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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
フォラズ村編
205/329

悩みどころ、悩まれどころ4




 あの後、改めて神オーモートを引き連れて歓迎会会場へと戻った。タイミングが悪かっただけで、フィアはオーモートも一緒に紹介するつもりでいたらしい。


 神オーモート。彼女が街神を務めていた街は――竜精によって処理された。大樹教にまつろわぬ神によって汚染されたのだ。街の人々は無事であったが、根幹魔力帯パルスラインがかの邪神に汚された為、街は破棄、土地ごと竜精の魔法で吹き飛ばされたようだ。


 フィアはその事について、苦い顔をしていた。何かしら関わっていたのだろう。


 長い間治めていた街を失った彼女は失意にいる。総合統括庁は彼女の有用な奇跡を用いて、土地の痩せた場所へ派遣し、土地を改良させていたというが、彼女個神に対する感謝というよりも、大樹教そのものに対する感謝ばかりがあり、信仰が大して増えなかったという。


 派遣神……とでもいうか。悲しい話だ。


「フィア二等修道女に伺いましたが、今回は派遣などではなく、この土地に固定となるそうです」


「そうなんですか……でも、根幹魔力帯パルスラインは? 友の会さんで三柱分、共有していると聞きましたけれど」


「ここ、かなり太い根幹魔力帯パルスラインが通っているそうです。ただ、場所が場所なだけに、神々が好んで寄り付かなかったそうで」


「また変な土地なのかな……」


「問題自体は友の会が取り除いたそうですよ。あと、神オーモート」

「はい」


「何故、私と添い寝しているのでしょう」


 目を醒ますと、そこには神オーモートがいた。冷静に語ってはいたが、状況は騎士としてよろしくない。早々に退いて貰いたいのだが、横になるとその、ふくよかな胸が、大変な質量でアーチを描いており、それを目の当たりにしていると、なかなか、自分で退く気にならない。


「……神様は嫌いですか?」

「いや、そういう問題では。鍵締まってませんでしたか」


「宿直の方から借りました」

「あとで罰則を与えねば」


「女の子が部屋に来るくらい良いではありませんか」

「貴女だから良いものの、他のニンゲンが寝所に侵入するのは、恐怖だと思われますが」


「……もしかして、ロンター」

「はい」


「女の子苦手……?」

「そういう訳じゃありません。常識のお話をしています」


「神様に常識?」

「まだ来たばかりなのですから、目立つ行動はせず、神らしく努めているのが最良かと」


 オーモートは、不満げに口を尖らせ、ベッドを抜け出る。助かった。


「街を回ります。お供してください」

「――了解しました。支度をしますので、お待ちを」

「ええ」


 起き上がり、神を退け、定規で測ったようにベッドを整えてから、身支度を開始する。本来ならば騎士達による朝礼などもあるのだが、今日は省略だ。あとはゼェラエスに任せる。


「ゼェラエス」

「お早うございます……む、神オーモートですか」


「これから村を回りたいそうだ、お供する故、他を任せる」

「了解」


 外へと出る。ここは早朝から忙しない。しかしこんな光景も、つい最近からのものだ。

 それ以前は、朝に起きて来る者など畑仕事がある者ばかりで、この商店通りは閑散としていたという。道端のベンチでお早い会合を始めた老人等に挨拶をしてから、オーモートに問う。


「それで、どちらへ」

大断層ギンヌンガップ


「少し歩きますが」

「構いません」


 この村が寂れていた理由の一つ、それがこの村が背にする大断層ギンヌンガップだ。村人達のご先祖は、いったいどのような思惑で、こんな辺境に村を作ってしまったのだろうか。もしかすれば、その昔は対岸と行き来する技術や魔法があったのかもしれない。


