悩みどころ、悩まれどころ2
「食べ物は……イマイチだな」
ヨージ達と顔合わせをして数日。何事もない日々を過ごしていた。村の中で多少のイザコザはあれど、大体のものは自警団が治めている。警らと称して巡回はするのだが、一般的な街と大差のない治安である為、荒事を見かける機会も少ない。
ではやる事といえば、勉強と訓練ぐらいである。ロンターは治癒神友の会から宗教の手引きを取り寄せ、数日の間精査していた。
治癒神友の会 発起の地はアインウェイク子爵領領都サウザ。まだ一年経っていない。
大樹教非加盟。シンボルは木の若芽。
現在信徒は推定三〇〇〇名(潜在的な数はもはや数万と言われる)
神はシュプリーア、グリジアヌ、美月の三柱。
それぞれ治癒の神、軍事の神、魔法の神という役割があるものの、特にグリジアヌが万能で、あらゆる物事に加護を持っている。美月なる神は元はフォラズの土地の神であり、友の会に改宗したらしい。魔法、とはどのあたりまでを指すのか不明だ。
現在フォラズの約八割が友の会信徒で、一割が大樹教との掛け持ち、一割が自主棄教者である。
自主棄教者は、行政区街の大樹教会から受けた扱いに異議を唱え、信仰そのものを捨てた人々だ。老人に多く、遠くなく自動消滅する。
友の会本拠点、シュライン・シュプリーアスには現在信徒が十二名仕えている。大半が死ぬような怪我や病を治癒された立場にあり、シュプリーアに大して絶大な信仰と信頼を抱いている。
階級制は大樹教に酷似し、神官長以下は一等、二等、三等、四等、見習いという区別がある。
第一神官長のエオ・シャティオンが開祖となっているが、まだ幼く、実質的には第二神官長のヨージ・衣笠が治めている。
治癒神友の会の軌跡、というエオが編纂している聖書を読むに、この二人は蘇生に近い治癒の結果シュプリーアを拝むようになったとある。
問題はここからだ。
アインウェイク子爵領ビグ村での一件、そしてキシミアでの一件。
首都での話は、かなりボカされて書いてある。
ビグ村は無神村であったが、土地神がその信仰の薄さに激怒し顕現、元村宗教の信者達を皆殺しにし、村そのものを焼こうとしていたものの、これを友の会による団結によって遠ざけた、という。
キシミアでは神エーヴに見いだされ、顕現した疑似竜を粉砕。キシミアを取り込もうとした魔女『カルミエスタ・エベルナイン』も退けた、とある。また数多の怪我人をその手で癒し、友の会としての形を作ったとされている。
首都へ向かう道中……ヒトを助け神を助け悪魔を退け……。
「……う、うーむ」
まるで大樹教の昔話でも紐解いているようだ。現代において、これほどの災厄が次々と襲い掛かって来る場面に出会う神やニンゲンなど、存在するのだろうか。エオによる誇張表現……はあるだろうが、しかし、現実に治癒の神が存在しているのであるから、あらゆるヒトがその神を頼りにしたのは、偽らざるところだろう。
そして首都での出来事だ。
エオが過去に受けた呪いの為に衰弱、これを解決する為にヨージ・衣笠が奔走。シュプリーアの加護により衰弱死せずに済み、ヨージの奮闘と神の奇跡によってすべて丸く収まった、らしい。
……竜帝や竜精と関わるなら、ここだろう。だが、詳しくは書かれていない。
……そも、エオ、とはどのような人物なのだろうか。実のところ、まだ顔を合わせていないのだ。友の会の面々は軒並み忙しく、騎士に構っている暇がない。まして開祖であるエオなる少女であるから、その多忙は想像に難くないのだが……。
「分からん……うん、食べ物はいまいちだな……」
外で買って来た軽食を食みながら資料とにらめっこを続ける。この村、やはり土地は痩せているようで、農産物は大して美味しくない。乳製品も味が薄い。美味しいものを食べたかったら、行商等が運んで来る保存食の方がマシだろう。
「ロンター少尉」
「はいれ」
ゼェラエスがやって来る。彼は軽装で、紙袋を抱えていた。
「昼間から机とにらみ合いですか」
「友の会が、分からん」
「ボクもサッパリ分かりません。ああそうだ、酒と食料を買ってきました」
「昼間から酒とは」
「村の食べ物はイマイチですが、酒場のメニューは充実していましたよ。いくつか見繕ってきました」
