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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
フォラズ村編
166/318

深緑を往く4


 突如として濃霧に包まれた事に対して、エイルーンは落ち着いていた。『良くある事です』と冷静に発言し、樹木や岩の形に目星をつけながら、道案内を続けていた。


 だが、同じ木が三度目の前に現れた時、彼女の動揺は明らかとなった。


「先ほど目印をつけた木ですね」

「……――」


 手を揉み、視線を忙しなく這わせ、必死に考えている姿が痛々しい。ここまで来ると明らかに、何者かの意図による妨害と考えるのが当然である。問題はその何者か、がハッキリしない事だ。


「我が神、グリジアヌ。神の気は感じられますか」

「んー、普通の魔法かなあ」


「これはアタシ達にかけられた魔法じゃあなく、土地にかけられたもんだから、ヒトの魔法だろうと神の魔法だろと、感知し難いな。エイルーンやい。この辺りでヒトを化かすような奴は?」


「ね、年月を過ごした、神に近い獣がいる事も、あります。しかしそういった神獣は、ヒトを化かすなんて真似は低位な事だとしていた筈です……あと考えられるのは……妖魔か……気まぐれな神か……」


「では一旦停止。休憩としましょう。エイルーン女史、構いませんか」


「け、けれど。こんな森の奥深くで留まるだなんて……何に襲われるか……」

「大丈夫でしょう。竜でも出ない限り」


 苔むした岩、樹木程にも太い弦が這う更に大きな古木。肥大化した植物が地面を陰とし、どこもかしこも湿っぽい。岩屋となっている部分に下がり、中に何もいない事を確認してから、一行は腰を下ろした。


「エオ。喉は乾きませんか?」

「少し乾いたかもです」

「では補給もしますか」


 そういってヨージはめぼしい木の弦を見つけて叩き折る。するとまるで蛇口でも捻ったかのように、大量の水分が湧き出して来た。これを水筒に収める。


 外の森でも見受けられるモノだが、この森で水分不足に陥る事はなさそうだ。どこかしらに雨水が溜まっていたり、枝を切れば水が出たりと、水分補給に事欠かない。


「一応加熱したいのですが、この森で火を起こしても大丈夫ですか」

「え、ええと、儀式があります……簡易なものなので……」


 エイルーンが背負い鞄から木製の器と、枯葉を数枚取り出す。枯葉を揉みしだいて細かくしてから器に移し、それを四方に四度に分けて撒く。火を一つ起こすにしても、この森では手順が多い。


「木々を治める大神よ。弱き人の子等にスルトの奇跡を赦したまえ」

「焚火一つに大仕事だなあ……あ! エイルーン女史、あれは何です!?」

「え、え?」


 突然声を上げ遠くを指さしたヨージに従い、そちらに視線を向ける。

 ヨージはその瞬間をついて、綿毛と木屑に火属性魔法を使って点火する。


「何も……見当たりません」

「失礼。見間違いでした。しかし火が付きましたよ」

「は、早いですね……」


 大樹教徒に火属性魔法は見せられない。クレアとエメラルダの前で不用意に用いた時は、二人に土下座されてしまった。まったく、ニンゲンが生きて行くのに必要不可欠な火を、極度に畏怖する宗教というのは、本当に困りものだ。


 なんもかんもニーズヘグが悪い。


(火は畏怖。火は恐怖。火は威厳。火は尊重。ニーズヘグとスルト以来、大樹教は火を特別に扱ってきた。途中何度も緩和があったようですが、決定的なものは、千年前か)


 火の神性。大樹教において、千年前の火の神性粛正事件はタブーとなっている。それまではもっと柔らかい扱いであったのだろうに、千年前から火に対する締め付けがきつくなった。


 何が起因でそうなったのかは、きっと誰も語らないだろう。


(もしかして、エオの頭の中には、コレについての詳細な歴史も、あるかもしれないなあ)


 大空中庭園ロストガーデン出身であり、地上人には明かされないような書物の大半を読み、覚えているというエオだ。ユーヴィルが封印している記憶の中には、火の神性についての事実なども、あるかもしれない。


