内なる神2
行政員達はニナが作ってくれたスープを飲んだら、疲れたのか礼拝堂の座席でひっくり返って寝てしまった。ダカンタを神官控室に招き、改めて面と向かう。
おそらく人間族、年齢は八〇前半か。街ならともかく、小さい村なら長老様扱いだろう。口調はハッキリしており、ぼけた調子はない。喋る度による眉間が、なんだか古鷹佐京めいている。
「事情を伺いましょう。僕は治癒神友の会第二神官長ヨージ・衣笠です」
「君が、商会傭兵団をたたき出した張本人かね」
「皆で追い出したのですよ。僕達は逆上した奴等を捕まえたにすぎない」
「……訴訟を取り下げて欲しい。示談としたい。謝罪と賠償の準備がある」
「なるほど。彼等行政員は威圧するつもりだった故、話が拗れるから、自ら来たと」
「そうだ。我等竜の止まり木が、上納金だけ受け取り、フォラズに奇跡を齎さなかった事実を認める。神センクト、並びに筆頭神官の私が、直接村民に謝罪し、全額ならずとも、上納金の一部を返金する」
「そうですか。試算額はこの程度です。前後するかと思われますが、概ね」
「……泣けてくるほど少ないな」
「そうです。貴方達からすれば、はした金に近い。しかしこんな貧乏な村ですからね、これでも大金なのです。日々の生活を削って払ったのに、奇跡がない。確かにフォラズは貴方達から運営権が離れたとはいえ、竜神敬愛宗門徒はいた。なのに商会傭兵団が攻めて来ても、手を貸そうともしなかった。義務ではありません。義務では有りませんが、不義理極まる」
「金額は直ぐ用意する。神センクトもこちらに招き、謝罪の席を設ける」
「――お話の分かる方で助かりました。では、訴訟は取り下げます」
「……神シュプリーアはどちらで」
「ん。私」
「イルミンスル大教会の、代理主神と伺った。我々の上部教会であるから、我々も頭を垂れねばならない。神シュプリーア。どうか、我々竜の止まり木に、平穏と安寧を……」
「わかっ」「ストップです」
ヨージはリーアの発言を遮る。
これは違う。食えない男だ。よぼよぼの老人なのは見た目だけであり、恐らくあちらで寝っ転がっている行政員が束になっても、この老人には敵わないだろう。話が分かっているようで、自分の主張しかしていない。
「確かに形式上代理主神ですが、大樹教加盟ではありません。貴方が拝む必要はない」
「……」
「イルミンスル大教会の下部教会であるという事を利用して、その責任の一部を逃れるつもりですね。神に言質を取ろうとするとは、なんと狡猾か」
「逃れるつもりはない。先ほど述べた事実について全面的に認める」
「つまり、それ以外に何かあるのでしょう。謝罪と賠償で済めば御の字、程度になるほどの何かを、竜の止まり木は抱えている。それが発覚した時、我々治癒神友の会に縋りつく気だ」
さて、どう出るか。半ばカマかけに近いが、全てがハズレという事もあるまい。
この老人は古鷹佐京と同じ匂いがする。老獪で、死ぬ気のない、古びた狼だ。
「見た目は若いが、幾つかね」
「そろそろ五四です。エルフとしては若輩だ」
「私のように、悪い老人が多い環境にいたのだろう。苦労がにじみ出ている」
「散々な目に遭いましたよ」
「……では後日。時は君が指定してくれ」
「二日後に」
「お邪魔をした」
「……夜です。泊っていかれては」
「今日は月が出ている。問題無く帰れる。私は忙しい身だからな」
老人は……曲がった腰を伸ばし、杖も手に持ったまま、シャキッと歩き始めた。
本当にこれは、クソ老人だ。
ふと、ヨージは杖に目が行く。杖の下の重心が、やたらと重い。
持ち上げる時に、尻が下がった……。
(仕込み杖だ。剣術を嗜んでいる。歩き方が、剣士のソレだ)
嫌な予感がする。行政員達は、一体何に襲われたのか。もしや、この老人ではないか。
だとするなら、遠くない間柄であろう行政員達を、叩っ斬って捨てる理由は、なんだ。
(いや……?)