 そうでなければ、ここに村があるのは、不合理極まる。


「風、つよ……」

「朝風だそうです。週に二度程、とても強い風が朝に吹くそうで。それが今日ですね」


「土地自体は枯れ気味ですけど、植物の種類自体は多い。恐らく対岸の皇帝直轄森林地帯から、種が運ばれて来るのでしょう」


「なる、ほど。そのような見方があるのですね」

「丁寧語」


「はい?」

「丁寧語いらないです。いつも通り話して」


 つまり、部下達に話すような口調で構わん、という意味だろうか。

 好意的にしてくれるのは嬉しいのだが、身分というものがある。


「いえ」

「お願い」


「……解った。これで構わんか」

「有難う」


 未だ元気はなさそうだが、昨晩よりもマシな顔をしている。突っ込んだ話を、聞きたくはあるのだが、まだそういった信頼も得ていない。長くこの村に居るのであるから、込み入った事を語り合うのは、先で良いだろう。


「この草花は、本来風にあまり強くありません。けれど完全に寝そべるでなく、かろうじて立っている。茎が同種よりも太い。種の綿毛が大きい。長い間風に揉まれて、適応していったのでしょうね。辛い環境に」


「実は、私もつい最近、ここに来たばかりだ。発展途上の村というのは初めてであったし、何よりも、友の会に面食らった。彼等はアインウェイク子爵領から帝国をグルリと回って、ここに辿り着いたらしい。貴女もそう、彼等もそうであり、また治癒を受ける為にやって来た者達も、そう。流浪の果てに辿り着いた人々が、集まり始めている」


「まだ、友の会とは詳しくお話していません」


「一人は扶桑人、一人は恐らく帝国人、一人はイナンナー人、一人は地元の子。神様も、出自不明なれど、みなバラバラのようだ。ちゃんと接していれば、草花が適応するように、私達も、貴女様も、きっと仲良くやれる……ほら着いた」


 少し高くなっている場所から、大断層ギンヌンガップを見下ろす。底の果て無い無間の闇。帝国を分断した傷跡。ニンゲン如きでは探る事も出来ない、未知の領域。


「おや。あれは確か……ニナ神官と、神美月だ」


 廃墟、というよりも遺跡に近いような建物の近くに、一人と一柱を見つける。何やら相談している様子だ。建物は……古びた大樹教会……のようにも見えるが、様式が色々と異なる。


「お早うございます」

「ああ、騎士か。おはよ」

「おはよう! 私様達に何か用事かしら?」

「いえ、たまたま見かけたもので。こちらは、教会ですか?」


「昔のな。村の事情で、復旧する事になったんだよ。この神様の御社だ」

「そうなのよ! でも風は強いし寒いしここ辛いわね!」

「なあ神様さ、いっそ魔法とかでなんとかなんねーの」

「――……そういう事出来るわねえ! 攻撃魔法じゃないし、ヨージ神官の許可も要らないっか!」


 そういって、神美月が身の丈程もある異形の杖を地面に振り下ろす。


「ぬ、おおおッ!?」

「あわわわ、お、おい神様!」


 なんと、地面が盛り上がり、教会の周囲を覆って行く。今まで断崖絶壁の端に建っていた教会だったが、その背には立派な崖が……生えていた。


 魔法の神、という話は聞いていたものの、まさか土地に直接干渉出来るような魔法を使えるとは思わなかった。


「か、神の御業ですな……!」

「これで風よけぐらいになるでしょう! 邪魔なら撤去すればいいし!」

「もういっそ、神様が建物作っちまえばいいんじゃねえの」

「形があるようなものを組み立てるとなると、術式が難しいわね!」


 元はこの土地の神というが……状況から察するに、良い扱いはされていなかっただろう。いや、存在すら村人達に知られていなかったかもしれない。友の会がやって来たからこそ、顔を出して、改めて祀られるようになったのか。


「改めて、オーモートです。よろしくお願いします」


「美月よ! 地質や土壌改良の神なんてすごいわねえ。土は弄れるけど、質を弄るなんて真似、私様には出来ないわ。私様達二人が力を使えば、土地のあらゆるものを弄り回せるわね!」


