価値と神4
その日の昼頃。
「……か、神だよ。よ……よろ、しく」
集会場に集まった暇な村人達の視線がリーアに突き刺さる。
リーアを改めて村の皆にご紹介しましょうというイベントなのだが、集まったのは一〇人前後だ。突然村にやって来た宗教団体が世にも珍しい治癒の力を持つ神様をお見せしましょう、なんていう如何わしい話であるから、むしろ集まった方だろう。
(いつの間に、こんな手を回したんですか、ヨージさん……というかこの服どこで……?)
リーアに視線は集まっているが、男性陣はチラチラとエオの姿を見ている。エオが着ているのは西国女性エルフ用の夏着だ。極端に布面積が少なく、水着と大差が無い。とても十代とは思えない胸が、動く度に震えている。すごい。
(我が神はヒトの視線が苦手でしょう)
(は、はあ)
(少しでも貴女に向けば、軽減されますよね?)
(でも、エオの体なんか見ても面白くないような。胸も平均的ですし)
(さ、西国の基準は恐ろしいですね。でもほら、ちゃんと視線のヘイトを稼いでいますし、問題ありません。これも我等が神の為と思ってどうか我慢を……ほら、手振ってあげてください)
(そ、そうですよね!)「あはは、こ、こんにちはー!」
納得と決心がとても速い。信心を持つ信徒の鑑である。単純なだけと言えばそうだが。
(このイベントの用意に関しては、前からです。ミネアさんに施設利用について根回しして貰った上で、僕もサクラを何人か用意して、ですから計画自体は二週間前ですかね。時間とお金が多少かかったので、頑張ってお客さんに対応してください)
(は、はい!)
役場のミネアには施設利用費の割引と、日程調整。ヨージは多少のお金を支払って、宣伝役を村人数人に頼んだ。ビラも用意したかったのだが、サウザンドポストビグ村支社のノブヒデ氏はまだ付き合いが浅いので、これは見送りとなった。今頼んでも吹っ掛けられるだろう。
リーアに視線を送る。
彼女は椅子に座ったままぷるぷるしていた。凄まじく可愛いのでそれはそれでよしとする。
(我が神、りらぁっくす、りらぁっくす)
(う、う、うー……)
大体は予想通りの反応なので、ヨージの計画に支障は無い。リーアはこれから世界数千万人の神となるのだ。いや、それは大げさにしても、少し大きな街一つを平らげるくらいは出来るポテンシャルがあるだろう。『村の集会所から慣らしていきました』という事実は、後世彼女の活躍を語る上でとても親しみやすいではないか。素晴らしい、とヨージは一人で頷く。
「なるほど。これが衣笠殿の神様かい」
「はい。お美しいでしょう。この方が治癒神シュプリーア様です。この私、そしてそちらにいらっしゃる大神官様も、この方の力によって命を取り留めたのです」
「まあ、確かに。美人ってか可愛いけど……すげえ具合悪そうだぜ」
治癒の力もそうだが、リーアの場合強い感受性を授かった。緊張もあるだろうが、何より村人達がどんな事を考えているのか、具体的とは言えないものの、大体解ってしまうようである。
向けられる視線は大概利己的だ。
ただこの世の信仰というのは即物的であり、ヒトは神様の恩恵を授かって利益を得て、それを神様に還元するのであるのだから、視線がエゴったらしくなるのは仕方が無い。
「はっは。多少シャイなもので。まま、何にせよ百聞は一見に如かず、どちらか身体を痛めている方はいらっしゃいませんか」
「あ、じゃあ俺。今朝から肩痛くって」
「ではこちらへ」
そういって、ヨージが村人を伴ってリーアの前に立つ。リーアは緊張していると能力を発揮出来ないという弱点がある。この状態ではとても力は使えそうにないのだが……ヨージは対策していた。
エオが衝立を持ってやって来て、村人達とリーアの間に立てる。
「お、なんだ、これ」
「神様はとってもデリケートなんです。お兄さんもあっちを向いていてくださいねっ」
「お、おう。な、なんか緊張するぜ」
