悩みどころ、悩まれどころ1
「……派遣、ですか」
「そうだ」
ノードワルト大帝国首都ツィーリナ。その四方を護る騎士団の一角東の『カテリーナ騎兵団』の詰め所で書き物をしていた青年の騎士は、突然の辞令に眉を顰めた。
『騎士ロンター及び配下七名はフォラズ村の警護に当たるべし』という。
辞令自体に驚きはない。竜帝陛下直属の騎士とは『近代装備の軍隊ではどうにもなりそうにない場所』に派兵され、敵を蹴散らす事も仕事にしている。も、というのはそのままの意味で、帝国の騎士というのは存在そのものが抑止力となり得るものであるから、国境線に配置するだけで敵国が尻込みする存在なのだ。
故に基本は『ただ居るだけ』で良い。
が、派遣される先というのが、争乱に関係のない大陸内陸で、しかもド田舎だ。そんなところに領地があった事が驚き、というレベルの田舎である。地図も同封されている。縮尺別三枚。一番大きな縮尺では、土地がどこだかわからないぐらい、狭い。
「……」
「不満は分かる。騎士ロンター。貴殿は実に優秀で愛国心溢れる騎士である。私も貴殿を買っている。必ず、立身出世させてやりたいと、思っている」
「不満など。しかし、何故……フォラズ? 村に、なのでしょう」
「竜帝陛下からのお達しである」
「ちょ、勅命で!?」
どうりで、わざわざ直接団長がやってくるわけだ。
「仔細については、同封されている書面を確認されたし」
騎兵団長はそれだけ言い残して詰め所を去って行く。いったい何がどうなっているやら。
「フォラズなら知ってるぜ。元マーリク竜支卿の領地だ。今は空きだったっけなあ。つい数か月前に、マーリク竜支卿配下の騎士が全部引き揚げて、首都にまとめられた後、各地に再配置になってたぜ」
隣で手仕事をしていた同僚が言う。
マーリク竜支卿による宗教裁判介入、及び権力を行使しての不法逮捕、及び竜帝陛下に対する反逆罪。マーリクは蟲刑となり、領地は皇帝直轄地へと戻った。その折に騎士団も引き上げており、今は近くの行政区街にしか騎士はいない。
しかしああいった場所の騎士団というのは領主が『騎士団を維持出来るだけの力がある』と見せる事、そして多少の治安維持に役立つものであって、こんな領主が誰かも分からない田舎に派遣する意味が分からないのだ。
「……あ、これじゃねえか」
「見せてくれ」
何かを思い出したらしい同僚が雑誌を投げてよこす。大樹教の機関雑誌『大樹に寄り添う』の最新号だ。自分も目を通していたが、詳しく情報を拾っていた訳ではない。
同僚が開いた頁には、大樹教加盟ではないものの、今後大樹教に大きく貢献するであろうとされる宗教、治癒神友の会が特集されている。
「……神シュプリーア……思い出したぞ。大神イルミンスル様の後継と目されながら、分霊だけを残して首都を去ったという、異教の神だ」
「その神様が、今そのフォラズで村神やってるんだとさ。大樹教加盟じゃねえらしいけど、やっぱイルミンスル大教会や総合統括庁的にも、放っては置けないんだろうよ」
「だから勅命なのか……」
これは――間違いない、出世の道だ。ロンターは急いで同封されていた書面を確認する。
竜帝陛下からの御言葉……ではなく、ユーヴィル竜精公のものである。
手が震える。汗が滲む。
(ゆ、ユーヴィル竜精公……? 一体どうなって……)
内容は簡素で『友の会は贔屓にしている。また大変忙しい組織でもある。彼女達の手を煩わせるような存在の排除をお願いする』とある。
治癒神友の会の所属者……扱いとしては組織で準領主、という形だ。元から神は爵位を持てないので、このヨージ・衣笠という男と、エオ・シャティオンという女が準領主となるだろう。爵位と領地を夢見る騎士からすれば羨ましい存在だ。
どのような経緯でこの人物たちが準領主として収まったのか興味がある。
「支度に入る。あとは任せた」
「おうおう。頑張って来いよ。ぜってー出世街道だぜ」
同僚に胡乱な励まされ方をして、ロンターは寄宿舎へと戻る。降ってわいた異動の話だが……蔑ろに出来る話ではない。ロンターの騎士人生が掛かっている。
(やり遂げねば)