「友の会として……私の存在は、邪魔にならないのかしら」


「大きな街には色んな宗教の教会があるでしょ?」

「え、ええ」


「これからこの村は大きくなるの。なら当然、大きな村には大樹教会が出来る。イナンナ神殿だって出来るでしょうし、ロムロス十字教会だって生えるでしょ。皇龍樹神社だって出来るかもしれない。貴女はその一番最初の、大樹教の神としてここに君臨する訳だから、むしろデンと構えていれば良いわ?」


「……友の会は大樹教傘下に、加わると聞きましたが」


「先の話だし、そういえばまだリーアと話してないの? あれ大物よ。大樹教に加盟したら、それはもう総合統括庁のオエライ方が拝みに来るレベルの。そうなった時貴女は、そんな神様の一番近い神になる訳だから、待遇は良くなるじゃない? なんか卑屈ね? 長いものには巻かれた方が神生得よ?」


「そういう、ものでしょうか」


「そういうものよ! 私様は今幸せなの! 誰にも彼にも忘れられた私様だけれど、今はこうして新しい仕事がある! 私様専任の神官もいる! お爺ちゃんお婆ちゃん達も優しくしてくれるわ! 見たところニ、三〇〇年程度の神でしょう? まだまだ先は長いのだから、前向きに生きると良いわよ!」


 神オーモートが面食らっている。確かに、見た目は一〇代の少女であるが、この村の歴史を考えれば、数千年の時を過ごした神で間違いないだろう。神生の大先輩である。特殊な事情を抱えているであろう彼女も、治癒神友の会というものに、強い信頼を寄せているようだ。


「有難う、御座います」

「わざわざ遠くから来たって事は、色々あったからなんだろうけど……ま! 生きてればよい事もあるわよ!」


 茶色い髪をなびかせて、美月が笑う。隣の神官ニナは、そんな姿を呆れたように見ていた。


「……他を見て回ろう。田畑が良いか」

「はい。お邪魔しました」

「これからよろしくね!」


「はいはい宜しく。ほら、カミサマ、仕事」

「そう急かさないでよ!」


 踵を返して今度は田畑のある方へと足を向ける。大断層ギンヌンガップ周囲というのは形状様々で、谷に向かって落ち込んでいる部分や、山になって盛り上がっている部分、なだらかに下っている部分など、多様な地形を見せる。田畑は山となっている部分の陰に多く広がっていた。風が避けられる為だろう。


 時期が時期であるから、農作物の類は見えない。ただなんとも、空気が寂しい。命の色がない。収穫後だから、などという言葉では説明できない、虚しさがある。


「……原因は、なんだろうか。里山なども見てみたが、火災があったという割には生命に溢れていた。しかし田畑は、なんとも……」


「純粋に、元から適さない土地だと思います。けれどココは大断層ギンヌンガップのお陰で土地の事情が厳しい。適さない土地だと分かっていても、この場所に拓くしかなかった。川も反対側にしか、ありませんし」


「それでもココしかない、とすれば、神はどうするのか」


「私の力は最終手段。まずは農法を見直さないと……でも、こういうところは、先祖代々の古い農法を、後生大事にしているから……新参の私が言ったところで、聞かないと思います」


「まあ、それこそヨージ氏の出番であろうな」

「彼も新しい領主と聞きましたけど」


「この村を取り込むのに、それはもう様々な手を尽くしたそうだ。村上層部は皆彼に頭が上がらない状態というから、まずは相談してみると良い。他教の神を無下に扱うような男ではないから」


 彼という男の全てを見た訳ではないが、周りの人々が彼の人となりを表現しているのは間違いないだろう。彼が性悪で狡猾な男であったなら、かの神達も、少女達も、ああして笑っている事はあるまい。むしろこれで性悪で狡猾だったとしら、それこそ才能である。あえて他教の神を無下に扱うような真似はすまい。


 どちらにせよ、村の事だ。彼に相談なしでは何も出来ないのが現状だろう。


「折角だ、シュラインに向かおう」

「朝から忙しいのじゃないかしら」


「確か今日は、健康の日だ」

「健康の日……?」


 村に戻ると、その謎の祭日の正体が露わになる。村人達は老いも若きも表に出て、各々準備運動やら体操やら走り込みなどをしているのだ。


「なるほど……健康の日」

「この村に……不健康なニンゲンは、存在していない」


「――……」


「老いも若きも健康そのもの。例えどんな大怪我をしようと、立ちどころに治ってしまう。どんな大病を患おうと、アッという間に消えてなくなる。解るだろうか、その、異常さが」