エオが『神様ガンバッ』と気合いを入れて背を向け、集まった人達に愛想を振りまく。振りまかれた人々は中々いい顔をしていた。下品な顔ともいう。
「我が神、これならば如何でしょうか」
「うん。視線ないから、大丈夫」
「それは良かった」
「それじゃあ、行くよ」
「お、おう。お手柔らかに頼むぜ」
「んっ」
リーアが力む。
「ぬおっ」
男性の肩に手を当て、力を籠める。ほんのり光った。ヨージの予測では、この光はどうも、相手の重症度で異なるようで、恐らく男性の肩の痛みは、単なる寝違えだろうと解る。
「如何ですか、我が神の力は?」
「おっ。軽っ。肩かーるい!」
男性が大きな声を出したので、リーアはビックリしたのか体を振るわせて一瞬停止する。ヨージはそれも予想済みだ、と言わんばかりにリーアの手を握ってやると、顔を上げ、ウンウンと頷いた。
外ではそんな声を聞いてか、村人達からも関心の声が上がる。
「なんでえ、本当に治るんかい」
「いや、すげー。まるで子供の頃みてえに、肩こり無縁の世界に居るぜこれ。あははっ。有難う神さん!」
「う、うん」
緊張しいで、おっかなびっくりだが、やはり自分の力が他人様の助けになり、また感謝されるのは嬉しい事なのだろう、多少顔は強張っているが、やる気を感じられる。
「うーん? 本当かぁおい?」
ここで一人、若い男性の声が上がる。その人物は集められた席の一番後ろでふんぞり返っていた青年だ。村人達の反応が少し控えめになる。
愛想を振り撒いていたエオがヨージの方を向く。神の力に疑念を持った事に対する怒りではなく『ヨージさんの言う通りですねえ』としたり顔だった。
(エオちゃん。あれ、誰?)
(村議の息子だそうです。事前に根回しして、彼を暇にして、ここに誘導かけたんですって、さっき言ってました)
(よーちゃんは私の大事な信徒だけど、たまに怖い)
(そこが魅力的なんですよぅ、うふふ)
(お、お二人とも、聞こえるヒソヒソ話はやめてください)
リーアが不満そうに此方へ顔を向ける。何か無礼があったか、不都合があったか。
彼女は顔を膨らせて抗議している。
(な、何か、我が神)
(なんでもないもん)
(もんって……ほら、続きやりますよ)
「ん、んん――おお、これはこれは。ムジカ氏のご子息殿。我等が神の力に、何か疑問がおありですか?」
「治癒の力なんて聞いた事もねーしなあ」
「では、どこでも宜しいのですが、身体に不調などは御座いませんか。我が神がパパッと治癒してくださいます」
「ふーん……じゃあ、古い傷でもか?」
「ええ、結構です。さあ、こちらへ」
(ちなみに、背中に大きな傷があるっていうのも、調べてましたよ、ヨージさんは)
(よーちゃん怖い)
青年が偉そうにのっしのっしと歩いて来る。偉そうだ。恰幅が良いし、満足な食生活を送っているのだろう。村議のムジカ氏は豊御霊を推している為、息子から切り崩して行ければそれだけで此方の有利に傾く。なので神には是非頑張って癒して貰いたい限りだ。
「それで、どちらでしょうか」
「あー、背中。昔怪我したんだけど、でっかく残ってんの」
「差し支えなければ、皆さまにお見せする事は出来ますでしょうか。もしかすれば、皆さまの中にも我が神の力を不審に思っている方が、いらっしゃるかもしれませんし」
「ふん。まあいいぜ、ほらよ」
ヨージが調べ上げた通り、彼の背中には大きな傷が残っている。かなりのものだ。一目で生死を彷徨ったであろう事が窺い知れる。リーアも理解してか、悲しそうに顔を俯かせた。
「お可哀想に。辛かったでしょう。その傷では、命も危なかったのでは」
「……まあ、そうだけど」
「では、その忌まわしい記憶と共に。消してしまいましょう。健やかなる身体に、健やかなる生を」
「チッ」
エオをまたお客さんのご機嫌取りに差し向け、リーアのサポートに回る。
ここからが我等が神の本領発揮だ。
 




