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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
フォラズ村編
182/318

夜明けの谷4




 行政区街大樹教竜神敬愛宗教会『竜の止まり木』


 現在は竜神敬愛宗解体に伴い、無宗派教会となっている。高価な石材で組み上げられた豪奢な造りは、中部街道を行くもの達の足を止め、巡礼と観光を促すには十分なものである。


 強烈な主張を持つ宗派でない限り、大樹教に区切りはない。竜神敬愛宗もその一つであり、行政区街は大帝国東部から西部へと向かう者達の止まり木として発展していた。


 教会の奥。神が人々に説教をする前の控室で、神センクトと二等神官達は、冷や汗を流し、息を最小限に留め、震えながら来客に応対していた。


「ど、どう云ったご用件でしょう、フィアレス・ドラグニール・マークファス竜精公」


 人間族の見た目で言えば二十代前半の男性神。髪は赤茶けており、その目は黒い。中肉中背の、これといって特徴のない神、センクトが震える手で紅茶のカップを取る。


「ええ。前任者、アナハトナ・ラグナルタ・ザイラムス公に代わりまして、こちらの旧マーリク竜支卿管理地は、わたくし、フィアレス・ドラグニール・マークファスが管轄致します。以後、お見知りおきを」


「は、ははあ……」


 全員が席を立ち、跪いて頭を垂れる。


「こ、このような場所での応対、どうぞお許しください」


「突然の来訪ですもの。仕方が無い事ですわ。ある程度の礼さえ尽くして貰えれば、むしろ仕事を優先してくださって構いません。大樹教の為に働く事。それこそが、大樹教に名を連ねる神と神官の役割なのですから」


「寛大なお言葉、誠に有難う御座います」

「ええ。さ、面を上げて。わたくしの目を見て、お話してくださいな」


 神センクトが顔を上げる。視界に入ったのは驚くほどに美しい女だ。そもそも、竜精に性別云々などという話があるかどうか、それは不明だが、竜精という存在はその全てが女型となっている。


「この度は……わざわざ、ご挨拶に来てくだすったのでしょうか」

「それも有ります。けれども本当にお話したい事は別。行政区街の北。フォラズのお話」


 ――嫌な予感はしていた。アナハトナ竜精公が突如の解任、そして竜神敬愛宗を率いたマーリクが失墜、どころか、宗派解体という厳しい処置になった事で、新しい竜精が管理に現れる事は予想していたが、よりにもよってこの、ドラグニールである。


 ラグナルタ姉妹は比較的温厚だ。話が分かるものも多いし、利益があると思えば、他に口を噤むような真似すらしてくれていた。アナハトナ竜精公はまさしくソレで、自分の担当区で面倒があるようなら、視て見ぬふりをするぐらいには、寛容……というか、面倒くさがりであった。


 だが、ドラグニールは違う。ヒキコモリの次女は不明だが、竜精の形をした役人の権化のようなフィアレスと、気に入らなければ何もかもぶっ飛ばすミーティムである。


 マーリクの工作もあり、杜撰な管理は見逃されて来たが……マーリク亡き今、フィアレスという竜精を受け流せるような体制にない。


「フォラズ……何か、問題がありましたでしょうか」

「フォラズは元竜神敬愛宗の教徒達でしたわね」


「はい、その通りで」

「フォラズ村の教徒へ、最後に奇跡を授けたのは、いつかしら」


 フォラズ村。フォラズ村だ。こちらの臨時行政府が管理を引き継ぐものであるとばかり思っていたというのに、なんとフォラズは名も知らない宗教団体が運営権を手にしている。これには神官達も、神センクトも、冷や汗を流す毎日であった。


「さ、さて。いつだったか。何分少し距離がありますし、やってくるのはアチラの商人ばかりでして。二等神官、記録などはあるか」


「はい。つい最近、三名に奇跡を授けた記録があります」


 当然ねつ造だ。フォラズに奇跡を授けるなんて真似はしたくなかった。あの村、および村民は、呪われている。自分が奇跡を授けた結果、その因果を辿って『死神』達がこちらに手を伸ばすのではないかと、神センクトは恐れていた。