 オーモートが目を見開き、口を覆う。もっと軽微な『治癒』を想像していた為だろう。

 違う。シュプリーアという神の力は、世界に多大な影響を与えかねない。


「……い、医学が、消滅します。将来的な事を考えれば、むしろ最悪と言って良い、のではないかと、思います。人類は、医学を捨てる。ヒトは、ヒトが思っている程、賢明ではない。頼るものがあれば、頼る。神とて永遠でありません。神シュプリーアの身に何かが有ったら……人類は……また一から、医学を築いて行かなければ、ならなくなる」


「何もかも、承知の上だろう。いったいどんなツテかは知らないが、ヨージ氏とエオ氏は、大帝国に医療の発展を怠らないようにと呼び掛けている。しかも、直ぐにそれは反映されて、関係省庁が動いたようだ」


「そんな、か、彼等はいったい、何者なんでしょう……?」


「分からん。私などでは事情の一つも知れないような、大きな流れの中に居る人々なのだろう。かの神の力は人類の在り方そのものを変えてしまう恐れがある。だからこそ……」


 竜帝陛下が、ユーヴィル竜精公が、直接的に彼等へと支援を行っているのだろう。昨晩、竜精公が突如として……現れたような気がする。あの時は驚いて否定したが、あんな存在がアチコチにいる筈もない。竜精公等は、治癒神友の会という存在を、絶対に無視できないのだ。


 とんでもない場所に来てしまった。


 そして、自分の任務の重要性が、重く圧し掛かる。

 いち市町村の護りなどではない。大帝国という国家の思惑を守る為に、自分は居るのだ。


「よーちゃん、からだ、い、いたた……」

「我が神身体硬いですね……」


「む、胸は柔らかいから良いもん」

「胸つっかえてますよ」


「お早うございます。ヨージ氏、神オーモートをお連れしました」

「お早うございます。神オーモート、昨晩は失礼しました」


 境内に上がると、ヨージとエオ、そしてシュプリーアが動きやすい服を着て運動をしている最中であった。周囲でも信徒や村人が、ちょっとロンターの知らない奇妙な動きで身体を伸ばしている。


「ふ、不思議な動きですね」

「扶桑軍隊式になってしまったのは悪しからずです。きついですが、伸びますよ、身体」


「……ヨージ・衣笠さん」

「はい?」


「貴方は……こ、ことの重要性を……どのくらい、認識していますか」

「はて。僕、何かしましたかね……?」


「神シュプリーアです。治癒の神とは聞いていましたけれど、これは……あまりに、大きすぎます。怪我人も病人も、片っ端から治し尽くして、きっとヒトは医学を止めてしまう。神は永遠ではない。こんな大奇跡を、あ、安価で提供して……――」


「承知していますよ」

「では何故……!」


「我が神に、力を使うな、と」

「そ、それは……」


「ご存じの通り、神の存在意義は、力を使う事だ。そしてその感謝が、信仰が、供物が、神の力となる。自身の存在を認める事になる。それを、貴女はするな、と言いますか」


「け、けれど。こんなに、ばら撒く必要は、な、ないと思います。大きな対価が発生するならばまだしも、貧民どころか、死にかけの老人まで……」


「治す相手を区別しろ、という事ですか」

「そうです」


「薬も買えない貧民を見捨て、肥え太った成金は治せと」

「そういう、意味では……」


「そうなのですよ。貴女の言いたい事は分かります。しかし現実はそうだ。生まれた家が悪かったというだけで、生きる権利を易々と奪われる人々を見捨てる事を正義とは呼ばないでしょう」


