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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
ビグ村編
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価値と神3



 リーアを肩車して民衆の中に割って入ると、その真中ではエールが入っているであろう、子供の身長程度の樽を挟み、若い醸造家らしき少年と、初老の商人が言い争っていた。


「だから不味いって言ってんだよ!! どうしたらこんなに不味く出来るんだよ!!」

「し、試飲の段階じゃちゃんとした味だったんだよ!! こんなに不味けりゃ取引なんか最初からしないよ!!」


「こっちの台詞だバカヤロー!! もう商会通して金払っちまってんだぞ!? 毎年美味いのになんで今年がこんなにひでえんだ!!」


 どうやら酒の出来が問題のようだ。生憎酒を比べるだけの舌は無いのでヨージも大きい事は言えないのだが、手前で味ぐらい見てから取引しろ、とは言いたくなる。


 しかし醸造家の言も不思議だ。試飲段階では美味かったのに、と。

 運んでいる間に何かが混入した可能性は無いのだろうか?

 販売用の樽に詰め替えた時は? 他の樽は?


「我が神。エオ嬢。お二人に五小真鍮銭を差し上げます。ご飯買って来てください」

「え? ヨージさんは?」

「ちょっとおせっかいを」

「ほどほどにね」


「ええ、では後程……――失敬! いやはや、朝からご苦労様でございます!!」

「あ? なんだこら!!」


「まあまあまあまあ!! 落ち着いてくださいな。皆さんも困惑しているご様子ですし。時にご主人、取引されたのはこの樽だけですか?」


「あと三つだよ」

「全て美味しくないと?」

「一つ不味いなら全部不味いだろうが」

「さてどうでしょうか。ええと、そちらの醸造家の方。この樽に異物が混入した形跡は?」

「それが……見当たらなくて。だから、不思議で……」

「出荷用の詰め替え樽に予め混入されたというのならば誰も解らないのでは?」


「お、おれが。俺が初めて任されたモノだから、出荷前はその、ずっと蔵で寝泊まりしてたから。出荷前にも、ちゃんと味をみたよ」


「……なるほど。アナタの力作なのですねえ。ま、他の二つも飲み比べてみましょう。ご主人、そちらの樽ですか? ああ、お金を取るのでしたらどうぞ」


「チッ……」


 商人は渋々台車から布を取り払い、樽を晒す。樽の栓を抜き、そこから細長い柄杓を突っ込み、一杯分を汲み上げて器に移してみせた。


 この商人が不味いと喚いて買い叩くつもりでいたならば答えも簡単なのだが、醸造所との直接取引ではなく商会経由で金を支払っているので、それはないだろう。まともな商会登録者ならば、だが。


「では失礼して」


 商人が不味いと言い放ったエールの入った器を傾ける。


「……うーん舌に纏わりつく苦さ」


 籾殻だけ集めて絞ったかのような味だ。何がどうしたらこんな味になるのか、不可解極まる。が、それでもリーアの水よりずっとマシだ。


 水で口を濯いでから、もう片方に口を付ける。


「……うん。ビグ村産エールらしい、切れの良い苦みと香り」

「どれ……ああ、うん。うん? まあ、エールだな」


「でしょう。やはりその一樽に、何かしら細工された可能性がありますね……まあまあ、ご主人。ここは抑えて、商会経由での取引でしたら、保険も利きますからね」


「ああ、うん。怒鳴って悪かったよ。おい、ボウズ」

「あ、う、はい」

「親父さんからもう少し勉強しろ……商品にならねえこたねえが、質が落ちてる」


 ふんっ、と鼻を鳴らして、初老の商人は退散していった。


(なるほど、先代からの取引でしたか……)


 酒は生き物だ。気象に左右される事もあるし、原材料のデキも当然影響する。また醸造家の手腕一つで味も変わる。


 彼が激怒したのは、それなりの期待を持っていたからこそだろう。安心感があったからこそ味も確かめず取引したし、味を確かめた瞬間、期待を裏切られて周りが見えなくなってしまったのだ。


 事が済んだと解ると、商人達も散り散りになり、自分の仕入れたエール樽を確認し始めた。

 ポツンと残された樽と、その前に佇む若者がなんとも寂し気である。


「……有難う」

「いいえ。あのご主人、お得意様なのですね」

「うん。昔から、父のエールを楽しみにしていたヒトだよ。俺……いや、僕、頑張ったんだけどなあ……」

「こんな事もあるでしょう。まだ若いのですから、沢山勉強して、皆さんに楽しんでもらえるお酒を……」

「たぶん、もう出来ないと思う」

「むっ。父上に不幸が?」


「ううん。なんだか……水と麦が、不味くなった気がするんだ。普通のヒトは気に留めないぐらいの変化だけど、長い間貯蔵したりすると、ハッキリ解る……そ、それも考慮してさ、美味くなるよう、作ったんだ」