「こちら様と、こちら様と、こちら様。なるほど」

「数は少ないのですが、はい、数名、授けています」

「へえ。フォラズの資料とは異なりますのねえ。この差異はいったい?」


 神センクトの顔が拉げそうだ。治癒神友の会は、相当に頭がキレるものがいる。そして、大樹教に対して、妙に強いコネクションがある。恐らくは……件の、神官だ。


「我々も、それについては理解しかねます……奇跡は、授けている筈です」

「つまり『彼』が嘘を吐いていると?」

「彼……と申しますと」


「治癒神友の会第二神官長、ヨージ・衣笠氏です。彼とは懇意にしていまして、お互いにお互いの恐ろしさをよぉく知っています。まさか彼が、この、竜精に……嘘を吐いたと? 竜精を、利用しようとしている……と、貴方は、おっしゃりたい」


 どうして。どうしてどうして。どうして、他教の神官如きが、天上人たる竜精と懇意に出来るか。そこにいったいどんなカラクリがあるというのか。


 竜精とはいえ女。まさか、絆されたか。

 だとしても、だとしても、それを竜精の前で口にするなど、死んでも出来ない。

 死ぬよりひどい目に遭う。


「に、二等神官。調べ直しなさい。二日以内に、再調査結果を、フィアレス竜精公へ」


「フォラズ村の大樹教会」

「は、はい」


「清掃、補修、管理せよと命令されて、おりませんでしたかしら」

「そ、それでしたら、済ませてあります」


「いつ?」

「い、一か月ほど前に」


「その間に家の無い娘が住み着いて、随分と荒れていましたわ? 総合統括庁からの、直接の命令を、貴方達竜の止まり木は、遂行して、いらっしゃらない? 貴方達の親、イルミンスル大教会から、お話が、なかったのかしら」


「ま、また新たに……直ぐにでも」

「補修代も出しますように。今は治癒神友の会の教会ですけれど」


「畏れながら、竜精公……」

「はい、何かしら」


「ち、治癒神友の会というのは……大樹教加盟では、無いのですよね。であれば何故……総合統括庁から、イルミンスル大教会から、更にはフィアレス竜精公直々に……このようなお話が、あるのでしょうか」


「なぜ?」

「は、はい?」


「センクト二等神。なぜ、貴方が、そのような事実を、知る必要がありますかしら? 総合統括庁から、イルミンスル大教会から、このわたくしから、ヤレ、と言われていますのに、いったいいったい、どのような了見で、そのような質問を?」


 神センクトは、もう既に抑えられる筈の生理現象が、抑えきれていなかった。神の胃に穴が空くなど、聞いた事もないが、しかし、今確実に、三つ四つは空いている。鳥肌は立ったまま、抑えられる筈の汗は、止めどなく流れて行く。


「失礼致しました……どうか、どうかお許しください……」


「これ以上『彼』の手を煩わせないでくださいまし。正直な話、今ここで全員殺して、総入れ替えしたって構いませんの。でも、長い間大樹教に奉仕しているでしょう? そこに、淀みや澱があったとしても、お金は納めているし、教徒も増やしている。ねえ?」


「……――」


「一週間で全て改善なさい。これが認められない場合、大樹教に対する反逆と見做します。神官等は階級はく奪。神センクトは、そうですわね。南方にでも、行って貰おうかしら」


「全力で、全力でご奉仕させていただきます……」


「期待しています、神センクト。では、わたくしは忙しいので、お暇しますわ。失礼」


 出された紅茶を飲み干してから、フィアレスは部屋を出て行った。数人が見送りに出る。

 今の数法刻で、髪の毛の全てが白くなるような思いであった。あの女は本気だ。ここに勤める神官の全てを無職にして、神センクトを厳しい南方に送り付ける気でいる。


 ただ、それでも慈悲深いだろう。

 本来ならば、本当に、その場で処刑だ。


「神センクト……如何なさいますか」


「とにかく言われた通り、フォラズ村教会の整備費を捻出しろ。ここ数か月でオレが奇跡を授けた、としたものは誤魔化しがきかん。ヘタに言い訳すれば殺される。もはやフォラズに奇跡を授けなかった理由を明かす他無い。何故オレが授けなかったのかについて、資料にまとめておけ。お前がやれ」


「仰せのままに。我が神」


「それで……それで、その、治癒神友の会とは、一体なんなんだ」


「先ほど調べさせていたものが届きました。記録だけですが」

「良い、話せ」


「はっ。発足は数か月前、南のアインウェイク子爵領領都サウザです。そちらではビグ村という村宗教と習合し、雨と治癒の光という名で活動しています。その後は下ってキシミアへ。キシミアでは都市神エーヴ直接の許可を得て公認宗教となり、街中の一等地に大きな教会……彼等でいうところの神社シュラインがあります。その後北上、首都では……あ、は、は?」