騎士達の中でも『糞真面目』とあだ名されるロンターだ。騎士であるからには上に昇り詰めるのが義務である。与えられた仕事を忠実にこなし、一皮も二皮も剥けて、新しい自分として、この首都に舞い戻ると心に決めた。
……二週間後。漸く辿り着いたフォラズ村は、活気に満ち溢れていた。資料によれば寒村で、人の出入りも少なく、生命の色が薄い場所であるとされていたが、ロンターの目の前に広がる商店街は、掘立小屋ではあるが数多くの商店と行商が店を開き、様々な人種が出入りしている。
まだ雪も多い頃合いなのだが、目抜き通りはしっかりと除雪されており、ゴミも落ちていない。道行く人々の胸には知らない宗教シンボルが見て取れる。元となる形は木の若芽だろうか。樹石結晶を加工したシンボルだ。友の会のものだろう。
大樹教勢力圏であろうと、宗教はそれぞれだ。だが、どうも扶桑の宗教的色合いが見える。赤と白が多いのは特徴だろう。村を区切る柵や、進入禁止とされる道には、草を編んだ紐が伸び、白と赤の紙がぶら下がっている。また、トネリコの木が植樹されたのだろう、あちこちでトネリコの若木が寒風に吹かれていた。
(扶桑系宗教と大樹教の複合か。新興宗教らしいな)
「全員速度落とせ。村民を轢いたりするなよ」
馬の速度を落とすよう指示し、村の大通りに入る。立派な格好の騎士がやってきたのだ、当然注目は集まる。
「失礼。首都から参った者だ。治癒神友の会の教会はいずこに」
「あー、教会って言わないんです。神社っていうみたいです」
「なるほど、してどちらに」
「この道真っ直ぐ行けば突き当たりにあります」
「有難う」
ロンターが率いているのは騎兵七人。どれも厳しい試験を潜り抜けた立派な騎士だ。階級こそ三等騎士であるが、かなりの実力を誇っていると上司であるロンターも自負する。
「ロンター少尉」
「ゼェラエス二等騎士、何か」
ロンター騎隊の副隊長を務めるゼェラエスが発言する。切りそろえた金髪に鋭い目つき、齢二〇歳であるが、実力主義の強い騎士の世界において、若造などとは呼べない存在だ。
「ヨージ・衣笠という男についてです」
「竜精公の肝入りであるらしいな」
「はい。言うべきかどうか、少し悩んだのですが」
「何か」
「……マーリク竜支卿の事件に絡んでいます。形こそココの警護ですが……」
「ああ、監視で出されたのかもしれない、という事だな。一応想定している」
「経歴が不明です。警戒された方が良いかと」
「それでも相手は準領主だ。我々はかの人物を蔑ろに出来る立場にはない」
「ハッ。失礼致しました」
友の会の警護であるのだから、当然護る対象についてもある程度調べた。しかしこのヨージ・衣笠という男、そしてエオ・シャティオンという女についての資料がまるで無いのだ。しかも二人は純然な帝国人ですらない。準帝国人だ。これは亡命者や第二国籍として大帝国に籍を置く場合に与えられる身分であり、まさか準領主になど収まるようなものではない。
だがそれでも彼と彼女は準領主であり、竜帝陛下と竜精公の庇護を受けている。
これに逆らう騎士は、騎士とは言わないのだ。
マーリク竜支卿大逆事件に関わっているのも、知っている。知ってはいるが、だから何かをする、という事にはならない。自分は大帝国の剣である。大帝国の剣は、大帝国が振るった時に振るわれるものなのだ。
「まさしく途上、といった様子ですね。馬小屋も掘立ですし、まともに泊まれる場所があるやら」
「友の会が宣伝されてから急に盛り上がったのであろうから、何もかも追いついてないのだろう。あちらもこちらも、建築工事だらけだ」
とにかくこの村は忙しない。右を見ても左を見ても、土木作業員が走り回っている。沢山の建材を積んだ馬車が行きかい、機材を担いだ集団が邪魔だ邪魔だと右往左往。そしてその人々があちらこちらで買い物をして、そして経済が回っている。
村が新しく生まれ変わろうとしている、その最中だ。
「あれは、自警団ですね」
「……女もいるのか」
道の途中、一際頑丈に造られたであろう建物が目に入る。その庭では自警団と思しき者達が剣と弓の訓練をしていた。指導しているのは……イナンナー女だ。
その女がこちらを見る。目が合った。
彼女は、ふっ、と何かを笑うようにしてから、また指導に戻る。
(犬型? いや、狼型か? 気品がある。一般人ではないな……?)
