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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
聖モリアッド修道学院編
134/318

魔の窯4




 奉仕活動というと、種類は幾つかある。その中でも郊外奉仕は人気だ。月に一度程、希望者選考で学院の外に出て(騎士の護衛付き)、麓にある村に赴き地元教会で奉仕活動を行う。その際に村を見て回る事も出来るので、変化に乏しい修道女達にとっては願っても無い自由時間だ。


 ヨージは希望を出した記憶はないのだが、恐らくエメラルダの随伴役として選ばれたのだろう。学院に戻った後、選考外になった生徒からの目が痛そうだ。


 普通の修道女が乗らないようなご大層な馬車で麓まで降りる。一応クレアから話は聞いていたが、主要街道沿いにある村であるから、そこそこ栄えているようだ。村のランドマークとして建つ教会もかなり金が掛かっており、いち村落にしては小綺麗であろう。


「絶対睨まれますよ、僕」

「貴女は睨まれたところで痛くも痒くもないと思いますけど」


「確かにそうですが。でも貴女やクレアから離れないようにしないと、陰湿ないじめを受けそうですね。いやだいやだ、閉鎖空間はニンゲンの精神を蝕みます」


「胸をすくような意趣返しを期待します」

「しませんよ。女学生が辛い顔をしているところを楽しむシュミはないです」


「彼女達は『本当につよいもの』なんて知りませんから。一度見てみると良いんですよ。自分が、どれだけ矮小であるか、自覚する事で、今後自身の身を護る事にも繋がりましょう」


「トラウマ与えてどうするのですか。というか、凄い事言いますね、貴女。強い者とは、例えば?」

「……ヨーコは『竜』を見た事がありますか?」

「有りません」

「私は一度だけあります」

「古竜三柱の、どちらさまでしょう」

「ミドガルズオルム様です」


 教会で調度品にハタキを掛けながら、エメラルダが物騒な事を言いだす。皇帝の血族であるならば、もしかすれば儀式の場に立ち会い、竜を目撃する機会もあったかもしれない。しかし、大樹教信仰の頂点に坐する竜、ミドガルズオルムを見た、というのは、多少興味がある。


「どのような御姿でしたか」


「竜というのは『真体しんたい』を本体として『分身わけみ』や『権化』などが存在すると言われていますよね。私が見たのは、儀式をする神官達と対話する為にお作りになった『分身』の姿でした。十歳程度の男の子、でしたね」


 ニンゲンが直接竜を見た場合、その精神は根底から分解するという。つまり、ニンゲンが直視出来るものではないのだ。ただこれは『真体』を見た場合であり、ニンゲン用に用意した別の姿……十全皇であるならば、数多と居る分身を用意して、ニンゲンと対話する。


 しかし竜にも特性があるらしく、全ての竜がそう出来る訳ではない。バカスカ増えてどこにでもいる、何ていうのは、十全皇ぐらいである。そもそも彼女が持つリュウとしての力が『増殖』であると、いつかベッドの中で話していたのを覚えている。


「分身であっても、私にはたまらなく、畏れ多いものでした。冷や汗が止まらず、妙な高揚感があって、自分の心が、バラバラになってしまうような……小さい頃でしたけれど、ミドガルズオルム様に出会って一週間は、高熱が出て動けなくなってしまいました」


「ニンゲンが相対するものではありませんからね。しかし多分、貴女は『合格』ですよ」

「合格って?」

「ヘタすりゃ、死にますからね」

「え、ええ……?」


「ミドガルズオルム竜にお目通り出来た事自体特別扱いですし、死なずに戻った貴女は、たぶんもう、貴女用のポジションが用意されていると思います」


「そんなに、特殊な事だったのでしょうか」


「全世界数億人の中で、竜に出会えるニンゲンは限られます。皇帝直系の子等ですら、たぶんお目通り出来ていないのでは?」


「そういえば、そんな話を、聞きました」

「やりましたね。特級神官も有り得ます。一生安泰ですよ」

「え、なんだか怖いです。誉ある事だとは分かるのですけど」


 あまり現実感は伴っていないようだ。しかし、エメラルダの話を元にして考えると、儀式の為にユグドラーシルまで登った事のあるエオという少女は、一体全体どういう扱いだったのだろうか。本来はエメラルダのように、大樹教を支える一人として取り立てるつもりだったのか。