……というか、それだけ思慮と考慮と配慮と策謀滲みそうな男が『ヨージを前にして』今まで完璧だったよぼよぼ老人の演技を止めた上で『仕込み杖である』と悟らせたのは、どういう意味か。
(――……証拠が無いところで僕が彼を犯人だと断定すれば……謂れのない汚名を着せられたと……騒ぎ立てる気だったな、あれは)
恐らく、あの杖はただの杖だ。仕込み杖であるように、見せかけたのである。
貴様が犯人だな、その杖を見せてみろ、と声を上げたなら最後、ただの杖を誇らしげに見せつけて、このエルフめはなんという事を言うのだ、絶対に許せぬ、と。
「妖怪め」
「よーちゃん?」
「あれは化生の類です。アレと話すときは、お気をつけを」
「最初から、健康なのはわかってた」
「我が神の目には、完璧な演技も形無しですね。とにかく、警戒を」
「んっ」
ともすると……彼が本当に犯人であるならば、行政員達が襲われたのも、理解出来る。
理屈が通る。
殺人の罪を、こちらに擦り付けるつもりでいたのだ。
『我々竜の止まり木は対話を望んだにも関わらず受け入れて貰えず、逆上したヨージ・衣笠によって殺害された』とでも、上に報告するつもりだったのだろう。
それが本当か嘘かは考慮されないのだ。そこに死体が出た、という事実だけが重要だ。
だがあの男は見誤った。内心ほくそ笑んで、死体や負傷者を確認する為、友の会に乗り込んだというのに、バラバラにした筈の行政員達が、ケロッとした顔でお茶を飲んでいたのである。それは驚いただろう。腰が抜けそうになったに違いない。
まさか我が神が、そこまでの治癒が出来るなど、想像もしなかったであろう。
彼はあらゆる方法で、難癖をつけて、それを取引材料に、竜の止まり木の被害を最小限に留めようと、している。
危険すぎる。なんだあの男は。とても精神がまともな市民ではない。
(自分の命まで投げ捨てて……神を護るような……輩だろうか。あれは死ぬ気のない類ではないか……? 何を隠している?)
……驚くべき精神性である。これは、カイン商会どころの話ではない。
こいつが、一番警戒すべき、フォラズ村の敵である。
「ぬっ……焦げ臭いな」
「ん。動物が死んだ気配がする」
「ヨージ神官!!」
美月が慌てて控室に駆け込んで来る。何事か。
「う、裏手の山と、穀物倉庫が燃えてる!!」
「――……ッッ!!」
外に飛び出す。街は外出禁止を命じられたにもかかわらず、村人がハチの巣をつついたような状態であった。あのクソ爺を探したいのは山々だが、まずは火消し――
「まずい。ナナリが山にいる。全員消火活動! 行政員にも手伝わせてください! 僕は山へ行く!!」
里山と倉庫。双方とも、この村の食糧の大半を担っている部分だ。乾燥した時期とはいえ、里山ならまだしも、倉庫まで同時に火がついたりはしない。村人がそんな事をすれば、冬を越す食料がなくなってしまう、それは自殺に等しい。
まさかあのクソ爺か。
嫌がらせか、何か意図があるのか。理由は知れないが、何にせよ大打撃である。
「ナナリ――ッ!!」
走る。そして飛ぶ。強引な魔力行使の為、目に血液が滲む。今までナナリが居たであろう拠点を目掛けて、音を斬る程の跳躍だ。最高到達点に至ると、そこから風魔法に切り替え、落下地点を定める。下を見渡すと、火は燃える倉庫側から山を昇るようにして延焼していた。自分達が焚いた焚火が出火元ではない。
(幾ら乾燥しているとはいえ火の手が早すぎる! 油まで用意していたのか……ッ!!)