友の会所属ではないが、ヨージ・衣笠について回っているという獣人女がいるという資料も受け取っている。おそらくその女性であろう。彼女が自警団を任されているのならば、では女性が訓練に参加しているのも頷ける。
「どう、どう。総員下乗。私とゼェラエスがご挨拶に伺う。他は待機」
『了解』
友の会本拠点……シュライン・シュプリーアス。なんとも不思議な造りの信仰施設だ。入口は扶桑式だろう。二本の赤いポールの間を潜って敷地内へと足を踏み入れる。神殿へ続く道には、恐らく奇跡を望むであろう者達の列が出来ていた。
また、敷地内のアチコチに順番待ちの集団が控えている。みすぼらしい者、成金、貴族の使者、移民、難民、なんでもござれ、という有様だ。
人々の合間を抜けて、関係者入口へと向かう。
「帝国首都ツィーリナを守護せしカテリーナ騎兵団より、ロンター騎隊が勅命によって参上致しました。責任者の方にお目通り願いたい」
「お話は伺っております。直ぐ先に来客室が御座いますので、そちらでお待ちください」
受付を済ませると直ぐ来客室に通された。中へと入ると……まだ工事中であった。壁紙は張られていないし、家具もまともにない。テーブルと椅子が幾つか並んでいるだけである。
「まだ造りかけですね」
「手は回っていないだろうからな……」
忙しいのだろう。それも猛烈に。二人が椅子に腰かけると、信徒と思しき少女がお茶を持って来る。グリーンティを飲むのは初めてだ。
「むっ。なるほど、発酵させないとこのような味なのだな」
「ボクは好きですね、これ」
「西真夜との流通経路があるのか、行商が持って来ただけか。幾つか買おう」
「それが良いです。あ、紅茶より好きだなボク……」
などという話をしていると、奥からバタバタという足音が聞こえて来る。
「いやはや! お待たせしてしまって申し訳ありません!」
やって来たのは、扶桑エルフ。かなりの美丈夫だ。帯刀している。
これが、ヨージ・衣笠か。
「お初にお目にかかります。私は騎士ロンター・ラング。少尉です」
「部下のゼェラエス・イムニゼニアです。二等騎士です」
「治癒神友の会、第二神官長、ヨージ・衣笠です。遠路はるばるよくお越しくださいました。ま、ま、お座りになってください」
よく通る声。年齢は不詳だが、まさか二十代ではあるまい。
衣装は友の会の制服なのだろう、黒を基調としたもので、長身のヨージによく似合っている。こちらは西国風だ。しかしそんな西国風の制服に帯刀しているものであるから、何ともエキゾチックな雰囲気がある。
胸元に、名誉騎士勲章が飾られている。これは皇帝家に多大な貢献をした騎士に送られるものだ。なるほど。皇帝に直接恩を売ったと見える。
「あー、いや、申し訳ない。忙しくて忙しくて……ズズッ……あちち、マリエルさん、これ熱すぎませんか」
「ご、ごめんなさいぃ……叩かないでくださいぃ……」
「え? いや、あの、お客さんの前でそういう不穏な事いうの止めて貰えませんか? あいや、ロンター氏、これはですね、違います。そういうアレではなくってですね……」
「……」
「……」
「マリエルさん……」
「えへへ、致命的に困るような事をすると、面白いかなってぇ」
「マジ勘弁してください。もう、ほら、退室、退室」
「しっつれいしましたぁ」
随分愉快な信徒に囲まれているらしい。正直かなり警戒した。
「あー、その、悪い子ではないのです。ただ構って欲しがりらしくて、たまに致命的な事をするので……ほんと、なんか、近くにいる女の子の大半が……変なのばかりというか……」
「ご、ご苦労お察しします」
「ああええと、改めまして。ヨージです。友の会の庶務と、村の庶務と、その他諸々……なんかよく分からないぐらい背負い込んでいて、自分の役職がイマイチハッキリしませんが、責任者、という事でしたら間違いないかと思われます。それでロンター氏御一行は、竜帝陛下の勅命で着任された、というお話でしたね」
「はい。扱いとしては領地守護騎士となります。治安維持に役立てて頂ければ幸いです」
「では自警団とのすり合わせになりますね。現状、何せ有象無象のニンゲンが出入りしていますので、手が足りないのは間違いない。村法に則った上で行動して頂きましょう」
「了解しました」
「こまごまとした手続きは後程。それよりも……」
ヨージ・衣笠が何か言い難そうに視線を逸らす。
「……竜帝は何か仰っていましたか……?」