 知的好奇心は、大変ある。


「ヨージさん? どうしたんですか、エオを見つめて。可愛いですか?」

「可愛すぎて見とれていました。お湯が沸きましたが、お茶にしますか?」

「あ、白湯でいいです。有難うございます、ヨージさん」

「脚は疲れていませんか。マッサージしましょうか?」

「それは、この森を抜けた後の楽しみにでもしておきます。うふふっ」


 エオが嬉しそうだ。エオが笑っているならそれでいい。


 ……今までも、可愛くは思っていたが……手を掛ければ掛ける程、余計可愛く愛しく思える。優しくして増長するならば増長したで対応するつもりだったが、彼女は思いの外謙虚だった。


 また、その謙虚さが堪らなく宜しい。まるで、真百合のような……。


(……他人様に従妹を重ねるなど。どこまで堕ちる気だ、僕は)


 頭を振る。エオはエオだ。


「ヨージ師。弟子の脚がパンパンなのだが?」

「自分で揉んでください」

「うー……」

「分かりましたよ。ほら、脚を出してください」

「ふふン。それで良いのだ、それで」

「どれ……」


 スラッとした長い脚を差し出される。これを自分の膝の上にのせて、ゆっくり圧を掛ける。

 むくんでいるのは本当らしい。


「ふぁぁ……」

「ナナリ、変な声出さないでください」

「し、しかしぃ……師、上手すぎではぁ……?」

「女性の身体ですしね」

「ど、どういう意味だそれは……ふひぃぃ……」


 別に整体に覚えがある訳ではない。ただ、その……エッチをする前にマッサージなどをすると、導入がスムーズだったので、覚えてしまっただけだ。


「よーちゃん、神様に対する奉仕の心が足りてないー」

「そうだぞヨージ。神様達は……まあ当然疲れちゃないが、マッサージぐらい欲しいぞ」

「森を出てからにしてください。で、ナナリ」

「うむ……うむ……」

「こうなると魔力に頼るのは逆にダメですね。強い五感の方が良さそうだ」

「――……なるほど」


 現状、神々もヨージも、何者かによって齎された現状を打破する策が無い。エイルーンは先ほどから地図と自分の頭の中を照らし合わせながら、唸ってばかりだ。


 すると、やはり感覚的なものに頼る方が良いだろう。

 そこでナナリである。


「落ち着いたら、好きなものを奢りましょう。どうです?」


「まあ、このマッサージの対価としてでも構わんのだが、師か奢られるのは気分が良いのでそちらとするか。よし、師よ、もう良いぞ」


 そういってナナリが立ち上がる。彼女は獣人、しかも王族だ。

 その受け継がれた血に流れるものは、狼。

 森を駆け抜ける、神なる猛獣の血だ。


「"血族解放""段階""一""二""三""目覚めよ我が古の絆"『隔世変化』」


 隔世変化。獣人の中でも、古代の血が強い者にのみ許された、獣化の法だ。

 詠唱を用いる事で、身体にかかる負担を軽減している。詠唱が終わると、ナナリの体躯から体毛が伸び、顔も四つ脚……狼に近いものへと変わって行く。


「おお。これが第三種別のナナリですか」

「わー、本当に狼っぽい!」

「すごーい」

「おお、なんだ、そこまで出来るのか、アンタ」

「ひえっ、狼型!?」


 皆、ナナリが第三種別(獣に近い形)になれる事は知っていても、見るのは初めてだった。

 エイルーンに関しては、狼型といえば竜の逸話の方が強いだろう。


 四脚竜王グガランナの姉弟、狼竜王フェンリルの逸話だ。


「見事な毛並みですね。顔も凛々しく美しい。その辺りは、流石です」

「幾らでも褒めて構わぬ。余は毛が長くても美しいのだ。幾らでも褒めろ」

「で、如何ですかお姫様」

「ふーむ」


 ナナリが視線を巡らせ、鼻を効かせている。種別が高い場合、その見た目と同様、元となる獣の特性が強く出る。狼の血を引き継ぐナナリならば、当然その鼻はかなりのものとなるだろう。