 だとすれば、完全に身分を偽って聖モリアッドに出したのは失敗だ。他の高等貴族の席を借りるべきだっただろう。皇帝家の政治問題でそうなったのか、『そうできなくなった』のか。何にせよ、現状こうなっている訳だから、失敗である。


「あら、第二陣が帰ってきたみたいですよ」


 そんな話をしていると、教会の入口が騒がしくなる。何せお嬢様方だ、一気に外へ出しては騎士達も目が届かない。故に数人に分けて、村での自由時間を取っている。その二陣目が帰って来たようだ。後ろに控えている彼女達の執事が、荷物一杯で辟易としているのが見える。


「そういえば、エメラルダはメイドも執事もいませんね」


「折角生活力をつける為にこんな場所に居るのに、ヒトが手伝っては意味がないので、断っています。再三と供を従えるようにと言われていますけれど」


「ご立派な事で。……ガーリンド」

「はいお嬢様。お買い物ですか」

「刀を」

「どうぞ」


 傍に控えていたガーリンドがヨージに刀を手渡す。流石に奉仕中まで帯刀はしないが、外に出るとなれば違う。


「まあまあ、エメラルダお嬢様。貴女様はわたくしがお守りします故」

「頼もしすぎます。もしかして、残滓ぐらいなら倒せますか?」

外在魔力マナが使えるなら造作も無く」

「わあ。ニンゲン離れしていますね?」

「僕はついて回るだけですから、お嬢様のお好きにどうぞ」

「ええ、では遠慮なく」


 こんな事をしている暇は無いのだが、エメラルダという生徒の中でもほぼ唯一の味方の機嫌を損ねるのも宜しくない。クレアは怪しいし、それに付いて回っている×××もどちらかといえばクレア派だろう。外部に頼る者が居るとはいえ、エメラルダにまで距離を置かれるようになると、今後の調査に支障が出る。


(……――ん? クレアについて回る……誰だっけ……)


 思考にノイズが混じる。だが、違和感はすぐ消えた。


 ともかく、エメラルダに事件へ首を突っ込んで欲しくないとも思うのだが、その辺りのバランスは難しい。


「第三陣は五人でしたか。他は三人で固まってるみたいですね」

「私が居ては楽しめないでしょうし、丁度良いでしょう」


 山の麓の村だ、目を見張るような観光物や特産品がある訳ではないが、主要道沿いにはちゃんとした商店が並んでいる。露店もあるが、大半は食べ物だ。


「保存食や旅の道具ばかりなのですよね、ここは。いつ来ても色が無い」


「何せバイドリアーナイ領都への街道の途中ですからね。道中に必要なものが多く売られているのはしょうがないでしょう。修道院の小娘が楽しい場所ではなさそうですが……ああほら、あちらには雑貨がありますね」


 修道女二人を先頭に、後ろからは騎士が一人と、執事のガーリンドがついて来る。この村では見慣れた光景であろうから、村人達が気にする様子はない。


「ヨーコ、珈琲は?」

「モリアッドに来てからは紅茶ばかりですが、僕は珈琲党ですね」


 それ以前は緑茶党である。治癒神友の会を立ち上げて以来は、何かと仕事に詰めていて珈琲にお世話になる事が多くなった。実際含まれる成分が効いているかどうかは不明だが、疲れて来るとあの濃い味が妙に恋しくなるのである。


 では、と言ってエメラルダが指さした先には屋台がある。軽食を提供しているらしいが、見世物として珈琲の焙煎もしているようだ。香ばしい匂いが自然と足をそちらへと向かせる。


「騎士様とガーリンドさんもどうぞ。ヨーコ、良いでしょうか」

「もちろん」

「いえ、職務中ですので、お嬢様がたでごゆっくり」

「さっき他の騎士は女の子に声かけてましたよ。珈琲くらいなんです、ねえガーリンドさん」

「全くに御座います。ご用意いたします故お掛けになってお待ちください。騎士殿も」

「……で、では」


 護衛の騎士も巻き込んでお茶と洒落込む。流石に同席は出来ない、として隣の席へ座った。

 バイドリアーナイの騎士だ、相応の剣術と魔法を扱うものであろう。一人居るだけで、暴漢などもっての外、正規軍兵士の小隊が突如襲って来ても一人で時間が稼げるぐらいには強い。