「い、いえ。自分は任命状を受け取ったにすぎませんから、竜帝陛下に直接お会いするなど、とてもとても」
「ですよね。ええと……じゃあユーヴィル竜精公は……?」
「そ、それもまた、書面を受け取っただけですので」
「そうですか、そうですか……ははははっ」
「あ、あははははっ」
しかしやはり、何かがおかしいのだ。どうみても彼は扶桑人である。仮想敵国の人民を準領主に据えるなど、まず議会が許さなかっただろうに、それを押し通したのだろうか。であれば、それをしても許されるほどの恩義を、この男は竜帝陛下に売ったこととなる。
それにユーヴィル竜精公だ。帝国のトップと宗教のトップ、この二人と顔見知りどころではない関係というのは……普通ではない。そもそも騎士だろうと、この二人に簡単に逢う事など許されはしないのだから。
「一週間後に信徒向け宿舎が落成しますので、それまでは宿で過ごして貰うことになりますが、宜しいでしょうか。追々とはなりますが、自警団関連施設と、それに付随した形で騎士隊詰め所も設ける予定ですので」
「はい」
「回りの面倒については信徒を当たらせますので、申し付けてください」
「有難うございます」
「では一先ずこれにて。数日内に歓迎会なども催しますから、是非」
「一介の騎士ごときに、忝い」
「いえ、いえ。それでは」
神にもご挨拶をと思ったが、昼間では忙しくて時間も取れまい。ヨージ・衣笠はペコペコとお辞儀をして足早に去って行く。時間を二倍にしても、きっと間に合わない程の忙しさだろう。
「忙しない男でしたね」
「彼は新興宗教のナンバー2であり、盛り始めた村の長でもある。そもそも準領主とて領主。騎士でしかない私達とこうして面と向かって話している事自体大層なことだ。彼が気を使ってくれているという事だろう。ゼェラエス、随分警戒するじゃないか」
「バタバタと走ってきましたでしょう」
「ああ」
「演技ですよ」
「……――」
「あと、ボクは人様の魔力量を計測する事に優れています。魔力の力がその人の力量の全てとは言いませんが……正直、頭が痛い。計測出来ませんでした。数値化は無理ですね」
「魔法使いなのか。武人には、見えたが」
「武魔一体の剣術士。キヌガサという苗字からも、恐らくは古鷹のモノかと」
「……古鷹。扶桑の宮頭。魔人古鷹佐京守か」
大帝国にも轟く武人の名。龍を護る絶対の守護者。怪物エルフ、古鷹佐京守在綱。
つまるところ、大帝国におけるアインウェイクに比類する人物だ。
その縁者だとすれば、何故そんなものが準領主となり得るのか。
「一先ず、ご厚意に与ろう。私は街を見るがてら自警団を覗いて来る、貴殿は隊を率いて荷物の整理と宿の寝床を設えてくれ」
「はい」
ゼェラエスが頭を下げて任務に掛かる。彼はとても優秀な男で、ロンターの気が付かない事を目敏く観察する事に優れている。馬鹿正直、馬鹿真面目などと言われるロンターには得難い部下だ。
確かに、彼の言う通りヨージという男は不思議だ。その経緯も全く不明である。
ただ、そういったものは大体、探れば探る程、碌な事にならないものである。騎士は騎士らしく、上司からの言いつけを守り続けていれば良いのだが……とはいえ自分も気になるものであるから、暫くはゼェラエスの話も聞いてやるべきだろう。
首都からこんな田舎に連れて来てしまったのだから、部下達のモチベーションを維持するのも、上司の役目なのだ。頭ごなしに否定してしまえば、信頼は離れてしまう。
(しかし本当に人だらけだな)
シュラインを出てまた庭……境内というらしいが……を眺める。こちらが視線を向けると、あからさまに顔を隠す輩も居る。不法入国にとやかく言う世の中ではないが、それでも顔を隠すのだから、敵性人種である可能性も高い。
……が、取り締まれと言われたワケでもないのだ、あえて触るような真似はしない。ここは自分の仕える皇帝陛下の土地ではあっても、管理者が違うのである。
商店街に足を踏み入れ、雑踏を抜けて行く。衣裳、人種、宗教、ごちゃごちゃだ。任務で何度かキシミアに赴いた事があったが、それに近いものを感じた。こんな大帝国の内陸部であるのに、沿岸部の大都市に雰囲気が似ているとは。
神もチラホラと見かけた。確実に神、と言えるものは基本的に無いのだが、空気が超然としているので、まず間違わない。物見遊山であろうか。
「失礼」
「むっ。騎士? あーあー、来るとか言ってたな」
「ロンターと言います。こちらの責任者の方は」
「お姫様かな。どうぞ中へ」
(お姫様?)
