深緑を往く8
以降の探索は、三日毎のローテーションを組んで行われた。ヨージ達の足がどれだけ早かろうと、未開の森の遠方に赴こうと思った場合、夜を越えねばならない。森の中で休む事は推奨されないものだったが、それは治癒神友の会のポテンシャルが可能にした。
「この気配……ざ、残滓です。皆さん、息をひそめて、魔力を抑えて……」
「いや大丈夫だろ別に。あいあいー、オッスオッス」
『ぐぐぐ……』
「古木型か。可愛いもんだな。アタシ等ここで休むから、見張っててよ」
『(コクリ)』
「ええええ……ざ、残滓ってそんな、簡単に従わせられるのですか……?」
「アタシの特技だ。てか多少なりともコレが出来ないと、南方じゃ神様扱いして貰えないぞ」
「どんな魔境ですか……」
戦う術がない者達からすれば、会話も成立しない森の残滓などという怪物は自然災害も同じである。一応は森の民の末裔として一定の対策を持つヨージだが、戦わないに越した事はない。その点グリジアヌは流石だった。
他にも……。
「あ、あ、あ、さ、最悪です……」
「エイルーン女史、どうされましたか」
「あちらの霧……あれは神です……どうしてこんなところに……もっと深い場所に居る筈なのに」
「おっと、環境型の神ですか。交戦的なので?」
「野良の神ですし、常識が通用しません……悪気は無いのでしょうが、悪戯でヒトが死ぬと言いますか……」
「それは怖いですね。流石、法の及ばぬ場所の神。残滓と大差ないな……とはいえ神と定義されるならば、会話は出来るでしょう。交渉してみましょう」
「はい? い、いえ、ですから……」
「済みません。こんにちは。お元気ですか」
『……――』
「お散歩中でしたか?」
『え、気軽……すっごい軽い……森の神にそんなカンジで接するニンゲンとかいるの……?』
「ええ、まあ。普段奥地にいらっしゃるようですが、どうしてこちらへ?」
『ええ……暇だったから……かしら……というか……』
「はい?」
『……――い、いい男ね? 東国のエルフ? 珍しい……興味あるわ……』
「では少しお話しましょう。こちらに腰かけても?」
『う、うん。あ、木の実とか、食べるかしら。良いものがあるのだけれど……』
「いただきます」
霧の神……は女性であったらしい。ヨージと会話する為に、わざわざ魔力で疑似的な肉体を形成して、楽しくおしゃべりを始める。
『まあ……うふふ……そう……依代の探索を……あちらの? へえ……』
「とまあそんなカンジでして。近くに集落跡などはありますか」
『少し先に、もう数千年前に滅びた村があったかしら……案内するわ』
「有難うございます。みなさん、あちらだそうですよー」
「シュプリーア様。あの、ヨージさんという方は、一体何なのですか……?」
「神とか化物とか竜とかに物凄くモテるー」
「モテる……」
そのような事もあったり。
「うわ、この石碑ルーン文字ですねえ。ヨージさん、ほら」
「これを見ると、ゾワッとするのですよ、僕。嫌な思い出しかありませんから」
「少し読めますね」
「えっ! え、エオ様はルーン文字を解読出来るのですか……? そんな一般的なものでは、ありませんよね? 操れる者は竜精に限られていますし、そもそも名称を知っているのだって、ごく一部なのですけれど……」
「まあまあ! なになに"この先尊き神を祀らん。余人立ち入るべからず"ですって! 我が神の手がかりになるかもしれませんね! 立ち入ってみましょう!」
「こ、古代人の神ですよ!? な、何が起こるか、分かったものじゃありませんよ! よ、ヨージさん止めてください!」
「大丈夫じゃないでしょうか」
「いったいどこから湧いて来る自信なんですか!?」
「竜精より強いって事は無いでしょ」
「基準が高すぎます! なんで! 竜精! 基準!」
「あれに比べたら、大半のモノが小さいですしねえ……」
意気揚々とエオが進んで行く。参道と思しき石畳の道の先には、朽ち果てた石造の祠が存在した。そしてその前に、全身に苔を纏った人型がいる。おそらく神であろう。
「こんにちはー。神様ですか?」
「……――×〇――×□△……」
「あ、言語が違います。神様は共通言語を操れる筈ですけど、試されているのかな。でも覚えがあるようなー……あ、古代×××語かな? ××〇〇。×〇?」
「……! ×〇! △△□!」
「×〇ー! △△!」
「お姉ちゃん若いのに凄いのぉ……」