「うん?」

「どうしました」

「師よ、少し嗅がせろ」

「ええ……? まあ良いですが」


 ナナリが、ヨージの胸倉を掴んで鼻を押し当て、また外へと向ける。

 何事か。


「何か分かりますか。というか、何故僕の匂いを?」

「……――師よ、貴殿に兄弟は?」

「一人っ子です」

「では親族は?」

「腐る程いますが……ゲッ、まさか、嘘でしょう」


「ああ。『貴殿に似た臭いのニンゲン』がいる」


「全員岩屋の奥へ――ッッ!!」 


 ヨージがそう叫び、ナナリを含めて全員を岩場の陰に押し込む。それと同時に、強烈な攻性魔力を感知、ヨージが咄嗟に魔法障壁を張り巡らせる。


「チッ、どこの誰だ!」

「よーちゃん?」

「我が神、下がっていてください。貴方達からすれば他愛ない相手ですが、身内の事になりますから」

「身内? ヨージさんの身内ですか?」

「はい。エオも後ろにいてくださいね」

「よよ、ヨージさん? 今の攻撃魔法は!?」


「エイルーン女史も下がって。出てこい、大間抜け――!!」


 大声を張り上げる。やがて遠くの木の陰から、一人の男が姿を現した。


 黒髪、長い耳、鋭い目つきに、草臥れた服。

 先ほどまで絶無であった気配は一転、殺気に満ち溢れている。


 傘の隙間から光る眼光は、忘れもしない、古鷹の血縁だ。


「くかかか……ッ! いや、たまげたねえ!」

蒼鷹そうよう

「なんだ、惟鷹。俺なんて奴のこと、覚えててくれたのかよ、嬉しいねえ」


 そういって、蒼鷹……加古蒼鷹かこそうようが刀を抜き去る。剣呑、という言葉は今、この男の為に存在しているようだ。


 古鷹分家加古家当主代理、ヨージの従兄に当たる男である。


「いったいどんな巡り合わせがあったらこうなるのやら。お元気ですか、蒼鷹兄そうようにい

「見ての通りだ。いやしかし……お前、なんで生きてんだ?」


「色々あったのですよ。説明するのは面倒臭いので省きますがね」

「そっか、じゃあ死んでくれや」


 蒼鷹が跳ね上がる。同門だ。その太刀筋……いいや、戦闘方法は熟知している。頭上からの一撃はブラフ。本命は、左右から飛んで来る無詠唱魔法だ。


 ヨージはその読み通りに、真後ろへと下がって回避する。


「相変わらず教本のような動きですね、蒼鷹兄」

「チッ、一発で死んどけよクソガキが」

「そんなナマクラに掛かって死ぬような奴はいないでしょう」

「そのナマクラに追われて死にかけたのは手前だろうがよぉ!!」


 蒼鷹が猛る。そう、彼こそが……ヨージ・衣笠になる前の自分、青葉惟鷹を死に追いやったニンゲンの一人だ。


「いや、だから、あの時はですねえ……」


「死んだだろうが! お前は死んだだろうがよぉ! なんで毒矢食らって平然としてんだよ!! なんで生きてんだよ!!」


「あちらにおわす神に拾われまして。今は一、宗教者をしています」

「はあ!? お前が宗教家だあ? 神様なんぞひとっ欠片も信じてねえお前が!?」


 それを突かれると多少痛い。確かに、当時のヨージは神をあまり信じていなかった。神というのは力を発する為だけの機構であり、それ以上の感情を持ち合わせていなかったと言える。


「それで、蒼鷹兄。何故ここに。扶桑に戻ったのではないのですか」

「死んでねえってよ」

「はあ、死んでません」


「死んでねえって、親父が言うから、探して回ったんだろうが。大陸と扶桑、何往復もさせやがって……お前が歩きそうなルート虱潰しに歩いて歩いて……ああくそ、クソクソクソ……」


 ここで言う親父、というのは、彼の父の事ではない。

 共通の父、古鷹家当主、古鷹佐京守の事だ。


「なんで僕の生存を確信しているのでしょうね、親父殿は」

「知るか、んなもん!! お前の首攫って来ねえと、俺がいつまで経っても継げねえんだよ!!」


「相変わらず面倒な親父殿だ」

「お前そっくりだよ!! 頭に来る!! 死に曝せクソったれがぁッッ!!」


 蒼鷹の刃が煌めく。見覚えのある刀だ。


「あ、それ、僕の秘澤守ひざわのかみ七房ななふさ!!」

「避けんなッッ」


「斬られたら痛いでしょう」

「血縁の好だ。痛くなる間も無く殺してやるって言ってんだよ……」


 蒼鷹の刀は、ヨージが逃げる際に犠牲になった、秘澤守七房だ。ビックリするぐらいの名刀であり、これを質に入れるかどうか、死ぬ程悩んだ記憶がある。流石に古鷹の秘宝を質に入れる訳にもいかず、逃げる際も携えていたのだが、戦闘の際取り落とした。