自警団詰め所へ顔を出す。建物は新築だろう、まだ片付けも終わっていないという雰囲気であり、あちらこちらに備品が積んである。訓練場となっている庭に顔を出すと、今はどうやら休憩中であるらしく、男も女も軽食をとっていた。
その中の中心にいる獣人女性。彼女が責任者だろう。
「お初にお目にかかります。首都から参りました、ロンターと申します」
「ふむ。よきに計らえ。ヨージ師が言っていた守護騎士であろう」
「……え、ええ」
やはり雰囲気も美貌も言葉遣いも、一般人ではない。お姫様、というのも、あながちタダの愛称ではなさそうだ。
「帝国の騎士がいか程か知らんが、面倒臭そうな相手は任せる。それ以外の治安維持や取り締まりなどは、基本的にココの自警団員が行うものであるから、余計な口出しは無用のこと。他に何かあるか?」
「ご挨拶を、と思いまして」
「ナナリだ。ワケあってここに滞在している。自警団の責任者、と言えば恐らく間違いはないが、明確に役職が決められている訳ではない。そもそも修行中の身であるからな」
「失礼ながら……高貴なご身分でいらっしゃられますか」
「ま、余の顔を見て一般人とは思うまいな。どう思ってくれても構わん。ちなみに『上』も承知であるから、余の存在を上に知らせてもあまり意味はないぞ」
「さ、左様で……」
「おーっす、ナナリ。訓練つけにきてやったぞ。あ、なんだそいつ騎士か?」
「むっ」
得体のしれない組織すぎる。どうみても貴人だ。お姫様、というのは、そのままの意味かもしれない。だとすれば何故イナンナーの姫君がこんな場所に。そんな事に頭を巡らせていると、別の女性が現れる。今度は南方系……恐らく神グリジアヌだ。
「これは、これは。ロンターと申します」
「グリジアヌだ。なかなか良い顔してるな。酒はいけるか?」
「嗜む程度には」
「じゃあ今度付き合えよ。ま、それはいいや、んじゃ始めるぞヒヨッコどもー」
といって、神グリジアヌが……何もない空間から、不格好な木剣を取り出す。すると、今までお茶を飲んでいた自警団員達が即座に臨戦態勢となり、神を囲み始めた。
……なるほど、一応訓練されている、というのは間違いなさそうだ。体格が大きいものは前へ、女性達は背後からクロスボウを構え、魔法が使えると思しきものが更に後ろで控えている。各員得物は非殺傷のものだ。クロスボウの矢も先が尖っていない。暴徒鎮圧装備なのだろう。
「イチ!」『応ッ!』
「ニッ!」『応ッ!』
陣形の調整、距離を絞り、凶悪犯罪者役の神グリジアヌを追い込んで行く。声を上げると相手に悟られる、などと考えるかもしれないが、そんな事よりも足並みが揃わない事の方が、シロウトには致命的なのだ。武装した一般人を組織化する、という意味でこれは間違いない。
「サン!」
大人の身の丈程もある盾を持った前衛が神グリジアヌに突撃、拘束に掛かる。相手がただの暴徒ならば、それで十分な効果だろう。が、グリジアヌは容赦してくれないようだ。
「ぐあああっ」
全員が一息で押し返される。そこへクロスボウを射かけるが、全て叩き落とされる。
神はヒトとは比べ物にならない身体能力を保有しているものの、全てではない。まして矢の弾道を見極めて叩き落とすとなれば、それなりの力量が必要となる。
なるほど軍神である。
「なんだ、この村には騎士もいやがるのかぁ」
「!?」