「あ、共通語になりました。今は帝国人類歴一二六九〇年ですよ」
「大帝国、息長いのぉ。千年ぐらい寝ておったわい……」
「よ、ヨージさん。エオ様は、何語でお話したのでしょう」
「ちょっとヒトには言えないところで習得した言語でしょうねえ……ルーンも」
「こわい……森より何より、治癒神友の会が怖い……」
「ははは。それが普通の反応かもしれませんね」
古代そのままの森というだけあり、外界では拝めないものが複数存在した。
古代に封印された邪な神が封印を破って現れたり、世界救世主の出現を待ち望む宗教団体に囲まれたり、自らを森の主と名乗る妖魔の奇術でナナリとエオがエッチな感じになったりしたが、なんやかんやでなんとかなった。なったのだ。
正直なところ、我が神の主依代発見という事が何より大事であり、他の出来事は有象無象である。そこにはそれなりの冒険があったのかもしれないが、目的の大きさの前では霞むものだ。
ローテーションが一巡ほどしたころ。治癒神友の会自体は大した疲労もなく、次へ次へといった様子であったのだが、エイルーンがそろそろ限界であった。
暗い森の中、焚火を前にして、エイルーンは疲れた様子で俯いている。
「……」
「大丈夫ですか、エイルーン女史」
「ハッ。あ、はい……」
「子供なのですから、疲れたら疲れたと言ってください。ここに居るヒト達は、ちょっと特殊な事情を抱えた人達ばかりですし、体力も常人の倍はあるでしょうから、僕も感覚が麻痺してしまっていましてねえ」
「皆さんは」
「寝ていますね。何か?」
「……この二週間で、貴方達が普通ではない事は、十分に思い知りました。いませんよ、残滓操ってみたり、神様を殴りつけて退散させたり、ナナトウジシを脅して道を開けさせたり、妖魔を蹴りで退治したりするヒトは……」
「でしょうねえ」
「それに、治癒の神だなんて。イルミンスル様の子ではないのですよね」
「イルミンスルは散去しました」
「ええ!?」
「まだ情報が来ていませんか。寿命だそうです。ユーヴィル竜精公の判断ですから、確かなものです。ギリギリ、生前に我が神はイルミンスルと会話をする機会があったようです。そこで、遠くない種類の神ではあろうが、他人である、という確認を得たそうですから」
「原始自然神に近いもの……星を依代とする神の同型……お、大きすぎます……ユーヴィル竜精公は、その事実をご存じなのですか?」
「はい」
「あ、浅はかで矮小な、いちエルフでしかない、私の考えですけれど……もし、そのような神が居たとするならば、どうして大樹教が、手放すでしょう」
「皇帝陛下と交渉しました」
「竜帝と!? ああ、あああ……貴方は、もしかして、私が言葉を交わす事すら、畏れ多い方なのでは……?」
「いえ。一般人なのです。本当に……色々と役職を付けられたりしましたが、竜帝に仕えている訳でも、竜精公の手下という訳でもない。何もかも嫌になって逃げだしただけのニンゲンです。僕は死にかけた。エオもです。そんな者達を救ってくだすったのが、我が神だ」
「……」
「最初は、その恩返しをして、早々に去るつもりでいたのです。しかし彼女達と付き合っていくにつれて、離れ難いものになってしまった。何もかも捨てたのに、また……大切なものが出来てしまった。ご存じの通り、我が神は特殊です。彼女の力の源を特定する事は、僕の責務です。このまま何も分からず、定まらず、という状態にしておくのは……教団的にも、政治的にも不味い」
「政治的にも?」
「何故ユーヴィル竜精公が手放したのかという話ですよ。僕達は大樹教加盟宗教ではない。そんな宗教が、絶大な奇跡を持つ神を手中に収めている。ユーヴィル竜精公は、比較的人の心を持った竜精ですが、それでも、大樹教の為ならば、手段を選ばないでしょう。我が神が、大樹教に仇なすような神でない事を証明する為にも、主依代探索が、大事なのです」
「……私は、そのような大任を担っていたのですね……」
「そう気負わないでください。所詮、いち宗教団体でしかないのも、また確かですから」
エイルーンが顔をあげる。アンニュイな表情だ。白く麗しい、エルフの乙女の顔。
寿命は長いのに、あり方そのものが薄幸で、儚げである。
「外の常識は何も知らずに暮らしてきました。初めて森の中に放り出されたのが六歳の頃。お前には才能があるから、その足で帰って来いと言われて、深い森の中に捨て置かれました」