 人様の刀を随分と乱暴に振り回してくれる。

 ヨージは刀を……抜かない。


 今手元にあるこの刀は……鍔迫り合いなどした瞬間、蒼鷹ごと、真っ二つにしかねない。


「蒼鷹兄は、僕と手合わせした事って……何度ありましたかね」

「はあ? 道場で何度も合わせただろうが!!」


「いえ、真剣で」

「ねえよ!!」


「そうでしたっけねえ……」

「くぅぅぅ……そういう態度が頭に来るんだよお前はよぉ!! くそ、死ね! 死ねぇ!!」


「はい、ほいっと。進歩がありませんね、蒼鷹兄。もう少し力を抜いて、踏み込みを厳しく」

「殺し合いしながら指導する馬鹿が何処にいるってんだオイ!! かあああっっ――ッッ!!」

「そら、貴方は門弟筆頭、僕は師範代ですからね」

「キィィ……ッッ!!」


 ヒトの血を好む、まるで人斬りのような現れ方をしたが……――彼は、正直、凡人である。

 当然他のニンゲンよりは強いだろう。古鷹一門だ、魔法とて他よりは優れている。


 だが、それ以上でもそれ以下でもなく、更に性格に問題を抱えている。


 彼が、努力を怠らず、常に前を向いて鍛錬に勤しんでいた事を、ヨージは知っている。扶桑本土の防衛を担う、加古家の新たな長男として、家格の劣る青葉の息子なんぞには負けぬと、必死であった。


 しかし、ヨージからすれば、毎度突っかかって来る小五月蠅い親戚の兄である。どれだけ努力を重ねようと、青葉惟鷹という化物には、遠く及ばなかったのであるから、多少は同情するものの、それ以上を汲み取ってやるだけの気持ちは無い。


「当たらねえ……当たらねえよクソが……ッッ」

「殺気駄々洩れですもん」


「お前が死ななきゃ、俺はこのまま古鷹一族の落ちこぼれだ……お前が持って行った一子相伝の技法……持ち逃げなんて、許せると思うか? 許せねえよ、許せる訳ねえだろ……ッ!!」


「あー」


 古鷹の奥義……古鷹佐京守から、死ぬ程叩き込まれたものだ。将来の古鷹を担う人物にだけに継がれる、一子相伝の技術である。対人奥義としてはまさしく神業だが、それ以上のものを相手とするヨージからすると、あまり使用する機会のない、まさに奥義となっていた。


