間抜けな鷹2
アレ等が簡単に引き下がらないであろう事は、当然予想が付いている。物も金も失い、利益はマイナス。カインという男は一見すると冷静に見えたが、神経質で癇癪持ちだ。前後左右になにがあろうと、論理的でなかろうと、分が悪かろうと、ぶち切れて何をしでかすか分からないタイプである。
どれだけ穏便に済ませようと思っても、限度はある。何せこちらは被害側だ。相手の逆上を恐れてキッチリ請求もしない、では誰一人納得しない。結果奴等の怒りが爆発したらしたで、対処出来る力があるのだから、するべきだ。
この世が対話だけで済ませられるならば、誰も血を流さずに済むのだが。
相手は武力を持っている。ではこちらも武力で対抗するしかない。
また、こちらとあちらは、対等ではないのだ。
既に奴等の拠点から村民は遠ざけてある。奴等が逃げ出さないように、グリジアヌとナナリ、そして新人の美月を配置している。
拠点の窓は閉じられ、カーテンが締められているので、中は見えないが、中が見えたらまずいような事をしているのであろう事は、容易に想像がついた。
「逆上ですかねー」
「でしょうね」
「あんなカンジで大丈夫でしたか? 彼等の上部組織の傭兵とか、援軍に来ませんか?」
「大丈夫でしょう。駆け出しの小商会とはいえメンツがある。田舎で宗教団体に追い出された、なんて話が広まったら、取引して貰えなくなります。上部組織に無能と判断されたら足切りされますし、自分で尻ぬぐいしなきゃいけない状況でしょうね。ああ、エオ」
「はい?」
「下がっていてください、危ないので」
「大丈夫ですよ!」
「……」
大商会の末端が仕事に失敗した。これが通常の取引であるならば、大商会は親として以降も面倒を見るだろうが、不法な行為を働いた上での大失敗では、リスク回避の為に切るのが通常だ。『私どもとは一切関係が御座いません。大帝国各領主さまに置かれましては、今後とも××商会を御贔屓にお願いします』である。
「よーちゃん」
「はい、我が神」
「変な気配があった。気を付けた方が良い」
「変な気配。魔力でしょうか」
「知っているような、知らないような」
……もう後は、暴れたところを現行犯で取り押さえて、払うものを払って貰って終わり、そう考えていたヨージの脳が切り替わる。リーアが警告した。では警戒レベルを最大限に引き上げねばならない。
「グリジアヌ、ナナリ、美月。奴等の拠点に寄ってください」
『りょー』『あい分かった』『構わないわ』
基本的に心配性だ。例え兎を狩るのとて、全力で挑む事が最善である。力の抜き所ぐらいは弁えているが、最悪は常について回るもの、というのを念頭に置いている。
ヨージは無銘から手を離し、グラムに手をかける。
「出てきました!」
拠点から、男達がぞろぞろと出て来る。剣呑だ。銃を袋にしまわず、抱えている。先頭に立つカインからは、分かり易い怒りが伝わって来ていた。
人数は、確認出来るだけで二〇人。牢屋にぶち込んであるものを引くと、大体聞いた通りの数だ。ただし、これが全部とは限らない。
(金を払う気は無さそうだし、一戦交える気か。先制攻撃した方がいいかな、これは)
「お三方。直ぐ飛び出せる準備を」
控え三名に声をかけてから、ヨージが前に出る。エオとリーアには魔法防御壁を張る。銃弾如きでは何百発ぶち込まれようと破れるものではない。
「どうされました、カイン氏。行政区街でお金を下ろすのではありませんでしたか?」
「宗教屋……ベルナンはどこだ」
「ベルナン氏ですか。そういえば見えませんね。どちらへ」
「俺が知るものか……君のところに逃げ込んだ訳じゃあ、ないんだね」
「ええ」
逃げた。ベルナンが逃げた。あの包囲網を潜って? グリジアヌとナナリと美月が囲っているのだ。どの隙間から逃げたのか。怪しいのは美月だが……今は追及しても意味がない。
「それで、カイン氏。その銃は?」
「これか……? これな……これは力だ。魔法を使えないニンゲンにも、簡単にヒトを殺せるように作られている。才能が有ろうとなかろうと関係ない。引き金を引けば、ヒトは死ぬ。銃の良いところは、現実感が低いところだね。剣や刀で斬りかかるような真似は、シロウトには難しい……だが、銃は違う。撃って当たれば、ヒトが死ぬ」
「そうですか、ナナリ、グリジアヌ、処理」
「――撃てぇッッ!!」
――失敗した。もう少し、ほんの、もう少し考えるべきであった。