 ガーリンドが用意した軽食を珈琲で流し込みながら、この席を設けたエメラルダに目をやる。

 ……彼女はホットサンドをどう食べるのか、酷く悩んでいた。


「……ナイフとフォークは」

「手ぇですよ手。お嬢様、手です」

「な、慣れた雰囲気を見せるつもりで、墓穴を掘りました……」

「公爵家のお嬢様が、そりゃあ手づかみでご飯食べませんものね」


 などと言っていると、ガーリンドがわざわざ皿とナイフとフォークを持って現れる。きっと最初から用意していたのだろうが、エメラルダの気持ちを配慮したと見える。


「御免なさいね、ガーリンドさん。他の家の娘に手を焼いて貰って」


「とんでも御座いません。むしろヨーコお嬢様が何でも一人でしてしまうので、寂しい思いをしていたところで御座います。どうぞ爺にお仕事をくださいませ」


「まあ。ヨーコったら実家でもそうなのですね」

「いや全く。わたくしがやる事はお世話ではなく尻ぬぐいばかりでして、ハハハ」

「ガーリンド」

「ほほっ、失敬」


 まるで本当に普段から面倒を見ている、かのように振舞うガーリンドの有能さには驚くばかりだ。アインウェイクのあん畜生もそれなりに考えて寄こした人材なのだろう。


「……ヨーコ」

「はい、何です?」

「貴女は『お仕事』を終えたら、どうするのでしょう」

「敵にもよりますが。ただ、敵は学院の中枢でしょう。つまり僕は、そのままは居られない」

「直ぐ、ご実家に戻るのですか」

「ええ」

「……そのあとは、連絡などは、取れるでしょうか」

「無理でしょう。僕は本来影です。表には出ません。まして公爵のお嬢様と、繋がりは持てない」


 ホットサンドと悪戦苦闘を終えたエメラルダが、珈琲を一口してから、そんな話をする。

 身分も家柄も、性別すら偽っているオッサンにどうして今後会えようか。無理も無理だ。


「では、今はきっと、夢の中なのですね」

「と言いますと」

「……本当に、一切、連絡は取れませんか」


「今こうしているのだって、貴女の言う通り泡沫の夢なのです。僕は泡だ。本来、貴女のような高貴な家柄の娘と親し気に会話する身分でも、無いのです。貴女が突けば、割れて消える」


 彼女が視ているのは『ヨーコ・ズィラルトス・アインウェイク』という架空の人物である。存在する事すら許されてはいない者を追い求めれば、追い求めるだけ悲しい想いをするだろう。親しく思って貰えるのは嬉しいが、この架空の人物に未来はない。


 犯人を叩っ斬る。それだけに造られた虚像の兵器だ。


「あのね、ヨーコ。私はね」

「……――……――――」


 俯き、悲し気に語る彼女は、どこか思いつめた様子だ。それに対して、ヨージという人物は、傷つけないよう、やんわりと拒絶せねばならない。虚像が動いた結果に齎される影響を最小限に留める為の行いだ、それは必然である。


 健気な彼女に向かい合って、話を聞いてやりたい。


 聞いてやりたいのだが……ヨージの目には、いま、彼女は映っていなかった。


 彼女の後ろ。その歩く後ろ姿に、目を奪われている。

 自然とヨージの手は刀の柄へと添えられた。隙無く立ち上がり、凝視した先に足が向く。


「ヨーコ?」

「ヨーコお嬢様。如何なさいました……」

「アインウェイク様。何か不審者でも」

「――全員動くな」


 ビタリ、と三人に言い放つ。その尋常ではない雰囲気に、エメラルダとガーリンド、そして供の騎士も動きを止めた。ただの発言ではない、魔力を込めた、強制力のある制止命令だ。


 ヨージはそのまま歩みを進める。視線の先に居る者に、近づいて行く。


(あいつ……あいつ……あいつあいつ……ッッ)


 考えればそうだ。奴の最終目撃地は、バイドリアーナイ公爵領であった。今は治癒神友の会のキシミア会区長を務める、イィルが取った客の一人であり、イィルを孕ませた人物でもある。


