は間違いない。ただ、奴が何かをした、という事はないし、アタシ達に被害を出した訳でもない。奴はただひたすらに胡散臭いのだ。
まさかこんな場所にまで来て、過去の残滓の残り香に出会うとは思わなかった。
――いや、違うか。
ヨージ・衣笠――アオバコレタカであるからこそ、だろう。彼が居るという事は、その近くに何かが起こる、という意味だ。彼とアタシの因果が繋がった結果だろうか。なるほど楽しく出来ている。彼の傍に居れば、良い事も悪い事も事欠かない。
人生とは上り坂と下り坂の連続だ。彼はその周期が果てしなく短いと見える。
「変な時間に目ぇ醒めちまったなあ……」
頭をボリボリとかいて外を見る。窓の向こうに見える村の商店街には、人っ子一人居ない。月も無い夜だ。ヒトの目では一寸先も分からないだろう。
……そんな闇の中に、少し視線をそらしていた間に、何かが現れた。今まで誰も立っていなかった筈の道端に、直立不動の影がある。オバケが怖い、という感覚は理解出来ないが、不気味である事に違いはない。
まばたき。影はほんの少し前に進んでいた。
まばたき。影はまた少し進んでいる。
まばたき。とうとう、影は敷地内に入っていた。
「こりゃいかん。化生の類か? 神様三人もいる土地に現れるたぁ太ぇ野郎だ」
アタシは何の躊躇いもなく窓を開け放つと、そのまま影が居る場所まで飛び降りる。ちょっとしたホラー的存在も、神の感性からすれば壁に穴が開いている程度の違和感しかない。が、この穴、妙ではある。
「おうおう、なんだ手前」
メンチをきる。覗いても顔が見当たらない。気配は……ニンゲンではなさそうだが、幽霊という訳でもなく、物質的には存在している。
『#%&&#==~~』
「ほーん、何言ってるかサッパリわからん」
泥の中に足を突っ込んで引き抜いた時の音、とでもいうか。ぐじょり、べじゃり、ずぼっ、擬音として例えるならば、そうだ。到底ニンゲンの言語ではないが、ある程度の規則性があるように思える。故にこれは言語なのだろう。
『――森の水面』
「何?」
『他の神を滅せよ』
「はあ」
『愚かしき、大樹と竜に、鉄槌を』
「なにいって――」
『我等が神よ。九頭樹の子よ。新たなる門出を』
そう言い放つと、黒い影は『ぷぇあ』と言って口と思しき場所から肉が外側に拡がり、ヒトデの裏側のような形になると、そのまま弾けて散り散りになった。大量の緑色の粘液が周囲にまき散らされる。そんな怪しいものを浴びる訳にもいかず、アタシは即座に退いた。
「うーん、ヨージにご相談だな、こりゃ。使い魔の類……だったが」
ゴーレムだろう。あらゆる生物の肉を組み合わせて作り上げたと思しきものだ。特に海産物寄りだろう、磯臭くてたまらない。しかしその匂いがなんとも、故郷を思わせる。生物が腐敗した臭い。生物が母なる海へと還った匂い。
気持ち悪いものを見はしたが、なんだか少し故郷が懐かしい。
「寝よ」
報告は明日でも良い。今のは恐らく、自分あてのメッセージだ。
意味するところは不明だが、害を齎す為に来た訳ではなかろう。
「正直な話、魔法の詳しい原理については誰も解明していません。出来ないが正しいか。ただ『それはこうするとこうなる』という、実践に基づいた研究によって現代魔法は成り立っています。治癒神式魔法という魔法を創造するのであれば、魔法の根拠は我等が神三柱、シュプリーア、グリジアヌ、美月の名の下に行使される訳ですね。そしてこの三柱が寄る根幹魔力帯を通じて……支配地域が少ないので、恐らく行政区街まで位が、信徒である僕達が魔法を行使出来る範囲となります。また、遠隔地でも我等が神の信仰がある場合行使可能です。キシミアは神社も大きいので、あの土地全域で行使可能でしょう」
「だから、遠隔地の魔法修得可能な信徒向けの、神の奇跡の代理人用、という訳ですね」