癇癪持ちであろうカインが、死に物狂いの反撃に出る事は予想出来たが、その先を少しでも考えるべきだったのだ。
ヨージは奴等が構えると同時に、射線を避けて、無属性魔法放出の勢いで飛び出す。
手前の三人を一撃で斬り払ったところで、その音と煙に驚いた。
「――火薬式銃!!」
火薬式銃。魔化鉱物式銃でないと、気が付けなかったのは、失態だ。銃の形の全てを把握している訳ではない。銃も常に進化し、また種類も様々だ。ただ、火薬式銃と魔化鉱物式銃を見た目で判別は出来ないので、不可抗力であるとも、言える。
しかしこれは致命的だ。
わざわざ、何故火薬式銃を持ち出す必要があったのか。
撃たれた後に、嫌な記憶が蘇る。
「あぐっ――ッ」
「エオ――ッッ!!」
時間はすべてゆっくり流れている。銃弾が、魔法防御壁を貫通し、エオを傷つけた。どこに当たったかは分からない。分からないが、その瞬間にヨージの中を駆け巡った強烈な怒りは、半ば制御の難しいものであったと言える。
グリジアヌの木剣が蔦のように伸びて、男達の銃を絡めとる。ナナリの召喚する短剣が飛び交い、男達を次々と刺突して行く。そちらは任せて良いだろう。
問題のコイツ、カインは笑っていた。
「カイン」
「へはっ、はははッッ!! 魔法防御貫通するんですか、これ! 凄い弾だ!! すごっ――ぎゃ!!」
カインの銃を細切れにし、両手を斬り飛ばす。
もはや生かしてはおけない。生かしてはおけないが、話は聞かねばならない。
「ぎぃぃぃやぁぁッッ!! はあぁぁッッ!! て、手ぇぇッッ!!」
「なんだ『その』弾丸」
「ひ、ひぃぃッッ!! 手が、手がッッぶげッッ」
「五月蠅い答えろ三下」
痛みに地面をのた打つカインの顔面を蹴り上げる。鼻が折れ曲がり、派手に血が飛び散る。
更に刀の切っ先を腹に突き刺して動きを止める。少し動かすだけで、奴の内臓は地面に転がり出るだろう。
「答えろ」
「うひひひひッッ!! やだよ馬鹿野郎がぁッッ!! 誰が答えるかよバァカがぁッッ!!」
「答えろ」
「ひびゃあぁぁッッ!!」
切っ先が押し込まれる。既に腸は貫通している。
「よーちゃん」
「はい、我が神」
「これ――木炭化石かも」
そうであろう。火薬式銃なんてものを持ち出して、勝てるはずのない神に撃ったのだ。効力があると分かっていなければ、それはすまい。この判断が遅かった。カインの感情ばかりに目が行っていた。
自分もキシミアでやったではないか。
火薬式の大砲に――木炭化石の凝固弾頭を詰め込み、カルミエの人造生命体を殺したのは、他でもない、自分だ。
かの木炭化石は魔力を無効化、吸収する性質を持っていた。故に魔化鉱物式砲では魔力を吸われてしまい、発射出来ないのである。だが火薬式砲を用いる事でそれを解決した。
ヨージが思いついたのだ。キシミアで木炭化石の採掘をしていた、大本となる商会が、それを考えない訳がない。
「おい。カルミエという女を知っているか」
「だ、だひっ、誰だそれぇ、ひひっ!!」
「じゃあそうだな……バルバロス」
「ああ、ははっ!」
「貴様等の親は、バルバロスか」
「さ、さあてねえ! 俺たちゃ、孫商会で、爺さんの顔なんて、見た事ねえからなあ!!」
「そうかい」
「ぶげっ、えげ、べっ……い、いでぇ、くそぉ……ッ」
刀を引き抜いて血を拭う。こんなゴミを処理させられて、グラムはとても不満そうだ。
「我が神、ご無事ですか」
「ん。キシミアで『慣れた』から効かない。エオちゃんも大丈夫」
「よかった。大変不本意ではあるのですが、コレの治癒をお願いします」
「お話聞くの?」
「ええ」
「――"いや、無用だよ"」
「我が神、下がって」
手を斬り飛ばされ、腹からも出血している筈のカインの身体が、身体構造上不可能な起き上がり方……足首の力だけで、立ち上がった。その奇妙さといえば、我が神が顔を顰める程に不気味だ。
目に正気はなく、確実に失神している。だが、口は開き……カインではない、声が聴こえる。
「誰だ」
「"こんな木端を使って失礼した。ご挨拶をと思ってね。バルバロス二世だ"」
――頭を抱えそうになる。この商会の親が大商会である事は警戒していたが、まさか……総統閣下直接のお出ましとは、思いもよらなかった。
バルバロス通商国首魁、大扶桑女皇国の仇敵、大帝国での賞金二〇〇〇大金貨の男。
『炎の血潮を持つ男』バルバロス二世だ。
「……ヨージ・衣笠です」