この速度は意図的でなければあり得ない。油でないのならば、火属性魔法としか思えない。
(風に……微量ながら、他者の魔力を感じる。特定は出来ないな……が、延焼を促している)
「ナナリ!! どこですか!」
周囲を見渡す。拠点にはまだ火は到達していなかった。焚火台の火は燻っている。
彼女が座っていた丸太に目をやる。串。肉がついたままの串だ。齧りかけである。
(何かに気が付き、立ち上がった。まさか……)
「ナナリ! 返事をしろ! ナナリ!」
「――師か」
「ナナ……うっ」
ナナリが居る。いるが、彼女は頭から血を流していた。左手で右わき腹を抑えている。
抑えるその手からは血液が滲み……――腸がはみ出していた。
「はっ、ハッ、はぁっ……」
「倒れ込むな! 立っていろ! くそ、一気に飛び降りは無理か」
背負って跳躍し、山を一気に下りるのが、当然一番早いが、この怪我でそんな事をすれば、落下時に致命的な衝撃を与えてしまう可能性がある。それは避けたい。
相手の様子など窺っている暇はない。
仕方なく、上着を脱いで縛り、彼女の腸を押し込んでから腹に巻き付ける。
「歯ぁ食いしばれぇッッ!!」
「ぎ、ああぁぁッッッ――!! い、い、いぃぃいぃ、ひっ、いぃぃ――ああぁぁッッ!!」
「イナンナー女が喚くなッ! 腸が出る! 負ぶされ!!」
ナナリを背負い込み、一切のブレーキを掛けず山を走り下る。火の手が上がっていない場所を選んで進むので、余計に時間がかかる。
(あの切り口は刀の類だ。火をつけて回っていたところで、ナナリに出会ったか。やはり火の手が早すぎる。魔法だ。が、魔力は感じない……くそ、燃えそうな部分だけを狙って放って、自分の魔力痕跡を最小限に留めたな……)
すべてが魔力の炎であるならば、もっと具体的な感覚があるのだが、それがない。
(あの爺以外考えられん――ッ)
その手際はシロウトではないだろう、最低限、知識と計画性を持っている。
(斬り殺すべきであった……なにも考慮せず、叩き斬るべきであった……)
あのクソ爺。犯人であると疑った瞬間に、刀を抜いて、その胴体を半分にするべきであった。全体利益を考え過ぎた。不利益を被ってでもヤるべきであった。あの爺の精神性はもはやヒトのソレではない。自分の利権を護る為なのか、はたまた、神センクトへの信仰心か。
どれにせよ、逸脱したニンゲンを放置しては、被害が広がるばかりだ。
「くそ、右も左も焼けてるじゃないか……ッ」
目の奥に、血液の赤色と、炎の紅蓮が混じって行く。
動悸が激しくなるのを抑えて、ひたすらに足を進める。
『さあ負ぶされ、時鷹。大変だったろう――』
あの炎渦巻く地獄で、時鷹を見つけた時、ヨージは救われる想いであった。
しかし彼が背負われる事はなく、目の前で炎の樹木と化し、ヨージに襲い掛かって来た。
その絶望感は他にない。唯一無二の地獄である。
「ナナリ。衝撃が来るかもしれません。僕の服を噛んで、堪えてください」
眼前に迫る炎に対して、ヨージは手を掲げる。
「"我が内界を巡る風の血よ""岩の大戸も破りし颶風となれ"『風香豪落』」
ここに扶桑の神は祀られていない故、外在魔力魔法は唱えられない。内在魔力魔法では威力不足となるが、肉体を代償にすれば、炎の一山を消し去るぐらいは出来る。
収束した空気がヨージの手の内に収まる。気圧の変化で周囲の風が変わる。
血管が浮き上がった右手に、左手を添えて、それを撃ち放った。
「ぐぅッ」
正しい術式、正しい形で用いなければ、魔法というのは命を削る。例えそれがヨージであろうと例外ではない。全世界の魔法使いが驚くような怪物でも、出来る事に限度はある。
しかしその甲斐あってか、風圧は燃え盛る草木を真横になぎ倒し、里山の下までの道を作る。
「我が神ぃ――ッッ!!」
「――ッッ!! よーちゃん! ナナリ降ろして!」
「お願いします! 僕は倉庫に!!」
商店街を駆け抜け、裏手の倉庫街に回る。狭い道にはヒトがひしめき合い、穀物の運びだしが行われていた。炎で燃えれば台無し、水をかぶせても終わり、全部なくなれば餓死者が出る。
大樹教が一番忌み嫌う行為だ。そこまで分かっていてやったのか。
「ヨージ神官!」
「美月」
「水魔法出来るわよ?」
「米や麦に水引っかけて大丈夫だと思いますか、貴女」
「――……そうね!」
魔法で延焼部を吹き飛ばしたいのは山々だが、ヒトが多すぎる。ここで叫んだところで、声が届く訳もない。せめて燃え移らないよう、近隣の建物を解体したいが……駄目だ、そもそも防火意識、なんてものが考慮されている村ではない。
密集地といえばココぐらいで、あとは散逸した民家や倉庫ばかりなのだ。
ビグ村が、一体どれだけ完成度の高い村だったかが窺える。
「ざ、残滓だぁぁッッ!! 森の残滓が下って来たぞぉぉッッ!!」
「ああああ次から次へと、なんなんだ!!」
少女と思われる大声が響く。少女というには随分荒っぽい口調だ。残滓、森の残滓だ。最近は森林地で出会ったばかりだが、グリジアヌが操作して、襲われるどころか警護に回していた。
まさか。
(グリジアヌ!)