「なんだ、どうした」


「い、イルミンスル大教会に……主神のシュプリーアが、わ、分霊を提供。じっ……実質的に、私共竜の止まり木の……上部組織の……神……となって……います」


「ななな、なんだああそりゃあ――――ッッ!?」


 マーリク失墜の煽りを受け、行政区街は大混乱に陥った。その中枢である竜の止まり木及び行政府のゴタゴタをやっと片付けて、舞い込んだ知らせが、これか。


 意味不明だ。どうして他教の神が、自分達の上部組織の神をしている。


「ユーヴィル・ラグナルタ・マナシス竜精公御認可です……神シュプリーアの御霊は現在御神体に納められ……散去されたイルミンスル様の、代理主神と……なって……おります……」


「ち、治癒の神という名は、ホラでも冗談でも、無いのか」

「何せユーヴィル公御公認です。もしや、イルミンスル様の御血縁やも」

「な、なんてこった……一体首都で何があったというのだ……マーリクの馬鹿者めぇ……!!」


 マーリク失墜の、その理由。間違いなくこの治癒神友の会にある。


 イルミンスルは奇跡を齎さなくなって久しく、そのまま散去した。治癒の神の名を聞き、マーリクがすり寄った可能性が高い。その中で、強引な手段を用いたのだろう。結果竜精に咎められ、殺された……と考えるのが妥当だ。


 フィアレス、それにまさかユーヴィルまで加担している。一管理区の二等神如きが、どうにか出来るような状態を遥かに超えている。地面に頭を擦り付け、削れて無くなるまで謝罪する他無い。


「ダカンタ。あらゆる貢物を用意せよ。フィアレス竜精公分と、治癒神友の会分だ。ぎょ、行政府各員には、余計な事はするなと、強く、いいか、強く強く申し付けよ!!」


「それが……」

「神センクトぉ!!」

「なんだ!!」


 控室に数人の男達が雪崩れ込んで来る。身なりの良い男性たち……臨時行政府臨時行政員である。全員が元竜神敬愛宗の二等神官位……つまりマーリク支配下で働いていた者達だ。


 旧マーリク管理地は現在、皇帝直轄地として管理されている。


 皇帝陛下から遣わされた領地運営部による運営体制が整うまでの、仮の運営者であり、運営体制が整えば、お役御免の者達である。


「神の御前で貴様等! 無礼であるぞ!!」

「ダカンタ。構わん……どうした、行政員各位」


「我等竜神敬愛宗神官一同、やはりこのままでは収まりがつきませぬ! 領地運営部も総合統括庁も、マーリク竜支卿失脚の理由を、一向に説明しない! あれだけ大樹教とこの土地に尽くして来たというのに、マーリク竜支卿は説明もなく蟲刑! 我々は行政員を失職する! 神センクトとて、このままでは、どんな僻地に飛ばされるか、分かったものでは有りません!!」


 言っている事は真っ当だ。上層部の説明が足りていない。だが、足りていないという事は、マーリクはそれだけの事をしてしまった、という裏返しでもある。そしてマーリクは蟲の餌となり、部下達は立場を失う。


 領地運営部が体制を整えた瞬間から、彼等は行政員を解雇。二等神官という位こそはく奪されないものの、領地外で大樹教の神官の仕事を探すしかなくなってしまう。


 ……何より、今まで信じて来た教えが、全部否定された。それが痛い。


「お前たちの気持ちは十分に解る。オレも、お前たちが食うに困らないよう、各地の関連教会などに、働き口を探している」


「おお、神センクトよ。我々の為に、忝い……」


「オレの教会、竜の止まり木三名。アインウェイク子爵領にある教会へ二名、バイドリアーナイ公爵領に五名、皇帝直轄森林地の教会に二名、リズマン伯爵領に三名……ひとまず、行政員半分の再就職先は、確保してある。どうにか期間内に、あと半分と考えているのだが……」


 二等神官というのはそれなりの立場だ。大半の場所で、二等神官位が教会の神官長である。

 だからその立場故に、なかなか引受先が見当たらないのだ。まさか二等神官を教会の雑用として使う訳にはいかず、かといって神官長を任せる訳にはいかない。


 彼等は行政員として働く傍ら、マーリク竜支卿の庇護下で、竜神敬愛宗傘下の教会に派遣される立場であった。故に位は高く、しかし留まるべき教会がないのである。


 本来ならば全て竜の止まり木が引き受けるものであるが、そんな余裕がない。南部統括局に泣きつきたいが、こちらはハッキリいって『罪人』に近いのだ。宗派が解体された時点で、この宗派で神官位を得た者達から、位が奪われないだけ慈悲がある。