「"今はそう名乗っているのかい。アオバコレタカ君"」
「――どのようなご用事ですか、総統御自ら」
「"キシミアではカルミエスタがお世話になった。アレは私のコレでね。根幹魔力帯掌握に奮闘して貰ったのだが、如何せん、君に出て来られては、アレも可哀想だったよ"」
「やはり、キシミアでの事件は、バルバロスが糸を引いていましたか。やり方の汚さが、常識的ではないとは思っていたのです。しかし貴方なら納得だ」
「"些末な話さ。私が巡らせる、数ある謀略の一つでしかないからね。それで、その弾丸はどうだったかな"」
「キシミアの埋没大樹無力化と共に、木炭化石は魔力無効化の力を失った筈だ。であれば、バルバロスが研究した成果か、キシミア埋没大樹の代わりになる木炭化石を発見したか、ですね」
「"賢いと話が早くて助かるよ。今回は宣伝さ"」
「宣伝……?」
「"もはや、神の優位性は失われている……とする筈だったのだが……なんだい、その神は"」
「当たらなかっただけでしょう。へたくそに銃など持たせるからです」
「"いいや、私はみた。その神に弾丸は直撃した。興味深いねえ"」
「……」
「"ま、宣伝は他でやろう。今回はご挨拶だ。今後ともよろしく、ヨージ・衣笠殿"」
「あまり付き合いたい人脈じゃあありませんね」
「"いやいや、そう言わないでくれよ。では、十全皇にもよろしく言っておいてくれ"」
「――なに」
カインの口が閉じる。カインの肉体から煙があがり、そして燃え上がった。
口封じ……だが、一体どんな術式でこの炎が上がったのか、ヨージには理解出来ない。
火の勢いは猛烈で、今から水をかけたところで遅いだろう。
「よーちゃん、蘇らせようか」
「……いえ、やめましょう。我が神の力が、バレるのは、利点になりません」
「ん……」
「それよりも、エオ」
地面に座り込むエオへと駆け寄る。彼女は肩を擦りながらヨージを見上げた。
服が破れてるが、我が神の治癒ですっかり傷跡はない。
ないが、彼女が傷ついた事実は変わらない。自分の間抜けさが不甲斐ない。
「エオ、痛くありませんか」
「びっくりしました。でも大丈夫です!」
「済みません」
「ヨージさんが謝る事じゃありませんよ!」
「済みません……」
「ちゃんと言われた通り下がっていればよかったですねえエオったらー」
我が神がいるからこそ、無事なだけだ。シュプリーアという奇跡がなかったならば、ひょっとするかもしれない。それは慢心だ。傲慢だ。これは失敗なのだ。奴等の前になど、並べた時点で大失態だ。驕りだ。
「ヨージ、こいつらどうする」
「拘留後、大樹教に引き渡しです」
「お、なんでだ?」
「火薬式銃所持です。死刑を免れません」
大帝国が忌むべきもの。火薬および火薬を使用した兵器の所持は、有無を言わさず死刑だ。これは発見した時点で一市町村の采配にない。近くの大樹教に引き渡して、裁判なしで死刑である。
が、問題が一つ。この村には大樹教が無い。連絡先は行政区街大樹教会となるが、そちらは今、係争中だ。こうなって来ると、この村で他の土地から大樹教の重役が来るまで待たねばならない。
維持費は無駄だし、手間もかかる。
「それでしたらわたくしが」
騒ぎも静まり、村人達が集まってきている。その中から一人の村娘が歩み出た。
顔に見覚えは無い。見覚えが無いという事は部外者だ。十全皇……ではない。
「うふふっ」
「……フィアレス竜精公」
「フィアとお呼びくださいまし。その名前ではカドも立ちますので」
常々近くに居るのではないかと思っていたが、やはり居たらしい。
彼女が居れば、大体の事は片付くだろうが、今回はバイドリアーナイ同様、自分から事件に関与しなかったようだ。
村人達の自信を取り戻す、という目的もあったので、事後処理だけして貰えるのは助かる。
「では、お願いします……銃と弾薬は破棄しないようにした方が良いでしょう」
「ええ、視ておりましたので。抜かりなく」
「分かりました……自警団の皆さん! 全員しょっ引いてください!」
『おおッッ!!』
「お話合い、いつ頃が都合よいでしょう。フィアさん」
「今はお忙しいでしょう。何せ長い時を生きる竜精です。お手すきの時に、どうぞ」
「後程、必ず時間を取りますので」
「はい。楽しみにしています。楽しみ、楽しみ」
村娘に化けたフィアレスは、ニコニコ笑顔で去って行く。ならず者達は恐らく、近くのアインウェイク領に護送――ポータルだろうが――され、取り調べの後処刑であろう。