そういっておもむろに紙袋から酒瓶と食料を取り出す。
酒は……カクテル類なのか。カクテルを、瓶詰している。
「地酒自体はそこまで美味しいとも言えませんが、神グリジアヌとナナリ氏が『それはイカン』として、色々混ぜて飲めるように開発したそうです」
「彼女達は酒が好きそうだものな。なるほど、料理の方は?」
「はい。どうも出入りしている女性が、世界各国を食べ歩くのがシュミという方らしく……それが、絶世の美女でして。ええ、驚きました」
「貴殿が言う程なのか」
「とても村娘には見えませんね」
小麦を溶いて焼いた生地に、野菜と肉を挟んでソースをかけたもの。
雑穀を炊いてチーズや豆を混ぜ、改めて焼いたもの。
豆を主体に辛く煮て、パンに付けて食べるもの。
恐らく穀物を挽いて水で練って紐状にし、それを汁と一緒に啜るもの。
どれも名前は分からないが、確かに、他の食品よりも格段に食欲をそそる。
「ぬっ。美味い。この豆とチーズの焼もの、確実にエールと合う」
「これ、確か、麺でしたかね。麺。ちょっと柔らかいですけど、香辛料の具合が良い」
と、男二人であれこれ齧って味を確かめる。どうやら酒場に出入りしている、食べ歩きがシュミの女性というのは、只者ではないらしい。
「ゼェラエス。食料調達係を命じる」
「承知しました。隊員にも配ってきます」
「ああ」
あらゆる人が出入りする、という事は、それだけ未知の知識を持つ者達が集まる、という事でもある。今でこそ美味しくない村の飯だが、時間が経つにつれて、変化を見せるだろう。どんなマズイ素材でも、美味く調理する技術は存在するものだ。
(……いささか楽すぎる)
楽だ。首都とて平和であるから、張り詰める場面はないが、あちらは定期的に実戦訓練があった。首都を護る四方の騎士団、アインウェイク率いる鉄竜騎士団、その他有力な騎士団による合同軍事訓練である。
こちらで任務についている間は参加する事もあるまい。とはいえ、いつ呼び出されても構わないように、訓練はするべきなのだが……。上を目指すならば、やはり自分よりも上の相手と訓練したいものだ。
(ヨージ氏の腕前は、いか程なのか)
ゼェラエス曰く、魔力に関してはニンゲンの埒外である可能性があるという。ロンターも魔法はそこそこ使えるが、ニンゲンを超えるもの、となると味わった事はない。
「……ふむ」
訓練用の木剣を抱え、ロンターが外に出る。
「少尉、訓練ですか。お供しましょうか」
「いや、少し友の会を見て来る。任せた」
「分かりました」
……忙しいヒトだ。相手をしてくれるとは思えないが、一応声をかけてみようと考える。扶桑の武家、古鷹に連なる人物であるならば、剣術に覚えもあるだろう。帯刀していたのも、まさか飾りという事もあるまい。
「こんにちは」
「あー、ロンターさん、こんにちは。ヨージ神官長様なら休憩していますよ」
「どちらに」
「シュラインの裏です。あちらに関係者以外立ち入り禁止の庭があるので」
「……入っても?」
「まあ関係者じゃないですか?」
一応受付に断わり、奥へと進む。廊下を暫く行って戸を開くと、整えられた庭園に出た。
東屋も見える。随分少女チックな庭だが、そこでヨージが一人お茶を飲んでいた。
「ロンター氏。こんにちは、どうされましたか」
「お忙しいところ申し訳ない。実のところ、仕事には関係がないのですが、この通り」
木剣を見せる。ヨージは何を言うでなく頷いた。
「構わないのでしょうか」
「構いませんよ。何せ対人相手の訓練は、出来ていませんでしたからねえ」
ヨージは上着を脱いで刀を置く。
言葉もなく、ただ意思を見せるだけで頷き、構える。武人らしい反応だ。
「得物は」
「素手ではいけませんか」
「しかし、これでも騎士の端くれ、怪我をさせてしまっては申し訳ない」
「はは。対人戦で怪我をしたのは……もう随分前の事ですね……あいや、扱いとしてニンゲンでない相手ならば、最近怪我もしたような……気もしますが……」
「――……ッ」
喉が鳴る。風が動いた。同時に魔力の胎動を感じる。外在魔力が吹き荒び、空間が『啼き』始める。目が釘付けとなった。とんでもないものを、今見せられている。
なんだこれは。これが人類?