「神シュプリーアの常識がぶっ飛んでいますので、治癒魔法に関しては、なんか全然関係ない土地でも使えそうではありますけど、神グリジアヌ、神美月の力を借りるとなれば、そうですね」
「我が神の力がニンゲンも行使可能になれば、世の中のヒトがもっと救えますよ我が神!」
「んー。どういう魔法があると便利?」
「治癒と増強に関しては神シュプリーアの奇跡を。攻撃に関しては神美月の奇跡を。神グリジアヌに関しては……正直加護が多すぎるので、具体的なものというと……グリジアヌ、グリジアヌ?」
「――……あ、お、おうおう。なんだって?」
「ですから、貴女の加護を用いた場合の魔法、です」
「あ、そうか、そうだなあ……」
昼過ぎ。今日は朝から治癒神友の会式の魔法を編もう、という話になっていた。ヨージの言う通り支配地域が少なすぎる為、使える場所も使えるニンゲンも限られた魔法となるが――未来を見据えるならば、今から構築していて問題無いものだろう。
シュプリーアは大きい。とても普通の神ではない。最近主依代として持ち帰って来た種の殻だが……あの大きさから推定される種の全経は、とてもではないが、その辺りの樹木に成るものではないだろう。
「――、明確に、アタシがこの宗教の神ってワケでもないし、駆け足になる必要はないんじゃないかな」
「――……はっ、そうでしたね。当たり前すぎて意識すらしませんでした。しかしどうでしょう『海の真理』と掛け持ちにはなりますが、貴女の支配地域が増えるに越した事もないでしょう」
全くその通りだ。神様は拝まれて幾ら。支配地域と信徒の数で格が決まる。大樹教では一応、神様にも格付けがある。アタシは大樹教の神ではないけど『大樹教に認知されている神』としては『外部一等』となる。
地域の土地を依代にした、数万の信徒を抱える神であるから、評価は妥当だろう。
「グリジアヌ」
「……」
「グリジアヌ? どうしました」
「んー、気分が乗らん。邪魔になるし、外すよ」
なんだかぼうっとするのだ。彼等の議論がツマランとか、友の会に深入りするつもりはないとか、そういうものではない。むしろ家族のように扱って貰えて嬉しいし、何よりも頼って貰えているのは、神として素晴らしく心地良い。
なのだが、今日は駄目だ。昨晩のアレのせいだろうか。
アレは何を伝えに来た。あの言葉の意味はなんだ。何か、不幸の前兆ではないのか。
ヨージに相談を、とも思ったが、神の勘が彼を関わらせてはいけないのではないかと、囁いている気がしてならない。
神の勘というのは、ヒトの経験に基づく未来予測ではない。
明確な吉凶を伴う未来予知に近いものである。神エーヴが持つような、遥か先を見渡すようなものではないが、この星に生まれた超常としてのサガだ。
自室に戻り、扉を閉じようとしたところで手が差し込まれる。
「ヨージ」
「グリジアヌ。どうしましたか」
「あっちは良いのかよ」
「神の気分が優れないとあらば、神官が出張るのも当然でしょう」
「もうちょい本音ちょうだい」
「心配です」
ヨージの真面目腐った顔が妙に面白い。それにしてもいい男だ。これが地元のニンゲンだったのならば、間違いなく毎日隣に侍らせて放さなかっただろう。アタシはヨージを部屋へ招き入れて、酒用のラックから酒瓶を一本ひったくる。
このラックは新しく来た騎士様特製だ。流石騎士、日曜大工も出来る。
「呑んでくれる?」
「構いません」
ヨージの手を引いてベッドに腰掛け、酒を注いで突き出す。昼間っから酒など、と言いそうなものだったが、ヨージは否定せず受け取って飲み干した。
「実はな」
「はい」
「たぶん恋煩いだと思う」
「ほう。この村に来て良いヒトでもいましたか」
「いや、アンタだけど」
「こんな危険物、触っても良い事ありませんよ」
