悩みどころ、悩まれどころ3
また数日後。騎士達は緊張した面持ちで酒場の前に並んでいた。
友の会が主催して歓迎会を開いてくれたのである。どうやら関係者のみらしく、村人達が中で騒いでいる気配はないが、その周囲では歓迎会にかこつけて酒を飲んでいる集団がアチラコチラに見える。どうもこの村、祭らしい祭がないらしく、皆が集まって騒ぐ機会がないという。
歴史しかない村、とはよく言ったものだ。
友の会が来るまでは、そもそも村人同士が顔を突き合わせる場所も少なかったという。
「行くぞ……」
『はいッ』
ロンター以下七名が酒場に入場する。すると、天井から色とりどりの紙吹雪が散り、発光力の高い樹石結晶が明滅する。
「ようこそフォラズ村へー!」
若い少女の声とともに、わぁっという歓声が響く。老若男女問わず、村の運営に関わっている者達が集まってくれている様子だ。
「大変恐縮です。我々の為に、このような会を開いていただき、誠に有難うございます」
「ロンターさんって聞いてはいましたけど石みたいなヒトですねー」
ケタケタと笑いながら言うのは、金髪の……これまた可愛らしい少女だ。衣装からみるに神官……いや、胸元のシンボル装飾がヨージと同じだ。即ち、彼女がエオ・シャティオンである。
「まあまあ皆さん、お席へどうぞ! あ、騎士でかたまって座ったりしないでくださいね? ちゃんと座席ごとに可愛い子も配置していますから!」
「ふ、婦女子としてその物言いはどうなのでしょう」
「え、居ない方が良いですか、女子」
「そんな事はないです」
「ないですよね! さ、ほらほら、乾杯しなきゃいけませんから、はいグラス持って!」
エオが物凄い勢いで狼狽える騎士達を捌いて行く。動きが年相応ではない。なんだか苦労して来た雰囲気が感じとれて、ロンターは内心悲しかった。しかしロンターに与えられた席には、もしかして自分の趣味趣向も調べ上げられていたのではないか、という程好みの女性が座っていたので、悲しい心は胸の内に仕舞う事とした。
「はい、では僭越ながら友の会第一神官長エオ・シャティオンが音頭を取らせていただきます! ロンター騎隊の皆様、遠路はるばるフォラズへようこそ! 何もない村ですけど、これから何でもある村になる筈なので、神様達と頑張って盛り立てて行きましょう! 乾杯!」
『かんぱーい』
グラスに並々注がれたエールが机の真中で弾ける。田舎にしては立派なグラスだ。並べられた料理の数々は、見た事のないものも多い。恐らく噂の美女が監修しているのだろう。
逡巡する。騎士達は概ね馴染んでいる様子だ。ゼェラエスはどうかというと、女の子に囲まれてだいぶ恐縮していた。彼はまだ若くしかも童貞なので、あれは大変かもしれない。
「改めましてはじめまして、エオ・シャティオンです。友の会第一神官長の立場を授かっています」
「ご丁寧に有難うございます。ロンター・ラングです。聞いてはいたのですが、本当にお若いのですね」
「今年十六なので!」
「そ、その御歳で新興宗教を?」
「色々あったので!」
色々あったのだろう。友の会の軌跡を読むに、彼女は修道院を抜け出して死にかけたところを、シュプリーアに救われたという。聖モリアッドの名前が出ていたことから、彼女が一般女性である可能性は限りなく低い。
では貴族の家から抜け出して来たワケであるから、問題がある……というと、この宗教に竜帝陛下とユーヴィル竜精公が関わっている事から考えても、既に解決済みと予想される。
「――……ご苦労なされたのですね。では、ここは安住の地となるのでしょう」
「そうなんです! パッ……」
「パ?」
「あははは! いえ、わざわざツィーリナから飛ばされてきて、大変でしょうけど、あと、もしかしたら、手に負えないような化物が来るかもしれませんけど、頑張って守りましょうね!」
エオの言い淀みが意味深だ。あと、手に負えないような化物が来るかもしれない、というのはどういう意味なのか。これもまた、友の会の軌跡を読むに、確かに、彼等彼女等は行く先々であらゆる困難に巻き込まれている。そのような事が、この村でも起こり得る、という意味か。
「フィアですわ。首都から来た騎士ですのね。食事は如何?」