冗談ではない。力むだけで騎士を怯ませるニンゲンなどいるものか。
「はぁー……ッ! はぁー……ッ!」
「本拠地ですからね、なかなかのものでしょう。以前は皇龍樹道式の魔法を得意としていましたが、現在は治癒神式という独自魔法を開発中です。今のこれは魔力操作の練習であり、まだ魔法自体は、無いのです」
「い、いざ」
「かかって来て構いません」
ああ間違いない。上位者だ。今この時から、今後どんな奴が強そうに偉そうに、自分の力を誇示して傲慢な態度を見せたとしても、眉を顰めてしまうだろう。こんなものを見せられたら、強さとは何なのかという事を、哲学的に考えざるを得ない。
「"我に祝福を、戦神よ""守りたまえ、拒み給え""奮わせたまえ"」
構える。筋力増強、魔法防壁、魔法障壁、戦闘に必要な魔法を一気に唱え整える。これを見たヨージは、納得したように頷いた。
「流石一流。戦闘態勢を一度で整えられるのですか。扶桑にもなかなか見ませんでしたよ」
「――……!! つぁぁぁあ――ッッ!!」
「『空断』」
……。
……。
……。
「ぶほあッ……! はあ、あ、あ、あ?」
「……ロンター氏、ご無事ですか」
何か飛んだ。それは意識であり、それはヨージの魔法であったかもしれない。
傍らには、見覚えのない女性が立っている。
「済みません、我が神、ご足労をかけて」
「んーん。ロンター、無事?」
「あ、は、はい。神、シュプリーア様であらせられますか」
「ん。神。お初ー」
「はじめまして……その、私はいったい……」
「なかなかの踏み込みだったので、思わずひっくり返してしまいました」
まるで居合を放つようにして、ヨージは手を動かした……ような気がする。正直ロンターには何が起こったのかイマイチはっきりしないが、とにかく、魔法を受けて吹っ飛んだのだろう。
「立てますか」
「も、申し訳ない。まさか、これほどとは」
「僕もまだ調整が効きませんで。実験台扱いしてしまいましたね」
「いや……とんでもない。突然の申し入れをしたのは、こちらだ」
手を借りて立ち上がる。
なるほど、これはどうしようもない。勝つとか負けるとか、そんな話ではない。神グリジアヌが、化物の相手はヨージに任せようと話していたのは、そういう事だ。
こちらが幾ら完全武装で立ち向かおうとも、魔法で一薙ぎされて終わりだろう。
ヒトの身で神にすら届き得るのではないか、この力は。
竜帝陛下や竜精公に見出して貰うには、このぐらい息をするように出来ねばダメなのだ。
大変勉強になる。
「改めまして。こちらが我らが神、シュプリーア様です」
「神だよ」
「お美しい……いや本当にお美しい神ですね。貴女様が、大神イルミンスルのご後継とされた、治癒の神なのですね」
銀色の髪。蒼い目。ふくよかな身体に、どこか子供っぽい仕草。
発生から時間が経っていないらしいから、本当にまだ子供なのだろう。
「……――」
「ロンター氏?」
「あ、はい。いや、参りました。はは、見惚れてしまうとは」
「私、美しいから仕方ない」
「我が神、自分で言うものじゃないのですよ」
「いえ、いえ。事実でしょう。美の女神としての神性も?」
「まだちょっと幼いですが、皆がそう囃し立てるなら、後天的にでも目覚めるであろう神性ですね。我が神、美人とは寡黙なものですから、自分からは言わない方が良いでしょう」
「よーちゃんは考え方が古い」
「オジサンですからねえ」
もはや殴り合い、などという空気でなくなってしまった。そもそも、ロンターでは彼の動きを捉える事すら叶わないので、立ち合いにもなっていないが。