「で、でも」

「我が神の力について、貴女は僕よりも長く悩んだのでしょうか」


 周囲の空気が停止したようだった。状況からすれば、他教の神が他教の教会に上がり込んで、神様の奇跡に文句をつけている状態だ。信徒達も良い顔などすまい。助け船を出してやろうかとも考えたが、止める事にした。


 ヨージ・衣笠という男がどんな人物なのか、今良く見えているからだ。

 これは、神オーモートの利益にもなろう。だから、あえて何も言わない。


「部外秘なのですが。こちら、我が教団の奇跡料金表です」

「……え? あ、ええ……」


 そんなもの何故持ち歩いているのか。それはともかく、治癒を受ける為に必要な代価が書かれている。信徒は格安だ。また、改宗するという者については無料とされている。


 問題は、その他の教徒である。


「大樹教徒は……た、高いっ」

「信徒になるなら無料です」


「く、区別しているじゃないですか!」

「しますよ。我が神を信じもしないのにどうして施す必要がありましょう」


「大帝国なんて、殆ど大樹教徒じゃありませんか!」

「そうですよ。だから、丁度良い設定でしょう」


 ……えげつない話だが、確かに。

 自身の命と、宗教を天秤にかける。これほど高価な対価もない。しかし彼等が受けるのは、初めてお目にかかる、拝んでもいない神なのだ。それに拝むというのならば、それ相応の覚悟がいる。


「あ、ああ……そういう……ことですか」


「幾ら我が神が『全人類治すよ』と言っても、そんな遠くまで届きません。そもそもこちらとて慈善事業ではないのですから、信徒でもないヒトを安価で治しませんよ。ああ、村人割引や旅行者割引、商人割引などはありますよ。ただ、何でもかんでも片っ端から治癒する訳ではない。我々の噂を聞いてわざわざこんな場所まで治癒を求めて来た、という人達も沢山いますが、それ相応のモノを支払うか、鞍替えして貰うのが、最適でしょう」


「では……その……貧民の、大樹教徒などは……?」

「門前払いした後、こっそり治します。例外は常にあるものですからね」


 そういう男らしい。利益と信仰、そして情。大きな神を抱えているからには、彼が散々悩み抜いたであろう事は明白である。不要な拡散は控え、取るところからは取り、与えるところには与える。それがこの宗教の方針のようだ。


「貴女の事情については、竜精公から窺っています」

「……」


「長い間勤め抜いた土地から離れ、個神の信者を失い、都合良く使いまわされる日々は、堪えたでしょう。もしかしたら、周りが皆敵に見えているかもしれない。得体のしれない宗教の神など、それこそ、貴女が街を離れる原因となった神のように、思えるかもしれない」


「……――」


「ここは、流れ者である我々の新天地だ。各々の事情を抱えた者達が、寄り集まっています。好む好まざるは別として、貴女も似たような境遇だ。我々の全部を信じろとは言いません。しかし、我々は貴女を迫害する者ではないし、否定する者でもない。どうか共に、この村の発展に尽力しては貰えませんか。貴女が安心して、これからまた数百、数千年の間、暮らせるような村にする為にも」


 緊張していたのだろう。そして、ニンゲンを不信にも思っていたのだろう。ヨージの言葉を受けて、オーモートが膝から崩れて泣き始める。


 自分の身体とも言うべき主依代を砕き、それを持ち運んでは各地を回り、奇跡を齎しては、他へと赴く。感謝こそされても、彼女を慕ってついて来る者は、居なかったのだ。今まで経験した事もない、根無し草のような時間を、彼女は一人で噛みしめて来た。


 ……しかしここは。そういった者にこそ、居る資格がある場所なのだろう。


「よーちゃん女の子泣かせた」

「いや、そういうつもりじゃ」


「女泣かせ」

「その罵倒、超絶心に突き刺さるのでやめて貰えます……?」


「もう嫌なの。あっちに行ってこっちに行って、奇跡だけを欲される日々なんて。何も見返りがない。私という存在が、ただ浪費されるだけ……でも、でも、私、私も馬鹿だったの……知らない神様が、やって来て、私はそれを信じて、土地を、丸ごと乗っ取られて……終いには、竜精に全部吹っ飛ばされて……! 私に力があれば、私が、間抜けじゃなければ、こんな事には……ッ」