エオが去って行くと、代わりに別の女性が現れる。思わず目を見張る程の美人だ。西国人の特徴を見事に表したようなヒトで、存在そのものに圧がある。これが、ゼェラエスの言っていた食の旅人であろうか。
「貴女の考案した料理はとても美味しい。世界各国を回っているとお聞きしましたが」
「仕事柄かしら」
「本職は何を?」
「大樹教の修道女です。二等修道女」
「――……二等で特定の教会に収まっていないのですか。では……」
「お察しの通り、各国の大樹教教会の監査をしておりますわ」
「そうでしたか」
大樹教の教会に勤める者には、階級がある。神官と修道士は上下関係ではない。神官には神官の、修道士には修道士の階級が存在する。ただ、やはり位が高ければ……例えば三等神官は二等修道士に頭を垂れるし、二等神官に三等修道士は礼を尽くす。
基本、神官も修道士も二等となれば、特定教会の上層部、地方によっては代表者となる。
この美しい彼女は、総合統括庁から遣わされている身だろう。宗教的階級で言えば、当然ロンターよりも上になる。
「この村には大樹教会はあっても、機能していませんね。礼拝には赴くのですが、誰もいらっしゃらない」
「行政区街の神センクトが兼任していましたが、解任となりましたわ。なので、新しい神をお呼びしましたの。村の利益になる神ですから、きっと皆さまも喜ばれるでしょう」
「友の会とのすり合わせは」
「勿論、話を通していますわ。ヨージさんが、人様の信仰を退けるような方に、見えますかしら」
「いいえ全く」
「それに、友の会も時間が立てば、その内大樹教加盟となりましょうから」
政治が見え隠れしている。やはり、治癒の神という大きな神を、総合統括庁が放っておく訳がない。新しく招く神というのも、やがては友の会……『治癒神友の会宗派』として取り込まれる予定だろう。
「ヨージ氏とは、懇意に」
「ええ。とてもよくして貰っていますの」
ニッコリとほほ笑む。チラリと彼に視線を向けてから、また戻す。
ああこれは……なるほど。無粋な事は言うまい。
「お料理は沢山用意していますから、存分に楽しんでいって……」
「ええ、それはもう……どうされましたか――ウッ」
ピリリ、と脳に雷が走るようだった。魔力を感じ取れる者――友の会の全員、そして村人の何人か、そして頼みの騎士達が、たたき起こされたような顔で、外を見ている。
「お客人ですわね。ヨージさん!」
「……はぁぁぁぁぁ」
壮絶にデカイ溜息を吐いて、ヨージは刀を手に携えた。
刀の質は分からないが、まるで存在しているだけで、空気を斬るような剣呑さがある。
ヨージは神様達に下がるように命じてから、フィアを伴って外へと出て行った。ヨージはともかく、何故フィアなのか。入口近くに神グリジアヌが立ちはだかり、全員下がれと命令する。
ロンターは窓の外を覗き込んだ。
今感じた気配は、ただ事ではない。荒々しい、猛々しいこの魔力は、常人の発するものではないからだ。村人、そして経験の少ない騎士が数人、怯えあがっている。
「ロンター少尉」
「ゼェラエス、下がっていろ」
「しかし、今の気配はおかしい。先ほどから、ボクの頭蓋が割れそうだ」
「計測を切れ」
「切っています。それでも、叩き込まれるような魔力だ……」
暗がりに、一人。その前にヨージとフィアだ。形は――勿論ヒトだが……。
「ぐっ、が、う、うそ、だろ……」
「尾、尾だ。背に、羽もある……ッ」
月明かりと樹石結晶に反射した緑色の竜鱗。地を叩き締める長い尾。
その美しいご尊顔はまさしく、竜。
(竜種だ、ドラゴンメイドだ――ッ)
(は、はあぁ、あ、っ)
(見るな、持っていかれる。貴殿にはまだ早い)
竜精の姿を認めたゼェラエスが、呼吸を乱し始める。竜精の偽らざる姿は、訓練や経験の乏しものにとって、神聖すぎて目に入れられるものではないのだ。それでも直視したならば、その心は融解し尽くすという。
「こんなところに村なんてあったんだ! 友の会の拠点なんて、随分出世したじゃあないか、ヨージ・衣笠! あ、あと姉さん!」
「お陰様で、ミーティム竜精公」
(ミーティム……ファブニール王の三女か……! そ、それが何故、ヨージ・衣笠と接触しているのだ!?)