しかし本当に、心から美しいと思える神だ。自分が主に拝んでいる神は、騎士の守護として有名な原始自然神ティールであるが、心が揺れる程である。大樹教加盟の神であるなら、一も二もなく共拝対象だが、そうも行かない。
また、何が良いって、この一人と一柱の並びが、あまりにも心に刺さる。
自分が何を目指して騎士になったのか、その原風景を思い出させてくれるようだ。
(やはり……強く美しい男女が並ぶと……ああ、なんと……羨ましく、眩しいのだ)
「その手腕を、竜帝陛下やユーヴィル竜精公から認められたのでしょうか」
「さあて。彼や彼女がどう考えているか何てこと、一介の準領主には分かりませんね」
「加減して貰えますでしょうか。そこの枝でも構わない。打ち合いを」
「なるほど。弟子もいますし、それと合わせる形でどうでしょう。貴方の型を変える必要はない。貴方が恐らく戦うであろう相手の動きを僕が真似ますから、それで打ち合えば、訓練にもなりましょう」
「ここは、思っていたよりもずっと平和で、身体が鈍ってしまうのではないかと、心配していたのです」
「突然現れて何事かと思いましたが、向上心があるのは良い事です。今日は難しいですが、週に一、二度で良ければ」
「忝い」
「構いません。これから貴方達もフォラズの一員だ。ああそうだ、明後日に歓迎会を開きますから、伝えておいてください」
「有難うございます……では、失礼しました」
「いや、勤勉なヒトが来てくれて助かりました」
気絶するほど吹っ飛ばされたのであるから、身体の節々が痛んでもおかしくはないのだが、どこも痛みはない。むしろヨージに会う前よりも快調で、思わず肩をグルグルと回す。
シュプリーアの治癒の影響か。
地面に打ち付けられた程度の痛みを和らげるなど、治癒の内にも入らないと見える。
(――あれは今は亡きドーエル中尉より……いや、比べられるものではないな……)
コイツには敵わない……そう思った事が何度かある。先輩騎士であるドーエルもそのひとりだ。
人格的に多少の問題はあったし、結果悪事に絡んで処罰された人物ではあるが、強さというものでいうならば、彼は間違い無かった。
ただ――ヨージのような凄味はなかっただろう。立ち会った瞬間から勝てないと思えた。
悔しさというよりも、学ばねばならないという使命感ばかりが湧く。
「お帰りなさい、少尉……どうしました、服が汚れていますが」
「うん。あれは敵わん」
「まさか、ヨージ氏と? 如何でしたか」
「気が付いたら気絶していた」
「……ご、御冗談でしょう。剣術大会では、青年部ベストエイトまで勝ち残った貴方が? た、確かに彼の魔力はすさまじいものかもしれませんが……」
「いや、いや、ゼェラエス。実は稽古の約束も取り付けたのだ。私はこれから強くなるぞ」
「さ、流石に向上心の高い少尉ですね……ええ……」
なんだか少し呆れられたような気もするが、強い者と戦う機会を、そして訓練まで施して貰える僥倖を、喜ばずにはいられない。
(私はここに、来るべくして来たのだ!)
想像を絶する程に強い男と、腰を抜かすほどに美しい神。
嗚呼、思い出すだけで素晴らしい。まるで神話の一場面を切り取ったようだ。
色々考えるべき事があったような、気もするのだが、正直もうどうでもいい。これから自分は、あの美しい光景を護る為に戦えるのだ。しかも、その美しい光景から、稽古まで受けられるのだ。
「はははっ! 人生が、楽しい!」
「しょ、少尉ぃ……?」
竜帝陛下に、ユーヴィル竜精公に、これは感謝してもしたりない。
ロンターはものすごい勢いで簡易祭壇を組み立てて、ゼェラエスが買って来た食料を並べ、熱心に拝み始めた。