 あれから数か月、いいや、イィルが子を孕み、産んだその時差を考えれば、一年以上になる筈だ。一年以上、奴は、この土地に居たのか。それとも拠点としているのか。


「あ、ア」


 唇が震える。柄に添えた手が震える。

 脚がうまく運ばない。呼吸を整える。殺気を抑える。


 間違いない。間違いない。間違いない。間違いない。


 その、後ろ姿からでも分かる白髪。纏う雰囲気、忘れもしない、殺しても殺したりない気配。


 風に煽られ捲れた腕に見える『ニーズヘグ』の入れ墨。


 奴だ。奴だ。奴だ。


 もはや陰も形もない脇腹の瑕が痛む。脳裏に、時鷹の死に顔が浮かぶ。火炎と絶叫、熱と恐怖。ニンゲンの価値を極小にまで貶める、動く地獄そのもの。


 現地民二万人、扶桑軍五千人を虐殺した奴の歩いた後には、灰しか残らなかった。


「あ、アスト・ダール」

「……」


 呼びかけに、奴が足を止める。振り返る事はない。ただ、その名に反応した。


「アスト・ダール……アスト・ダール――――ッッ!!」

「エルフの小娘に、知り合いなど居らぬが。さて、誰だったか」


 振り向く。どれだけ殺意を抑えても、抑えきれるものではなかった。ヨージの全身から、貴様を殺すのだ、という、品の無い気配が漏れている。それもそうだ。何せ、もう殺した筈の人物である。二度と蘇らぬよう、塵を更に細かく分解し、絶対に復元出来ないように、したのだ。


 あの妙技を、今再現出来るかといえば、恐らくは無理という、全力の全力で、葬ったのだ。


「何故、何故生きている。何故いる。二度もその顔を世界に晒すか、アスト・ダール!!」

「ふうむ。俺が殺した者の、遺族か。すまんな、殺し過ぎて、誰が誰やら、分からん」

「……」

「……――いや。いいや。いいや、いいや! なんだ、その顔、見たぞ、見た事がある」

「……――」

「ああ、嗚呼! 忘れもしない! そうか、貴様! ははははッッ!! アオバコレタカの!!」

「何故陽の光の下で、平然と歩くか、アスト・ダール」

「そうか、あれの、親族か? 娘か?」

「答えろ、何故生きている」

「アレも死んだろう。あの状態で生きてはいまい」


 白い髪。紅い瞳。浅黒い肌。火炎魔法術師、南方の災禍。アスト・ダールは、酷く楽し気に言う。まさか亡霊ではあるまい。亡霊が、こんな、楽しそうに笑う筈が無い。あまりの殺意に吐きそうだ。ヨージの魔力が可視領域にまで高まり、空間が歪む。


「ふう、ふう、、、ぎ、い、いいッ」

「は。流石アレの血族、大した外在魔力マナ収集量だ。空間が歪んで見えるな」


「貴様の生など、許される訳がないだろう――もう一度微塵に刻んでやる――……」

「何にせよ、小娘に狩られる程弱くはないぞ。それにどうした、顔が赤い」

「……何?」


「体温が高いぞ。風邪でもひいているのか、小娘。手に力が入っていない。その手で俺の首は刈り取れはすまいよ」


「黙れ、黙れ……ッ」


「く、くっ。ほら、行け、小娘。分かるだろう。知っているのだろう。アスト・ダールだ。人を火だるまにするのがシュミの、貴様等の恐怖の具現だ。分かるだろう。去れ、去れよ小娘。俺はな、幾らシュミでも、その遺族まで焼いて回るような好事家じゃあない」


 頭に来る。神経が弾けて破れてしまいそうな怒りが、全身を包み込んでいる。


 だが、奴の言う通り、力が入らない。今このような状態で、このバケモノと殴り合えば、確実に死ぬ。頭が熱い。背中が寒い。目の前が、ぼんやりとする。


「ああ、思い出した、思い出した。懐かしい。二度と味わえぬ、死と死の衝突だ。もはや、あれほどの男は、この世にはおるまい……ああ、アオバコレタカ……くっ、くっく……」


「ま、まて、マテ……ッ」

「待たぬよ。大人は忙しい。復讐心に震えて眠れ。遺族の仕事はソレだ」


(くそ、くそ……ッ!! なんだ、なんなんだ……ッッ)


 男が、アスト・ダールが背を向けて去って行く。だが、足が追いつかない。

 ヨージは、数歩先に進み、しかし、そのまま地面へと突っ伏した。


 下腹から込み上げるような熱。末端神経に及ぶ痛みと不具合。自己管理が生死を分かつ元軍人であるヨージからすれば、有り得ない事だ。敵前でこのような事……軍隊に居たら、始末書、が書けるよう戻れたなら幸いである。


「ヨーコ!」

「お嬢様! 騎士殿ぉッ!」

「今お運びするッ!」


 意識が揺らぐ。声が遠くから聴こえる。

 それに混じって――何か、懐かしい、不思議な音色が、ヨージの耳に届いた。



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