「邪悪の神、というお話でしたね。実在の怪しい神ですが、名はなんと」

「……無貌フェイスレス、そう、フィアレス竜精公に語ったって」


「――……なんだと?」


 オーモートに肩を貸して立ち上がらせる。彼女の土地を奪った神の名。

 それを聞いて、反応したのは、今しがたやって来た神、グリジアヌだ。


「オーモート。グリジアヌだ。元は南方の神をやってた」

「は、はい。その、無貌に、心当たりが?」


「……そいつ、顔が分からなかっただろう。いや、厳密には、一つじゃなかった筈だ」


「私には、とても可愛らしい少女に、見えました。けれど、他の人達は、様々な容姿に見えるようで……どうも、あらゆるものを、偽装する奇跡を持っている、とか」


「ふン。そうかい。ああ、後で良く話を聞かせてくれ。邪魔したな。おーいエオ、柔軟手伝ってやるぞ」


「はーい!」

「うわアンタそれどんな方向に曲がってるんだ? 軟体動物か何かか?」

「エオはすっごい柔らかいので!」


 ヨージの顔が、一瞬渋くなった。

 そうだ、彼等は……現代のニンゲンでは出会えないような、超常的存在と対峙し続けて来た人々である。今の話で、また嫌な予感を感じ取ったのかもしれない。


「いや、失礼した、ヨージ氏。神オーモートは、その」


「良いのですよ。こんなアヤシイ団体、何考えているか分からない、というのは、誰からでも聞いた話ですし、神オーモートの経歴を考えれば、訝るのも当然かと」


「御免なさい。でも、まさかそんなに、大きな力だなんて」

「私凄いからなー。よーちゃん、私凄いよね?」


「ええ、凄すぎて手に余ります」

「様々なモノが手に余るぐらい大きいので、仕方がないと思う。オーモート」

「はい」

「仲良くして欲しい。一緒に、私達の村を作って欲しい。友達」

「……友達」


「何せ、ええ、我々友の会ですからね。我が神は皆を信徒とは呼びたくないそうですが、建前上それも厳しいので……しかし神様同士なら、友達でも良いでしょう、ねえ我が神」


「うん」

「――友達、数百年ぶりなの」

「もしかして、あんまり性格良くない?」

「……な、馴れ馴れしいって」

「私は馴れ馴れしくても大丈夫」

「そうなの?」

「そう」

「よかった。じゃあよろしくね、リーア」

「オーちゃん、宜しく」

「……え、えへへ……」


 ……胸を撫で降ろす。どうやら丸く収まったらしい。


「女性同士の仲睦まじい姿を見て居られる平和ほど、尊いものはありません」

「感慨深く言いますな。相当ご苦労された様子で」


 この力にこの顔では、女性関係で死ぬ程苦労したであろう事は明白である。いや、今もまさしく、苦労している最中なのだろうか。ヨージがニッコリとほほ笑んでこちらを向く。


「折角健康の日です。訓練用の模擬剣を新調したので、さあどうぞ」

「……むっ! 唐突ですな! が、構いません! 常在戦場!!」


 神様達が和気藹々と柔軟体操を始めた脇で、ヨージが剣呑な事を言いだす。

 が、こちらもそれは願ったり叶ったりだ。


「千分の一くらいに加減するのでぶっ倒れないでくださいね」

「凄まじい加減のされ具合……! しかしロンター、本気で参ります!!」


 ギャラリーが集まって来た。男の勝負だ、見られてこそやる気が出るというもの。


「お覚悟ぉッ!!」


 与えられた模擬剣を構え、ロンターは真っ直ぐに突撃


「ロンター氏、ロンター氏、ご無事ですか」

「――……ハッ!?」


 したのだが、どうやら気を失ったらしい。

 だが、前よりは少し見えたかもしれない。加減は当然されているが、それでもだ。


「では次はナナリ」

「応ッ! 行くぞッ!」


 寝っ転がった状態でヨージとナナリの打ち合いを見る。何が凄いって、ナナリはちゃんとヨージの動きに対応しているのだ。外側から見て初めて、自分がどのようにやられたのか理解出来る。