「言い難いのですけれど」

「なんだ」


「……蒼鷹兄では、対人どころか木人相手の再現すら不可能かと」

「ンンッ……――ッッ!! ぎぃぃぃいぃ――――ああああぁぁッッ……ッッ!!」


「そんなに怒らなくても……いや、なんか変だな……むっ……」


 蒼鷹が怒りのあまり、地面を踏みつけている。まあいつもの光景といえばそうなのだが、癇癪の様子が激しい。ヨージの感覚でも、完全にそれが『なんなのか』判別出来ない。


「我が神達! 何か、何か見えませんか!?」

「なんかー、神の気ーかなー?」


「『竜族の悪』だ! ヨージ、気を付けろッ」

「そういう事かあ」


 竜族ニーズヘグマレフィクスとは、具体的に二つに分類されている。


 ニーズヘグ・マレフィクスは、数十万年前に竜達の連合軍によって封印されたとされている。既に現世に現れる事の無いものだ。


 今言う竜族の悪というのは、例えるならば『穢れ』に近い。封印されながらも、世界に呪詛をまき散らしているニーズヘグ・マレフィクスの、汚泥の一部と言えよう。


 これに触れる事によって、神になり得た自然物が、森の残滓として変貌するのである。


 キッチが話していたのは、これの事だろう。巫女としての性質が高いエイルーンが、コレに取り込まれてしまわないかと、心配していた。


 通常のニンゲンには依らない。依るだけの器が無い。


 だが、ここに住む守人は、神とニンゲンの中間存在だ。そんな高等存在の器に空きが出来れば、竜族の悪が見過ごす訳もない。実体化し、現実に影響を及ぼす為に依る。


 では、蒼鷹は。


 ……蒼鷹は、勿論純エルフだ。ヨージとは違う。

 怒りに我を失い、竜族の悪を呼び込んでしまったのだろう。


「惟鷹ぁぁ――ッッ!!」

「――致し方ない。蒼鷹兄。斬り捨て御免」


 武人が、刀を抜き、殺すと宣言してやって来たのだ。のらりくらりと交わして来たが、ここまでなってしまっては、もはや誤魔化しがきかない。


 こんな小五月蠅い親戚でも、従兄は従兄、殺したくなどないが、斬らねばならない状況である。


「グラム」

『はーい。化物ですか? 竜ですか?』


「見た目はニンゲンです」

『あ、残滓如きかあ……つまんないですねえ……竜殺したぁい……』


「物騒。アレを斬れますか」

『竜族の悪だけを、という事ですか?』


「そうです」

『まあ? 貴方様の技術次第、というところじゃあ御座ぁませんかねぇ?』


「やって見せましょう」

『やぁんカッコイイ! 流石十全皇の婿! いよ、扶桑一! 出力抑えます。よく視てください』


 グラムに相談する。どうやら『竜族の悪』のみを斬り捨てる事が可能であるようだ。

 ……ではやってみる他あるまい。


「ふンッ!!」


 蒼鷹が秘澤守七房を、地面に叩きつける。なんて扱いをするのか、と思った矢先、ヨージの足元が盛り上がり、地面から土の……手が生える。その手はヨージの足をしっかりと握りしめると、万力のような力で圧を掛けて来た。


「はぁは……惟鷹ぁ……動くんじゃねえぞぉ……」


 剣士の技術ではない。明らかに残滓のものだ。

 一体化が長く続けば戻る事も出来ないだろう。


「このぐらいのハンデはあげましょう。飛車角落ちで負けないでくださいね、蒼鷹兄」


「言ってろや"混ざりもん"がぁッッ!!」


 誇るのは血ばかりか。いつまで経っても進歩がない。比較的落ち着いた性格の多いエルフの中で、彼という存在はある種特異であった。公然と差別を口にするし、ヒトの前で大声で扱き下ろす。しかし実力が無いあまり、毎度ヨージに細やかな逆襲をされ、勝手に心を痛ませていた。


 自業自得のなせる業だ。

 正直に言えば、そう。ヨージは彼が、嫌いである。


「そんなに欲しいのならば、では見せてやりましょう、古鷹奥義の一端を」

「――ッッ!!」


「対人に関しては必滅必定。絶対的な個人の殺害を目的とした魔剣です。避けられるものならば、是非どうぞ――蒼鷹兄」


「粋がるなよクソ野郎――ッ! "辻風"ッッ!!」


 正面から攻撃魔法。それを盾に突っ込み、目にも止まらぬ速さでヨージの後ろに回り込む。

 視界を遮り、前後を塞ぐ武魔一体の剣術の、最も基本にして高い殺傷力がある業だ。


 同門故、対処法など幾らでも思いつくが、ヨージは足を止められている。正面からの魔法を防いだところで、背後から斬撃が来る。一般的な刀ならばヨージの障壁に防がれるだけだが、蒼鷹の握る刀は、魔法を一部分解する。特に障壁に関しては紙のようにスラリと切り裂く事に特化していた。


 これを食らえばヨージも無事ではすまない。

 故に、食らう前に対処する。


 武魔一体。武術と魔法を駆使する戦い方、という解釈は多少違う。

 武の動きを術式とし、魔法を行使するからこそ、武魔一体だ。


 つまり型こそが呪文であり、そこから放たれる攻撃こそが魔法の発現なのである。


「――古鷹風神明道流奥義」

「獲ったぁぁぁッッ!!」


「"森薙"」


 その場から一切動くことなく、刀を振るい上げる。尋常ではない魔力対流と、付与された風が刃となってヨージの周囲を巻き上げる。


 周囲五大バームに存在する樹木、石に岩に土に空気に水分に、その全てがニンゲンにとって致死の速度で渦巻く。死の突風の、その隙間から――グラムの切っ先が顔を覗かせた。


「ギッッ――ッ!!」


 斬り込んだ蒼鷹の刀は弾き飛ばされ明後日の方向へ消えて行く。

 本来ならば、この時点で相手は細切れだ。

 ここで大事なのは竜族の悪に『依る相手を間違えた』と思わせる事だろう。


 狙い通り、蒼鷹の身から、依代の崩壊を恐れた黒い影がにじみ出ている。

 通常のヨージには視えないものだが、今は確実に視覚化されていた。


(グラム。貴女の影響ですか)