「……老人ってそういう事しますよね、分かります」
「何とか五日掛けて村に戻りました。凄い事を成し遂げた気でいましたが、褒めてくれたのは、姉だけです。もしかしたら、この村では当たり前の事なのでは……と思っていました。でも、違いますよね。私、天才でしたよね」
「ええ。どうやら褒めない文化圏のようですしね……」
「それから、外からやってくる巡礼の信者や神官を案内するようになりました。煌びやかな服を着て、村には無いようなものを沢山持っていて、娯楽だって沢山知っていた。それが度重なるウチに、ああ、この村は時代から取り残されているのだなと、思いました」
「故に、出て行きたい、ですか」
「はい。けれど、守人は森から離れる事も出来ないという事実も、知っています。キッチから話は聞きましたから。どうしてか、ヨージさんは分かるでしょうか。私には、知識がない」
「貴方達原初の血族は、上位精霊か神に近い性質を持っているのでしょう。この土地につく神とも言い換えられる。土地の神というのは強力な力を有しますが、外には移動出来ない。移動したければ、主依代を変え、肉を作り、他の動物やニンゲンの姿になる必要があります。しかし貴方達の場合は、そこまでの力は無い。故に、土地に縛られ続ける事となるのでしょう」
「……――凄いです。そこまで分かるだなんて」
「憶測ではありますが、キッチさんは森に呼ばれる、と表現していました。死に至る郷愁……とでも言いましょうか。貴女が思っているよりも、外の世界の魔力は薄まっています。大型生物たちが外で身体を維持出来ないように……貴方達も、同じ末路を辿るかもしれません」
「……では、私は一生、この陰気で、発展もなく、因習に縛られた村で、暮らし続けるのでしょうか。こんな事を考えるのは、間違っているのでしょうか。村のヒトは誰も、誰も、そんな事を口にしない。大人になったら、諦めが付くのでしょうか」
「間違った事なんてありませんよ。貴女は個人であり、個人の判断は自由です。しかし……」
「しかし?」
「外は、楽園などではない。金を稼ぐ手段を持たないニンゲンが、生きていける世界でもない。この森では大きなアドバンテージを持つ貴女でも、外に出てしまえばひ弱なエルフ娘です。結果どうなるかなんていうのは、想像したくない話ですね」
「……」
「それでも、外に出たいというのならば。どこかに頼る必要がある。それがきっと、我々治癒神友の会なのでしょう。我々は貴女を保護出来ます。ある程度の仕事さえして貰えれば、食うに困るような事はありません。人手は足りていませんからね。ただ、我々に付いて来るとなれば……きっと、碌な事にはなりません」
「それは……」
「悪神が襲って来るかもしれない。気まぐれな竜精が殺しに来るかもしれない。キシミアでは疑似竜なんてものも退治しました。大魔女と呼ばれる化物とも交戦しました。首都では騎士達の陰謀に巻き込まれました。ユーヴィル竜精公には夜伽を求められるし、フィアレス竜精公には狙われている真っ最中、その妹のミーティム竜精公は、僕を殺す気満々です」
「ア……ア……――」
「そして何より、貴女も観ましたでしょう。龍が居ます。僕は、十全皇の婿でした。彼女の筆舌に尽くしがたい性格から、その所業から、逃げて逃げて、しかし逃げきれない。龍から逃れられる術は存在しない。それでも……構わないというのが、彼女達です」
隣で寝息を立てるエオの頬を撫でる。あれだけ後悔して、愛など恐怖と悲しみしか齎さないと嘆き、しかしそれでも、自分という馬鹿者は、自分を認めてくれる愛しいヒトを探し求めているのかもしれない。
もはや生きている限りは、厄災から逃れる術はない。
もはや生きている限りは、きっとヒトを恋しく思わずにはいられない。
では持てる力の全てを使ってでも、生き延びる他無い。この愛しい娘と神の為にも。なんとか、丸く収まる手段を模索し続けなければいけない。
「貴女を、愛してくれる人はいますか」
「……姉は、きっとそうです。私も、そう」
「革新的な未来を掴もうと思った場合、必ずといって良い程壁が立ちはだかります。愛しいヒトの傍で、何事もない生を生きられるならば、それが一番だ。しかしエルフの長い生です。様々な事を試してみると良いでしょう。狭い世界にはない選択肢や可能性こそが、外の世界の魅力でもある。エイルーン女史。貴女には、この先どうなりたいかという、展望はありますか」