「今日はお祝いを持って来たんだよ!」
そういうと……上空から、恐らく使役しているワイバーンが、大きな風呂敷包みを引っ提げて降りて来る。中から現れたのは――見た事もない程大量の、金銀財宝だ。彫金の具合から、かなり古いモノである事が解る。また、色とりどりの宝石はどれも巨大で、一握り売れば小さい村など買えてしまうだろう。
「……流石貴女の妹ですねえ」
「ん、んんッ! ミーティム。あのね、出どころの分からない宝石や金塊は、流通させるのにとても面倒なのよ。だから全部、せめて金にしてきなさいな」
「えー。ニンゲンの資本システムよくわかんない……これ無価値?」
「価値があり過ぎるから困っているのよ、ヨージさんは」
「そうなの?」
「お気持ちは有難いのですが、裏マーケットにでも流さないとお金になりませんねえこれ……。明らかに……文化財……ですよね……」
「あ、気持ちは嬉しいんだね! ならよかった! 持って帰るのも面倒だし、置いて行くね?」
「え、だからそれが困っ……」
「今日はそんだけだから! まあ頑張ってよ! じゃね!」
そういって、ミーティム竜精公はヨージに投げキッスをしてから、物凄い速度で飛んで行った。使役されたワイバーンは……なんだか物凄く困ったような顔をしてから、申し訳なさそうに後を追って行った。
(なん……なんだそれは……なんだ……何が、何……? どういう意味だ……? どうして……いや、姉? 姉さん? は? あ? え? ううん……?)
脳が混乱を来す。考えれば考える程に、狂った事実が露わになって行く。
理解しようとすると、思考が虹色の迷彩に飲み込まれて行く。
「ゼェラエス」
「はい」
「つ、強い酒を……」
「……ここに」
蒸留酒をあおる。喉の奥が焼け、鼻から目から全部揮発したアルコールで痛くなる。
ただ、それでも今、目の前で起きた事実が、理解不能だ。気付け薬にもならない。
「……フィアレス竜精公。これ、その……」
「――はあ。わたくしが処理致します。現金化してお届けしますわ」
「何から何まで、申し訳ない」
「妹の不手際ですもの。別個体の竜とはいえ、一応姉です。貴方はお気になさらず」
「このままにもしておけませんね……えーと、おーい、どちら様か、力自慢の方ー!」
ヨージが酒場に向けて声を張り上げる。自警団員と思しき者達と、騎士が数人外へと出て、ミーティム竜精公の置き土産を片付け始めた。
「いやいや申し訳ない。とんでもない来客があったもので」
「よ、ヨージ氏」
「はい、何です、ロンター氏」
「今のは、ミーティム竜精公では……?」
「――……あはははは!」
「あははははははッ!」
「気のせいでしょう。お酒、飲み過ぎましたか、ロンター氏」
「だろうと思いました。まさか、竜精公がこの村にやってくるなど」
「そうでしょう。当然です。竜精公がわざわざこんな辺境に足を運ぶ筈がない、そうですね」
「ええ全く。とてもお金持ちの融資者がいらしたのですね」
「はい。とてもお金持ちなのですよ、はははははッ」
「はははははッ――ゼェラエス」
「はい」
「強い酒を……」
「ここに……」
――……――――……うん!