『山火事から逃げて来た残滓持って来た。村人追い散らすから、その間に魔法で延焼しそうな建物を吹っ飛ばせ』
(なんだって貴女はそう気が利くのか! お願いします!)
「残滓です! 離れて! 倉庫通りに向かって来ている! 早く! 美月も煽って」
「ざ、残滓だー! 残滓が出たぞー」
「な、なんだってこんな時に!」
「逃げるぞ!! 踏みつぶされちまう!!」
グリジアヌはわざわざ大きな地鳴りまで響かせて、残滓の接近を知らせている。穀物の炎上は危機であるが、残滓に潰されてしまっては元も子もない。村人達が蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「ヨージ殿!」
「自警団員ですか! 残っている人達は!?」
「作物の運び出しをしてます!」
「直ぐ避難を。僕達が何とかします」
「お、お願いします!」
建物内でまだ運び出し作業をしていた自警団員を引き連れて、皆が逃げて行く。これなら何とかなるだろう。
「美月。あの倉庫と隣の家屋。出来るだけ周囲に飛び散らないよう破壊出来ますか」
「え? 建物壊すの? ひどくない?」
「延焼を防ぐのですよ。いったいどんな常識で生きて来たのですか貴女」
「……――賢いわね! じゃあやるわ!! 『衝撃七式』」
等身よりも長い杖をくるくると回して(それは何かの予備動作なのか)から、指定された建物に対して、形式不明の呪文を唱える。
「えいやっ」
「――何……ッ!?」
ボゴンッという衝撃音。瓦と木材の屋根、そして石壁が一瞬で粉々になり、瓦礫ではなく砂となる。しかもそれは、破壊された状態で停滞していた。中空に浮いたままになっているのだ。
(自らの手を離れた魔法を、操っているのか……!?)
現代魔法学において、こんなものはあり得ない。何か物体を利用し、それを操る事を目的としているもの(例えばナナリのナイフなど)ならば幾らでもあるが、放った魔法をそのまま、破壊した物体の操作に利用するなど、聞いた事も見た事もない。
「おもーい! これどこにどかすのよ?」
「ゆっくりまとめて、そう、そこへ……」
「こんなもんで良いのかしら?」
「次も出来ます?」
「出来るわ!」
美月は、指定された建物を次々破壊し、粉砕して行く。建材の再利用は不可能だろうが、吹っ飛ばした建材が周囲にぶちまけられるよりもマシだ。ヨージと美月の前には、次々と砂山が出来上がる。
「こんなもんかしら」
「――……」
「火も消せますか」
「空気中の水分量を増やしてみましょ。水ぶっかけない程度に」
美月はそういって杖を振る。乾燥していた空気が、途端ジメッとし始める。
「そうだ。燃えている部分、水で包んでしまいましょ。穀物に触れないように」
「で、出来るのですか、そんなこと」
「もちッ」
……出来ている。出火部分が水の膜で覆われ、それ以上延焼せずとどまっている。
幾ら頭を巡らせても、理解出来ない。彼女が紡いだ文言は『衝撃七式』という短いものだ。確かに魔法自体は衝撃魔法であったが、どうしてそれがぶつけた材質の操作にまで及ぶのか。
それに、この水魔法。操作が難しい水魔法を、ここまで緻密に大規模に操るなど、常識をはるかに超えている。まるで神話の魔法だ。
「ヨージ神官?」
「良く出来ましたね。あとでお駄賃をあげましょう。ボーナスです」
「まあ、この程度で? でも貰えるなら嬉しいわ!」
「ところで、衝撃七式と言いますが、何式まであるのでしょう。一式で、壺がバラバラでしたね」
「死ぬ程の魔力を込めるとなると、一〇〇〇式まで出来るかしら?」