蟲のような人生だ。哀れに思う。思うが、間違ったニンゲンについて回った結果というのは、大体こういうものなのである。死んで学ばねばならない、という点において、コストパフォーマンスは大変悪い。
「村長代理」
「クレス氏。片付きました。お疲れ様です。あとは僕達の協力者が片付けるので、檻の監視だけお願いします」
「……これで、なんとかなったのか」
「なりましたよ。諸問題は山積みですがね」
「……有難う」
「いいえ。これから、僕達も貴方達の仲間ですからね……皆さん!!」
さて、一番の仕事である。ヨージの仕事は本来コレだ。
「皆さん! 皆さんの働きかけ、強い熱意により! カイン飛行運輸商会は去り、ゴスホーク団も逮捕と相成りました! 皆さんから不当に巻き上げた金品! 土地! その他諸々の慰謝料の全てを、我々は勝ち取る事に成功したのです!! フォラズに勝利が齎されました!!」
『おお!!』
『本当に、奴等を一網打尽に出来たのか……ッ!!』
「事前に申告して頂いた被害その他についての慰謝料などは、後程正確に分配します。お金は全てを解決しませんが、お金がある程度の事を解決してくれるのは事実ですからね。我々治癒神友の会は、傷ついた皆さんのケアに尽力します」
「恐怖は去りました! 皆さんに自由が戻った! これは、勿論我々治癒神友の会のわずかながらの下支えもありましたが、何よりも、皆さんが、皆さんが戦おうという気持ちを示した故の勝利です! 貴方達は無力な村人などではない! 生きる為に戦う事を知った戦士だ! 貴方達は未来をその手に掴んだ! フォラズに明日を齎したのです!!」
……という事で、いつものをぶちあげる。自信を無くし、戦う事も知らなかった人達が、自らの行動と声で、奴等を追い込んだのは事実である。治癒神友の会ありき……ではあるが、彼等に必要なのは行動したという事実のみだ。
『フォラズに明日を!』
もはや標語となった言葉を掲げ、皆が万歳する。心の底から喜べる者も、喜べない者も。
人口密度が薄く、繋がりも薄いこの村で、皆が同じことに取り組んだという結果は、強い一体感を生む。
大きな問題は残ったが……地上げ屋の問題は、ひと段落だ。
「ふう。相変わらず貴殿の傍にいると、問題は勝手にやってくるな」
「いつもの事とはいえ、ご苦労様です。ところで、ベルナンを知りませんか」
「余は知らぬ」
「ではグリジアヌ」
「アタシも知らないぞ」
「……では美月」
「ベルナン? 誰それ?」
「あいつ等のリーダーですよ」
「あー。見てないわ?」
本当に上手く逃げ果せたのか。しかし今となっては些末な問題だろう。彼が生きようが死のうが、もはや欠片たりとも治癒神友の会には関係が無い。
「さて。次の仕事に取り掛かりましょう」
「よーちゃん、休まないの?」
「案件は早めに片付けてしまいたいタチです。次は、行政区街大樹教教会ですねえ……」
「それこそフィアちゃん連れて行こう」
「……それもそうですね。直ぐ戻るかもしれませんし、一先ず休みますか」
「うん、うん」
「治癒神友の会の方々! お時間があるならば、是非酒場へ! わずかばかりですが、お礼と歓迎を兼ねまして、祝賀会などを催せればと!」
「だ、そうです。ご相伴に与りましょう」
「んー」
「お、酒か? 酒だな!」
「余も流石に大帝国の雑多な料理に慣れてきた頃合いだ。魔法も使って腹も減ったしな」
「あ、私様もいいかしら? いいわよね、働いたもの!」
神様とナナリ、プラス美月がぞろぞろと酒場へと消えて行く。やる事はあるが、張り詰めてばかりでは幾ら我が神が居ようと倒れてしまう。
「ヨージさん?」
「エオ。服を縫いましょう。良い服なのに、まったく」
「あとで自分でやりますから、大丈夫ですよ」
「……分かりました。お腹空きましたね。お酒は、少しなら良いでしょう」
「ヨージさん、本当に、あまり気にしないでください」
「う、しかし……」
「包丁で指が切れたからと、ヨージさんは悲しみますか?」
「それはそれで悲しいですけど……失礼。では、行きましょうか」
「はーい!」
それがエオの本音であるかどうかは知らないが、また気を遣わせてしまったようだ。
自分の身の回りには、何が起こるか分からない。今回も、予想外の出来事は起こった。
警戒を。
怠ってはならない。
少なくとも、敵と思われるその全てが、消え失せるまでは。