「ありません。ただその……あ、貴方みたいな、ヒトと……番になりたいと、思っただけ……です……は、恥ずかしい……」
「僕はちょっと危険物すぎますから、オススメは出来ませんが。貴女程の器量がある美しい娘ならば、尻込みせず、胸を張って生きれば良い。何かに誇りを持つニンゲンというのは、性別問わず魅力的なものだ。この森での仕事は、まさに一流です。貴女は誇るべきだ」
「は、はい。その、ヨージさん」
「はい?」
「はしたないとは、理解していますけれど、その、思い出が欲しくて」
「むっ!? さ、流石に子供相手に、アレコレは出来ませんよ僕……!」
「アレコレ?」
「い、いえ。聞き流してください。何でしょう」
エイルーンは少しだけ恥じらい、躊躇った後、意を決したようにしてヨージの頬にキスをする。
彼女の心にどのようなモノが蟠っていたかは分からないが、エイルーンの姉曰く『そういう時期』らしいので、ちょっとマセた事もしてみたかったのだろう。
それはそれは微笑ましい、触れるだけの行いだ。
「きっと、貴方は特別なヒトなのでしょうから。みんなに自慢します」
「西国エルフでなくて残念でしたね」
「老人たちは苦い顔しか、しないかも。うふふっ」
「ははは……」
「良い雰囲気のところしつれいします」
「んぎょっ」
「あ、か、神様」
エイルーンの頭を撫でているところに、気配もなく我が神がスッと現れる。起きていたのか。というか、ヨージにも悟られずに動いて近づくとはどういう事だ。リーアは時間を追うごとに、ヒトからも神からもかけ離れて行っているような気がする。それも、短期間にだ。
「わ、我が神。驚きました。起きていらしたのですね」
「ん。エイルーン」
「は、はい」
「これをあげます」
ヨージに一瞥してから、リーアが掌を開いて中を見せる。
中に入っていたものは、治癒神友の会のお守り(シンボル)だ。しかし、ただのお守りではないらしく、妙な力を感じる。
「保持」
「保持? 我が神、保持とは?」
「魔法とかを使わない限り、自身から魔力が余計に漏れないようにする」
「――……な、なるほど。いったいどのような奇跡でそんなものが出来たのか果てしなく気になりますが、そのお守りにはそのような効果があると?」
「ん。エイルーンが外に出られない理由が、外の魔力の薄さなら、元からある魔力を保持し続ければ、たまに補給に戻るだけで済む。考えて作ってみました。あげます」
「つまり、神様。これを持っていれば、長期間外に出ても、大丈夫である、と?」
「原理的にはー、たぶんー」
「わあ……!」
「誰も悲しまないなら、使って良い」
「あっ……――」
「自由は、尊いことだと、思う。けど、自由を求めすぎて誰かを不幸にするのは、違うと思う。何もかも、自分で決着を付けられるようになってから、使えば良いと思う」
子供に、何てハードルの高いプレゼントをするのだろうか、この神は。
そしてなかなかに刺さる言葉だ。絶対的な自由などは望んでいないものの、自分の行動によって人が傷ついて来た過去のあるニンゲンからすると、身に刺さる思いだ。
「……有難うございます、神様」
「ん。別に、友達にならなくてもいい。私を拝まなくたって、良いからね」
エイルーンはお守りを受け取り、胸に抱きしめる。
確かにハードルの高い代物ではあるが、それは可能性の塊だ。将来の礎だ。
村で如何ともしがたくなったその時に、どこへでも出ていけるという、未来への翼である。
ヨージはほんの少し、エイルーンが羨ましかった。
「よーちゃん」
「はい、我が神」
「疲れたので、膝枕を一晩して貰います」
「一晩……一晩……? この硬い地面で一晩も膝を……? ヨージ死ぬのでは……?」
「ご奉仕ー」
「します。我が神凄い。流石我が神。我が神最高。ささ、どうぞ膝を」
「んー」
……きっとエイルーンに対するけん制である。なんと余裕がない、と思いもしたが、リーアはヨージの手をヒシと握りしめて目を瞑る。
主依代の探索。これが成し遂げられれば、ヨージを縛るものが、一つ減る。
本当は、見つかって欲しくないのだろう。
ヨージをより愛する為に。
「エイルーン女史。もう休んでください。僕が見ていますから」
「はい。おやすみなさい」
「……貴女は幸福なヒトだ。どうか、貴女の未来に光が有りますように」
リーアの髪を撫でる。
何よりも、この新しい神の未来にこそ、明るい明日が在って欲しい。