「それは知ってる。この前な、十全が来てな」
「いつの間に」
「『惟鷹様の御相手、ご苦労様です。何分隠しようがない程女好きですから、少し心配しておりましたの。でも貴女様ならば安心――背負っているものが、違いますもの。まかり間違っても、子供が欲しいなどとは……おっしゃいませんものねぇ』だと」
「碌でもないなあ……」
十全の考えは簡単だ。愛しい彼がうっ憤を溜めては可哀想であるから、都合の良い女が晴らしてくれて助かります、という意味である。本当にそれ以上の感情は持ち合わせていないだろう。女は男に奉仕するもの。男は黙って戦うもの。簡単なロジックだ。
とはいえ、こちらもこちらで都合は良い。この顔の良い男に頼られて、優しくされるのであるから、幸せこの上ない。しかも死ぬ程『上手い』
「まあ恋煩いは冗談だが」
「え、ええ」
「……昔話だ。聞いてくれるか?」
「勿論」
オーモートが名前を出した無貌の事、そして自分がその神に関わっていた事について、簡単に話す。自分の事情を話したのは、恐らく初めてだったろう。ヨージの反応といえば『なるほど』『そうだったのですか』と、大した驚きはないようだ。
あれだけのバケモノに関わっているのだから、今更まつろわぬ神の話の一つや二つで何とも思わないだろう。
「ではやはり、貴女も大樹の恩恵を授かる神なのですね」
「あれを九頭樹の加護というかどうかは知らんが、少なくともこの木剣は九頭樹の枝であるし、登頂を許されたのも随分久々の事だったらしい」
この男には、各大樹に関連する女が群がる。十全然り、エオ然り、ナナリ然り、アタシ然り……この流れで言えば、シュプリーアも恐らくそうだろう。彼女が主依代としている種子――あれは、その一欠けらがとてつもない力を秘めているように見える。世界樹の種だ、と言われても驚かない。
つまりは、そういう事だ。
この男は、きっと『大樹もしくは竜種に狙われている』のだろう。
因果な事だ。可哀想でもある。
逆に言えば……自分もまた、大樹の意思によって、動かされているのではないか、という疑問。
アタシの決断は全てアタシのものだ。そこに疑いはない。けれども、超越的な存在の意思というのは、こちらの意図しない部分に介入してくる。
あの日、ヨージに声をかけた時。
あの日、ヨージに興味を持った時。
あの日、友の会について行くと決断した時。
一切なんの影響もなかったかと、アタシは否定出来るかどうか。
『自分の心』というものの、真実の形を、アタシは知らない。大なり小なり、ヒトも神も他人の影響を受けるものだ。まして宗教というのは、そこに所属するものの生き方に介入するのだから、多大に自己形成、自己決定に影響を齎しているだろう。
その中で選りすぐられた、『自分の心』とは、何なのか。
「神が、自身を疑い始めたら、信徒に示しがつかん。それでも、自身が自身の意思によってすべてが作られたとは、とても思えない。アイツラ同様、もしかすればアタシも、アンタに迷惑かけるような、面倒くさいもの、抱えてるかも、分からん」
「今更何を言いますか。僕達は貴女にずっと頼って来た。貴女が困っているというのならば、それこそ僕達がお返しする番でしょう。何か不安があるなら、言ってください、我が神」
手を取られ、甲にキスされる。まったく、人様が喜ぶ事をちゃんと出来る奴だ。関心する。そんなだから、面倒な女が沢山寄って来るのに。
「昨晩、変なのが来た」
「変なの」
「ゴーレムだな。色々な肉を合わせて作ったんだろ。最初は何言ってるかサッパリ分かんなかったが、一応聞き取れる単語もあった。うみのみなも、おろかなるたいじゅとりゅうにてっついを。アタシの事を我が神と呼んでいたから、南方からの使者かもしれん」
「そんなものを作って送るような真似をする奴等に心当たりは」