「ロンター、無事かしら」

「神オーモート……私は、国家主催の剣技大会では、全国ベストエイトだったのだ」


「え、ええ」


「――私は……白馬の騎士の物語という話が、好きだった。酷い出来の小説なのだが、主人公は常に真っ直ぐを見ている。愛しい姫君を救う為に、あらゆる困難と戦う物語だ」


「うん」


「だから騎士になった。愛と正義を貫く男と、それを信じ続ける女の物語が、美しく思えたから。私もそうなりたかった。既に、剣技においては、随分と高みに昇ったものだと……自惚れていたようだ」


「皆の話では、彼は普通ではないらしいから、比べるのも……あまり……」


「そうではない。ニンゲンはまだ強くなれるという事だ。彼の動きが前よりも見えた気がする。いや、一撃でやられはしたが、それでも、自分は、ほんの少しでも、進めている。それは、首都の騎士団にいた頃では、久しく忘れていた成長の"旨味"だ」


 起き上がる。その目には光がある。まるで楽しいものを見つけた、少年のような目だ。


「ロンター?」


「私は、来るべくしてココに来たのだ。どのくらいの期間、この村で勤められるかは分からないが、それでも、その全てを自分の糧にしたいと思っている。当然その間、奉仕する神は貴女となる。どうか、短い間でも、この愚かな私に、幸多き事を願ってはくれないだろうか」


 それを聞いて……オーモートが、赤面した。何故赤面したのか、ロンターには良く分からなかったが、ご機嫌そうである事には違いない。


「も、勿論。わ、私はこの村の、大樹教の神だもの。大樹教徒に、幸多き事を願うのは、とと、当然なんだから」


「……神オーモート?」


「お互い、その、まだまだ、この村では異物かもしれないけれど……宜しくお願いします」


 手を差し出される。その手を取る。

 その光景はまるで、物語の一説のような情緒があった。


 自分の目指したもの。自分の求めるもの。

 守るべきヒト、守るべきもの、守るべき信仰。


 漠然としていた自身の願いが、今ここに、ほんの少しだけ、見えたような気がする。


「きゃぁぁ……なんですあれぇ……ヨージさん、エオもああいうのがいいです!」

「手ぇ握って見つめ合っているだけですが」


「それが良いんですよ!」

「はあ。では、はい」


「ヨージさんのおててちょっと硬いです!」

「柔らかいと守れませんからね、誰も」


「あ、それそれ! それカッコいいです! エオの旦那様は世界一かっこいい!」

「運動着でこうしてても、締まりませんが……貴女が幸せなら何でも良いですね、ええ」


 ……あちらもあちらで、なんだか盛り上がっている。

 皆がこちらを見ている事に気が付いて、ロンターとオーモートが離れる。


「か、神オーモート。じゅ、柔軟体操、した方がいいかな」

「そそ、そうですね。あ、あはは……ふふっ、ええ、そうですね」


 新人同士、これから前途多難もあろうが、しかし期待は大きい。自分が知る事の出来なかった物事、出会えるはずもなかった人物、物語でしか存在し得ないと思えるような事件……それが、ここでは、起こるかもしれない。


 冒険――冒険だ。


 現代の騎士が忘れかけている、冒険への渇望が、ロンターの胸に宿っている。

 ここでの体験を乗り越えて、やがては、理想の騎士へ。


 正義を貫き、愛を信じ、弱きを助け、強きを挫く、本物の騎士になるのだ。

 騎士道ロマンスを、この手に掴み取らねばならない。



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― 新着の感想 ―
某所でおすすめされているのを見て読みに参りました。 普通、主人公の武力は高くヒロインの能力も死者ですら蘇生させる治癒という出鱈目となれば話に緩急がつけづらくそういった作品は途中で読むのがしんどくなるの…
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