ロンターは考えるのを止めた。きっとこれは夢だ。酒を飲み過ぎて、訳の分からない妄想が現実になったように見えているだけに過ぎない。耳に聞こえた話とて、きっと幻聴である。
有り得ない。ユーヴィル竜精公と懇意であるという事は予想もついていたが、竜精公がこんな村に直接現れる筈がないし、ましてや……姉、姉、ということは、フィアレス竜精公が、ヒトの姿をして、この村に降臨し、酒場を根城に料理を作り、自分達民草に振舞い、しかも自分と、言葉を交わしたなど、有り得ない有り得ない有り得ない。
竜精とは数億の民が信じる宗教の、その天上にある人々である。姿形を認識してそれを竜精だと判じたのは、大昔の伝説から判断しただけであり、姿を直接拝むなど、只人には許されないものだ。いや、許されるかどうかはさて置き、こんな場所には来ないのである。
そう、考える必要が無い。それは、ないのだ。
「騎士ロンター! 一発芸を披露致します!!」
酒をあおる。立ち上がる。
「ゼェラエス!」
「ハッ」
ゼェラエスが何も言われずともリンゴとナイフを、厨房から思いっきり投げてよこす。それを跳び上がって回転しながらキャッチし――猛烈な勢いでリンゴの皮を剥いて行く。
「いやぁぁぁぁぁ――ッッ!!」
「ほ、細いッ」
「り、リンゴの皮が糸みてぇだ!」
「すごいぞロンター!」
「ハァッ!」
極細のリンゴ皮むきを終えると、更にはそれを空中に投げてやり、ナイフで刻んで行く。
ゼェラエスが駆け込み、地面に皿を突き出したところへ、見事着地。
綺麗に剥かれて切り分けられたリンゴが姿を現した。
「お目汚し失礼!!」
「お見事!!」
「リンゴ皮むき帝国一!!」
「騎士ロンターに栄光あれ! かんぱーい!!」
謎の人物の襲来で冷え冷えとなった歓迎会場が拍手喝采の盛り上がりを見せる。
これにはヨージ・衣笠等一同も大賞賛であるようだ。
「なにあれ魔法? 私様ちょっとやってみる!」
「貴女魔法以外は不器用じゃありませんか……やめてくださいよ、怪我人が増える」
「挑戦する前から諦めてはいけないわ! アイタッ」
「だからー……」
ロンターの真似をして怪我をした少女に見覚えが無い。
並びからして神……ということは、あの少女が神美月か。
神なのにナイフ程度で怪我をしている。どうみても人間族の少女だが……今更治癒神友の会の中身について言及する程、ロンターは馬鹿ではない。もう『治癒神友の会だから』で済ませた方が良いのだ。
「このリンゴ美味しくないですね……」
「むっ」
アチコチが酔っ払いで包まれて行く中、地面に置かれた皿に乗ったリンゴを、モソモソと食べる人物がいる。これまた見覚えのない女性だ。
……いやこれ、神であろう。雰囲気がニンゲンではない。
赤い髪に少し切れ長の目。大樹教の神らしくふくよかで、また衣装が際どい。
布少ないな。
「これどこのリンゴ?」
「恐らく村のモノですが……貴女様は。神様であると、お見受けしますが……」
「あ、えーと……さっき着任した、大樹教の新しい神様ですけど……なんか、教会には誰もいないし……ここが盛り上がってたから……顔出してみたというか……」
「え、大樹教の神? ということは、フィア殿が招いたという……?」
「……フィア……あー……はい、そうです」
「……リンゴ、美味しくありませんか」
「これは……駄目ですね……土地が痩せている所為でしょ……」
「ええと……ヨージ氏! ヨージ・衣笠氏!」
「はい、どうされました、ロンター氏……誰ですこの神様!?」
「派遣されて来た神様でーす……」
「このタイミングでぇ!? フィアレ……フィアさんどこです? あ、居ないですねそうですねさっきアレ片付けてましたもんねえ! ああもう……はい! 皆さんご注目!」
ヨージが謎の神様をシャンと立たせて皆に紹介し始める。こういうものは専門家に任せるに限る。それにしても、この治癒神友の会の聖地に、大樹教の神として任を全うしなければならないとは、随分不憫な神がいたものだ。