「あんなことしそうな奴は……九頭樹の眷属。『魚頭のカメン』……だが、アタシを『我が神』というのは、ひっかかるな」
「九頭樹を拝む神官でしょうか」
「あの木には、人類種とは言い難い、ヒトガタで魚面の奴等が群がって、毎日拝み続けてる。その中の司祭がカメンだ。魔法使いというよりは、呪術師だな。奴が、アタシに何かしらを伝えたかったんだろう」
「しかし、あまり穏便な言葉ではありませんね。『森の水面』が何を指しか知りませんが『愚かなる大樹と竜に鉄槌を』とは、他大樹に対する敵対的な言葉でしょう」
「九頭樹に動きはない。竜である九裏獲も陀混も、活動してるなんて話はない。あれば、直ぐ扶桑軍が動くだろう」
「そうですね」
「アンタは十全皇から聞いてないか。何故、十全皇が南方に進出したかを」
「僕は装置に近い。彼女の話を聞いて、動いていただけに過ぎません。故に、彼女の目的が何だったのかは、分かりませんね。ただ、彼女は大樹の伐採に躍起になっていた時期がある。今までは九頭樹に動きもなかったものの……動く気配を感じて、伐採に動いたのかも、しれません」
「アタシもそう思った。だが九頭樹は未だ無事だ。龍はニンゲンや神とは、時間のスパンが違うだろうから、未だ様子見なのかもしれんが……少し、南方が気がかりだ」
この村での暮らしもようやく定まって来た頃だ。一度帰ってみるのも良いかもしれない。
「僕も行きましょうか」
「いいよ。アタシ一人で行く。アンタには仕事があるだろう」
本当は隣にいて欲しい。この先、どのような事があろうとも、彼が隣にいるならば、何も恐れる事がなくなるだろう。頼りたい。が、それは大きすぎる願いだ。彼の身体は既に、自分一人のものではない。ましてリーアが頷かないだろう。
「我が神に奉仕するのが仕事ですよ。何せ僕は神官ですから」
「手前で面倒なんて引き受ける必要、無いんだぞ」
「恩は返さねばならない。神シュプリーア同様、貴女にも沢山助けられた」
真面目な顔を崩さず、ヨージは言う。大樹に関わる事だ、安全とは言い難い。南方の政治に巻き込んでも可哀想だ。けれども、その言葉が嬉しくてたまらない。アタシはこの男の役に立てていたのだと実感出来る。
この胸の疼きは間違いなく『アレ』だが、言葉にはすまい。
リーア達に申し訳が立たないからだ。
アタシは――ただ何となくついて来ただけの神。男としてのヨージに興味があっただけの、チャランポランな神で良い。大きな感情は、抱いてはいけない。彼に迷惑だ。
「そー、だな。まあ、グリジアナと顔合わせるぐらいは、いいか。星の洞で飛んで、直ぐ戻ってくりゃ」
「それが良い。妹君も喜ぶでしょう」
「解った。悪いな、その……不機嫌なツラ晒して」
「貴女には元気な笑顔でいて欲しい。そのためならば、例えどのような事でも、苦痛ではない。是非これからも、僕達が往く道の助けになっていただければ、幸いです」
「ヨージ」
「はい」
申し訳ない。本当に申し訳ない。しかしこればかりはどうしようもない。
ヨージに縋り、唇を押し付ける。彼は否定せずに受け入れてくれた。
気持ちが良いとか、心地が良いとか、そんなものは当然だ。アタシはそれが好きなのだから。
けれども、今しているこのキスは、もっと奥底に疼くものがある。
(……十全皇、怒らないといいけど……でもしょうがない。これはしょうがない。だって良い男だもん。食いたくもなるさ。例えおこぼれだったとしても)
シたい。物凄くシたい。彼の男性を、滅茶苦茶に受け止めたい。カラダが動かなくなるまで激しく交わり、倦怠感の中、手を握って笑い合いたい。
が、それは駄目だ。一巻の終わりだ。アタシに十全皇と喧嘩する気概はないのだから。
(やられてるなあ、アタシ)
度し難い程に『雌』だなと、自覚する。でも仕方がない。これがアタシの神性だ。