『私は何も? 元から視えるんでしょ?』


(頑張れば、ですが。今は普通に視えますね)

『合わせる事を意識したからでしょうねー』


(……)


『自分の力が怖い。抑えなければヒトに被害が出る。そういう意識が、自重を齎しているんでしょ? 優しい。英雄様は流石に違うっすねー』


 神の気の視覚化。今までも可能といえば可能であったが、酷く体力を消耗するものであった。だが今は、何の消費も無く、視えないものが視えるようになっている。


 変化、成長と受け取るか。

 自重していられなくなったという、自覚から滲みでたものか。


 不明だ。不明だが、都合は良い。

 刀を握り直し、拘束された足を支点に、振り返るようにして、グラムを放つ。


 蒼鷹を取り巻いていた黒い影が霧散し、空気に交じって消えて行く。


「――――……ッ! な、なんだ、き、斬らねえのか」

「斬れました。ああ、それと」


「ぎょあっ! い、いででででッッ!!」

「腕の筋くらいは切り落としておきましょう。追われても面倒だ」


 足の拘束が解除される。蒼鷹は繰り出されたヨージの刀を避けられず、腕を裂かれる。

 血液がボタボタと地面に滴る姿は、どこか昔の光景を思い起こさせた。


「ハアァー……ハァー……ッ、くそ、クソクソクソ……ッ」


「言い訳になりますけど。あの時はですね、失敗品の蘇生薬を掴まされまして。仮死からの復帰が万全では有りませんでした。結果、貴方が率いた追手から矢を受けるなんて失態を演じた訳です。そこに至るまでの追跡に関しては、貴方も誇る事が出来るものだと思いますよ」


「こ、殺せてねえなら意味がねえんだよ……つぅかお前……まだ強くなるのか? どうなってんだ、どこが限界なんだ? 俺とお前、何が違うってんだ……」


「そこは僕にも分かりません。それで、蒼鷹兄。一度は殺すと言って刀を向けたのです。自害するならば、介錯しましょう」


 扶桑の武人が他人に刃を向けたのだ。そこに誇りがあるならば見逃す事もあろうが、これはほぼ私怨の私闘である。失敗したからには、責任を取らねばならない。具体的には切腹だ。


「……――……――、ふンッッ!!」

「おっと、これは意外」


 蒼鷹は腕を着物で止血した後、なんと、煙玉を叩きつけて逃走を始めた。


 プライドばかり高い男かと思っていたが、なんと、目的の為再起する根性があるらしい。追おうと思えば直ぐ追えるだろうが、捕まえたところで扱いが面倒だ、逃がすのが良い。


「蒼鷹兄ー! 治療薬、ここに置いておきますからー!」


 あの出血では死ぬかもしれない。それはそれで寝覚めが悪いので、リーアのお水を置いておく。また命を狙いたい、というのならば使うだろう。


「霧も晴れて来たな。グラム、ご苦労様」

『次はもっと殺しがいのあるバケモノにしてくださいオーナー様』

「出会いたくない敵だなあ、そういうの……」


 血に飢えた魔剣を納め、柄をコンコンと叩く。


『あ! あ! ボディタッチ! コミュニケーション!』


 戒めの為の躾をしたのだが、むしろグラムは嬉しそうだった。


「ヨージさんご無事ですかー?」


 事態が収まった事を見極めて、エオ達が岩屋から顔を覗かせる。隠れておらずとも、傷一つ負わないであろうヒト達だが、身内の事だ、身内の恥は曝したくないものである。


「さ、元凶は断ちました。先を急ぎましょう」


 エイルーンに視線を送る。

 彼女は――もうどうしようもないくらい、顔が真っ青だった。


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