……どうやら自分も訓練に組み込まれていたらしい。目を見開き、それはそれは楽しそうに、物凄い勢いで神グリジアヌがこちらへと斬りかかる。
剣――は抜くまい。幸い軽装鎧は着ている。
「ぬんっ!!」
「おお、やるじゃんッ」
加減してくれたのだろう、ロンターは襲い掛かって来たグリジアヌの木剣を躱し、その両の手でグリジアヌの横っ腹を押し返す。彼女はバランスを崩す事もなく、こちらが加えた圧力をそのまま受け流し、ヒラリと舞って地面に立った。
「ナナリ。コイツ使えるぞ」
「恐縮です」
「あー、アンタ等、なかなか出来るようになったじゃないか。ま、バケモンはヨージに任せるとしても、他の奴等ならアンタ等自警団でも抑えられるな!」
「有難うございます、グリジアヌ様!」
「神様お怪我はー?」
「あるかよそんなの。ま、こんなカンジだから、ロンターだっけ」
「はい」
「無辜の民だ。難しい事は出来ない。だが矜持はある。それを崩すような事はしないで、手を取り合って村を守ってやって欲しい」
「……畏まりました」
……ただの軍神でもないらしい。今の一連の流れは、ここに来た段階である程度予想して動いていたのだ。ロンターが隊の隊長である事も、見抜いていただろう。自分達の村を守る矜持を村人から挫くような真似はしないで、協力という立場で触れ合って欲しいと、見せてくれたのだ。
なるほど、きっと治癒神友の会というのは、人種こそバラバラでも、限りなく秀でた者達の集まりと見える。まだ核心部分は分からないが……神グリジアヌの口からも、ヨージに言及があった。バケモノは彼に任せて……バケモノとは、どの程度のモノを言うだろうか。
「ヨージ・衣笠氏と面談して参りました。彼には、皆様、随分な信頼を置かれているご様子で」
「基本的にアイツを信頼して集まってるから、そりゃな」
「治癒の神……シュプリーア様を頼みにしている訳ではない?」
「それは当然あるだろ。あるが、支柱はアイツだ。あ、なんも聞いてないのか?」
「彼が何者であるか、というお話でしたら、一つも」
「そっか……その、自信とか、無くすなよ? 騎士は騎士だ。怪物じゃないんだから、比べたらダメだぞ。アイツは現象か何かと認識しておいた方がいい」
それは、どういう意味か。
「喉乾いたなー」
「グリジアヌ様、お茶ですぅ」
「ありがと。うんうん、昼間っから女の子侍らせるのも悪くないな」
「やぁん!」
……随分幼い女性体の神だが……性別の云々は、あまり考慮していないようだ。女性人気が高いらしく、自警団詰め所の外から見守っていた村娘達も、ぞろぞろと入って来て神グリジアヌを囲い始める。
かたやお姫様……ナナリの周りでは男達がまさしく小間使いのように……いや小間使いにしては随分嬉しそうに働いていた。
「なんだ?」
「イナンナー的であるな、と」
「貴殿は村の守護に来たのか? 調査に来たのか?」
「失礼しました」
ナナリにはかなり警戒されている。イナンナーの貴人ならば、確かに帝国の騎士など好かないだろう。
「それでは、細かい取り決めなどは、また後日すり合わせと致しましょう」
「ああ。それで構わぬ」
礼をして立ち去る。様子見のつもりで来たが、フォラズ側は自分達騎士が来ると分かった時点で、どのように対応するか、決めていた節が見て取れた。こちらとしては、ひっくり返っても逆らえないような立場であるから、警戒されすぎても困るのだが……やはり、所詮は部外者扱いだ、時間をかけて友好を勝ち取る他あるまい。