「威力はいか程で?」
「海岸都市を海に沈めるくらいね。しないわよ? 死んじゃうもの!」
嘘か真かは知れないが、もしそんな事が出来るとするならば、それは竜精程度となる。
わあ、美月は強いのですね、などと言っていられない。この女は、ヨージ・衣笠という怪物から見ても、おかしい。
「今後決して、僕の許可なしに攻撃魔法を撃たないと約束出来るなら、四等神官に昇格させましょう」
「ええ? ほんとう? どーしようかしら。でも、今のところ貴方に許可を貰って魔法を撃つぐらいしかしないし、もしかして、良いのかしら? あ、それは貴方の下を離れたら無効?」
「ええ。少なくとも僕の見える範囲に居る場合は、僕の許可を得てください。それ以外は別に制限しません」
「まあ! 人様に制限されるなんて久しぶり! なんだか人妻になった気分だわ!」
「何言ってるんだこいつ(ははは、美月は面白いですね)」
「え?」
「いえ。では後で手続きしましょう。取り敢えず、逃げたヒト達を呼び戻してきてください」
「分かったわ!」
美月が逃げた人々を追って去って行く。丁度入れ替わりでグリジアヌがやってきた。
グリジアヌが操作していた残滓達は、また山へと戻って行く。
「グリジアヌ。本当にちょっと好きになりそうです」
「ばば、馬鹿野郎。アタシは十全皇と殺し合いをするつもりはないぞ」
「我が神。お礼申し上げます」
「良いよ。被害は」
「最小限でしょう」
「そうかい。じゃあアタシは山の消火を手伝って来る。残滓が可哀想だ」
「お手伝いしたいのは山々なのですが」
「解ってるよ。こっちの片付けやれ。アンタの仕事だ」
深く頭を下げてグリジアヌを見送る。ちょっと昔のヨージならば、間違いなくグリジアヌに迫っていただろう。流石に随分と酷い環境なのでそんな事は出来ないが、あんなに気が利いて優しくて機転の利くヒトが、他に居るだろうかと思う。
(ぬう、忙しすぎて悪い癖が出て来た)
一難去ってまた一難、どころか、あのクソ爺は一人で三難ぐらいはありそうだ。
顎を擦って頭を捻る。これがあの爺の仕業だとして、いったいどのようなメリットがあるのか。証拠が残るような動きはない為、公然と断定出来るものではないが、ヨージ・衣笠という、一番疑われては不味いであろう人物に疑われている状況が、あの爺に利するとは思えない。
考えられるのは、竜の止まり木という教会が、別の何かを隠している事実からくる事だろう。
騒ぎを大きくする事によって、自分達のした『何か』を覆い隠さんと、しているのか。
『奇跡を齎さなかったのに上納金を要求した』
『商会傭兵団に蹂躙されている村に一切手を差し伸べなかった』
『フォラズ大樹教会に神を招致したが、無視された』
この三つが大きな論点だ。上納金要求は完全な不正である為、議論の余地もない。これはダカンタ一等神官も認めている部分だ。商会傭兵団による蹂躙に関しては、義務ではないが、相互助力を指標とする大樹教的には宜しくない。まして金は巻き上げているのだから、その分は働かなければいけなかっただろう。ただし、不正とまではいえない。神の招致に関してはギリギリ怪しい所だ。
是よりもまずい事を、隠しているのか。
そもそも、フォラズに奇跡を齎さなかった理由、これについて言及した方が良いだろう。元村長のクレスがいう『黒霧祭』に起因しているのであれば、そこを足掛かりに、別の事実が浮かび上がるかもしれない。
(一旦戻ろう。ナナリが心配だ)
こちらを鎮火させた後、更に里山の鎮火に出ねばならない。
今日はまず、寝られないだろう。