「――……我が神……ん?」

「あっ」


「我が神、この資料は――……治癒神友の会? フォラズに来た……ああ!? イルミンスル大教会の、代理主神!? ユーヴィル竜精公御公認……!? これは、一体何が!?」


「あ、いいやその」


「マーリク竜支卿は、この宗教と関わった故に……!? 我が神、お答を!!」


「しょ、詳細はオレも知らん!! へ、変な気は起こすなよ!! お前たちの再就職先は、オレが見つける! だから大人しくしていてくれ!!」


「しかしこのままでは、フォラズに奇跡を齎さなかった申し開きをする他無くなります。そうなれば……わ、我々は神官位すら、はく奪される……!!」


「なんとかする!」

「領地運営部に全て掻っ攫われるなんて……外から来た奴等が、なんだっていうんだ……!」


 マナシス竜精公、及びマーリク竜支卿が誤魔化して来た部分が、全部露見する。彼等行政員が抱えて来た利権、賄賂、その他諸々が、明るみになる。それに対して危機感を募らせているのだ。


 しかし、フィアレスの物言いを汲み取るに、恐らく全部既にバレているだろう。多かれ少なかれ、行政に関わるニンゲンが汚い事に手を染めている事など、お見通しだ。


 それでなお、申し開きの場を設けるような素振りを見せているのだから、ここは淡々と、与えられた作業をこなし、後ろ暗くはあれど仕事はするものだと、示さねばならない。


 ここで彼等に暴れられたら全てが水泡に帰する。


「フォラズから訴状が届いていたでしょう! こっちから突っ返して、話を付けてやりましょう! もともとあそこは私達の土地だ! フォラズは元から我が神の奇跡を望んでおらず、行政府からの干渉も退けていたのだと、証言させてやりましょう!」


「そんな馬鹿な話が通る訳がないだろう! 事実、我々はフォラズを放置したのだ! 今更どんな言い訳が立つ! 竜精が耳を傾ける訳がない! やめろ、やめろ!!」


 ここでの立場を失うのは確定的。ではフォラズで『大樹教としての正当性』を示し、今まで放置し散らかした教会を復活させて、そこに収まろうと、考えているのか。見ず知らずの土地で新しく神官としての人生を歩むよりも、近場での支配権を強め、再起を図ると。


 竜精が一つ息を吹き掛ければ終わる目論見だ。

 そもそも、その治癒神友の会に、こんな烏合の衆が勝てる訳もない。


「我々の未来と我が神の為に、戦わなければならない! いくぞッ!!」

『おうッッ!!』


「やめー……やめてー……あー……いっちゃった……馬鹿、バカバカ馬鹿! ニンゲン馬鹿!」


「駄目だと分かっていても、今まで享受してきた甘い汁を忘れられる者は少ない。保守的に凝り固まり、未来を目指しているつもりで、後退を続けている」


「ダカンタ……どうするべきか……例えオレの意思でないとしても、アイツラが動いたら、もう竜精には言い訳が立たないぞ……」


「どうか、今までで一番の奇跡を我が身に」

「ダカンタ、何か策があるのか!」


「御身は何者でしょう。そう、いと貴くも奇跡を身に宿す神。この中部街道の要所を繋いだ『交流』の神に御座います。彼奴等めは抑え、私めがフォラズへと交渉に参ります。傷は出来ましょうが、せめて、致命傷に至らぬよう、整えて参ります故」


「すまん、すまん……お前だけが頼りだ、ダカンタ……!」

「仰せの通りに、我が神」


 一等神官ダカンタが我が神に礼をし、部屋を出て行く。状況が悪すぎる。下がどんな馬鹿をしても、ダカンタが今まで抑えて来た。もはや彼しか頼るものがいない。


(くそう、悪い事はするもんじゃない……竜はみていらっしゃるのだ……)


 竜と大樹のレリーフに手を合わせる。

 最悪、近しい者だけでも殺されぬよう、祈るしかなかった。



形態がかわって、各話やシリーズに対して感想が打てるようになったみたいです。

どうぞ気兼ねなくご感想など頂ければ幸いです。

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