「こちら、大樹教から派遣された豊穣神、神オーモートです。元はリズマン伯領の街神をされていたそうですが、やんごとない理由でわが村にお越しくださいました。今後フォラズ村大樹教会の神として、大樹教徒の皆さんと信仰を共にする神ですので、どうぞよろしくしてあげてください」
「神オーモートです……元は街神ですけど……その、豊穣の奇跡とか……あります。よろしくお願いします……」
「げ、元気のねえ神様だな……」
「友の会があるのに大樹教の神もいれるのかい?」
「俺達がとやかくいう問題じゃねえだろ」
「てか豊穣神? マジか。マジか!」
……この地が痩せている事は、村に来た時から分かっていた。こればかりは土地の違い、としか言いようがない。科学的農業法、なるものも推進されているものの、まだ一般的ではないし、それを実行するだけの学が村人に無いのが実情だ。
ではやはり神に頼る他無いのだが……適材適所、として配置されたのか、はたまた、フィア二等修道女の手腕によるものか。なんにせよ、都合が良い話だ。
「アウェイ……完全にアウェイ……これどうしろっての……」
「あ、あ、え、ええと。私は首都から来た騎士なので、当然大樹教徒です。また、今この村は出入りがとても激しい。大樹教会が稼働するとなると、様々な旅人たちが大樹教会を訪れる事でしょう。そう悲観するものではありませんよ、神オーモート」
「……騎士。貴方が?」
「ロンターです。少尉です」
「……リンゴの皮むきは見事です。皮に身がついていない。これが……美味しければ……うっ、ううっ……ううぅぅ……」
「か、神オーモート、如何なさいましたか。若輩ではありますが、このロンターに何か、出来る事はあるでしょうか」
「うう……やさしい……好き……」
「ヨージ氏。神オーモートはだいぶ心労を抱えているご様子。何せ初対面に好きなどと言い放つぐらいです。これは余程です。であれは大樹教徒としてする事は一つ。やはりお祀りせねば」
「分かりました。大樹教の専門家が……いる事にはいますが、お任せします。酷いようなら、我が神が」
「有難うございます。ゼェラエス! ニクス! カラヴィ!」
『はい!』
「お料理とお酒を多少失敬して、大樹教会へ! 新しき神をお祀りする!」
『はい!』
随分と気落ちした神の肩を支えながら、歓迎会の席を失礼して大樹教会へと向かう。
確かにこの村は友の会の村となるだろう。だが外からやって来る者達は皆大樹教徒だ。その者達が旅や仕事にと祈りを捧げるのは、やはり大樹教会であり、大樹の神なのである。神オーモートがどう説明を受けたかは知らないが、不要とされる事は絶対に無い。
「どうかご安心されますよう。大樹教に、少しばかり厳しい土地かもしれませんが、皆貴女様を否定したりはしないでしょう。我等ロンター騎隊が、聖宗式で拝ませていただきます。さあ、こちらへ」
「……有難う」
他の街で街神をしていた、という。地に根付いた神が外へと出ざるを得なかった、その理由。
考えられるのは、災害で街が消えてしまった、という事などだが……そういう時にこそ、神は力を発揮するはずだ。では、他の理由である。疫病で祀る者が居なくなった、という場合も考えられるが、そういった疫病情報は直ぐ伝達されるものだ。リズマン伯領で伝染病が流行しているという話はない。またリズマン伯自身が、統治者として一級の資質を持っていると言われている、政治的理由とも考え難い。
「今日からここが、貴女様の家だ。準領主のヨージ氏も気の良い方です、言えば聞いてくれるでしょう」
「ええ……」
「そして、神が来たならば、ここが我々騎士の家でもある――神オーモートよ。どうか我等に、大樹の加護を」
神オーモートが顔を上げる。美しい神だ。また豊穣の神というからには、農村部から強い信頼を得ていただろうに。ほんの少し憂いを含んだ瞳がこちらを見ている。
やがて、少しだけ微笑んだ。
「心優しき者達に、大樹の加護を。生きとし生ける者達に、竜の光を」
ロンター達を淡い光が包む。根幹魔力帯と接続している訳ではない為、それは神自身の神力となるだろうが、それでも地から湧き上がるような、強さを感じる。
今日から彼女が、この土地での自分達の神だ。