「水と麦が、不味く、ねえ――」


 先ほどリーアから貰った水を思い出すと、少し胸がぐわっとなる。

 作物の変調となると、雨秤神が去った事に起因していそうだ。

 雨を操るからには、その雨は当然川にも土にも、井戸にも影響する。


 直ぐ消費される農作物ではなく、長期保存してやっと解る程度の変調……単純に麦の質が落ちた、という話ならば簡単なのだが、他に気が付いているヒトも見ないし、聞いた事もない。皆は収穫量減少の方に目がいっている。


 それに、先ほどのいざこざ。何故一樽だけ、あのようなものになったのか。


「申し遅れました。私はヨージ・衣笠。治癒神友の会第二神官長を務めている者です」


「ああ、宗教家の。親父が北区会長だから、話に上がってるの聞いたよ。あ、僕はライセン。駆け出しの、醸造家だよ」


「それはそれは。ところで、この樽、買い取らせて貰っても?」

「え? えーと……」


「かの商人殿はこれを商会経由で返品するでしょう。そして返品されたこれは捨てられる。では、売った方が得でしょう。ああ、ご心配なさらず。我が教団だけで消費されるものですから、外には出ませんし、お宅の名誉も傷つけません」


「そういう事なら……じゃあ、手続きしたら、持っていくよ。あと、ただで良い」

「それはダメです。せめて労働分は貰ってください」

「ええ? でもこんなの……」


「一応商品ですからね。責任をもって運んで、責任の対価としてお金を貰う。若い間は勢いに任せがちですが、真面目な商売には相応のモノが発生するという事を、弁えた方が宜しいでしょう」


「お、親父みたいな事いうなあ」


「真っ当そうなお父上で何より。労働とお金の価値を誤魔化してはいけませんからね。では、今日であれば日暮れ前、明日であれば朝にでも届けてください」


「解った」


 少年は帽子を取り、頭をガリガリ掻いてから下げ、樽を運び始めた。ヨージも背を向ける。


(ふうむ)


 収穫量減少の他に、味の劣化。今のヨージには関係の無い問題かもしれないが、リーアがこの村の神を引き継いだ後を考えると、あまり美味い話ではない。原因が特定出来るならばするべきだろう。素人の自分が樽を引き取った所で解る訳でもないだろうが、そのまま捨てるのも『証拠処分』しているようで気持ちが悪い。


(タダ同然で貰えるだろうって思っていましたしね)

「おわった?」


 思案していると、両手に食料を抱えたリーアが声をかけて来る。どうにも献上したお金で買える分よりも、明らかに多い。隣でボケッとしているエオも同様だ。


「はて。随分沢山買い込みましたね」

「オマケ、もらったの」

「そうなんですよー。『衣笠さん所のだろ、ほらもってけ』って」

「ちゃんとお礼は言いましたか?」

「うんー」

「はい!」

「そうですか、それは良かった」


 リーアの知名度よりも自分の名前の方が売れている。実質村中を駆け回って仕事しているのはヨージである。勿論、考えた上でのものだ。


 村人に神様を信じさせるのは、極めて困難である。それよりも敬虔な信徒一人の頑張りを見て貰って、その人物が拝む神というものに興味を持たせた方がソフトだ。


 何せヨージはことあるごとに『これも我が神シュプリーア様の思し召しです』などと宣っている。

 目立つ事は無いが、浸透度は明らかに増えている。


 ライバルたる二柱は、どうあっても二人分の働きしか出来ない。自分達が彼女達に勝っている点は、まさに手数なのだ。


 問題はその浸透した事実を、どう『顕現』させるかにかかっている。


「我が神、今日の調子は如何でしょう」

「元気だよ」

「では一休みしたら、お仕事、して頂けますでしょうか」


 リーアが目をパチクリとさせた。それから大きく子供のように頷く。気合いはあるようだ。


「第一神官長殿」

「は、はい! なんでありましょーか!」

「元気ですよね、あのお水飲みましたし」

「勿論ですとも!」

「では、お仕事です。我が神をシュラインにお送りしたら、設営準備に取り掛かります」

「わ、やっとお仕事! 先に戻って準備します!」


 そういってエオは食糧をヨージに押し付けると、そのまま走って仮シュラインに戻って行く。


(俊足だな……あの胸では走り難そうだけど……え、本当に止まらないな。凄い体力だ)


 普段の動作や身体の柔らかさ、瞬発的な反応を見ていたので、運動神経は良いだろうとは思っていたが……その動きはどうも、シロウトではない。


「我が神、エオ嬢、何者でしょう」

「さあ~」

「ですよね。行きましょ」



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